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S5 16回目も下関市の神功皇后ゆかりの地を歩きます。
2020-01-19 30:32

S5 16回目も下関市の神功皇后ゆかりの地を歩きます。

神功皇后の夫、仲哀天皇は香椎で突然なくなります。この後、遺体は密かに下関に運ばれ仮埋葬が行われます。その場所が忌宮神社の南の方角にある日賴寺というお寺の隣にある小高い丘です。円墳状になっています。神社から徒歩で20分ほどの場所です。

ここからさらに海岸の方に10分程歩くと豊功(とよこと)神社があります。

この神社からは、左手に穏やかな海が広がって二つの形のいい島が見えます。

これが満珠干珠の島です。どちらが満珠でどちらが干珠がはっきりしないということでしたが神功皇后伝承の中でしばしば登場する島です。

神功皇后はここで潮の満ち引きを自在に操る玉を手に入れ、新羅の軍勢を討ちます。

ここは、初日の出を拝める絶好の場所として正月は大変賑わったそうです。



※写真は満珠干珠の島
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00:08
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道の駅村方 営業部長の古代です
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世界遺産 神和鳥島 村方 沖の島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう
こんばんは佐方周代です 今週も下関市の神宮皇后ゆかりの神社を歩きます
忌宮神社の南の方向にこんもりとした森が見えます ここに日来寺というお寺があり
境内の一角に忠愛天皇品蓮寺 仮埋葬した寺がありますここへ歩きます
ご案内は下関観光ガイドの会元会長平松志郎さんにお願いしました
日来寺が見えてきました 日来寺というのはですね
毛利本成さんの母大寺です
なんですが その境内と言いますかね一角に忠愛天皇の御品蓮寺
仮埋葬した場所がございます 忠愛天皇は
三冠へ出兵される前ですね急に過死で亡くなわれたと 神宮皇后はですね死期に関わりますので
猛伏せてですね 竹内の常に命じて密かに天皇の御祝いをここへお運びしてですね
ここで仮埋葬したと日本書紀を見ますとですね 捕なし上がりをしたと書いてまして
03:00
普通でしたら火を焚いてですねご葬儀するところを秘密にして火も焚かない でご自分はですね天皇の代わりに
三冠へ出兵されましてね 住吉の狼のおかげで実際は戦闘行為をせずに
艦艦を交えずにですね勝ったと その後ですねすぐ
帰られまして海八幡宮で大神殿の御海になって その後ですねここへ御遺伝になりまして忠愛天皇の御祝いを収めてですね
船で大阪へ送られたと ですから
忠愛天皇の御霊は大阪にございますけど ここは仮埋葬した場所なんですけど今でも船井町が管理しています
忠愛天皇御殯殿地といいます
殯殿地の入り口ですけども 日来寺というお寺がありまして
そのお寺までちょっと階段を50段まかし上がってきました 息が切れました
忠愛天皇御殯殿地は足元が悪いですから気をつけて上がりましょう
山門を入りまして
正面お寺の本堂があるところですね
この上の山のあたりが竹内のすくねの廟と 伝えられてます石があります
ああそうですか石があるんですか 石が今残ってます
そういうところですよ
面白いですね竹内のすくねの廟が 色々ありましてね
日来寺の本殿のちょっと手前から右に曲がりまして
細い路地を歩いていきますけども
これ船井町の看板がありますね 忠愛天皇御殯殿地とかがありますね
左にいきなり立ち入らんこと書いてますが
鳥なんか勝手に取ったらいけない 木を切ったらいけない
そういう看板室の中にちょっと足を運んでみます
階段がずっと続いてますね
いみのみや神社は南の方角になります
あそうですか
いみのみや神社の南の方角になるんですね
ここまでいみのみや神社から歩いてきますと
20分くらいありましたかね
15分から20分くらいの距離ですね
06:00
歩きにくい階段が続いております
忠愛天皇御殯殿地というふうに書いた石碑が出てきました
そして門戸が一つ閉めてありますので
その前に建ってます
この正面ちょっと塩粉のような形になってますけどね
この場所が忠愛天皇御殯殿地というふうに言われてます
ここまでちょっと小高い丘になってますね
ちょうど本当に塩粉があるというような感じのところになってます
そうですね
塩粉の大きさとしては30メートルくらいですかね
上に石段が続いてますけども
ここからはちょっと入れないということですね
ちょっと今木がふそうと茂って見にくいんですけど
ちょうどこちらの方角が忌宮神社になります
ちょうど北になりますね忌宮神社が
忠愛天皇は過死で突然亡くなります
そこで密かにここに遺体を運び仮埋葬したと言われます
そしてこの忠愛天皇御殯殿地から海岸の方へ足を伸ばします
万寿勘寿の島が見えるという豊琴神社を目指します
途中お城の跡と思われる石垣の横を抜けます
この辺はもう今隣の孫の秀本さんが分家しましてね
初代の上司になってですね
この串垣城というお城を作ったんですね
ですけど元長年に一国一王政で壊しまして
もう今石垣が一部残ってます
だいぶ残ってますけどほとんど復元したもので
昔の石垣はさっき大きな石垣がたくさん見えました
あれは当時のものです立派な石垣ですけどね
豊琴神社の手前に来てます
手前にちょっとした坂がありまして
その坂の上に神社があるという感じで
今坂を登ってます
日本一の初日の出
日の出が綺麗なんです
そうですか
九州から海に来られます
まだまだ入り口には本当に遠いですね
あのマークがですね
あれが調布守りの家紋なんですね
そうですか
上に一本木棒があって下に三つの
一文字三つ星と言いましてね
一本心のを表してます
ああそうですか
毛利さんの先祖がね
平成天皇の子供さんの阿部信濃
09:03
その子供の弟さんが毛利さんを継いだと
いうことになってましてね
自分の先祖は一本心のだと
阿部信濃は一本心のですからね
言って威張って誇りにしておったんですね
ですからいわゆるその有名な阿部信濃の子供さん
有原の成平がありましてね
あの人のお兄さんが弟さん
その人がこの毛利家を継いだと
いうことになってますので
自分の先祖は一本心のだと
で一文字三つ星が家紋になったんです
ああそうですか
それで上の一文字が本家と文家で
少しずつ違いましてね
本家の毛利は萩ですけどね
これは筆で書いたような字になってます
ここは今定規で書いたようになってます
一本でも違うんですね
上の位置でね別付けてます
はい今ちょうど鳥居に到着しました
鳥居をくぐりました豊琴神社
左手に水やがありますので
まず
豊琴神社に入ってきました
上に上がりますと
右側に海が広がってますね
遠くの方に島が
二つあるのが見えますが
これは
後ほど伺ってみましょう
はい
初代の殿様毛利英本さんなんかを
お祭りしてます豊琴神社ですね
で長文門の家紋もついとる
ということでございます
そうですね
ちゃんと拝殿には家紋がついてるということですね
この宮崎というところですね
古から串崎若宮
串崎八幡宮というのが祀られていたと
その後に豊琴神社というのを作った
天保五年もうずっと幕末に近い頃になってですね
毛利英本さんに豊琴と豊琴大名寺
そういう称号が許可されたということですね
慶応二年に豊琴さんを初めてする
いろんな例をですね
忌々宮神社の境内にお祭りしたんですけど
明治十年に豊琴神社との名前つけてですね
大正六年にここへ一緒に
八幡宮と一緒に祀ったという風に書いてますので
いろいろ変遷が多いんですね
この神社は何といっても
12:01
神社本殿から右に見える海にですね
海に浮かんでる島が何といっても
これは神宮皇后に一番関係のある島が
二つ並んでます
日本書紀を見ますとですね
神宮皇后が海の中からですね
宝の玉を拾われたという風に書いてます
この辺にですね
伝わる古い言い伝えがございまして
それを見ますとですね
神宮皇后が山間へ出兵される前にですね
海の中の竜神からですね
潮の満ち火を自在にできる
二つの玉を借りられたとそのように書いてます
山間へ出兵する前にですね
ここへ白木朝鮮半島ですね
白木の大軍が攻め寄せてきたと
その玉を一つ取って投げたらですね
たちまち潮が引いたと
軍船が進めなくなったんで
白木の兵はですね
船を降りて攻めてきたと
もう一つ玉を取って投げたら
たちまち潮が満ちてですね
白木の兵は溺れたと
そのような伝承がございます
その玉を持ってですね
山間への出兵されまして
無事凱旋されましてですね
海の中の竜人にお礼を言うてですね
その玉を産み返されたら
ああいう二つの可愛い島がですね
浮かび上がってきたと
非常に有名な伝承が残っております
で、万寿漢寿
満ちる玉引く玉という名前がついてますが
どちらが万寿でどちらが漢寿かというのは
いろんな説がありまして
何とも言えないんですけど
一般的には沖の方の島を万寿
手前の方を漢寿という風に
沖の方が万寿
手前が漢寿
漢前書いてますね
ですけどこれは正式の台帳がですね
沖が漢寿になっているのもあります
ああそうですか
ですから何とも言えないんですけどね
一応そういうことになってます
ああそうですか
どっちがどっちかよくわからないけど
両方合わせて万寿漢寿という風に呼んでますけどね
その二つの島が目の前にですね
二つ並んでぽっかりと浮かんでいるような感じがしますけども
非常に美しい風景ですね
そうですね
特に初日の出
お神来られることはたくさんありました
ああ初日の出いいでしょうね
季節によってですね
お日様が出る位置が少し変わっていまして
そこにちょっと看板があって書いてますけどね
1月から
1月は右の方に島の右の方に
4月はちょうど真ん中ぐらいに日の出があって
6月は左の方から出るという日の出の位置が書いてますね
そうですね
綺麗でしょうねここから
綺麗です
私も一回初日の出お神に来ましたけどね
たくさんの人がおいでになります
とっても綺麗です
そしてこの辺の海は穏やかですよね
15:00
割と穏やかですね
なんか波がないという感じですね
今はね
そうですね
でこの万寿漢寿にまつわる話はですね
神宮皇后の伝承以外にもね
2つほど面白い話がございまして
2つ目の話はですね
今から834年前になりますかね
元兵最後の合戦
ダンノブラ合戦というのがございました
関門会議ですね
その時は1084年1185年3月24日から始まったんですが
前の日にですね
源義勤が率いる源氏の軍船は
あの2つの島影に集結したと
で右の方ダンノブラへ向けてですね
平家と決戦に行ったという話なんですね
でこの時のように源氏が勝ちましてですね
鎌倉へ幕府が開いてですね
で日本の武家政治が始まったということになります
その武家政治がですね
700年たわず続いた幕末にはですね
同じ関門海峡で外国の軍艦と戦争をやりまして
調布があったんですね
上位戦争
それがきっかけになってですね
また大きく時代が動いて明治地震ができてですね
日本の武家政治の始まりと終わりと
そういう2つの大きな出来事が
この関門海峡であったということなんですね
その上位戦争何回もあったんですが
5回目のですね
文旧3年1863年6月5日の朝ですね
フランスの軍艦が島影へやってまいりました
豊田高等学校
殿様の館があったところですね
あそこから大砲を撃ったんですね
大変でございまして
女性の方がパニックになりまして
大当てに山を越えてですね
田舎の方の大福寺というお寺へ疎開したと
大福寺は今でもございますが小さなお寺でですね
子供の女中さんだけでも22人おったと
60の部屋へ11人押し込められたと
どうやって寝たか思うんですけどね大変です
食事の方はですね
お椀いっぱいに梅干しとたくあん2切れだけだったと
おまけに壁が抜けて湯戸のがない
お風呂がないんですね
仕方がないんで青空天井で餃子でしたと
雨の日は殿様の奥方もですね
傘をさして餃子でしたと
女中さんの手紙が残ってましてね
なんでこんなひどい目に遭うんだろうかと
って残ってますけどね
上位戦争の時は武士だけじゃなくて
女性の方もね
いろいろ大変な目をしております
この目の前の海ですね今穏やかですけどね
いろんな出来事が
あーそうですか
穏やかではない海だった時もあるんですね
そうなんです
非常に歴史がいろいろございましてね
それでこちらを見ていただきますとね
絵馬が描かれてますね
これ複製なんですけどね
もう薄れてしまってね
見にくくなって申し訳ないんですが
本物の絵馬はですね
加納方外さんが描いた絵馬
さっきの忌宮神社に奉納してます
これ山口県の文化財になってます
これはその複製なんですけどね
よく見ていただけますと竹内のすすくねがですね
今の万寿漢寿
18:00
玉を持ってですね
今にも投げようという図なんですね
これを奉納
この絵馬本物奉納したのがですね
幕末です
殿様の奥方がですね奉納したんですね
海の方から来るですね
外国の船をやっつけたいと
そういう思いで奉納したんだと思いますけどね
この絵馬といいますか
まあかなり大きい絵ですよね
そうです
家の壁に描いてあるんですか
別に板絵描いて貼ってある
ただこれ本物はこんなに大きくないです
本物はですね
普通の絵馬の大きさなんですけど
加納方外さんが描いてましたね
立派な絵でございまして
山口県の文化財になって
忌宮神社の宝物館へございます
そうですか
これちょっと見にくくなってますけどね
絵星を被ってます
竹内のスクネですね
弾を持ってですね
今にも投げようと
一番左の一番上が弾ですね
投げようという感じになってますね
弾を投げてですね
白木の軍勢をやっつけたという伝承にしなんでね
幕末に外国の軍艦を防ぎたいと
そういう思いで
あの絵馬を奉納されたんだと思います
まあいろんな話がここにありそうな感じがしますね
そうなんです
その二つの島
万寿漢寿の島が目の前に出ると
海の中に横たわっているという感じがしますね
もう一つお話がございます
そうですか
万寿漢寿に直接の関係はないんですけどね
海の向こう
こっちがですね
北九州
もうちょっと向こうにいかないと見えない
こっちは本土なんですよね
九州が見えます
あそこですね
ちょっと三角のような山が見えますかね
一番端っこ
この正面
ちょっと飛び出たような
あれは北九州市なんですけど
あの山はですね
灯台があるんですね
辺崎という灯台があります
明治5年にできました
非常に古い灯台で現役なんですけど
あそこはですね
灯台も有名なんですけど
潮鳥がですね
春に九州から本土へ帰ってくるわけ
あそこへ集結するんですね
そうですか
行く時はね
秋はね
彦島へ集結して国内に行きます
帰る時はですね
辺崎の灯台のとこへ
潮鳥が集結して
南蛮場というね
大群が
この万寿漢寿の方をめがけて
ダーッと笑ってくるんです
そうですか
一度大群をですね
観察したことがあるんですよ
そうなんですか
本当にね
何千羽ですけどもね
大群ですけども
ただ声一つ立てなくてですね
羽音だけでね
そうですね
飛んでいくでしょ
迫力があるでしょ
あれはハヤブサカなんかが追いかけるんでね
そうなんですよね
それで大群で渡るらしいんですけどね
いやーその大群があそこに集結すると
21:03
そうです
あそこから本土向けて帰ってくるという場所です
そうなんですかね
いやー潮鳥の群れを見ると感動しますけどね
そうなんですよね
そういう鳥もここを飛び抜けていくということですね
だから幕末の話ね
もう一つ言い忘れとったんですけど
イギリスなんかの船がね
結構日本に無断でここへ来て
測量なんかしたんですね
あの島へ上がってですね
木の幹を削っていたずら書きしたり
島の中で遊んだり
あるいはペンキでね
ペンキでね
岩を真っ白に塗ってですね
測量の拠点にしたりですね
好きなことをやったんですよ
こっちは何も準備がないもんですからね
小さい船で漕いで行ったらね
向こうはさっさと逃げる
帰ってきたらまた行ってやると
散々バカにされましてね
この辺に大砲なんか擦り付けたら
来なくなったり
地元の武士が書いてますけどね
幕末は風雲急を告げましてね
外国の船がいっぱい来て
無断で測量したと
あの島なんかも上陸されて
測量の拠点になったというような歴史もあります
そうですか
下関市の中藍天皇品蓮地と
万寿漢寿の島が見える
豊琴神社を歩きました
ご案内は下関観光ガイドの会
元会長平松志郎さんでした
ここで古代の福岡を歩く
リポーター中島梨央さんです
おはようございます
昨年オープンした
餃子の山鉢の新しいお店
村形市の稲本
県道の69号線沿いにあるんですが
可愛いビジュアルなんですよ
ピンクとかオレンジとか
黄色青グリーンなど
色とりどりのタイルが
張り合わさったような看板が
ポンとついてまして
そのまま名前が餃子の山鉢
モンテオットテンって言うんです
モンテオットテン
モンテオット
モンテってイタリア語で山
オットは鉢
山鉢
ストレートなんですよ
そういうことですか
でも名前だけじゃない
なかなか面白い餃子が
出来上がってました
餃子の山鉢
モンテオットテンの店長
藤本文子さんに聞いたんですけれども
モンテオットテン直売店の中では
ここだけで買える
モンテオット餃子っていうのがあるんですね
山鉢餃子がキャベツたっぷり
結構あっさりめにしてるんですけれども
それとも逆に
これぞ餃子っていう
パンチの効いたニンニク効かせて
お肉たっぷりみたいな
餃子にわざと
わざとっていうか
してます
モンテ餃子は
ほほう
実際食べたら
あっこれビールって
思わずつぶやいちゃったっていうぐらい
24:02
いいですね
本当にそのぐらいパンチの効いた
ビールに合うお酒に合う
多分焼酎にも負けない
そんな餃子になってるんですよね
だから山鉢餃子が子供からお年寄りまで
家族みんなでっていう感じだとすると
モンテオット餃子は大人の餃子です
タレなしでも十分にいける
酢と胡椒だけでも美味しいですよって
酢と胡椒
おっおっしゃるんですよね
そんな食べ方もあるのかっていう
新発見があるモンテオット店なんですけれども
このせっかくのモンテオット店
間向かた店じゃなくて
モンテオット店っていう名前にも
なってるわけですから
このお店どんな思いを込めてらっしゃるのか
さらに聞いてみました
いろんなことができるお店で
あってほしいとは思ってるんですよね
なので餃子の山鉢
間向かた店ではなく
モンテオットにしたっていうことは
ワインに合う餃子とか
いろんなことを思いついたことを
いろいろ挑戦できるお店でも
あってほしいなって思ってるんですけど
やっぱり餃子屋さんで
夕方しかお客様が来ないとか
なんて言うんだろう
餃子屋ならではの固定概念みたいなのを
みんなで壊したい
朝からでも行きたい
お昼でも食べたい
そんな餃子屋さんになればいいと思って
モンテオットは開いたお店なので
攻めてますね
でしょ
もうすでにワインに合う餃子
企画に入ってるらしいんですよ
楽しみですね
だから多分山鉢でいろんなことをやると
ここモンテオット店で
まずデビューとかもあるのかもしれないです
とにかくこれからの山鉢のチャレンジ
モンテオット店で注目していきたいんですが
実はですね
去年の年末に餃子の山鉢全店で
すごい一品がデビューしてました
そのめでたい餃子って言うんですよ
こんな餃子だそうです
福津の海で採れた天然マダイの餃子です
マダイが入ってるんですよ
でしょ
鯛のすり身がね
一緒に餃子と入ってるんですけど
もう始めって思うでしょ
食べたらめっちゃ美味しい
鯛の味ガンガンするんです
で鯛の身ってなんか焼いたらボロボロになりません?
口の中で
それが一緒に豚と混ざってるので
コーティングされてボロボロに全然ならないんです
鯛も豚も両方入ってるんですか?
入ってますどっちも
それすごいことじゃないんですか?
すごいんです
えーって思うんですけど
すごく鯛の味感じられる
本当に美味しい餃子
これはちょっと食べてみたいですね
本当に美味しい餃子でした
口の中に鯛の味広がるんですよ
こんなもの食べたことないぞーっていうぐらいのワクワク
27:03
塩もしくは柚子胡椒をつけて食べる
柚子胡椒でいただいたその美味しさといったら
まさに日本酒に合う餃子
ご馳走餃子って感じなんですよね
すごいもの作っちゃったなーって驚きだったんですが
不屈の鯛と不屈のキャベツ
うちは不屈の会社ですからっておっしゃる
その心意気がすごい来てて面白いです
ぜひ村方、木下と関連員さん群ぐるぐる巡って
村方大将のヘツグー寄りから行きます
で終わったらモンテオットテに寄って
新丸の山古ふんぐん川で終わったら
福須の本店でぜひ山鉢の美味しい餃子
お土産に持って帰ってください
中島アリエさんでした
番組からのお知らせです
ホームページのご案内です
これまでの放送内容と番組を1回目から
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この番組は三山市の企画協賛
道の駅村方
餃子の山鉢の提供でお送りいたしました
ご案内は高田周大でした
地下鉄祇園駅から徒歩2分
RKBスタービル博多祇園スタジオは
ポッドキャストなどの音声コンテンツの収録から
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様々なニーズにお答えできるレンタルスタジオです
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30:32

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