古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。
※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)
出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)
番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/
https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t
S5 24回目は神功皇后が福津市に残した足跡を辿ります。
神功皇后は朝鮮出兵の前に福津市を歩いています。その足跡辿りました。 まず、宮地嶽神社のすぐ横にある山、宮地山に登りました。 山の高さは180メートル程ですので散歩がてらぶらぶら登れる山です。 入り口には宮地嶽神社の奥宮不動神社があります。 ここは横穴式石室をもつ古墳で石室の長さが22メートルもあります。 ここで神官のお祓いを受けて登っていきます。 頂上には小さな鳥居があり、鳥居の横には人が腰掛ける程の石が一つあります。 ここで神功皇后は朝鮮出兵が成功するよう祈ったといわれます。 頂上は今は高い木が邪魔ですが、かつてははるかに朝鮮半島の方向が見えたと思われました。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 23回目は古賀市の船原古墳を紹介します。
この古墳は全国的に見ても大変珍しい墳丘墓の外の埋納抗からきらびやかな馬具や武具が出土しています。 船原古墳は海岸から約5キロ入った小高い丘陵地にあります。6世紀末から7世紀初頭の古墳です。 ここで見つかったものの代表的なものは「金銅製・歩揺付き飾り金具」というもので馬のお尻の上につけるものと見られるきらびやかな飾りです。 大きさは10センチ~15センチほどのもので馬が歩くとスプーン状の金具がきらきらと光を放つというものです。 これ以外にも馬の顔を飾る辻金具や馬兜といった様々な馬具や武具が見つかっています。 これらのものは朝鮮半島からもたらされたものも多いと見られています。 では、この船原古墳の被葬者はどういった人物なのか、大変興味のあるところですが発掘調査に当たった古賀市教育委員会文化課文化財係の甲斐孝司さんの見解では平時に当たっては朝鮮半島との交流を行い、非常の時には武装してかけつける、そして古墳が前方後円墳であるところから中央との交流のある人物だとしています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 22回目も神功皇后の足跡を訪ねます。
今回は「新羅への出港と帰還」というテーマで神功皇后ゆかりの神社を歩きます。 まず訪ねたのは福岡市東区の名島神社。 ここは新羅に出発する際に従軍将士の氏名を名乗らせたという伝承が残っている神社です。 同じく福岡市東区三苫にある綿津見神社には神功皇后が新羅への渡航の際嵐に遭遇した時、船にあった苫(むしろのようなもの)を海中に投入し、海神に祈ったところ風波が収まったという伝承があります。ところが面白いことに大川市の風浪宮にも沖詣り海神際という同じような行事が現在も伝えられているのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 21回目も神功皇后の足跡をたどります。
神功皇后は新羅戦の準備にとりかかります。 そんな中、福岡県の神社には数多くの足跡を残しています。今週は福岡市東区の志賀海神社の続きからお送りします。 志賀海神社の目の前に見える奈多海岸にあるのが志式神社。ここには早魚(はやま)神事という大変貴重な行事が残っています。 神功皇后を魚料理でもてなした様子が神事となって伝わっています。 11月の寒い時期に行われるこの神事、2組に分かれて大鯛を競争して裁いていくというもの。 この神事に入る前に行われるのが磯良舞などの神楽です。 神事は夜中に行われますが一見の価値がある行事です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 20回目は神功皇后の足跡を神社からたどります。
お話を神功皇后伝承を歩くの著者「綾杉るな」さんに伺います。 新羅戦の準備をテーマにまず福津市の楯崎神社から歩きます。楯崎神社は渡半島の突端にあります。ここには神功皇后は行きと帰りに寄っています。 帰りには楯と弦を切った弓を奉納したという伝承が残っています。 次が福岡市東区の志賀海神社です。ここには神功皇后の話がたくさん残っています。 勝間の方には元宮があり沖津宮があります。海岸から少し離れた小島になります。 沖津宮では1月に行われる歩射祭の時、射手士がガラモといわれる海藻を神に捧げ鞨鼓の舞を行なう場所でもあります。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 19回目は梅花の宴が行われた大伴旅人邸はどこ?
梅花の宴が行われた大伴旅人の館は現在三つの候補地がります。 一つは昨年の令和が決まって以来たくさんのお客様で賑わっている坂本八幡宮の近く。 これは九州大学の竹岡勝也教授が提唱された地で根拠の一つに坂本八幡宮の近くに大裏(だいり)という小字名があるということ。これを天皇の住まいである内裏と考えたという説です。 二つ目は都府楼の入り口にある太宰府館の東側にある月山地区。この辺は建物跡があった場所です。月山という丘があり、近くに住居跡があるところからこの辺ではとみているのが大野城市の心のふるさと館の赤司館長。 三ツ目は太宰府市教育委員会文化財課の井上信正さんの説で太宰府条坊の中の朱雀大路沿いという説。朱雀大路の西側には菅原道真公の住まいだった榎社があります。その反対側の東側の小高い丘に道真公の子供の隈麿公の墓があります。 この辺ではないかというのが井上説です。この辺からは高位の方が身につけていた白玉帯の白玉が出土しています。 三つの説をじっくりお聞き下さい。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 18回目は神功皇后羽白熊鷲討伐で香椎を出発
下関から香椎へ到着した仲哀天皇と神功皇后でしたが、仲哀天皇は急死。 神功皇后は一人秋月付近に拠点のある羽白熊鷲討伐へ出発します。 まず、朝倉へと軍を進めますが、途中立ち寄ったのは大野城市の中という場所にある御陵宝満宮。神社の言い伝えに「かつて玉依姫がこの神社においでになった。よって御陵を築いた」とあるそうです。 玉依姫は豊玉姫の妹に当たります。豊玉姫はワタツミ国から日向の火遠理命に嫁ぎ。 子供を産みますが、その時生まれた子供がウガヤフキアエズの命。 豊玉姫は帰国に際し妹の玉依姫に子供の養育を頼みます。 この後、玉依姫は生長したウガヤフキアエズノミコトと結婚。生まれたのが初代神天皇の神武天皇です。 玉依姫はこの時代の重要な人物なのです。その玉依姫を祀った神社に最初に神功皇后が立ち寄って祈ったことは意味があることとみられます。 そして、この付近は綿津見国と称していたのだろうか、というのが河村さんの見解。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 17回目は下関に神功皇后と仲哀天皇がやってきた謎を探ります。
今回と次回の⒉回は「神功皇后の謎を探る」の著者、河村哲夫さんに伺います。 神功皇后と仲哀天皇は九州で熊襲が反乱したと聞き九州へ駆けつけます。 その足がかりとしたところが下関です。 二人はここから香椎へと向かいますが、河村さんの話では神功皇后が九州へやってきたのは別の狙いがあったのでは、という話です。 というのは仲哀天皇は熊襲の反乱だと聞き九州へやってきます。 しかし、神功皇后と武内宿禰は途中で新羅へ出兵を言い出し、反対した仲哀天皇は急死してしまいます。 これから考えて、二人は九州へやってくる前から新羅遠征を画策していたのではないかと河村さんはいいます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 16回目も下関市の神功皇后ゆかりの地を歩きます。
神功皇后の夫、仲哀天皇は香椎で突然なくなります。この後、遺体は密かに下関に運ばれ仮埋葬が行われます。その場所が忌宮神社の南の方角にある日賴寺というお寺の隣にある小高い丘です。円墳状になっています。神社から徒歩で20分ほどの場所です。 ここからさらに海岸の方に10分程歩くと豊功(とよこと)神社があります。 この神社からは、左手に穏やかな海が広がって二つの形のいい島が見えます。 これが満珠干珠の島です。どちらが満珠でどちらが干珠がはっきりしないということでしたが神功皇后伝承の中でしばしば登場する島です。 神功皇后はここで潮の満ち引きを自在に操る玉を手に入れ、新羅の軍勢を討ちます。 ここは、初日の出を拝める絶好の場所として正月は大変賑わったそうです。 ※写真は満珠干珠の島 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 15回目も下関市の神功皇后ゆかりの神社を歩きます。
住吉神社から今度は忌宮神社へやってきました。ここは神功皇后と仲哀天皇が九州の熊襲討伐の足がかりとなる拠点、豊浦の宮を作った場所です。 ここで注目されるのは楼門の前にある玉垣で囲んだ鬼石です。 これは新羅のジンリンなる人物が豊浦の宮を襲撃。仲哀天皇自ら武器を取り撃退した。 ジンリンの首は石の下に埋めたという伝説をもった石です。 何でもこの下には何かがあるといわれ、たたりを恐れて誰も調べないといわれます。 この鬼石を中心に毎年数方庭祭りが行われ、30メートルはあるという竹をふりかざすお祭りがあるそうです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 14回目は神功皇后ゆかりの神社を歩きます。
神功皇后と仲哀天皇が九州の熊襲討伐のため拠点としたのが下関です。 そこで下関のゆかりの神社を歩きました。 まず、訪ねたのは長門の国一の宮、住吉神社です。 ここの由緒では神功皇后が朝鮮に出兵して勝利したので、戦に従った住吉大神からわが荒魂を穴門に祀りなさいといわれ、神功皇后が建てたといわれます。 ここの神殿にお供えする水は、かつては蓋井島にある井戸から毎日運んでいたといわれます。しかし、天気が悪い日は運べないため、山田邑の井戸に移したということです。その井戸が今は中国自動車道の下に残されていました。 水を運んだ楠の船は、その後根が生え大きなクスの木となって、今では船楠と呼ばれて大きな枝をのばしています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 13回目は日田市で見つかった鉄鏡について
現在太宰府の国立博物館では三国志展を開催中ですが、同時に展示されているのが日田市で見つかった「金銀錯嵌珠竜文鉄鏡」という鏡です。 これは曹操の墓から見つかった鉄鏡と大変似ているということで話題になっている鏡です。 鏡の大きさは曹操の鏡と同じ21センチ、厚さもほぼ同じ2.5センチです。 鏡には龍の文様に金や銀が施されています。鏡の製作年代は曹操墓の鏡とほぼ同時代と見られるのです。 この鏡は曹操墓の鏡の鑑定に当たった中国の研究者が大変似ていると発言しています。 しかし、この日田の鏡の出土状況がよくわからない点が多々あるのです。 日田から見つかった鏡は昭和8年に京都大学の先生が古物商から買い、発見者にその時の状況を聞きに行ってレポートを発表したといわれます。 曹操墓から出た鏡は位の高い人の所持品だといわれます。一体どのような経路で日田へ持ち込まれたか謎です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 12回目も神功皇后伝承の残る神社を訪ねます。
福津市にある宮地嶽神社は主祭神に神功皇后を祀り、随従の勝村・勝頼大神を併せて宮地嶽三柱大神として祀ります。 神社境内には古墳があります。 古墳は大型の円墳で直径は34メートル。横穴式石室の長さは22メートルもあります。この石室に使用されている石材は目の前に広がる玄界灘から船によって運ばれてきたものといわれます。 神功皇后はこの神社の近くの宮地嶽に登り、挑戦出兵の勝利を祈願したといわれます。 話を「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに伺っています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 11回目は神功皇后伝承の残る神社を訪ねます。
神功皇后は新羅出兵の準備のため朝鮮半島に近い糸島半島を回ります。 染井神社には染井の井戸と呼ばれる井戸があります。 ここで皇后は「この井戸水で鎧が赤く染まるとこの戦いに勝てる」いって鎧を井戸に沈めると鎧は真っ赤に染まったという伝承があります。 その鎧をかけて干した松は鎧掛け松として現在もありますが、残念ながら枯れた松になって本殿横に置いてあります。 本殿はこの井戸から少し離れたところにありますが、参道は苔が美しく、また本殿まわりは森に囲まれた大変静かな場所で心が安まるところです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 10回目はみやま市の女山にある神籠石について
みやま市の女山~と書いて「ぞやま」と読みます~には神籠石がおよそ3キロにわたって丁度首飾りみたいに山を一周しています。 今回はこの神籠石についてみやま市瀬高郷土史会・会長の熊川猛司さんとみやま市高田町郷土史部・部長の久保田毅さんに伺いました。 まず、女山と書いてなぜ「ぞやま」と読むのか、熊川さんに伺うと、一説にはこの地域には昔から女性の権力者が代々統治していて、この辺を女王山といっていた。 しかし、それではあまりにも恐れ多いので、ぞやま、というようになったのだという説があるそうです。 ですから、神籠石はその霊域を表すもの、という説と山城説の二つが平行して現在もあるということでした。 そして、霊域を表すものの一つに神籠石の内側から祭祀に使ったとみられる古い時代の銅矛が見つかっているとのことでした。 一体どういう目的で神籠石が作られたのか。謎を秘めた石です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 9回目は糸島の巨石を訪ねます。
糸島に神功皇后と関係のある巨石があるということで訪ねました。 場所はJRの加布里駅と一貴山駅の中間にある神在神社の近くです。 神が存在すると書いて神在(かみあり)、これはここを訪れ休憩された神功皇后がこの場所のあまりの静かさと幽玄な雰囲気に、「ここには神がいる」といわれたところから神在という地名がついたんだとか。 ここの神社は6世紀ごろには創建されていたという古い神社です。 この神社の横手の路地を150メートル程入った竹藪の中に大きな石がごろんと一つありました。 まるで恐竜の卵風の丸い石です。外周16メートル、高さが4メートルもある巨大な石です。石の頭のほうにはしめ縄がはってあり、石の小さな割れ目には見学者のお賽銭がたくさん挟んでありました。 地元の方の話では石が発見されたのはつい最近のことだといわれますが、既にパワースポットの対象になり、当日見学におとずれた方は沖縄から評判を聞いて見学にきたとおっしゃっていました。 ※写真は巨石 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 8回目はみやま市のオルレコースを歩きます。
みやま市では11月30日に「九州オルレ みやま市清水山コース」というオルレを予定しています。 その前にコースを歩いてみました。ここ女山にはコースの途中に神籠石がたくさんみられます。神籠石は霊域を表しているのか、山城の跡かは現在も意見が分かれるところ。 現状は山城説に傾いているといわれます。 その神籠石はコースの出発点近くにありました。山から水をぬく排水口の役目だとか。 山全体では4カ所ありました。 コースはその神籠石をすぎると急な坂道にかかり、まず目の前に高さ30メートル程の竹林が左右から現れます。竹林はかなりの距離ありますし、鬱蒼と茂った中に太陽の光が差し込んで幻想的な雰囲気を醸し出します。地元では神宿る竹林といっていました。 この竹林をすぎると展望台にでます。 展望台はまさに360度、はるか雲仙から有明海まで展望でき、すばらしい景色を堪能できます。 実施日は紅葉の一番美しいとき、清水寺の庭園の美しさも堪能できたのではないでしょうか。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 7回目も古代の山城、大野城を歩きます。
大野城の頂上、大宰府口から登って頂上から少し下ったところに鳥居があります。 扁額には毘沙門天とありました。山上には毘沙門堂があり、ここでは正月3日にお賽銭をあげるのではなく、お賽銭をいただいて帰るという行事があり、参拝客はお賽銭をいただいて帰り、翌年倍にして返すのだそうです。 その鳥居のすぐ下の方に大宰府口城門の跡がありました。 何でも3期に分けて作られ1回目は665年、城門の幅は9メートルあった、その左右に高さ6メートルの石垣を作り、その上に土塁を作り、さらにその上に柵を作った大変頑丈な城門だったそうです。二期目になると少し狭い城門になったんだそうです。 この後、宇美の方に下っていきますと道路沿いに100間石垣が見えてきます。 全長150メートル以上はあるという石垣です。 石垣は道路からですと50メートル程離れた山の上の方になりますから、小さく見えますが、近づきますと大きな石垣がぎっしり積んであるのが分かります。 ※写真は100間石垣 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 6回目は大宰府の防衛ラインの一つ古代の山城を歩く
倭国は白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に敗れ、今度は倭国が攻められると思い防御の態勢をとります。 その一つが水城になりますが、水城を作ったあとは山城を防衛ラインにします。 その山城の一つが大野城であったわけです。 その大野城を歩きます。大宰府側から登っていきますと目の前に飛び込んでくるのが土塁と礎石群です。 最初の礎石群は尾花礎石群、又の名を焼米ヶ原ともいいます。 焼米が今でもでてくる場所です。といっても礎石の上に立った倉庫が焼けて中の米が焼けたのではなく、米の炭化が進んで黒くなったものだそうです。 ここの建物に保管してあった米は何でも四千石だったそうで、これは4000人が一年に食べる糧に当たるのだとか。 ここからの大宰府側の景色はすばらしく、眼下に阿志岐山城のある宮地岳もよく見えます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 5回目はこれから登場する3人の人物のプロフィールです。
今回はこれから番組に登場する主な人物のプロフィールを紹介していきます。 神功皇后、仲哀天皇、武内宿禰の3人です。3人はいずれも福岡と大変つながりの深い人物です。 神功皇后は仲哀天皇のお后で息長帯日売の命(おきながたらしひめのみこと)といいます。 この名前から推定して、海中に潜って漁をする海人族と関係があるという。 息長氏はもともと琵琶湖の南東を拠点とした海人族だったという。 母は葛城の高額比売で、新羅王子の子、天の日矛の5世の孫だとか。 神功皇后は夫の仲哀天皇と熊襲を討伐するため香椎を拠点に活躍します。 武内宿禰は二人につかえた人物。仲哀天皇は途中亡くなりますが、神功皇后と武内宿禰は福岡県内をぐるりと回り。新羅へ遠征したりします。 この3人のプロフィールを神功皇后研究の第一人者、河村哲夫さんが詳しく紹介します。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
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