大沼竜也(おおぬま・たつや)
鍼灸師。1991年宮城県生。
身体の教養──自分の身体の状態を感じ取り、自分で調整できるようになること。読み書きと同じように、誰もが身につけるべきリテラシーだと考えています。
漠然とした不安、疲れ、行き詰まり。その原因を思考で探しても、また同じ不調が戻ってくる。身体の状態が変わっていないからかもしれません。
身体は常に何かを感じています。あなたが気づいていなくても。この「感じ」が、気分も判断も行動も──暮らし全体を方向づけています。
身体の構造を知り、自分の身体に通し、感覚が立ち上がる。コーヒーを飲む、本を開く、誰かと話す。行為は同じでも、身体の状態が変われば暮らしの質が変わります。
自分の手で触れ、ゆすり、さする。感じて、解いていく。僕はこれを身体動態瞑想と呼んでいます。瞑想は身体的な行為であり、感じ解いていくことです。
変われないのは、あなたのせいではありません。身体が固まったまま思考だけで何とかしようとしている構造のせいかもしれない。この番組では、身体の教養という視点から暮らしを見つめ直します。
▼ 話している人について
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番組の魅力・推薦
禁欲ってどうなの?|身体論から見る「快楽」の捉え方
「幸福とは〇〇だ」のラヂオを聴いてくださったある方から、こんなご質問をいただきました。「禁欲についてもう少し詳しく聞きたい。性欲が強くて悩んでいる場合、その欲求に従うことでその時は快に向かうのですが、事後毎回不快な気持ちになります。寂しいというか虚しいというか。これを解消するにはどのように体と向き合えばいいのでしょうか。どれが自分の声かわからなくて」すごく大切な問いだと感じました。今回はそのご質問を出発点に、欲と身体について少し丁寧に話しました。「欲しい」と「心地よい」── どちらも広く言えば「快楽」と呼ばれるシステムの一部ですが、その内側にまったく違う2つの働きがあります。神経科学の研究でも、両者はそれぞれ別の脳の回路で動いていることがわかってきています。「欲しい」のほうはドーパミンが関係する駆動の回路(wanting)、「心地よい」のほうはオピオイドなどが関わる質感の回路(liking)。事後に虚しさが残るのは、片方の回路だけが強く燃えて、もう片方が一緒に動いていない状態なのかもしれない。そして「自分の声がわからない」というのは、感受性が低いからではなくて、大きい声と小さい声を聞き分ける練習がまだ追いついていないだけ、ということなのかもしれません。禁欲は、たぶん答えではない。欲を抑え込むのではなく、「心地よい」のほうの回路を、すこしずつ太くしていく。そうすると、「欲しい」だけが暴走することが、自然と減っていく。そして、「欲しい」を強く引き出してくる装置に満ちた現代社会のなかで、それは個人の弱さではなくて環境の側の問題でもある──そんな話をしました。▼ 今回のお話・「欲しい」と「心地よい」は、似ているようでまったく別のもの・どちらも「快楽」と呼ばれるシステムの一部、というのが共通点・なぜ事後に虚しくなるのか・「自分の声」とは、どこから聞こえるのか・力を抜きながら、溶けていくように、心地よい感覚を頼りに動くこと・禁欲は、たぶん答えではない・「欲しい」を強く引き出してくる現代社会のなかで▼参照した文献Berridge, K. C. (2007). The debate over dopamine's role in reward: the case for incentive salience. Psychopharmacology, 191(3), 391-431.Berridge, K. C., & Kringelbach, M. L. (2015). Pleasure systems in the brain. Neuron, 86(3), 646-664.Schultz, W., Dayan, P., & Montague, P. R. (1997). A neural substrate of prediction and reward. Science, 275(5306), 1593-1599.Anna Lembke (2021) Dopamine Nation: Finding Balance in the Age of Indulgence. Dutton.Koob, G. F., & Le Moal, M. (2008). Addiction and the brain antireward system. Annual Review of Psychology, 59, 29-53.身体の教養ラヂオ/のんべんだらりと暮らすだけお手紙・ハガキ募集中です。〒981-0811宮城県仙台市青葉区一番町一丁目12-39-503大沼鍼灸 宛話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
幸福とは〇〇だ|身体論から見る幸福論
「幸せになりたい」と人は言う。けれどその幸せがどこから来るのかを明確に答えられる人は、ほとんどいないのではないでしょうか。19世紀ドイツの哲学者ショーペンハウアーは「幸福は積極的なものではない、苦の不在にすぎない」と書きました。人生は欲望と退屈のあいだを揺れる振り子である、と。今回はこの振り子モデルに、身体論の側から読みを重ねていきます。古代ギリシアのアリストテレス(エウダイモニア)から、エピクロス、ベンサム、ヒルティ・アラン・ラッセルの三大幸福論を辿り、最終的にはスピノザのコナトゥス、カール・ロジャースの実現傾向、ユージン・ジェンドリンのフェルトセンスへとつながる「身体内在の動き」の系譜のなかにショーペンハウアーを置き直してみたい、という回です。施術室で17年、人の身体に触れてきて見えてきたのは、苦と快が別々のものではなく、同じ一つのナビゲーション装置の両面であるということ。苦は、身体合理性から外れているサイン。快は、合理性に向かっているサイン。意志を否定するのではなく、サインに従って動いた結果として、「求めない」状態は立ち上がってくる。幸福は追いかけて獲得するものではなく、身体が発しているサインに従って動いた結果、覆いを取り除かれて立ち上がってくるもの。その覆いの正体には、認知の物語だけではなく、身体合理性から外れた状態を別の快で覆ってしまう「マスキングの快」、そして社会の構造そのものも含まれます。神経科学のライキング(オピオイド系)とウォンティング(ドーパミン系)の区別を手がかりに、現代社会がなぜ身体のサインを聞こえなくしてしまうのかも、一緒に考えていきます。▼ 今回のお話・三大幸福論(ヒルティ・アラン・ラッセル)と、そこから外れたショーペンハウアーの異質さ・「快は消極的、苦は積極的」というショーペンハウアーの命題に、臨床から重ねる読み・振り子モデルが射程に入れられない「フローの瞬間」のこと・幸福のベースラインが高い人と低い人がいるのはなぜか・ショーペンハウアーの「意志」は思考レベルではない──スピノザのコナトゥスへの帰り道・「意志を否定する」ではなく「サインに従う」という処方・触れている手が受け取っている「共苦(Mitleid)」という出来事・成果主義と感情資本主義のなかで、身体のサインが埋もれていくこと・ライキング(オピオイド系)とウォンティング(ドーパミン系)の神経科学話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma#身体の教養 #ソマティクス #幸福論 #ショーペンハウアー #身体合理性 #身体知の書庫
しなやかで強い心は身体からつくることができる|精神性と身体
身体を鍛え、心を育む。他国と比較しても、日本には独特な精神が根付いています。それが、心と身体は表裏一体の同じものであり、「身体を鍛えることで精神性を育む」という思想です。「健康が大事」とかの類ではない、身体という希望の世界を新体論の観点からご紹介します。※この動画は以前に作成したもので、すでに公開済みのものを再利用しています。既知の方はすみません。初めて見るという方は、こうしたテイストも面白いじゃん、と思っていただけたらういれしいです。
「私らしさ」とは「匂い」である
「私はこういう人間だから」そう思うこと、ありますよね。人見知りだから、緊張しやすいから、気が弱いから──いろんな言い方がありますけど、そういう自己認識って、どこから来ているんでしょうか。生まれつきの性格。よく言われます。でも、施術室で毎日、人の身体に触れていると、ちょっと違う景色が見えてくるんです。性格と呼んでいるものの正体は、長い時間のなかで身体に染みついた「匂い」のようなものかもしれません。お香が服に染みつくように、繰り返した行為が、身体に痕跡として残っていく。肩の構え、呼吸の深さ、触れられたときの反応──そういう具体的なかたちとして。シリーズ「癖──あなたの性格は、身体が覚えている」第2回。今回は、2500年前のインドに飛びます。ブッダや、そのあとに現れた人たちは、この「癖が染みついていく仕組み」を、驚くほど精密に見ていました。身体の癖、言葉の癖、思考の癖──それがどう作られ、どう重なり合っていくのか。施術室で毎日出会っていることと、2500年前の人たちが見ていたことが、入り口は違うのに、ほとんど重なっている。そのことに気づいたときの驚きを、そのまま話してみました。「私はこういう人間」という感覚は、身体の匂いなんじゃないか。焚きしめられたものなら、少しずつ、別の香りに変わっていくこともできる。話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
あなたの「人見知り」は肩が覚えている|「性格」という「癖」シリーズ
人と話すのが苦手で、会議で発言を求められると肩が耳まで上がってしまう。頭では「大丈夫」と分かっているのに、胸が閉じる、息が止まる。17年間、身体に触れてきて気づいたことがあります。「人見知り」の正体は、心の弱さではなく、身体の防御反応が固定化したもの──つまり「癖」ではないか、と。今回は『セルフリセット』第3章をベースに、身体図式、防御反応、そして「性格」と呼ばれているものの解像度を上げていきます。2500年前のインドから13世紀のヨーロッパ、20世紀のフランスまで。人類がこの「癖」をどう見てきたか、全5回で追いかけます。▼ 話していること・人づきあいの悩みの身体的な正体・身体図式──身体が「覚えてしまう」メカニズム・「性格」の解像度を上げると「癖」が見える・癖の三つの性質・「分かる」と「感じる」の違い・コミュニケーションの心地よい記憶を身体に刻む▼ 参考書籍大沼竜也『ストレス専門のはり師が教える 心と体のコリをほぐすセルフリセット』(大和出版, 2024)話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
「ゆるむ言葉」言葉ならぬ言葉が、私たちをやらかくしてくれる。
「力を抜いてください」と言われても、なかなか抜けない。でも「だらーっとしてみてください」と言うと、肩がほどけて息が落ち着いてくる人がいます。この差は一体何なのか。今日はオノマトペの話です。だらー、ふわー、じんわり。子どもの頃に使っていた、言葉にならない言葉たち。イメージというのは、空想でも妄想でもありません。レモンという言葉で口に唾液が湧くのは、かつて体で経験した酸っぱさが呼び戻されているからです。だらーという音も同じで、お風呂にどぶんと沈んだ瞬間、布団に倒れ込んだ背中、猫が伸びているあの空気。そうした体の記憶に紐づいているから、言葉を聞いた瞬間に、実際に体が緩むんですね。逆に言うと、日常的に力んで頑張っている人は、だらーの感覚そのものが細くなっています。思い出す元が痩せ細っているから、言われてもピンとこない。リラックスしようとしてうまくいかないのは、頑張りが足りないからでも、知識が足りないからでもありません。想像力を支えている体の方が、その感覚を忘れてしまっているからです。経済の中で顔の見えない相手とコミュニケーションするうちに、僕らはオノマトペを手放して、論理的な言語化を身につけてきました。便利ではあるけれど、その代償として体は静かになっていく。AIの台頭で、この流れはさらに加速しているかもしれません。今日は提案です。だらーでもふわーでも、子どもの頃に使っていたような音を、頭の中でもいいのでポロッと口にしてみる。記号の意味合いが強い言葉から少し離れて、体験的な言葉に立ち返ってみる。案外、そこから何か戻ってくるものがあるかもしれません。🎙 身体の教養ラヂオ|ポッドキャスト配信中🏠 somatic studio|大沼竜也と身体の教養を深める実践と対話の場お手紙・ハガキ募集中です。〒981-0811宮城県仙台市青葉区一番町一丁目12-39-503大沼鍼灸 宛話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
「何をしても治らない」意識の方向を変えるだけで、変わりはじめます。
ストレッチ、筋トレ、サウナ、ヨガ──いろいろやっているのに身体が楽にならない。そんなお悩みに答えます。足りないのはメソッドではなく、自分の身体を感じ取る力のほうかもしれません。同じ動きを繰り返すと脳が感覚を間引いてしまう仕組み、「身体に気をつけているつもり」と「実際に感じ取れている」の乖離、そして感じようとすること自体が運動を変えるという話。同じストレッチでいいんです。やりながら意識の矛先を変えるだけ。今の身体を感じて、心地よさを探してみてください。そして、それをもっと心地良くなるようにしてみてください。——大沼竜也についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma「身体の教養」を日常に──Somatic Studio身体動態瞑想、水夜身体論、定期配信。月額¥3,300で身体の教養を暮らしに取り入れるオンラインスタジオです。https://www.somaticstudiojapan.com/somatic-studio
暮らしが身体を壊す。暮らしが身体を直す。
折坂悠太さんの「寂しさ」を聴いて、その余韻のまま一日を過ごした。コーヒーを飲んでも、仕事をしても、なんかいつもと違う。あれ、今俺「丁寧な暮らし」してる?──そんな体験から始まる話です。丁寧な暮らしって、お気に入りのアイテムで周りを囲むこと、時間を贅沢に使うことだと思わされがちだけど、体がゴワゴワで苦しい状態で「今日はゆっくりしていいよ」って言われても、あんまりいい時間にならない。逆に体がほぐれていれば、同じコーヒーでもパソコン作業でも全然違う手触りになる。身体知性の話、感受性の話、感情資本主義の話。いろいろ広がりましたが、結局たどり着くのは「体が先に応答している」ということ。のんべんだらりと。話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
自分探しの答えは、〇〇にある。
MBTI、HSP、エニアグラム。自分を知るためのツールは、たくさんあります。でも、ラベルが増えても「自分がわかった」という実感が来ない、という方が少なくないんですよね。なぜなのか。千葉雅也『センスの哲学』にヒントがありました。千葉はセンスを「直観的にわかること」と定義しています。分析して導くのではなく、パッとわかる力のことです。この「パッとわかる」が機能するには、前提があります。身体が感じ取れる状態にあること。呼吸が浅く、肋骨が動かず、身体が「感じること」を後回しにしていると、直観の回路そのものが鈍ります。だからラベルで補おうとするわけです。施術を重ねて身体が開いてくると、面白いことが起きます。「今日はなんか魚が食べたい」「いつもと違う道を歩いてみた」。小さな「選ぶ」が戻ってくる。自分を見つけたわけではなくて、身体が選べるようになっただけなんです。「自分がわからない」のは、頭のせいではないかもしれません。話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
【メンタル回復法】鍼灸師が教える入浴法
鍼灸師で身体論研究者の大沼竜也が、温泉に入るときにいつも意識していることをお話しします。「溶けるように力を抜いて入る」──ソマティクスの視点から、ただの入浴ハックでは終わらない、身体感覚を軸にした温泉の入り方。・入水時に力まない練習・坐骨で座り、呼吸で内臓を動かす体操・露天風呂で「頭寒足熱」を実現する(東洋医学の視点)・水風呂=現代の滝行。交互浴の極意・温泉で培う"構え"は、日常の苦手な場面にも効く気持ちよさを指標に、身体の声を聞いてあげる。今日ものんべんだらりとお過ごしください。#身体の教養ラジオ #のんべんだらりと暮らすだけ #温泉 #入浴法 #ソマティクス #東洋医学 #メンタル回復 #水風呂 #交互浴 #頭寒足熱
話が通じない人はなぜ勉強熱心なのか|人を学ぶほどに陥りやすい落とし穴
「施術のとき何をしてるんですか?」とたまに聞かれる。正直に言えば、わからない。触れている、感じている、応答している、促している。四つが同時に起きていて、順番が説明できない。養老孟司の「手入れ」という言葉がしっくりくる。でも植物と人間はちょっと違う。庭師は一方的に応答するけど、人間に触れるときは、相手が自分で自分の手入れをできるようになることを促している。庭師が庭師を育てている。「この筋肉は硬い。だからこうしよう」と思って触る手と、「この身体は今なにかを感じている、それが何かは私にはわからない」と思って触る手は、違う手になる。わかった気になることが、感じることを妨げる。不完全さを知っていることと、知らないことのあいだには、大きな違いがあるのではないかと感じている。話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
約束した時は楽しみなのに直前になると急にめんどくさくなってしまうあの現象を分析してみた
約束を守れない鍼灸師が、養老孟司の「万物流転、情報不変」と國分功一郎の「中動態」から、身体が変わるということの意味を考える。養老孟司は『バカの壁』で、現代人が自分は変わらないと思い込み、約束のほうを軽くしていると批判した。しかし臨床17年、毎日身体に触れていると少し違うことが見えてくる。自分が変わるものだと身体で知っている人間にとって、約束が変わるのは当然ではないのか。沖縄の「うちなータイム」は、お互いが変わるものだという前提を共有しているから成り立つ。鴨長明は社会的な約束を手放した場所で「ゆく河の流れ」を見た。哲学者・國分功一郎は『中動態の世界』で、「する/される」の二択の手前にある身体の過程を掘り起こした。約束を守る/守らないは意志の問題として語られる。しかし身体は意志の外で動いている。心臓は意志で鼓動しない。眠りは意志すれば遠ざかる。身体は中動態で動いている。身体の教養──それは、変わり続ける身体の中で何が起きているかに気づくことかもしれない。話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
言葉が身体を離れる時
「ChatGPTに聞いたんですけど、私はHSPだって言われました」そう話してくれたクライアントがいた。自分を表す言葉が見つかって、つかみどころが出てきた気がした。私だけじゃない。他にも同じ人がいる。安堵し、対策も講じていた。でも肩は硬いまま、呼吸は浅いまま。ラコフとジョンソンは「意味は身体から生まれる」と言った。ハーナッドは「記号は身体に接地しなければ意味を持たない」と言った。LLMは身体なき記号を精巧に生成する。「理由」はいくらでも供給される。でもそのどれだけの「理由」を得ても、身体の不快は消えない。「腑に落ちる」──内臓に降りてくる。「把握する」──手でつかむ。言語そのものが、「わかる」とは身体を経由する経験であることを記憶している。私たちの記号は、身体に接地しているか。自分が使っている言葉は、身体を通過しているか。話している人についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
あなたの「心臓の感覚」が、「感受性」を決めている?
スポーツを見て感動する、こころが動くのはなぜか、説明できますか?冬季ミラノ・コルティナオリンピックが終わり、WBCが始まり、改めてスポーツっていいなあ、と身に染みて感じたことをきっかけに、「この感動を私たちはどこで感じているんだろう?」という問いから、身体論の観点から解説をしていきます。難しい技を成功させたから?期待を背負いながら乗り越えたから?メダルをたくさんとったから?どれも間違いではなさそうですが、それだけでは説明できない私たちの身体に残ったあの感覚があると思います。ぜひみなさんの経験をもとに、あの感動を追体験できるようなエピソードになったら嬉しいです。
イライラする!「怒り」に飲み込まれないための身体論
ムキー!!!とイライラが止まらず、気持ちを抑えているだけで精一杯。子供にまた怒ってしまった。「怒り」という感情を現代の医療や哲学はどう捉えてきたのか。その問題点と、身体論からの解決策を提示します。大沼竜也|tatsuya onuma|somatic studio
AIは最高の友達?|AI化する私たち
AIに心の相談をする人が増えました。私自身、クライアントから聞くこともあり、どれ使ってみようとGPT,Gemini,Claudeで相談をしてみました。(これはのちにアップするね)。それぞれの特徴的な応答のパターンがあるようにも感じますし、相手が人間ではないからこその独特な弊害を感じます。耳障りの良いことしか言わない、ということです。構造上、LLM(大規模言語モデル)はサービスです。利用者に喜んでもらう必要がある。利用する私たちが、本当に自己理解をしたいのか、つまり耳にいたいこともはっきり言ってもらえた方がいいと思っているのか、なんとなく自尊心を保てることを言ってもらえることが嬉しいのか、で彼らの応答は変わっていくということです。AIが私たちの人間性を育んでくれる、素晴らしいツールになるのか、夢の中に閉じ込めて吸い上げられるツールになっていくのか。利用者である私たちが、人間性、身体性ってこれだよね。という軸を持てなければ、LLMという自然に飲み込まれてしまうのではないでしょうか。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー話している人(大沼竜也|somatic studio)についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
自己肯定感は考えても得られない?
自己肯定感を高めたい──この言葉が日常語になった。本を読んだ、アファメーションもやった。でも「やっぱり自分はダメだ」が戻ってくる。百三十年前、ウィリアム・ジェームズは言った。「泣くから悲しいのだ」と。感情は身体の中で生まれる。自己肯定感の末尾にある「感」は、感じること。その「感じ」は、身体の状態から立ち上がっている。身体が「大丈夫」の状態にあるとき、脳はそれを「大丈夫だ」と読み取る。では「大丈夫の状態」とは何か。そして、身体から入る具体的な実践とは。身体動態瞑想と身体の教養の話をします。話している人(大沼竜也|somatic studio)についてhttps://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
声と身体性-あなたの「しゃべり」は心をほぐす-|前編
AIが完璧な声を出しても、あなたの体は絶対にととのわない「声がいい」って何が起きてるのか。倍音とか周波数とか、そういう話じゃなかった。声帯を動かす神経と心臓を動かす神経は、同じ迷走神経の枝です。つまり、体がゆるんでいる人の声には、そのゆるみが物理的に刻印されている。で、聴いた側の神経系は、言葉の意味を理解する前にそれに反応している。今回は、この現象を以下の研究・理論から横断的に解説しました。◆ スティーヴン・ポージェス(イリノイ大学)── ポリヴェーガル理論(2011)、ニューロセプション概念(2004)◆ スティーヴン・ウィルソン(UCLA)──「発話を聴くだけで発話運動野が活性化する」(Nature Neuroscience, 2004)◆ ルチアーノ・ファディーガ──「声を聴くだけで舌の筋電位が上がる」(European Journal of Neuroscience, 2002)◆ J.J.ギブソン ── アフォーダンス理論(『生態学的視覚論』1979)◆ メルロ=ポンティ ──間身体性(『知覚の現象学』1945/『見えるものと見えないもの』1964)◆ 市川浩 ──〈身〉の構造(講談社学術文庫, 1992)ゆるんだ声は、聴く人に「ゆるむこと」をアフォードする。椅子が「座ること」を誘うのと同じ構造で。じゃあAIが同じ倍音を完璧に再現したら?生きた体の呼吸のゆらぎ、心拍変動に連動した微細な周波数の揺れ。これはテクニックでは作れません。ポッドキャストは情報を届けるメディアじゃなくて、身体が身体に触れるメディアだった、という話です。ーーーーーーーーーーー鍼灸師・大沼竜也臨床17年。Instagram 45,000人に「身体の教養」を届けています。https://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma
考えすぎて思考がまとまらないー「実感に根ざさない記号」と「身体の知」」
考えすぎて眠れない夜がある。ノートに書き出しても、AIに相談しても、答えが出ない。でも、その「考えている」は、本当に考えているのだろうか。哲学者・中村雄二郎は『臨床の知とは何か』の中で、近代科学が前提にしてきた「知」が切り落としてきたものを指摘した。個々の固有の状況、多義性、そして何より──知る者が身体を持ってその場に立ち会っているという事実。鍼灸師として施術室に立つ中で、思考が止まらない方の身体に触れると、ほぼ共通した特徴がある。頸椎から肩にかけての強い緊張、板のような胸郭、浅く速い呼吸。身体が閉ざされたまま、記号だけが回り続けている。このエピソードでは、中村の「臨床の知」を手がかりに、「考えているようで考えていない」という逆説をほどいてみます。ChatGPTの時代に思考の檻がどう補強されているか、そして身体が開き始めたとき何が起きるかについても話しています。ブログ「身体知の書庫」と合わせてどうぞ🤲
「やりたいことが見つからない」は、心の問題じゃなかった ──ギブソンのアフォーダンスと、身体が灯す可能性の話
「やりたいことが見つからない」は、心の問題じゃなかった ──ギブソンのアフォーダンスと、身体が灯す可能性の話施術のあとに「帰り道、いつもの駅前なのに景色が違って見えました」と言われることがあります。街は何も変わっていないのに。変わったのは、その人の身体でした。知覚心理学者ギブソンは、環境には「行為の可能性」が満ちていると言いました。彼はそれをアフォーダンスと名づけた。でも同じ環境でも、身体の状態によって見える可能性はまるで違う。「やりたいことが見つからない」は、意志が弱いからでも、自己分析が足りないからでもないかもしれません。身体が、世界からの誘いかけに気づける状態にないだけかもしれない。今回は、ギブソンのアフォーダンスという概念を手がかりに、「同じ環境なのに世界が変わって見える」のメカニズムを身体の側からほどいていきます。▼ 話していること・ギブソンが知覚心理学の常識をどう壊したか・アフォーダンスとは何か──椅子と象と幼稚園児の話・炎の比喩──環境という燃料と、身体という酸素・「やりたいことがわからない」の身体的な正体・なぜ身体が開くと「良い方向」に火がつくのか・人間関係もアフォーダンスである▼ 参考J.J.ギブソン『生態学的視覚論』ブログ「身体知の書庫」第9回
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