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S6 シーズン6の1回目は古代のみやま市を歩いた村山健治さん。
2020-10-04 30:30

S6 シーズン6の1回目は古代のみやま市を歩いた村山健治さん。

この番組にふさわしい方がいました。古代のみやま市をくまなく歩き回ってついに邪馬台国山門説の本「誰にも書けなかった邪馬台国」を出版した村山健治さんにスポットをあてます。

村山さんはみやま市に住み、たくさんの古墳の発掘作業に携わり、終にはここが邪馬台国であろうと推論するに至ります。

そこで、村山さんがたどり着いた邪馬台国山門説を詳しく紹介していきます。

村山さんの説は従来からいわれる不彌国を宇美町付近とし、ここからから船で宝満川を下り、筑後川へ出て、久留米付近にあった投馬国へ。さらに有明海へでて、今度は矢部川を上り瀬高付近にあった邪馬台国へたどり着くというコースです。

みやま市をあるきますと古墳がたくさんあるのがわかります。

付近には神籠石のある女山も横たわっているのです。

古代史ファンにはたまらない魅力あるところです
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古代の福岡を歩くシーズンシックス遥かな昔 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズンシックス この番組は
宮城の企画協賛 道の駅村方
餃子の山鉢の提供でお送りいたします 道の駅村方では10月31日まで
村方徳若ストリートフェスティバルを開催中 道の駅と周辺のお店が村方の特産品を使ったグルメや定番などの体験メニューをご用意する
村方の文化や地産地消にこだわったイベントです 詳しくは道の駅村方のホームページをご覧ください
こんばんは坂田周大です 古代の福岡を歩くも6年目シーズンシックスに入りました
そこで1回目は古代の福岡を歩くというテーマにぴったりの方にスポットを当てたいと 思います
古代の福岡 古代の宮城を歩いて歩いてついに誰にも書けなかった山大国という本を書いた人
です 村山賢治さんという方です
山大国は一体どこにあったのかという問題は依然として今日まで謎のままです 九州説近畿説いろいろあってわからないままですがそんな中にあって九州説の一つに
かつて福岡県大和郡現在の宮間市世高付近にあったという大和説も根強い支持者がたくさんいらっしゃいます
今日はその村山賢治さんの山大国大和説を紹介していきます お話を世高郷土司会会長の熊川たけしさんに伺っていきます
著者の村山賢治さん もう亡くなりになったということですけれどもこの方はどういったような方だったんでしょうか
宮間市の郷土司会に所属されて もう何十年という期間郷土の歴史を勉強された方ですよね
そして若い時は銀行員とかをなされたんですけども 途中から郷土司の方にのめじ込んでしまいまして
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そして銀行員を辞めて 自由に
調査をしたいということで一番手っ取り早い方法が何かというとあの廃品回収今で言う あれをしながらですねそしてずっとあっちの遺跡こっちの遺跡を回られたという
ちょっとあの いわゆる変人的なところもございましたよ
でそれこそ なんていうか
奥さんがですねもう生活ができるともう別れましょうと 自分が子供を連れてね家を出ますというようなところまで家族が貧困に落ちた
そういうところもあったんですけども 郷土市の分野において非常に熱心にもうとにかく
発掘した遺跡が50箇所古墳が100箇所と すごいもんですねそして異物がですね
遺跡物が2万点をね収集したというすごいそういう方で a
73歳まで生きられましたよね1988年に亡くなっておらしておりますからそうですか そういう意味で私たちの大先輩に当たります
でまぁこの方が書かれた本ですね 誰にも書けなかった山大国
山大国まあ大和説というのを書きになって この説ですけども
この説の中では山大国はどういうルートで 世田谷の方に
行くんでしょうか あの
昔から言われた一つの内容はですねあの 朝鮮半島のクナ韓国
を出発してはい津島それから 行きそして
マスラ国今の 唐津の方ですねここを通って今度は
陸路というか東南 500キロのところに居と国があったと
でまた同じく東南百里な国今の博多近辺ですよね そして東高百里で文国に至ると
村山さんの場合はこの文国を 海町この近辺に指定してますよね
そしてこの文国から 今度は水溝
ハスカで東魔国 村山さんの学説によると久留米の方に
東魔国を指定してますから久留米に東魔国が あったという形で村山説ですね
でその 久留米までなんですけども海の方から
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久留米までこれは川を下っていくようなルート なるんですねはい
ですから あの海の近くにですねある大石という
この船乗り場があったと書かれておりまして この乗船場の大石から船に乗って
水溝ハスカで東魔国の方に着いたと それも法満側をね下りまして
そしてずっと下っていくんですけども 何せ
荒木海の漢満の差があって 満潮と漢潮のですねこの差があって
満潮の時にはずっと いろいろ海から川に上っていくところが下る時はですね
漢潮の流れに沿って下ってくるという形で 実際的なあの下る時間にしましても1日
2時間ぐらいであるというふうに村山さんは考えてますよね ですから
下ることハスカといっても時間にすると1日2時間がね 20日で40時間ぐらいの中をね
その海国の方から下って 区名がある
あれは地区側の方に合流するというふうに考えることができますね
a まあ昔はその車近辺はそれほど水路と言いましてもまっすぐにこの 川が伸びているわけじゃなくて右に行き左に行きしながら
まあ 下ってくるわけだよね
これは法満があるんですね a 漫画を下ってくると
そしてあのはいあの岸は神殿の方にもですね 書かれていますけどもちょうど末路国から糸国の方に向かうときもですね
その陸路を通る感じが草木追い茂り 育に前人を見ずと書いてありましてですねもう草木は追い茂っているから前に行ってる人の
姿が見えなくなるぐらい 草木がねはい剥げて茂っているというそういう状況がやはり地区お部屋の状況で
なかったかと思うんですね ましてその地区お部屋
の川は浅かったり深かったりはい 船が使えたりですねはいしながら
マスカーが買ってくる名 ということですね入ってくる目がまあ東魔国の
であろうとはいいうふうなことでここから
今度は山大国の方へどういうふうなルートで あるんでしょうか
岸場神殿によるとそこから今度は 水行
東海そして軸高一つ日となっておりまして 村山説によりますとですねこの筑後川の方から
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水戸でやる場合はですねずーっと 筑後川を下って有明海に出ると
そして今度は有明海から今度はずっと今度は やび川の方に出るんですねそして川を上っていくという感じですね
ただ 東海あまりにも多すぎるんじゃないかというような説もありますけれども
昔 こういう話が公伝がありましてですね
橘藩のですね初代の 君子と言いますかこの方田中吉政子がやび川を修復工事やるんですよね
その時に修復工事をやる前のね 内容というのが書いてありまして
あの今の高田町の向こうの方にある黒崎というこの海岸から 世田谷町までそう距離が遠くないんですけども
当時の記録公伝によりますと あの7潮をかかったと言うんです
あの1日満潮寒潮これは2回あるとしてもですね 夜はいけないから昼間だけね
あるいはその潮の満ちるに任せて登っていくんですけども 7日かかったということはですね7潮ということは
あの昼間を使うと7日間かかったということでございまして 村山先生が言っている水耕
10日というのもこれは現実的には妥当の線ではないかと考えます
あとはあの歩いていくと大体1ヶ月ということで この歩きのコースとしては甲羅山から大瀬美濃峠あたりをぐるーっと回るコースということになるんですね
そうですね甲羅山の方が大体300メートルぐらいの高さですから そこから美濃連山の方をですね通っていって
そして 山の尾根を通っていくというのが昔の通行の道であったというふうに言われております
そして今度は 古総津山といって地区の方の道を通りまして
そして山大国をですね村山さんは瀬高町 ここに大塚ここに山大国の王城があったのではないかというふうに
あの説を展開されております
でこの瀬高町の大塚というところなんですけどもここにはあの
雲塚とかですねかつて神宮皇后がタブラツ姫を討伐した地がここにあるんですね
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はい大塚という場所なんですけどもまあこういう雲塚があったり他にどういったような 場所
なんでしょうか あの大きくはですね3つぐらいの大きな遺跡がございます
一つは車塚と言いまして これはのちょうど大正3年頃に東大教授の日里倉先生が調査にお見舞い
きまして その当時あの道教ですね一応見学されたんですね
江戸時代に発見された3面の道教のうち 既になくなってしまったんですけども一面がまだね
半分ぐらい残っていたということでそれを調査された その車塚というところとですね
今度はゴンゲン塚というのが土山の正面の方にあります このゴンゲン塚というのは円墳でだいたい
60メートルぐらいのそういう直径がの古墳ですね 今度は北の方には
ああ 雲塚というのがございます
このゴンゲン塚と雲塚に関しては実はの神宮皇后がですね この地域の田ぶらつみを討伐したとき
官軍の兵士たちがゴンゲン塚に埋葬されたと ゴンゲン塚の方にそして田ぶらつみたち以降は雲塚に埋葬されたと
ですから雲塚の方からね血が滲んでいるというような形で 公伝には残されておりますね
そしてもう一つまた大きな遺跡としましては 摘み古墳群がありまして
これが東西にきちんとですね正方形になっておりまして 200メートル200メートルぐらいのねそういう古墳が
今はさらちになってますけどもしかし平地と見ると1メートル2メートル高くなって おりまして
多分古墳を崩したそういう一つの余跡がですね 多少高台になっていったのではないかというふうに考えることができます
あの摘みという場所はなんかちょっとこの辺歩きますと少しちょっと違う 場所と言いますかね
なんかそういう感じがしますよねそうですね そしてあの辺に集中しておりますはいですからすぐ向こうのほうには
土山というね山がありましてこの土山は当時 聖地であるとはいで女山と書きまして
土山というんですけども 天皇に天皇権に羽ばかって女王山を
あの王をなくして土山という形でずっと今日までスターターという一切もございます 女王山と昔は言ったわけですねその女王じゃちょっと
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あまりにもと羽ばかれるということで王を抜かして女山 女山になったと
いうことですねそうですねこのドヤマが ああいうなれば3キロぐらいの高号石で囲まれておりまして
昔から聖地ではなかったかというような人の学説があの 公伝として残っている感じです
それからの 村山3世は
秘密このお墓はいこれはどこだというふうに 書いてあったんでしょうか
村山説によると一つはゴンゲン図家 ゴンゲン図家でもう一つは
つみ古墳群 つみ古墳群
両方ともですねゴンゲン図家の場合も このぐるーっと徒歩で歩いてその周りを回った時に100歩ぐらいの経緯があるんですよ
ああそうですか 義師は神殿の方には秘密をなくなる
えーっ 墓を作ると経緯100歩という形に書いてありますからそういう人間の法数から
言ったらちょうどねゴンゲン図家は100歩ぐらいであると ところがもうちょっと大きいという形になった場合には
つみ古墳の群がそれこそ200名た200名かと そういう大きな一つの古墳の内容がありますから
そこも第二の候補と言いますかという形で 村山説は否定しているところです
シーズン61回目は宮間市出身の村山賢治さんの 山大国大和説を紹介しています
お話を世田谷郷土司会会長の熊川武さんに伺っています 次は
大保の候補地の一つだというつつみ古墳について伺います そのつつみに行ってみたんですけどもあの辺もなんか古墳がたくさんありますね
そうですよ あの
東西に道がありましてそこからもいくつかの古墳が出てきまして 特にこの大きな巨大な岩がですね数多く出てきております
もう今は一般の住宅が建ってますが大体その多くの家の敷地の外れの方にはですね 大きな岩が置いてあってまさに岩石のように使ってありますけれども
これは古墳に関わったそういう物ではないかというふうに言われていますよね ちょうどあの
昭和の後半ですか 松本成長さんがですねこっちの方にお目になった時につつみ古墳のところに
いくつかのあの岩で囲まれたそういう人と古墳の遺跡があるんですね これを松本さんは松本成長さんは古代のどの面ではないかというようなことも言われたり
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しておりまして 今そういう面影がいくつか残っているところですね
積み古墳自身があの平地よりも2メーターぐらいこうずーっと高くなっておりますね ですからその辺に古墳があったのをずっとね平らにしてもどうしても森戸でないです
けれども あのその地域自身が
ちょうど東大に南北に200メーター200メーターぐらいのそういう地域なんですけども どっちかというと高いで1メーター2メーター高いところのあの人のところに今
現代住宅が建っているような感じですね その少し高くなっているというのはどういうふうに見ていらっしゃるんですか
それはあの 古墳の関係もありますしまたあの水害が絶えずこの地域は多かったもんですから
やはり何らかの形で土を持ってとしてそういうものを大切にね 保管するって形で土を持ったところもあるあるかもしれないですよね
ああ
だいたいこの辺の古墳というのは少し高いところに 少し高いところが多いですけどもただゴンゲンドゥカの場合なんかは
あの いわゆる田んぼと同じ高さでできていて
あと 車塚古墳もそうですよねだいたい住宅と同じ高さでできているし
そして津古墳だけは少しやっぱり2メートルぐらいのね 高く土が持ってあるような感じでなっておりますよね
なんか こう歩くと不思議な気がしますね
そこだけ少し高くなっているというのはどういう意味なのか というふうに見て
そしてその一角に一つの神社がありますね ああありますね
あれがですね村山さんの説によるとそこを拠点にした 古代の天文
天文の拠点ではなかったかというふうに言われております
大国玉神社です ここから実はあの
古代の人々がですね清水山の登ってくる 太陽の
どの地域から太陽が昇るかによって 春夏秋冬の見分けをしたというふうに言われておりますね
ですからこれが 例えば当時
月日また 春分の日ね週分の日のこのここから出てくるという形において
あのそれが一つの天文学的な根拠になってここから上がったときには例えばね 米を巻くとかいうような形で
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一つの農作業なんかをやるきっかけにもなるような形で いうように言われておりますよね
大国玉神社っていうのはのまあ行ってみれば町外れにありますよね そうですねその遥か彼方に清水山
はい清水山ですね清水山がありますねはい でちょうど清水山のね
正面の方が春分と週分の 時刻になっておりまして
今度は 当時の場合には
佐野山というこの辺から太陽がね登ってくると この月日の場合には今度は
小僧津山というこの辺から 登ってくるという形においてこの積み大国玉神社を一つの天文の観測所として
あの古代人たちはですね 春夏秋冬を見分けたんではないかということで村山賢治さんはそれこそ
1年かかりでずっと毎朝行ってねこれを観測したというふうに言われておりますよね はい
まああの地区の大事な神社ということは言えるわけですねそうですね 今週はこの番組のタイトル古代の福岡を歩くと文字通り実践して
古代の宮間市を歩き回って誰にも書けなかった山大国という本を出版なさった 村山賢治さんの山大国山と説を紹介しました
来週は宮間市にある荒野の宮を紹介します ではここで古代の福岡を歩くリポーター中島有栄さんです
こんばんはこんばんは今週は宮間市でぜひ楽しんでほしい 九州オルデ宮間清水山コースをご紹介します
あの九州オルデって韓国チェジュ島発祥の人気トレッキングのコースなんですけどその 九州版なんですよね
この宮間清水山コース全部で11.5キロ まあレベルでいうと中級から上級くらいなんですが基本設定時間が4時間から5時間
まあしっかり歩く感じそうなんですよ でも歴史と自然に包まれたコースというのが大きなポイントでこのコースについて
宮間市商工観光係長の松尾剛さんにいろいろ魅力を教えてもらってきました まあ松尾さん曰くオルデは道を楽しむ観光素材だからもう時間気にせずゆっくり歩くのが一番いいですよ
とおっしゃるんですね その中でも最高ですとお勧めしていただいたのが最初にですね
コース始めてすぐに出会えるもうね最高度合いがレベルマックスっておっしゃるんですよ 神宿る竹林
竹林なんです 歩き始めて竹林が出てきたら
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少し上を眺めるみたいな感じで空を見る感じで見てほしい そこにやはりあの光が注いでいますのでその光景が何とも言えない
それと奥に深く竹林が続いていますので そこがなんか
神が 降りてくるような
そんな雰囲気がありますので 今想像しました神秘的な感じが伝わってきます
竹の間からキラキラっと降ってくる太陽の光 あと音なんですよ
サササってざわめいていく感じ 本当に心がスーッとするそんな竹林なんですよね
さらに松尾さんのおすすめ昔にタイムスリップするようなロマンを感じるポイント それが
蔵山神戸市本編の中でも出てきましたですねここでもおっしゃるんです 実はの神戸市が本当は何なのか
お城なのか何なのかわかっていないんですよね だからそこはもう
人それぞれ 想像してですね
はいその昔に自分がいたような気持ちでそこを歩いていただければ楽しめるん じゃないかと思います
ロマンに浸りながら石ちょっと触ったりしながらなんて考えてください 知的好奇心が刺激されますがなんですよ
さらにこのコース絶景と言えるポイントがねいくつもあるんですって松尾さんおっしゃ るんです
じゃあ松尾さん個人的にはどこが一番お気に入りなのか聞きました 山の一番上にあります展望所があります山森林公園の展望所ですね
そこからの景色をご覧いただければ またそれまた歴史を感じちゃうんですよ
はい 遠くにはですね有明海がありまして
山 久留米からですね止めから坂から見えるんですよね
であっ 海は今はそこ有明海だけど本当はそこまで生み立ったんだなぁと思ったりですね
だから歴史を勉強しながらですね歩いていただいて今いったような風景を見ていただければ また一段と楽しいお寮での楽しみ方になると思います
筑後平野を見渡せる感じが本当にこんな風に広がっているんだ そしてあの川の感じと海のバランスっていうのも上から見ると想像してなかった理解度が上がる感じするんですよね
あとこの展望台から 雲前富原岳が見えちゃうんです
見えるんですね あっ有明海を挟んで本当にすぐそこなんだなっていうなんともいいね新しい感覚も持ってますし
このねすごくこう心が晴れる景色が広がるんですよね とにかくあのお気に入りのビューポイントを見つけたら写真で撮ってあのインスタグラムとか sns にいっぱいアップしてくださいって松尾さんおっしゃるんです
いいですね私の古代の福岡を歩くですね まさしくねそれいいですね私もやりたいなぁ
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あのコース中に美味しいものもたくさんありますのでそんなものを頬張りながら 最終的にゴールが道の駅三山というのも美味しいもの好きにはいいポイントだと思います
最寄りの駅は jr の瀬戸川駅車の場合は九州道の三山や長井インターチェンジから こちらの方から出発となりますぜひ九州オールで三山清水山コース
歩いてみてくださいおすすめしておきます 中島リエさんでした
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道の駅室方 餃子の山鉢の提供でお送りいたしました
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