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【後編】コリと疲労と鬱な気分|脳疲労が原因だった?
2026-05-23 14:56

【後編】コリと疲労と鬱な気分|脳疲労が原因だった?

「取れない疲れは『脳疲労』が原因かも?」シリーズの後編です。前編・中編で脳疲労のメカニズムと、身体動態瞑想の入口までお話ししてきました。今回はもう一段深く、宮本武蔵が示した「ゆるみ」の深さと、それを日常に織り込んでいくところまで、お話ししています。


後編(今回)でお話ししているのは、こんな内容です。

・宮本武蔵『五輪書』にある一節──「心を静かにゆるがせて、其ゆるぎのせつなも、ゆるぎやまぬやうに、能々吟味すべし」
・武蔵が要求しているのは、深層筋・肋間筋・大腰筋・横隔膜まで届くゆるみ。お風呂で気持ちいいレベルでは、まだ表層にすぎない
・「ゆるむ」と「たるむ」は違う──だらーっとたるむ状態と、ギュッと締まる状態、その両方を最大限に自由に行き来できる状態こそが、身体合理性が高い状態。自由度の問題である
・生理学的にも、筋肉が「ゆるんでいる」状態は何もしていない状態ではない。ATPというエネルギー物質を使い続けている。死後硬直──ATPの供給が止まった瞬間に身体が固まる現象──を思い起こせば分かりやすい
・努力の方向を「気持ちよさを引き出すこと」に置き換える──座るときも、移動も、食事も、お風呂も、ベッドに入るときも、心地よさを最大限に味わうように生きる
・落とし穴:今の自分の身体の小余りを前提とした気持ちよさしか感じられない。背中が丸ければ、その状態の中での気持ちよさしか拾えない
・だから理性があり、他者がいる。身体動態瞑想は、解剖学的な構造の側からその落とし穴に補助線を引く実践。胸をさすると、肋骨を通じて背中の丸さに届く

身体に蓋をして頑張り続けてきた人にこそ、聴いてほしいシリーズの締めくくりです。日常の所作のひとつひとつに、気持ちよさを引き出す姿勢を織り込んでいくきっかけになれば嬉しいです。

ソマティックスタジオでは身体動態瞑想を詳しく解説する場や、一緒に実践する場を用意しています。興味のある方はぜひ覗いてみてください。

【参考文献】(後編で言及)

・宮本武蔵『五輪書』


お手紙・ハガキ募集中です。
〒981-0811
宮城県仙台市青葉区一番町一丁目12-39-503
大沼鍼灸 宛



話している人について
https://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma

感想

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00:00
せっかくポッドキャストを聴いてくださっている皆さんであれば、大沼のポッドキャストを聴いている間くらいは、気持ちよく呼吸をしながら聴いてみようとか、
大沼の声を聴いている間だけは、首の力を最大限抜いて、首が気持ちよくなるようにしてみようとかね、そんなふうなきっかけになればなと思っています。
どこでもいいんだよ、場所はね。
ステップ8 ゆるみの深さと熱量
ここでもう一段、身体合理性についての話をしていこうと思います。
宮本武蔵って皆さん知ってます?
そうですよね。
なんと言うか、
宗教の宗教を持ってきたのは、
新しい宗教です。
宗教ではなくて、
宗教の宗教とは何かと言うと、
宗教の宗教とは、
宗教の宗教とは、
宗教の宗教とは、
宗教の宗教とは何かと言うと、
私はこういうところを意識しながら こういう計算を積んできたよって
この培ってきたものっていうものを 構成に引き継ぐために
書き記すよっていうもの これを 秘伝書って言ったりするんですね
魯術家の方はね 結構こういうのを 書いてたりします 昔の人は
で その中で 一つの教えとして
心を静かに揺るがせて その揺るぎの刹那も
揺るぎ山のように 濃々吟味すべし っていう一文があるんですね
これが実は身体合理性についての ものすごい深い記述で
すごく瞑想的な構えを 書いているんですよ
僕たちが普段 力抜けてるな リラックスしてるな
っていう風に感じる状態っていうのは
例えばお風呂に入って 気持ちいいなっていう時とか
人といて楽しいなっていう時とか
お布団に入って 今日一日終わった 最高っていう一瞬だったりとかって
いうものっていうのは 宮本武蔵が要求している
この緩みっていう状態に比べると
すごくどうやら浅い状態のようなんですよ
宮本武蔵が言ってるのは
例えば体の深いところにある心臓筋
もうほんと背骨にくっついてる 細かい筋肉とか
肋肝筋とか肋骨の間にある筋肉とかね
03:01
それから大腰筋 横隔膜とか
本当に深いところまでだ
普段意識して動かさないような 筋肉のレベルまで
そこまで気持ちよさを感じるように
緩め 緩めっていうことを 言っているんですよ
この心を静かに緩がせてっていうのは
心を止めないっていうことです
ストンと止めない
その緩みの刹那も つまり
ちょっとした微細なリラックス
緩んでいる状態の気持ちいいの
その気持ちいいって感じているものと
気持ちいいって感じているものの
その間も そのギリギリの一瞬も
もっと緩めないかっていう風に
緊密しなさいって言っているんですよ
最高って終わらせるんじゃなくて
もっともっと最高っていう気持ちよさを
味わいなさい
そういう風に努力しなさい
緊密しなさいっていう風に 言っているんですよね
なんと 気持ちいいっていうことに対して
それだけ貪欲にならないと
人は切れないっていうことを 言っているんですよ
これだけ過酷な戦い 切り合いっていうものを
してきた人が
これだけ体を脱力させること
つまり気持ちいいなっていう風に感じることを
大事だっていう風に言っているんですよね
この緩みっていうものは
そんなに緩んでしまったら
もう何もできなくなっちゃうんじゃないのって
思う方もいるかもしれません
でもこの緩むっていうのは
単にたるむっていうことでは 違うんですよ
僕が言っている脱力っていうのは
もうちょっと解像度高く話すと
だらーっとたるむっていう状態と
ギュッっていう風に締まるっていう
筋肉の性質
この両方を
最大限自由に行き来できる状態っていうのを
身体合理性が高い状態っていう風に 言っています
つまりだらーっと力が抜け
抜くことができるっていう人は
瞬時に必要に応じてギュッと
締まることができるんですよね
逆に
何にも反応できないような
状態っていうのは
ずっと固まったままっていう風にも 言えるわけです
その自由度が極端に狭い状態っていうことでも
あるんですよね
そしてこれって生理学的に見ても
筋肉が緩んでる状態っていうのは 何もしてない状態ではないんです
実は筋肉がたるんでる状態っていうのは
06:02
ATPっていうエネルギー物質を
今終わったの?
今終わりました。6時半だわ。ごめんね。
OKです。大丈夫大丈夫。
今、いや、収録中です。
はい。ごめんなさいね。
はい。もうこのまま公開しようかな。
大丈夫だよ。あと行きますんで。
はい。ありがとう。失礼しました。
ということで。どこまで話したっけ。
生理学的に見ても筋肉がこのたるんでる状態
っていうものも締まっている状態っていうものも
実はATPっていう
これは覚えなくてもいいんだけどね
このエネルギー物質っていうのを
使っているんですよ。
これを裏付けるわかりやすい例としては
死後硬直です。
人ってこう亡くなると
体がガチーンって固まっちゃうんですよね。
固まるってエネルギー使うんじゃないの?
って思うじゃないですか。
でも実はこのエネルギー源が枯渇していくと
体って固まっちゃうんですね。
つまり脱力する。
たるむにもエネルギーが必要。
たるんだ状態から
何かを
するために体を動かすっていうのにも
エネルギーが必要で
常に僕らっていうのは
エネルギー源を必要としているんです。
このエネルギーが十分に回っている
円滑に回っている状態
満足に回っている状態っていうのが
身体合理性が高い状態なわけなんですよね。
ここまで脳疲労っていう検証について
話してきました。
整理すると
僕が今回こう話した内容っていうのは
こんな感じです。
現代人の多くっていうのが
脳疲労を抱えて生活しているよと。
脳疲労っていうのは
感覚神経で体の固さを感じ取って
前頭前夜で動かし方を工夫して
運動やから資料を出して
運動神経を介して
体をほぐしていくと。
こういう回路が休まずに働き続けることで
蓄積していく。
つまり生きていること自体が
体を身体合理性の高い状態に保つ
っていう能動的な状態でもあるんですよね。
それは何か我慢して疲労しながら
生きていかなきゃいけないのかというと
今までお話したように
09:01
それは全く違うことなんですよ。
気持ちいいな心地いいなっていう感覚が
立ち上がってくる状態っていうものが
それそのものが性を存続させている。
僕らが生きているっていうことに
繋がっていくわけなんです。
そう考えると
なんか楽な気がしませんか?
努力っていうのを気持ちよさっていうものを
引き出すところに当ててあげる。
生活、普段の生活している時でも
座る時は自分が心地いいなっていう
状態を引き出すように座るし
職場までの移動の時間も
できるだけ気持ちよくなれるように
歩いてみようとか
ご飯食べる時は
おいしいなっていうのを感じながら
できるだけ深く感じるように
食べてみようとか
人と遊ぶ時とかもそうだし
お風呂入る時も
ベッドに入る時も
最大限にその心地よさっていうものを
引き出していくように味わっていくと。
そういう努力です。
ここで一番大きな落とし穴があって
その皆さんの気持ちいいなっていう
座り方っていうのは
みんなそれぞれが持っている
体の小暴りっていうものを前提にした
そこでの最大限の気持ちよさなんですよ。
背中が丸くなっていれば
その背中が丸い状態を前提とした
気持ちよさっていうものしか
認識できないんですよね。
これって非常に厄介な落とし穴で
これでもう十分ですけどっていうような
自分の認識の中に閉ざされてしまう
ものでもあるんですよね。
そこで僕らには理性があって
他者がいるわけです。
自分には思いもしなかった
笑いの壺を押さえるような一言が来たら
何それ面白いって笑って体をほどけるし
こんな味付けあるんだっていう風に
びっくりするような料理にあえば
その簡単とともに
自分の体をほどけていったりもする。
それと同じようなレイヤーの話で
身体動態瞑想っていうのは
物理的な体っていうものを提案してるんですよ。
背中が丸まってるよっていうのを
解剖の構造の中から理解していく
例えばですけど
その背中の丸さを
自分で認識していくために僕は
例えば一つ一番よく言うのとして
胸をさする動きっていうのを提案してたりします。
見たことあるよっていう方もいるかもしれませんね。
なんで胸をさするのかっていうと
最初はモチベーションとしては全然ない方もいるかもしれないけど
12:00
そこには実は僕なりの考えがあって
胸っていうのは
肋骨で地続きになって
ちょっとバイクがうるさいな。ごめんなさいね。
肋骨で地続きで背骨に繋がっているんですよ。
背中の丸さに直結しているんですね。
つまり胸で心地よさを感じるように
このさするっていう動きができてくると。
つまり肋骨、胸周りが動いてくるっていうことは
背中の方も解けていくっていうことでもあるんですね。
こんな風に体っていうのを一個一個
物理的に見ながら解いていくことで
自分の認識できなかった小余りとかっていうものにも
気づいていくことができる。
身体不合理に気づいて身体合理性が高い方向に
持っていくことができるわけなんです。
これも実際に自分の体を通して
大沼の言ってることってこれなのかっていうものを
実感して気づくっていうことができていくと思いますので
特にこういう身体を感じていく作業っていうのは
どれだけ言葉で情報を聞いたとしても
やっぱり経験に上回るものってないんですよね。
それだけ純卓な情報が含まれているから
僕らの体には。
なんなら言葉っていうのは
僕らもそうだし
今までのたくさんの歴史上の人だったりとかね
先人たちっていうのが感じたことを
ひしこいて言葉にしたものでもあるんですよ。
記号に変えたものでもある。
それぞれの言葉とか体験とか文章とかっていうものには
必ずその人が体験した経験というものが残っているんですよね。
そこから立ち現れてくるものだから。
それを最大限に受け取るためにも
やっぱり自分の体で経験していける
その解像度というものを高めていけばいくほど
気づきというものがたくさん増えてくると思います。
ぜひソマティックスタジオの中でも
その身体土台瞑想をね
詳しく解説したりとか
一緒に実践する場っていうものを用意しているので
興味ある方はぜひ遊びに来てください。
ということで
ちょっと長くなったかな。
今日のポッドキャストは終わりにしたいと思います。
また次回遊びに来ていただけたら嬉しいです。
のんべんならりと聞きに来てくださいね。
それではまたお会いしましょう。
大沼達也でした。
14:56

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