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古代の福岡を歩く シーズンファイブ
遥かな昔 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる 古代の福岡を歩くシーズンファイブ
この番組は三山市の企画協賛 道の駅村方
行座の山鉢の提供でお送りいたします
道の駅村方 営業部長の古代です
村方の新鮮な海の幸 山の幸がたっぷりです
いつも旬のものをお届けします 世界遺産 神宿島 村方 沖ノ島と関連産群を
私たちの手で守っていきましょう
おはようございます 坂田秀大です
神宮皇后の謎を解くの著者 河村哲夫さんの前回までの話は
神宮皇后が八六間橋を追って 朝倉へ追い詰めていくところまででした
結局秋月近くのそそき野という場所に 追い詰めて討伐します
この後法満川を下って 今度は八部川方面へ向かうのです
河村哲夫さんにお話を伺っていきます
熊橋のある人物を討伐するわけですね 熊橋を
これは日本書紀には 熊橋と書いてあるんですね
しかも朝廷に反乱したと
なんで朝倉方面にそういう一族がいたのか 一体何者なのかよく分かってないんですよ
そこを討伐して 今度は昔の世田谷町 今は宮山市 八部川領域に神宮を向かうわけですね
じゃあその熊橋と田村水明が どういう関係なのかもちょっと不明なんですよ
おそらく私が推察するに 三角形の人たちかなという気がしますね
たとえば彦さんとか法満さんとか 昔尾根世帯の山尾氏とかがいましたけどね
そういう三角形の人たち それから世田谷といいますと 八目山地といいますかね
八目星の村とか山地がありますんで
そういう三角形の人たちが どうも時期に応じて 麓に降りて略奪してですね
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なんか不良知なことをやったんじゃないかと いう気もするわけですね
なるほど それで二六間足を討伐して そのあと田村水明を討伐に向かうということですね
地元の伝承しかないんですけどね 法満側を下っておられます
そして法満側から筑後湾に出ましてね そして荒焼き海に出てると
荒焼き海から今度は八部川の下流に 入り込んでると こういうコースなんですね
法満側でいいますとね 五郷里にいくつかありますが
五郷里に三世大烈石神社というのがありますよ
ここに実は神宮行伝承がありましてね
ご主人の天皇の忠愛天皇は過死で亡くなったと お祭りの最中ですね
ところがこの三世大烈石神社にはですね
ここで熊津と戦っている最中に 亡くなったという伝承があるんですよ
日本書紀にもですね 一書として別の伝承として
熊津の討伐地に亡くなったという記録も ちょっと書いてあるんですよね
それを裏付けるようにこの三世大烈石
大烈石というのは霊石 御霊の石といいますかね 大きな岩なんですよ
神宮行は忠愛天皇がそこで亡くなったものですから
その後朝鮮に出兵したんですが
その大きな岩に自分の鎧かぶとを着せてですね
そして船に乗せて朝鮮に渡ったと
帰ってこられてその霊石をですね この神社に奉納されたと
こういう伝承になってるんですよ
不思議な伝承ですけどね
そうすると神宮行は忠愛天皇を愛してたと なりますよね
ところが過死具でお祭りの最中に亡くなれたのは
どうも暗殺じゃないかとかですね そういう説もあるぐらいで
それだったらいわゆる悪祭といいますか
だからどちらが真実かによって神宮行のイメージ変わるんですよ
こちらは非常に可愛らしい伝説なんですよ
こちらはご主人を持って三玉石というのを持って
朝鮮半島に行かれた
もう一方はどうも陰謀が
毒殺でもしたらしいと
二通りあるわけですね
そうなんですよ
そういう意味でここは非常に重要な神社ですね
大埠という場所がありましてね
わりとあまり高くない平地の神社なんですよ
意外と珍しいんですよ古代の神社では
先般去年だったんですかね
近く大雨で洪水になりましたしね
そういうところなんですけど古い神社ですね
そういった神社にお参りされて
そしてその後今度は有明会に出られるんですね
だから途中ですね点々と印象が残ってます
一つはですね小原大社
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あ小原大社ですね
多分小原大社に立ち寄られたんでしょうね
神宮行の関連のあそこに絵馬がありますよね
絵といいますか掛け軸といいますか
そういうのが残ってますし
それから水間の地にですね
いくつかの伝承が残ってます
例えば大前に玉垂れ宮ですね
それと近くのいろんな伝承があります
住吉という場所がありますけど
もう神社はないんですけどね
その辺りに立ち寄られたらしいという伝承が残ってますね
発揮した伝承としては一番下野
大川市酒見にあります風呂宮
この地で白鷺をご覧になってですね
鷺から鷺を見たという意味で酒見という
風見が生まれたとこういう伝承が残ってまして
風呂宮も本来本当は酒見神社と呼んでたんですよね
そうですか
風呂宮と呼んでまあ風を波を沈めるという意味でしょうけどね
そこに神宮行に随行しました
小泉の磯羅のお墓なるものもちょっと伝承がございましてね
非常に色濃い神宮行の伝承の色濃い場所をですね
それが有明海の一番下甲ですね
それからさっき言いましたように
有明海に出られまして
矢部川の方へ下甲に行かれると
下甲にはですね今の10キロくらい内陸になってますが
陸地になってますから
今の陸地から言いますと江戸時代の神田区と住んでますからね
だからもっと内陸部に異例があったんですけどね
高尾神社というのがあります
ここにも神宮行が腰掛けられたという腰掛け石とかですね
ここに本陣を置かれたとかいろんな伝承が残ってますね
この高尾神社に本拠地を置いて
そして田村津姫の討伐へ行かれるということですね
若干山地の方のですね
清水山とか山順のとこありますよね
それから摂州の庭とかありますが
その山からちょっと北側の雑山女山がいますね
おそらくこの辺りを基点にしておったんでしょうかね田村津姫は
あの雑山というところですね
高尾石があります
あの高尾石がどうもなんか私が見たところ
なんか城壁に見えるんですけども
あれはどういうふうな
通説的にはですね
例えば甲羅山の高尾石もありますし
あるいは雷山でもございますよね
すべて白村湖の戦い663年の
あれで日本が敗れちゃったもんですから
白城ととの連合軍ですね
くだらと日本が敗れました
それをひょっとしたら日本を攻めるかもしれないということで
山城を作るわけですね
大野城とかあるいは木口城とか
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それから津島にも作りますけど
その一環じゃないかという説が根強いんですよね
だけども私が現地を歩きますとね
こんなもんで城を防げるのかなと
なんかあの結界を張ってるような気がするんですね
結界を
山を取り巻くように頂上を
山を取り巻いてますね
だから聖域的な場所
これから言えば聖域なんですよという印
もっと古い時代のですね
そういう類の石じゃないかなという気もしないでもないんですよね
中へ行きますとやっぱりお祭りを行った跡もありますよね
あると思います
だからちょっとですね山城
いわゆる朝鮮史研磨城の白村公の戦いの遺構の城にしてはですね
やや原始的で
それからすぐ跨いで越えられますからね
それほど堅固な要塞を作ったようなものに見えないんですよね
だから結界を張ってるんじゃないかなと私は思いますよね
霊的な
そこに象山と女山と書くくらいですから
おそらく女王が君臨して
おそらく山ここは大きく言いますと山軍ですからね
山川ですから
山も山も山も同じやつなんですよ古代は
山を花が詰まって発想にしますと山になりますから
ですからおそらく山国みたいなのがあったと思いますね
そうしますとそこの女王
渓谷天皇時代は山のほうに山津姫がいるという話があったんですが
その一族と言いますか
田村姫もそういう人じゃないかなという感じがしますね
なるほど
ただ何故神父皇がわざわざ討伐に来たのか
それほど憎かったのかという気がしますよね
その理由がよくわからないんですけどね
だからもう一つ考えていますと
自分は一種の貧困みたいに霊力を持って中古からやってきたんだと
田舎の霊を誇るような女は目障りだという
女同士と言いますか女性同士のライバルシックがあって
わざわざ来たんじゃないかと私はしないのではないんですけどね
そうですか
男同士の嫉妬も激しいものはありますが
女性同士のそういったものはもっときついでしょうか
これは冗談ですけども
でもあっという間に
イタブラツ今討伐するんですよね
ところがナツアという兄がいたみたいで
彼が援軍でもって駆けつけるんですよ
ところが駆けつけましたがもうすでに妹を殺されていたと
彼は行方不明なので逃げていくんですよ
日本書紀とか他の書物には彼がどこに行ったか書いてないんですね
ところが地元の伝承としては
広いますと田川の市の夏吉の河原神社のすくそばなんですが
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この夏吉という地名はもともとは夏葉焼き
その兄ちゃんの夏葉がここで焼き殺されたという意味で
夏葉焼きそれが今の名前で夏吉というそうなんです
そうですか
田川市と言いましても
それはわずかの夏吉という場所は河原神社にものすごく近いんですよ
河原町のですから田川郡なんですね
ということは彼は妹が死んだと聞きまして
山の山中に逃れて山からずっと北に行きますと
当然地区は阻んでますけどそれを越えまして彦山に入り込んでいって
そして彦山から河原岳の方に逃げ込んでいって
そこで最終的に討伐されてるという伝承が見えてくるんですよね
ですから山岳系の行動範囲というのはかなり広くて
先ほどの熊橋もだからそういう山岳の道と言いますか
山岳の民と言いますか
そういうグループだったのじゃないかという気がするんですよね
御承知のように稲作がやはり伝わりましたよね
御承知のように稲作というのは非常に地味らしいことなんですよ
下を置いて草を刈ったり稲を植えたり
ところが一方では稲がそういうことで米が伝わっても
俺は狩猟が面白いんだと狩りがいいと
イヤシを追いかけたり鹿を捕ったり魚を釣ったりですね
狩猟系が好きだという男はやっぱ半分はおると思うんですよね
どうでしょうか
そっちのが
そりゃ田んぼを毎日毎日流してるよりも
ちいわき肉をやっぱりそういう冒険と言いますか
ハプニングが連続ですからね
そういう人たちがかなり山手に住んでたんじゃないかと
そういう山岳連合みたいなちょっと言いますと
そうしますと彦山とか法満山とかあるいはやめぬ山地とか
もう絶好の狩猟場ですよね
そして時々米食べたいときは収穫したお金の米を奪えば
こんな効率高いことないですもんね
だからしかも税金を納めると中央から命令があっても
どんな税金を納めたらいいのということになってですね
肉は腐りますしね
だから日本食には三月たてまつらずと
税金を納めないから討伐されてるんですよ
いわゆる脱税なんですね
行政犯なんです一種の
ところ三月にとっては
取った獲物をどうやって税金で納めるのという根本問題がありますよね
後の時代は火物にしたり特産品を作ったりして納めてますけどね
米だったら揉み込みを渡せばあれ保管できますから
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米1票取れたら2票取れたら半分渡すとかやりますけど
飼料だけは税金の払いようがないんですよ
なるほどそうですね
だからそういう輩が山地に拠点を置いて
農村の時代を荒らしとったんじゃないでしょうかね
そう言われるとこの繋がりが見えてきますね
見えてきますでしょ
山の方に住んでる人が
三学年後ですね
そうしますとそれはもう遊ぶに繋がってますし
苦渋に繋がってますし
もう国境とか関係ないですよね
ですからやっぱり国境を越えた
そういう強大な三学年号が背後にあるような気がしてたまらないですけどね
そのうちの一つが熊橋であり田村知恵であり
どうでしょうか
那津波が過去の方にいるという
なんか見えてきますね
見えてきますでしょ
三学年号が
ですから後の時代は山節が行動しますけどね
やっぱり彦山から法満山まで同じ時代に来るんですよね
そうですね
青伏するんですよ
ところが山節たちは法満山が終着点で
背振り山まで行かないんですよ
背振りには別途のまた三学年号があったみたいですね
それから法満山から若杉山まで行かないんですよ
三軍山とか
あれも別途の別の三学年号があったんでしょうね
だから法満山と彦山を繋ぐんですよ
そこを行くか
それから法満山
彦山から行きますと
北のほうの小倉の近いああいう山々を行くんですよね
福知山とかですね
だからそれがどうも三学年号がそういう形成されたんじゃないかなと
山目連合ですね
山目山知恵連合が一緒に行動してですね
いう感じでやっぱり
三学の民というのはちょっと一つの際だかもしれないですね
どうでしょうか
なんか見えてきましたねそれは
三学年号は狩猟系の人はですね
漁業系と同じなんですよ
海人族も実は狩猟系なんですね
魚を捕るという意味では
ですから三学系とそれから海人族連合もできるんですよ
同じタイプですから
コツコツしないタイプですから
冒険野郎ですから
ですから平地の稲作の人は山から攻められ
海から攻められ
ある意味では大変だったかもしれないですね
そんな気がします
ですから大和朝廷は
まず三学系ではなくて
海人系を抑えましたよね
安住とか村形の海人族を抑えて
港に天辺を置いたりですね
大神殿の子供さんの台になってですね
神宮皇后の子供の台になって山辺を作るんですよ
山辺と天辺を
ですから山の民を抑えるそういう人たち
それから海の民を抑える人たちの
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そういう長官が置かれるんですよ
で天辺の長官が安住一族なんですよ
なるほど
山辺の長官が誰かは知りませんが
今は山辺さんという方おられますから
そのうちのどなたかが
その山の民を管理する長官に本権があるんでしょうね
牛内亮です
どうでしょうか
面白いですね
いやーなんか違う世界が見えてきましたね
ということで
この後は神宮皇后1校は
佐賀の方に行かれるんですね
そうですね 笠川の方に行っちゃうんです
だから荒江区間をそのまま直行しましたね
そして佐賀の
何て言いますか 佐賀駅の裏になるんですよね
この公園というのがありますが近くに
堀江神社というのがあるんです
ですから昔はですね
海岸線が標高5メートル
大体弥生時代5メートルと言われてますから
昔佐賀線がありましたよね
だからあのラインぐらいが
海岸だったんだろうと
佐賀駅がよく水浸しになりますけども
佐賀もそうですが
海岸に近かった場所だったろうと
思ってます
江戸時代の官宅とか
こちらの海面が少し
低くなっていったという
あれもあるんですけども
ですからこの
堀江神社にですね
船をつかれ
飛行されたと言いますか
そこで
ナンパ化されてるみたいですね
でその堀江神社の北の方に
淀姫神社って
これはまた神宮皇后と
つながりのある神社ってことになるんですね
神宮皇后が
終末に来られましたよね
豊洲宮宮神社に
本陣を置かれましたけども
その際にですね
彼女は
琵琶湖の近くの佐賀田郡
今のですね
あそこで生まれ育ってますから
海が好きなんですね
潜ったり
魚を釣ったりするのが
島につかれましてね
まず海に潜って
万寿漢字の玉を拾われたんです
源の玉と書いてありますが
それをまず放置したのが万寿島漢字島
そしてその
他にも
海中から珍しい遺書を拾ってあったんですよね
この
淀姫神社で
川上神社でもいいんですが
万寿漢字の玉をですね玉をですね
放置されたんですね
それにちなんでいますこの
白玉万寿ってますでしょ
それが万寿漢字の
伝承を踏まえたお土産だそうですね
ですから淀姫を祀ってますが
豊田真姫という
山幸子の奥様になった人と
もしくは
神宮皇の妹だという
二つの説がございます
どっちかよく分かりませんけど
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そしてこの後は
長谷川ずっと登っていって
魂島側に出られるんですね
そうなんですよ
魂川
流域は違いますけどね
上流の方で乗り換えられたんでしょう
そこを下りまして
七山村とか綺麗な場所がありますけど
それを下っていきますと
魂島側
魂島神社がありますよね
あなたに到着されますよね
あそこで
あゆ釣りをなさると
そうですけども
やっぱり釣りが好きだったから
魚釣りが好きなんですよ
そして理由はですね
魚が釣れたら
朝鮮失敗は成功すると
そして釣れなければ失敗すると
魚釣り占いといいますか
それをされたんですよ
ですからあっという間に釣れたらしいんですけどね
得意なんですね
ですからあゆというのは
魚へんに占うと書くでしょう
これからなんですよ
これからですか
この後は
唐津の鏡山に登り
呼ぶ子から引き返します
そして帰りは大山や瀬不利山に登り
中川方面から
笠井宮へ戻っていきました
お話を
神宮皇后の謎を解くの著者
河村哲夫さんに伺いました
ここで古代の福岡を歩く
リポーターの中島梨恵さんです
おはようございます
久留米の甲羅大社に
神宮皇后の足跡を訪ねたら
ぜひお勧めしたい場所があります
久留米市三井町の
お醤油屋さん
林商店というところです
明治20年創業の古いお醤油屋さんなんですが
去年の夏
建物をリニューアルしまして
でも昔からのレンガ作りの
ムロをそのまま
大節室に使っていたり
お醤油を仕込む船もそのまま
残してあって見せてくださるんですよね
この林商店に出かけて
今注目の
お醤油みたいなのがあるんでしょうかと聞きましたら
黒糖お醤油なるものを
紹介してくれました
黒糖でもハテルマ糖と言って
九州の最南端の
沖縄のハテルマ糖というところがあるんで
そこの黒砂糖のみを使った
醤油になっております
砂糖とは違って
ミネラルとかが黒糖に豊富なので
やっぱり下に入れたときに
ちょっと癖はあるんですけど
結構一回使い出すと
リピーターが多いような商品になっております
と林商店代表社員の林徹さんが
おっしゃるんですがどうでしょう
私も味見しました今
これは黒糖の香りがしますけれども
お餅なんかつけて食べたら
美味しいでしょうねこれね
それいいかも
お刺身とか卵かけご飯にも
いいんですよとおっしゃるんですが
黒糖だけじゃなくて
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大豆も小麦も福岡県産で
ふくゆたかとちくご泉を
使ってるんですね
ミネラル分が多いって言ってたんですが
それ故に
茹でた豚肉とか
鶏肉につけ込む
にこれをつけ込むだけで
簡単にチャーシューとかサラダチキン
みたいなのができるんですよ
ミネラル分がお肉を柔らかくしてくれて
びっくりするくらいの美味しさなんですね
いやこれ美味しいと興奮するんですが
お母さん林厚子さんが
こんな苦労もあったのよと
教えてくれました
たくさん入ってるから溶けないんです
溶けないから息子が
すっごくシックハックしてます
冬場は特に
結構大変な作業になって
砂糖だともうサラサラして
醤油の製造段階でも
攪拌機と言いまして
プロペラのようなものが
砂糖だと混ぜて溶けるんですけど
あまりに苔部分が
多いのでちょっと機械も
痛めたりするのでまず
人力で
砕いて
大工さんみたいに
砕いてずっと柔らかくなって
そのまま溶かしていくような形に
苦労がありつつできるんですが
徹さんと厚子さんお母さんが
話し合いながらいろんな商品も
開発していくんですって
厚子さんをいわく
子供とか孫の代まで
これはいいものだから作ろうね
っていうものを作っていきたいと
そして主婦としてのこんな気持ちも
生かされているようです
息子の体のこと
孫の体のことを考えると
やはり少しでも
いいもので
おいしくて飽きないものを作りたいな
っていうことですね
それと手軽なものですね
今女性の方
特にも一緒に働いていらっしゃる方が
多いですので
お手軽でいいものっていうことは
やはり頭の
ちゃんと奥にあります
だからさっきの黒糖醤油も
漬けるだけでチャーシューができるとか
それから卵だって
このポン酢に入れておくと
おいしい卵になるよとか
教えてくださるんですよね
そして厚子さん息子さんの通りさん
二人とも近郊の市町村の原料を
使って商品を作りたいという思いで
色々作ってるんですが
その中のシリーズうまかシリーズというのが
ありまして注目は
抹茶ドレッシングです
抹茶ドレッシング
深い緑なんですけれども
鮮やかな色でね
こんな色のドレッシングがあるのか
抹茶というぐらいのグリーンなんです
抹茶なんですね
酸味のある
オイル系のドレッシングですが
抹茶の香りが
すっごいお茶の風味がするんですよね
あとから口の中に広がりますね
やめさんの無農薬の抹茶ペーストに
出会ったことでついに作れたと
ペーストだから
溶けたんですよね
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うまくね
それにはやしおての塩麹を混ぜて作ってるんですよ
ちょっとおっしゃいます
こんな風に面白い商品もいろいろ作ってるんですが
こんな思いがあるそうなんですね
皆さんがよく知っている原料は
使いたいなと思いますけどね
さらにクルメのもの
ちくごのものを使って
外国にも
飛んでいけるような
形のものは
イメージの中には入れてます
抹茶ドレッシング
飛んでいけそうでしょ
ぜひ
クルメの2軒の道の駅や
クルメの岩田屋などで売ってますので
はやしおてのこだわりのお醤油
チェックしてください
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番組を1回目から
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この番組は
三山市の企画協賛
道の駅室方
餃子の山鉢の提供でお送りいたしました
ご案内は
酒田周大でした
数学教師芸人の高田先生だ
いよーん
高田先生の算数ワクワクラジオ
算数が不安なあなたを
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