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古代の福岡を歩くシーズン5 遥かな昔
海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。 その足跡を尋ねる
古代の福岡を歩くシーズン5 この番組は
宮益の企画協賛 道の駅村方
餃子の山鉢の提供でお送りいたします 道の駅村方営業部長の駆動で
村方の新鮮な海の幸山の幸がたっぷりです いつも旬のものをお届けします世界さん
おはようございます坂田周大です 今週は先週に続き神功皇后ゆかりの神社を訪ねます
お話を神功皇后伝承を歩くの著者綾杉イルナさんに伺っていきます 今週は福岡市東区の三島神社からです
ここのご祭神は 和田積みの神ですね和田積みの神といえば海の神様のことです
神功皇后は中川を出ましていよいよも貸食へ戻ってきたわけですけれど どうもあの周囲の将軍たちはみんな神功皇后はその百戦百勝の勝利の女神だと
このまま一気に朝鮮に出兵しましょうよと どうもそういう空気が濃厚になったみたいなんですね
それで神功皇后も実はお腹も少しずつ大きくなっていって どこで出産するかと心配しているところでしたけれど
みんなの期待が大きいそういうことでとうとうその決心して 私も一緒に戦うと
みんなに告げようと思ったわけですね その時にちょっとパフォーマンスをされるわけです
それがこの三島神社のお話です 三島神社は実は海の中にあるこの岩場ですね
そこに祠と鳥があるだけのお宮ですね 昔は大きな岩だったそうですけど
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浸食されて今このように小さくなっているということです ここにはそのパフォーマンスをするために神功皇后は小舟に乗ってここに来て
その時は皇后陛下の美しい衣装を着ていたと思いますけれど そこから海に潜ってみそぎをされるわけですね
そして二つに神が分かれるなら戦いに勝つという
神の計画で二つ分かれると戦いに勝つ
そういう占いをされたら実際に神が二つに分かれたので その神を水羅に言ったというわけです
水羅というのは男性のヘアスタイルなんですね
そして男性の衣装に着替えたと これをですねたぶん兵隊たち将軍たちはこの
カシーの浜から見てたと思うんですよ それで皇后が男の格好になって船に乗って戻られるということで
みんなワーッとですね土曜め気があったんじゃないかと思います
この場所についても日本書紀が書いてます これちょっと読んでみたいと思います
神功皇后はカシーの浦に帰還すると神をほどいて海に臨んで言われた
私は天掴み国掴みの教えを受けて皇祖の御霊の助けを頼みとし 青き海原を渡って水から西を打とうとしています
今から頭を海水ですすぎます もし霊言があるなら神が自然と分かれて二つになりますようにと言って
海の中に入ってすすがれると神は自然と二つに分かれた
皇后は男の髪型の水田に言われると軍神に応勢になった そもそも軍隊を起こし囚人を動かすのは国の大事である
戦いが簡単でも危険でも勝ち戦でも負け戦でも軍隊にかかっている 今成敗する国がある
戦いの式を軍神たちに命ずる しかしもし勝つことができなければ軍神たちが罪に問われる
それは私にとって不本意である私は女で戦には慣れていない しかししばらく男の姿になって大しく戦おうと思う
上は雨つかみ国つかみの見た魔王の助けを頼みしたは軍神たちの助けを頼り 兵士を奮い立たせて険しい波を渡り戦隊を整えて財宝の国を手に入れよう
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勝利すれば軍港は皆とともにある 勝利しなければ罪は私だけが引き受ける
私はそう決心した皆はどう考えるか協議するが良い 軍神たちは皆皇后陛下天下のために国家の安泰のために全力を尽くします
負けて罪を問われるような事態は決してありません 慎んで直命を受けたまりますと申し上げた
ということですねはいでこれが日本書紀に書かれてますが 実際はですねこれ8世紀の文章ですのでこんなことを神宮皇后が言っただろうと
まああの当時の人が作文したんじゃないかと思います 客食したそうですねただやっぱり神宮皇后の決意をよく伝えている
文章だと決意表明ですねそうですね はいあのしかも面白いことにその地元ではこの後神宮皇后がどうやって
貸し具に戻ったかも伝わってるんですよね この前あのここであのご紹介しましたけれど
あの神宮皇后が鎧をつけたところは鎧塚 そして兜をかぶったところは兜塚と今でもですね
地名になって残ってますね はい
鎧塚と兜塚ですねこの近くにありましたねはいはい 福岡市東樫井浜の三島神社でした
次も福岡市東区ですけども大神話神社ですね 狼と書いて大神話と読む神社ですね
ご祭神が大物主の神ということで三羽山 奈良の三羽山の神様が祀られています
でここもですね日本書紀に書かれているんですね
で 9月10日に諸国に命じて戦伯を集め兵士を訓練することになったが軍卒が集まらなかった
神宮皇后はきっと神の御心のせいだろうと言われて大神話のやしろを立てて 太刀と歩行を奉納されると自然と軍勢が集まったというふうになっています
これはあの浅倉市にも大名持神社というのがありますけど 同じような話ですね
そうですね浅倉の場合は兵隊たちが逃げ出して
それで大神話の神を祀ってますね同じ神様ですけれど
こちらはですね戦伯を集めたと船を9月10日にみんなで軍事訓練をしましょうとそういう約束があったわけですね
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そうしますと船を出す人たちがどんな人たちだったのかなと思うと
最初に鵜河川流域にクマワニがいましたね
あの人が率いているのが鵜河水軍です
それから巣大な田には豊之水軍がいます またすぐそばには鹿之島があって安住水軍がいますね
それから先ほどの中川の住吉水軍 それから糸手も駆けつけました糸水軍と言います
こういう人たちがこの海に集まって鹿之島の東の方に集まって軍事訓練をしようとしたわけですね
ですから号令を決めたり 進軍とか退却とかですねそういう時の訓練をした場所だというわけです
これに対応するのが小賀市の四十二山の大石神社ですね
あそこから忠愛天皇と神宮皇が船の軍事訓練を眺めたという話もあります
あの辺りの海で一斉に訓練をしたというわけです
蓄豪川の方には水沼水軍がいまして この方が今度九日和家の御事という天皇の弟ですね
お佐として そしてこちらはですね唐津の方に出たというふうに伝わっています
ですから唐津の方からも直接 あちらが一番距離近いので直接軍隊が行ったということですね
この近くにも古墳群がいろいろとあるみたいですね
そうですね 境内の車殿のすぐ左手に古墳があって 開口していて中をちょっと覗くことができますけど
今ここ神様が祀られています
でその裏手の森の中にですねいくつもあるんですよ
でこれが6世紀末ということで
上り窯も見つかっているそうです
土器を焼いた跡ですね
それからあの製鉄所などもあったということでここで武器を作ったりしていたという
そういう地形が綺麗に残っているので
ぜひともここに来られたら裏も探索されて
昔の人が集落を営むのにこういうところが良かったんだなぁと思って
回れるのもいいかなと思います
福岡市東区の大嶺神社でした
今週は神宮神戸ゆかりの神社をご紹介しています
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次は福津市の宮次竹神社です
ここのご祭神は?
神宮神戸と勝村狼、勝頼狼ということですね
勝村狼と勝頼狼というのは時代が下がりまして
畜死の君岩井の孫にあたる方々なんですね
岩井の孫
岩井の子供としてはくず子が有名ですね
そのくず子の子供が勝村狼と勝頼狼というふうなことです
神宮神戸の時代の方もいまして
古いご祭神として阿部の高丸、助丸兄弟という神様がいます
この人は畜死の弓の強者として有名で
一番最初にご紹介した忌宮神社
下関の戸浦宮といったんですけれど
あそこに行って
そして天皇と皇后を守っていた人たちなんですね
将軍として守っていましたが
中藍7年の七夕の日に
白木の軍勢が攻めてきて
そして皇居を襲ったんですね
その時敵の将軍は神林といったんですけれど
この阿部の高丸助丸兄弟が戦って
あいにく討ち死をしてしまいます
このために今度は天皇が直接
白木の神林と対決することになってしまいまして
天皇が自ら矢を射て
そして敵を撃ったと
そこで首を取って埋めた場所が
今でも鬼石として伝えられてますね
そこには残ってましたね
そういうところが
軍勢たちが遺体の周りを囲んで
喜んだお祭りがそのまま
司法廷の祭りといって
今でも年に一度お祭りされていると
その時の方がこの高丸助丸なんですね
この神社と関係の方ですね
この宮城岳神社
神宮皇后とはどういうふうな関係があるんでしょうか
自分たちを守って討ち死にした
安倍高丸助丸の里がこちらだったということですので
たぶん忠愛天皇と神宮皇后は
家臣に来た時に
真っ先にこの二人を弔ったと思うんですね
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神宮皇后はその後も何度か訪れているようで
ここを中心にたくさんお祭りをした場所が伝わっています
最後の分はいよいよ半島に渡ると
出兵する前にこの宮城岳の山に登ってですね
直接登ってそして戦勝祈願をされた
というふうに伝わっています
願わくば海雲も垂れたまえというふうなことで
海雲を祈られたということです
こちらが神宮皇后を守って亡くなった
安倍高丸助丸が安倍政であるということで
宮城に訪ねますと
宮城岳は安住族だという話なんですね
安住の部ということで安倍と名乗ってます
というふうなことでした
そうですか
安住の赤と部で安倍
そして拝殿から右手の渡り廊下を下って
後ろ行くとたくさんの神様が祀られていますよね
一番奥に宮城岳古墳があるんですね
あそこは奥宮不動神社といって
宮城岳の古墳そのものをお祭りしてあるわけですけれど
これがまたのすごい古墳ですよね
もう立ってそのままずっと歩いて入れるぐらい大きな古墳ですよね
二人並んで立って行けるというのは
日本でもそう数はないです
奥行きが22メーターもあるということで
これはもう日本で1・2を争う巨大な古墳なんですね
それがこの山の中にあるというわけです
その石室の石がですね
2メーター四方ぐらいの直方体を
どんどんどんとですね左右に並べて
大きな石で蓋をしていくようなですね
すごいスケールの古墳なんですけれど
この石も対岸にある藍の島から船で運んできた
というふうなことが分かっています
そこから出たものが
一番大きいのは3メーターもある太刀なんですね
株土の太刀といって
頭握り拳のような形で普通は1メーターなんですけど
3メーターもある太刀ですから
どれだけ大きいかということなんです
その拳のところは子供の赤ちゃんぐらいの大きさがあったと
よほどの王様がここには眠っているわけですね
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しかも全部金メキがされていたと
で他にバグが出てきています
バグもみんな金メキがされていて
これは本当に
皇族の人たちしか持てないようなものがたくさん出ています
特にその大事なものとしては
ガラスの器が出てきたんですね
楽飲みといってお薬を飲むためのものが
水入れがありますけど
あのくらいの8センチぐらいの小さなガラスの器なんですけれど
こういうものは大変貴重な時代で
で他にあるといったら
ブッシャリが入っててお寺の奥にしまわれているような
そんなものがここから出ているんですね
でそのガラスの壺は銅の容器に入れられて
そしてまた亀に入れられて
そして出てきています
でそういうそのすごいものが
その不屈にあるということなんですけれど
この被葬者については
宮次竹神社の方では
ここの神様として祀られている
先ほどの勝村勝頼兄弟ですね
祝いの孫
この二人がここに埋葬されている
というふうに伝えてあります
まあ時代的にも
だいたいそのような時代の古墳です
ここはちょうどあの山道から
一直線に夕日が見える日があると
ということで最近売り出してますね
そうですねあの光の道ですね
であの秋に光の道が通りますと
お祭りが始まるわけです
ああそうですか
でそのそれがあのいわゆる筑紫の舞
筑紫舞というわけですね
あれも不思議な舞ですよね
そうですね
でこの古墳で回れていたということで
このお話もちょっとしておきたいと思います
で博多にですね
菊村賢業という方がいて
そしてあの琴とか美話を
皆さんに教えていたそうなんですね
そしてある時飯塚に行った時に
九谷という人からその舞を教えられたそうなんです
でその舞が筑紫の舞だったんですけれど
後に西山村光寿祭という方に教えられたそうなんですね
である時にその菊村賢業が本場で本物を見せてやろうと言って
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あの光寿祭さんを連れて行ったそうなんです
そうするとその山をよじ登って
そして沖縄洞窟の中で
13人の人が舞を待っていたというふうなことだったんですね
で大きくなって一体あれはどこだったんだろうかということで
古田竹彦という方に尋ねられまして
でその古田さんがあちこち探して
この宮城岳古墳の石室の中がその洞窟だと
見つけられたわけですね
はいそれでそれからここに筑紫の舞が
再び宮城岳神社の方に伝えられたということです
そして最近一つ幻だった舞を再現されまして
それが安住の磯羅が舞う舞だったんですね
ということでやはりここは
安住の磯羅の関係の神社でもあるということになります
福津市の宮城岳神社でした
お話を神宮恒豪伝書を歩くの著者
綾杉ルナさんに伺いました
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中嶋理恵さんです
おはようございます
今日はお勧めしたい学びの場所楽しみの場所
海の道室方館です
村形大社のすぐそばにありますが
世界遺産のガイダンス施設として
もう楽しくて学べる場所なんですけれども
ここを改めて見てやっぱり面白い
村形市世界遺産課の岩澤義博さんに案内してもらったんですが
基本的な展示に加えて
もともとある3Dの映像で沖縄を学んでいく
さらにVRバーチャルリアリティ映像もありますし
今なかなか迫力を感じるの
大型スクリーンなんです
縦が7メートル
横が18メートル
これがほぼ半円形のカーブを描くように置いてあるんですよね
いざ見ると沖縄に上陸してから車店に向かうまで
私たちも入れませんけど
木々が迫ってくる感じとか
あとは細い道のちょっと薄暗くなっている部分とか
さらには岩肌の迫ってくる感じは
あまりにもすごい迫力で
えーっと思いながら見ていたら
岩澤さんがこんな話をしてくれました
実際の岩の大きさが同じレベルですよね
高さ10何メートルぐらい岩があるんです
だから今の屋代
車店があったらその上に岩があるんです
もう行ったらすごいですよ
焦げして見上げます
中に空気を味わってもらいたいのは3Dなんですけど
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そのリアルの大きさを体感してもらうのはこのスクリーン
なるほどね
本当に見上げるほどっていうのが
まざんまざと伝わってくるんですよね
迫力を感じた後
このスクリーンのすぐ背中側に
景観マッピングビジョンっていうのが作られてまして
手元平べったい方に地図があって
ここにですね
いろんな古墳がここにありますよとか
こういった文化財がありますよっていうのが
ピピピピピッと印がつくんですが
それに関しての解説映像が正面のスクリーンに出てくるという
なかなか面白い
もうねこれへーがいっぱい詰まってる
そんな展示になってまして
これいつまででも何度でも調べたくなる
そんな映像だったんですが
この海の道
村形館の使い方について
岩澤さんこんなふうにおっしゃいます
ここでいろんなこと見てもらって
大社、瀕宮とか大島行ってもらったら
もう一切その読もうとかせんで
感じてもらいたいんです空間を
向こうで拡文読んだら
そっちの方が頭が入っちゃうでしょ
ここで予備知識で全部得とって
大社というのはもう神域なんで
そこはやっぱ感じるもんなと思うんですね
そっちの方がパワーをもらえますよ
わかりますね
感じるんですよ
こういう使い方をしていくと
より理解が深まるんですが
この展示室の入り口に
世界遺産に決まった時の認定書のレプリカと
実際に推薦書が2部本物が置いてあるんですけど
そこで聞いた話びっくり
採用された価値の基準っていうのは
一つは信仰の継続
自然崇拝の中から村形三女神が生まれて
今の三女神信仰につながっている
という点がまず一つ
それから価値観の交流というのが
大きなポイントなんだそうです
その大陸型のいろんな文化や制度を持ってきて
古代大和王家から日本という国を作り上げていった
価値観が運ばれてきたところも
大きな認定ポイントなんだそうです
そして世界遺産について価値観の交流
こういう大切なポイントが実はあるんですね
争いが起こらないために
ユネスコが世界遺産という文化を作っているんですね
ユネスコの研修の中には
戦争は人の心の中にあるから
人の心の中に平和の取り柄を築こうというのが
ユネスコ研修にあるんですけど
それはどこからできるかっていうと
相互理解
じゃあ世界のユネスコが大切な人を理解して
みんなで世界で守っていこうねっていうところが
世界遺産の始まりなんですね
そうだったんですね
ですから人の持っている価値観を理解することが
平和につながると
なるほどそうなんだと改めて感じました
さらにこれは決まることじゃなくって
その後が大事だと岩田さんがおっしゃいます
守る意志
貴重なのはわかるけど
一番大切なのは守っていくという
国もそうですけど地域
やっぱり地域の人が一生懸命ならないと
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守れないじゃないですか
そこが今すごく評価されている
一番重要視されている
だから子どもたちもたくさんこの
海の道村方館に来て
ちょうど私が取材に行った時も
たくさん小学生がいたんですが
彼らに教えていることは
土原したら大切になると思うって聞いたら
いろんな人に今日勉強してすごいと思ったことを
言うとかって言うんですが
それだけじゃなくって
帰り道に1個ゴミを拾って持って帰る
その積み重ねが大切にすることになるよって
教えてるんだそうです
私たちが守っていかないといけませんね
中島梨央さんでした
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宮間市の企画共産
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餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました
ご案内は坂田周代でした
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