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古代の福岡を歩くシーズン5 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩くシーズン5 この番組は
三山市と福岡県の企画協賛 道の駅室方
餃子の山鉢の提供でお送りいたします 道の駅室方営業部長の駆動です
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おはようございます坂田周大です 今週は先週に続き神宮皇后ゆかりの神社を歩きます
お話を神宮皇后伝書を歩くの著者綾杉留奈さんに伺っていきます 前回は
白城線の準備というテーマで福岡市東区の鹿海神社までお話を伺いました 今週も鹿海神社の続きからお送りします
先週は山ほめ祭というお祭りが残っているという話でしたが 春は4月に行われるこの話からお送りします
祭りは本殿下の境内で行われます 裏山から切り出した高さ2メートルほどの木を森砂に立て
むしろを敷いてその上で行われます
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それから場面が変わって船を漕ぐシーンになって
ここで有名な君が世は千代に八千代にさざれしのと
君が世が一人によって語られるわけですね そしてその続きとしてこの和賀君というのは
安住の君だったんですね 安住の君が夜中になったらここまで船で来られますという
そういう語りが行われるというお祭りです
江戸時代に聞き取り調査をした本があるんですね 鹿之島処分録という本なんですけど
当時ですね船は48隻作ったと その材木を伐採した場所は下関とかあるいは福岡の東の方ですね
武善で伐採したと そして船を作ったのは宇佐とか同海湾で作ったという話があるんですね
実際に現地に行くと船の材料を伐採した話がたくさん伝わっていますね
そしてこの時にですね この売住者というお月の者がいたわけですけど
その人たちが375人と伝わっています
そして鹿之島からは小喜手が8人出たというお話が伝わっています
当時はですね 日本から朝鮮半島に渡るのには
津島海流が邪魔をしてまっすぐは行けないんですね
ですから普通だったら長崎まで行って そして海流に乗って行くわけなんですけれど
年に2回大きい風が吹く時にはその風を利用して北上することができたんですね
一つは春一番の春風 それは大西の風というんですね
また秋の風 これを中西の風といったわけです
それでどうしてもこの時でないとダメだったんですね
その風待ちをしていよいよ風が来たぞということで
船が一斉にバーッと出て行ったわけなんです
神宮皇后がこの風は何という風なのだと尋ねられると
中西という風ですと返事したわけですね
その人はじゃあこれから中西と名乗りなさいということで
鹿之島に中西さんがいらっしゃるということです
現在もいらっしゃいますね
そのお話は箱崎部の宇次子さんから教えていただきました
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それでその8人の小池のうち7人はなんと福岡県の南の方の大川市風呂区がありますけど
そこの方に名前が出てくるんですね
そちらも安住さんなんですけれど
また詳しい話は風呂区の時にしたいと思います
福岡市東区の鹿尾海神社でした
今度はその鹿尾海神社とちょっと関係のある
同じく福岡市東区の七色神社です
これは海の中道にありますね
はいそうですね
この御祭陣は
御祭陣が6柱もあるんですけれど
最初の三柱
穂明りの神
細競りの神
豊田真姫の神が古い神様ですね
神宮皇后の時代に祀られていた神です
それからあと時和家の神
若竹の王
早間姫の神
これは神宮皇后の時代に生きていた方々です
そうですか珍しいですね
ここの神様たちは荒ぶる神になっていたということなんですね
穂明りの神と細競りの神については
いろいろな説がありますけれども
にぎはやひ
それから海幸彦という風に言われています
それから豊田真姫といえば
やはり安住族の神様ですよね
その姫が山幸彦と結婚しまして
3年後に山幸彦が帰っていくので
お別れをしたところが
自分に赤ちゃんができているのに気が付いて
そして追いかけていって
そして穂芽を作って
出産しようとしたわけですね
その時に私を見ないでくださいとお願いしたのに
山幸彦が覗いてしまいます
その産む時の姿を見られたということで
泣く泣く子供を置いて
そして和田積宮に帰っていったという
そういう悲劇の神様ですね
神宮皇后の頃は
荒ぶる神をお慰めするためにということで
七晩神楽を奏上したということです
ここには神楽が残っているのは
早間神寺という神寺がありまして
その中にも神楽が永遠と出てきますよね
そうですね
この早間神寺というのを紹介していただけますかね
この獅子神社
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海の方に坂道を降りていきますと
すごく綺麗な浜辺ですよね
鳴田の浜といって
江戸時代でもビッグスリーに数えられるほど
綺麗なところなんですけど
ここが安住水分の根拠地だったんですね
そしてここで軍儀を開いたと伝えています
神宮皇后はこうやって
七日七晩神楽を奏された時に
地元の人たちがお料理を出したんですね
そのお魚のお料理のことが早間神寺に変わっていきます
早魚神寺って書いてますね
そうですね
魚を早くお出しするということなんですけれど
後に漁場を競り合う行事に変わっていったわけですね
二組に分かれまして
そしてどっちが魚を早く捌くかという
そういう競争になって早間神寺という風になったわけなんです
面白い神寺が残ってますよね
これが夜中なんですよね
ちょうど真夜中ですね
12時過ぎで
それで若者たちが真冬の海に入ってみそぎをして
そしてまた準備をして早間神寺を行うというわけです
その前にですね
ここにある独自の神楽がまた演奏されるんですね
ちょうど法庁の神事が始まる前に神楽がずっと演奏されて
その行事に移っていくわけですね
そうですね
その中の磯羅舞というのが
ここで起こったことをよく表している舞なんですね
いよいよ出兵する時に竹内すくねが
柑橘饅頭を欲しいと思ったわけですね
塩昼玉と塩三玉が欲しいと
そこで磯羅神に頼むわけです
ところが磯羅はですね
大変年を取った神様になっていたんですね
それで一応頼まれたので
和田積みの神のところに行って
柑橘饅頭をくださいと言うんですけれど
それなら舞を舞えと
いい舞を舞ったなら授けるぞというわけです
ところが磯羅が年を取りすぎて
よぼよぼ舞うので
いらんいらん帰れ帰れと言ってですね
追いかされてしまうわけですね
そこで豊姫
これは神宮皇后の妹ですけれど
その人がじゃあ私が代わりに行きましょうと言って
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そして海に潜って行って
そして見事に舞を舞うわけです
そこで和田積みの神が上機嫌になって
それでは柑橘饅頭を授けようと言って授けて
そしてその玉を竹内すくねに渡すと
こういうシンプルなお話なんですけれど
それがですね
いろんなところでいろんな形で
バリエーションを持って伝えられているんですね
特にくるめしの甲羅玉垂れ具
それから大禅寺玉垂れ具
この玉垂れというのは
この柑橘饅頭を授けるという意味だったんです
それで演技を表す絵巻物があるんですけれど
そこにですね
今お話したシーンがそのまま絵に描かれているんです
ですから
絵時といって絵巻物をお話しする時には
この磯羅舞がとても役に立つんですね
この時には磯羅は黄金の亀に乗って
そして顔は白いマスクをつけて舞うという
そういう絵になっています
神宮皇后が
そうやって七日七晩舞を奉納したということですけれど
この残りの三磯の神様ですね
時分けの神と若竹王と
それから早間姫ですが
実は時分け王と若竹王は
忠愛天皇の弟だったんですね
そうですか
忠愛天皇が亡くなりますと
誰が天皇になるかという問題が起きてきますよね
忠愛天皇は当時前の磯城に子供が2人男の子がいたので
その人たちが天皇になる資格があったわけです
そしてこの時分け王と若竹王も
ことによっては後位継承権があるわけですね
ナンバー3・4と
当時は磯城では大将軍として軍隊にいたわけなんですけれど
一緒に白島で戦いに行って
帰ってきた時にですね
この2人は磯城に戻されずに
佐賀県の唐津の壁島に1人
そして長崎の平戸島に1人と
そこで日本を守りなさいと言って
降ろされてしまったんですね
しかも兵隊をつけずに降ろされてしまったということで
非常に悲劇の神様として祀られるようになったわけです
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その時には神宮皇后もまだ
おめでたですけれど
男の子か女の子かわからない状態なので
もし男の子が生まれた場合には
またこれ争いになりますよね
そういうことで事前にそういう問題を防ぐために
この2人の忠愛天皇の兄弟が島に置いていかれた
そういう形跡があるんですね
それから早間姫という人も
この人は瀬戸内海を通っていく途中で
天寺の大神神が
新玉をここで祀りなさいと言われて
そして早間姫に新玉を祀るように
降ろされてしまっているわけです
この3人に共通するのは
そうやって船から突然途中で降ろされたと
安宗族たちは船を漕いでますから
知っているわけですね
それでここで一緒に
お祭りしているというわけです
それが四式の三郎神というわけです
なるほど
親切な方がたくさんいたということですよね
ここではことの天末を知っていたので
思いを知ってお祭りをしていたということですね
福岡市東区の四式神社でした
ここまで神宮皇后の白木船への準備というテーマで
糸島市の浮岳神社から
鎮海石八幡宮
曽明神社
伏見神社
荒人神社
作田神社
三島神社
大三和神社
宮次竹神社
立崎神社
鹿海神社
四式神社と歩きました
今度は白木への出港と帰還というテーマに変わります
まず福岡市東区の那島神社からです
ではここの御祭神についてお願いします
たぎつひめの御子とたごりひめの御子と
いちぎしまひめの御子と
ということで皆さんご存知の宇那方三女神ですね
どういう風な優位者が残っているんですか
いよいよ船を出すという時に
本体は歌詞宮から出ているんですね
二年に一度春季祭がありますね
とんぐうまで行列が行きます
その時にもののべのいくひとか
竹の内すくねなどが行くわけなんですけど
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本体が歌詞宮から出ていって
そして那島で一遍降りたんですね
那島は当時名前の通り島だったわけですけど
そこで神宮皇后が
三女神にこれからのことを祈願されたわけですけど
その時にですね
従軍将士たちも一人ずつ名前を名乗らせたわけなんです
そういうことで那島というようになった
名前を名乗らせた
そして凱旋して帰ってきますけど
その時にお礼参りをして
そしてまた三女神を祀ったというふうなことです
実は神社でいろいろ伺いますと
もともと古い神様がいて
それが安住族の和田住の神
豊玉彦だったというようなことなんですね
ですからもしかしたら最初は豊玉彦にご挨拶して
帰りに宗族のためにここを港としていいですよという
褒美ですね
豊祥と言いますけど
それでここに宗族三女神を祀るようになったのかもしれません
那島神社といえば
今は陸地行く続きで行きますけれど
当時江戸時代もまだ島だったんですね
ですから豊臣秀吉が
それこそ朝鮮出兵のために
比善名古屋に行きますけれど
この時に立ち寄っているんですね
この時には淀姫を連れて宿泊したと伝わっています
そして頂上にもともと神社があったんですけれど
小林川氏が那島城を作った時に
今下の方に下ろされている
その後黒田永政がここをもらうんですね
しかし福岡城を作るには
ここはちょっと便利が悪いということで
前鶴の方に移るわけですけど
前鶴の方に黒門がありますね
あれはここからこの那島から持って行ったということです
ここにはほば白石と明健島という島がありますね
はい
那島神社に行くには
この一辺海側に出ないと行きにくいですよね
ほば白の公園があるんですけれど
そこを目指すといいわけですけど
そこからですね海の方に行くと
ほば白石といって木の化石が横たわっているんですね
いわゆる経過木という
麻生さんの火災流がここまで来て
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大木が倒れたわけなんですけれど
その石がですね
まるで神宮皇后の船のほば白とそっくりだ
ということからほば白石と呼ばれるようになっています
それから今は陸地ですけど
明健島があってですね
そこには外戦した時に
武器をですねそこに隠したという話があります
第二次世界大戦の時に物資が不足しますよね
地元の人たちがですね明健島まで行って
そして鉄を掘り出して
それを売りに出してたという鉄工所の方がですね
おっしゃってたんですけど
そうしますと武器よりもですね
低鉄といって鉄のインゴットですね
それをいっぱい持って帰ってきたんじゃないかなと
鉄の材料ですね
義師は神殿という本には
山田愛国の時代には
その鉄の徹底がお金代わりになっていた
重要なものですね
それをですねもしかしたら
この明健島に隠したかもしれませんね
そうですか
そういう話でした
福岡市東区の名島神社でした
今週は神宮皇后ゆかりの神社を歩きました
来週もこの続きをお送りいたします
お話を神宮皇后伝書を歩くの著者
綾杉るなさんに伺いました
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです
おはようございます
実は宮間市でなかなかユニークな取り組みがスタートしてるんです
なんでしょう
その名もルフラン壁画プロジェクトというんですが
壁画ですか
これ平行になった小学校の壁に
大きな壁画を作りましょうと
高さが8メートルぐらい
横が3,4メートルぐらいになる予定なんですが
巨大ですね
そうなんです
このルフラン壁画プロジェクト
ある計画の一部分なんですね
実行委員長の小柳光雄さんに聞きました
この街でインスタスポットとか
インスタグラムで盛り上がることをやりましょう
ということの取り組みの一つです
このルフランというのは
もともと小学校で平行になっているんですけど
今シェアオフィスとかカフェ
あとの食品加工室とか
直売所として使われてるんですね
この場所をもっと宮間市の人にも知ってほしいし
外からも利用する人たちにたくさん来てほしい
その思いが相まってこの計画スタートしてるんですが
壁画一体どうデザインしようかとなった時に
このルフランと高速道路を挟んで向かい側のお山にある
平家の一本桜という桜があるんです
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名物が
これをモチーフにしようと
じゃあみんなでデザイン考えたんですか?
いいえ違います
プロが入ってます
実は地元の宮間市山川町出身の
宮崎智文さんというデザイナーさんがいらっしゃって
この方の桃色クローバーZの総合デザインとか
あと有名人のカレンダーとか写真集
レーシングカーのデザインをしてる人なんですね
一流ですね
そうなんです
そこで話し合いに話し合い
メンバーもみんな集めて重ねた結果
こんなことになりました
もちろんこれを作り上げるために
ただただ絵を描くだけじゃダメだと
何かこの町に住んでる方々と共同取り組まなければいけない
というところと
あと一つはやっぱりこの地域に関係がある素材を使わないと
面白くないということで
いろいろ試行錯誤した結果
竹に行き着きまして
竹をどうするんだというところになったんですけど
実は南韓にバンブーマテリアルさんという会社がございまして
そこが特殊なやり方で
竹を粉末状にして
一つの板剤にされてるんです
実はこれカラフルになってるの
全部5センチ角に切ってもらったんですけども
これ全部竹なんですよ
5センチ角に切ってもらった竹でできたタイルを
貼っていってモザイクアートにするんです
最初に50センチくらいのベニヤ板を置いて
この上に5センチ角の竹材のピースを
100枚並べていきます
これをさらに全体でくっつけていくと
巨大な四角が組み合わさって
モザイクアートが出来上がっていくって形になるんです
近くで見るとモザイクで何か分からないけど
遠く離れてみると
おーこんな絵が
そうなる予定なんですよ
子供たちもたくさん参加してまして
大人ももちろんサポートに入っていて
この日はちょうど1週間前だったんですけれども
40人くらいで制作してたんですが
小学校6年生の原田梨央奈さんに
参加してみての感想をちょっと聞いてみました
難しかったけど楽しかった
ちょっとずれたけど大丈夫って言われて
触り心地ってどんな感じ?
ちょっと硬い
重さは軽いです
この小さな5センチ角を小学生も大人も一緒になって
一生懸命貼って貼って貼って
並べて並べて並べてってするんですよ
設計図通りにはめ込んでいく感じなんですよね
まさに巨大なパズルを作っている感じなんですよね
小学校6年生の吉貝隆さんはこんなふうにおっしゃってました
糊とかつける作業がちょっと難しかったですね
用の加減とかベッダってくっついちゃうとか
乾燥したりするので
木材と竹材を組み合わせるという
今までにないチャレンジなので
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一体何を使ったらいいのか分かんなくて
小西ボンドさんに相談したら全面協力で
これなら大丈夫っていうボンドを出してくださって
提供してくださってるんですね
一体どんなふうに出来上がるのか楽しみでしょうって
実行委員長の小柳さんに聞いたら
こんな答えが返ってきました
これね、出来上がって並べてみないと
実際ぶっちゃけ分かんないんですよね
ちょっとずれてるところもあるんですけど
出たとこ勝負みたいなところ
モザイクアートなんで何とかごまかしがらないかな
でも色合いがすごい綺麗なんで
本当楽しみですね
どんなふうに見えるのかなっていうのを
お披露目は3月30日
父のお祭りがあるのでそこでやります
今日もですね、午後1時から4時まで
制作やりますので
ご希望の方、誰でも参加できるそうです
宮橋のルフランにお出かけください
中嶋美恵さんでした
番組からのお知らせです
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この番組は
宮橋と福岡県の企画共産
道の駅村方
餃子のヤマハチの提供で
お送りいたしました
ご案内は坂田秀大でした
第ラジオ番組何にもない
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