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古代の福岡を歩く シーズン5
遥かな昔 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる 古代の福岡を歩くシーズン5
この番組は 宮益の企画協賛
道の駅村方 餃子の山鉢の提供でお送りいたします
道の駅村方 営業部長の工藤です
村方の新鮮な海の幸 山の幸がたっぷりです
いつも旬のものをお届けします 世界遺産 神宿島 村方 沖の島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう
おはようございます 坂田周大です
今週は先週に続き神宮皇后と忠愛天皇の九州への出発地となった 下関市を訪ねます
今週は忌宮神社から歩きます ここに忠愛天皇と神宮皇后が豊良の宮を構えた場所です
ご案内を下関観光ガイドの会元会長 平松志郎さんにお願いしました
美濃宮神社に来ました ここに何か書いてありますね
ご祭神が第十四代の忠愛天皇 そして神宮皇后と子供さんになります第十五代の応神天皇をお祭りしています
平安初期 もっと前からあったんだと思うんですがかなり古い神社です
ここは忠愛天皇が九州平定のために7年間皇居を置かれたのがこの神社の場所とそのように伝えられています
豊良の宮と書いてますね
豊良の宮ですね
そこへ神様お祭りされたのがこの神社の始まりということですから
1800年前になりますかね
それから忠愛天皇が歌詞で奉仰されました その御遺体はここへ運んでこちらの方へございます
ちょっとあの この正面ですねはい
03:03
えっと神社の第一の鳥居のしちょうどまっすぐ 南になりますね南の方へ向かった
このまま南の方角ですねちょっと木がこんもりと茂った場所がございますね そこが忠愛天皇を仮埋葬した豊品伝地です
今でも 県内庁がちゃんと管理しています
あーそうですか そこは後ほどちょっとはいっ
行ってみようと思いますそれでは第一の鳥居をくぐりまして 耳の宮神社へ行きました
階段を何段か上がりますと えっとこれは大きな石の灯籠がありますね
これはですねはい神宮高校の まあ
実績を称えた歌が書いてあります 石の灯籠これだいたいおよそ5、6メートルあると大きくなってますね
これはですね これはですね
豊良開庫と書いてまして ハルバルトからも収めて耳の宮
イミジカリケルオーミーツカラと マサオミと書いてますけどね
バンマサオミとこれ明治の方だと思うんですけど 九中のお歌どころのヨリウド
まあ歌人ですねの方が作られた歌でして神宮高校がハルバルト3巻の方もね
収められた素晴らしいという歌でございます そのすぐ後ろにあります古いイチョウの木ですね
イチョウの木もう枯れたイチョウの木ですね こっちは若木がね残ってますけどね
これはやはりあの竹内のスクネがですね 手植えしたというフォームに備えられていまして
そこに説明板がそのように書いてあります
これイチョウの木をですか
もう枯れて斜めになったイチョウの木ですね 斜めになってますが一応支えはありますね
元の木は枯れてますが若木が生えています
根元に分かれた若い木ですね
それが1本4,5メーターぐらいの大きさになってますね
竹内のスクネが植えたと伝えられる古い木で子孫の方が繁茂しているということですよね
イチョウは生きた化石とも言われるほど地球上で最も古く見られる植物です
竹内スクネの長寿伝説とも知りすぎている
これは日本書紀なんかによりますとね 五代の天皇に使いだと言われているんですけどね
本当に五代の天皇に使われるほど長生きされたのかどうかわかりませんけどね
第十二代の慶耕天皇ですか
第十三代が慶耕天皇 第十四代中尉が王陣仁徳と
06:02
この五代の天皇にお使いしたと言うふうに伝えられています
その竹内のスクネさんが手植えされたというイチョウの木ですね
そのイチョウの木が半分枯れたのは一つと
それから若い芽を出した木がスクスクと伸びて
一メーターぐらいの高さになったのが一つと
両方ここにあります
スクネのイチョウというふうに書いてあります
それからここに
経代まだ老文の前ですけども老文の前に
須藤邸の由来とお兄子というふうに書いてまして
この四角い玉垣で囲った部分がありまして
六角形の背面で囲んだ部分があります
その下に石があるんですかこれは
石が見えてますね
水が溜まってますけどね
その中に石があります
あの石を鬼石と言います
この岩れはですね
須藤邸というお祭りがございましたね
これは駐愛天皇が九州を平定のためにですね
ここへおいでになりまして
7年間皇居をお帰りだと
そのようにされてまして
駐愛天皇の7年の旧暦の7月7日
朝鮮半島の白城のですね
神林という非常に強い大将がですね
クマスを扇動してここへ攻め出てきたと
日本軍は非常に苦戦しましてですね
とうとう天皇の側近までですね
打ち死にしてしまったと
最後はですね駐愛天皇がご自分でですね
弓矢を取って神林を居倒されたと
相手はですね大将が倒されたものですから
びっくりしてですね
色を失って退散したと
日本軍はですね喜んでですね
武器を持ってですね
ここをかざして旗を振りながら
神林の川根の周りを踊り回ったと
これがあの須藤邸というお祭り
現在でもやっています
これはね8月7日から13日か
13日はですね
毎晩行われる遊走なお祭りです
その祭りの起源が
今の話ということでございまして
神林の首を切ってですね
穴掘って埋めて
その上にですね
石を置いたんですが
神林の顔がですね鬼のようだったんで
鬼石と
鬼石という名前がついています
何年か前にですね
被破壊検査の方式でですね
調べましたらね
この地下にやっぱり何かあると
石室があるんで
多分何にもないところに石を置いているのではない
というのが分かりました
何か村のようなものがあるそうです
ああそうですか
何かがある
誰も掘る勇気のある人はおりませんので
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畳があったらいけませんので
だから穴勝ちね
伝承が嘘とは言い切れない
ところでございます
この須保の亭というお祭りって
かなり有名なお祭りですね
有名ですね
これはね県の文化財だったんです
山口県の文化財ですね
須保の亭
非常に有名なお祭りで
あとですね
絵があります
大きな竹を持ってですね
踊るんです
元々は武器を持って踊っておったんですけど
江戸時代ですね
元六年間天下大変になりましたので
やっぱり武器持って踊るのはまずいだろうと
いうので竹に変えたんですね
その竹がですね
長いものでは30メートル
重さ100キロ超える
ですから力と技とですね
両方揃わないと持てないと
それはですねこの鬼滅しの周りを
ぐるぐるぐるぐる回るんですね
倒れたらいけんので
やらいを組んでですね
砂を張ってですね
見物人の方へ倒れないように
そうせんと時々失敗してバサッと倒れるんですよ
それぐらい
危ないというかね
遊走果敢と言いますか
そういうお祭りです
そうですか
そういうお祭りが今でも残っている
1800年続いているということになっていますので
それとその大きな竹だけじゃなくてね
桐子と言いましてね
七夕の竹のような
飾りをついた竹を持ってですね
女とか子供はね
女性とか
これはですね神宮皇后がやっぱり
参観へ出兵された時や
外戦された時ですね
地元の女性がですね
そういうものを持ってお迎えしたと
そういう伝承がありますので
今でもそういう桐子というね
それを持って踊ると
そういうのもお祭りの一環であります
へー
面白いお祭りですね
面白いですよ
なかなか一見の価値がございますので
またぜひ
暑い頃ですけどね
お盆の前でございます
そうですか
須邦邸というお祭りが今でも残っているという
この鬼石です
本当に不思議ですね
石の大きさは
4、50センチぐらいの丸いものですね
その上が
少しこう
泥の間から顔を出している
そういった感じ
昨日雨が降りましたので
実際残っているわけです
いつもはもうカラカラと乾いたんですけど
そうですか
不思議な石ですね
この下に何かがあると
人々の首が埋まっているというのは
本当かもしれないという話でございます
はい
そういう鬼石が
本殿の楼門の前にあります
今週は
下関の豊名宮があった
12:01
忌宮神社から歩いています
楼門をくぐりまして
拝殿の前に来ました
本殿がすぐ後ろの方にありますね
拝殿です
ここに忌宮神社と書いた
画がございます
先ほど住吉神社でお話ししました
有栖川宮
忌宮神社
これサインがないですけどね
間違いございません
そこに白いお祭銭箱ですね
白い鳥がおります
それからこちらの
手水屋とかにも
白い鳥のマークがありますけど
忌宮神社の
社門です
なぜ白い鳥がいますと
こちらのご祭銭の
第十四代の忠愛天皇の
お父さんは
有名な
山戸武人です
山戸武人は
古事記日本書記によりますと
亡くなられた後
白い鳥になって天井高く
飛んでいってしまわれた
忠愛天皇が
即位された後
私のお父さんは
私がまだ若い頃に
白い鳥になって飛んでいってしまわれた
せめてですね
御霊の池の周りにですね
白い鳥を飼ってですね
父さんを知らぬ気持ちを慰めたい
そのように言われたと日本書記に書いてございます
そういう言われがありますので
社門が白い鳥だろうと
そのように前野偶二さんが
本に書いております
この拝殿の前の
お祭銭箱ですね
お祭銭箱の
お祭銭箱の大きさとしては
1メーター
ちょいぐらいの
高さ1メーターぐらいの
お祭銭箱ですけど
その真ん中に
20センチぐらいの白い鳥が
羽を広げているという
門があります
これが社門ですね
はいそうです
神宮皇后が
手植えされた松というのが
あります
ここには
武之内少年
手植えの
イチョウの木がありました
こっちはイチョウの木ではなくて
神宮皇后
神宮皇后がですね
参観へ出兵される前に
もしこの松をですね
逆さまに植えてですね
これが付くかどうかで
吉祥を占われたわけですね
その松と言われるのがこちらです
坂松と言いますね
要するに自分が
15:01
出兵されるけど
うまくいくんであればですね
松が逆さに植えたけどね
枯れずに活着してですね
生い茂るだろうと
そういう風に言われて
逆さまに植えられたんですね
二度と松が付いたと
言われてまして
あそこに枯れたのがありますが
あれが初代だという風に
聞いてます
初代のは寿命で枯れましたね
ちょっとご説明しますと
玉垣で
囲んだ部分がありまして
玉垣の大きさとしては
四五メーター
四方ぐらいの玉垣ですね
そして真ん中に
屋根のある
ところがありまして
そこに枯れた松が
一メーターぐらいの
道回りですね
の枯れた松が
あります
そしてそれには
その前にしめらを張った部分があるんですけど
その前に青々とした
松があります
これが生き返った松ですか
これも三代目という風に聞いてます
三代目の若木と
三代目
やっぱり逆さにして
いやこれは
初代は
向こうが逆さにして
植えられて
基地化強化を促す
そこに書いてますね
逆さに植えたけど活着したと
坂松と言われまして
非常に戦前は有名でして
小学生がよく
学校の行事としてですね
見学に来ておったというぐらい
有名な話だったんですが
今はちょっと時代が変わりましてね
ご存知の方が少なくなりました
ああそうですか
三代目の松は
高さが
3メーターぐらいですかね
そうですね
葉っぱが青々としてますね
元気そうですね
元気そうな松が植わっております
神宮湖
お手上の坂松
はい坂松です
逆と言うですね
それとこちらはですね
墨康神社と同じ
御意御祭
これも丸日秘密の祭りでございます
これが12月7日からですね
15日の朝まで
やりまして
これは
忠愛天皇がお亡くなりになった後ですね
神宮広堂が
参観へ出兵される前にですね
ここへお宮を
作られましてですね
戦勝なんかを祈られたんでしょうね
なのかなのや
再開目抑してですね
お祈りをされたと
いうことになってまして
それが
御意御祭の始まりと
いう風になってます
今でも墨康神社と同じで
丸日秘密の祭りでして
一般の方は敬礼に入ることができないと
そういう厳重な物意味の祭りが
今でも続いてます
へー
御意御祭
18:04
そして今度は本殿向かって
左側に行きますと
巨大な石碑が見えてきました
これです
でっかいでしょ
大きな碑ですね
三種
一番上はカイコと言うんですね
聖カンジですからね
今は天の虫ですけどね
聖カンジはあんな難しいです
三種とは言いまして
カイコさんの卵がですね
ここへ来たんだと
これは実は三大実録という
日本の正式な記録があるんですけど
それに載っとるんですけどね
中愛天皇が
ここへ追われた子をですね
大陸の方から
新の始皇帝の十一世の子孫のですね
熊王という人がですね
やってきましてですね
日本に帰還したんですね
お土産に中愛天皇に
カイコさんの卵
三種をですね
献上したわけですね
ですからここがですね
大陸から三種が初めて捉えた
記念すべき土地だと言うんでですね
昭和8年にこんな立派な碑ができたんですね
なんかすごい碑ですね
高さがね
大石を含めて6.3メートル
重さが37.5トン
自然石の碑では
山口県では一番大きいです
私がいつも言いますのは
ここはですね
シルクロードの東のルートの
ここが日本への虎市だと
宣伝してますけどね
その通りなんです
そうですね
しかしこれすごい
岩ですこれ
一枚岩
これがね人力で建ててますからね
大したもんね
写真見ますとね
三つ木を組んでね
ジャッキつけてですね
上げとんですよね
階段からここへ運ぶんでもね
コロの上に乗せてね
一寸刻みで運んだりも
昔機械力がない頃
昭和8年ですからね
大変なことをやってですね
昔の人が建ててますね
すごいこと考えましたねしかし
ようこんなものを建てたんだ
大きなもの
そうですよ
信じられないほど大きな岩ですね
そうなんですよね
三州虎井の地と
いう日でございます
三州虎井の地とこう書いて
自問うまいですね
うまいですね
なかなか今の人はこういう字は書けませんけどね
それから桑の木がね
小さいですけど
前に3本あります
これも説明書いてますけどね
長野県の上田市からだったんですね
長野県の上田市とね
下関市は仲が良くございましてね
三橋信蔵さんという人がおりまして
その人の子供の三橋米熊さんという人がね
三橋信蔵という人はですね
坂本龍馬の大の仲良しで
命の恩人と言われてる人なんですけどね
その子供の米熊さんという人は
カイコさんの専門家で
長野県の上田に行ってですね
カイコさんの専門の学校の
初代の校長を何年もやられましてね
21:01
そういう縁がありまして
上田からですね
カイコの桑の木をですね
3本いただいて
ここに植えてます
他にも
あと2箇所ですね
鉱山寺とか別の場所にも
桑の木植えてますけどね
全部上田からいただいたものです
山桑の木
昭和8年に
やってきたということですね
ここに
こちらを見ますとですね
1800年前ですね
皇居の跡だと
忌宮神社の上に書いてますね
豊良皇居
この場所が
中央移転の神宮皇后がですね
7年間皇居を拝た場所と
そのように伝えられてます
この辺りですね
そこへ神社ができたということですね
豊良の宮
豊良の宮があった
忌宮神社を歩きました
ご案内は
下関観光ガイドの会
元会長平松志郎さんでした
来週も
下関を歩きます
ここで古代の福岡を歩く
リポーターの中島理恵さんです
おはようございます
今九州歴史資料館で
船丸古墳の世界という展示が
行われてるんですが
中でも
午後の1時30分から
3時30分まで
VR船丸
船丸古墳の発掘現場を
体感しましょうという
催しが行われるんです
VRバーチャルリアリティですね
船丸古墳というのは
小賀市にある古墳なんですが
前方公園のこの横の区画に
穴がありまして
この中に馬具
馬屋の兜とか飾り
武器や武具が埋まってたという場所なんですけれども
この発掘現場を
実際に
掘って出そうとした
私たち以外は見ていない
その雰囲気を丸まんま
バーチャルリアリティで
皆さんに見ていただけるんですよ
学芸員の加藤勝利さんがおっしゃるんですよ
その船丸古墳なんですが
こういうところがすごいところなんです
大体石室の中から出るのが
普通なんですけれども
船丸古墳の場合は
古墳とは全く別の
場所に
わざわざ
穴を掘って埋めているという
その点が非常に
得意でありまして
そういう例も
国内でも
そうなんですけれども
韓国ですとか
東アジアの方を
見渡しても
ほとんど例がない
24:01
不思議なんですよね
そしてもう一つすごいのが
この船丸古墳を
発掘というか調査するときに
昔みたいにそのまま掘るんじゃなくて
X線CTスキャナーとか
あと三次元計測
つまりデジタルの技術で
計測していって
その技術を
使って研究を進めていってるんですよね
昔のものを
最新技術で
紐解いていくということなんですが
そのおかげで人間のレントゲン写真を
撮るのと同じで
黒い塊の中に
ひらひら揺れる飾りがついた
シャンデリアのような馬飾りがある
とかですね
この中には
スカシ模様のような
カラクサ模様が入っているような
そういう飾りがありますよ
とかいうのが見えちゃうわけなんですよ
手をつけずに見られる
そういう派手なところもあるんですが
実は地味ながら面白いものが
ありました
鉄の釘なんです
古墳時代は今みたいに丸の釘じゃなくて
四角い釘だったそうなんですが
この鉄の釘の周りに
古墳みたいなものがついていまして
これ材木に
錆が入り込んでいるんですよね
っておっしゃるんですよ
その釘についてこんな発見があると
教えてくれました
この釘が
どこから出たんだ
というのを
ポイントをチェックして
いたら
端っこの方で結構
あるというのが分かって
木がついている
ということは
一連のバグは
木の箱に
入って
それを穴に
埋めているという
埋め方がこれで分かったんです
地味ですけれども
結構フナバル的には
重要
埋め方はどうなのかということを
これで証明できたので
割と重要なものですね
そういうことですか
箱詰めされて
納められたことが
3D計測によっても分かった
釘で分かってきた
しかもこの材木の材質が杉だった
国内産の杉だった
つまり箱は国内で作ったものだった
こういうことも分かってくるそうなんです
他にもいろんな楽しみがあるんですが
例えば
3Dプリンターでデータを打ち出して
大きさとか厚みとか
構造が実物と同じようになっているものを
手の上に乗っけたりすることもできる
こういうことができるようになるんですが
このデジタル技術について
加藤さんこんな話を聞かせてくれました
もちろん
いろいろ研究の材料として
今、フル活用していますけれども
それをダイレクトに
非常にスピードが早いんですよね
データを加工するだけでいいので
実際それを
来館者の皆さんも
体感できる
ツールをすぐに用意できる
27:00
我々のものだけではないな
という
調査のデータを
皆さんに実際
体感してもらえるところまで
すぐに
使えるようになる
というのが
デジタル技術の最大の利点かな
と思っています
展示の方法も新しくなりますね
そうなんです
ぜひ小菓子で現場を見て
それから
お氷にあります九州歴史資料館で
出土品をチェックして
特に今日はVR体験もできますので
ぜひぜひお出かけください
中島理恵さんでした
番組からのお知らせです
ホームページのご案内です
これまでの放送内容と
番組を1回目からじっくり
楽しむことができます
RKBラジオのホームページの
古代の福岡を歩く
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また
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タブレットでもお楽しみいただけます
この番組は
三山市の企画共産
道の駅
室方
餃子のヤマハチの提供で
お送りいたしました
それではまた来週お会いしましょう
ご案内は高田周大でした
期待ラジオ番組何にもない
そんな時間は
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