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【前編】コリと疲労と鬱な気分。脳疲労が原因だった?
2026-05-19 20:41

【前編】コリと疲労と鬱な気分。脳疲労が原因だった?

寝ても疲れが取れない。週末に休んだはずなのに、月曜の朝にはもう体が重い。激しく動いたわけでもないのに、夕方には頭がぼんやりして、目の奥が痛い。検査をしても異常は出ない。「年のせい」「ストレス」と言われて、それ以上の言葉が続かない──そういう疲れの正体について、僕は「脳疲労」という言葉で捉えています。

今回から3回に分けて、脳疲労とは何か、なぜ起きるのか、どう向き合うかについて、臨床と現代の神経科学の両方の側から話していきます。

前編(今回)でお話ししているのは、こんな内容です。

・脳疲労と身体の固まりは「別々の現象」ではなく、同じ一つの現象の二つの顔である

・「身体合理性」という観点──体の不合理は脳の不合理に直結する

・トップアスリートの脳疲労──体を動かしているように見えて、相手の動きを読み、戦略を立て、瞬時に判断する脳活動が極限まで使われている。試合の後半・連戦で出せるパフォーマンスが落ちていくのは、筋肉や心肺だけでなく脳の側が疲労しているから

・Marcoraの実験(2009年):90分の認知タスクを課しただけで、その後の運動継続時間が15%短くなる。心肺機能も筋肉のエネルギー指標も変わっていないのに、身体は早く力尽きる

・これは僕たちのデスクワークの疲れと構造として地続き


中編・後編では、現代人の脳疲労が構造的に起きている理由(直立二足歩行、デスクワーク、幼稚園からの座位訓練、ペンフィールドのホムンクルスと動かしにくい体幹)と、対処としての「身体動態瞑想」の核心について話していきます。

身体に蓋をして頑張り続けてきた人にこそ、聴いてほしいシリーズです。

【参考文献】(前編で言及)

・Wiehler A, Branzoli F, Adanyeguh I, Mochel F, Pessiglione M. (2022) "A neuro-metabolic account of why daylong cognitive work alters the control of economic decisions." Current Biology 32(16):3564-3575.

・Marcora SM, Staiano W, Manning V. (2009) "Mental fatigue impairs physical performance in humans." Journal of Applied Physiology 106(3):857-864.

お手紙・ハガキ募集中です。
〒981-0811
宮城県仙台市青葉区一番町一丁目12-39-503
大沼鍼灸 宛

話している人について
https://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma

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サマリー

このエピソードでは、寝ても取れない疲れや集中力の低下といった現代人に多い「脳疲労」について解説します。脳疲労は単なる身体の凝りや疲れとは異なり、脳と神経系のレベルで起こる現象です。トップアスリートの例や実験結果を交えながら、脳疲労が身体の不合理に直結し、パフォーマンス低下を引き起こすメカニズムを説明します。さらに、脳疲労と身体の凝りは表裏一体であり、現代の生活様式や幼少期からの座学が脳疲労を構造的に引き起こしている可能性についても触れています。

現代人の疲れの正体:脳疲労
寝ても疲れが取れないとか、週末に休んだはずなのに、月曜の朝にはもう体が重いとかね。
体を激しく動かしたわけでもないのに、夕方になると頭がぼんやりしちゃう。目の奥が痛い。頭が痛い。検査をしても異常は出ない。
年のせいかなーとか、ストレスのせいかなーって言われてしまって、それ以上の言葉が続かないってことはあったりするんですよね。
年のせいとか、ストレスとか、一言で片付けられちゃうこと自体が臨床にいる立場からするとちょっと気になっています。
そのラベルが貼られた瞬間に、その人が自分の体に向ける感度そのものっていうのが一層鈍くなっちゃうような気がするんですよね。
名前がつくとそこで止まっちゃうような気もする。
そういう疲れの正体について、僕はよく脳疲労っていう言葉を使ったりします。
肩が凝ったとか、腰が痛いといった筋骨格レベルの疲れとは別の層に脳と神経系のレベルで起きている疲労がおそらくある。
一般に流通している疲れとか疲労っていうような言葉では拾いきれない種類のものだと思っています。
これは現代人の多くが何らかの形で抱えているものなんじゃないかなと僕は見ています。
誰しもが持っているものなんじゃないかと。
今日の話ではその脳疲労っていうのがどんな現象で、どんな風に起きていて、
じゃあそれをどういう風に向き合って、それとどういう風に向き合っていくのかということについて話をしていこうと思います。
ステップ1。誰もが脳疲労を抱えている。
脳疲労の兆候とメカニズム
やらなくちゃっていう意思はあると。
だけど目の前が暗くなっていくような、体が重くなっていくような、そんな感覚があって全然集中できないということあると思うんですね。
僕もあるよ、これは。
多くの方が一度や二度はこの感覚を経験しているんじゃないかなと思います。
脳疲労ってものが深くなってくるとこんな兆候として現れてきます。
もう目ん玉が、眼球が、なんていうの、顔から飛び出してくるんじゃないかっていうくらいパンパンに感じるとか、
頭痛がある、ずっと鈍い痛みがあったり、刺すような頭痛があったり、激しい頭痛があったり、目の奥の痛みがあったり、
眼精疲労、それから耳がね、聞こえにくくなる、ずっと水の中にいるような感じ、水が耳の中に入ったような感じとか、
それから口の中の違和感、乾いた感じがするとか、ザラザラした感じがするとか、なんかいかにも荒れてる感じがするなーっていう感じとかね。
頭をどっかにこすりつけたくなる、目をこすりつけたくなる、首をなんとかしたい、一回取って、もう洗いたくなっちゃうみたいなもの。
で、これ実は単に筋肉が疲労しているっていうだけではないんですよね。
脳そのものの内側、神経系レベルで起きている疲労でもあるわけなんです。
眼球の奥とか、頭の中とか、口の中とか、どれも普段の生活ではなかなか意識されにくいところですよね。
悪くなったものは感じるけど、あ、今日口の中調子いいなーとか、今日目調子いいなー、すごく気持ちいいぞーみたいなのってなかなか感じにくいと思うんです。
内側の感覚っていうのが悲鳴を上げている状態として脳疲労では現れてくる。
頭をもうぐりぐりーってこすりつけたくなるっていうのは、これ皮膚ではなくて、文字通りの体の感覚として湧いてきているんですよね。
脳のすぐ近くにある組織っていうのが、外側から圧をかけて欲しがっているようなイメージ。
それぐらい内側が、とにかく苦しいというわけだ。
肩が凝るとか、腰が痛いというのは目に見える筋骨格レベルの疲労でもあります。
わかりやすいよね。大きな筋肉もついているし。
脳の内部からにじみ出てくるような疲労というものが、実はそうしたところにも関わってくる。
ステップ2。脳疲労が起きるメカニズム。
じゃあなんで脳はそこまで疲れるのかというと、まずは脳の働き方そのものから見ていってみましょう。
体のどこかに硬さがある。
これを感じ取るのが、求心精神とかって言ったりします。
感覚神経のことだね。
その体の硬さの情報が大脳前頭善也というところまで運ばれます。
このくらい硬いよというのは体が教えてくれるんだよね、脳に。
前頭善也というのはその硬さをどう動かしてほぐすかというのを工夫して判断します。
そして運動家というところが遠心精神経、つまり運動神経のことだ。
これを通じて全身に指令を出していく。
なんかしんどいなーって認識しなくても、いつの間にかこうやって肩を動かしてたりとか、
頭、首を動かしてたりということ、誰しも経験があると思うんです。
実は無意識に体ってこういうのを調整しようとしているんですよね。
実は寝返りというのもそういうメカニズムだったりします。
あと貧乏ゆすりとかもそうかな、ため息とか。
こういったサイクルというものを自分でこう自分を無意識に調整するというものを脳は休まずに続けています。
動かそう、ここを施行、そんな風に判断して指令を出し続けている。
本人が意識しているかどうかとは別に、神経系のレベルでは、無意識のレベルでは処理が走り続けています。
このあたりというのは、現在の脳科学でも裏付けが出てきているんですよね。
2022年のパリ農研究所のグループが学術誌に発表した研究では、
1日6時間以上にわたって高い認知制御を要する作業を続けた、
そういった被験者の外足前頭善やに、
グルタミン酸という物質が蓄積していることが報告されている。
ちょっと難しい言葉が並んだけど、
グルタミン酸というのは神経伝達物質の一つなんですよ。
神経がうまく通るように、という物質ね。
これが溜まりすぎると、その後の意思決定というものが、
楽な方とか簡単な方に流れやすくなるって言われているそうなんです。
そういうことがわかったそうなんですね。
つまり脳が使われ続けている、考え続けているということが、
化学物質のレベルで物理的に蓄積していくんだ、
というふうに観測されているそうなんです。
脳疲労が進むと、いくら緩めようとしても、
体をほどこうとしても、
体は逆に固まっていっちゃうということなんですよね。
うまくほどくことができなくなっちゃう。
緩めることができなくなっちゃう。
緊張というものが緩みを阻害する情報として働き始めちゃう。
脳は体を緩めようと働く。
だけどその働き自体が脳を疲労させると。
そうして脳が疲労すると、
緩めようとしても体は逆に固まるという、
すごい悪循環に陥っていってしまうんですよね。
心から体をほどく。
そういうものはものすごく複雑で繊細な現象でもあるわけなんです。
簡単にリラックスしましょう。
自然にいきましょうと言ってどうにかなるようなものではなかったりもするんですよね。
もちろんきっかけとしてはすごく重要なんだけれども、
どうやらそれだけではクリティカルに問題を解決することにはいたらなそうだということなんです。
ステップ3。脳疲労と体の塊は同じ現象の2つの顔。
脳疲労と身体の凝りは表裏一体
ここでもう1つ大事な視点があります。
脳疲労と体の塊。
この2つというのは別々の現象ではないんですよ実は。
同じ1つの現象を別の側から見ているだけ。
脳が疲れたから体が固まる。
体が固まったから脳が疲れる。
どっちかではなくてこれ両方が同時に起きているんです。
脳と体というのはもともと1つのシステムが連動しているからです。
これというのは実は現代の医療とか健康法の多くが見落としているところかもしれません。
脳の話というのと体の話というのは別々に処理しがちだったりもするんですよね。
科学的であるとか、エビデンスとしてと言えば言うほどそうなってしまう傾向にある気がする。
脳のストレスケアというものと体のメンテナンスというものは別個の領域のように聞こえたりしますよね。
でも脳疲労というものを1つの視点に入れてそこの観点から心と体のケアをしていこうとすれば
必ず体に降りていかなければいけないということなんですよ。
逆に言えば体を本当の意味で緩めようとすれば脳のレベルまで届かなければならないということも言えるわけだ。
両方は同じことを言っているんですよね。同じ現象を扱っている。
これは僕の言葉では身体合理性と言っています。
体のシステム全体がちゃんと共同して動けている状態を身体合理性が高い状態と呼んでいます。
筋肉は筋肉らしく脳は脳らしく。
なぜなら脳のそれぞれの部位でも役割がありますよね。
胃だったとしても腸だったとしても肝臓だったとしてもそれぞれの臓器にはそれぞれの役割があるわけだ。
これがちゃんとそれぞれが自分の機能を最大限活躍できるような状態。
なおかつ共同できる状態。これを身体合理性が高い状態と呼んでいます。
ところがこの身体合理性が低下していくとその分だけ脳の使える状態も劣っていきます。
身体の不合理は脳の不合理に直結します。
頭の中がごちゃごちゃしてネガティブ思考の方に流れていくというのも身体が脳に十分な土台を提供できていないということと関係するんですね。
じゃあどこに着目すればいいのか。
ステップ4 スポーツ選手の脳疲労 アスリートの脳疲労
アスリートに見る脳疲労
抽象論として脳疲労だけは語っていると伝わりにくいかもしれないので具体的にスポーツ選手の例とかで考えてみたいと思います。
言わずもがなスポーツ選手というのは身体を使ってスポーツをしますよね。
もちろん試合の流れだったりとか瞬間的な判断とかね。
というところで頭を使うというのはもちろんあるんだけれども基本的には体を動かしていますよね。
ただその体を動かすというものも身体論の観点から言えば一つの知性なわけです。
こっちにボールが来たからこう打ち返そうとか、こっちに人が走ってきたからこっちにブロック入ろうみたいなのを
うんぬんかんぬん頭で考えながら移動しているわけじゃない。
長年の練習、何度も何度もそういう計算を積んできたからこそ勝手にそうやって体が動くような状態というのを作っていったりもしているわけですよね。
つまりトップレベルのアスリートとかが運動をしている、試合をしているというとき
体が高いパフォーマンスを出しているときというのはつまり脳活動もそれなりのレベルで活動している、発揮しているという状態なわけなんですよね。
相手の動きを読んで戦略を立てて、それを瞬時に判断している。
それを体に指令として送って認識してということをもう瞬時に瞬時にやっているわけだ。
つまりめちゃくちゃ脳に負担がかかるんですよ。
それだけの高いレベルのパフォーマンスということなんですよね。
そうなってくるとやっぱり試合、一試合の中でも脳疲労というものが蓄積していく。
体の疲労、肉体的な筋肉の疲労だけじゃなく頭の方も疲れていってしまうわけなんです。
やっぱり連戦連戦になれば、試合の後半というだけでも出せるパフォーマンスというものはどんどん低下していくのが常だし、
連戦連戦になれば同じようにパフォーマンスというものも低下していきますよね。
これは筋肉をどれだけ回復させたとしても、心肺機能をどれだけ回復したとしても、
やっぱり脳というものは、脳の活動のパフォーマンスというものは低下していくわけなんです。
これを認知科学の側からも裏付けした研究があります、実験があります。
サミュール・マルコーラという方、読み方合っているのかなこれ、ごめんなさい横文字だから、
という研究者が2009年に出した論文です。
被験者に90分の認知タスクを課した。
頭を使うタスクということですよね、計算とかなのかな。
このタスクを課しただけで、その後の運動継続時間というものが15%も短くなるという結果を報告しているんですね。
頭を使っただけで、心肺機能も筋肉のエネルギー指標もほぼ変わっていないのに、
それなのに体は早く力尽きてしまうと、脳の側で疲労していると体はもたないということが実験的にも確認されたりしています。
これは僕たちのデスクワークの疲れとかというものと構造としては地続きなんですよね。
集中しなければならないという仕事を1日続けた後、何かの判断を求められても頭は回らないし、
もちろん家事だったりとか育児とか他の趣味に割くという体力もなかなか回らなかったりもするわけです。
これは気合が足りないわけでも、大胆なわけではないんですよね。
脳の回路そのものが物理的に疲労している状態として理解できるかと思います。
ステップ5 現代人の脳疲労は構造的に起きている。
現代人の脳疲労の構造的要因
じゃあなんで僕らはこの脳疲労を抱えやすいのか。
人間の体の構造そのものから見ていくとわかりやすいかと思います。
僕らは直立二足歩行というものを選んで人間になっているんですよね。
そのためにやっぱり腰とか脊椎というのは構造的に疲労する運命にあるようです。
重力に対して垂直に立ち上がるという選択そのものがやっぱり体に大きな負荷を敷いている。
そこに現代特有の生活様式が重なってくるわけです。
デスクワーク中に僕たちは長時間に渡して静止しています。止まっているよね。
動いていないのに姿勢を保つための筋肉というのは収縮し続けているんですよ。
これがアイソメトリックス運動というふうに言ったりするもので
静止状態の筋収縮です。
じっとしているということは重力に抗っているということでもあるんですよね。
ちょっとした動きはやっぱりあるでしょう。キーボードを打ったりとか
何々さんと呼ばれた時にはいーって呼んだりとか答えたりとかさ。
そういうちょっとした微細な動きというところにもやっぱり筋肉というのは使われているわけだ。
なおかつその幅が小さいものだから筋肉のポンプ作用というものがあるんですけど
これが失われやすいという性質があります。
本来筋肉というのはダラーンと力が抜けた状態、たるんだ状態と
ギュッとこう締まった時の状態というのが
この差が大きければ大きいほど筋肉自体がスポンジみたいになっていて
疲労物質は流すし、栄養物質は取り入れるしというふうな循環ができているんですよ。ポンプみたいにね。
でもずーっとじっとしてずーっと緊張している固まっている状態というのだと
ポンプ作用が失われちゃうわけだ。
つまり動いていない筋肉というのは血液とかリンパが滞って
疲労物質が抜けないという状態が固定化していくんですよね。
そしてこれというのは早い時期から僕らは訓練されているんです。怖いことにね。
幼稚園とか、遅くても小学校1年生くらいにはもう始まると思う。
登校してから下校するまで長時間椅子に座らせられます。
ちょっと悪意がある言い方かもしれないけど
集中するためには座るというのが当たり前だと思い込まされているけど
これ体の構造から見れば相当に無理のある姿勢というものを
強制されていることでもあるんですよね。
たぶん集中するためとか高いパフォーマンスを出すためではなくて
やっぱり大勢の子どもをまとめるというか
管理というとちょっと悪意ある言葉に聞こえちゃうのであれなんですけど
やっぱり一人の先生でたくさんの子どもたちを見るというのを考えると
やっぱり必要なことでもあるのかもしれないですけどね。
ただ体の観点から見れば、野生の観点から見れば
この座っていることそのものというのがこの体に与える影響というのは
公衆衛生学とかの中でも強い裏付けを持っています。
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