古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。
※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)
出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)
番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/
https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t
S6 18回目は神功皇后関連の神社を歩きます。
お待ちかねの綾杉るなさんの案内で神功皇后関連の神社を歩きます。 神社はシーズン5の風浪宮のつづき、久留米市の大善寺玉垂宮からです。 この神社には神功皇后が新羅遠征からの帰途ここに船をつないだと言う伝承が残っています。この為、神社はかつては御船山大善寺といわれていました。 そして、ここには「ニナガイ」の伝承が残っています。 新羅との闘いの時に、神功皇后が干珠の玉を投げると海面が干潟になり敵の船がひっくり返りましたが、神功皇后の船は船底にびっしりついていた「ニナガイ」のお陰で無事だったという話です。 このニナガイが今も境内の楠の木に残っているというのです。 確かに楠の木をよく観察するとニナガイが入っている楠の木があるのです。 そして、さらに神功皇后関連の神社を訪ね、境内の古い楠の木をよく捜すとニナガイが入っているから不思議です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 17回目も太宰府を歩きます。
太宰府の伝説を探して歩いています。観世音寺にきました。 ここへくると全く空気がしんと静まって心が洗われる気が致します。 観世音寺の裏へ回りますと、地元の方達が植えた万葉の花が植えてあったり、のんびりした田園風景が広がって、全く別世界の雰囲気です。 そんな中にあるのが弘法水。 観世音寺の山号が清水山といいます。その山号の由来となった清らかな水が湧き出てきているのが弘法水といわれる水。 大きさは2メートル×1メートルほどの小さな池になっています。 池の側のエノキの根元には観音菩薩と弘法大師の二つの石像が立っています。 その二つの像がしずかに流れる清水に姿を写しています。 この後、五条へ向かいます。太宰府市役所の裏を流れる川に注目。 御笠川が流れていますが 、この御笠川、上流を岩踏川、下流を思川といったそうで、さすがに、古都太宰府には流れている川も大変趣のある名前になってるなと思わせます。 ※写真は弘法水 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 16回目も太宰府を歩きます。
古都大宰府保存協会の学芸員、田中健一さんと太宰府の伝説をさがして歩いています。 水城の東門をスタートし旧日田街道を都府楼の方へ歩いていきますと大きな鳥居が見えてきます。ここから左折すると太宰府天満宮へ行きます。 ここにかつてあったのが団子屋さん。関屋の串団子として評判の店でした。 ここから天満宮方面をみますと、わずかに見えるのが岩屋城跡。 岩屋城は九州制覇をめざす島津軍に対し太宰府を守る高橋紹運が立て籠もった場所。 そこで関屋の商人が島津勢を憎んで作ったのが串団子です。島津勢を串刺しにしてやろうという思いのこもった団子でした。これが「関屋の串団子」として評判を呼んだのでした。 その店は現在は残念ながらありませんでした Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 15回目は大宰府の伝説を探して大宰府を歩きます。
令和の時代に入り一時は大宰府が梅花の宴の地として大変にぎわいました。 この番組でも梅花の宴が行われた大伴旅人の屋敷は一体どこであろうか、という場所探しもやりましたが、今年も、そんな大宰府を歩きます。 今回は大宰府の伝説をさがして歩きます。 御案内を古都大宰府保存協会・学芸員の田中健一さんにお願いしました。 スタート地点は水城の東門跡から歩きます。 大宰府の伝説はいろんなところにたくさんあります。東門跡をほんの400メートル歩いたところで、たくさんの話が埋まっていました。 旧日田街道が二日市方面に通じた道路を歩きました。まず、街道沿いにでてきたのが衣掛天満宮。菅原道真公にちなむ神社です。 ここには姿見の井という、道真公が旅に疲れた自分の姿を見たという井戸の跡があります。 さらに神社には衣をかけた松が神社の扁額として残っていますした。 ここから、ほんの少し歩いたところに宝満隠しという面白い名前と面白い伝承をもった場所もありました。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 14回目は神功皇后の足跡をたどります。
神功皇后は第14代の仲哀天皇の妃で、仲哀天皇と共に九州にやってきて、ほぼ福岡県全体をぐるりと回り、各地に様々な伝承を残していった人物です。 この番組ではシーズン1から様々な形でとりあげて紹介しています。 何故なら、その足跡を追うということは古代の福岡を紹介することになるからです。 今回は神功皇后の研究の第一人者、「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに伺っていきます。 神功皇后が活躍した時代は西暦390年から410年頃だといわれます。 二人が九州へきたのは熊襲を討伐するためだといわれます。天皇は和歌山から、皇后は福井の気比神社からそれぞれ下関をめざすます。 下関についた二人はここで拠点を設けます。豊浦宮といいました。現在の忌宮神社です。 皇后はここで海にもぐり、干珠・満珠の玉を手にします。 そして、福岡の香椎宮をめざすのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 13回目も新原・奴山古墳を歩きます。
福津市の世界遺産「神宿る島・宗像・沖の島と関連遺産群」の構成遺産の一つ、新原・奴山古墳を歩きながら、古墳とは一体どういうものか紹介していきます。 その3回目は新原・奴山古墳の中で最も北の部分にある古墳、7号墳へやってきました。 この古墳は方墳です。一辺の長さが24メートルある真四角の古墳です。 少しだけ発掘調査されたところによりますと、古墳上部は小さな石が敷いてあり、ここからは赤っぽい琥珀が出ています。 内部はレーダーで調査したとこでは、石室らしきものがあるそうです。 この古墳の下は現在は畑になっていますが、かつては海でした。 そんなところから、ここではかつて祭祀が行われたのではないかという説があるそうです。 そして、レーダー調査で分かった部分で、石室の中心が沖の島を指しているのだとか。 これが何を意味するのかはわかりませんが、興味のわく7号墳です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 12回目も新原・奴山古墳を歩きます。
古墳のことを勉強するにはもってこいの古墳がある新原・奴山古墳です。 ここには円墳が35基、前方後円墳が5基、方墳が一基有ります。 今回は宗像の君の古墳だと思われる新原・奴山古墳で最大の前方後円墳、22号墳の前で話を聞きます。 この古墳にはかつて後円部に登る入り口に鳥居があり、後円部上に祠がありました。 鳥居の扁額には縫殿神社とありましたが、現在はありません。 この縫殿神社はこの古墳の近くにありますが、そこから分祀されたものでした。 ここには、かつて中国の呉の国から4人の機織りの乙女が倭の国にやってきた際、その一人を宗像の君がもらいうけ、縫い物を織らせたという伝承があり、その場所が縫殿神社だったということでした。 また、面白いことに近くにある古墳からは縫い針もいくつか出土しているのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 11回目は福津市の新原・奴山古墳から
数年前から神社ブーブというのが始まりまして、この番組でも神功皇后関連の神社を紹介していますが、今度は古墳がブームになってきました。 そこで、この番組では今週から代表的な古墳が集中している、~福津市の世界遺産「神宿る島・宗像・沖の島と関連遺産群」の構成遺産の一つ、新原・奴山古墳を歩きながら、古墳とは一体どういうものか紹介していきます。 お話を福津市教育委員会・文化財課・史跡整備係長の井浦一さんに伺っています。 新原・奴山古墳には前方後円墳が5基、円墳が35基、方墳が一基の計41基の古墳があります。 展望所に立って玄界灘を前方にみますと、古墳全体が俯瞰できます。 古墳の中に入っていきますと、まず、たくさんの円墳が見えてきます。 丁度コスモスのシーズンに歩きましたので、古墳の中に咲いている美しいコスモスが殺風景の古墳に白や赤やピンクの鮮やかな彩りを添えていました。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 10回目も糸島を歩きます。
今週も糸島の神功皇后関連の場所を捜して、糸島ふるさとガイドの皆さんの案内で糸島を歩きます。 車で福岡市から糸島に向かい、県道49号を日向峠を越えていきますと、その県道沿いに見坂といいう場所に出ます。そこから田んぼの中の細い道を山の方へ少し上ったところに神功皇后の鞍掛石というがあります。 この道は細い道ですが、なんでも昔から雷山登山道として知られた道路だそうです。 横を小川が流れていて、その小川沿いに石はありました。 鞍掛石はまるで馬の背に乗せた鞍そっくりの形、大きさです。 まわりを玉垣風に石で囲ってありました。 また、この日最後に訪ねた引津湾の岐志という場所にあった花掛神社のすぐ近くの海岸には、これまた神功皇后と関連のある、神功皇后袖敷き石という巨大な岩がありました。 神功皇后伝承、糸島には数多く残っていました。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 9回目は糸島を歩くの2回目です。
糸島ふるさとガイドのみなさんの案内で糸島の神功皇后関連の地を歩いています。 今回は一貴山の大田神社から歩きました。 この神社は天孫降臨の際、道案内をしたという猿田彦命と大田命が御祭神の神社です。 うっそうとした竹林の中にあります。 その昔、神功皇后が天目一箇神という山の鍛冶の神を祀られたといわれる神社です。 この大田神社のすぐ近くにあるのが大きな楠の木の横にある仁王像。 大きな屋根の建物の中に二つの仁王像がすっくと立っています。 ここは夷巍寺(いきじ)の仁王門といわれるもので、寺は12もの僧坊をもつ寺だったとか。 仁王像は阿形像、と吽形像があり、二つの像の近くには子供の成長を祈る人々の大きなわら草履がいくつもかけてありました。 ※写真は仁王像 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 8回目は古賀市の船原古墳から見つかった玉虫装飾の馬具について
古賀市の船原古墳では、この程日本で初めて玉虫装飾の馬具が見つかりました。 玉虫は緑色に赤く筋の入った大変美しい虫で、日本では法隆寺の玉虫の厨子がよく知られています。 この玉虫厨子は7世紀の中程に作られたもので、この船原古墳の玉虫装飾の馬具はそれよりも古くなります。 玉虫装飾の馬具は杏葉という部分で、馬の尻を飾るものです。 この玉虫装飾の馬具は韓国の新羅時代の王陵から数点見つかっています。 船原古墳からはこれまでに新羅関連の馬具が見つかっており、この玉虫自体、日本の玉虫か、あるいは新羅から伝わった馬具なら新羅の玉虫か、は現在のところ分かりません。 静岡県藤枝市の玉虫研究所の芦沢七郎さんは、玉虫は寒い場所にはあまりいないといわれていることから、かつて、朝鮮半島と人的交流のあった時代に日本の玉虫が新羅に持ち込まれたのではと見ていますが、、、。 これからどういった調査結果がでてきますか。 ※写真は玉虫装飾の馬具と復元した馬具 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 7回目は糸島半島の神功皇后の足跡を歩きます。
今回は糸島市のふるさとガイドのみなさんに糸島に残る神功皇后伝説の地を案内していただきます。 最初に訪れたのは糸島のJRの福吉駅ちかくの家族風呂として知られる「まむしの湯」。 ここは赤米が栽培される所としも知られていますが、このすぐ近くに浮嶽という山が見えます。この浮嶽は標高が800メートルちかくあり、筑紫富士とも言われるほど美しい山です。 神功皇后は、いろんな山に登り、朝鮮出兵の勝利を祈願していますが、この山にも登っていました。 そして、この山には白龍伝説という話が伝わっていました。村の娘がある若者に恋をしますが、この若者が実は白龍であり、後に神功皇后の羽白熊鷲退治に大活躍するというもの。浮嶽にはこの伝説の伝わる白龍神社もあるそうです。」 このあと、神功皇后が新羅遠征に向かう際、お腹の子供の出産が遅れるようお腹に抱いていった石があったという伝説の神社、鎮懐石八幡宮を訪ねます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 6回目は宗像の君の刀について。
宗像には「世界遺産、神宿る島・宗像沖の島と関連遺産群」という貴重な遺産があります。 現在、この世界遺産に関しては、調査研究成果・5館連携展覧会として「ムナカタ~祈り・暮らし・交わり」展が開かれています。 5館というのは、宗像大社神宝館、九州国立博物館、海の道むなかた館、福津市歴史資料館、九州歴史資料館といったところです。 この内、6回目は九州国立博物館で開かれている、宗像海人の刀展にスポットを当てます。 宗像の君がどんな刀を使っていたのか興味があるところです。 お話を九州国立博物館・展示課研究員・小嶋 篤(こじま・あつし)さんに伺っています。 まず、刀と剣の違いについては、刀は片刃のもの、剣は両刃のものをいうとのことでした。 その刀が出土した新原・奴山古墳の北にある勝浦峯の畑古墳から出土した刀を調査、その結果、長さが40センチ程の太刀が標準の長さであることが分かったということです。 この長さの刀は当時の刀としてては短い方で、しかも、刀の握りの部分も短く片手で刀を握っていたのではないかとみられています。 これは、海人族である宗像氏が船の上での戦闘に有利な、片手で戦える短い刀を好んで使ったのではないかと、いうことでした。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 5回目はみやま市のこうやの人形について
みやま市のこうやの宮の人形のモデルとなったのは一体どういう人物であるのかはいろんな説があってはっきり分かりません。 そこで、今回は「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんにこの人形について詳細に伺っていきます。 まず、人形の並び方が、昔から地元に伝わる並び方を平成時代の台風の後代えたといわれます。 そこで、昔の並び方で検証しますと、中央が鏡をもった男装の女性像でした。 これが綾杉さんの説では、神功皇后ではないかというものです。 その左の、かつて高貴な人が着る青い色の着物を着ている人物は応神天皇の可能性があるとか。 右が七支刀をもった男性。これが武内宿禰の可能性があるということです。 そして、他の人形より少し大きめな、平安朝の衣冠束帯の衣装を着た人物は物部の阿志賀野神。 そして、左端のカッパ人形をいわれる裸の像は中国から渡ってきた技術集団の国栖(くず)といわれた人達を表した像である。といったのが綾杉さんの説です ※写真はこうやの宮の人形~中央の人形~神功皇后? Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 4回目は何故天智天皇がしばしば瀬高付近に行ったのか、です。
天智天皇がまだ中大兄皇子の頃、しばしば瀬高近辺に現れています。 これは一つには朝鮮半島での状況に関係があるといわれます。朝鮮半島では日本と良好な関係だった百済が唐と新羅の連合軍に攻撃を受け、その救援のため、兵を集めに、この近くにいたと思われる海人族の安曇族に助けをもとめにやってきたという説があります。 ここには有富という地区があります。ここの区長さんの話では、ここでは、昔はありとみといわず、あずみといっていたといいます。 その証拠となるようなものが近くの神社、若宮神社に古くから伝わるカッパ風の人形が保存してありました。 木彫りの人形で大きさは20センチくらい。男性像と女性像があり、女性像は着物を着た像です。注目されるのは男性像です。 男性像は上半身裸で、髪の毛は長髪のザンバラ髪で、顔の表情は大きな目をかっと開き恐ろしい顔をしております。 人形は全部で20体あり、この内、男性像が14体あります。 区長さんの話では、この男性像は魏志倭人伝にでてくるジサイではないかということです。 船が安全に航海できるように船に乗せられ、安全に航海できたときは褒美ももらい、危険な目にあうと、海に沈められたというのがジサイ。 昔、この近くには安曇族がいたんでしょうか。ここにはそんな人形が伝わっているのです。 ※写真は若宮神社の人形 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 3回目もみやま市を歩きます。
今回は、かつて邪馬台国山門説を村山健治さんが主張された時、卑弥呼の墓の候補地の一 つにあげられた堤地区を歩きました。 ここでお会いした堤新さんの家の玄関の横には長さ3メートル程の大きな岩とちょっと 小さめの岩が二つありました。一つは卵形をしていて横たわっていてもう一つは立ててあ りました。 石の前には小さな祠があり、家の方が大切にしているのが分かります。 昔は「この石の上で遊んではいかん」と、うるさくいわれた、と堤さんはおっしゃっていま した。堤地区は、回りよりも少し高くなっているとの話でした。 また、近くには巨石が転々としていて、確かにかつて何かがここにあったことを想像 させてくれますます。 そして、この地区の外れにある神社からは遠く清水山が見え、その山を中心に一年を通し 日の出の位置が変わっていくのが観察されるのだとか。 村山さんはこの神社を農業用に観察した場所ではないかと見ています。 ※写真は堤さんの家の前にある巨石 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 2回目はみやま市にある「こうやの宮」です。
みやま市の大神というところに小さな祠があります。普段は鍵がかかってみられませんが地区の方に許可を得ると見ることができます。 この祠の中に木彫りの人形が5体飾ってあります。その中の一体が七支刀を持った人形なのです。七支刀はかつて百済から倭の王に贈られた刀剣で現在天理市の石上神宮にあります。 その刀剣と同じ形の七支刀を持った人形がここにあるのです。 七支刀は左右両方から枝刃がでた得意な形をした刀剣です。 不思議なのは石上神宮の七支刀が発見されたのは明治になってから。 しかし、このこうらの宮にある人形はそのずっと昔からこの町の人によって守られてきたものなのです。 この謎多き七支刀の人形を紹介していきます。 ※写真は七支刀の人形 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S6 シーズン6の1回目は古代のみやま市を歩いた村山健治さん。
この番組にふさわしい方がいました。古代のみやま市をくまなく歩き回ってついに邪馬台国山門説の本「誰にも書けなかった邪馬台国」を出版した村山健治さんにスポットをあてます。 村山さんはみやま市に住み、たくさんの古墳の発掘作業に携わり、終にはここが邪馬台国であろうと推論するに至ります。 そこで、村山さんがたどり着いた邪馬台国山門説を詳しく紹介していきます。 村山さんの説は従来からいわれる不彌国を宇美町付近とし、ここからから船で宝満川を下り、筑後川へ出て、久留米付近にあった投馬国へ。さらに有明海へでて、今度は矢部川を上り瀬高付近にあった邪馬台国へたどり着くというコースです。 みやま市をあるきますと古墳がたくさんあるのがわかります。 付近には神籠石のある女山も横たわっているのです。 古代史ファンにはたまらない魅力あるところです Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 26回目は日田市出土の謎の鉄鏡について
大分県日田市で出土したといわれる鉄鏡があります。金銀錯嵌珠龍文鉄鏡といいます。 名前の通り金が入り、銀が入り、トルコ石が入った貴重な鏡です。 鏡の大きさは21センチ、中国の魏の曹操の墓から見つかった鏡と兄弟鏡といわれ話題になっている鏡です。 歴史家の河村哲夫さんの話では、この鏡が日田市から出土したことから邪馬台国九州説の有力な証拠になるといいます。 この鏡は卑弥呼が中国から銅鏡100枚と共に送られたものと解釈。 実はこの鏡と同じ21センチの大きさの鉄鏡が岐阜県の飛騨から見つかっているのです。 日田と飛騨は音が似ています。 このことは、かつて、その地を統治した政権が統治圈の東の境目をヒタといい、そこを守った人物に鏡をもたせたものと推理します。 それで、同じような鏡が日田と飛騨から出土したのだといいます。 シーズン5は今回で終了。シーズン6は10月から始まります。ご期待下さい。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
S5 25回目は神功皇后の熊襲討伐について
今回は「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに話をききます。 神功皇后は熊襲討伐を旗印として仲哀天皇九州へやってきます。 途中仲哀天皇は香椎で急死。その後、神功皇后は羽白熊鷲を秋月付近で討伐。 次に山門の田油津姫を討伐へ向かいます。 河村さんの話では ただ、税を納めないだけで天皇がわざわざ九州まで討伐にやってくるだろうかという疑問。この羽白熊鷲は熊襲といわれるが今ひとつ正体がよくわからないそうです。 河村さんの話では、熊襲は山を働きの場とする集団ではないか。 海の民の集団は安曇族であり、これは既に味方としてとりこんでいる。 しかし、山の集団はこれから。だから、これをこの山の集団との戦いとみると、いろんなものが見えてくるということです。 秋月付近の羽白熊鷲、山門の女山を拠点とする田油津姫、田川へ逃げた田油津姫の兄の夏羽。これを山の集団という観点から見ると、見えてくるものがあるということでした。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
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