102 なぜ馬は人を肩書きで見ないのか? ── 社会的マルトリートメントを突破する力
2026-04-11 16:16

102 なぜ馬は人を肩書きで見ないのか? ── 社会的マルトリートメントを突破する力

エピソード101の続きです。

今回のテーマは、社会的マルトリートメントを馬がどう予防し、私たちの心を解きほぐしていくのか。日々の生活の中で、私たちは無意識に社会の評価や順位付け、そして「こうあるべき」という目に見えないルールに縛られています。馬は、そんな私たちが身にまとった重い鎧を、驚くほど鮮やかに脱がせてくれます。

馬は人を役職や障害の有無、過去の経歴で判断することはありません。そこにあるのは、その瞬間に結ばれる純粋な「関係性」だけです。人間社会の損得感情から離れ、馬という「社会の外の存在」と体全体で対話する。その時、私たちの内側では言葉を超えた深い気づきが生まれ、長年染み付いた価値観が静かに書き換えられていきます。

子育てや教育、福祉の現場で「正しさ」に息苦しさを感じている方や、子どもとの向き合い方に悩む方へ。馬との関わりが、なぜ凝り固まった心と体を整え、本来の健やかさを取り戻すきっかけになるのか。その本質的な理由を、岩手の豊かな自然の気配と共にお届けします。馬の鼻息が聞こえてくるような、ゆったりとした時間の中で、自分自身を見つめ直すひとときをお楽しみください。

ぜひ最後までお聴きください。

社会的マルトリートメントと馬の役割
教育虐待を生む社会的な価値観と抑圧
肩書きで見ない馬と人の関係
社会の外の存在としての馬との対話
非言語コミュニケーションが拓く世界
身体感覚を磨き、体が変わる学び
馬と身体合宿:体験が生む心の成長

■馬と身体合宿

https://shintai.kamakoma.org/

▼パーソナリティ

黍原豊 きびはらゆたか(一般社団法人三陸駒舎)
https://kamakoma.org

▼お便りフォーム

https://forms.gle/9St7s9semEhuF3DR8

最後に流れる曲は、本編で話した内容を文字起こしして生成AIで作詞作曲しました。

■ 関連エピソード

101 社会的マルトリートメントを予防する「場の力」の構造:馬という非人間基盤の役割

そもそも「社会的マルトリートメント」とは何か。社会構造が子どもや弱い立場の人に与える影響と、馬の存在が持つ可能性の入り口について詳しく解説しています。

https://podcasters.spotify.com/pod/show/kamakoma/episodes/101-e3gug9e

039 劣化する社会から子ども達を奪還せよ

ロゴスの支配する劣化した社会から子どもを「奪還」せよ。人間中心主義を超えた自然(ピュシス)の世界に触れさせ、生の活力を取り戻すための、宮台真司氏の知見を交えた戦略論。

https://podcasters.spotify.com/pod/show/kamakoma/episodes/039-e1e0k2h

096 馬と身体と、ゼロポイント〜馬と身体合宿2025-05振り返り(前半)

身体と心理の「脱力」がもたらす柔軟な対応力。馬のミラーリングで自身の力みを自覚し、強制ではない「同調型リーダーシップ」を獲得するプロセス。恐怖を安心に変える「ゼロポイント」の重要性。

https://podcasters.spotify.com/pod/show/kamakoma/episodes/096-2025-05-e3419tg

■テーマソング

社会の外側の世界

[Verse] 築百年の古民家 四頭の馬と暮らす 誰かが決めた物差しで 順位をつけられる日々 「もっと頑張らなきゃ」って 自分を追い詰めて 心に痣(あざ)ができる 社会の枠の中で

[Chorus] 馬はあなたを肩書きで見ない 社長も 子供も ただの「命」として 言葉やルールの その外側に広がる 本当の世界を 思い出させてくれる

[Bridge] 頭で分かっていても 身体は覚えている こびりついた価値観が 心を縛るから 馬の体温に触れて 共鳴するリズム 強張ったその身体が ゆっくりと解(ほど)けていく

[Outro] ラベルを剥がして ありのままの呼吸で 馬と歩む道 新しい自分に会える 三陸の風に乗せて

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サマリー

このエピソードでは、社会的マルトリートメントを予防する上で馬がどのように役立つのかを解説しています。馬は人の肩書きや障害の有無で判断せず、その瞬間の関係性だけを重視します。また、馬は人間社会の外に存在する存在であり、馬との関わりを通じて、私たちは社会的な価値観から解放され、身体感覚を通して自己変容を促されます。このプロセスは、子供だけでなく大人にも効果があり、より健やかな関係性を築くきっかけとなります。

社会的マルトリートメントと馬の役割
さんこまラジオ 地区100年を超える古民家で馬4頭と共に暮らしながら、ホースセラピーの取り組みをしている きびはらがお送りいたします。
さて今回のテーマは、社会的マルトリートメントと馬、その2 なぜ馬が良いのか
というところで話をしていきたいと思います。 前回もこの社会的マルトリートメントについて
話をしていったんですけども。 発表内容をいろいろ説明していて、
何で馬がいいのかというところについて、もう少し話ができたなというか
話がまだろこしくなったところもあったし、 前回ちょっと話し切れてない、何で馬がいいのかっていうところについてもう少し
詳しくというか、そこをちょっとフォーカスして話していきたいと思います。
前提として、この社会的マルトリートメントの防止・予防に馬がいいよっていうことを話していくんですけども、その社会的マルトリートメントって何だっていうのは、前回の
エピソードに聞いていただくと詳しく話してますが、ちょっと簡単におさらいしておくと、ある社会で当たり前とされている
価値観や習慣があるんですけども、僕たちもそういうものに。 それによって弱い立場の人のウェルビングが損なわれている状況っていう。
例えば、農業力によって外部から評価されて順位付けされるとか、
それが進んでいくと、例えば教育虐待っていう言葉がありますけども、
勉強しないと社会で困るからって言って、本当はそんなに勉強をやりたくないのにというか、得意でもないし本人は思ってないのに、
社会的な欲圧から勉強を無理矢理させられるっていうような、マルトリートメントっていうのは虐待のちょっと広い概念というかです。
それが社会的な価値観とか構造によって引き起こされているっていうものです。
それを馬がいることで、その社会的な構造とか価値観っていうのを突破していくのではないかっていうのが僕の今回のお話になります。
皆さんも多分あるんじゃないですかね、そういう社会的な枠組みっていうか。
それを気づいて変えていけばいいっていう話なんですけど、なかなかそれができたら簡単だよみたいな価値観とか習慣って身についてしまっているものなので、なかなか変えれないものだなっていう。
僕たち自身もそういう価値観の中でずっと生きてきているし、それをここは当たり前になっているので、
その当たり前の中で子供たちに関わるっていうのはすごく難しいところだなって思うんですけど、それが馬だと簡単というか馬がいるとそういう当たり前っていうものが剥がれていくっていうことがあります。
馬が人を肩書きで見ない理由
3つ主にあるんですけども、1つ目がその人を肩書きで見ないっていう。
馬っていうのは人間みたいにこの人は偉い人とか偉くない人、社長さんとか部長さんだとか、どっかのトップだとかそうじゃないとか、そういうような見方はしなくて、
あとはその人は障害あるとかないとか、うちの場合だとこの人は発達障害だからとか、この人は健常者だからっていうような係り方はしないってことですね。
だからその馬と相対するというか向き合うと、その人自身、その人自身丸ごとを見てくれるってことがあります。
よくロックセラピーとか犬のセラピーとどう違うんですかみたいな話をよくされたりするんですけども、馬は個体識別、いわゆるその人を人間によくある個体識別のような見方をしてなくって、
関わり方、毎回の関わってる、その間で起こってる関係性で判断するって言われています。
なので、いつものなんかね、キビハラ来たなーみたいな感じじゃなくて、いつも関わってくれる関わり方してる人がいるなーみたいな感じで見てて、
別になんか僕じゃなくても、例えばね、馬扱える人が来て、無口って顔に付けるホルダーっていうのを付けてリードを持って歩けるような人が来たら、
ひょいひょいってついていっちゃうんですね。別に毎日お世話してなくても。
この人は安心してついていけるなーっていうふうに思えば、馬はついていってしまうっていうような特性があります。
ある意味、なんていうんだろう、懐かないみたいな感じはあるんですけども、
それがなんかその人の普段、社会の中でラベリングされてるというかね、付けられてる肩書とかそういったものを外してくれる関わりの中で、そんな存在だっていうことがあります。
っていうのが一つ目。
社会の外の存在としての馬
二つ目が、社会の外の存在だっていうことです。
社会っていうのは、僕たちが暮らしてる人間関係とかで作られてる社会です。
よく、ここでも説明したかな、宮台真嗣さんって方が社会学者の、社会と世界っていう設け方をしてるんですけども、
社会っていうのは、言葉と法と尊徳で作られてる枠組みで、その中で僕たち生きてるんだけど、社会動物として。
でも実はその外の世界があるよねっていう。
世界っていうのは別に、地球とか全世界とかっていう世界と違って、対比した概念で、社会じゃないもの、それ以外全てを含んでいる。
宇宙も含むし、その外に無限に広がっている、本当は世界があるよねっていうものです。
馬は人間社会の中の生き物ではないので、馬と関わっていると、その社会の外の世界を思い出させてくれる。
僕たちは社会を作っていく上で、法律とかルールとかそういったものに縛られて生きてますけども、
ある意味でそれによって、社会生活が円滑に進むようにやっていますけども、
その外の世界がもともとあって、その後に僕たちが社会を作って、
それによって、例えば法制度によって、保健医療制度もそうですし、いろんな制度によって、安全安心に暮らせるようなものを作ってきたんですけども、
そこだけしかないっていうふうに思うと、そこが息苦しくなってくると、そういうマルトリートメントにつながって、横厚につながっていったりとかするっていうことがあります。
ちょうど馬は社会の外の存在なんだけど、コミュニケーションを取れるっていうような特徴があって、やり取り、関係を持つことができるっていうのがあるので、
馬と関わる中で、関わることができるけど、社会の外に捨て出してくれるっていうことが起こり得るというようなことがあります。
社会の外の存在だけど、コミュニケーションも取れるというような特徴があるということです。
馬との関わりによる身体の変化
3つ目。3つ目は体が変わるってことがあります。
一番最初に話したんですけども、習慣とか価値観っていうのは、僕たちの体に張り付いてしまって、当たり前のものとして存在しているので、
なかなか頭でわかっても、行動を変えたりとか、滲み出てきてしまう、思わず突然に出るような言葉とかっていうのはなかなか変わらなかったりとかすると思うんですけども、
馬と関わるときには体全体で関わる必要があって、関わっていくうちに前の2つで話したような肩書きで意味ないとか、社会の外で存在として振る舞うとかっていうことが
僕たちの体にだんだん入ってきて、気づいたら当たり前だと思ってたものがなくなっていて、なくなっていてというか、そんじゃないような関わり方ができるというか、そういう体が変わることで
習慣とかそういった価値観から外れていくような関係性ができるということが可能になっていくっていうことがあります。
っていう部分で、子どもだけじゃなくて、大人も、僕たちも関わる、子どもたちに関わる大人も体が変わることで、そこで一緒に関わる子どもたちにもそれが伝わっていくっていうような連鎖が起こっていくっていうことがあります。
頭でわかっていても、なかなかそれだけじゃその場っていうのは良くならないというか、変わらないってことがあって、それが丸ごと入れ替わるようなことが馬とか飼っていると起こるなっていうふうに思います。
今日その3つ話していきました。
1つ目がその人を肩書きなどで見ない。
2つ目が社会の外の存在。
だけど今はコミュニケーションとれるよっていうこと。
3つ目が体が変わる。
それは子どももだけど、大人、子どもに関わる大人も体が変わるよっていうことがあります。
馬と身体合宿プログラムの紹介
ちょうどですね、5月の中旬に馬と身体合宿っていうプログラムがあって、まさにその体が変わる3日間の体験ができるようなプログラムを実は企画してます。
小武術の先生、北条良夫さんっていう小武術研究というかをされていて、本も出されてるんですけども、上達論っていう本と体は考えるっていう本出されていて、
その教書で書かれてる方が河野義之先生といって、日本の小武術研究の第一人者のような方です。
いわゆる武術的な、月を繰り出してなんかするとかじゃなくて、本当にペアワークをしながら自分自身の体の感覚とかを捉え直すようなことをやったりしていくので、
全然武術の偏見なくても参加できますし、プラスしてというか、武術の時間と馬の時間、
体と自分自身の体と対話する時間と馬と対話する時間、
さらにこのうちの馬と一緒に対話するというか、
そういう三つの対話を重ねながら体の感覚というか捉え方を、新しい捉え方を探求するような3日間となってますので、
もし興味ある方は三陸コマーシャルのホームページに専用サイトの案内がありますので、ご覧になってください。
そこにこれまで参加した方のインタビューを記事にまとめたりしていて、
その内は実は今日の話した3つの馬の特徴というかにも通ずるような話が、そういえばあったなというふうに思いますので、
別に社会的マルトリートメントを防止のために、
そういう馬と身体合宿って言うんですけど、やってるわけじゃないんですけど、
本質はそこにちゃんとあるなというふうな感じがしてました。
まとめと今後の案内
ということで、今回社会的マルトリートメント予防と馬ということで話をしていきました。
概要欄にいろいろ細かく情報をつけておきますので、興味ある方はまたご覧いただければと思います。
質問やコメントのフォームも用意してますので、もしよかったらご意見などお寄せください。
ということで、本日もお聞きいただきありがとうございました。
それではまた。
決めたものを指しで 順位をつけられる日々
もっと頑張らなきゃって 自分を追い詰めて
心にあざができる 社会の枠の中で
馬を肩書きで見ない 社長の命として
言葉やる その外側
思ったんだ 心を縛るから
馬の体 共鳴せ
ゆっくりとほどけて
ラベルあり
新しい自分に会える
三陸風に
16:16

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