1. 古代の福岡を歩く
  2. S6 14回目は神功皇后の足跡..
2021-01-03 30:31

S6 14回目は神功皇后の足跡をたどります。

神功皇后は第14代の仲哀天皇の妃で、仲哀天皇と共に九州にやってきて、ほぼ福岡県全体をぐるりと回り、各地に様々な伝承を残していった人物です。

この番組ではシーズン1から様々な形でとりあげて紹介しています。

何故なら、その足跡を追うということは古代の福岡を紹介することになるからです。

今回は神功皇后の研究の第一人者、「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに伺っていきます。

神功皇后が活躍した時代は西暦390年から410年頃だといわれます。

二人が九州へきたのは熊襲を討伐するためだといわれます。天皇は和歌山から、皇后は福井の気比神社からそれぞれ下関をめざすます。

下関についた二人はここで拠点を設けます。豊浦宮といいました。現在の忌宮神社です。

皇后はここで海にもぐり、干珠・満珠の玉を手にします。

そして、福岡の香椎宮をめざすのです。
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古代の福岡を歩くシーズン6。遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン6。 この番組は
宮益の企画協賛 道の駅村方
餃子のヤマハチの提供でお送りいたします。 1月16日からジャパンラグビートップリーグ2021が開幕。
トップリーグのチームで九州にあるのは村方サニックスブルースだけ。 道の駅村方は村方サニックスブルースを応援しています。
あけましておめでとうございます坂田秀大です。 今年もよろしくお願いいたします。
今年1回目は神功皇后を取り上げます。 この番組ではシーズン1から神功皇后の足跡を取り上げていますが、改めて今週から数回にわたり足跡をたどります。
お話を神功皇后研究では第一人者の神功皇后の謎を解くの著者河村哲夫さんに伺っていきます。
まず神功皇后ですね。この方はいつ頃の人なんでしょうか。
日本式の年代で言いますとね、170年から170年に西暦170年ですね。
お生まれになって、そして269年に100歳で亡くなったと。
とんでもないことを書いてありますね。ちょうど秘密皇后の時代と重なるんですよ。
秘密皇后の前世時代が230年代ですかね。
儀に四捨八経したりしますけども、ちょうどそれがすっぽり入るんですよね。
ですから神功皇后は秘密皇后だという説も唱えられた時期もありますけどね。
今はですね、私どもは安本美天先生という統計的年代論を発表されました。
もうかれこれ半世紀前ですけども。
それで言いますとね、在年代を統計的に分析すると、
だいたい390年から410年ぐらいの人だろうと。
ですから4世紀の終わり頃から5世紀の初めですね、ということだろうと。
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だいたいそういう関係があったと私も思ってますけどね。
ただなかなか実在しないという方もおられますしね。
古代史の世界はもう天でバラバラでございますから。
私どもは日本史記事を信用しますとですね、
年代は誤っているけども神功皇后は実在したという立場を取っております。
あの、後送りの時代ですね。後回廊の日なんですよね。
あれには和が押し寄せてきたという文字がありますよね。
そうなんですよ。公開動画がなくなってですね、
その後継ぎが立てた石碑が大きな石碑があるんですよね。
その中に神保の都市、西暦観参しますとちょうど391年にですね、
和の大軍が攻めてきて、海を渡って攻めてきてですね。
そして九太良、白行、新民都市だと、こういうくだりがあるんですね。
ですから先ほどの神功皇后の活躍年代は390年から420年、
公開動画391年の時にちょうど復興するんですよね。
で、おっとに当たる方が14代の中藩天皇。
中藩天皇と神功皇后は一緒に九州にやってくるわけですけども、
これは目的が一体どういうことだったんでしょうか。
あのですね、たまたま福井県の京師神宮がございますね。
あそこに、まずどういうわけか知りませんが、
中藩天皇と神功皇后、それから部下を引き連れて行かれましてね。
たまたまですが、少人数で中藩天皇だけ、
所津宮、木の川の二人ですね。
和歌山県ですね。
そこに行かれておったんですよ。
ところがそこにですね、九州の熊瀬は三木建物らず、
税金を納めないというような反応を起こしたという一方が届きましてね。
それで中藩天皇は、
少人数で瀬戸内海を西に行かれましてね。
そして山口県まで来られたんですね。
そこで神功皇后にお前たちもついてこいと命令を出されたんですね。
軍政府を聞いて西の方に向かったのは神功皇后なんですよ。
神功皇后はけひのみやにいた。
けひのみやですね。
福井県ですね。
福井県です。
福井県から山口県の方へ向かわれるんですけども、
これはどういうふうなコースで向かわれているんでしょうか。
直接コースは日本史に書いてございませんけどね。
晴山の国不動器とか、いろいろ不動器を調べてみますとですね、
瀬戸内海をずっと通っておられるんですね。
おそらく琵琶湖の西を通ってですね、
そして淀川を下って、そして海に出て、
船でですね、おそらく西に向かったと。
06:02
牛窓とかありますよね。
あるいは神功皇后が来られたときに牛が転んだと。
だから牛窓日だと。
それがなまって牛窓になったんだというふうな不動器の記事があるんですね。
それから本当はどうかわかりませんが、
広島湾で鯉を釣られたと。
ですから広島カーブだと。
本当なのかわかりませんけど、
それ神功皇后に由来するという伝承が残ってますね。
コッコ岩ですね。
ですから広島カーブとつけられたことは、
結構物知りだったんじゃないでしょうね。
千葉家天皇は和歌山のほうから瀬戸内海を回って山口に来られて、
神功皇后はやっぱり同じように瀬戸内海を渡って下関へ来られて。
ここで下関へ合流されますよね。
ここではどういうふうなことをされたんですか。
かなり長期間滞在したように入宿会でございましてね。
豊浦と書いて豊浦と言いますが、豊浦の宮に滞在されてるんですね。
都としてですね。
現在の弓宮神社。
弓宮神社ですね。
下関市の町府にございます。
そこを拠点にしばらく旧市に渡る前に事前偵察と言いますか、
いろんな情報を集められたんですよね。
ここで豊浦の宮っていうのを建てられるんですね。
そうです。
今石碑も建てますよね。
神功皇后はここで到着してすぐに海に潜られて。
そうなんですよ。
彼女はですね、沖縄一族なんですね。
お父さんが沖縄氏なんですよ。
これは海に潜ったりすると息が長いと、
それから来てるんだという説もあるぐらいですからね。
琵琶湖のお二人、今の酒田郡ですけど、
そこの琵琶湖のお二人で彼女生まれ育ったんですよね。
したがいまして、おそらく琵琶湖で泳いだりですね、
潜ったりしてた女性だろうと思います。
したがいまして、こっち来て、海が綺麗ですからね、
諏訪の海が、瀬戸内海は当時もっと綺麗でしょうから。
彼女は早速潜りましたね。
万寿、寛寿、日本中紀には如意の玉と書いてございますが、
万寿と寛寿という二つの石をですね、拾われて喜ばれたと。
あそこに万寿島、寛寿島がございますよね。
それにちなんだ名前の矢ですね。
神宮皇后は沖永たらし姫と言いますよね。
沖永が息が長いと。
そうです。
かわきますから、おそらく潜水を得意とした一族かなというふうに。
それと、唐島側では鮎を釣ったりしてますからね。
そういう魚を釣ったり、やっぱり潜ったり、
09:03
なんとなくそういう活発なお天原に感じが受けますよね。
そういう一族の出身ということなんですよね。
ここの忌宮神社、豊浦宮に行きますと、
本殿の前に寿法廷という不思議なものがありますね。
あります。
玉垣で囲んだ野球のベースぐらいの大きさの。
神林祭というのがあるんですね、神林祭。
寿法廷とかいろいろ呼ぶことあるみたいですけども、
白木の神林になる者が襲ってきたものですから、
それと戦ってやっつけたと。
そういうものをお祭りにした儀式のようですね。
神林という神林、よく考えますとね、
白木は神田と読みますよね、白木は。
日本人土曜期は白木と読むんですが、
よく見ますと神林というのは白木が生ったような感じがしますよね。
そうですか。
ですから白木の戦いで、戦闘をした。
恐らく山口でしたんじゃないでしょうけどね。
お祭りでは山口に襲ってきたことになってますけども、
おそらく向こうで戦ったときの、
そういった様子を再現した儀式じゃないかなと私は思ってます。
寿法廷という儀式、お祭りがあるわけですね。
で、あの玉垣の中に。
神林の首を入れてる。
神林の首を入れてるという言い伝えがあるらしいですね。
言い伝えがあるんですよね。
実際に入っている、調査なんかされたことあるんでしょうか。
いや遅くないでしょうね。
ただ言い伝えですから。
ただなんかそういう朝鮮執兵のですね、
そういう名残のお祭りだろうと思いますね。
この寿法廷というお祭り、毎年8月に行われるそうですが、
その中心になっている場所が本殿の前にある
玉垣で囲った鬼石という野球のベースくらいの大きさの石です。
その下に神林の首が埋まっているという伝承が残っているそうです。
神宮皇后の話。
神宮皇后の謎を解くの著者、河村哲夫さんに伺っています。
そしてしばらくして2人は九州へ向けて出発されますけれども、
早速、丘の羽形主の熊谷という方が、
出迎えに行きますね。
船に三種の神器を乗せて迎えにやってくる。
これはどういうふうな意味なんでしょうか。
もう一人ですね、糸島から糸国からですね、
糸の羽形主なる者がですね、同じに出迎えるんですよ。
彼もまた同じように三種の神器をですね、
酒木の木に下げましてね、船で出迎えると。
同じような儀式をやってるんですね。
12:01
ですからこれはおそらくですね、
三種の神器といいますと天皇家の一つの守護神といいますか、
シモルですよね。
私たちも同じような仲間なんですよと。
服属の儀式といいますか、
自分たちに沿わる三種の神器をですね、掲げて、
私たちも仲間ですよということを、
やっぱりアピールしたんじゃないかなと思いますね。
それやらないと敵と見なされて討伐されますからですね。
仲間ですよということを伝えようとしたんだろうと思いますね。
今お話が出てきました糸の糸手という人物ですね。
この人物はどういうふうな人物なんですか。
おそらくですね、
岸場神殿の時代に糸国がありましたよね。
その中には糸国にはよよく王があると書いてるんですね。
その一大祖とか秘密を置きましてね、
職を検査しますが、
よよ王がありと書いてあることは、
糸国王がいたということなんですね、秘密の時代も。
神宮を置きましたのそれから約150年ぐらいあったでしょう。
1世紀半か2世紀はですね。
ですからひょっとすればですね、
糸の国王の末裔が糸手かなという感じも推論できるわけですよね。
他には情報ないんですよ。
ああ、そうですか。
ただですね、不思議なことを彼は言うんですね。
自分は飴の飛沫の末裔なんだと。
これは白木の王子なんですね。
白木の王子。
白木の王子。
今、兵庫県の田島の伊豆神社ですか。
伊豆神社は祀られてますけどね。
彼が日本人の奥さんにしておったらしくて、
日本に逃げられたんですよね、その奥さんに。
その奥さんを追いかけましてね、日本にやってくると。
そして最終的には天皇陛下から永寿していいという国が生まれましてね。
そして田島町に住みてたらしくて。
実はその末裔がですね、
お母さん、神宮皇のお母さんなんですよね。
桂木の高野寛姫。
そうです。
彼女がですね、飴の飛沫の末裔なんですよ。
そして伊豆神社もまた末裔ということを名乗ってるんですよね。
親戚関係ですか。
だから先祖とはずるとですね、
白木の王子につながる地位を2人とも持ってるんです。
神宮皇も。
ただ、ご主人に子供が、両親がいないとは思われませんからね。
ですから糸手も、ひょっとすればですね、
飴の飛沫が日本にやってきて、
そして糸国王の娘さんとちょっとできてですね、
15:02
その末裔が糸手ということもあり得ますからね。
そこはやっぱり謎ですけども、
いずれにしても2人が遠い先祖で結ばれてるという、
そういう構図が出てくるんですよね。
なんか不思議な関係ですね。
それから2人は別々の船で九州の方へ向かいますよね。
中藍天皇は響金田の方から丘の港へやってくる。
神宮皇の船は同海湾から丘の港へやってくる。
そこで合流されるわけですけども、
中藍天皇の船は途中丘の港の手前で止まってしまいますよね。
そうなんですよ。
まず一つは関門海峡を越すということは、
非常に古代人にとって危険な場所なんですね。
ですから恐らく県軍さんということで、
同じ船に乗らずにですね、別々の船に乗って、
こっち来られたという感じしますけども、
満潮干潮は1日に2回ありますよね。
港に入る場合は、
密潮によって、潮が満ちるときに港に入る必要があるんですね。
引き潮のときに入れませんから。
ですから地元の水先案内みたいな、
潮の流れをよく知ってる人が案内しないとなかなかうまくいかないんですね。
ところがタイミングがちょっと悪かったのか、
熊足が先導していくんですが、船が止まるんですよね。
これは誰かが邪魔してたというようなことなんでしょうか。
大蔵主人ですね。
自分のせいだと思われてはいかないもんだから、
地元の神様がいたんですね。
大蔵主人なんて言いますかね、つぶら姫。
今は高倉神社と岡の港神社に祀られてますよね。
この神々のせいにするんですよね、ペアの神に。
そして実際お祭りごとしたところは済んだから、
何も免れたんですね。
そして中外天皇を送りしてですね、
引き返して今度は神宮皇后で迎えたんですね。
神宮皇后は道化屋に入られましてね、
昔、若松は山賀島という島だったんですよ。
南の方に江川という川がありましてね、
そこをずっと神宮皇后の方が行ったんですが、
やっぱり引き勢に合いましてね。
ですから日中も幸中も行かなくたってですね、
そこでまた熊谷が怒られるんですよ。
お前どうしてかと。
で、彼は慌てましてね、
そこで何て言いますかね、
漁町池と書いてありますが、
慌てて川のそこに池を作ってですね、
そして魚を取って漁ばしたということがございますが、
これは石ひびと言いましてね、
18:03
もともとが南方系の漁夫があるんですよ。
石でドームを作りましてね、川のそこに。
水が引いていきますと、
魚がそのドームの中に取り残されるんですよ。
それをですね、海に取らせると。
そういううがいのですね、南方系の漁夫がありましてね。
それを見て大変喜ばれたと。
機嫌直されたと。
今も漁町が池神社ございますよね。
そういう名残です。
で、丘の港で合流した二人は、
ここでしばらく滞在されますね。
それからカシイノ宮へ向かわれるわけなんですけども、
ここでも別行動ですね。
そうですね。
中愛天皇はですね、戦乱を聞いて、
水軍と陸軍と言いますかね、
水陸両用でおいでになったそういうことを聞いたんですから。
中愛天皇は女性の場合は危ないからですね、
自分が船を引いていこうということで行ったと。
そういう伝承がございます、地元には。
人口は陸のほうからですね、
運河を遡って、
そして倉手軍のほうから、
橘山の北陸と言いますかね、
北側を捕らえまして、
そしてカシイに入られると。
陸路は来られたんですね。
カシイ軍で二人は合流されて、
しばらく滞在されますけども、
滞在中に人口が上掛かりしますね。
そうです。
ここでどういうことが起こったんでしょうか。
これちょっと言いにくいんですけどね、
暗殺説もあるんですね。
暗殺説。
要するに人口に一応神が乗り移りましたね。
そして白銀に執兵しなさいと。
そしてお前のお腹には子供ができたんだと。
言うようなことを彼女が口走るんですよね。
神が乗り移って。
で、中外天皇はそれを信じないんですよね。
で、山の上に登ってみたところが、
そういう西の方に国見えないじゃないかという
抵抗されるんですけども。
要するに武闘派と言いますか、
後戦派と諸極派が少し対立してた可能性があると思いますね。
そこでもう一回、
神が何者か知ろうということで、
どういった神がお告げしたんだろうかということで、
確認しようということですね。
もう一回占いしましたところが、
お祭りの最中に。
三岩という場所。
今、歌詞いうのはちょっと東の方に、
古舎、古い柱。
古宮って感じですね。
古宮ありますよね。
そこにありますね。
そこでもう一回そういった儀式を行ったところが、
21:01
明かりも全部消してですね。
そして琴の音が響いて、
それが止んだときに、
明かりを点けたところが、
もう忠愛天皇が亡くなっておられたと。
だから暗闇に乗じて誰か暗殺した可能性もありましてね。
これは永遠の謎ですけどね。
急遽そこで亡くなれたと。
こういう伝承なんですね。
日本式古事記とも書いてます。
そうですね。
古事記の方は、
神様に逆らった忠愛天皇が救出したんだと。
そこで。
日本書記の方は、
どっかにクマソの経緯があったって。
戦って傷で亡くなりだと。
そういう伝承もございます。
ですから、いくつかの説がありますけども、
実際、何て言いますかね。
小郷市の三世大霊石神社というのがあります。
ありますね。
そこの伝承はですね、
この地でクマソと戦って、
ここで亡くなったんだと。
神国を悲しんでですね、
大きな岩に鎧かぶてを着せて朝鮮に渡ったと。
その石を神社の御神体として伝えてるんだと。
こういう伝承なんですね。
ですから、日本式自体にも
クマソの戦闘で亡くなったという話もあるが
ということを書いてますから、
やっぱりいろんな説が入り乱れてるところがありますね。
神宮神宮伝承には。
神宮神宮の足跡。
今夜はカシイ宮まででした。
お話を神宮神宮の謎を解くの著者、
河村哲夫さんに伺いました。
ここで古代の福岡を歩くリポーター、
中島リエさんです。
あけましておめでとうございます。
おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
さて、今日ご紹介しますのは
カシイ宮の三道。
ここの天皇家からの使い残る
直支堂とも呼ばれてますが、
両側に立派なクスンの木が
ずらーっと並んでる並木なんですよ。
で、この並木沿いに
可愛いお店がありました。
木と雑貨、木の雑貨と
おもちゃのお店、バウムというところなんですが、
そこで店長でもあります
さがら、さやかさんにお話聞きましたら
やっぱりこのクスンの木の並木
さがらさんも好きみたいなんですね。
もともと散歩とかしてて
好きだなっていう道ではありましたね。
この感じが、このアーチの感じが
クスンの木の両方にある
この感じがですね。
この並木の木の感じを受け取りながら
そしてカシイ宮の森も素敵ですので
和やすぎを見たりしながら
木の感じ満載の中で
お店を見ると余計楽しいんですが
木の雑貨とおもちゃ
私の想像とちょっと
違ったものがあっていきなり目を引かれたんですが
幅が15センチぐらい
24:01
厚さが1センチぐらいの板
長さがですね
2メートル近いのかな
そこに60センチから170センチまでの
数字が書き込んであります
なんとなくイメージできますか
5センチ刻みに横線が入っています
背を測る
昔懐かしい
柱の傷だっていう感じですよね
その通り、セイクラベという
オリジナルの一品だったんです
昔は柱にね
書いてたのを
引っ越しのために持って行ってもらったり
賃貸でも
逆に新築の家の方も
買っていかれます
家に書きたくないと
なんか
言ったらあれですけど
家に書き込みたくないけど
昔のあの感じは
なんかやっていきたいっていう方は
うん、わかる
しかもね
薬の木と火の木とあって
この感じ、硬さの違いみたいなのが
楽しめたりするんですよ
で、いろんなものの中で
人気なのは木のお椀があるんですが
その木目、あと色味
さらに重さが違って
この辺が楽しみどころだと
佐原さんおっしゃいます
くるみとならだも違うし
同じ栗の中でも違うし
こっち栗
軽っ!違うんです
だからこう
桜とかも
それぞれ違うので
桜って結構手にシュルってする
美人肌みたいな感じ
ことなら重いですよね
シックニクルを
選んでいただくというか
男性とかはやっぱ
重めを選ばれますね
手触りもね
それぞれ違いますでしょうしね
面白かったです
そして大人は食器で楽しめますし
子供は寄せ木の摘み木
1個ずつ違う種類の木で
作られた摘み木があるんですよ
カバ、クリ、イチ
ブナ、ナラ、サクラ
トチとかいう形でですね
この辺の楽しみ方は
こんな風に説明してくれましたよ
軽さと塗装をしてないので
柔らかさが加わって
柔らかく
グッてやると
爪でグッてやると
ひの木とかは潰れちゃうと思います
でもやっぱ子供はですね
それが楽しいというか
感触を楽しんでもらう感じですね
しかもこの木の違い
耳でも確かめられるんで
ちょっとチャレンジしましょうか
音階ごとに違う木の木菌
森の合唱っていうのがあるんです
ひの木、ナラ
千段
サクラ
ほう、トチ
ひき肌
カバ
ひの木柔らかいやっぱり
面白い
現場で行くともっと周りのひの木が
よく分かるんですけど
これでちょっと分かりにくかったなという方のために
同じ幅、長さの木に
上から木のボールを落として
コンコンコンと音を出すものがあるんですが
27:02
これだと同じ状況なので
違いが分かります
サクラ、千、ブナ
ポプラ、ケヤキ、カエデ
こんなことがします
同じ長さなのに
音階が変わっちゃうんですよ
本当に
いつまででも遊んでいたい素敵な空間なので
サクラさんの
おすすめは
御朱印帳の外側の部分が
木でできているものだとか
テープカッター、こういったものもあるので
ぜひカシーさんとのバウム
素敵な木の雑貨、おもちゃ見つけてください
中島リエさんでした
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