#200 苦難と謙遜の道へ 24/2/25

Feb 25, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ10:32-34からの礼拝説教。2024年2月25日録音。最初に専門的で学術的な話をします。皆さんに聖書を深く学ぶ楽しさや、キリスト教信仰が学問や歴史と伝統の観点からも確かなものであることを知って欲しいと思うからです。それらの検証から始めて、苦難と謙遜の道へ向かうイエス様の姿から学びましょう。1.三つの福音書の比較、2.受難のメシヤ(マルコ内での比較)、3.先頭に立つイエス様、の3つの点を取り上げます。

#199 百倍の報酬 24/2/18

Feb 18, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ10:28-31からの礼拝説教。2024年2月18日録音。何かのために大切なものを手放すという経験をしたことがある人は少なからずいるでしょう。ペテロはイエス様に「全てを捨ててあなたに従ってきました。」と迫りました。イエス様は「そのような人はこの世では百倍の報いを、来るべき世では永遠のいのちを受け取る」と約束して下さったのです。そのやり取りをもとに、1.すべてを手放した心の叫び、2.百倍と永遠の報酬の約束、3.さかさまの地位、の3つの点を見て行きましょう。

#198 富と永遠のいのち 24/2/11

Feb 11, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ10:17-27からの礼拝説教。2024年2月11日録音。今日の箇所でイエス様はこう言いました。「あなたが持っている物をすべて売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります。」この言葉を私たちはどうとらえるべきでしょうか。この問いに答えるためにこの言葉が語られた背景を丁寧に探る必要があるのです。その先に永遠のいのちと富との関係について見えてくることがあります。そこを目指して1.第一義的な意味:イエス様に直接教えを聞いた人、2.人は自分を救うことができない―神のみができる、3.神から私たちを遠ざけるものについて、3つの点から学んで行きましょう。

#197 子どものように 24/2/4

Feb 4, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ10:13-16からの礼拝説教。2024年2月4日録音。「神の国はこのような(子どものような)人たちのものです」と「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。」。これは今日の聖書箇所に出て来るイエス様の言葉で、良く知られています。では神の国に入る条件ともとれる「子どものように」とは一体どういうことなのでしょうか。それを知るために1.神の国は何もできない人のもの、2.神の国に入るのは「信頼し受け取る人」、3.祝福は霊的のみではなく現実的である、の3つの点から考えます。

#196 男と女と結婚 24/1/28

Jan 28, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ10:1-12からの礼拝説教。2024年1月28日録音。今日の聖書箇所でイエス様は、敵対者の質問による罠を回避しました。その中で質問者の問題の本質をとらえ男性と女性と結婚について教えています。その教えを紐解く中で、性別に関わらず人は尊い存在である理由や結婚が神聖で結婚の誓約を守り抜くべき理由が見えてきます。1.パリサイ人ら人間の頑なさ、2. 神は人を男と女とに造られた、3.夫婦は一体であり神が男女を結び合わせた、の3つの点を取り上げます。

#195 3つの治療法 24/1/21

Jan 21, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ9:38-50からの礼拝説教。2024年1月21日録音。今日の箇所では「もし、あなたの手があなたをつまずかせるなら、それを切り捨てなさい。」をはじめとするイエス様の過激な発言が目に留まります。それらの言葉は、当たり前すぎて気づくことさえなかった劣等感や独善等の問題に目を向けさせて救いを与えるきっかけとなるのです。その過激な表現を読み解きながら、1.引け目を癒す報い、2.独善を直す外科手術、3.痛みの塩化ナトリウム、の3つの点から考えてみましょう。

#194 仕える人に 24/1/14

Jan 14, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ9:30-37からの礼拝説教。2024年1月14日録音。今日の箇所では人の内に潜む名誉欲や支配欲、或いは不健全な成功願望が指摘されます。それに気づき仕える人となるようイエス様は教えているのです。一方で聖書はその登場人物の立場になって考えると良く理解できます。今日の箇所でイエス様に問い詰められている弟子たちの立場になって考えてみましょう。その立場を理解するとピンとこない言葉の衝撃や慣れ親しんだ言葉の新鮮さを知ることができるでしょう。1.弟子たちの社会的地位、2.「支配者ではなく仕える者になりなさい」、3.取りに足りないと見えても、の3つの点を取り上げます。

#193 祈りとは 24/1/7

Jan 7, 2024 HIKARU KISHIO

マルコ9:28-29からの礼拝説教。2024年1月7日録音。今日の箇所は先週取り上げたお話しの続きです。信仰と祈りがテーマのこの箇所から、1.祈りの言動力は力不足、2.祈りは信頼の表明、イエス様との心の交流、3.信仰のガイドとしての祈り・信仰の向きと焦点を「願い」に向ける、の3つの点から学びましょう。

#192 信仰と不信仰の狭間で 23/12/31

Dec 31, 2023 HIKARU KISHIO

マルコ9:14-27からの礼拝説教。2023年12月31日録音。本日は2023年大晦日の礼拝です。2023年は世界情勢や日本の政治や芸能の世界でも様々なことが起こりました。そして私たちもそれぞれの生活の中で試練に合ったことでしょう。このような中で私たちは揺るがず過ごせたでしょうか。 今日の箇所では信仰と不信仰の狭間で揺れ動く人々が出てきます。その姿は「神様を信じているけれど信じ切れない」私たちと重なります。今日の箇所に登場する人たちとイエス様のやり取りから、1.弟子たちの不信仰、2.父親の不信仰、3.不信仰から信仰へと導くイエス様、について取り上げます。

#191 クリスマスの救い主 23/12/24

Dec 24, 2023 HIKARU KISHIO

ルカ2:1-16からのクリスマス礼拝説教。ルカ2:10―11の天使が羊飼いに告げたこの言葉は世界で初めての、そして最も大事なクリスマス・メッセージです。クリスマスをお祝いしプレゼント交換をするのは神様が私たちに救い主イエス様をプレゼントとして遣わして下さったからなのです。このクリスマスの起源となった聖書の言葉をもとに、神様からのプレゼント「救い主イエス・キリスト」と私たちとの関りについて1.私たちを助けて下さる救い主、2.罪を償う救い主、3.永遠のいのちを与える救い主、の3つの点から考えてみましょう。