1. 古代の福岡を歩く
  2. S6 17回目も太宰府を歩きま..
2021-01-24 30:29

S6 17回目も太宰府を歩きます。

太宰府の伝説を探して歩いています。観世音寺にきました。

ここへくると全く空気がしんと静まって心が洗われる気が致します。

観世音寺の裏へ回りますと、地元の方達が植えた万葉の花が植えてあったり、のんびりした田園風景が広がって、全く別世界の雰囲気です。

そんな中にあるのが弘法水。

観世音寺の山号が清水山といいます。その山号の由来となった清らかな水が湧き出てきているのが弘法水といわれる水。

大きさは2メートル×1メートルほどの小さな池になっています。

池の側のエノキの根元には観音菩薩と弘法大師の二つの石像が立っています。

その二つの像がしずかに流れる清水に姿を写しています。

この後、五条へ向かいます。太宰府市役所の裏を流れる川に注目。

御笠川が流れていますが 、この御笠川、上流を岩踏川、下流を思川といったそうで、さすがに、古都太宰府には流れている川も大変趣のある名前になってるなと思わせます。



※写真は弘法水
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00:08
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こんばんは佐方周大です 今週も太宰府の伝説を探して歩きます
水城の東門跡をスタート 徒浦跡を通って観全恩寺にやってきました
ご案内は故都太宰府保存協会学芸員の田中健一さんにお願いしました 観全恩寺の高堂の前でお話を伺い
かかっていますとびっくりする話が出てきました かつてここに五重の塔が建っていたということです
ちょうど五重の塔が建っていたその前にですね 建っています
ここに五重の塔が建ってたの? 観全恩寺今はありませんけども
真正面の高堂に向かって右手側境内にですね たくさんの祖跡が並んでおりまして
祖跡がねこれ 徒浦跡にある祖跡とはよく似てますね
そうですね大きさもですね この祖跡の中心にありますのが神祖と呼ばれまして
塔の中心となる柱を立てた大きな祖跡が残っております あちらが五重の塔の中心となった柱を
ちょっと離れたところに 神祖って書いてきた
五重の塔神祖とかいった大きな石がありますね 横2メーター縦1メーターくらいの
そうですね大変巨大な石がありまして こちらがその観全恩寺にかつてありました
五重の塔の中心となる柱を支えてました まさにこの石を中心としまして
五重の塔の建物が周囲に広がっていたと まさしく文章がございますが
03:00
そのすぐ側にですね かつては五重の塔が建っていたということで
そういったとこもイメージしていただくと 文章の前に五重の塔が建てられるんですか
文章の位置は時代で変換しているんですけど 現在はちょうど文章が掛かっています
ところの側にですね 残念ながら今現在文章の方はですね
展示棟の関係で九州国立博物館さんの方に行ってらっしゃいますので 観全恩寺自体にはですね今
国宝の文章はないんですけれども そのすぐ側にはかつて五重の塔の中心となるものがございましたので
文章は前に一度ついたことがありますよ いい音しますもんね
まさしく菅原道真子も弾かれた鐘の音がですね 1000年以上経って私たちも同じ音を聞けるというのは
本当に素晴らしいことだと思いますね
五重の塔がここにあった
知りませんでしたねこれは
ぜひ境内にお届けいただきましたら ぜひそういったところの石碑や五重の塔の跡なども見ていただきますと
より観全恩寺のイメージがですね
そうですね
観全恩寺の境内の方から 左手の方に入りまして
階段員さんが西側にありますけれども
その観全恩寺と階段員の間にある小道を 少し北の方に進んで参りますと
現房のお墓と言われる場所がありますので そちらの方に向かって行ってみたいと思います
今そちらの方に向かっているところですが 小さい小道が見えてきました
その小さい小道を右に曲がるということで 右に曲がりましょう
これも古い土塀が続いているんですね
ちょうど階段員さんと観全恩寺さんの間の道をですね 少し北の方へと歩いていきたいと思います
小道を歩いてまいりますと 道沿いにですね
現房の墓入り口という建て札がございます
早速ここを左に少し入っていきたいと思います
畑がありまして 畑の中を小さい小道がありますので
そこを歩いて現房のお墓というところに近づいていきます
現房という人がいたんですね
そうですね こちらの今ご紹介しました
観全恩寺に大変愉快なある人物なんですね
そちらの方のお墓と伝えられていますのが ちょうど石塀に囲まれてあります
こちらです
こちらご紹介します
現房といいますと なかなか皆さんお馴染みが少ないかなと思うんですけども
皆様は歴史の授業で剣刀師 いわゆる中国へ使いを出したということは
よくご存知かと思うんですけども
この現房も実は剣刀師として 中国へ渡って修行を収めたお坊さんの一人でして
06:02
記録を見ますと 717年に中国へ渡られまして
そして向こうの方で18年間学び
帰国後は日本に戻りました
知識を日本のために役立てまして
時の天皇などにもその才能を認められまして
当時力を持っていました藤原氏を少し押し抜けて
天皇に重く持ち入られるという
まさに中央の政治で活躍した方なんですね
その政治の争いの中で応用とされた一人が 藤原博次という方でして
その方は中央から左遷されまして
ここの太宰府の次官 将議という位で 太宰府へと来るんですけども
藤原博次は原謀らを肯徹するように求めまして
ここ太宰府を中心として大きな反乱
藤原博次の乱というのを起こす
そういったきっかけともなった人物というのが原謀なんですね
その原謀なんですけども最終的には
また中央の方の政治に巻き込まれまして
こちらの観世音寺の建設担当官のような形で
都から太宰府へと流される 左遷されるような形となるんですね
745年に畜死観世音寺別棟という役職で
中央から観世音寺に赴任しまして
観世音寺を翌746年に落成の式典が行われるわけなんですね
746年観世の式典を司ったのがこの原謀というふうに
伝えられる人物なんですね
まさにこの戸薩観世音寺の観世の場に立ち会った人という方なんですね
伝説のレベルがここからでして
いろいろ活躍された原謀なんですが
その最後というのが大変謎に包まれております
国の歴史であります職日本儀などには
亡くなった際に実はただの病死ではなくて
ライバル関係にあった藤原博嗣の霊に殺されたんだと
そういうような記述も書いてあるほど謎が多いんですね
その時代が下ってまいりますとさらに伝説が増してまいりまして
観世音寺の観世の法要を原謀が行っていますと
天から述べてきた音量の手に掴まれて
原謀は空高く連れ去られてバラバラとなって
手と足だけが観世音寺に落ちてきたと
首の方は奈良の都に落ちたというようなお話がありまして
奈良の方には今でも原謀の首塚と呼ばれるような伝承の場所もありますし
こちらの羅財府の原謀の墓と言われる場所は
原謀の胴塚というような言い伝えもあるんですね
09:02
胴塚ですか
まさに政治関係にあった藤原博嗣の残党などにも暗殺された
というようなことを示しているような記述なんですけども
大変謎の多い際を遂げた方が原謀という方になるんですね
博嗣の恨みをかけた
もしくは博嗣に近い人が仇というか
そういう形はもしかするとそういうことになっているのではないかと
言われている形ですね
胴体がわらわらになって落ちてきた
というような記述もですね
時代が下ってくると
そういう伝承があるんですね
そのミスティに包まれた原謀さんのお墓と
伝えてられる場所が海内炭酸寺の間の小道を行きますと
ひっそりと現在も祀られている形となっています
畑の中にですね
6、7メーターぐらいの
小の字型に囲ってあるね
中にお墓が一つあります
閃光を上げた跡とかいろいろありますね
今でも大切なお参りされている様子がですね
よくわかりますね
そういったところが原謀のお墓です
太宰府の伝説を探して歩いています
観世音寺の北の方へ出てきました
ここにも徒露跡と同じように
祖跡が整然と並んでいます
さて観世音寺の北側
ちょうど観世音寺の北側には僧坊跡といって
観世音寺のお坊さんたちが生活された跡
その祖跡がですね
広がっているんですけども
これは僧坊跡の祖跡ですか
東西に長いですね建物が
ここがその跡と言われるんですが
それを過ぎますと道を挟んで
北側に鳥居がありまして
ありますのが東神社ですね
こちら観世音寺地区の珍寿として
親しまれていまして
記録を見ますと平安時代にですね
既に記録が出てきまして
観世音寺の寺社としてですね
栄えていたということがわかっております
こちらの東神社にまつわる伝承としましては
戦国時代の終わりですね
島津征末が終わりまして
広島を併定した豊臣秀吉が
ここ太宰府に立ち寄った際ですね
ここの広島神社のトップが
秀吉にきちんと礼を取らなかった
ということで無礼だということで
神社の領地を募集された
募集
というような伝承も伝わっている
秀吉もすごいことしてますね
やはり天下人に対してやはりですね
きちんと対応しないといけないということが
見せしめだったのかもしれませんけども
地域に神事として親しまれている
秀吉神社ですね
ずっと山道をやってきますと
鳥居が二つあって
そこからずっと階段が上って
12:01
上りますと拝殿が広がっているんですけども
拝殿の方はですね
太宰府市の指定の文化財にもなっておりまして
太宰府市内にたくさん神社ありますけども
江戸時代の様式を伝えるのは
この秀吉神社だけということで
太宰府市の指定の文化財にもなってますので
ぜひ参拝の際はその建物もですね
ご覧になっていただければと思います
観世音寺のすぐ裏ですね
裏に鳥居がありまして
その鳥居が秀吉神社の鳥居になっています
秀吉にまつわるこういう話が残っていました
この道路はなかなかいい道路ですね
小道がまたちょっと洒落た感じがします
なかなかいい雰囲気ですね
道沿いにはですね
ボランティアさんがされてらっしゃる
万葉の植物の畑や植物園なんかもありますので
歩きながら万葉にちなむ植物なんかも
四季折々でご覧になることができますので
なるほど
ぜひそういうご近所の方がね
楽しんで
地域のボランティアさんたちがですね
大切に育ててますので
そういった四季折々の花を見ながら
また散策していただくと思います
そして清らかな水がある場所
神房水に着きました
この場所は森永勝利さんという方の庭にあるのを
一般に開放見学できるようになっています
そして池の周りに大きなえのきの木があって
その木の根元に観音菩薩と神房大師の像があります
池はお堂の中から見学できるようになっています
森永さんに案内していただきました
ざっとお話しますと
ここは神戸恩寺の3号が清水山
清水山って書いてますね
清水山ですね
その清水の名前の由来の湧水なんです
だから少なくとも
神戸恩寺と歴史を同じくするであれば
1300年
もともと自然の湧水だから
もっと前からあったかもわからないです
私もちょっと生まれるのが遅かったから
確認できなくて
そのうち神戸大師が
塔から戻ってきて
神戸恩寺をベースにして
諸説あって2年とか3年半
登竜されていて
15:00
当然神戸大師もこの溝を使われたであるということで
後々神戸大師信仰が盛んなったという
神戸大師はその間に北部教授があちこち行かれて
その由来のお寺さんとか主席が
ちょこちょこありますよね
そういう風なところの一番最初ですよね
この水が湧き出てるんですか
湧き出てます
ちょっと掃除が聞こえてあるから
少し流れてるでしょう
流れてますね
あれが左隅ぐらいから湧いてるんですよ
そうですか
縦2メーター横1メーターぐらいの
小さな池になってますね
綺麗ですねここ水が湧き通って
これあちらが
左側が観音像になるんですか
あのね
左側は神戸大師さんですよね
左側は神戸大師
だから叩くみたいなの乗っかってから
乗っかってつったら座られて
衣を着ていらっしゃる
絵があるでしょうか
仏壇の絵があるでしょうね
右側が水元の観音様ということで
とっくり持たれてですね
とっくり持ってるんですか
右側が観音様
これは絵の木の木ですか
絵の木です
絵の木が育ってからも
あんな重たいのを押してですね
根元がね
二つの神戸大師の像と観音様の像を
足で押してるような感じがしますね
その根っこに清らかな水が
伝えられているといったようなところですね
観全恩寺の北にあります
広坊水と言われる場所でした
今度は太宰府市役所まで歩いてきました
市役所のすぐ裏には
大きな川が流れています
その川のそばに来ました
ちょうど津川さんと太宰府を探訪してますけど
ちょうど今太宰府市役所の
ちょうど東側
三笠川沿いにやってきております
こちらですね
太宰府市内を流れる三笠川なんですけども
さまざまな名称が
場所によってついてるんですね
名前がいろいろと変わってきてるというのは
びっくりしましたね
そうですね
今の私たちは三笠川というのが
一般的に知ってますけども
例えば太宰府天満草の周辺の上流部分は
岩踏川と同じ
岩踏川
いい名前ですね
そうですね
あちらも景象地として
昔は知られておりまして
江戸時代の江津なんかにはですね
清流が流れる様子なんかが
よく描かれている場所なんですね
岩踏と聞くだけで
18:01
なんかね清らかな水が
ゴーゴーと流れているような感じがしますね
三笠川の綺麗な流れが
ちょっと想像できますけども
天満草の周辺が
岩踏川と呼ばれてまして
そして今ちょうど津川さんと来てます
太宰府市役所周辺
下流の方になりますと
今度は重い川という風に
重い川
いい名前ですね
また名称としてですね
文学的な要素があったり
ちょっと温かくなる
名前として本当にですね
聞いてて柔らかい感じをする場所でございますけども
江戸時代からこの場所は
そういう風に重い川とも言われてまして
歌とかにもですね
そういう形で読まれたりと
現在に至りますと
ちょうど今津川さんと来てます
太宰府市役所の側からですね
三笠川沿いには桜並木が続いておりまして
この桜並木は
4月頃でしょうか
シーズンになりますとですね
三笠川の川面に映り込みます桜が
また大変綺麗ですので
川べりを歩きながら
太宰府の桜もぜひ楽しんでいただければなという風に思います
この重い川というのをですね
ちょっと歩いてみます
重い川の横をですね
田中さんと一緒に歩いていきますと
そこに欄間があります
橋の欄間があります
その橋の下を流れるのが
現在は重い川という
そして三笠川と名前を変えていくという
そういう川が流れております
その欄間を目印に
欄間の先に案内板があるということですね
そうですね
太宰府へ向かって剣道橋と行きますと
市役所が過ぎてかかってます
五条橋という赤い欄間の橋があります
それを渡って
三笠川を渡っていただいたところに
三浦の碑という石碑がありますので
ぜひそちらをですね
ご覧になっていただきたいなと思います
三浦の碑
三浦というのは三つの浦というんですか
そうなんですね
こちら今ちょうど橋を渡ってですね
その橋の下元になってまいりました
こちら今は剣道になってますけども
かつては関谷の方から
太宰府天満宮への参拝道ということで
大変多くの方がですね
この道筋を通って
太宰府天満宮へと向かっていました
ちょうど三笠川を渡るこの場所でですね
川の水で旅で
長旅で汚れた体をみそぎをして
そしてきれいな体になって
天満宮さんの財布宿
太宰府天満宮のある町並みへ入っていくという
その場所にですね
ある石碑なんですね
書かれていますのがこちら
太宰府天満宮から
太宰府天満宮から
そして箱崎裏ということで
江戸時代知られていました
三つの裏
海岸からですね
21:00
お城を持ってきまして
そしてこの地を
その三ヶ所のお城で清めて
清める行事を行ったという
その記念の石碑なんですね
皆様こちらの方で川に入って
お城またみそぎをして入っていくという
そういった場所だったんですけども
その記念して文字はですね
昭福寺の僧侶で有名な
仙貝というですね
仙貝和尚が描いた石碑でもありますので
石碑の意味とともにですね
描かれた文字もぜひ見ていただければなと
思いますね
法納三所円飾碑という風に書いてあります
三浦の碑
三浦というのは二三川裏
和歌の裏
箱崎の裏
この三つの裏のことを言うということですね
そこから資料をいただいて
ここで決済していくということですね
太宰府の伝説を探して歩いています
今夜は太宰府天満宮のすぐ近く
五条までやってきました
ご案内は
古都太宰府保存協会学芸員の
田中健一さんでした
この太宰府の伝説探しは
2月になって再び歩きます
次回はお待ちかね
綾杉麗奈さんと神宮光合伝承のある神社を歩きます
ここで古代の福岡を歩く
リポーターの中島理恵さんです
こんばんは
太宰府に行ったらやっぱり出かけたい
九州国立博物館のミュージアムショップの話です
いろんなグッズ
それこそ本を入れると2000点ほどありますね
という風にミュージアムショップの
平田美希さんがおっしゃってたんですが
その中から人気のものなど聞いてきました
大人気なのがオリジナルのシリーズなんですけど
ハリキキガキシリーズ
ハリキキガキシリーズ
チクチクするハリにキクという字に書くと書くんです
戦国時代に描かれた医学書なんですね
虫が体に住んでいて
その虫が悪さをするから病気になると考えている本なんです
その虫の体状法などが書かれてるんですが
中に可愛い絵柄がありまして
ハリキキガキシリーズ
虫の形だったりとか鳥っぽかったりとか
妖怪のような虫たちがたくさん絵柄として並んでるんですね
なるほど
平田さんがこんな話も聞かせてくれました
最後の章に虫が描かれているんですけど
虫の知らせがあったとか
虫図が走るとか
虫の居所が悪いとかあるじゃないですか
ああいう言葉の語源になったんじゃないか
と言われているような感じなんですよね
これ結構話題になりましたよね
24:01
ゆるキャラというか
今風に言えばキモ可愛いっていうね
そんな感じですよね
私も調子に乗って手ぬぐい買ってきちゃったんですけれども
この他にも1.5センチぐらいのフィギュアですね
模型です
虫のが瓶詰めになっているというので
虫を封じ込めるなんて
例えば感触だとか
肝臓の虫だとか
なかなか人気があるそうなんですよね
面白い商品ですね
いいでしょ
その他にも人気
そしてオープンからずっと
ロングセラーのものがあると聞いたんですが
それがハニワグッズ
広告グッズなんだそうです
ハニワグッズ
広告グッズ
はもう半端ないです
ここはコアな人がみんなもこぞってきてくださるので
ここでしか見たことないとか
ここに来たらこれが揃うみたいな感じで
来てくださる方もいらっしゃるんですね
すごいんですよ
ここにも先ほどご紹介した
ハリキキガキでも人気だった
瓶詰め物が人気なんだそうで
その中でちょっと自分の
ハマっているのがこのカメカンボ
カメカンボ作るみたいな
カメカンボ作りますっていう感じじゃないですか
しかもそれが砂の中に埋まってるっていう
これは買う人は即害っていう感じですよ
即決してありますね
ミニチュアなんですか
ガラスの瓶の下に砂が敷いてあって
その中に直径1.8センチぐらいの
カメカンのフィギュアが埋まってるんです
よくそこまで
シリーズでハニワ系もありますし
ドグー物もありますし
これまた古代マニアにはたまらない品になってるんですよね
他にもぬいぐるみ系もありまして
手の平台のものから40センチ弱のものまで
あとのドグーマグネットとか
それから軍房具でいくとですね
古墳の形 前方後円墳の形をしたクリップ
名前がクリップンとかですね
ハニワ型のハニップとかいうのがあったりするんです
さらにさらにいわゆるガチャガチャ
カプセル解いていわれるものですね
こういったものもありまして
私もチャレンジしてきたら
ガチャガチャっと200円で出てきたのが
武人ハニワ
出てきました
刀を下げてね
そうなんですよ
これ2つに分割されてました
自分で手元でくっつけると
長さが8センチぐらいのものになるんですが
すごく成功にできてますね
かなり成功です
個人的には三角縁真珠鏡が欲しかったんですけど
出てこなかったっていうぐらい
どのぐらいマニア心をくすぐる一品が
たくさん揃ってるんですよね
このいろんなものが揃ってるんですが
平田さんこの博物館に来たことを
完結するそんな場所になればな
っていうふうにおっしゃって
さらにこんな気持ちも話してくれました
平田 いっぱい見て楽しかった思い出を
ここで完結させてもらうっていう
27:01
あそこで見たやつに似たやつあるとか
なんか好きなタイプのやつと
ネタのあるみたいなのとかで
ここでちょっと和んでもらう
楽しかったねっていう最終のまとまりとして
そういう形であって欲しいなとは思うんですけど
平田 いやでもね
時を経て現代の人にも愛される
優れたデザイン性があるってことです
そうなんですよね
おっしゃる通り
明後日か1月26日からは
奈良中宮時点が始まりますので
おそらくこの後仏像系もかなり充実してくると思うので
旧博のミュージアムショップぜひお出かけください
高島 梨央さんでした
番組からのお知らせです
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この番組は三山市の企画協賛
道の駅村方
餃子の山鉢の提供でお送りいたしました
ご案内は坂田秀大でした
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青いリドマです
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