010 自分が変わると世界はどう変わるのか?〜中動態で捉える人と馬の相互関係〜
2026-07-23 37:16

010 自分が変わると世界はどう変わるのか?〜中動態で捉える人と馬の相互関係〜

今回は、前回に続き「中動態」の概念を軸に、人と馬、人と世界の関わり方について深掘りします。
自分と世界が相互に影響し合う「中動態」の視点から、牧場での子どもたちの過ごし方や、馬との非言語コミュニケーションを再考します。体験を単なる「お金とサービスの交換」ではなく「贈与」として捉え直すことで、当事者意識や感謝の感覚がどのように生まれるかを語り合います。
効率や対価を求める現代社会において、能動と受動を超えた場づくりの本質や、教育における身体感覚の重要性に気づくヒントが得られます。
教育、場づくり、子育てに関わるすべての方へ。ぜひ最後までお聴きください。

能動と受動を超えた「馬と人の関係」
中動態の場と「子どもの成長」
馬の姿勢変化から学ぶ「身体感覚」
現場で展開する「関係性の教育」
馬に乗らない選択が育む「自己肯定感」
体験を対価ではなく贈与と捉える「体験教育」
抽象と具体を往還する「学びとは何か」

▼配信

毎月 第1・第3日曜 朝

▼パーソナリティ

大堀 貴士(認定NPO法人ハーモニィカレッジ)
https://www.harmony-college.or.jp/

黍原 豊(一般社団法人三陸駒舎)
https://kamakoma.org/

▼コメントや感想、質問はこちらから

https://forms.gle/DXXT9babMNjbaaZq5

#馬 #ホースセラピー #自然体験 #子ども #教育 #馬と人の関係 #関係性の教育 #馬との対話 #野外教育 #自然教育 #体験教育 #非認知能力 #発達支援 #身体感覚 #非言語コミュニケーション #自己肯定感 #学びとは何か #教育の本質 #人はどう育つのか #答えは馬が知っている

贈与のめぐり 〜自然と生きる学び〜

[Verse]
風が吹きぬける 牧場の朝
決められた答えは ここにはない
引き寄せ合う視線 嘘のない鏡
馬の瞳に 映る自分を知る

[Chorus]
奪い合う世界から 離れて
与え合う大きな 流れに乗る
馬と人が織りなす 柔らかな関係
自然に学ぶ 生きることの奇跡

[Verse 2]
誰かが引いた 境界線を越えて
姿勢を変えれば 世界も変わる
押し付ける能動でも 受動でもなく
ただ共に息づく 中動態の場で

[Bridge]
太陽の光も 走る風も
全ては贈与と 感謝のめぐり
学びは静かに こころを満たす

[Outro]
答えはいつでも 馬が知っている
響き合う場所で 歩み出す

感想

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サマリー

このエピソードでは、「中動態」という概念を軸に、人と馬、そして人と世界の相互関係について深く掘り下げています。受動体、能動体、そしてそれらを超えた中動態という3つの状態を、馬との関わりや子供たちの成長、さらには社会全体との関わりに当てはめて考察します。特に、馬との非言語コミュニケーションや、子供たちが主体性を発揮できる「中動態の場」の重要性が語られます。体験を単なる「お金とサービスの交換」ではなく「贈与」として捉え直すことで、当事者意識や感謝の感覚がどのように生まれるか、そして効率化が進む現代社会において、能動と受動を超えた場づくりの本質や、教育における身体感覚の重要性について、具体的な事例を交えながら議論が展開されます。最終的には、自然の恵みや他者との関わりへの感謝、そして自分自身が世界の一部であるという実感を持つことの大切さが強調されています。

中動態の概念とその理解
答えは馬が知っている。馬という鏡が見つめる本当の自分。 この番組はハーモニーカレッジのお送りと
三陸駒舎の黍原が鳥取と岩手の牧場で馬と子供たちに向き合いながら現場での出来事やこれからの生きる力について語り合う対話番組です。
はい、ということで、前回
中道体について僕がいろいろ話したんですが、すごくちょっと抽象的というか概念的で大丈夫かなっていうところで、
前回と今回の間にちょっと振り返りをしたんですけど、その間に実は僕の前に作ったスライドを見ていただいたら、
わかるって話をしていただいてて。 そうだね、それを最初に聞いとけばよかったなってちょっと思って、
主体性と中道体をどう捉えたらいいのかっていうのが若干最初迷子になってたんやけど、
わかりやすかったのは
受動体と能動体と中道体っていうこの状態が3つあって、受動体から始まっていくけど徐々に能動体になり中道体になるみたいな
スライドを見せてもらった時に非常にわかりやすかったし、 馬のいる場、うちもそう、ハーモニーカレッジもそうやし、木原くんのところの三陸駒車も
多分その流れで 最終的に中道体の状態に
なってるんやろうな。で、その中道体の中に 受動体の人が入ってきても徐々にその流れに乗って自分の主体もそこで出せるようになってる
みたいな なんかこう
中道体はその場の状態みたいな関係性とかっていうところで、主体性とか自主性とかっていうのはその子自身の
なんか子にフォーカスしたことなんやなっていうのがすごいねわかりやすかったんで
自分が目指してきてた場作りはまさに この中道体の場作りやったなあっていうのを
何かね埋まる
なんていうかな アフターフォローしてもらって、はいありがとうございました
そう言っていただいて お見せした、一番なんかね、大って言っていただいたスライドは
3つ先手に、能動体一番上に書いてあって、自分と 世界っていう、自分から世界に対して矢印が向いてて
で、受動体はその自分と世界があって、世界から自分の方に矢印が来てて
中道体は矢印がこう両方に向いてるっていうか 相互にこうお互いにこう
なんていうかな変化して動いてるっていうな、そういうもんですよっていう
ふうに書いてたスライドでした。ちょっと後で概要欄にそのスライドだけ見れるようにつけときます
それはぜひ皆さん見てもらった方がいいなと思いました
中動態的な場と主体性の発揮
でもなんかね確かに、そうだから今その後その話しながらね、さっきちょっとこう間で楽屋トークした時に
中道体って別になんかその主体と別に何ていうか相反するものじゃないっていうか
その場に流れがこう生まれてて、そこに乗ってるような状態があると
なんていうのかな、そこからこういろんなものをこう受け取って
またそこの中で、こんなのやってみたいとかですね
うちだったら馬乗ってみたいとか、なんか普段全然
あの全く馬乗らなかった子たちが他の子たちに影響を受けて乗ってみようって思ったりとか
なんかそういう流れの中でこういろいろこう
その中からこうエネルギーというか意欲というか
力みたいなものが湧き起こる瞬間ってあるなっていう
多分流れがないと何も起こらないっていうか何も影響を受けないので
そういった部分ではそういう中道体的な場っていろんなものを引き起こす
きっかけを与えてくれる場になってくるんじゃないかなっていう
ちょっと話してて思いました
今この社会全体も実は中道体のはずなんやけど
それを感じられてなかった
例えば政治のこととかも
なんか自分は全く関係がないって思っちゃうと
なんか何もできない
で誰々が悪いとか今の政府がとか
日本が悪いとか
なんかどっかの国の首相が悪いとかって
なんかそういう風になってしまって
中道体の状態じゃなければなんかすごい評論家になってしまうというか
でも実はさっきの中道体の自分と世界っていう
世界とか社会とかそのコミュニティでもいいと思うんやけど
地域でもいいと思うけど
お互いが関係矢印がお互い関係し合ってるって思うと
自分もその場に影響を与えてるし
場から影響も受けてるって思えば
なんか他人事にならないというか
確かに
そしたら自分ができること何があるやろうって思えたり
自分ができることをもっとなんか増やしたいなって思ったり
していくと意欲にもなると思うし
なんかそうやって実は
関係し合ってる中でこう暮らしたり
生きたりしてるっていうのを実感するってすごい重要やなって
それが効率化したりとかすると
中道体よりも能動と受動が
能動側と受動側がいた方が
その矢印の生き生きが明確で
教える側と教えられる側とかってやると
短時間で情報を一方的に
知識を一方的に教えることっていうのは
やりやすいのかなとは思うんやけど
でもある時そういうことも必要かもしれないけど
例えば学校
子どもたちが通う学校って思うと
授業の中でそういう時間があってもいいけど
全部それじゃなくて
なんかこうお互いが影響を与え合えるような時間もあり
学校全体も実は先生が作ってるわけじゃなくて
一人一人の生徒が何かしら影響を与えてるとか
っていうふうに思えると
なんか
もっとみんな
自体を発揮できるし
優しくなれる気がしたなと思ったね
大らかになれるっていうのかな
そうですね 今言ったように
自分が生きてる世界とか社会と自分って
無関係じゃないよっていうか
常に関係してるよっていうふうに思えると
何でも自分ごとになっていくというか
無責任でいられなくなるというか
俺好きなコマーシャルがあって
ジョージアのコマーシャルで
山田孝之が出てて
世界は誰かの仕事でできているみたいな
最後コメントが出るんやけど
ちっちゃい男の子がお父さんと
ジョージアの自動販売機で
ジュースを買うみたいなシーンから始まんねんけど
その時に子供が
ねえねえお父さんこの世界は誰が作ってるの?
とかっていう疑問を投げかけて
そしたらお父さん一瞬ギクッとして
そしたら周りにいる大人が
いや俺が作ってるよみたいなことを言うんよね
そしたら他の人がいやいや俺でしょとか
そしたらみんながいや俺だよ俺だよっていうのを
ブワーって言って
で最後躊躇してたお父さんが
いや俺だとかって言って
で最後子供がいや僕だとかって言って
なんかすごいCM見た時に
こうやって自分が社会に参加できてるとか
社会に影響与えれてる主体って思えたら
すごい素敵な社会になるなって思ったりして
すごい15秒ぐらいのCMやねんけど
なんか俺はすごいこう
こういうふうに
大人も子供も思えたらいいなっていうふうに思った
そういうすごい好きなCMがあるねんけど
まさにそれがあの中道体の状態で
それが流れてみんながその中で主体を発揮してる
っていう手応えを感じてる状態なんやなっていうのを
思いました
馬との関わりから学ぶ中動態
あのシリーズ好きなんよねめっちゃ
別にあの案件とかでもないけどねこれは
いやでもなんか馬とやってるとやっぱりこう
例えばなんなんとか話してるとこに
自分ポッと入ると馬の状態で変わったりするじゃないですか
でまた違う人が入るとまた違う感じになったりとかして
なんか自分が関わると変わるんだなっていうのを
即座に反応見せてくれるから
非常になんかそういう中道体的な感覚を
感じさせてくれる上では
馬ってすごくいい相手になってくれるなっていうふうには思ってて
しかも自分がちょっと変えるとまた変わったりとかもする
これ前も話したかもしれないけど
ある時不登校の女の子が来てて
引き馬をしてたんですけど
そういう子ちょっとこう俯き加減で歩いてた子が
ちょっと胸張って歩いてごらんって言って
ちょっと体の猫背だったのちょっとこう
顔を上げて胸を開いて歩き始めたら馬もスッと変わったんです
そういうのをこう
なんかちょっと自分が変わると変わるっていうのが
その一瞬で起こるから
そうした時にその子もなんか顔がパッと変わったんですよね
ちょっと変えたら変わったみたいな
そうなんかこう自分が変わると相手も変わるっていう
なんかその先が相互の変化っていうか
っていうのを即座に
しかも偽りなくというか
なんていうかいわゆるやってる感じなんていうか
やってるなじゃなくて
ちゃんとこう相手を見てやってくれる
逃げたとこ付き合ってあげちゃったりとかそういうのあるけど
まあある意味厳しいとこもあるけど嘘がないから
そういった部分ではなんか
自分が変われば
なんか世界って変わるんだなみたいなところを体感できる
そこいい相手になってくるなっていうのは
よく思ってるとこでした
中動態的な場づくりの実践と課題
なるほど
確かに
その自分の姿勢とか心持ちが変わるだけで
本当に変わるもんねその
確かにその感覚をつかませて気づかせてくれる
馬たちはねすごく
なるほどな
だいぶ中導体がストンと落ちた大森さんですけど
現場でこれ中導体的だったなとか
今思い返せばとかっていうのは何かあります?
そういう場面とか
そうねなんかやっぱりこの2回中導体の部分の
主体性の話から始まったけど
中導体に今行って
ハーモニーカレッジの場が
そういう場なんやな中導体の
こうなんていうかな
ある状態なんやなって改めて思いました
でもその中導体は
僕自身が作ってるわけでもなく
やっぱりその場にいる人たちがみんな
いろんなこう
主体であったりとか
受け身であったりとか
いろんな人たちがいるんやけど
その中でこうやっぱり流れができて
絶対的な
条件としては
安心感があるっていうのは結構重要やなって思ったりもしたし
みんなが主体っていう感じがすごいあるなって思ったんで
牧場の活動だけじゃなくて
働く職場としても
例えばいろんなスタッフがいるんやけど
若手も
年長者も
いろんな責任者のメンバーも
それぞれに
その場とかその組織に影響し合ってるっていうのが
すごく今回の中導体っていう概念が入ったことによって
なんかスッキリと受け取れたというか
これを目指してたんやなっていうのを
すごいわかったんで
この感覚を
場を作ってたり組織を作ってる
人たちの中に
インストールできたら
いいなっていうふうにちょっと思ったんで
ぜひ今回は聞いてもらったり
その概要欄についてるPDFも
ぜひ見てもらいたいなっていうふうに
思いました
なんか抽象度が高いので
結構
掴むまでに時間がかかったりしたけど
こういう抽象度の高いものって
なかなかテーマにあげるの難しいやんか
難しいですね
でもなんかこう
大切やなってすごい思ったな
今回はまた木原くんにすごい
いいテーマをあげてもらって
すごい勉強だったな
なんかね 自分の中ですっきりしました すごい
木原くんはこの中道体っていう言葉に
今の自分の場が
それを目指してたなとか
そういえばそうやったなっていうようなことって
日々あるんかな
そうですね
感じてるのは日々のルーティン作業みたいなところは
すごく流れを作ってて
それが大きな一つ
この場所の中道体的な場を作ってる
大きなサイクルというかになってるのと
あとは馬とやってるとき
1対1とかでやってるときに
なんとかしてコントロールしようとか
何かさせようとかってやっても
なかなか馬に強制力を働かせようと思っても
うまくいかなくって
一緒にやっぱりやるっていう感覚持ってないと
伝わんなかったりとかできないなっていうのは
より何かこう
無理やりやろうとすればするほど
反発されるというか
そういう感じはあるんですよ なんかね
そのときに能動的じゃなくて
もうちょっと中道体的よりな
関わりってできないかなみたいなところは
思ったりするし
あと子供もなんかそうだなっていうか
特にうちに来てる子たちなんかは
結構全員が全員じゃないですけども
結構こう自分の好き嫌いがはっきりしてて
もうダメだまだダメみたいな感じになるので
そのときになんか
さっき言った日々の動物の馬の世話とかも
やるときもあればやらないときもあったりとかして
やらないって言ったときに
今日やりたくないとかってときに
どうやったら一緒にできるかなみたいなところを
考えるときにちょっと
流れをどうしたら作れるかみたいなところを
意識を持ちながら一緒にやるとか
そういうことを考えたりするときには
ちょっと中道体的な関わりかなって思ったりしてます
その馬を作ってるときにすごくこう
中道体の状態になったんやろうなって思った
エピソードというか
今聞きながら思い出した
もう一個思い出したのは
結構うちのいろんな授業は
子どもたちの主体性が発揮されるか
自由度が高いというか
だから馬に例えば乗る場とか乗れるところとか
うちのポニーキャンプとかってあるんやけど
そのキャンプに来る
来たいって思ってくれる子たちはいる
たくさんいるんやけど
キャンプが例えば3泊4日とか
5泊6日とかあるけど
1回も乗らずに帰る子とかもいるんよ
で親からしたらポニーキャンプに行かしてんのに
なんで馬乗らんのみたいな
そういうことがたびたび起こったりするんよね
でも馬に乗せるキャンプじゃないからさ
あくまで子どもたちが
自分たちで考えて決めてやってみる
それが保証されて
それがたまたま馬じゃなかったっていうだけで
やりたいことが他にあったから
だから別に何もしてなかったわけじゃなくて
決められたことじゃないことに
熱中するものが見つかったから
馬に乗ってなかっただけなんやけど
どうしても馬がいる場は
馬に乗ったか乗らないかみたいな
そこにすごい集中されがちっていうか
例えばお金キャッシュポイントも
お金馬に乗ればお金を払うっていうのは分かりやすい
でも馬に乗ってない触っただけですけどみたいな
そこでお金もらおうと思っても
納得できないとかってあると思うから
やっぱりその馬がいる場の
入り口として価値は乗れるっていうところに
思われやすいんやろうなとは思うけど
でも日比原くんとこもうちも
乗れることに価値を
乗れることだけに価値を置いてないというか
そこも価値やし素敵な部分やけど
そうじゃない部分も
餌作るところもそうやし
掃除するとこもそうやし
馬が怪我したらそれを看病するところもそうやし
馬のために草刈りをして
その草を馬にあげる部分もそうやし
いろんなことが相まっていいと思ってるから
でも実際じゃあそれで体験で
経済を発生させれるところってなると
馬に乗ったか乗らないかみたいな
とこになりやすいなと思って
馬をこう作って
中導体の状態を作りたいなとは思うけど
そこに価値を見出してもらったりすることっていうのは
入り口では結構難しいなとも思ってて
体験を贈与として捉える視点
今日もこの後子供たちが午後集まってきて
馬と関わるんやけど
半分ぐらいかな乗る子
それ以外は乗らないんよね
最初親は乗りなさいとか
乗るって約束したよねとかっていう会話が結構ね
横で行われてたりとかするよね
でも子供たちはもう遊びたいことが別にあったら
もう乗るのも気がそぞろで
なんかもう一回乗ったからみたいな
親との約束守ったからもう遊んでいい
みたいな感じになる時もあって
俺はそういうのも楽しいし
あの面白いなって思えるけど
親からしたらなんで馬乗らへんのとか
乗らんかったらもう行かさへんよ
みたいな会話が行われたりして
でもだんだん通ってきたり
ここに関わっていくと
なんかどうもそれだけじゃないんやなっていう風に
変わってくる
だからその親も中道隊の流れに乗っていくというか
最初はその流れを外部から見て
子供にその中で馬に乗せたいっていう
流れに乗るとかじゃなくて
何流されてんのみたいな
あんた馬乗るって言ったから入れたやで
みたいな習い事みたいになると
中道隊の状態が守らんと担保されへんねんけど
もうすでにそこには中道隊の大きな流れがあるから
子供たちはどうしてもそこで
自分馬以外のものに興味関心が示したら
そこもできるよっていう場なので
そこの流れに乗らずに
外からちょっと見学してるとかいう状態やと
なかなか理解されにくいなっていうのは
感じる場面があったかな
だからどうやって親も一緒にその流れに入ってもらって
別に真ん中の方に行って
すごい速い流れに乗ってほしいわけじゃなくて
緩やかでもいいから
子供たちが流れてる中でやってることを
自分も流れながら見てもらえる
そんな仕掛け作れたらいいなっていうふうにちょっと思いました
非常にさっきのお金払ったから
なんかしてもらえるみたいな
受動隊って言ったじゃないですか
体験を
確かに確かに
そういうどうしてもなんかその
もう一個違う世界あるよっていうところは
なかなか普段の生活の中だと
もうだんだんなくなってきてるというか
ほとんどがなんかね
結局交換でね
すべてお金払って何か受け取るとか
だから多分体験の場って
そういうなんか交換じゃないよねっていうのを
やっぱ伝えていかないといけない気がしますね
本当そうですよね
で馬も乗せてもらえるのも交換じゃなくて
だって馬ただただ乗せていただきだから本当に
贈り物じゃないですか
なんかね
別に馬乗せる必要全然ないのに人人間
全くないのに馬としては
何も渡してもらってませんけどみたいな
餌飼い稼いでるのは人間側の話で
乗せようが乗せまいが草食べてるしみたいな感じだから
そことは全然違う
贈り物の世界というか
ですよね
今日なんかちょうど
沢会を開くんやけど
保護者の方と
子どもたちともやりたいんやけど
まず前半はまずちょっと
スタッフとボランティアの学生と保護者の
まず大人で1回沢会やってみて
いろんな思ってることを場に出してみようっていう
対話の時間を作るんやけど
やっぱり秋ぐらいには
子どもも含めてそういう場で
一緒に話したいなと思って
まずはちょっと大人バージョンで
やってみようっていうのが今日はあるんやけど
なんかおかげさまでなんか
いい場が作れそうな気がした
なんかあの
自分だけが作るんじゃないっていうふうにも思えたし
ここに来てくれてるみんなが場を作ってるんやっていう
そういう視点になれる気がしたんで
めちゃくちゃいいタイミングで
中道隊の話インストールしていただきました
ありがとうございます
でも今の話さっきの本で
世界は雑用でできているっていう本があるんですけど
その中で本当に
いわゆる交換じゃなくて
世界ってそもそも本当は雑用の連続だよねっていう
そういったとこで
さっき言ったお金払って体験してるのにじゃなくて
どうしたらその場にあるものを受け取れるかっていうところは
大人側がもう既にそういう既に
こんだけ頑張ったから
こんだけ受け取れるのは当たり前でしょみたいな感じだし
そういう感覚にもう雑用じゃなくて
交換の方に完全に入ってしまってるので
そうやんな
だからなんか分業したりとか
効率化するとそういうのを感じにくくなるんやろうね
おかげさまとかありがたいとかって
いうので
その想像力が働くから
例えばここで米が食べれるのも
農家さんがこういう作ってくれるからとか
こういうふうに雨が降ってくれるからとか
いろんなことに思いを馳せると
ありがたいなって思えたりするんやけど
でも米買ったん
俺がお金出してるから
食ってあって当たり前やって思っちゃうと
感謝が生まれないというか
サービスに対して損か得かみたいな
感覚になってしまうんやなって思って
本当に流れ
自分の手元に来るまで
例えば馬に乗るまでに
どれだけのプロセスがあって
安全に馬が乗れる状態になってるのか
日々一日も休むことなく
馬を見てくれてる人がいるとか
安全に乗れる馬になってる状態って
やっぱりすごい人の手がかかってるからさ
そういうところまで思いが馳せれたら
なんかこう
ありがたいなって思ったりするんかなって思ったから
やっぱりどれだけ想像力を
働かせることができる状態にあるんかっていうのは
すごい中道隊はそういう状態も
俯瞰できるんやろうなって思った
なんかサービスする側と受ける側っていうことになると
そういう視点になりにくいなと思ったんで
おかげさまとかありがたいっていう言葉
学びの抽象度と具体的な実践
日本語はそういう実は背景とか
プロセスに対してのこの想像力を働かせれてる状態が
日本はずっとあったやろうね
だから体験は象余ですよって
言わないと勘違いしちゃうというか
お金払ってるからこんだけ体験させろよ
いやいやそうじゃないからみたいな
中道隊からは離れるんですけど
ちょうどそういう話が出てきたので
フィジオクラシーっていう考え方というか
クラシーなのでなんとか主義なんですけど
フィジックスって万物主義って
直訳するとそうなんですけど
また新しいすごいワードが出てきた
ちょっと待って
日本語だと獣用の獣に農業の農なんですけど
獣農主義ってなってて
なんだっけケネーさんだったかな
ちょっと名前忘れちゃった
話提唱したんですけど
大航海時代にいわゆる獣匠主義って商業
いわゆる故障とか紅茶とか
産地からいいものを持ってきて
攻撃すれば国は飛んでいくんだっていう
形になってったとこに
いやそうじゃないよっていうふうに
ストップかけたというか
なんとか暮らしたから
民主主義とかもそうです
デモクラシーとか
そうじゃなくて富の源泉っていうのは
そもそも太陽が降り注いで
さっきお米だとわかりやすいです
それを稲が合成して
たまたまそこから先は人間がかかってるから
お金で交換してるけども
そもそも太陽が降り注いで
それって別にお金払ってるわけじゃないんですよ
太陽にこんだけ使いましたからって言って
僕たち支払いしてないのに受け取ってるっていう
そもそもの富の源泉っていうのは
万物の象余から来てるっていう
ところにあるっていう考え方です
人間側の社会ではどうしても必要だから
交換するためにお金が開催してるけども
元を辿っていくと全部
馬も生きてるのも草食べてるじゃないですか
人間が動くのもご飯食べるのも
全て元を辿っていくと
そのエネルギーがあって馬の世話もできるし
確かに
松下幸之助さんもそんなことをお話しされてたなって
すごい自分が何でもできるって思いやすいけど
自分は何も実は作れてないんやと
例えば米も
あなたが自分が作ったって思うかもしれないけど
水も土も空気も何も自分は作れてない
本当に自然が自分が植えるとか
サクツケするとかって行為はするけど
でもあとは自然が育ててくれてるとか
あと空気とかもね
その当たり前のように吸って吐いてしてるけど
この空気が途端に世界からなくなったとしたら
もう数分後には全人類が死んでしまうくらい
もうなくてはならないありがたいものやけど
それは誰一人として人は作れない
そこに感謝をする気持ちとか
当たり前って思うとおごりが出てくるみたいな
なんかそんなことをメッセージされてる話を聞いた時に
本当やなって
なんか自分が何でもできるとか
お金さえあればとかっていうものじゃなくて
そういうことで自分たちは生かされてるとか
っていうところまで思いが馳せたら
なんかおごり高ぶらないなって思ったりしたから
その松下隆介さんの
ちょっと今すぐは出てこないけど
不明な時にそこはすごいビビッときたから
さっきの銃の主義やったかなと
すごい相通ずるものがあるなと思いました
なるほど
その反対が銃傷主義って呼ぶか
はいということで時間がだいぶ長くなりました
今回の収録の振り返りをして終わりにしましょう
いかがだったでしょうか
いやあの今回もまたたくさん勉強になりました
ワードもそうですし
この抽象度の高いことの中に
大切なものを見つけることができたなというふうに思って
自分も知らず知らずに
そういう場作りをしてたりとかしてたのに
新たに定義づけができたなというふうに思ったんで
聞いてるリスナーの皆さんからすると
抽象度が高くてわかりにくいみたいな回やったかもしれないけど
でも実はこういうことって大切やなっていうふうに思ったんで
それぞれの現場で今ある具体のタスクとか業務とか
やるべきことの話だけじゃなくて
なんかあり方とかどういう状態がいいかみたいな
そんななんか話もできる関係性であったりとか
そういうことができるゆとりがあるといいなっていうふうに
ちょっとじわっと自分は気持ちよかったので
そういう価値をすごい感じた回でした
ありがとうございました
吉原くんはいかがでしたか
話しながらすごい抽象的だなと思いながら
だったので
次はもうちょっと具体の話したいなっていうところはありつつも
でもなんかこう
なんだろうな
うちに来る方
普段ね子どもたちの子たちも別に馬の世界に
そのまま進んでいくわけじゃないので
その子でなんかこう受け取ってるものって
どういうふうに日常とかその後の成長というか
その先に生かしていけるのかなっていうときに
ちょっと抽象的なこともあると
他にもつなげていくこともできるかなっていうのはあるので
こういうときもこういう回も必要かなっていうのを
ちょっと思ったりしましたなんか
別にたぶんそのポニーキャンプ来た子が別に全然馬以外のとこで
いろんなとこで活躍すると思うので
この間隔ってそういえば
あそこのハーモニーカレッジで得たのが
すごい働き始めて生かしてるなとか
そういうことの話するなんかとてもいい
なんかこうなんていうかツールというか概念というか
なるんじゃないかなっていうのはちょっと思ったりもしてたので
はいまあ難しいので
そううちも内部で話するんですけど
それをなんか保護者とか
その地域の学校とかとは
なかなか共有できないなっていうのがあるので
そこはちょっと課題だなと思いながらも
まあでもこういう話も
大森さんみたいに現場もってやってるから
こう共有してできるので
僕自身は楽しく話ができてよかったです
いつもありがとうございます勉強になります
はいということでお聞きいただきありがとうございました
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それでは良い一日をお過ごしください
自然に生きることの奇跡
誰かが引いた境界線を越えて
姿勢を変えれば世界も変わる
押し付けるのどうでも自動でもなく
ただ共に生きつく中導体の場で
37:16

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