#210 納税問題 24/5/5
マルコ12:13-17からの礼拝説教。2024年5月5日録音。しばらく前から(11:27)イエス様とユダヤのサンヘドリンよりの使者たちとの神殿内でのやり取りが続いています。「ことばじりをとらえようとして」と質問者の悪意が明示されていますが、イエス様に問われているのは「ローマの皇帝に納税することは神の律法にかなっているのか」という問題です。1.背景と言葉の罠、2.地上の権威に対して、3.神様に応えて生きる、の3点から考えて行きましょう。
#209 ぶどう園のたとえ 24/4/28
マルコ12:1-12からの礼拝説教。2024年4月28日録音。神殿での宮清めの出来事から話が続いています。今日のたとえは、登場人物が誰を指しているのかが明確であるという点で大変興味深いと言えます。それぞれが実際誰を指しているのかをまず学びます。1.たとえの解説、2.学ぶべき教訓、3.聞くべき福音の3つの点から考えて行きましょう。
#208 プライドと我儘に対して 24/4/21
マルコ11:27-33からの礼拝説教。2024年4月21日録音。今日の場面ではプライドが高く自己中心的な存在として「祭司長たち、律法学者たち、長老たち」が登場します。彼らとイエス様のやり取りが描かれていますが、そのやり取りから、1.神の権威と人の権威の隔たり、2.プライドとわがままの問題、3.イエス様と弟子たちの進む道、の3点を取り上げて、私たちの人間関係や生き方の知恵となるべきことが何かを探ります。
#207 祈りに欠かせないもの 24/4/14
マルコ11:22-25からの礼拝説教。2024年4月14日録音。イエス様はこれまで繰り返し「神様を信じること」、「救い主イエス様に信頼すること」の大切さを教えてきました。今日の箇所ではその教えが祈りと深い関わるがあることを明かしています。1.神を信頼することの大切さ、2.信じ切ること、信頼し続けること、3.赦すとは、の三つの点から祈る上で欠かせないものを取り上げます。
#206 祈りの家 24/4/7
マルコ11:11-21からの礼拝説教。2024年4月7日録音。日本の桜見物に今や世界中から人が訪れるように、イエス様の時代のエルサレムにも世界中から過越の巡礼者が訪れたのです。そのためエルサレム神殿は捧げものの動物の売買を中心に賑わっていたのです。また今日の箇所では満開の桜の木ではなく、実りのないいちじくが話題になっていますが、それを巡るイエス様の言動をどう理解するかが難しいとこの箇所だと言われています。まずそれを最初に考えて1.枯れたいちじくのなぞ―行動によるたとえを取り上げます。その後2.商売と祈り―教会の本質、3.イスラエルと異邦人-祈りの家に招かれる人、の3つの点をもとに私たちとの関りを考えて行きましょう。
#205 復活がなければ 24/3/31
ヨハネ20:24-31からのイースター礼拝説教。2024年3月31日録音。 今日の聖書箇所では、復活のイエス様を信じなかったトマスとイエス様のやりとに焦点が当てられています。それから後の時代において、イエス様の復活は目撃証言によって事実であると確証されてきました。また現代では、たとえば分子生物学で博士号を取得し後に英国オクスフォード大学の学院の1つウイクリーホールの学長を務めた神学者のマクグラス氏も、イエス様の復活の意味や意義について述べています。これらのことを含めて、1.イエス様の復活が無ければ虚しい、2.復活の証人と証言、3.見ないで信じる幸い、の3点からイエス様の復活について考えていきます。
#204 教会のABC 24/3/24
ヨハネ15:1-172024年3月24日礼拝説教。米国のピナクルミニストリーのゲイリー・ハリソン先生のメッセージを日本語の通訳と共にお届けします。「教会とは何か?」そのABC・基礎について次の3点を取り上げます。A - Abide in Christ・キリストに留まる、B - BEAR MUCH FRUIT・多くの実を結ぶ、C – Caring; We Need to Love with abandon・思いやり:私たちは無償の愛が必要である.
#203 期待はずれの救い 24/3/17
マルコ11:1-10からの礼拝説教。2024年3月17日録音。神様の助けが必要な時に期待が外れるようなことがあるかもしれません。今日の聖書箇所で記されている、十字架に向かうイエス様も群衆が期待した救い主の姿と違っていたのです。キリスト教の暦ではイースターの1週前の日曜日を棕櫚の日曜日(パームサンデー)と呼びます。今日の箇所がちょうどそこに当たります。まずこの箇所にある旧約聖書の背景について学びましょう。1.王なる救い主としてのエルサレム入城、2.「私たちをお救いください」、3.期待に反した不思議な救い、の3点を取り上げます。
#202 執拗に具体的に祈る 24/3/10
マルコ10:46-52からの礼拝説教。2024年3月10日録音。今回取り上げる出来事はマタイとルカを含む3つの福音書に書かれています。しかし3福音書の中でマルコにだけ盲人の名前がバルティマイと紹介され彼の一挙手一投足に注目が集まる様に描かれているのです。なぜならこの福音書はバルティマイの姿を通して後のクリスチャンたちに何かを教えようとしているからです。その教えは試練の時の祈りと関連しています。ここからどのように祈ったらよいかを、1.しぶとく願い続ける、2.願いをはっきり知り伝える、3.生活のただ中で目が開かれイエス様について行く、の3つの点から考えましょう。
#201 偉大な家政婦のように 24/3/3
マルコ10:35-45からの礼拝説教。2024年3月3日録音。イエス様は、偉大になりたいものは「仕える者」に、一番になりたければ全ての人に対して「しもべ」となるようにと教えました。これは世間一般の常識に相反する価値観かもしれません。さらに続けて弟子たちに対して、イエス様自らがその模範であることを教えました。そのイエス様の生き様は後の弟子たちを劇的に変えることになるのです。これらのことを1.苦難の杯とバプテスマ、2.偉大な家政婦、先頭に立つべき奴隷、3.愛の証しとしての代価、の3つの点を通して学びましょう。