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古代の福岡を歩くシーズン5 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン5 この番組は
宮間市と福岡県の企画協賛 道の駅村方
行座の山鉢の提供でお送りいたします 道の駅村方営業部長の駆動です
村方の新鮮な海の幸山の幸がたっぷりです いつも旬のものをお届けします世界遺産神宿島
村方沖の島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう
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おはようございます坂田周大です 先週までは下関市の神宮皇后ゆかりの地を歩きました
今週は神宮皇后と忠愛天皇の2人がなぜ下関にやってきたのか そのあたりの話を詳しく伺います
お話を神宮皇后の謎を解くの著者川村哲夫さんに伺っていきます 神宮皇后と忠愛天皇
どういう目的で下関までやってきたのかといったことからちょっと伺いたいんですけども 日本書紀ではですね
九州のクマソウが反乱を起こしたということが書いてあるんですよね それを鎮壓するためにやってきたというのは知られる目的のようですけどね
だけどもどうもですね そこに裏がありそうな感じがしましてね なぜかと言いますとクマソウはですね
反乱を起こしたと言いながらも日本書紀を見ますと単に税金を納めてないだけな脱税なんですよ
ああそうですか ですからその
わざわざ今週からですね おそらく万能くらいでしょうけども1万とか2万人でですね
九州に攻めていくようなそういう状況はないと思うんですよね だからもうその時点でひょっとすればですね
神宮皇后あるいは武雄少年あたりの心の中にはですね 朝鮮執兵が試合に入っておったんじゃないかという感じもちょっと伺えれますね
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実は神宮皇后というか本部隊はですね 福井県の慶神宮にいたんですよね
ところが中藍天皇だけはわずかな人数でですね 和歌山県の所津宮 木の川の太りに出張されておられたんですよ
そしてそこにですね 熊総合反応を起こしたという知らせが九州から来たんですね
慌てて中藍天皇は自分たちだけですね 先行して忌みの銘神社に来られたんです 豊良宮まで
その後お前たち来いということで試合を出して そして本隊を呼び寄せてやるんですよ
だから中藍天皇自身がもうすでにおびき寄せられているような感じはちょっとするんですよね
もうその時点からなんか動きが シナリオが始まってるんじゃないかという感じも私は見受けられましたね
中藍天皇は心の中に朝鮮ということが頭一つもないんですよね あくまで九州の動乱を沈めるということしか頭ないんですよ
誰かがそういう情報ですね 過大な情報を中藍天皇に吹っ込んで
下関までおびき寄せて その後矢浦本部隊がですね 後追いかけてくるという感じなんですよ
だからもうそのあたりからさっき言いましたようにね シナリオはカーテンが開いて始まってるんじゃないかという感じも私は受けますね
私の本には書いてませんけどねそのあたりは でもいろいろ考えますとそういうことかなと
そうすると神宮皇后の頭の中には こちらへ来る時にもすでに
朝鮮失兵というのは頭の中にあったのかも 恐らくですねくだらからないな信用性があって
ある程度それについてはもうそれ相応の返事出しとったんじゃないでしょうかね そんな気合い出します
なるほど 特に糸島近辺というのを非常に何回も何回も行き来していらっしゃいますよね
そうですそうです それとやっぱくだらとですね 日本側 七使徒の問題もありますけどね
くだらの勤賞皇か そういうやり手の王様が向こうにいたんですよね
ですから表から工作し裏から工作し いろんなことをやっておったんじゃないでしょうかね
要するに白木と幸福に挟まれて 窮地に立っているわけですよくだらは
ですから日本をおびき寄せて 日本から助けてもらうという切発まで思いがありましたからね
どうかして日本側から支援を求めたいということがあったと思いますね
そういう気持ちがあって九州まで来たのかもわからないということですね
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それで神宮皇后はけひ神宮からやってくるんですけど
どういうふうな経路でやってくるんですか
江戸時代の若狭オバマ 福井県オバマ市の国学者に万能信友というのがいます
彼はどういうわけか日本海側から来たということで発表しましたね
戦前まではそれが通説になっておったんですよ
ところが私いくら調べましたよね 日本海側にそういう伝承が一個もないんですよ
ところが福井県から申し上げますとね
福井県から琵琶湖を通りましたね
そして湯戸川を下りますと割と大阪まですぐ出れるんですよ
これは昔のそういうコースがありますから
琵琶湖の国ふどき 微前の国ふどき そういったものを見ますとね
瀬戸内海をずっと南下してある 西に来てあるのがわかるんですよね
その中にいっぱい伝承が書いてあるんです
例えば兵庫に来られたと 神宮皇后一個が
兵庫に武器を保管されたと
それが兵庫の誇りですね 武庫と言いました
武器庫をそこに作られたみたいです
それが兵庫になってるんですよ
それから牛窓 岡山県の
そこで人群皇后たちが来ましたと 牛を転んでしまったと
おかしかったんでしょうね
牛が牛丸びということで
生まれて牛窓になったということが書いてあるんですよ
それからこれは文献にはありませんけどね
広島庵で鯉を釣られたと
それが今の広島カープになったとかいう話もあるんですよ
これ本当かどうかは分かりませんけども
そうですか
それから北富士ですかね 高戸原神社ございます
立派な神社ですけどね
そこから鷹が飛んでいったと
神宮皇后がご覧になって非常に喜ばれたと
高戸原神社になったということで
ずっと西においてなる
転々と伝承が残ってるんですよ
それから見ると瀬戸内外コース
瀬戸内外コースだと思います 安全でしね
日本海はやっぱり危ないからですね
それで中外転のほうはどういうコースで
中外転はさっき言いましたように
和歌山県の木の川のほとりからですね
やっぱり船に乗って
少人数ですからそんな大きな船じゃないでしょうけども
やっぱり瀬戸内外コースで
西門関までまずおいでになって
そして豊田宮 夢の名神社にまずお疲れだと
ここを前進基地にされたんですよね
それで2人はここで落ち合うわけですね
そしてまず拠点をここに作ると
神宮皇后っていうのはすぐに
来た日にでも如意玉っていうのを
手に入れられるんですか
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これが面白いんですよね
神宮皇后の出身地がですね
琵琶湖のほとりの
酒田郡という場所なんですね
そこは海人族の拠点の
集落でもあるんですけども
従いまして幼少期ですね
少々時代にそこで過ごされた人口が
たぶんかなり
天山の習慣とか
あれ魚を釣ったり大好きだったと思うんですね
途中ヌタという場所でですね
実は酒を船から注いでですね
それで鯛を釣ったと
これいわゆる毒流し漁法なんですね
ああそうですか
だから毒を流してですね
魚を浮かべあがして取ったと
いう記述がありましてね
魚釣り、海大好きだったんじゃないかなと
それで今野宮神社に来られましてね
早速海岸に、海に飛び込んでですね
そして万寿、漢寿の玉を拾われてるんですよ
あの近くに万寿島、漢寿島がありますよね
それにあいかってそういう名前になってますよね
だから海に潜る自分が
そういう習慣も持ってあったみたいですから
天山の技術も持ってあったんじゃないでしょうかね
そこで鯛玉というのを手に入れられて
そうです
これが後にいろいろと出てくるので
いろんな話で出てきますね
あちこちで奉納されたりですね
例えば佐賀県に
風川の上流に川上神社、湯戸姫神社がありますよね
そこに奉納されたと
そしてそれを記念して今白玉万寿売ってますよね
白い玉と
その名残です
記念に今売ってますけど
これ、漢寿万寿の玉って色がやっぱり違うんですか
いや私見たことありませんからね
わかりませんけども
ただ山崎子の伝承にもありますけどね
彼が海幸子と風川の国で喧嘩しましてね
喧嘩と言いますか
狩りと釣り張りをなくしてしまって
しょうがないから彼は渡邉の国
多分鹿野島辺りでしょうけどもやってきましてね
そして渡邉一族に応援していただいて
その時にやっぱり師匠道玉、師匠昼玉という
そういう二つの玉をもらうんですよ玉を
それでやっつけると
海幸子というそういう話がありますけどね
ですから万寿漢寿というのが
塩が満ちる玉、塩が引く玉
要するにこれは一つの
なんて言いますかね
シンボルでございましてねシンボルで
ひょっとすればこの塩が満ちる
そういう時間だとか
塩が引く時間、だいたい6時間ごとに入れ替わりますからね
そういうものをやっぱり
彼女は知っておったんじゃないかと思いますね
特に漢文書きは流れが早くて
12:00
漢朝か万朝かによって流れが変わりますからね
ですからそういう万寿の玉をあげるときは
塩が満ちるぞと
引くときは漢字を上にあげるとかですね
それで千段に号令かけるとか
そういう可能性あると思いますね
そういう塩の満ち引きとか
そういうものにも詳しかったんでしょうね
段ノ浦ってありますでしょう
あれ実はそこで神宮皇后が祭壇を設けて祈ったから
段ノ浦って言うんですよ
そうですか
だからおそらくそこでもやっぱり今後の天皇ですね
祈ってお祭りごとされた可能性もあると思いますね
そうですか
今週は神宮皇后の謎を解くの著者
河村哲夫さんにお話を伺っています
それで豊田宮では
白木の神林というのと戦いますね
今も神林祭がありますよね
大きな祭りってはスホテイですかね
スポテイと言いますか
スホテイってある
スホテイ読み方ちょっと難しいんですが
神林を竹沢の首を掲げるような
そういうお祭りに依頼してますよね
実は神林というのが空から飛んできましてね
忠愛天皇たちが戦ったと
そういう伝承なんですよ
だけども白木からですね
こっちまで攻め入ることは普通あり得ないと思いますね
彼らは海洋民族じゃありませんから
私が推測したのはですね
白木で戦った戦いの状況をですね
こちらで再現してお祭り化したんじゃないかと
神林というのはこれは生まれてますけどね
白木が生まれて神林になっていると
そうですか
白木に攻め入ってますからね
戦勝記念のお祭りをあそこでやったんじゃないでしょうかね
そうですか
それで実は先日行ってきたんですけどね
この忌みの宮神社
そしたら本殿の前ですね
拝殿の前に神林の中
首を埋めたところが
埋めたところがありましたね
石の蓋が下に
首使いか何か知りませんがそんなやつがありますよね
案内の人に聞いたら
あそこに何かがあるということを聞いたんですが
何か埋めてるんでしょうね
何かわかりませんけど
ただもう一つ考えられますのはですね
祝いの乱の後の時代の
その影響が少し入っている可能性もあると思いますね
祝いが白木と結託して
九州で大反乱を起こしましたよね
それと少しこう
かぶさっているような意味合いもありますので
そうですか
だから神宮皇時代のそういう
戦勝記念と祝いの乱との話が
ちょっと混同されてですね
伝わっている可能性もあると思いますね
そうですか
15:00
そして豊田郡で何ヶ月か過ごされて
そして二人は
菓子の方へ向かわれる
そうですね
それで最初に鯖の港から
岡垣町の丘の港を目指して出発されると
途中で丘のあがた主の先祖
熊谷という人が出迎えに来ますね
これ出迎えに来るという何か意味があるんですか
これはですね
おそらく出迎えないと
反抗の印だということでやられるでしょうね
ですから普通は出迎えに来ます
特に船の先に坂木の木を立てましてね
そして三種の神器
鏡、剣、玉を掲げて
私たちは天皇家と同じ仲間ですよと
そういうことで出迎えるケースが多いんですよ
そして分かったということで
じゃあ水垣案内が必要ですから
案内しましょうということで案内していくわけですね
例えば慶光天皇が来られた時も同じように
神楽添美という人が行く足いましたけど
宮古軍に同じような格好で三種の神器をぶら下げてですね
同じように出迎えてます
あと今回ももう一つ
糸手ですかね
糸手
彼も出迎える時に同じように三種の神器を掲げて
私たちは同じような信仰を持ってますよと
仲間ですよと決して反抗しませんと
服従しますということでそれを印立てるんですね
服従の印
仲間の印
仲間の印
漁場とかそういうものも
熊谷さんと言ったらおかしいんですが
熊谷のご子孫は今若松にお住みなんですよ
そうですか
お寺で
いらっしゃるんですか
いらっしゃるんですよ
熊谷さんという方もちょっと私面識があったんですけどね
同年配の方とも
やっぱり縁連とですね
あなたにの島の漁業権をですね
漁業権
要するに1万から2万3万で来てますから
食料が必要ですから
そうですね
ですからそういう漁場も建築したりですね
縁連の場所も建築したりしてますよね
はいはい
そしてここから2人は別々の経路でまた進んでいくんですね
はい
まず忠愛天皇が豊田郡を出発されましてね
やっぱり関門下記を超えられまして
そして若松さんとずっと響きながらの構図でですね
そして御賀川の河口に来られるんですよ
先ほど言いました熊谷さんの船頭でですね
ところがちょうど環潮になったんですよ
そこでですね
おい船が止まったじゃないかと
一体どうしてなんだと
お前は真面目に迎えに来たけども
お前の心に悪いんじゃないかというようなことを
忠愛天皇が責めるわけですよ
いや私じゃありませんと
実はここには大蔵主とつぶら姫という
18:00
昔神様がおられましたと
おそらくこのお二人の神様が
なんかそういうことされてるんですよと
そこでですね
奈良県の宇田郡というのがありますが
宇田から来てます
そういう人物がですね
宇田彦と言いますけどね
彼が船の中でお祭りごとするんですよ
そうしますと船が動き始めて
丘の湊に到着したと
こういうふうなくだりが日本史に書いてございます
これなんか
ちょっと理由がよくわからないなと思ってるんですけれども
先ほど言いましたように
潮の満ち行きをあまりご存知なかったんですよね
うっかり熊谷さんも
潮がだいたい満ちるに従って入港するのが普通なんですよ
潮が引くときに湊に入ろうとしたら
押し戻されますから
ちょっと関門閣議を越えることに手間取って
ひょっとすれば時間差を生じて
そこで潮を待ちしたんじゃないでしょうかね
その間お祭りをして時間稼ぎをしたと
満ちる頃に湊に入ったと
こういうことじゃないでしょうかね
それから先ほどお話が出ました
糸手さんも迎えに来るんですね
この糸手という方なんですけども
この方と神戸広報の関係というのはやっぱりあるんですか
それがですね
本来伊東国と言いますと
義手は神殿以来の国がありますよね
義手は神殿には世々大ありということで
だいたい王様はいたと
秘密以外にも王様はいたと
いうようなこと書いてあるんですよ
山田彦が非常に大事にしましてね
一大卒というそういう人物を置きまして
そこを国際防衛庫みたいに
義の使者が来るときは
この伊東国の港を使うということで
中継基金したんですね
秘密庫は
その伊東国の国王の末裔だったらですね
すんなりわかるんですが
彼がこう名乗るんですよ
私は神宮皇と同じ先祖の
天秤広報の末裔ですと
こういうわけですよ
神宮皇のお母さんの方は
桂木の
高中姫
高中姫ですけどね
この先祖をたどりますと
天秤広報なんですよ
これが白木の王子なんですよ
彼がなんで日本に来たのかと言いますと
奥さんに逃げられましてね
奥さんが日本人だったみたいで
日本にやってくるんですよ
日本に帰っちゃった
探しに来るんですね
探しに来て
とうとう会えずにですね
会えずに現在あそこの
兵庫県の田島がございます
あそこの神社に今祀られてますけどね
結局逃げた奥さんじゃなくて
違う女性と結婚して日本に英雄したんです
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その末裔がですね
一人が神宮皇なんですよ
そうですか
お母さんの方の血は
それと同じことを
糸手が言うもんですからね
糸手は大々の糸国の末裔ではなくて
天秤広報が一旦糸島に立ち寄って
そこである意味では現地妻を設けて
そしてその末裔が糸手の女性なんですね
彼は彼でまた田島に行って
そこでまた奥さんをもらってますからね
そうですか
なんかよくわかりませんね昔の人は
行く先々で女性作って子供作ってですね
いう感じで
天秤広報とは両方とも関係があるという感じ
そうなんだから
神宮皇も糸手も何分の一かは
そういう末裔の王族の血が混じってるんですね
神宮皇后は糸手の迎えを受け
家臣へと向かうのです
この続きは来週お送りいたします
お話を神宮皇后の謎を解くの著者
河村哲夫さんに伺いました
ここで古代の福岡を歩く
リポーターの中島理恵さんです
おはようございます
今日はお菓子をご紹介します
八幡名家ひょうたんもなか
ありますねひょうたんもの形をした小さなかわいらしい
そうなんですよ
お菓子のみずまというお店が作ってるんですが
このみずまのある場所が八幡東区の枝三本町
枝三つってさっき河村先生のお話の中でも出てきました
忠愛天皇と神宮皇后を迎えに出てきた熊割が
三種の神器を三つの枝に下げて持ってきた
枝三つが枝光に代わって枝三つになったという
姓名の由来があるんですね
さあこのお菓子のみずまにお邪魔しましたら
三代目になります息子さんのみずま圭吾さんと
お母さんのみずま直美さんが
このひょうたんもなか作ってらっしゃいました
このひょうたんもなかって高さが五六センチぐらいで
雪だるまのようにコロンとしたひょうたん形なんですね
うちのもなかこう立つのよほら
直立不動
八幡の陰をお腹にお食いにしてて
八幡に青鉄とともに栄えて
一緒に成長してきたもなかなんで
みずから八幡名家と名乗って
いいですね
いいでしょ
本当に直立不動に立つかわいいもなかなんですが
味がつぶあんとイオカンと抹茶とあって
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それぞれにこだわりがあるんですよね
つぶあんは北海道産のみやびっていう
ブランドの小豆なんですけど
豆の香りが逃げないように
二日間かけて糖度を上げすぎないように炊くと
イオカンは愛媛産のイオカンジャムを使っていて
抹茶はやめ産の抹茶が入ってます
せっかくなんで
そうなんです迷ったんですけどね
抹茶にしようかな
どうぞ
いただきます
やっぱりこの上の部分をひょうたんの上の部分を一口で
うん
うん
おいしい
でしょ
後から
抹茶のいい香りが口の中に広がっておいしいですね
そうなんですよ
抹茶はこれは素晴らしい
あんが何とも言えないなめらかさがあるでしょ
そうですね
私ももなかの中でもかなりこのひょうたんもなか好きなんですが
おいしい
何かが違うもなかなんですよ
何が違うのかなと思って江水晩さん親子に聞きました
僕が思うのは余計なものを入れないので
もう砂糖と水飴とお豆だけなので
結構糖度をそろえるのに添加物を入れたりする和菓子屋さんも多いんですよね
そういうお菓子もたくさんあるけどそういうのをしないから
純粋な自然の味だけで作ってるので
それがやっぱり違うかなとは思ってます
なるほど自然の味が生むわけですね
お店が昭和22年からあるんですね
このもなかが誕生したのが昭和の31年
息子さんのおじいちゃんおばあちゃんご夫妻が始めて
体を壊したおじいちゃんを支えながら
頑張ってるおばあちゃんのために
全国のお菓子屋さんが知恵を授けてくれて
生まれたのがこのもなかなんですって
そんなドラマもあるんですが
最近こんなことも起こったそうです
最近若い男の方がちらちら見えるのね
そしてお嫁さんの家にご挨拶に行くのに
縁起がいいからって言ってね
なんかネットとかで見て
遠くからわざわざ買いに来てくださるの
その首都箱を
若い方が挨拶物に使うとかいうことはなかったんですよ
やっぱりリピートしてるお客さんとか年配の方が多かったのに
ちょうど30代前後とかの男性の方が
そういうふうなのを調べて
わざわざ来ていただけてるっていうのが
本当にそういう流れがあるんですけど
もともとはね
全然お母さんたちの代で終わろうと思ってたんですけど
これなくすのはやっぱりもったいないと思って
慶吾さん戻ってこられたんですよね
いやいや素晴らしい
おばあちゃんが作った時には
それまで高級品だったもなかを
一般的なお菓子にするという流れがあったそうなんですけれども
これからのこのひょうたんもなか
どんなふうに育てていきたいのか
慶吾さんに聞いてみました
やっぱりもう70年も過ぎて
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老舗って言われるようなお菓子になってきたから
やっぱり観光総裁とかそういった
人生の節目に必ず使ってもらえるような
お菓子にしたいな
一般的に食べれる大衆菓子でもあるけど
このお菓子を持っていこうって思われるお菓子に
やっぱりしたいなって位置づけにしたいな
いいお店ですね
午前中に行ったら作りたてが買えるかもしれません
おすすめですし
あと命の旅博物館とか
貞倉山ケーブル館の駅でも販売してますので
八幡銘菓ひょうたんもなか
ぜひ手に取ってください
中嶋理恵さんでした
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三山市と福岡県の比較共産
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餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました
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