ワーク・ライフ・ラン。こんにちは。 アクテナブルの宮崎アキラです。
この番組は、仕事のワーク、日々の生活のライフ、 ランニングのランを中心に、毎回テーマを変えながら、
時にはゲストを招きして、これからの時代を健康的に前向きに生きるための ヒントや問いをお届けする番組です。
今回は、ゲストを招きしての対談会です。 それでは、お楽しみください。
今回も前回に引き続き、青島和夫さんにご出演していただいております。 今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
はい、それで前回はニューヨークシティマラソンの、 本当にドラマになるような色々なお話を聞けたんですけども、
青島さんの方で、この大会を振り返って、 何か感じられていることがあればなんですが、いかがですか?
はい、ありがとうございます。 とにかくランディングの歴史に残る大会だったなというふうに思っております。
ニューヨークを走らせてもらったことに対して、 家族にありがとうと言いたいと思っております。
はい、ありがとうございました。
今日ですね、青島さんがマラソンの戦歴をまとめてくださったペーパーを用意してくださって、 今それを見ているのですが、
素晴らしい戦歴で、これを全部触れていったら、 1時間も2時間も話せてしまうので、
印象に残っているレースというか、 私の方から興味があるところで言えば、
やはり自己ベストを出された大会のところ、 ちょっとどんな感じだったかというのを聞いていけばなと思うんですけども。
はい、ありがとうございます。
自己ベストは、時期としては2020年の2月3日と、 まさにコロナという言葉が少しずつ出だした頃だったんですね。
ペーパーを置いた毎日マラソンだったんですけども、 開催されるのかどうなのかなと思ったんですけど、
なんとか開催していただいたと。
ここで自分として、その頃サブ映画で走りたいと思っていまして、 サブ映画を目指しました。
残念ながらサブ映画には届かなかったですけども、 2時間51分04ということで、
自分の中ではベストの走りができたなというふうに思っております。
この時、結果的にもネガティブスプリットだったんで、
多分ですけども、今まで30回以上フルマラソンを走ってますけども、
ゾーンに入ったなと後で思うのは、 これが1回か、あとはもう1回あるかないかぐらいの感じでした。
それはもう結局普通であれば30キロを超えてからは、 だんだん足に来てるなとか感じると思うんですけど、
そういうものが一切なかった。
結果的に見てるんですけども、 35から40の5キロのスプリットというかタイミングが一番速かった。
40キロ過ぎてからも同じペースで走れたということで、
それができたというのが最初で最後かなと思いますけども、
おかげさまでPVが出せたという感じです。
すごいですね。後半、ハーフ以降が前半のハーフよりもタイムが早かったということですよね。
憧れます。私もそういう走りをいつかしてみたいと思いますね。
すごいですね。
もうその時は、ゾーンに入っている感覚っていうのは、
大会に出る前からコンディションとかは完璧だったのか不安があったのかとかってあります?
そうですね。特に不安はなかったと思うんですけども、
その前が割と1回54分台ぐらいポンポンと続いた後に、また3時間超えるようになっちゃってて、
その後サブスリーでもギリギリっていう感じだったんで、
この時はやや特別だったと思います。
何が特別かっていうのは正直今でもわかりません。
けども、いろんな要素がうまく噛み合ったということだと思います。
すごいですね。確かに50代前半の頃に54分台が出されてて、
少しまたそこからタイムが落ち始めたけども、もう60歳の手前ですか?
そうですね。私誕生日が3月22日なんで、1ヶ月前ぐらいですよね。2月3日ですから。
だから59.9歳ぐらいの時にこのPVが出せたという感じですよね。
すごいですね。
こうしてみた時に、こんなに素晴らしいタイムを出されている青島さんが、
どういう人生を歩まれたというか、
ランニングに出会ったきっかけとか、もっと言うと学生時代では子供の頃、
どんな過ごし方してたのかがちょっと興味ありまして、
どんな人生を歩まれてきたんですか?
私はですね、高校3年間の間は麻雀舞、麻雀舞というのがあったわけじゃないんですけど、
ジャンスを行って麻雀を打つという、それが日々の生活でした。
なので、大学に行ったらスポーツしたいと単純に思ったんですね。
当時、マガジンハウスのポパイとか、そういうので盛んに出ていたサーフィンをやりたいなと思って、
高校3年の最後ぐらいに1回ぐらい行ったことがあるんですかね。
大学入ってから、その大学の中にサーフィンのサークルがあるというのを知って、
そこを入れてくださいとお願いして入れていただいたと。
4年間、サーフィンを続けるなってサーフィンをしていたと。
ですから、ランニングに関しては、大学の時とかは全くゼロですよね。
走るということは全くなかったです。
そこから先、会社に入って企業に入っても、ずっとサーフィンを続けていまして、
実際に私、走り出したのは53歳、52歳の時ですね。
その時のお話をさせていただいてもよろしいですか。
会社の中でですね、秋のレクリエーションというのがございまして、
そのレクリエーションで何をしましょうかという話になって、
スポーツをしてご飯を食べるというのが、
フルで会社から補助金が出るパターンだったので、
じゃあそうしましょうかと。
だけど僕、中学3年生の運動会以来、走ったことないよって言って、
そのレクリエーションに参加して、
他の2人がプチランナーだったんですね。
プチランナーだったんですけど、一緒に走って、
高級2周ですから10キロかな、
1時間切れてたということで、
クッコー走れるじゃないですかっていう風に言われて、
夜のお酒の席でですね、言われていい気になったと。
それはもう僕のランニングのスタートです。
53歳から走り始めたっていうのも意外すぎるんですけど、
そうですか?ごめんなさい、52歳です。
その頃は、今言われて、キロ6分ぐらいで走っているわけですよね。
そうですよね。
そこからタイムを伸ばすことになったのは何でなんですか?
基本全然、タイムを伸ばすっていう感覚はなくて、
朝のジョビングみたいなのをするようになったと。
最初に走ったハーフマラソンがアダチフレンドリーマラソンで、
ちょっとここの表には載ってないんですけども、
1時間40分ぐらいだったような記憶があります。
やっぱり一回そういう大会で走ってみると、面白いじゃないですか。
そこからですよね、タイムを伸ばそうと。
そういううちに先ほど前回の時に言いました、
双子多摩川操流会の飯間会長が、
多摩川サブスリーを目指す会に僕を送り込んでくれて、
多摩川に速い方々がいて、
そういう方たちと20キロから30キロ走っていうのをペースをするようになって、
そこからタイムが伸びるようになって。
一方で、やっぱり早く走れば怪我もしますよね。
ですから足の甲の疲労骨折2回したりとかですね、
いろいろ2回を含めて4回ぐらい1か月以上休息しなきゃいけない怪我もしましたけども、
やっぱりきっかけは最初にレースに出て、ある程度走れた。
じゃあもっと速く走りたいということで練習しだしたっていうそのあたりですかね。
いやー、陸上のご経験がなくて、
ラーニングを50歳過ぎてから始められて、
ほぼ60歳の時に2時間51分って、そんな人いるんだなって目の前にしてあれですけども、
そういう方もいらっしゃるんだなっていうのはすごいですね。
サーフィンがやっぱり心拍とかにはすごいあれですかね。
これが正しいのかどうかわかんないですけども、
サーフィンって波を待ってる時にボードに座って波を待つんですよ。
あれってほぼバランスボールの世界だと思うんですよ。
ですから体幹はある程度それでひっくり返らないようにするということで、
体幹は多分それである程度鍛えられて、
それから波に乗るためにパドリングってするんですね。
こう漕ぐわけですよ。
その漕ぐことによってやっぱり肩甲骨のところの筋肉っていうのは結構つくんですよ。
走り出して、先ほどの怪我ですね、2回の疲労骨折をしてから
ランニングのトレーダーの方のところに行くようになって、
結局2度疲労骨折したんで、何か変えないと2度あることは3度あるなと思って行ったんです。
それが比較的有名な選手を見てらっしゃる方で、そういうところをご紹介いただいて、
行って、こういうことで今日来ましたっていう話をしたところ、
足をいろいろいじっていただいて、
とにかく外側に力が流れてるからこうね、疲労骨折しちゃうんでしょうね。
だからもっと内側に入れる感じで、そういうことを言いながら僕の足をいじって、
そういう形にしてくれたんです。
まだ夏だったんで、帰ってランニングシューズ履いたら、
その時の足がそういう風にしていただいてたんで、すごくよくわかったんです。
あ、こういうことか。それがいろんな意味で怪我も減り、タイムも伸びた一つのきっかけで、
やはりプロのトレーナーの方っていうのはやっぱりすごいなと、目から鱗でしたね。
それは今でも鮮明に覚えてます。
何というか、そういう人の出会いもあったりして、
ランニングに対するモチベーションが続いていったって感じなんですかね。
そうですね。
なんかそういう怪我をするとね、やめてしまう方もいらっしゃるような気もするんですけども。
そうですよね。
ですから私の場合はそれがきっかけで、またタイムも伸びましたし、
いろんな意味でアドバイスももらいましたし。
実は今でも怪我をしてます。
昨日も言ってました。
そうなんですね。じゃあずっと継続的に。
継続的に。
その先生から言われているのは、
青島さん走っている間はサーフィンやめない方がいいですよと。
青島さんの最大の武器は上半身ですよと。
上半身が青島さんの武器だから、そのためにもサーフィンは続けてた方がいいですよということを言っていただいていて。
これはしめしめと。
奥さんにいい言い訳になるなというふうに思っています。
そうなんですね。やっぱり感じ方は違うんですか?
サーフィンとランニングだと家族の反応っていうのも。
そうですね。
66歳になって、最近言われることは、
66歳になって台風の時に海に行ってサーフィンなんかするっていうのは心配かけるでしょと。
あなたそういうこと考えないの?と言われて。
言われるのは確かにそうなんですよね。
そうなんですけど、全然ノリ的には20代のやり始めた頃のノリで、
台風が来てる、雷が来るみたいな、そういうノリで行っちゃうみたいな。
本当にエネルギッシュですね、お話聞いてて。
意外だったのが、サーフィンにやられてる方ってやっぱりサーフィンに愛されてる方たくさんいらっしゃると思って、
それが自分のライフワークっていうかに習えたりすると思うんですけども、
でも高校時代はインドアだったっていうところがすごく意外ですね。
でも今でもやっぱりサーフィンっていうのは青島さんにとって重要なものですか?
そうですね、とにかくあんまり上手くはならないんですけど、
上手くはならないんですけどやはり楽しいですし、
やっぱり本当にいい波に乗れた時はリフレッシュされますし、
自分にとってはもう必要不可欠ですね。
すごいですね、そこに加えてまたランニングの方にも出会い、
ご自身では多分知らなかったポテンシャルが発揮されてる感じですかね。
はい、もうその通りで、やはりランニングも普通に丈夫してるだけだったら、
多分自分のポテンシャルに気づけなかったのかもしれないですね。
やっぱりレースに出るようになって、ランニングクラブに所属して、
ある程度タイムを上げたいという気持ちが強くなって、
そこから実際にタイムも上がってきましたので、
やっぱりそれなしには自分のポテンシャルには気づかなかったんだなというふうに思います。
前回の回で製薬会社にお勤めにされてたってお話がありましたが、
お仕事はやはり今まで振り返るとお忙しかったり、
何か仕事とこういったスポーツ活動とのバランスとかって改めて振り返るとどうでしたか?
そうですね、40代は本当によく働きました。
自分でいうのもなんですけど、御前様が当たり前みたいなね。
時代もそうだったんですから。
それを過ぎて50になってから少し余裕が出てきたというところで、
会社のレクリエーションで走ることのきっかけを得たということで、
多分いろんな意味でタイミングが上手くあったんですよね。
40代の生活だったら絶対走れなかったですし、
そうではなくなった頃に走り始めたっていうのがラッキーだったなと思います。
これまでにゲストで来ていただいた方も、
40代の頃とか仕事にすごくとっぷりはまっていて、
体型とかも変わってきたりして、
これ走らなければいけないっていうので走り始めた方もいらっしゃったりしたんですけど、
青島さんはそういった体調とか体型の変化ってあったりしました?
そうですね。やっぱり40代は少なくとも体重で60キロは超えてましたから、
今よりもポチャッとしてたと思います。
それでもスリムな方ですね。
でも背が低いですから、
割と昔の写真を見るとポチャッとして、
体型が今とはちょっと違いますね。
人によっては仕事の大変なところをこういう
ランニングとかサフィンとか自然に触れたいというところで
自分の中でバランスを取りながらそこを乗り越えるというか、
乗り越えるっていう言い方はあれですけども、
バランスを見つけていくっていう方々もいらっしゃいましたけども、
今の話だと仕事モードの時期があり、
でも当然その以降も仕事をやりながらもまた
自分の時間がランニングにも…すごい良いですね。
そうですね。
そういう意味でやっぱりサーフィンは
気分っていうかリフレッションっていう意味ではずっと良かったですよね。
いつか40代も、回数は前後よりは減ってましたけども、
できれば行くみたいに行ってました。
やっぱりスポーツ好きです。大好きです。
野球も好きですかね?
野球は中学校の時野球やってました。
ただあんまり上手くなかったので、
高校が超有名校だったので、野球の有名校。
難しい授業だったんですね。
とてもできないですから、それでアジア部に入ってたという感じです。
なるほど、そうですか。
これが血糖値を持続的に測定するCGMというコンティニアスグループコースモニタリングというもので、
これをつけることによってアプリ上でですね、こういう感じで血糖値が出るという、
こういう会社にいるんですね。
もちろんこれ、主目的は糖尿病の患者さん用のものですから、
医療機器なんで、いろいろな規制があるんで、簡単ではないんですけども、
私としてはこれを何かスポーツとか、特にランニングですよね、
そこに活用できないかなというふうに思ってまして、
そこを今模索しているという感じです。
すごい興味あります。
そういう疾患というか、病気を持たれている方にはすごく重要なものだと思いますし、
そうでなくても、やはり日々の仕事のパフォーマンス、ランニングだけじゃなくて、
それを維持するというか、キープするときにも血糖値がすごく大事な気がしてまして、
これは私みたいな素人があまり多くを語っちゃいけないと思うんですけども、
結局自分の血糖値の上がり下がりというのが、
どういうものを食べた時にとか、どういう順番でとか、
そういうことによって大きく変わるというのをやっぱり、
目で見るというのはとても意味があると思うんですよね。
それによって、最近よく聞く言葉ですけど、
血糖値スパイク、急な上昇と急な下降ですよね。
それを防ぐことが、先々の脳梗塞とか、心筋梗塞とかを防ぐことになれば、
それはとても大きな意味があるんじゃないかなということで、
未病ということのために、自分の血糖値の上がり下がりを知っておくということは、
重要ではないかなというふうに個人的に最近思っています。
すごいですね。
この番組、健康的で前向きな生活を送るためのヒントや問いをお届けしたいと思って始めてたんですけども、
まさに今日、そこのすごい繋がりというか、そういうお話を聞いて、
あと青島さんご自身が健康的で前向きな個人生を歩まれてきたというのが、
前回、今回聞けたので、番組やっててよかったなというふうに思いますね、本当に。
そうですよね。100歳の時代というふうに言われても、
例えば90歳から健康開始というのでは、ちょっと意味があるんですよね。
100歳までということの意味が、やはり健康に100歳まで生きると。
実際にやっぱりもう今、多くの方が90歳過ぎても健康で暮らされている方ってたくさんいらっしゃるじゃないですか。
やっぱりそこを目指したいですよね。
そうするために、じゃあ何をしたらいいのかというところが、自分の中でもとても大きな課題でして、
やっぱりよく言われるのは、有酸素運動、これはランニングに代表されることで、
それは脳の病気にも効果があるというふうな説が主流だと思うんですよね。
それから今、先ほど言いました血糖値スパイク。
これはもう本当に、ある意味血管の血糖値の上がり下がりが激しいということは、
血管への負荷が高まるわけですから、いろんな病気になる可能性、リスクも上がるということでそうしない。
あと、とても大事だなと思っているのが免疫なんですよね。
自分もやっぱり免疫が、年とともに免疫能が下がる。
例えばフルマラソンを走って、それを自分の体が体感する機会が増えたんですね。
私の場合はどっちかというと、この喉のところの陰糖源になりがちだったんです。
それをそうならないためにどうしたらいいかということで、
自分の免疫能を上げるために何をすべきかというあたりは結構自分なりに調べたりして、
詳しいドクターの方にお話を聞いているということで、自分なりにコントロールできていると思います。
やっぱりちゃんとそういうことにアンテナを張って、情報をいろいろな形で自分の中に取って、
それで改善をしているというような、体に対しても常に情報を取って何か結びつけるようなことをされてきたのかなという気はしますね。
はい、もうその通りで。
やっぱり走り出してランニングの関連雑誌を読むようになって、非常にその話題が多いじゃないですか。
やっぱり朝何を食べたらいいというようなのがあって、
やっぱり必ず出てくるのは納豆、ヨーグルト、チーズ、糖ですよね。
そういう炭成化物ばっかり食べるんじゃなくて、タンパク質も取って、
タンパク質を何で取るかは別ですけれども、発酵商品とかそういうものはたくさん食べた方がいいですよと書いてあって、
それはもう僕も10年くらい続けています。
やっぱり続けることが大切だったのだと。
さらに、例えば免疫能で言えば、そこにサプリメントですよね。
サプリメントって言っても、もう数多のサプリがありますから、お薬とは違うんで、
自分のやっぱり体に合うもの、それからあんまり効果を認識できないものって色々あると思うんですよ。
ですから、自分の体に合う何か効果を体感できるようなものを探していくっていうのは、一つ面白みもあると思うんですよね。
そういう観点で見て、私は昨年の6月くらいにあるサプリメントに出会いまして、
それを毎日服用するようになってからは、さらに自分の免疫能は向上しているのではないかと勝手に思い込んでいますし、
それからグラグラっと来る時に、先ほど言いましたフルマラソンを走った後とか、
そういう時に何か短時間でそれを回復する方法とか、そういうものがないかと。
そういうあたりは結構世界会社にいたということもあるので、とっても興味があって、
自分の体を使ってそれを試して、自分に効果があるものは何なのかというのを見つけるということはライフワークとしてしています。