やらなくちゃっていう意思はあると。
だけど目の前が暗くなっていくような、体が重くなっていくような、そんな感覚があって全然集中できないということあると思うんですね。
僕もあるよ、これは。
多くの方が一度や二度はこの感覚を経験しているんじゃないかなと思います。
脳疲労ってものが深くなってくるとこんな兆候として現れてきます。
もう目ん玉が、眼球が、なんていうの、顔から飛び出してくるんじゃないかっていうくらいパンパンに感じるとか、
頭痛がある、ずっと鈍い痛みがあったり、刺すような頭痛があったり、激しい頭痛があったり、目の奥の痛みがあったり、
眼精疲労、それから耳がね、聞こえにくくなる、ずっと水の中にいるような感じ、水が耳の中に入ったような感じとか、
それから口の中の違和感、乾いた感じがするとか、ザラザラした感じがするとか、なんかいかにも荒れてる感じがするなーっていう感じとかね。
頭をどっかにこすりつけたくなる、目をこすりつけたくなる、首をなんとかしたい、一回取って、もう洗いたくなっちゃうみたいなもの。
で、これ実は単に筋肉が疲労しているっていうだけではないんですよね。
脳そのものの内側、神経系レベルで起きている疲労でもあるわけなんです。
眼球の奥とか、頭の中とか、口の中とか、どれも普段の生活ではなかなか意識されにくいところですよね。
悪くなったものは感じるけど、あ、今日口の中調子いいなーとか、今日目調子いいなー、すごく気持ちいいぞーみたいなのってなかなか感じにくいと思うんです。
内側の感覚っていうのが悲鳴を上げている状態として脳疲労では現れてくる。
頭をもうぐりぐりーってこすりつけたくなるっていうのは、これ皮膚ではなくて、文字通りの体の感覚として湧いてきているんですよね。
脳のすぐ近くにある組織っていうのが、外側から圧をかけて欲しがっているようなイメージ。
それぐらい内側が、とにかく苦しいというわけだ。
肩が凝るとか、腰が痛いというのは目に見える筋骨格レベルの疲労でもあります。
わかりやすいよね。大きな筋肉もついているし。
脳の内部からにじみ出てくるような疲労というものが、実はそうしたところにも関わってくる。
ステップ2。脳疲労が起きるメカニズム。
じゃあなんで脳はそこまで疲れるのかというと、まずは脳の働き方そのものから見ていってみましょう。
体のどこかに硬さがある。
これを感じ取るのが、求心精神とかって言ったりします。
感覚神経のことだね。
その体の硬さの情報が大脳前頭善也というところまで運ばれます。
このくらい硬いよというのは体が教えてくれるんだよね、脳に。
前頭善也というのはその硬さをどう動かしてほぐすかというのを工夫して判断します。
そして運動家というところが遠心精神経、つまり運動神経のことだ。
これを通じて全身に指令を出していく。
なんかしんどいなーって認識しなくても、いつの間にかこうやって肩を動かしてたりとか、
頭、首を動かしてたりということ、誰しも経験があると思うんです。
実は無意識に体ってこういうのを調整しようとしているんですよね。
実は寝返りというのもそういうメカニズムだったりします。
あと貧乏ゆすりとかもそうかな、ため息とか。
こういったサイクルというものを自分でこう自分を無意識に調整するというものを脳は休まずに続けています。
動かそう、ここを施行、そんな風に判断して指令を出し続けている。
本人が意識しているかどうかとは別に、神経系のレベルでは、無意識のレベルでは処理が走り続けています。
このあたりというのは、現在の脳科学でも裏付けが出てきているんですよね。
2022年のパリ農研究所のグループが学術誌に発表した研究では、
1日6時間以上にわたって高い認知制御を要する作業を続けた、
そういった被験者の外足前頭善やに、
グルタミン酸という物質が蓄積していることが報告されている。
ちょっと難しい言葉が並んだけど、
グルタミン酸というのは神経伝達物質の一つなんですよ。
神経がうまく通るように、という物質ね。
これが溜まりすぎると、その後の意思決定というものが、
楽な方とか簡単な方に流れやすくなるって言われているそうなんです。
そういうことがわかったそうなんですね。
つまり脳が使われ続けている、考え続けているということが、
化学物質のレベルで物理的に蓄積していくんだ、
というふうに観測されているそうなんです。
脳疲労が進むと、いくら緩めようとしても、
体をほどこうとしても、
体は逆に固まっていっちゃうということなんですよね。
うまくほどくことができなくなっちゃう。
緩めることができなくなっちゃう。
緊張というものが緩みを阻害する情報として働き始めちゃう。
脳は体を緩めようと働く。
だけどその働き自体が脳を疲労させると。
そうして脳が疲労すると、
緩めようとしても体は逆に固まるという、
すごい悪循環に陥っていってしまうんですよね。
心から体をほどく。
そういうものはものすごく複雑で繊細な現象でもあるわけなんです。
簡単にリラックスしましょう。
自然にいきましょうと言ってどうにかなるようなものではなかったりもするんですよね。
もちろんきっかけとしてはすごく重要なんだけれども、
どうやらそれだけではクリティカルに問題を解決することにはいたらなそうだということなんです。
ステップ3。脳疲労と体の塊は同じ現象の2つの顔。
抽象論として脳疲労だけは語っていると伝わりにくいかもしれないので具体的にスポーツ選手の例とかで考えてみたいと思います。
言わずもがなスポーツ選手というのは身体を使ってスポーツをしますよね。
もちろん試合の流れだったりとか瞬間的な判断とかね。
というところで頭を使うというのはもちろんあるんだけれども基本的には体を動かしていますよね。
ただその体を動かすというものも身体論の観点から言えば一つの知性なわけです。
こっちにボールが来たからこう打ち返そうとか、こっちに人が走ってきたからこっちにブロック入ろうみたいなのを
うんぬんかんぬん頭で考えながら移動しているわけじゃない。
長年の練習、何度も何度もそういう計算を積んできたからこそ勝手にそうやって体が動くような状態というのを作っていったりもしているわけですよね。
つまりトップレベルのアスリートとかが運動をしている、試合をしているというとき
体が高いパフォーマンスを出しているときというのはつまり脳活動もそれなりのレベルで活動している、発揮しているという状態なわけなんですよね。
相手の動きを読んで戦略を立てて、それを瞬時に判断している。
それを体に指令として送って認識してということをもう瞬時に瞬時にやっているわけだ。
つまりめちゃくちゃ脳に負担がかかるんですよ。
それだけの高いレベルのパフォーマンスということなんですよね。
そうなってくるとやっぱり試合、一試合の中でも脳疲労というものが蓄積していく。
体の疲労、肉体的な筋肉の疲労だけじゃなく頭の方も疲れていってしまうわけなんです。
やっぱり連戦連戦になれば、試合の後半というだけでも出せるパフォーマンスというものはどんどん低下していくのが常だし、
連戦連戦になれば同じようにパフォーマンスというものも低下していきますよね。
これは筋肉をどれだけ回復させたとしても、心肺機能をどれだけ回復したとしても、
やっぱり脳というものは、脳の活動のパフォーマンスというものは低下していくわけなんです。
これを認知科学の側からも裏付けした研究があります、実験があります。
サミュール・マルコーラという方、読み方合っているのかなこれ、ごめんなさい横文字だから、
という研究者が2009年に出した論文です。
被験者に90分の認知タスクを課した。
頭を使うタスクということですよね、計算とかなのかな。
このタスクを課しただけで、その後の運動継続時間というものが15%も短くなるという結果を報告しているんですね。
頭を使っただけで、心肺機能も筋肉のエネルギー指標もほぼ変わっていないのに、
それなのに体は早く力尽きてしまうと、脳の側で疲労していると体はもたないということが実験的にも確認されたりしています。
これは僕たちのデスクワークの疲れとかというものと構造としては地続きなんですよね。
集中しなければならないという仕事を1日続けた後、何かの判断を求められても頭は回らないし、
もちろん家事だったりとか育児とか他の趣味に割くという体力もなかなか回らなかったりもするわけです。
これは気合が足りないわけでも、大胆なわけではないんですよね。
脳の回路そのものが物理的に疲労している状態として理解できるかと思います。
ステップ5 現代人の脳疲労は構造的に起きている。
じゃあなんで僕らはこの脳疲労を抱えやすいのか。
人間の体の構造そのものから見ていくとわかりやすいかと思います。
僕らは直立二足歩行というものを選んで人間になっているんですよね。
そのためにやっぱり腰とか脊椎というのは構造的に疲労する運命にあるようです。
重力に対して垂直に立ち上がるという選択そのものがやっぱり体に大きな負荷を敷いている。
そこに現代特有の生活様式が重なってくるわけです。
デスクワーク中に僕たちは長時間に渡して静止しています。止まっているよね。
動いていないのに姿勢を保つための筋肉というのは収縮し続けているんですよ。
これがアイソメトリックス運動というふうに言ったりするもので
静止状態の筋収縮です。
じっとしているということは重力に抗っているということでもあるんですよね。
ちょっとした動きはやっぱりあるでしょう。キーボードを打ったりとか
何々さんと呼ばれた時にはいーって呼んだりとか答えたりとかさ。
そういうちょっとした微細な動きというところにもやっぱり筋肉というのは使われているわけだ。
なおかつその幅が小さいものだから筋肉のポンプ作用というものがあるんですけど
これが失われやすいという性質があります。
本来筋肉というのはダラーンと力が抜けた状態、たるんだ状態と
ギュッとこう締まった時の状態というのが
この差が大きければ大きいほど筋肉自体がスポンジみたいになっていて
疲労物質は流すし、栄養物質は取り入れるしというふうな循環ができているんですよ。ポンプみたいにね。
でもずーっとじっとしてずーっと緊張している固まっている状態というのだと
ポンプ作用が失われちゃうわけだ。
つまり動いていない筋肉というのは血液とかリンパが滞って
疲労物質が抜けないという状態が固定化していくんですよね。
そしてこれというのは早い時期から僕らは訓練されているんです。怖いことにね。
幼稚園とか、遅くても小学校1年生くらいにはもう始まると思う。
登校してから下校するまで長時間椅子に座らせられます。
ちょっと悪意がある言い方かもしれないけど
集中するためには座るというのが当たり前だと思い込まされているけど
これ体の構造から見れば相当に無理のある姿勢というものを
強制されていることでもあるんですよね。
たぶん集中するためとか高いパフォーマンスを出すためではなくて
やっぱり大勢の子どもをまとめるというか
管理というとちょっと悪意ある言葉に聞こえちゃうのであれなんですけど
やっぱり一人の先生でたくさんの子どもたちを見るというのを考えると
やっぱり必要なことでもあるのかもしれないですけどね。
ただ体の観点から見れば、野生の観点から見れば
この座っていることそのものというのがこの体に与える影響というのは
公衆衛生学とかの中でも強い裏付けを持っています。