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2021-01-31 30:28

S6 18回目は神功皇后関連の神社を歩きます。

お待ちかねの綾杉るなさんの案内で神功皇后関連の神社を歩きます。

神社はシーズン5の風浪宮のつづき、久留米市の大善寺玉垂宮からです。

この神社には神功皇后が新羅遠征からの帰途ここに船をつないだと言う伝承が残っています。この為、神社はかつては御船山大善寺といわれていました。

そして、ここには「ニナガイ」の伝承が残っています。

新羅との闘いの時に、神功皇后が干珠の玉を投げると海面が干潟になり敵の船がひっくり返りましたが、神功皇后の船は船底にびっしりついていた「ニナガイ」のお陰で無事だったという話です。

このニナガイが今も境内の楠の木に残っているというのです。

確かに楠の木をよく観察するとニナガイが入っている楠の木があるのです。

そして、さらに神功皇后関連の神社を訪ね、境内の古い楠の木をよく捜すとニナガイが入っているから不思議です。
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00:08
古代の福岡を歩くシーズン6 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン6 この番組は
宮益の企画協賛 道の駅村方
餃子の山鉢の提供でお送りいたします
こんばんは坂田周大です この番組ではシーズン1から神功皇后の足跡を追っていろんな伝承や神功皇后関連の神社を
訪ねています 今週はお待ちかねの神功皇后伝承を歩くの綾杉るなさんと神功皇后関連の神社を歩きます
綾杉さんの本では下巻にあります白城からの旗艦の部分の大河氏の風楼宮の続きからになります
久留米市の大禅寺玉垂宮からお話を伺っていきます ここの御祭神はどういった方なんでしょうか
御祭神は玉垂れの御事八幡狼住吉狼となっていますね
ここの伝承では玉垂れの御事がここに神功皇后の船を
楠木につないだという伝承があるところなんですね それで玉垂れの御事とは誰かという謎がずっと続いているんですけれど
玉垂れの玉というのは漢字万字のことなんですね
塩尾玉と塩三玉と言いますけれど それは海の神様が司っているわけです
その末裔である安住之空が玉垂れの御事ということになります
玉垂れの御事は神功皇后の船 御座船と言いますけれど
その船を操縦してそして朝鮮半島まで行って そしてこの大禅寺玉垂れ宮のところまで来たというわけなんですね
ここは久留米市の大禅寺というところなので今平安になってまして
一体どうやってその船がここまで来るのかなという謎があるんですけれど
03:07
神功皇后が朝鮮半島から帰ってきた時ですね 鹿野島経由をして
それから唐津の方面を通ってですね 長崎の方を回って
それから有明海から北上してるんですね
最初に大河の風楼宮に海の神様を祀って
そしてさらに北上してこの大禅寺までやってきたということになるわけです
でその船を繋いだという楠木が今でも船繋ぎの楠木といって
境内に大きく枝を広げて残っているんですけど
その木にですね近づいていきますと小さな巻貝がくっついてるんですよ
ありますね ありましたよ
1センチぐらいのですね白い巻貝が
あれはですね二名貝と言うんですね
この二名貝というのが結局ここのお話の一つのポイントになるんですけれど
先ほどの神寿万寿をもって朝鮮半島まで渡ったわけですけど
その海のところでですね敵の船が待ち受けていたわけですね
でそこでその潮ひる玉を投げ込みますと
海の潮がサーッと引いて敵の船がひっくり返っちゃったんですね
そして兵士たちがわーって降りてきたところに潮三玉を投げ込んだら
今度は潮が満ちて敵が溺れてしまって戦わずに勝ったという
それが神寿万寿の力なんですね
でもですねそれなら神宮皇后の船もひっくり返っても良さそうじゃないですか
ところがその時にはこの小さな二名貝が
びっしりと船の底にくっついて
そしてひっくり返るのを止めたっていうわけなんですね
虫の代わりについて
そうなんですよね
なんか漁師さんによると
やっぱ船の底にびっしり貝がつくとひっくり返らなくなると
そういう話をですね聞きました
それでその二名貝と神寿万寿が
戦の時の勝利のアイテムとして
人々の中に広まっていくわけです
そういうことで神宮皇后が
多摩たりの御事と一緒にここに訪れたというわけですけれど
その後は小舟に乗り換えまして
そしてまた竹後川を遡っていくわけです
06:03
そしてここには誰がいたかというと
ここに水沼の黄身がいたんですね
水沼の黄身がここにいた
ここは大禅寺は昔は水間郡と言ったんですね
難しい漢字ですけど
水間を水沼とも書くわけです
水沼と書いて水沼の黄身と言いますけれど
同じ久留米市の赤字八幡の方では
ここが水沼の黄身の都だったというふうに伝えています
ですから外国から船が来て
どんどん異国の物質が来るようなですね
そんな都だったわけです
そしてこの水沼の黄身は
竹後川流域に広く収めていまして
そして聖地の地が高見妻というところだったわけですね
水沼のすぐ南の方に
ちょっと高台になっているところが高見妻と言いますけど
当時そこにいたのが
九日和家の御事という人です
この人は前お話しした方なんですけれど
そこは弓頭神社の御祭神になっているんですね
そうでしたよね
九日和家御事のお父さんが慶光天皇なんです
慶光天皇が熊本からずっと北上して来た時に
案内をしていたのが
水沼族の猿大見という人なんですね
その人のお屋敷が赤地八幡だったんですよ
そうですか
だから水沼の猿大見は
慶光天皇を赤地八幡に連れてきたんです
この赤地八幡というところは
三女神が降臨したというところなんですね
そういう伝説がありましたよね
三女神といえば
宗方三女神が有名ですけれど
日本書紀にはもう一つ
水沼の君が祀っているって書いてあるんですね
それに該当するのが赤地八幡なんです
そこで慶光天皇はここに三女神が降臨したと聞いて
非常に感激しまして
そして祭壇を設けて
神を祀るわけなんですけれど
この時に自分の子供を
天皇代行として残していったんですね
それが九日和系の御事なんですよ
それで九日和系の御事は
水沼の君のお姫様と結婚して
09:02
そして子供を設けて
そして水沼の君の祖というふうに
言われるようになったんですね
そういうことで
筑後川流域にたくさん
三女神が祀ってあるんですけれど
それは実はこの水沼の君の持ち着くと
お祭りする三女神だというわけなんです
それじゃあ水沼の君は
どういうことをしていたかというとですね
家柄は御子を出す家系だったんですね
つまりいわゆるシャーマンですね
女の子の優れた子が
シャーマンになっていくわけなんですけれど
その何をしていたかというのが
一つ残っていまして
満月の日にですね
聖なる泉に
月の光が降り注ぐわけですね
月には若返りの水
あるいは再生の水がありまして
それを落ち水というふうに言うんですけれど
それがですね
泉に降り注ぐわけですね
この三女の御子がそれを
今度は水に転写して
それを人々に与えるという
そういうことをしていたというふうなことなんです
そうですか
それですから古い形の
祭祀がですね
今でも残っていまして
で実はそっくりなものが
倉間山にも伝わっているんですね
京都の
で京都の倉間山では
5月満月祭と言いまして
それを植え咲く祭と言うんですけれど
同じようにやっぱり
満月の光を
金田雷に受けまして
その水を人々に配るというお祭りを
今でもしてあるんですね
で私が行った時にはたまたまですけれど
タイからも御子さんというか
天さんが来てあったんですけど
実はそちらでも植え咲く祭があってたんです
つまりアジアで
何箇所もその植え咲く祭を伝えているとこがあって
それを行っていたのがこの水間の君ということなんです
かなり古いものをですね
伝えている一族ということです
面白いですね
スケールの大きい話ですね
そうですね
そういうお話があるということですが
ここには鬼夜の火祭りという神事もありますよね
そうですね
日本三大火祭りといって
12:00
これも有相なお祭りですけど
これも実は大切なことが裏で行われているんですね
でこの大祭というのは
人間が乗っても全然大丈夫なような巨大な大祭ですね
それは実はアミダ堂に籠っている鬼を
炙り出すために松明を燃やしているわけなんですけれど
みんなが松明に見とれている間にですね
実は子供たちがシャグマというものに踏んしまして
そして鬼を連れてですね
そして目の前にある川に連れて行くんですね
そうすると鬼が見そぎをして
そして神殿の方に連れて行かれて
その寮邸を築くということが行われているんです
で実はこの鬼というのがもともと神様なんですね
で私たちが神社であれこれですね
願い事をするわけですね
欲にまみれてですね
神様がその欲を引き受けてドロドロになってしまう
それで年に1回見そぎをする
それがこういうふうなイベントという形になっているんですね
それでこれは日本神道でも基本的な汚れ
木が枯れるというのと
それから見そぐそして復活するというですね
大事な思想を形にしたものなんです
ですからダザイフにも鬼伏すべといって同じようなものがありますね
鬼を守る人たちと鬼に威武して戦おうとする人たちと別れるわけなんですけど
最後は鬼が手を打ちますけれど
結局それも原型はこの鬼神様に見そぎをしていただくという
それが少しずつ形を変えて
全国に伝わっているということです
じゃあ内容はだいたい同じような意味を
基本的にはそうですね
鬼の神様の復活っていうんですね
そういうふうな行事のあるクルーメシの大禅寺玉田レグでした
今度は綾杉さんの本では出産に入ります
まず霞郡霞山町のひまもり八幡宮からです
はいここの神様は大神殿の神宮皇后
菅原道真となっています
ここの話の前に神宮皇后がどこで出産したのかというお話なんですけど
実は複数その話を伝えているところがあるんですね
15:04
先ほどの赤地八幡でも神宮皇后が出産したと
日本書紀にはカダで生まれたと書いてあって
その場所が赤地八幡なんですね
そういうものもありますけれど
一番有名なのはこの海町の海八幡宮ですね
そしてこのひまもり八幡宮というのは
その海八幡宮に行く途中の道筋のお話になります
今回はその海八幡宮までの道をですね
ご紹介したいと思います
でこのひまもりの日は太陽の日で
太陽を見守るという意味のそういう意味ですね
神宮皇后はその歌詞宮から一旦船に乗って
そしてここで上陸して
そして腰に乗って行列で移動したいったようなんですね
でここはもともとひなもり駅と言いまして
岸場神殿にも出ていますけど
ひなもりという駅で港があって
大変当時栄えていたとこみたいなんですね
でそこに神宮皇后が来られたけれど
行列がなかなか出発しなくて
何事ならんかって言われたわけなんです
そして日を見守ったということから
ひまもりというようになったとあります
で同じような話がお末川と言いますけど
その反対側にもですねありまして
そちらはひまもり神社と言いますけど
ここでは神宮皇后が何時だろうかと
今何時っていうふうな感じで言われたと
そして日を見守ったことから
ひまもりというようになったというふうなことなんですね
ですからもともとひなもりだったのが
神宮皇后からひまもりに変わった可能性がありますね
でそこで昔大変栄えていたので
近くに遺跡というのがあります
旧大の農場の後に大きな倉庫群が出ましたね
もう目の前なんですよ
ですからその倉庫とか薬床の人たちが
行き帰りをしたりあるいは物質を運んだような
その船の港がここにあったと考えられます
ですから大友旅人が病気になったときも
その親戚が帰るときも
ちょうどこのひなもり駅まで
18:00
見送ったお話が載っています
それがこの場所なんですね
そして神宮皇后の行列進みましたけれど
やっぱり人間ですからお手洗いにも行きたくなるわけですね
それで三太来神社というのが近くにありまして
そこは神宮皇后が手を洗ったというふうに言われてますので
そういうふうに用を足された場所ではないかと思われます
珍しいですねそういう神社があって
元々まで大事にして残しているんですね
三太来神社というのがあるということですね
今度は霞谷郡霞谷町のかよい八幡宮です
ここの御祭神が神宮皇后
大神殿の玉より姫住吉狼となっています
ここの住所が霞谷町のかよい町というところなんですね
神社の名前もかよい八幡ということですけど
このかよいというのは
籠のことなんですね
籠というか腰ですね
それで天皇のように身分の高い人の籠を書く専門の人がいて
その人たちのことをかよい町と言ったんですね
ですから神宮皇后が腰に乗っていたというのが
ここでわかるわけなんです
ここでしばらく休息されたという場所です
そしてかよい町座の人たちも
この神社のすぐ近くに住んでいたという話が伝わっています
今はかよい町公園っていって広い池になってますね
大きな池がありますよね
で薔薇の花が綺麗で
賞文の時もとても綺麗ですけれど
それは江戸時代にそういうふうになったというふうなこと
池になったというふうなことなんですね
ここにそういう人たちの集落があったというふうなことです
霞谷郡霞谷町のかよい八幡宮でした
今度は霞谷郡末町の旅石八幡宮です
ご祭神が神宮皇后大神殿の
イザナギの御子と玉より姫となっています
ここの住所が末町の旅石というんですね
神社も名前も旅石とあります
実は神宮皇后がここまで来られた時に
穴はびしいと言われたそうなんです
わびしいなと言われたんですね
それでそのわびしいというのを漢字で
旅の石というふうに書き換えて
21:02
旅石八幡と名がついたということです
思いますと神宮皇后って
福岡って初めてじゃないですか
それで2年ほどいたわけなんですけど
その間に夫の天皇が亡くなってしまうので
家族がいなくなっちゃったんですね
そしてお腹が大きいまま
ずっと戦いの連続で
全然心を休まる暇がなかったわけですね
ようやく貸食まで帰ってきましたけれど
また知らないとこに連れて行かれるわけですよ
そっきん将軍たちが大勢顔見知りではあります
侍女たちがそばにいてはくれるんですけど
たった一人ぼっちという思いがですね
ここで襲ってきたのかもしれませんね
ということで
初めて神宮皇后の言葉っていうのが
ここに出てくるんですね
わびしいってですね
本当は女性ならそうだろうなとですね
思うような言葉です
霞ヶ谷末町の旅石八幡宮でした
今夜は神宮皇后伝書を歩くの著者
綾杉ルナさんにお話を伺いました
ここで古代の福岡を歩くリポーター
中島リエさんです
こんばんは
今日は宮間市の高田町上久須田にあります
石神山古墳を歩きました
この石神山古墳は国指定の史跡なんですが
耳で聞いてるだけで
古代史に詳しい人は
あれ?広川にも石神山ってあったよね
って今思ってらっしゃると思うんです
広川町の石の人の山
そしてこの宮間の方は石の神の山として
文字で区別してます
漢字が違うんですね
石神山の方の石神山古墳
宮間市の志士文化財係の係長
猿渡真由美さんに案内してもらいました
この石神山古墳なんですが
前方後円墳です
上久須田天満宮という神社の奥にある
山のてっぺんにあるんですが
墳球の長さがだいたい58.5メートル
できた時期は5世紀初めと推測されてるんですね
この石神山古墳
名前の通り石神
石でできた人物像が出てきた
っていうのが特徴なんですね
しかもここの石神は武装石神
戦うための準備の姿をしてるんですよ
さらに石棺石の棺なんですが
船形とも家形とも言われてますが
大中小3つ出てます
24:01
でこの石神が一つの建物
石棺3つが一つの建物に入ってまして
この建物の中で柵状のついてまして
この覗き窓から見えた見えたって感じで見えるんですが
石神見ますと立派です
高さが106センチ
石の土台の上にドンと乗せられてるんですが
綺麗に人の形もわかりますし
その頭に何かかぶってるっぽい
これ兜だよねとか
胸元にもちゃんと境目がはっきりわかって
ここが多分これ
何でしょう鎧の部分だよねっていうのがわかるんですね
武装石神って感じですね
本当によく詳しくなくてもわかるぐらい
さらに胸元に三角模様まで見えるんですよ
思わず興奮して
うわすごいって声かけちゃいました
三角の模様が入ってるんですね
三段に三角を組み合わせた朱塗りが刻印で表してます
その腰から下が草ずりといって
さっき言ったスカートみたいな感じで
そこにも七段の彫刻を入れています
彫刻というか彫ってるということですね
石を掘ってそれを表してるということですね
すごいんです
しかも石ずりといって
この桃のあたりをかぶるやつのところ
赤い色がくっきり入ってまして
今写真を見てますけれども
横線が3本ほど入ってますね
この赤い色がくっきり残っていて
愛用したTシャツが3年目
どんどん洗ったらこのぐらいの赤っていうぐらい
くっきり色は残ってるんですよね
すごいなぁとこの色にも感動したんですが
とにかくもう何千年以上経ってても
このくっきり見えるこの石
これを何なのかというと
アソ溶結業界岩という石らしいんですね
その石についても教えてもらいました
今でも使われてますけど
灯籠とかに使われてる
採掘しやすいけど
この地域端とか鳥の中の石頭とか
にはよく使われてるところです
今でもですね
加工して色をつけて
どんだけ手をかけたのかってのが
よくわかるんですよね
そして石灰棺の方なんですが
あのくり抜き型なんですけど
三角屋根の蓋がついてるんですね
でその引っ張るための出っ張り棒
縄をかけて引っ張れるように
出っ張り棒もついてたりして
非常に面白い
そして大きなものは長さが2メートル10センチ
横幅が78センチあって
この大きな棺には石の枕が2つ入ってた
2つ?
つまりダブル
2体お手が収められたっていう
面白いんですよね
しかもこの棺こんな風に収まってたそうです
磁気層っていって
公園部に石室などの収め室じゃなくて
27:04
直接石灰が3つ埋められてたというのが
一つの特徴になってます
そうなんですよ
であの猿渡さんおっしゃってましたが
とにかくこの石神
こんなに写実的なものがここにある
その古墳があるってことが
とっても誇らしいんですよっておっしゃってました
この石神山、石神の方が5世紀の初め
広川の石人の方の石神山が
ほぼ変わらないけどちょっと後
そしてさらに時間を置いて6世紀になると
山の岩と山と
だんだん石人の変化が見ていける場所なので
ぜひ歩いてみてください
中島リアさんでした
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宮益の企画協賛
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