00:08
古代の福岡を歩く S5 4遥かな昔。
海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。 その足跡を尋ねる
古代の福岡を歩く S5 4この番組は宮間市の企画協賛
道の駅村方 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
道の駅村方 営業部長の古代です。 村方の新鮮な海の幸、山の幸がたっぷりです。
いつも旬のものをお届けします。 世界遺産、神はぞる島、村方おきの島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう。
山鉢、山鉢、山鉢の餃子の山鉢です。 新鮮な食材を使って心を込めて丁寧に包みます。
世界遺産、神はぞる島、村方おきの島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう。
おはようございます。坂田秀大です。 今週は神宮皇后のたくさんの足跡が残っている福津市を歩きます。
最近では光の道ですっかり有名になりました宮仕立神社からスタートします。 ご案内を福津市観光ボランティアガイドの有吉俊隆さんにお願いしました。
宮仕立神社の入り口です。 山道がずっと海岸まで続いています。
これが例の光の道ですね。 光の道ですね。 年に2回でしたっけ?
そうですね。2月と10月に宮仕立神社さんの正面に藍の島があるんですが、そこに夕日が沈むということで、
光が道を作ったように見れるという。 特に10月の方が綺麗に見えると思いますので、またぜひ来てもらえれば。
ただいろいろと、今例の嵐で有名になってしまって、ちょっと大変ですけど、
ぜひここだけじゃなくても海岸ベタでも見てもらうという。
03:01
逆にですね、ここから宮仕立神社さんから見てもらうのもいいけど。
神社のあたりから? 前の海岸のところから。
じゃあもうちょっと海岸の方に歩いていって、鳥居を一つ越えてぐらいのところですか?
神社はまだ海水浴場がありますから、そこら辺のところにも鳥居がありますから。
そこから見てもらうというのもいいあれじゃないかなと思います。
今ちょうど私が立っておりますのは、宮仕立神社の本殿からちょっと下った階段の下におります。
階段から100mぐらい茶店が両側に続いてまして。
それから先がずっと海岸まで続く道と。一本道が続くんですね。
そうですね。
そう言われても言ってもらえればまたですね、また違った趣があると思います。
そうですね。その階段をちょっと登っていきます。
これは私の話があれなんですが、大正5年とか御来に伊藤伝恵文さん。
これは明治39年に伊藤伝恵文さん。
あ、寄贈された。
そういうところですね。
そうですか。
飯塚の方の観光を伊藤伝恵文さんが寄贈された鳥居がありますね。
そしてこの鳥居がですね、明治23年、いわゆる博多から赤間まで鉄道が通じました。
その時にですね、福間駅の近くにあった鳥居なんです。
そうなんですか。
そうなんです。
福間駅にあった鳥居をここに持って来られた。
福間駅から宮崎神社さんまで皆さん参拝来られて、後々それが馬車鉄道になったと。
馬車鉄道というのがね、昔通ったからね。
これが明治27年という風になっているでしょう。
通ったあそこら辺の時にこれができているわけですね。
これは明治24年、実際は23年に鉄道ができてますから。
そうですか。
それとこれが600ダーラ。
600ダーラ。600ダーラというのは何でしょうか。
600ダーラの碑というのがありますね。
大きな碑ですね。
これはもう江戸時代。
江戸時代。
この宮城村の親父さんたちが、いわゆる関西と言ってですね、
いわゆる年古、年古を収めた、終わったというのを関西と言うんですが、
06:00
それは結局個々の地域の人たちが、基金でいろいろと大変だった時も、
お互い助け合って税金を納めたと。
ということで藩主から、模範として、褒美として、米600票をもらったわけですよ。
それを、あれとして、産木。
村に結局子供さんができた時に産木を贈るという風習が今でも続いている。
米ダーラと一緒に産木ももらって。
結局米ダーラをいただいたものですから、それを元にして、
そして各村に、宮城村に生まれた子供さんに産木を贈ったんです。
それが今も続いている。
今も?
今もです。ここが。
そうですか。じゃあ今この近くで生まれた子供さんに対しては産木を。
今はバスタオルとか、そんなことを言っておられました。
そうですか。そういうのは続いているということは。
続いているんです。
素晴らしいですね。
これは素晴らしい、いわゆる教授というんですか。
今いろいろと、絆のこととか言われてますけど、
その子供さんたちを祝う。
そういうのがここで江戸時代から続いているということで、
この日が私なんかを祝わせていただいたら、
いろいろとお話が他のところであるかもしれませんけど、
いわゆる国民健康保険の発祥の地、福津市の一つの、
また違った面でのこれが。
村人が助け合って生活をしていたという。
将軍みたいですね。
これはもう何回も言うですけど、今も続いているというのが。
素晴らしいことですね。
600票の火という、高さ4、5メートルありますかね。
大きな火がありますけど、そういう物語が秘められているという火ですね。
宮城岳神社にもそういうのが置いてありますので、
ぜひ光の道も結構ですけど、大変いいことだと思いますけど、
こういう歴史的なものもちょっと見ていただければと思います。
そうですね。光の道のちょっと入ったところですからね。
ぜひ見てほしいですね。
その光の道の上の方へだんだん歩いていくところですね。
宮城岳神社という大きな砦をくぐりまして、またさらに階段が続いています。
本殿の前を通り、さらに上に登っていきますと、
09:00
奥宮不動神社が出てきます。
ここは横穴式石室の長さが22メートルもある古墳です。
ここで神官さんのお祓いを受けて、宮城山へ登っていきます。
ゆるやかな細い道を歩いて、30分ほどで頂上に着きました。
頂上に着きました。
頂上にはですね、木の横に1メーター半ぐらいの小さな鳥居が作っておりまして、
看板も出ています。
今を去る1600年余り前、沖縄新姫はこの地、宮城岳山頂において、
八百万の神々に天命を奉じて彼の地へ渡らん。
願わくば海雲を垂れたまえと祈願され、大陸へ出版されました。
ここのあまりにも有名不可思議な御意義をおたたえ、
ここに御祭神として祭り、宮城岳神社が創建されましたという風な、
これは鐘の看板ですね、があります。
そしておよそ1メーターぐらいの、横幅1メーターぐらいの高さが30センチぐらいかな、
ちょうど人が座るような石がここにあります。
ここの山頂は宮城山といいまして、180.7メーターという風に書いています。
ここまでおよそ30分かかりました。
頂上付近は少し険しくなっていましたけれども、頂上は少し平らな感じになっています。
ここはあれですか、この石は何かあるんですか?
岩倉とか高宮祭場がありますよね。
ああいう風にして露天祭祀的な祭祀形態が行われたんじゃないかなという風に言われているんですよ。
ただここは戦国時代、橘方に捉える宮城岳神社という、
いわゆる中世の山城、これが作られたものですから、
ちょっとその跡があまり残っていないんですよね。
ちょっと大きい岩がそこに一つぐらいでしたかね。
ああそうですか。
あるぐらいで、あとはいわゆる黒輪とか、
うねって言うんですか、
備えするために大部分が潰されたんじゃないかなと。
ああそうですか。
どっちかというと、中世の城郭の跡の方が今。
ああそうですか。
そういう風になってしまってますね。
持てないですね。
持てないですけど、ここから神里城っていって、
12:03
手引かの奥の方にあるお城があったんですが、
そこもそういう中世の城に、
抑えるというか、そういうあれが。
ですからどちらにでもここで祭祀が行われて、
神里城のあれでは、ここから朝鮮の方を見て、
飛ばす国があるから、そちらの方を成敗しようと。
ちょうど大きな木がね、ここは2、30メートルの木が
林げっておりまして、海がかすかに見えるけれども、
北の方が白木の方といえばそうですよね。
韓国の方に向いております。
ここで祭祀を行ったということなんでしょうね。
頂上はちょうど30メートルくらいの空間になってますね。
1本大きな木がありまして、
その右横に2メートルくらいの石があります。
ここに祭壇を設けたのかな、そういう感じがしますね。
だから高宮祭場のようなあれがあればいいんですけども、
多分崩されてたと思うんですよね。
こっちの方にちょっと大きな石がある。
それが関係あるかどうかは分かりませんけど。
ああ、そうですか。大きな石があるんですか。
大きな石があるとですけど。
岩蔵。
岩蔵って感じですかね。
分かりませんか。
分かりません。
そこに大きな岩があるでしょう。
ああ。
御来港用廃墟ってなってるけど。
御来港用廃墟になってますね。
伊勢の方を見てあれ知ってたんですかね。
それか大和の方か。
これは東の方角になりますね。
大きな岩。2メートルくらいの大きな岩が。
とんがった岩ですね。
これが崖の上から張り出してるようなところがありますね。
ここで御来の人々はこの地より御来港を廃していたことが推測できるという看板がありますね。
御来港用廃墟になってます。
神宮皇后が朝鮮出兵の成功を祈ったといわれる宮島を後にして、今度は立崎神社へ向かいました。
ここは渡り半島のとったんにあります。
天気がいいと沖の島が見えるという場所にあります。
ここが渡り半島のとったんになるんですね。
先端というかちょうど真ん中のちょっとこちらになるんですね。
ですからちょうど右奥手の方には沖の島が見えるときは見えるんですが、
今日は残念ながら見えませんね。
15:02
ちょっとなんか霞がかかるような感じがしますね。
右に見えるあれが津泉島。
津泉島。小さな島が見えますね。
その奥が大島。
奥に霞んで見えるのが大島。
ここに神宮皇后が白城の方から帰って来られて、
教どまりというちょうど津泉島の向こう側の方に教どまりというのがあるんですが、
そこに折れられて、そして盾と弓を収めたということで、
後々弓の、弦のない弓をここに奉納して、
子供さんたちの引き継げを奉仕ということでここにしたということで、
今もまだ続いているようです。
そういう伝承が残ってますね。
ここの神社は階段が、そうですね、二重段ばかりの階段が一つありまして、
それからさらに鳥居の向こう側にもう一つ階段があって、
本殿になるということですね。
本殿もかなり古そうな感じがしますね。
本殿の中にですね、天狗のお面、これは大きなお面ですね。
1メートルぐらいは廊下という、青と赤、二つのお面が、天狗のお面がありますね。
はい、こういったところが立崎神社の本殿です。
こっちは親父さんの方になるから、それちょっと行ってみますか。
いわゆる、ちょっと道側でいいですけど。
あ、そうですか。そちら何があるんですか。
これは結局私がちょっと今言いました、コロナウイルス今問題になってますけど、
やっぱり江戸時代、いろんな疫病がした時に、
沖縄島ごもりじゃないですけど、沖縄島に対して、
いろんな願い事をされた時の、いろいろと灯籠とか、そういうのがありますので。
あ、そうですか。
神社の右手の方に山の方へ入る細い道があるんですが、
その細い道を今ちょっと歩いています。
じゃあ、そちらの方に向かって歩きます。
えっと、2、3分で海が見えるところまで来ました。
うわぁ、すごい風景ですね。
18:00
えぇ、目の下100mぐらいのところに岩床がありまして、
それに打ちつける波が真っ白な波しぶきを立ててますね。
で、はるか向こうが、もう霞んで見えませんけども、沖縄島の方向でしょうか。
そっちの方まで青海原が広がってます。
ここは本当にきれいな景色だ。
素晴らしいところですね。
素晴らしい景色が広がる風景を目にしながら、
月あたりまで行きましたが、古い灯籠が2つほど残っているだけでした。
月あたりに薬師神社という赤い鳥居の神社がありました。
大きな岩倉らしきところに、祠がありました。
次は近くにある戸下神社へ向かいました。
ここには珍しいものがありました。
勝田ということで、勝田岳という山があるんですが、
その名前で勝浦という字に、勝浦岳ということで、
一応神宮皇后が帰ってこられた時には勝島、勝田ということで勝浦、山の勝浦岳の勝浦。
勝が継いで、そういう地域として神宮皇后が帰ってこられた時に、
そういう風にされたということで、地名にもなり、山の名前にも、
裏の方の名前にもなったということで、
ここのあれは、普通坂木なんかではこうしますけども、
ここは本田原という海藻を見てもらいます。
え、海藻を坂木の代わりにするんですか?
そうです。
あら、本当だ。海藻がこれは置いてありますけども、
もうちょっとヒカラみたいな感じがしますけどね。
今も海辺に行けば、距離したやつをここでして、そして放納して、
そしてまた一つは家に持って帰ったり、そういうことをするようなことは聞いてますけど、
実際想像されているかというのがわからないですけど。
海藻は本田原ですか?
そうです、本田原です。
本田原がですね、1メーターぐらいの平たい石があるんですけども、
21:01
その石の上に放納してあるということで、坂木の代わりに使うということでした。
そしてその横に貝殻の中に砂をたくさん入れたものが二重沸かし置いてありますね。
これもちょっと珍しいですね、こういうの。
そういうのなかなかないと思います。
そういう神社だそうです。としも神社という神社です。
今週は神宮皇后がたくさんの足跡を残した福津市の宮次竹神社、
縦崎神社、としも神社を訪ねました。
帰る途中に縫い戸の神社がありました。
大変静かなところにあり、お堂の中には三十六花繊の絵馬がとてもきれいに飾ってありました。
ご案内は福津市観光ボランティアガイドの有吉俊隆さんでした。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島梨恵さんです。
おはようございます。
今日は本編でも歩きました福津市のお土産アンテナショップというのが昨年オープンしてるんですね。
その名も手土産や福津本舗っていうんですが、JRの福間駅から歩いて5分ほどのところ、
元々は明太子の福太郎のお店だったところが、今新しく手土産や福津本舗になっているんですね。
せっかくなのでスタッフの新海夏子さんにおすすめ土産ベスト3を聞いてみました。
第一位、福津めんべえ大茶漬け味。
これ福津観光協会と山口油屋福太郎の共同開発なんだそうです。
使われているのが福間漁港で水揚げされている特産の天然のマダイ。
それと海苔でこのマダイがお魚センターで加工して、
味はここ数年大ヒット中の大茶漬け味。
通常のめんべえよりも硬く?
あんまり硬くはなくて、普通のに比べては少し柔らかいですよね。
そして少し後味がちょこっとピリッとするぐらい。
だから意外とお年寄りでもお子様でも食べられるっていう感じで人気なんですよ。
タイの味します?
タイの味します。食べてみられます?
いただきましょう。
どうぞ。
ハード系なんですが、本来のめんべえより確かにソフトです。
いろんなものが練り込んであるのが見た目でわかりますね。海苔だとか。
後味でピリッときますね。
そうなんですよ。最初食べてる時はわかんないんですけど、食べ終わる頃にちょっとピリッときたっていう。
24:06
後味にタイ茶が出てきましたよ、今。
波状攻撃で来るでしょ。
お魚のすり身の香りが出てきました。
タイじゃなくてタイ茶漬けにしたところが、やっぱり毎年タイ茶フェアをやってる福津のこだわりなんだなと思って。
やっぱりいい味を使ったなーなんて思ったんですが、
この福津めんべいタイ茶漬け味、パッケージが箱があるんですけどね、
表は嵐のCMでも有名になった宮城崎神社の参道、光の道の写真になってまして、
裏側に福津の観光名所がいろいろ並べてあるんですよ。
この箱が一箱あると、福津ってこんなとこなんですねっていうのがわかるようになっているという、
なかなか一箱あれば説明まで楽しめるという日になってるんですね。
そしてスタッフの新開催、おすすめの第2位は、宮城崎神社エール。
神社エール。
はい、完全にかけ言葉になってます。
透明な神社エールなんですけど、瓶が2本くくりつけると、お幹を持って帰っているようなビジュアルになる。
そしてこの表のラベルの裏側に光の道が印刷してあって、
置いておくと神社エールの透明なところに光の道がパーッと映えるんです。
ラベルの裏側、のり付けされている部分に写真があるんですよね。
そうなんです。
瓶を通して中が見えるっていうね。
味も爽やかで美味しいんですが。
そして新開催のおすすめ第3位、これがタイ塩ラーメン。
あっさりとして美味しいタイの出汁が非常によく効いたラーメンなんですが、
新開催さん、おすすめするだけじゃないこんな応用も教えてくれます。
私がちょっとおすすめしているのは、お米1合半くらいにこのタイの出汁を入れて炊いて、
タイをちょっとほぐして入れて、大葉でもパパッと散らしたら、タイ飯ができるんですよ。
すっごい美味しいです。
タイ塩ラーメンのスープでタイ飯ができます。
簡単で美味しそうですね。
こんな話をしながらお土産が選べるのも、この手土産や福祉本舗の面白いところだなと思うんですが、
ベスト3には入れたかったんだけどという番外編、注目の一品をさらに新開催さんが教えてくれました。
何でしょう。
海の琥珀糖っていうんですが、趣屋っていうところが作ってるんですけどね。
これは何ですか?
琥珀糖って昔からあるおやつなんですけど、砂糖と寒天で作る、食べる宝石とも言われるものなんですけど、
1センチ角ぐらいの砂糖菓子なんですよ。立方体。
表面はパリッとしたお砂糖のコーティングなんですが、中身が寒天の柔らかい感じなんです。
ゼリーとも違う、ザ・日本のお菓子っていう食感。
これはね、色がカラフルでね、6色?カラフルですね。
福津のイチゴ天王だとか、福津で採れた柑橘の黄色だとか、生姜の生姜色って言うんですかね。
27:09
茶色っぽいね。
さらにお塩はですね、天然のハーブから採った青を使って、お塩の感じを出したりとか。
これは見た目も楽しいですよ。
そうなんですよ。さらにこんなこともやってるそうです。
箱に入れたり、カゴにセットしたりして、プレゼントもできますし、
あと小さなお箱でしたら、あの中に綿芽のバラとか、こういう色んな大物とかをセットして、
ご贈答用に詰め合わせもできますので。
お好きなのを詰められて、綺麗にラッピングもしますから、ぜひぜひいらしてください。
出土産屋福津本舗でした。
中嶋理恵さんでした。
ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオのホームページの、古代の福岡を歩くシーズン5のバナーをクリックしてください。
また、ラジオクラウドという無料アプリをダウンロードすれば、スマートフォンやタブレットでもお楽しみいただけます。
この番組は、宮間市の企画協賛、道の駅村方、餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田周代でした。