#230 今日、イエス様に会う〜今日の感謝と明日の希望  24/9/22

Sep 22, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書16:1-8からの礼拝説教。2024年9月24日録音。福音書のクライマックス、イエス様の復活の出来事です。第1にこの箇所を詳しく見てわかる復活の衝撃を、そして残りの2点で私たちとの関りを見ていきます。1.見えてくる衝撃(4:40),2.閉ざされても広がる復活の福音(11:45),3.私たちが体験する復活の章(17:20),の3つの点を取り上げて、今日に向かう希望と今日を振り返った時の感謝が芽生えることを願います。

#229 イエス・キリストの福音〜マルコの福音書の復習 24/9/15

Sep 15, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書1:1からの礼拝説教。2024年9月15日録音。来週取り上げる聖書の箇所はマルコの福音書の最大のクライマックスの復活の出来事です。その前に、冒頭の始まりの言葉「神の子、イエス・キリストの福音のはじめ。」(1:1)をもとに、この福音書でイエス様の何が語られて来たのかを振り返ります。1.イエス・キリスト(3:15),2.神の御子(9:55),3.福音(15:55)の3つの点から見て行きましょう。

#228 救い主の埋葬〜イエス絶命の真相 24/9/8

Sep 8, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書15:40-47からの礼拝説教。2024年9月8日録音。 (1:45)イエス様の埋葬物語は良く知られています。簡単に読み過ごしてしまいがちです。しかしその中でマルコの福音書は当時から大きな問題となった「イエス様が本当に息を引き取った」という大事な事実を伝えているのです。1.遺体の下げ渡しを許可したピラト(3:40),2.アリマタヤのヨセフの信仰と勇気(7:30),3.息を引き取り埋葬されたイエス様(15:25),の3つの点から考えていきます。

#227 見捨てられた救い主〜見捨てられたと思う時に 24/9/1

Sep 1, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書15:33‐41からの礼拝説教。「神に見捨てられた。神などいない。」と思うことがあるかもしれません。十字架の上でイエス様は「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫びました。その時の出来事を記した聖書の箇所から、1.不吉な予兆としての暗闇(3:19),2.見捨てられた救い主(7:40),3.百人隊長に見えた救い主(18:16),の3つの点から見て行きましう。

#226 逆転の即位式〜思い通りに行かない時に 24/8/25

Aug 25, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書15:16-32からの礼拝説教。2024年8月25日録音。(2:35)今日の箇所では、嘲られることによって「ユダヤ人の王、キリスト」として即位したイエス様の姿が描かれています。思い通りにならないことの中にも神様の導きがあり、無名な人の名が残り、意志に反して背負わされた十字架の先に弟子の道がある。私たちが他人も自分をも救えないと思ったとしても、イエス様は私たちを救って下さる。これらのことを、1.嘲りが就任式(5:40),2.強いられた十字架(15:05),3.自分を救わず他人を救う救い主(21:08)、の3つの点から考えて見ましょう。

#225 冤罪と恩赦〜ぬれ衣を着せられる 24/8/18

Aug 18, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書15:1-15からの礼拝説教。2024年8月18日録音。イエス様に十字架刑の判決が下った時のことを取り上げます。そこには正義を曲げる人たち、正しいことを知りながらもそれを実行できない人、何が正しい事かもわからず煽動されてしまう人たち、そしてそのような人たちの中で沈黙を保つイエス様が登場します。1.サンヘドリンの矛盾—仕組まれた冤罪(3:40),2.ピラトの矛盾―恩赦の失敗(11:40),3.沈黙の救い主‐私たちの恩赦(15:04)、の3つの点を取り上げます。

#224 ペテロの躓き〜強がりの失敗 24/8/11

Aug 11, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書14:66‐72からの礼拝説教。2024年8月11日録音。ペテロは3度イエス様のことを「知らない」と言いました。それにも関わらず、そのことが記された今日の箇所には良い知らせ「福音」が示されています。会話の内容を詳しく見ると、計算された巧みな言葉でペテロを追い込む様子とペテロの裏切り行為の実態が浮き彫りになります。1.ペテロを追い詰める言葉(5:00),2.否認し裏切るペテロの言葉(13:45),3.私たちへの福音として(18:00),の3つの点を取り上げます。レジメはこちらから: 「ペテロの躓き」 マルコ14:66-72 3034/8/11 – 新座志木パプテスト教会 (niiza-shiki.org)

#223 キリストの死刑判決〜真実の探求と勇敢な証言者 24/8/4

Aug 4, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書14:53-65からの礼拝説教2024年8月4日録音。このメッセージが語られている現在パリ・オリンピックが開催されていますが、各競技について専門家の解説を聞くとその競技をより楽しむことが出来ます。また選手の声を直接聞くことによって選手に対する新たなリスペクトが生まれます。 今日取り上げるイエス様の裁判の出来事にも同じようなことが言えます。たとえばイエス様の発言が神への冒涜とされた理由、イエス様が目隠しをして殴られたことなどの出来事の背景や意味を知ることにより、理解を深めイエス様の贖いの尊さを新たに知ることができるでしょう。2:30,に聖書朗読を終えて、1.実際に何が起こっていたのか(5:30),2.確定済みの死刑(14:30),3.真実を貫いたイエス様(16:50),の3つの点から学びます。レジメはこちらです:「キリストの死刑判決」 マルコ14:53-65 2024/8/4 – 新座志木パプテスト教会 (niiza-shiki.org)

#222 裸で逃げた青年〜弱さが露呈した時に 24/7/28

Jul 28, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書14:43-52からの礼拝説教。2024年7月28日録音。今日取り上げる箇所に登場する「裸で逃げた青年=ある青年」は、イエス様の逮捕劇を描いた4福音書の中でマルコにだけ登場します。逃げ出した彼は本来は勇敢な人でしたが、ここでは弱さが露わにされてしまったのです。このように聖書の箇所を深堀して新たな発見をすることは、聖書を学ぶ醍醐味です。そのような中から、1. ユダと武装集団—頑なさと後ろ暗さ(3:14),2.ある青年の謎—イエス様逮捕と弟子の離散の目撃者(9:00),3.ある青年の意味—たとえ勇敢で賢くとも(15:00),の3つの点を取り上げます。レジメはこちらです:「裸で逃げた青年」 マルコ14:43-52 2024/7/28 – 新座志木パプテスト教会 (niiza-shiki.org)

# 221 ゲツセマネの祈り 24/7/21

Jul 21, 2024 HIKARU KISHIO

マルコの福音書14:32-42からの礼拝説教。2024年7月21日録音。このメッセージをしている時から丁度一週間前の日曜の夜のことです。日本の人気ロックバンド、スピッツの草野マサムネさんが自身の番組で、ジーザス・クライスト・スーパースターの最初のアルバムから「ゲッセマネの園」という曲を流して下さいました。今日の扱う聖書の箇所ではイエス様と3人の弟子たちの姿が対比されています。そこから弱さや恐れを覚える時に必要な祈りについて知ることが出来ます。1.ゲツセマネで眠るペテロたち(4:00)、2.ゲツセマネで知る福音(7:50)、3.ゲツセマネで祈るイエス(16:40)、という3つの点から学びましょう。(7/14よりBGMがなくなりました)