#314 イスカリオテ・ユダとヨハネ~裏切る弱さを知りイエスの愛に委ねる 26/2/22
ヨハネ13:21-30からの礼拝メッセージ。2026年2月22日録音。(聖書朗読は(1:53)までです。導入は(2:24)からです)イエス様を裏切ったイスカリオテ・ユダを私たちへの教訓とするために、弟子のヨハネがこの箇所を書き記したようです。そのヨハネからまず学び(1.イエスに愛されたヨハネ(5:10))、次にユダについて取り上げます。(2.イエス様の愛を拒んだユダ(11:30))最後に、ユダのような一面が自分にもあることを受け入れて生きる道について考えてみましょう。(3.イエス様の胸元へ(17:58))原稿を読むイスカリオテ・ユダとヨハネ:ヨハネの福音書13:21-30節|Kishio
#313 仕え合い信仰を守るために〜奉仕と試練への備え 26/2/15
ヨハネ13:12-20からの礼拝メッセージ。2026年2月15日録音。(聖書朗読は(1:50)まで、導入は(2:38)からです。)洗足の行為から前回の教えに加えてイエス様はもう一つのことを命じています。この箇所を深堀するとイエス様の神性と出エジプト記との関わりが見えてきます。(1.弟子に明かされた神性(3:49)そして「自分の模範通り互いに仕え合うように」とイエス様は弟子たちに教えました。(2.イエスに倣い「互いに足を洗い合う」(12:58))危機に直面する弟子たちを見越して言葉を掛けたられました。(3.信仰を守るやさしい配慮の言葉(20:10)原稿を読む↓仕え合い信仰を守るために~裏切りの夜に輝いた神の名と仕える愛:ヨハネの福音書13:12-20節|Kishio
♯312 究極の愛として〜大きな愛、いつまでも続く清め26/2/8
ヨハネ13:1-11からの礼拝メッセージ。2026年2月8日録音。(最初の音源が違ったので再度アップロードしました)(聖書朗読は(2:08)まで、導入は(2:50)からです)今日の箇所では弟子の足を洗ったイエス様の行為に焦点が当てられています。まずその背景を取り上げます。(1.自分の時を知り十字架へ向かう(4:39))その行為によりイエス様は、弟子たちへの究極の愛を現し(2.究極の愛を示すために(11:40))、十字架による罪の赦しと清めを教えているのです。(3.生涯続く罪の赦し(22:45))。このメッセージを通して今を生きる私たちの糧を得ることができれば幸いです。原稿を読む(文字起こしが不正確故↓をお読みください)究極の愛として:ヨハネの福音書13:1-11節|Kishio
#311 今も響くいのちのことば ~時代を越えて届くイエスの言葉26/2/1
ヨハネ12:44—50からの礼拝メッセージ。2026年2月1日録音。(聖書朗読は(1:27)まで導入は(1:55)からです)2章から続く前半の締めくくりに当たります。まず理解の難しい言葉を最初に取り上げます。(1.イエスのことばが裁くとは(2:55))、次にイエス様の神性と真正さについて触れます(2.「父に遣わされた」という真正さ(10:09))、最後に創造の時に語られた神のことばから今の私たちへと繋がるイエス様の言葉について考えます(3.「創造の初めに繋がるいのちのことば」として(16:15))原稿を読む↓https://note.com/nsbc/n/n04b94bbd19eb
#310 イザヤが見たイエス~難しい聖句が教える希望と決意 26/1/25
ヨハネ12:37ー43からの礼拝メッセージ。2026年1月25日録音。(聖書朗読は(1:30)まで導入は(2:10)までです)理解に難しい2つのことを取り上げます。1つ目はイザヤが見たイエスの栄光とは何だったのでしょうか。(1.預言者イザヤが見たイエスの栄光(4:15)2つ目は神が人の心を頑なにするのなら不信仰の責任は人間にはないのかという点です。(2.不信仰における人と神の責任(20:10))最後に、信仰告白の故に最も近しい人々を遠ざけてしまうという問題について取り上げます。(3.追放の危機があっても(27:35))原稿を読むイザヤが見たイエス~難しい聖句が教えてくれる希望と決意:ヨハネの福音書12:37-43節|Kishio
#309 光を信じて歩む~見えないイエスと共に生きるとは 26/1/18
ヨハネ12:27—36からの礼拝メッセージ。2026年1月18日録音。(聖書朗読は(1:57)まで、メッセージの導入は(2:43)からです)。今回は、聖書をよりよく理解するための秘訣(1.「栄光を現す」「上げられる」とは(3:48))、神であるイエス様が、私たちの弱さに寄り添い祈りに答えて下さるワケ(2.弱さからの(9:23))、私たちの日常生活の中に共におられるイエス様について(3.光を信じ光の中を歩む(15:56))について取り上げます。原稿を読む光を信じて歩む:ヨハネの福音書12:27-36節|Kishio
#308 実を結ぶ死 ~主と共に歩むいのちの道 26/1/11
ヨハネ12:20-26からの礼拝メッセージ。2026年1月11日録音. (聖書朗読は(1:24)まで、本題へ至る導入は(1:47)からです)「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。」(ヨハネ12:25)この言葉の真意を考えてみたいと思います。まず、麦の種が死んで実を結ぶという言葉について(1.一粒の麦(4:55))、次に冒頭に上げた言葉について(2.いのちを憎み、いのちを得る(7:32))、最後にこれらを踏まえたイエス様の弟子の道について取りあげます。(3.イエス様と共にいてイエス様に仕える(18:40))原稿を読む↓(文字起こしが正確ではないので以下をご覧ください)実を結ぶ死:ヨハネの福音書12:20-26節|Kishio