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信頼は、結果と関係がない|裏切られても、傷つけられてもそれで良いと思える?
2026-05-27 16:43

信頼は、結果と関係がない|裏切られても、傷つけられてもそれで良いと思える?

人を信頼するって、本当はどういうことなんだろう。

信頼は、たぶん、結果と関係がない。信頼するから、関わり続ける。

質問回答エピソード後編です。前編からの続きですが、後編単独でも聴けます。


「やっぱりクズだった」と判定して離れる動きは、もう信頼の話ではないのかもしれない。それは、結果の答え合わせ。

信頼そのものは、結果に関わりなく、その手前で動いている。


そんな整理を、現象学のエポケー(判定の保留)、イエス・キリストの「右の頬を打たれたら左の頬を」が示す身体合理性の極限、関わりがカジュアル化した時代論などを補助線にしながら話しました。


最後には、「解いていけば、解けていく」── これが大沼竜也なりの幸せの形です。


参考にした古今東西の信頼論(ブログ版で明示):

- ニクラス・ルーマン『信頼』(Trust vs Confidence)

- アネット・バイヤー "Trust and Antitrust" (Trust vs Reliance)

- 山岸俊男『信頼の構造』(信頼 vs 安心)

- キェルケゴール『おそれとおののき』(信仰の飛躍)

- キリスト教 / 仏教


ブログ記事「信頼するから、関わり続ける」と合わせてどうぞ。


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感想

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00:01
じゃあ、僕らは何を頼りに人と関わればいいんだろうって思いますよね。
多分、こういう向き合い方が一つあると思っています。
身体に反応が起きるよね。
それが怖ばったりしたり、緩んだりとか、ざわついたりとか、いろんな反応が起きると思う。
ただそれを起きていることとしてまず受け取ります。
あ、今、怖ばったな。という事実。
あ、今、緩んだな。という事実。
この人と話していると楽しいな。
なんかこの人、怪しいかも。怖ばり。
そこで一旦止めましょう。
だから相手はこうなんじゃないか。
だからこの相手はいいんじゃないか悪いんじゃないかっていう解釈っていうのは一旦ストップします。
これを減少学とか対人支援の現場でエポケーって言ったりするんですね。
自分の判断っていうのは一回止める、保留するっていう意味でエポケーって言ったりします。
一回止めるの自分をね。
実際止められないんだけどさ、そういう風に意識を向けるっていうことです。
相手が悪い人だから離れるぞっていう判定ではなくて、自分が一緒にいると怖ばるから。
今一緒にいられないのかもなぁとか。
なんかこの人といると嫌な感じがするなぁ。
なんか離れたいかもなぁ。
そんな風に相手の人格とか人っていうものを判断する前に自分の体の事実だけ受け取ります。
さらに言えば体っていうのは実際に感じられますよね。
皆さんの自分自身の体っていうのは感じられる。
さらに触れられるし動かせる。
つまり嫌な感じとして緊張が立ち上がったとしても、これを解いていくことはできるんですよ。
最初にもお話ししていたように僕らの癖とか当たり前っていうのは体の反応から立ち上がったものです。
男の人を目の前にした時に、昔嫌な経験をしたとかね、体が怖ばった。
男の人が出てきたら体が怖ばるっていうようなある種の自分の癖があれば、
自分を守る方に、悲観的な方に思考っていうのが回るようにできてます。
非常に合理的ですよね。
だけどそれが暴走してしまう時があるんですよ。
だってその男の人は今までの男の人とは違うかもしれないもんね、本当は。
03:03
もう分からないよそれは。分からないけどもそうかもしれない。
可能性を広げるっていう意味では、その癖っていうものを解いていくような必要があるってことだ。
そうやって実際に自分の体を解いていく方向に行ければ、
そうすればこの癖っていうものが解けていって、フラットに目の前の人と交流ができるようになる。
可能性を広く最大化することができるようになる。
もちろん過去の経験から学んだラベルっていうのは役に立つんだけれども、
ここを一緒くたにしてしまうことでのリスクっていうのは非常に大きいんじゃないかなと思うんです。
だからといって、夜道を歩いているいかにも怪しい人に対して、
この人もいい人かもしれないってだけでいくのは危ないことですよ。もちろんね。
いい人なのだって決めつけない。いい人かもしれないし悪い人かもしれない。
どっちの可能性もあるなっていう。どっちの可能性も引き受けるには体が緩んでなきゃできないよねっていうことなんですよ。
そのくらいの余裕がなければ。つまり癖から解き放たれている状態じゃないと、解けている状態じゃないと、
そういう精神的な構えってものは難しいんだよっていうことです。
これを基準にして関わりがどうなるかっていうものを委ねてみてほしいんです。人間関係というもの。
もちろん理性でこれダメだろうっていうものは逃げてもいいし、さっきのおじさんいたら僕だったら避けますよやっぱり。
出ましてや妻子供いたら余計に避けさせますよね。
詐欺にあったら大変だし、襲われたら大変だし。でもおそらくね、
キリスト、イエスキリストなら有名な言葉で右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさいっていう風に言ったりするんですよね。
有名な言葉だからもしかしたら知ってる人もいるかもしれない。
右の頬を打たれたら左の頬を差し出せばいいってさらに殴られなさいって言ってるんですよ。
多分詐欺にあったとしてもそれ許しちゃいますよね、この人ね。
これってのはまさに体が極限まで緩んだ、身体合理性が極限まで高まった先に起きる考え方だったりとか行動なんだと思います。
どうなるかはわからないけど、私はこの構えのままですよと。緩んだままですよ。
身体合理性が高い状態のままここにあり続けますよっていうことなんですよね。
僕にはまだまだとてもじゃないけどできそうにはないんですけど、
06:03
もしこういうあり方っていうものができたとき、
周りはね、「ああ、バカじゃないの?」とかって言うかもしれないけどもおそらくキリストがこういう構えをとっている時っていうのはすごく良い感じ、良い感覚っていうものを感じながら生きているんだと思います。
こうやって裏切られたとしてもね、自分の体がずっと緩んだ状態でいれば、
ああ、なんか騙されちゃった、ははははーで済ませられそうな気がしますよね。
それに対してなんでこんな騙されちゃったんだ、なんでこんなことになっちゃったんだ、もう最悪だ、あの野郎とかって言ってたらずっと身体怖ばってそうですもんね。
それこそが実は不幸とかの、なんだろう、元になっているのかもしれません。
とまあここまでいろいろ話してきたんですけど、まあこれって、ああなるほど、だからじゃあこうしてみようっていうふうにすぐ変わる話ではないんですよ。
おそらくこうだろうなっていうような、ラベリングするような予想を立てる動きっていうのは、
長く生きてきた中で何度も繰り返してきたパターンだからです。急には止まらないです。
なおかつ無意識にこれって染み付いているものだからこそ、勝手にその反応が立ち上がってくるんですよ。
それをね、また理性で止めようとすると、あ、今判定しようとしている。
だから判定しないようにしないと、なぜならこうだからってこう理性がまたね、頑張って頑張って働いてしまって。
でもその理性も癖の中でもがいて頑張っているもんだから、言い訳しんどくなっていっちゃう。
こういう悩みっていうのを抱えている方が結構僕の臨床の中では一番多いかもしれませんね。
自分を責めてしまうっていうすごい優しい方がね、やっぱり多い。
ここで多分できるっていうのは、そうやって気づくこと。分けていくこと。
今私はこの人クズって思ったな。判定したな。
今私はこの人のこといい人だっていうふうに思ったな。判定したな。
そんなふうに自分の何だろう、意味付けっていうものが起きていることにふと気づくことです、まずは。
気づいただけでその判定が消えるわけじゃないんですよ。
それを消そうとする前にその基盤である土台である体の方に目を向けてあげる。
なんでこういうふうにこの人は悪い人かもって思ったんだろう。
あ、体がここに困っているからかもしれないな。
09:02
一回解いて冷静になろう。解きながらその人と関わっていけば、
よりフラットにその人のことが見えるようになってきます。
たびたびその関わりが広がっていく中で、
やっぱりこの人とは痛くないなとなれば離れればいいし、
それ自体は全然悪いことじゃないと思います。
ちょっとずつちょっとずつ自分の体というのに向き合っていきながら、解いていきながら。
なおかつどんだけ体が緩んできたとしても、
やっぱりいろんな人と関わらないとわからない部分もありますよね。
人間と一回も会話したことないみたいな人が、
最初から必勝パターンみたいなのを得られるわけないし、
なんならそれをパターン化したりとかすることすらも、
これまで話してきたように多分土台難しい話なんだと思います。
質問の中に最近こういうことが続いているというような話もありました。
これってこの質問者の方だけの問題とか話だけじゃないと思っているんですよ、僕は。
どうしても時代的にこの関わり、人とのつながり関わりというものが、
どうしても軽くなるとか言うとちょっと言葉が違う気がするんですけど、
気迫感とかともなんか違うな、おっさんっぽくなるな。
カジュアル?カジュアルって言ったらいいかな。
カジュアルな感じになっていってると思うんですよ。
要は離れようと思ったらすぐ離れられるし、
いいなと思ったらすぐ出会えるし、みたいなところが結構あったりすると思うんです。
それこそそれってデジタルとかインターネットによる恩恵でもあると思うし、
SNSとかマッチングアプリみたいなのはもうまさにそれですよね。
やっぱり違ったなって、この人ちょっと嫌かもって思ったとしても、
おそらく僕もテクノロジーみたいなのも生まれた時から物心ついた時にあったから、
ポジション遠くみたいになっちゃうかもしれないけど、
もっと前の世代とか言うとさ、何ならお見合いとかで結婚したとしても、
なんか腹立つなーって思いながらも、
一緒にいなきゃいけない環境っていうものがあったわけですよね。
これがある種の不幸っていうふうに捉えることもできるかもしれない。
12:04
可能性を狭めてるっていう見方もできるかもしれないけれども、
その環境があるがゆえに、
その人の魅力っていうものを見つけられる機会っていうものもたくさん増えたはずなんですよ。
だけど今は違うよね。
今、その環境を作るっていうのは土台無理だし、
取りに行く必要もないと思う。
もちろんその中で苦しんだ人もたくさんいるだろうから、昔はね。
だからこそ、そういう時代的な背景っていうのも間違いなくあると思います。
だからこそ、見抜けなかったとかっていう話になってくるなと思うけど、
そもそも見抜くっていうのは原理的に難しいっていうことなんですよね。
ジャッジメント、判定っていうところから少しずつ降りていって、
体の反応っていうのはただ体の反応の事実として、
自分がこういうふうに受け取ってるな、
自分がこう反応してるなっていう事実として受け取る。
そこから自分の意味づけとか判定、ジャッジメントっていうものは別個で立ち上がってきてる。
そこを基盤にして。でも別個です。
そうすることで自分の癖に自分が縛られないような構えっていうものができていくのかと思います。
なおかつ、それは体を解いていくっていう能動的な意識の向け方、努力っていうもので介入していけます。
こうなってるから受け入れなさいじゃないんですよ。
僕は臨床科なので、やっぱりどこかで介入していい方向に向けられた方がいいと思ってるんです。
これは多分これまでの哲学者とか研究者みたいなのと立場がちょっと違うのかなと思っていて、
やっぱりちょっとでもいい方向に何かいけないかなって思うんですよね。
そう考えた時に、
もっともやっぱり僕の数少ない、やっぱり臨床のその経験の中だけど、
そこに意識を持っていってあげた方が体が解いていくことでとか、
身体の境でお伝えしていることがまさにそうなんですけど、
そういった介入の仕方で自分の生き方っていうものが豊かになっていくんじゃないかなっていう風に思っているので、
すぐにできるものじゃないけど、こうだからこうだっていう風にできるものじゃないけど、
ちょっとずつ介入していくことで、自分の中でこう腑に落ちる感覚っていうのがね、出てきてくれるんじゃないかなと思います。
で、もちろん僕こんな風に偉そうに喋ってるけど、迷いが一切ないかっていうと全くそんなことじゃないですよ。
15:02
そんなことないですよ。
こうかなーかなーとか思いながら、なおかつ思考の檻に問わされないように、
自分でも体を解くし、感じるように努めるし。
で、自分の中だけではやっぱり自分の癖から出すことってなかなかできないんですよ。
だからこそ、例えば自然に触れたり、映画、音楽、作品に触れたり、
で、もちろん周りの大切な家族とか友人とか、
そういった、それからこう、ポッドキャスト聞いてくださってる方とかね、今回こう質問くださってる方とか、
SOMATIC STUDIOの方とか、いろんな方がいる。
そういう人から、そういう人と交流する中で、いろんな自分の枠を、自分の癖から、
自分の癖を解いてくれるようなきっかけっていうのをたくさんもらっていると思っています。
そんな風にね、ちょっとずつ自分が解けていく、
関わっていけばいくほど解けていく、生きていけばいくほど解けていくっていうのを、
その手触りをね、あの、味わいながら進んでいく人生っていうのが、
なんか一つの幸せの形なのかなーっていう風にも思っています。
という感じで、
今日の質問・回答、
身体の共有ラジオはこれでおしまいとしましょう。
それではまた、ぜひ遊びに来てくださいね。
コメントとか、DMとかもぜひいただけたら嬉しいです。
それではまたお会いしましょう。
大沼達也でした。
16:43

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