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  2. #109 The Star of Middle Age..
#109 The Star of Middle Age(信越五岳 2026)
2026-09-28 3:01:03

#109 The Star of Middle Age(信越五岳 2026)

74人目のゲストに髙橋 智彦さんに信越五岳2026のお話を伺いました


髙橋 智彦

100マイルレースを中心に数々のレースで上位入賞を重ね、2026年の信越五岳では49歳にして3位入賞。

もくもくTRCを率いながら、自らも試行錯誤を続け、今なお進化を続ける“中年の星” 


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ShowNote

  • ジミーと同郷・宮城県出身
  • おばあちゃん子だった少年時代
  • サッカー・野球からバスケへ
  • 中1・1500mで才能開花
  • バスケを辞めて陸上部へ
  • 陸上を離れ再びサッカーへ
  • 上京してファッションの世界へ
  • スタイリストを目指し、そしてロンドンへ渡る
  • 帰国後スタイリスト
  • 2008年東京マラソンが転機
  • 音楽とランニングとの出会い
  • 69歳ランナーが残した衝撃
  • 勢いで100kmレースにエントリー
  • 2013年初めてのUTMF
  • 失敗からトレラン一本化へ
  • 2018年ジミーとの出会い
  • 黙々TRC誕生のきっかけ
  • 「強くなりたい」がチーム理念に
  • 松本移住という転機
  • Western Statesで得たもの
  • 強すぎる黙々TRCのボトム
  • 信越五岳との歴史
  • 2017年ペーサーで感じた憧れ
  • 2018年、初めての信越五岳
  • 年々縮まっていくフィニッシュ
  • 2026年、狙った表彰台
  • レースプランと序盤の入り方
  • チームメイトとのレース展開
  • 追う側、追われる側の心理戦
  • ペーサーと挑む終盤戦
  • 3位より21時間切りを狙う
  • 最後まで自分との戦い
  • ゴールでこみ上げたもの
  • 49歳で信越五岳3位
  • それでも「地味に強くなる」


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#welovetimer #タイマーが大好き #Timers


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サマリー

髙橋智彦さんが、宮城県柴田町でのおばあちゃん子だった少年時代から、陸上、サッカー、ファッション、ロンドン生活を経てランニングを始めた経緯を語る。2008年の東京マラソンと音楽を聴きながら走る体験をきっかけに競技へ戻り、2013年のUTMF初挑戦と失敗を経てトレイルランニングに専念していった。2018年にジミーさんと出会い、黙々TRCを立ち上げ、松本移住やWestern Statesの経験を通して、チーム運営と100マイルの走り方を変えていった。信越五岳2026では、雨で荒れた路面、ライトの不調、吐き気や低血糖に対応しながら、ペーサーの岩垂晋さんと終盤の順位争いに臨んだ。黒姫以降に自分のリズムを取り戻し、木村広志さんを抜いて3位に浮上する一方、後方から迫る玉ちゃんへの警戒も続いた。最後の12キロでは水切れと追われる心理に耐え、3位と21時間切りという密かな目標をともに達成した。49歳での表彰台に加え、ペーサーとの関係や黙々TRCの仲間たちの成長、これからも「地味に強くなる」という姿勢が語られる。

髙橋智彦の原点と走り始めるまで
はい、本日9月26日の土曜日でございますが、また週末台風が来ているそうですね。
そう。 沖縄の方に。シネバーウィークもずっと雨でしたし、この9月長雨が続いて、体にキノコが生えそうな感じですけど。
今日朝、天気予報を見ずに、幾多招集をかけて、雨が降っていたんだけど、天気予報を見ない方がいいですね。
見ると、走る気がうせるので、知らないくらいの方がいいんじゃないかなって気がする。
夏、レース、秋レースを迎えている人たちって、夏が結構山ピークになるじゃないですか、練習の。
例年は結構暑さにやられていたみたいな感じでしたけど、今回は雨にやられているケース?
雨にはやられないけどね。 雨で走る気がうせるっていうのもあるかもしれないけどね。
ただ、涼しんで行っちゃいいのかなっていうところもありますけどね、暑さでやられるよりは。
俺のコーチングは、雨だろうか何だろうかとりあえずメニューが入っているので、やってもらわないと困らないという。
それで、炭沢なんて行こうもんや。昼に食われまくる。 奥さんは。
なんで炭沢行くか。近いから。あるんでしょうけど。 タコとかあるんでしょうけど、炭沢が好きなんでしょうか。
炭沢が好きなんですね。タコもクマ出たんですよね。普通のタタン像のほうで。
クマなんてどこだっているし、そんな話しちゃってもしょうがないよな。
本当ですか。一応クマには気をつけたほうがいいなと思って。 コウヘさんにはいるって言うけどね。
今回はイチホールか何かの付近だったんですよね。出たのが。結構地元の人もびっくりみたいなところだったんで。
高尾グリーンセンター、クマが出るってさ、小学校の育職みたいなやつでキャンセルになっちゃったりするからさ。
そういう噂はなかなかダメージがあるんで、心配なのかもしれないけどね。
御方のほうもそうですもんね。クマ出て学校とかも。クマが来たときの訓練とかしてるみたいですよ。
背部間の扉を閉めて、入ってこないようにするみたいな。NHKでやってましたけど。
テレビであれすぎなんだよね。
もしかしたらオン型なんで、シャウさんなんじゃないかなと思ってるんですけど。
何してるんですかね、最近シャウさん。
全然わかんないですね。逆にシャウさんも俺何してるんだろうと思ってないですけど。
走ってるんですかね。
どうなんですかね。
今日はオリジナルメンバーのジミーさんに何か情報はありますか。シャウ情報。
走ってるかどうかわかんないですね。
ジミーさんも知らないですよ。
あんまりこれ以上言うとシャウさんの話になると1時間終わっちゃうかもしれない。
そんな話題になるような男でもないですね。
この辺りにしといたほうがいいなと。
プラスここでシュラクとか言ったらあいつ調子乗るだけなんで。
もうやめましょう。
今回のゲストですけども、先日行われた新越合格2026で見事3位に。
中年の星。
おじさんのクー。
おじさんにいつから49どうなんですか。
初老。
初老は嫌だな。
どうなんでしょうね。
ゲストとして。
もうわかる人が欲しかったね。
高橋智彦さんをお呼びいたしました。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
この前の富士君同様に呼ばれると思わなかったとおっしゃってました。
そうですね。まさか自分がっていう風に。
田中さんが自分にそんな興味あるのかなっていうのがまた富士君と同じ感想で。
だから連絡したときはすごい驚きました。
あれはですね。僕とあっちゃんとジミーで飲んでて。
あれだからあるかい。UTMBの話をしてるときに。
誰がいいかなっていう話になって。
新越じゃ誰かしら出る人がいいんじゃないみたいな話になって。
じゃあ智彦さんいるじゃんみたいな話で智彦さんに知らなかったっていう。
そうだったんですね。
もし新越失敗したら新越の話しなきゃ。
成功したら新越の話を思いにすればいいよねみたいな話をしてて。
ちょっとプレッシャーにはやっぱ感じましたよね。
確かにそうですよね。
だからこれは事前予約という感じですね。
大会が近づくにつれ。
これ失敗したらどうしようかなみたいな。
っていうのはちょっとありましたね。
失敗は失敗だと聞く人もいると思うんで。
結果だけではなくてプロセスも大事ですからね。
失敗の学びが多いっていう人もいますけど。
ただ新越さんに関してはそうではない。
ではなくて素晴らしい話しになったということで。
でも黙々TRCの総帥でありながら。
ただ高丸君、ジミーさんの後。
ジミーさん、高丸君の後。
あと多分多摩さんの後か。
満を持してってことですよね。
そうですね。緊張してます。
ひも解いていただきたいと思いますけど。
あれなんですね。
富岡さんもジミーさんと一緒に宮城。
そうですね。宮城の県南、仙台より南を仙南地域って言うんですけど。
仙南地域。これはもうジミーとほんと一緒で。
隣駅、ジミーの隣駅ですね。
東北本線。
東北本線の岩沼駅っていうのはジミーが最寄りで。
さらに1個だけ南に月ノ木駅っていうのがあって、そこの出身になります。
柴田町っていうところになります。
柴田町ありますね。
実家めちゃくちゃ近いんですよね。
そうですね。直線距離だと多分3、4キロぐらい。
すれ違ったりしたんですか。
いやけど、富岡さん二つ上ですから一応高校時代とかは一年一生とかですね。
そうだね。もしかしたら電車で。
電車でっていうのはあったかもしれない。
同じ電車に乗ってたから。
なんで僕って仙台出身が多いの?
それが本当は全くわかんないですね。たまたまだと思います。
たまたま集まったメンバーが宮城の人が多い。
男性が多いよね。
男性が多いですね。
ただ七子ちゃんとかも一応宮城だったりとかがあるんで。
そうなんですよね。
最近した情報で、俺なんか最近NHKが何回もテレビで見たんですけど、
ううめんってあるんですよね。
白石ううめん。
そうそうそうそう。
本面とかやって。
常識じゃない?
全然じゃなかったんですよ。ううめんって。
細、短めのやつでひやむぎみたいなぐらいの太さで。
油コーティングされてないんで食べやすいみたいなのをこの場合見て、
ううめんってなんだろうと思ったら、うちの奥様は宮城なんで。
あ、そうなんだ。
知らないの?って言われて。
知らない知らない。
普通知らないね。
知らないの?っていう手で。
そうそうそんな感じぐらいなんですよ。
そうなんだ。
もちろん召し上がったことあるんですか?
もちろん。
ジミーさんもあるんですか?
うちに箱でありますよ。
そういうもんなんですね。
へー。全然知らないですよね。ううめん。
全然知らない。
ちょっとでもなんだろう。
本当にひやむぎのショートパスタみたいなやつですか?
そうですそうです。
短めのやつ。
多分思っている味通りだと思うんですよ。
めちゃくちゃうまいとかそういうのはないと思うんですけど。
何たちがお母さんが病気か何かで食べづらいから
それを食べてもらうためにみたいな
そういう作ったきっかけがあったみたいで。
そこら辺でちょっと心温まるううめんっていうのがあったみたいで。
どうでもいい話なんですけど。
仙台って牛タン有名じゃないですか?
牛タン。
そうですね。
牛タンは美味しいです。
あと青唐の味噌漬けとかもあれですよね。
それはちょっとよく分かりません。
有名な産物でいうと
牛タン、冷やし中華、つんだもち、ささかま、コケシ。
ナルコのコケシですよね。
ハギの月。
そんな感じかな。
昔俺仙台行ったことがあって
何で行ったのかって全然思い出せなくて
思い出したのは高校の同級生が仙台で仕事してて
それで2人くらいやってたの。
それで仙台遊びに行ったときに
その時に牛タンを食べたっていうのを思い出しまして。
仙台の牛タンも色々お店があるんですよね。
あ、そうなんですか。
名古屋の手羽先でいう風雷坊もあれば
山ちゃんみたいな感じであるんですよね。
リューハンみたいなのが。
有名どころだとリキューとかですよね。
あと何でしたっけ。
キスケ。
7が3つあるやつですよね。
そこで向こうのご両親のご飯食べた記憶は
今ふと思い出しました。
今の奥さんね。
そうですそうです。
月ないんでちょっとこのぐらいにしてますけども。
どんなお子さんだったんですか。
どんな。
そうですね。
親が友働きだったので
おばあちゃんに育てられたのと
おばあちゃんとずっと一緒にいるわけにもいかないんで
もう日が暮れるまで朝から晩まで
本当に外で遊んでるような子でした。
でも時代的にそんなゲームがあるわけでも。
そうですね。
ファミリーコンピューターがちょうど小学生1年生ぐらいのときに
発売されたぐらいかな。
でもそんなにゲームするっていう感じではなかったですね。
ゲームももちろんしましたけど。
じゃあおばあちゃん子だったって感じですか。
おばあちゃん子でしたね。
拳台のおにぎり1個で
1日中過ごすぐらいでっかいおにぎりを
作ってもらってた記憶があります。
おばあちゃんって非常に息子に食わせたい感が強いじゃないですか。
孫に。
なんでなんですかね。
自分たちが戦争で苦労したからかなんですかね。
分かんないですけど。
うちのおばあちゃんもそうでした。
食えねえって言っても食べなきゃいけない。
食べさせたいんだよ。
食べさせたいんですかね。
そういうもんなんですね。
今のおばあちゃんもそうなんですかね。
どうなんだろうね。
例えば今息子とかに子供が生まれたとしたら
食えって言うだろうなって気はするけどね。
走れって言いますか。
走れとは言わない。
だって息子に走れって言わないよって。
ジミーさんはおじいちゃんおばあちゃんが食べろ食べろみたいな感じですか。
食べろ食べろもそうですし
これが好きであれが好きだって言ったら
そればっかり送ってくるみたいな感じですよね。
そんなもんですよね。
うちのおばあちゃんはすげえ厳しくて
全然優しくなかったけどね。
それは田中さんのどっち側のおばあちゃんですか。
親父側の子。
お父さんの子。
食べろ食べろって言うんじゃない。
すげえ厳しかったよ。
しつけに厳しいってことですか。
全般的にしつけに厳しかった。
ご飯の作法みたいな。
作法とかではないけど
すげえ厳しい印象があったけどね。
俺はあんまり好きじゃなかったから。
そういう意味で。
おばあちゃんは。
富永さんはおばあちゃんと一緒に育てられたというか。
おばあちゃん子で。
おばあちゃん育ちです。
そこからあれですか。
学校経てというところなんですけど
スポーツっていろいろやられてたんですか。
そうですね。
小学校の頃はサッカー野球やってました。
同級生で
後にJリーグまで行く仲間がいて
彼が行ったから
今もスポーツ頑張るみたいな。
子供から大人になっていった感じですかね。
ジミーさんも将棋クラブでタグチルのスケボー。
意外と多いんですね。
同級生でみたいな。
小学校は野球サッカーで
中学校はどっち選んだんですか。
中学校は
実は全然違くてバスケ部に入ってました。
特技屋ですかね。
確かにそうですよね。
すぐ辞めるんですけど
すぐ辞めちゃったんですよ。
バスケ部に入った理由は
近所の兄貴分だった人が
バスケ部にいてすごいかっこよくて
まだスラムダンクができる前の時なんですけど
バスケ部の人たちが
スラムダンクみたいにみんな
5人というか6人ぐらいすごい
みんな個性が強くてみんなかっこよくて
なんか憧れてバスケ部に入りました。
ただすぐ辞めるんですけどね。
辞めちゃう理由は。
ちょうどその後陸上部に移るんですけど
一番初め
中学校1年生の最初の
インターハイじゃなくて
全中みたいな中層隊の
一番ローカルな大会に
自分が1500mで選ばれて
それで入賞して
2位になって県大会まで行くことになって
それで陸上部入れば
いいじゃんみたいな
バスケ部は
2個上の先輩たちすごいかっこよかったんですけど
1個上はザ大会系の人と
ちょっといやらしい先輩たちで
なんかやだなって思って
ここで1年間ボール磨きするのが本当にやだなって
思ってそれで早々に辞めて
陸上部に移った感じですね。
1500mは何分くらいだったか覚えてますか?
覚えてますね。
中学校1年生の最初の大会で
5分1秒くらいです。
だから3分20秒ぐらいですね。
ペースでした。
意外と昔から
足は速かったんですか?
中距離短距離飛ばす?
どっちかというと短距離よりの方が速かった感じですね。
でもそれがあるんだったら陸上部行きますよね?
そうですね。
未来がこっちの方が速くなるっていうのがあるじゃないですか。
全然ありますね。
先輩にこき使われてっていうのは
やっぱり昔って本当
縦尺回というか
大会が厳しかったんで
下手くそな先輩でU本もらうのはありえないですもんね。
本当そうです。
個人で成り上がった方が全然いいですよね。
中学校時代に陸上部に変わって
陸上部はそこから長くやられたんですか?
高校2年の途中で
バーンアウトするまで
理由が何でかわからないですけど
全然走れなくなって辞めましたね。
高2で。
それまではやってました。
燃え尽き症候群は?
今考えると多分柔度の貧血?
そっちだったんですね。
全然力が入らなくなってやる気が起きなくって
でも先生から
気合が足りんみたいな
走れみたいなところがあって
一番調子が上がってきたタイミングで
そんな感じになったんで
何で走れないんだろうみたいなのがあって
息苦しくなって辞めましたね。
そういう指導者の問題もありそうですよね。
腕振り1万回とか言われなかった?
それはなかったです。
手術師匠でしたね。
腕振り1万回では
脇毛なくなるんじゃないかって感じになりますよね。
それで陸上を燃え尽きて
他に新たにやられたことは?
その後もう1回サッカーに戻りました。
高校でサッカー部に入ったんですか?
サッカー部には入らずに
中学校がサッカー部がないところで
そこでクラブチームを立ち上げる動きがあって
そのユースバージョンっていう感じのチームを
自分主導で人を集めて立ち上げて
最後1年間サッカーをやってましたね。
高校サッカー部強かった?
あの時強かったですよね。
パンサー大型と同じなんですけど
Jリーグに行く友達が平間っていう
横浜マリノスに行ったんですよね。
彼がいて結局全国まで行くんですけど
高校は強くて
さすがに部活に行くのは無理でしたし
そいつがいたから行かなかったですね。
他のサッカー部は一部ですよね?
いやいや、仙台行く上です。
仙台行く上でしたっけ?
あれはワッキーか。
ワッキーそうですね。
仙台はスポーツも何でも強いですよね。
サンキューですよね。
サンキュー。
でもその時から
おもひこさん主導でチーム作るみたいな
そういうのは結構今に繋がるところもあるというか
自分で突っ走るって言い方変ですけど
やったらチーム作ってもみたいな
そういうのを旗振るのも特に嫌じゃない感じなんですよね。
そうですね。
東京来て草サッカーみたいなのをやっていた延長で
フットサルをやるようになるんですけど
そこでも競技のチームを立ち上げたりもしたんで
好きというか
馬が合うやつと楽しむっていうのは
その時から自分主導でやるっていうのはあったかもしれないです。
いいですね。
そういうのが周りにいてくれる人は楽ですよね。
誰かを先導してやってくれる人がいると楽じゃないですか。
俺がそのタイプだからです。
そうですね。
自分それを世界一嫌いなんで
そういう人がいると楽だなという気がしますし
高校卒業して東京に来られて
高校は大学に進化されたんですか?
専門学校です。
そこでサッカーを?
専門学校はファッションだったんで
一旦ランニングもサッカーも完全にやめるような感じでしたね。
ファッションっていうと何?
縫ったりするの?
ファッションスタイリストになりたくて来た感じですね。
だから一応縫うのとかも全然学んで
ミシンも全然使えますし
洋服作ったりしましたね。
有名なところで2個ぐらいしか出てこないんで
新宿と目黒にあるところで
新宿にあるところですね。
ファッションか。
ファッション詳しい?
そんなに詳しくはないですけど
でもなんとなく辿ったルートで言うと
山田明さんが出た時の
年齢も秋田さんとも近いんで
ほぼ同じような流れです。
多分山田明さんが出た時
トム・フォードがGUCCIに入ってっていう話とかしてたと思うんですけど
僕はマルタン・マルジェラとかわかりますか?
聞いたことある。前は。
アントワープ6とか
あとはヘルム・ドラングっていうデザイナーが好きで
デザイン系のモードとストリートを融合させたような時代なんですけど
その時代にファッションによりハマっていった感じですね。
ちょっとさすがにファッションは
やめましょう、これは。
これブーンと呼んでるよね。
その世代ですよね。
ジムさんは知ってます?今の。
ブーンとスマート
アサヤンと
ホットドック・ブレッドストック
嘘しか載ってないみたいな。
山田五郎世代ですよね。
そこでは完全に2年生ですか?
4年生でしたね。
1年プラス3年、ファッションデザインに行くと4年生で
スタイリストと1年基礎学んで2年スタイリング講師っていう感じでした。
途中で結局辞めましたけどね。
辞めたんですか?
秋田さんはニューヨークに行ったって話したと思うけど
僕はロンドンに行きました。
かっこいいな。
確かにともひこさんのインスタグラム見ると
今とは違うともひこさんがいますね。
過去にいますね。
ロンドンは1年発起して?
当時ファッションデザイナーで
アレキサンダー・マックイーンっていう人が出てきた時代だったりして
独創的な人だったので
あとはジョン・ガリアーノっていう人が
クリスチャン・リオールのデザイナーだったりして
面白そうだ。アメリカ行くよりは
僕はロンドンに行く方が面白いなと思った。
あとは英語がアメリカン・イングリッシュより
クイーンズ・イングリッシュの方が学びたいなってところもあって
行った感じです。
ロンドンどれくらい行ったんですか?
1年7ヶ月くらいいました。
その時は22から24くらいまでの間ロンドンって感じですか?
そうですね。
年齢歴で言うと1998年の終わり頃から
2000年の6月7月くらいまで
今はそうでもないですけど
イギリスってあんまりご飯がおいしくないっていうじゃないですか
ジェイミーっていう料理家が
ジェイミー・オリバーが出る前のイギリス料理ってまずいんだね
それでジェイミーが出てきて
ちょっとイギリス料理もテレビで紹介されるみたいな感じなんですけど
実際どうなんですか?
野菜とかは全然良くなかったですね。
でもスーパー行けば野菜とか全然豊富にあるんで
料理は全然自分で作って
当時でもアレンジはできたっていう感じです。
でもお店行っておいしいって感じることは
いいお店に入れば決してですよ
ただフィッシュ&チップスとか
やっぱりチキンとか
やっぱり油すごいぎっとぎっとで
塩とビネガーとすごい使う料理ばっかりだったんで
そりゃ太るよな
ビールは日中からみんな飲むし
この生活続けてたら
日本帰るとき本当にデブで帰るなって思ったのは
何回か思った記憶があります。
1年7ヶ月行って
日本に帰られてきて
その後はファッション関係のお仕事に?
つきたいスタイリストさんがいたので
その人にどうしてもつきたい
待っていたんですけど
結果的にその憧れていたスタイリストさんの下では働けず
結果いろんな人の手伝いをして
独立してやっていくって感じになりました。
スタイリストは都定制みたいな感じ?
僕らの時代は都定制が基本でしたね
ちょっと全くイメージがつかないですよね
スタイリストの
知ってるんだと洋服屋さんに洋服を借りに
こんなでっかい袋をスタイリストさんが持って
洋服を借りてみたいなイメージしかないんですけど
そんな感じで
そんな感じでしたね
その時ランニングなんて一切ですよね
全然してないです
誰か芸能人とかも頻繁に会ったんですか?
頻繁にじゃないけど
芸能人はいろいろ会いましたね
そこだけ聞いて楽しそうですけど
実はそうではないでしょうね
ザ肉体労働だし大変です
補足時間も長そうですもんね
当時は本当にブラックでした
ではずっとそういう感じで働きつけてきて
東京マラソンと音楽が変えたランニング
富岡さんが走ろうと思ったきっかけはいつぐらいですか?
2008年に第2回の東京マラソンに当たったのがきっかけですね
当時
ナイキのシューズの中にポットを入れて
センサーでナイキのアプリでログを撮るっていうのが
斬新だなと思ったのと
その時のナイキのCM
今もちょっとYouTubeで探したりするんですけど
なかなか出てこないんですけど
トレッドミルを走りながら
メーターがカウントされて
ログが残るっていうようなCMだったんです
それがすごい印象に残っていて
数字を溜めていく作業がすごい楽しいなっていうところから
面白いかも
かつ高校まで陸上をストイックな世界でやってたんで
音楽を聴きながら走るっていうカルチャーが
全く触れてこないわけです
当たり前ですけど
それがすごい楽しくて
学生の頃は40分ジョブとか60分ジョブとか90分ジョブとか
なんでそんな長く走るんだよみたいな
長く走るのは嫌いなタイプだったんですけど
音楽聴きながら走るとあっという間で
仕事も忙しい時期だったので
すごいリフレッシュになって
そこでハマっていった感じですね
知ってる?ナイキプラスって
聞いたことあります?
知らないけど
俺とかは走り始めた時
昔のGPSとかないじゃん
結構面白かったのは
iPodタッチとかを腕につけてやると
加速度センサーで距離が出る
そのナイキプラスに連動すると
そのナイキプラスがいちいちお祝いをしてくれるんですよ
あなた初めて42キロ走りましたね
結構嬉しくて
走ってたっていう記憶がある
持ち上げてくれる機能も
友達と共有もして
走ってる奴そんなにいないから
一人か二人しかいなかったんだけど
お互い走ってる進捗を見合ったり
若干SNS的な
ナイキ先行き過ぎたって感じですよね
もしかしたら
時代が
すごいモチベーターになってくれてたな
って思いますね
40分で長いって言ってたトモヒコさんが
今じゃ3時間走るわけですからね
人間って変わるもんですね
そこら辺が走り始めのきっかけなんですけど
今日オリジナルメンバーのジミーさんが
来ていただいてるってところもあるんで
ジミーさんと出会い的なところも
トレイルランニング
ジミーの方から言いますか
ランボーズのグループラン、有名ですけど、僕そんなにランボーズのグループランって行ったことがないんですけど、
トータル3回か4回か行ったぐらいなんですけど、富士、当時のUTMF2が終わった後ですね、
当時、水越さんが働いていて、ちょうどいいタイミングだし、行ってみようかと思って行ったら、
ジミーとジミーの相方のペータがいて、水越さんから彼ら宮城出身ですよっていうふうに紹介されて、
上京してから宮城の人に会ったのは仕事関係で1人だけだったんです。
それがいきなり2人現れて、しかもデカくて、すごいインパクトある2人だなと思って、
話をして、馬があったというか、もうすぐ来週、今も練習している男坂というところで階段練っていうのをやろうと思うんですけど来ませんかって言われて、
普段の自分だったら絶対行かないんですよ。でもなぜか興味が湧いて、かつ自分ももっとトレラン強くなろうって思い始めていた時期だったので参加して、そこから今に至るという感じですね。
それ何年くらい?
2018年の4月です。
当時トモヒコさん、ペータとトモちゃん、水越さん、竹田さん、竹田さん後からかな?
最初に行ったのは、俺、ジミー、ペータ、トモちゃん、竹田さんいます。
UTMFの失敗とトレイルランニングへの専念
話は遡っちゃうんだけど、トモヒコさんって2013年にUTMF走ってるよね?
走ってます。初めての100マイル。
その後のジミーと会ってた?
そうですね。
逆に富士を100マイルで興味持ったっていうのは、もっと前から興味があったんだ?
そうですね。2012年の夏ぐらいかな?
激走モンブランが再放送されてたのをたまたま見るんですよ。
仕事がすごい忙しい。本当に30ちょいぐらいの時だった。年齢全然ちょっと違いますけど。
その時見て、僕はカブラギさんとかヤマケンとかももちろん松永さんとかも印象に残ってるんですけど、
僕が印象に残ったのは、当時69歳で参加されたシュバイザーさんっていう人がいるんですね。
その人がちょっと体調を崩して手術の後で乾燥する姿を見て、
それがずっと頭に残ってて、
自分も69歳ぐらいになった時に、こういう命の炎を燃やすような体験ができる大人になっていたいなと思ったのがきっかけで、
トレランにちょっとずつ関わっていくというのは。
当時、ナイキプラスをやっている仕事の付き合いの人が一人いて、
その人が、俺実はこれに出たいんだよねってたまたまあった時にUTMBの話をされて、
今度UTMFっていうのがあるんだよっていう話になって出ようと思ってる。
先輩なんですけど、金髪でちょっとチャラいかになるのがやっぱりファッション系だから、
こいつは俺より先に出るのは嫌だって思って、そこからスイッチが入ってネットで調べたら、
当時UTMFに出るには70キロ以上のレースを2本。
もう2年続けて走ってくださいっていうメッセージですね。
もしくは100キロ以上が1本、温丈なんですけど、
それの救済で多分OSJが八ヶ岳スーパートレイルっていうのを作ったって11月にあって、
その金髪の先輩と話したのが9月末ぐらいで、
もう締め切りギリギリだったんで速攻ポチって、
もう装備も何もなかったけどそこから揃えて、
八ヶ岳スーパートレイルを走ってUTMFに続くっていう感じでした。
100キロも走ったことない。
金髪の先輩が。
金髪に負けるわけがない。
初期衝動って怖いよね。
すごいですね。
今なら本当はオススメしないよね。
そんな人がいたらやめとけっていう。
そこからジミーさんとの出会いは6年後ってことなんですね。
そうですね。2014年にもUTMFを走ってて、
毎年1年に1回この100マイル走る体験したいなって思ったんですよ。
初めてのその13年のUTMFを走って、
当時はUTMFは富士山の周りを一周する大会で、
本当にロマンを感じるコースだったんですよね。
2013年、14年のコースはすごい良くて、
これが1年に1回できればいいやって参加していて、
それが練習もしないで出るもんだから、
15年、16年と痛い目を見るんですよ。
そこで当時はフットサルにも結構力を注いでいたんですけど、
2016年の短縮になったUTMFでボロボロになって、
そこでもう一本化しようと、
トレラン本気で頑張ろうというふうに切り替えて、
17年、ビブラム香港100っていうのに出ないと、
18年の富士山に出れないのでそこに出て、
そのビブラム香港に水越さんがいて、
そこで水越さんと繋がって、
乱暴に水越さんが働くようになって、
それで地味に繋がっていくというような流れです。
ちなみに2016年のビブラム香港の、
2017年です。
Tシャツ取れるとはちゃんと着てるんですけど。
着てますね、よく着てますね。
いや、今インスタを見てるんですよ。
それはトバちゃんにいたんですか?
トバちゃんには、後の上司になる松田さんと、
プーマが何かのグルランで知り合っていて、
トバちゃんに入るというような感じです。
あんまりトバちゃんを考えしてるってこと?
トバちゃんが結構盛り上がりが落ち着いてきた時期で、
あとはトバちゃんの結束が強いというか、
なかなか入っていきづらい感じの中に入っていって、
アンディとかとちょっと話すみたいな。
サクさんとかとはまだちょっと恐れが多いみたいな空気でした。
最初に僕がトモヒコさんと会ったのは、
トバちゃんの夏合宿だったよね。
あれ何年だっけ?
えっと、20…
18か19かどっちか?
どっちかですね。
すごい僕にいろいろ質問を投力探してたんですよ。
死んだなと思いながら。
黙々TRCの誕生とチームの変化
あの頃はどうすれば早くなるか強くなるかみたいなのを
あの手この手で考えて、
いろんな人に聞いて実践してっていうような時期でした。
一本化してからってことですよね。
そうですね。
18年に
そうですね。
18年に自分は初めて富士というか、
有定名府100マイル走って、
その時はろくに練習もしないでやって、
感想はしたけどやっぱりもっと強くなりたいな、
ちゃんと練習したいってなって、
いくたりろくちに無謀に突っ込んでいって、
そこからやっていくうちに、
田中さんに階段と坂行った方がいいんじゃないかっていう話で、
近くに男坂あるしっていうところがきっかけですよね。
じゃあ俺の方が三つ緑君に先に出会ってた?
そうそうですね。
結構意外だなって。
そうですね。
ランボのグループランもあんまり行ってはなかったので、
たまたまですね。
でも結成されるということですね。
そうですね。それが2018年と。
そうですね。
最初はコミュニティみたいな感じで、
もう誰でもいいですよみたいな、
練習してるんでっていう感じではやってましたね。
今ではね、推しも押される方たちがいらっしゃる。
やばいっすよね本当に。
コミュニティにしてやってはいたんですけど、
それだと強くならないなと思ったんですよ。
簡単に言うと。
それだけじゃダメだと思って。
ちゃんともっといろいろ目的じゃないですけど、
意味を持たせてやらないとダメだなっていうのがあって、
友彦さんにチーム化したいんですけど、
ちょっとどうですかねっていう相談をして、
じゃあチーム作るかみたいな感じになったっていう。
そうですね。意外だったんですよ。
そんなに強くなりたいってそこまで思ってる人ではないな、
ないと思っていたので、印象って。
ただその頃から友々下げに気をつけてみたいなこと言って、
走る方でも友さんに力を近づけたいみたいなことは、
本人も冗談だっては言ってたんですけど、
それが本気だとは思ってなくて、
でもそこで話してみたら、
本当に強くなりたいっていうので、
じゃあチーム化しようっていうので、
チーム理念とかいろいろ考えてね、
黙々とTRCっていうので動き始めた感じですね。
それが何年でしたっけ?
19年の10月。
結構早いですね、出会ってからのチームになるのでは。
今そこだけ聞いちゃうと。
何かあるんですか?黙々と鬼の述則みたいな。
一応チーム理念みたいな。
あります。鬼の述則みたいなそういうのがあるんですね。
20年の10月か。
20年ですか。6年目。
そうですね。6年目。
僕知らないですけど理念は。
田中さんはもう創設者みたいな感じですね。
探偵ナイトスクープというと木田太郎みたいな感じですね。
ちょっといろいろ聞きたいところがあるんですけども、
どうしましょうか?
ジミーさんがさっき言ったような気になっているところなのか、
踏み込むか。
ターニングポイント的なところがあるっていう話だったので、
そこにお伺いしたいんですけども、
ジミーさんから後の回に出てくるんですけども、
もしかしたら一体長野の方に引っ越しされて、
それどのくらい長野に行かれたんですか?
2022年。
何月かちょっと思い出せない。
ウエスタンスセンター22年じゃん。
ウエスタンスセンターですね。
行ってますね。じゃあ21か。
21の10月ぐらいに松本に行きましたね。
コロナもあって、ちょっと仕事を一回リセットするというか、
自分のサイクルを一回変化をつけたいなという時期だったのと、
アルプスに結構行くようになっていた、
ファストバッキングするようになっていくようになっていた時期もあって、
なんか一回住んでみたいと思っていた場所だったんですね、松本が。
それで一回行きましたね。
一つそこは自分のランニングライフ、トレランライフの変化が起きるターニングポイントだったかなと思います。
そこで黙々と離れるわけではないですけど、東京での練習が。
覚えているのは、結構そんなに集まりが良くなかったんですよ。
理念も僕が結構考えたんで、結構厳しめ、今よりも。
入部もなかなか厳しくしていたっていうのもあって、
集まりも悪くて、ここで離れるのはあれだったんです。
僕がもしかしたら離れた方が後付けになりますけど、
後々ジミーが面白くしてくれるんじゃないかみたいなのと、
あとは結果論として高丸が本練の前のアップっていうメニューを考えるようになったりして、
すごく革新が起きた2年半だったんじゃないかなと思います。
僕はその間停滞するんですけど、雪国はやっぱり冬場走れなくて、
ウインタースポーツができれば強くなるけど、できないと冬場かなり苦しいなっていうのを感じた次第です。
どうなんですか、停滞というところがありましたけど、
ジミーさん、トモコ・スキッコさんがいなかった約2年半というのは、その間の黙々というのは?
その間の嫌なので、確かにさっきトモコ・スキッコさんが言ってたように、結構厳しめな、
結構ガチガチにやって、どちらかというと閉じた、本当にあまり外に出さないみたいな感じの、
閉じたチームみたいな感じになってたんですけど、そこまで厳しくしなくてもいいのかなっていうのが確かにあることはあって、
ただ、それをやれば強くなるっていうのもあったので、それをやってたんですけど、
トモコさんが離れて、じゃあメニュー組どうしようかっていう話になった時に、
じゃあ本連はもう自分が考えてくださいと。
その代わり、アップであったりとか、いろいろ有識者が多いので黙々は。
そこでいろいろ微調をしてもらって、ちょっとみんなで方向性決めようかみたいな感じになった中でのアップがあったり、
本連があったりみたいな感じで、今の形になったのかなっていうのはありますね。
その後にトモコさんが戻ってきてっていう感じですね。
それは田中さんに相談とかされてた?
いや全然。
何もなくって感じですかね。
じゃあジミーさんと高村君でいろいろ考えたりして、あとは他のメンバーでも考えて。
でも2年間トモコさんがいないと。
で、2年半後に戻ってきて。
どうでした?その2年半で一緒にトモコさんと久しぶりに練習した一発目じゃないですけど。
いやけど、どうなんでしょう。
トモコさんがどう感じたかは分からないんですけど、
今までどちらかというとトモコさんのメニューみんなついてこいよみたいなところだったのが、
一応こういうメニューでやりますっていうところに対して、
トモコさんが全体を俯瞰で見てくれるみたいな感じになったので、
よりトモコさん自体も練習に集中できるようになったのかなみたいなのが勝手に思っていて、
より集中してじゃないですけど、
っていうのが言い方もあれですけど、良かったのかなっていうか、
俯瞰で見てもらうっていう体制が今の体制が一番いいなっていう感じはしてます。
そこトモコさん聞いてそんな感じだったんですか?全体を見るというか。
そうですね。松本行くまでの自分は自分が引っ張らなきゃみたいな強すぎた部分と、
全部背中で見せなきゃ、みんなのことも見なきゃみたいな、
自分のパフォーマンスを求めなきゃみたいなところで結果空回りして、
本当に良くないやつみたいな、そこまでではないですけど、
チームとして良くないなっていうのは思っていたので、戻ってきてから高丸がアップを考え、
当時は全部高丸が考えて、自分は俯瞰して見ながら、
みんなのこうした方がいい、こうした方がいいっていうのを見れるようになった。
チームとしてバランスが良くなったなっていうのは感じましたね。
むしろ自分はアップ本練で両方をちゃんとやるのに結構苦労したっていうのもあって、
まず自分のパフォーマンスをもう一回このチームの中で高められるような状態に持っていくっていうのに
結構フォーカスできたんで、そこで結構グッと自分は一段上がれたっていうのはありますね。
Western Statesで学んだ100マイルの走り方
今友彦さんの成績を田中さんまで見てると思うんですけど、
大体23年ぐらいから結構順位としてシングル、悪くても14位っていうところで、
成績としては23年を境に結構ガクンと上がってる感じがするんですけど、
そうするとこの期間っていうのは今お話しされたところと若干合致するような期間って感じですか?
戻られて、友彦さんが全体的に見てみたいな。
あとはウェスタンステージを経験したっていうのは結構大きくて、
やっぱり失敗というかすごい苦しいレースだったんですよね。
その中で結構得るものが結構大きくて、そこから100マイルの走り方っていうのを本当の意味で理解できたというか、
10年ですよね、レースで始めてから。
そうですね。2019年頃にマフェトンを始めてるんですよ。
矢崎友彦さんとほぼ同時期なんですけど、
マフェトンの生かし方じゃないけど、
トレーニングから本番でどういう風に走るかっていうのへの繋げ方が
まだ本当の意味では分かってなかったんですけど、
ウェスタンステージを経験してどういう風にスタート入ってっていうのが分かってきたというか、
そこには2022でしたっけ?
岩垂さんがセブンイレブンで事件。
2022の冬の話だよね。
あの時の富士、2022年の富士で、
田中さんの後ろに走るんですよ、最初の区間ちょっと。
その後、結果飛び出しちゃうんですけど。
よくないんですけど。
田中さんがこのペースなんだと本当に思ったんですよ。
心拍見てもより一段、マフェトンのゾーン2の下限地ぐらい。
本当のジョブみたいな感じですかね。
本当のジョブ。
自分は逆でゾーン3に入るのが当たり前。
ゾーン3のど真ん中ぐらいで走ってスタートはそんなもんだったのが、
少なくともゾーン2以内で入るっていう風なのをそこで理解できたんですよ。
結果飛び出してゾーン3に入っていって、
1回潰れ気味なんですけど、復活してからその数値で走る癖がついて、
そこからですね、やっぱ上手い人ってこういう風に、
100マイルを上手く走る人ってこういう風に走るんだっていうのが理解。
僕はそれをクオリティスタートって言うじゃないですか、ピッチャーが。
5回まで3点だったかな。
そういう走り方、クオリティスタートを切れれば100マイルで必ず上手くいくっていうのが理解できた。
だから最初の10マイル、ここに全てが詰まってるっていうのを田中さんに教えてもらったっていう感じです。
俺の印象は、キラライコウ。
トモヒコさん、下り早いんだよね。
で、上りで追いつくんだけど下りで離されてるっていうのを永遠に繰り返して。
いや、マジ速いなって思いながら。
あそこ、また3人いた、また3人来たみたいなのを繰り返しました。
こっちは2人連れて行ってたからさ。
そうですね、2人連れて行ってた。
すけさん、角さんいましたからね。
置いてってもよかったんだけど。
それだと俺がこうやって行かないといけない。
松井くんからあれなんだけど。
いやでもトモヒコさんあの時はすげえ下り強えなって思ってみてたけどね。
上りは勝てると思ったんだけどね。
そうですね、上りは全然話にならなかったですね。
田中さんはやっぱり早い。
ヘンボリ堂で会った時から田中さんの上りが速いっていうのはステップ刻んで登るのもパワーハイクで登るのも速いっていうのは分かってたんで。
その時もやっぱり速いなっていう印象でした。
クオリティスターだった、確かに。
100マイルってまずそこに尽きると思いました。
それは2018年の新越を走った時にトモさんの後ろを走って感じていた部分でもあるんですけど、
その2022年の田中さんを見てより本当に石橋を叩いて進めるべき。
それが自分の中にナチュラルに染み込んでいる人ほど後半でパフォーマンスを発揮できるっていうふうに自分は解釈しましたね。
でも今年の西野国は最終章に走ってたね。
そうなんです。
田中さんが前に走ってたって田中さんが言うと。
これは話そうと思ってたことなんですけど、今年の西野国は1億円だったと。
西野国の会でちょっといじっていただいてますが、あれはもう田中さんに追いついた時になんで俺は前に出たんだと。
一緒に行けばいいと思ったんだよね。練習も一緒にしてこんな感じで行けばいいよねみたいな。
そうですよね。やってましたよね。トモさんと3人でやってましたよね。
調子よさそうに行っちゃうからさ。
なんかね、馬鹿でしたね。また馬鹿な自分が出てきたな。
あれは本当に田中さんに、どこでしたっけね。
あげたなんて前ですよね。追いつかれて肩をガッと掴まれて。
それ掴まれた時点でわかったんだけど、すいませんでしたっていう感じだったよね。
ついていくんでした。
いやいやいや。一緒に走って発車台にすればいいと思ってるんだよね。
ただそこでトモヒコさんもあれなんですね。今まで全部マナックスみたいに100球で終わらせようと思っていたのが。
西野国に関しては1億円だったんでしばらく休んでたんですよ。走るのも。
だけど当日出て走ってみたら案外走れるって。いいんじゃないって思ってその気持ちのまま行ったんですよ。
相手は西野国ですよ。相手は西野国なんだからそれこそ本当に大先輩を見習っていくべきだったのを
行っちゃえってなぜか舞い上がっちゃいましたね。黒歴史の人です。
トモヒコさんはすごくちゃんとレースとか組み立てて走るんですけど、すごくお茶目なところが多々あって。
赤だけで滑落したりとか、オンだけでスタート前にゼッケンがない。
テレタイムになってエマージェリーに車ったりとか。そこが人間味があってすごくいいですね。
パーフェクトではない。だって人間だもん。
面白いですね。そういう人間味含めてついていきたいというか。あるんですねトモヒコさんの魅力が。
そう言ってもらえるならいいかなと。
今回の玉ちゃんは本気でトモヒコさんを倒そうとした。それでも大事なところですからね。チーム内の切磋琢磨として。
田中さんは新月の前に聞いておきたいレースとかありますか?
聞きたいことが1個あって。ウェスタンステースがすごいなと思ったのは。
ウェスタンステースは僕が行っても分かったんだけど、とりあえずファシリティがすごく難しいんだよね。
それをトモヒコさんってとりあえず一緒につるんでる人がいない中、
とりあえずオリンピックバレーに行って帰りの荷物とかどうしようと思ってたのかっていうのがすごい興味があって。
結構若干無計画でしたね。
なんかアメリカだし助けてもらえるんだろうぐらい。
最悪ヒッチハイクすればいいかなぐらいなノリではありましたよ。
オリンピックバレーまでどうやって行ったの?
オリンピックバレーまではレンタカーです。
レンタカーに行ってレンタカーを置いていくわけじゃないですか。
自分の荷物はレンタカーにとりあえず入れといてたんだ。
ゴール地点からオリンピックまで戻らなきゃいけないじゃん。
結局ジローさんとオフトレイルやってる山田さんが
あの時ジローさんは行ってないです。
山田さんは行ってナミネムさんのサポートだった。
僕の車は移動してくれるっていうので移動してもらいました。
すごいね。
その出会いがなかったらどうしてたの?
本当はヒッチハイクしようかなみたいな感じでしたね。
オリンピックバレーまで?
そうですね。今考えると今は絶対やらないけど。
普通にシンプルに言ってゴールからスタート地点まで
ヒッチハイクしようとしていくのは160キロだから。
コロナにもなって絶対戻れないよねって。
もしかしたらコロナの潜伏期間全部歩いて回復させるか
ぐらいのノリで行ってたかもしれないけど。
ひどい時間でしたけどね。
こういうところもやっぱり人間が大型なんで
その辺に行ってきて適当なんです案外。
僕も大型で適当な方なんですか?
いやいや、田中さん適当って言ったら。
世の男性ほぼ適当な男性。
いやいや、俺結構適当だよ。結構適当。
本当ですか?
っていうのとやっぱりあれだね。
ここ数年で、ここ数年やっぱり
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信越五岳2026に向けた準備とペーサー
西野選手に関する感想は?
記憶からは消しているレースでも一つだと思います。
記憶からは消していないレースでも一つだと思います。
ペーサーを選んだ話で言うと、今年TJRがある年だったんですね。
新越の優先エントリーを持っていて、まず出ようか出るまいか悩みました。
ただ、2年前も優先エントリーがあったんですけど、TJRに出るものと思って準備をしていて、結果出れなくて、9月がぼっかり空いたような状況になって、
そこから自分も強くなった実感もあったので、TJRを完走してボロボロになっていたとしても、新越完走するために走れるんじゃないかという思いがあって、まずエントリーしようと決めました。
ただ、ペーサーを選ぶときに、一緒に練習しているTJRのメンバーを考えたときに、なかなかお願いしづらかったんですよね。
実際にTJRがどうなるかはまだわからないところだったので、そのときにやっぱりペーサーをつけて走りたいなと思ったときに、TJRのことが頭にあったので、
岩田さんにお願いすると面白くなるんじゃないかなというのが頭にありました。一緒にTJRを走って、その後、自分がどういう状態になっているかわからないけど、TJRを一緒に走って、その後でまた2人で新越も走れたら面白いなというのが頭にあってお願いしました。
結果としてはTJRを走れなかったので、全然思い描いていた青い写真と違ったんですけど。
最初から決めていたのは岩田さんですか?
そうですね。チームメイトに頼みづらいと思っていた後、みんな決まっていたりするんですよね。高丸のペーサーが萩さんだったり。パッと思いついたのは岩田さんでした。
岩田さんに頼まれてどう思いましたか?
あれ5月でしたっけ?締め切り直前くらいでしたよね。
そうですね。TDT一緒に走るので。
僕もTJRに出るつもりだったので、たぶんそのときは結果が出ていないくらい。
TDTの日に結果が出てみんなが外れたねって言われたんですよね。
仮に走っていても、ペーサーならできるかなというのと、9月の予定はぽっかり入っていたので、面白そうだなと思ったので。
割とすぐやりますって答えましたよね。そんなに寝かさなかった気がするんですけど。
1週間以内には家庭内確認が済んだら連絡もらえるんだろうなと思ったら早めに連絡いただきましたね。
シルバーウィークだから家は大丈夫かなって。
ともひこさんのペーサーでやるんだって話をしたら納得してくれました。
結構早めに岩田さんにはオファーを。
そうですね。
そこから新逸に向けてというところになるんですけど、新逸に向けてどのくらい前から練習されていたんですか?
西の国を今年走っているんですね。
3月くらいから田中さんと一緒に思想に行ったり、西の国の準備があって、結構どっちかというと小刻みに山を走るような練習をしていて、
その後TJRの準備があったので高山に行ったりという風なところだった。
いや高山には行ってないな。
長く登るような練習はしてたんですけど、新逸の練習ってなるとほとんど今年はしてないです。
新逸に向けてみたいな感じなんですね。
23年も25年も思想に行って、すべて禁止区間以外は走って、
だいたい自分の総力でどれくらいのタイムが出せるかというのは一回確認してから走っているんですけど、
今年はその余裕もなく6月のTJRの選考会で外れて、ちょっと気持ちも落ちて適当に過ごしていきましたね。
最終的に自分が仕上がっているのかどうかは全然わからなくて、本当にいい状態なのかわからなかったんですけど、
例年チームで動いている菅田苛合宿のほうで、そこに岩垂さんも参加できたらしませんかというお声掛けをして、
一緒に走って自分の状態を見てもらえたらいいなという感じで参加してもらったんですけど、
その時にそんな新逸に向けての準備はしていなかったんですけど、結構意外と仕上がっているんだなという感触があって、
例年菅田苛で野口水木黒巻コースというのがあるんですけど、そこを常に毎年のベンチマークにしているというか、
そこでどれくらいの走りができるかというのが結構いいタイムでのビルドアップができて、
今回のターゲットになる21時間というのをクリアできる実感を得て本番に臨んでいったという感じですね。
田中さんに会うたびに何回も聞いているんですけど、どうしたら21時間を切れるんですか?と、想像がつかないタイムだったので何回も聞いているんです。
新逸に出るなら、あまり順位を意識して走るタイプではないんですけど、あの上の3つというのは憧れがあるので、やっぱり上がりたいなというので、
去年も3位の人がだいたい20時間半ぐらいなので、少なくともそれぐらいで走れるように、20時間は切れなくても20時間半というのを目指すような状態にしておきたかったので、
新逸に出るなら、あまり順位を意識して走るタイプではないんですけど、どうしたら21時間を切れるんですか?と、想像がつかないタイムだったので、何回も聞いているんですけど、
去年ペースターを頼んだのがチームメイトの矢野健なんですけど、彼とか彼には色々細かく説明したりしていたんですけど、岩垂さんにも同じようにお願い事をメモにまとめて渡そうかなと思ったんですけど、
それもちょっと違うなと。岩垂さんにそれをやっても、なんか違う感じがしたんですよね。多分岩垂さん察しがいい人だから、走り出したら自分の状態把握して、それにうまく合わせて引いてくれるだろうという考えがあったので、何も言わなかったです。
一言だけですね、やり取りしたのは。岩垂さんから最初の入りで自分の走りを後ろから見て、それで確認したら前に出ますねというような話をいただいて、もうそれでOKですというような、それだけ話した感じです。
運の呼吸みたいな感じですね。
岩垂さんは合宿行った時も真逸はほぼしてないですよね、どう走ろうかとか。
全くしなかったですよね。
しなかったですよね。結構なんか託されてしまった感が強くて、どうしたもんかなって悩みましたよ、だいぶ。
意外と思惑がちょっと違いましたね。
ただ、岩垂さんから見て、菅平の合宿は全く真逸の会話はされなかったって感じなんですけど、やっぱり仕上がり的には岩垂さんから見てもキレてる感じは見受けられたんですか?
合宿は3日やってて、僕は2日目から参加したんですけど、一緒に走ったのは黒柑のコースくらいだと思うんですけど、僕はついていけなくて、ともひこさんが先走っててっていう感じで、結構いいペースで走ってるし、仕上がってきてる感はすごい強いなと思いました。
岩垂さんでもそのうち、ともひこさんと何回か一緒に走られたんですか?あんまり走ってないんですか?
いやいや、撮らせるとこは一緒だし、あとは黙々と。
でも質問されることは、どうすれば21時間が切れるか?
俺、忘れちゃったって言ってた。もう走れへんよ、そんなの。
なんて答えたんだろうね。
一番覚えてるのは、これ今だから言ってもいいと思うんですけど、週間100マイルは基本にしてたねって追い込みの時期ですね。
でも今、僕もいい歳なんで、それやると壊れるんで、週間100マイルを何週間続けるかっていうと、1週間やったらちょっと次の週は少しボリューム下げてって感じになるんで、
やっぱり20時間切るときはそれぐらいやらなきゃいけないのかなって思ったのは覚えてます。
年齢の壁っていうのがあるんですかね?
田中さんが2位になられたときは44歳。今からともい子さんの年齢だと5個マイナスってことですよね。
5個マイナスだとどうすか?肉体的にも。
いや、なかなか大変だと思う。
ちょっと今日朝、ハイアルプと話して、そもそも2018年ってUTMFで結構走ってたんですよね。
週間100マイルっていうのをUTMFの前に3週間やって、1週間やらすんで3週間やるみたいなことをやってたんだよね。
そこで多分だいぶベースができてて、MFが終わった後に新越に向けて、週間100マイル。
8月ぐらいかな、8月ぐらいに。
夏闇しつきみとかもあるじゃん。
で、やってそれがハマったんだろうね。
結局ウルトラってある程度ボリュームって大事かなと思ってるんで、スピードよりはね。
そこが詰めれば結果はある程度は出せるんじゃないかなとは思うけどね。
チームメイトとしてどうでした?ともひこさんと一緒に練習されて新越に。
新越に向けての練習、ともひこさんはされてなかったってことなんですけど、ジミーさんから見たらともひこさんは今までと違うなというか。
去年ぐらいからやっぱりともひこさんが急にじゃないですけど、常に入賞するみたいなイメージがあって。
言葉に対してって感じだったんですか?
いや、周りで見てともひこさんがちょっとキレキレだねっていうか。
去年の結局黙々と年末にMVPをやるみたいなのがあるんですけど、去年のMVPはともひこさんだったんですよね。
あれそんなことやったっけ?
やってて。変な話、僕とジミーがチームの頭みたいなところなんで、まさか選ばれると思ってないし。
むしろ高丸とそれを決めたって言ってて、なんかマウント取られたような気がした。
お前よく頑張ったなみたいな感じに受けたのは覚えてます。
それどうやって決めるんですか?
いやなんか、ともひこさんに相談しようとした時に高丸くんがOSJの上位に入ってるんで、副賞がいっぱいいただくじゃないですか。
すごいあると。だからそれをMVPを決めて、チームにっていう話がちょっとあったんで。
じゃあどうしようみたいな話になったときに、なった。決めちゃえ決めちゃえみたいな。
リーダーがいないとこで決まった。
MVPがちょっとちげえなと。
あとは一旦長野に引っ越しして仕事で行って、毎週の神保町での練習から離れた状態が続いていて、
東京に戻ってきて、また一緒に練習し始めたっていうところぐらいがおきっかけになのかなっていう感じはちょっとしてました。
雨とトラブルを越えた前半戦
では早速、タイマーさん、レースの内容に行きましょうか。
まず、どこに行きますか?アッパーまでって感じでいいですか?
アッパーまで。
ちなみにさ、聞きたいんだけど、レースの前に、移動したのは月曜日?
移動したのは日曜日です。
日曜日、やっぱり日曜日だよね。
なんでそんなことを聞いてるかって、自分もコーチングしてて、
移動できんだったら、みんな日曜日にした方がいいよって言ったんだよね。
今回ちょっと変則だったんですよね、新月が。
まあそうだね。
例年よりは。
逆にやりやすかったんじゃない?
まあそうかもしれないですね。
ちょっと台風の問題もなんかいろいろありつつ、みたいなところありましたけど。
まあでも、月曜日に移動して、受付して寝るって、
相当、ほぼ徹夜してるような感じで走るみたいな感じになるんで、
やっぱり狙うなら日曜日。
そうですね。
やはり新月って18時スタートで、18時半か。
すぐ夜になるので、そこまでの時間、いかに寝るか。
これはUTMBとかでもそうだと思うんですけど、
やっぱり夕方夜スタートのレースは、いかにそれまで寝るかが大事だと思うので、
前日に移動します。
それは去年も一緒で、前日に移動して、前行事参りをして、
しっかり寝て、次の日の受付を早々に済ませて、
さらに仮眠をしてスタートを迎えるっていうのが一番、
やはりその休みを取れればの話ですけど、
それが鉄則というか、良いレースをしたいなったら、
それが結構大事なポイントにはなってくるかなと思います。
定席、俺は失敗したんであんまり言いますけど、
当日に入ったっていう一番ダメな例。
当日入れないんですか。
ただ、うちの奥さんは当日入っても完走したんで、
ここは何とも言えないところがあるかもしれないですけど、
だいたい前日に入った方がいいよっていうのが、
これは間違いないですよ、ゆっくりできますしね。
では、まずスタートからアパまでっていうところになるんですけど、
先ほど富岡さんおっしゃってましたけど、
スタート前に、F1でフロントローですよね。
フロントローですね。
フロントローに入って、どうしたその時の心境っていうのは。
そうですね、雨だな。
そっちの方がやっぱり結構ダメージが。
そうですね、予報では3ミリとか4ミリになる予報もあったんで、
実際には1ミリは2ミリないぐらいですかね。
思ったよりは強くないなっていう印象でしたけど、
雨かっていうのはやっぱりありました。
多分、特に前半は結構サーフェイスが悪いところ結構あるな、
あるというふうに見込んでいたので、嫌だなって。
あんまり覆われせずに良かったんですか?
そうですね、自分としてはスタートがちょっと落ち着いてほしいっていう。
待ち時間の間冷えるのが嫌だったのと、
走り出したらもう何ミリフローが走るしかないんで、
そこは気持ちは決まっちゃうんですけど、
もう待ってる時間の間だけ落ち着いてくれっていう感じでした。
そこからスタートになって、
走り出しから体調とか想像通りに入れたかとか?
そうですね、この区間だけ、
岩谷さんには21時間のタイムテーブルを渡していました。
ただこの区間だけは、
サーフェイスのコンディションあったり全体のコンディションあるんですけど、
20時間半を見越した感覚で走り出しましたね。
実際、自分のコンディションを見るのと、
周りのランナーがどういう風に出ていくのかっていうのを把握して、
バンフから先はその後考えようっていう感じだったんですけど、
気持ちちょっと早めの感じで入りました。
でも、そんなに大きくは想定範囲内で?
そうですね、時間にしたら3,4分の差という感じです。
3,4分の差って体感で分かるものなんですか?
どちらかというとタイムでっていうよりは心拍でっていう感じですね。
どのくらいの心拍とかターゲットにされたとか?
今回は最大、アラートがかかる心拍を148にしてました。
それともう一個、ゾーン3に入ってますね。
もうLT-1は超えて、まあまあいい心拍。
でもスタートってどうしても上振れするので、そこも加味して、
それくらいの心拍を基準に考えてます。
いずれ落ち着いて、結局130台にはなるんですけど、
スタートはそれくらいで入ろうという考えでしたね。
スタートって興奮からくるんで、アドレナリンが出てるから心拍は高くなるものなんですか?
飛ばしがちになるんじゃない?そっちの方ってことじゃないかなと思うけどね。
俺は逆に今は抑えてるけどね、スタートは。
そこのギャップってあんまないんですか?
ギャップって?
心拍とタイムのギャップじゃないですけど、うまく言えないんですけど、
例えばこの心拍で普段だったらこのタイムじゃないよねみたいな、
それのギャップってあんまないんですか?
トレイルだからさ、上り下りだから、あんまり気にはしないって感じですか?
いや、俺は全然気にしない。
どれくらいのペース走ってるかとかって見ないもん。
あれはありますよね、錯覚して心拍高いのに楽だと思っちゃう。
あれが結構良くないなと思ってるんですけど、
客観的に心拍で見て、あなたにとっては楽じゃないペースですよっていう風に見た方がいいんだろうなっていうのはあるかもしれない。
夜ってちょっと錯覚があるじゃないですか。
昼間走るよりも夜の方が遅いというか早いというか、
夜の方が早く感じるとかって言いますよね。
じゃあそこら辺でも富彦さんは時計っていうのはやっぱり同様に心拍を見て?
そうですね、やっぱり当日のコンディションなんですよね、結局は。
自分の体調を叱り、環境のコンディションを叱り、
その時のRPというか実際の自分の体感として心拍と体感で走っているペースが合っているかというので、
最初はやっぱり時計をある程度細かく見てますね。
心拍はカロスみたいにどこか腕で取る?
今回、ポラールの腕に巻くやつを持って行ったんですけど、
ちょっとボケてて忘れてしまって、結局腕で取りました。
自分は腕でも正確に、時々飛びはするんですけど、
基本しっかり腕で巻いていると変わらない数値が出るので、そこまで気にはせずでしたね。
気持ち早めでアッパーまで?
アッパーまでの話ですよね、ごめんなさい。
まずバンフまで、ここ2時間12分くらいで行きました。
2時間30分設定だと2時間14分とは15分くらいなので、それより早かったんです。
実際体も動いてよかったんですけど、マックスで152くらいまで心拍が上がっていました。
下りに入ってからのサーフェスで滑ってこけそうになったりして、足を使う感じがあったので、
これは今日は20時間半を目指す路面状況じゃないというか、それをやっちゃうと多分自分にとっては文字通り足を取られるというか、
通常モードというか21時間のモードに切り替えてこの先は進めようという感じでしたね。
バンクで補給をして、次が赤い系に向かいます。
ここが雨の影響をもろに受けているだろうなと思ったんですけど、やはりすごい受けていてずるずるなところが多いんですよ。
細かく急な下りがあって登り返したりするところがあるんですけど、
まあ足を使うなと思って、これはいつもよりさらに抑えた方がいいかなという感じで走っていました。
なぜか今回すごい後ろに疲れたんですよ。
ともひこさんはベタ付けみたいな感じですか?
そうですね。
僕のトレインがちょっと出てきて、嫌だなというか、参ってくれないかなとずっと思いながらトレインを引っ張る時間がすごく多かったですね。
僕は夜の時間ってなるべく一人で走りたいというか、
自分のゾーンになるべく早く入りたいというところがあるんですけど、
それができるようになるのはアパの青少年くらいからになるのは分かっていたんですけど、
やっぱり牛フンを使うとすごい嫌で、すごいエネルギーを使っているなというストレスを感じながら赤い系に着きましたね。
そしたらさらに後ろからまた来て、
エイドワークはバーンフも1分もしないです。40秒くらいで出て、
赤い系も1分ちょっとで補給だけしてすぐ出て、
ようやく一人になったんですけど、また追いつかれて、
やっぱりちょっと嫌だと思いながら走っていたのがそれくらいです。
その後は墓間岳というちっちゃな山を登って下りに入って金又林道という計測ポイントに行くんですけど、
そこの下っていくところが110系の人たちがそこを迂回した区間になるんですけど、
片側が切れ落ちているトレイルで結構危険で何回か落ちそうになったのを覚えています。
その赤い系周辺でも何回もこけていたので、
今日こんなのがしばらく続くのかなと思うストレスが長く続いた区間で、
だから我慢我慢と思ってとにかく足を残すことだけ考えて走っていました。
その後の金又林道のチェックポイントを過ぎるとガスがより強くなって、
それまでも結構ガスっていましたね。
ガスが強くて、ここで1つトラブルがあるんですけど、
ライトが早めに暗くなる状態になったんですよ。
バッテリーの寿命なのか、結構暗くて、
意図せずペースを落としながら走っていたという感じですね。
他の方でもありましたけど、メーカーはあえて言わないですけど、
結露の問題で、なんちゃらみたいなエクエストがありましたよね。
それなのかな。
本来十何時間、結構考慮をしっかり持つライトを使っているんですけど、
全然早めに来て、何回も最大モードになるように走っていた感じでしたね。
次が金又林道ですね。
金又林道をずっと進んでいって、
アパへの登り返しがあるんですけど、
ここは例年、僕はセーブする区間なんですけど、
例年だと結構水分をここまでに取って、
ここからさらにプッシュすると、
アパ以降で結構疲れるという印象があったので、
涼しくあったんですけど、ここは例年通り落ち着いて、
後ろから来る人がいても全然焦らず、ゆっくり登るというような感じで登って、
アパにたどり着いていくというような感じでした。
やっぱりコースはだいぶ荒れていました?
そうですね。金又林道もぬかるみがすごくひどくて、
寝かせているのでサーフェスがどうなっているのか、
ぬかるみなのか水なのか水溜まりなのかわからないので、
何回も足を取られながら走っていましたね。
でもその頃にはネジも飛んでいるというか、
どうにでもなれない部分と足を残したい部分という感じで走っていました。
今回アパまでで渋滞がひどくて、
それでカットオフになった人も結構いたらしいですね。
アパまでが今回は一つのターニングポイントだったと思います。
かなり危険な箇所が多かったですね。
それはその赤池の周辺特にですね。
例年はそうでもないところがあったんですか?
雨がなければかなり気持ちよく走れるところです。
じゃあ意外と台風の影響はないかなと関東のわれわれは思ったんですが、
意外と雨の影響はあったみたいな感じなんですか?
前半は特にすごいあったと思います。
ずっと雨が降っていて、それでサーフェイスが良くなかったらしい。
その瞬間瞬間の話はないっぽいね。
蓄積でってことなんですね。
後半の人とすごいきつかったと思います。
チョコレートみたいな。
じゃあアパまでは、言い方悪いですけど計算倍額というか。
そうですね。4回目なんで。
入られたという感じですけど。
長田さんここまでは大丈夫ですか?
次どこまで行きますか?
黒姫まで行きます。
アパからじゃなくて黒姫。岩谷さんと合流するところですね。
そうですね。アパを出るとしばらく下り基調というか、
いわゆる谷底みたいな。
工程図を見ると一番低い石川から上り返すところまでずっと下っていくんですけど、
そこもライトの明るさが苦しくてちょっとセーブせざるを得ない区間でしたね。
早く石川に出たいと思って下っていました。
石川に出ると周りが開けて市街地というか民家のあるようなところも通っていくような感じになるので、
そこまで行けばと思いながらいつヘッドライトがもしかしたら消灯するかと思って、
その不安がかなり大きかったです。
上り返しに入ってようやくここから青少年を過ぎてチャンピオン下連でまだ基本的にずっと上っていく。
ここは一つ我慢の区間だと自分は思っていて、
ただ基本チャンピオン下連で以外は全部ステップを踏んでいくという意識で、
ゆっくりでもいいからステップを切って、ここぐらいから例年だと前の人が拾えてくるんですよ。
ちょっと周りが落ちてくる。
落ちてくる人を拾える区間で、それがエネルギーになってどんどんリズムが良くなっていくんですけど、
今年は当たるとリザルトを見ると結構前で自分走ってたんだなって気づくんですけど、
やっぱりトップ10以内、県内に入るぐらいのラインで入っていると、
逆にバチバチやり合っているタイミングでリズムが逆に崩れるというか、
自分の時間が作れなくてなかなかしんどい進み方でしたね。
順位争いと3位・21時間切り
青少年までは基本一人旅だったんですが、
一人旅というかちょっと前後するのあっても一人の時間は長かったんですけど、
苦しい時間だなと思って走って青少年に着いて、結構自分は疲れてましたね。
その疲れは想定外の感じだったんですか?
想定外でした。
ここから本当に自分のリズムに入っていく区間という意識が定年だとあるんですけど、
その感覚は全くなくて、どちらかというとメンタル的ストレスがあって、
一息つきたいなぐらいのテンションでありました。
サポートと合流して補給をさせてもらって落ち着きたかったんですけど、
ここで去年、今年もこの後追いつかれるチームメイトの玉ちゃんという子がいるんですけど、
めちゃくちゃ強い子ですね。
なんか今年も来るような気がするなと思ったんですよ。
サタコみたいな。
来る。
きっと来る。
なんかそんな感じがして、それを察して出たんですよね。
そしたら、鋭道を出て200〜300mのトレイルに入るんですけど、
トレイルに入ってくると急に気持ち悪くなって、そこで一回吐きました。
本当ですか?
結構派手に吐いて、吐く瞬間は来たという感じだったんですよね。
でも入ってすぐ、結構冷静な自分がいて、
意外とこの吐き方悪くないかなと思って。
結構胃が空っぽになるって言ったんですかね。
胃に空間ができる感じがあって。
良い吐き方。
良い吐き方でしたね。
ただちょっと落ち着かせようと思って歩いてたら、
低血糖気味でちょっとふらついてきて、つい今もやって、
もしかしたらやばいかもなと思いつつ、
冷静にまず胃薬を入れようと思って取って、
落ち着いて進めてたんですけど、やっぱり全然進みが悪いんで、
ちょっと何か糖を入れなきゃって思ったんですけど、
まだ入れるタイミングじゃないから騙していこうと思いつつ、
ラムネだけ取って、ブドウ糖でした。
それが結構しっかり効いて、
騙し騙し行くにはなんとかなるラインの走りができてたんですけど、
そのすぐ後にやはり現れました。
かわいい顔した子ね。
やっぱり21時間設定では進んでいたんで、追いつかれないだろうと思いつつ、
やっぱり予感的中して現れましたね。
なんかその、あれですかね、わかんないですけど、
嫌な予感がして入っちゃったみたいな。
そんなことはないです。
岩谷さんはどうなんですか?
トモヒコさんのレースを追われてて、
ちょっと吐いたっていうところで、あれちょっと何かあったのかなみたいな、
そこらへんのあんまり心配はなかったんですか?
トレイルサーチ見てて、順調な順位で走ってて、
そんなに前に行き過ぎてもいないし、ポジションで走っているんだと思ってて、
多分矢野健がストーリーカナーから言ったのかな、
トモヒコさん吐いたらしいみたいなことかな、
多分それで情報を得たような気がするんですけど、
その後僕、黒姫についてたときに、
その隙に玉ちゃんが抜いたらしいみたいな話も追加情報であって、
さっきちょっと話して、
サインの国のときにサポーターでジミーさんがやってたんですけど、
応援に行ってて、そのときも位置を崩してたのを知ってたんで、
これはひょっとしたらやっちゃったのかもしれないっていう情報だけでは、
順位はまだ落ちてないのと、
池野太郎から黒姫の区間をどこにいるのかなと思いながら待ってたみたいな感じですね。
自分が出たサインの国のとき、
こういうときに言いますが、玉連れでも完走してましたからね。
すげえメンタル強いのこの人と思って見てましたけど。
あれは違った意味で苦しかったですね。
めっちゃ下手そうでしたもんね。
電気ショックをくらってましたね。
本当ですよね。
今ならオロナリンなんかをオススメしますね。
あれを塗れば痛みはだいぶなくなります。
若干良いこと聞けたみたいなエクスもありましたし。
じゃあ位置を崩してブドウ糖を取りながら騙し騙し。
そうですね。
そのときにちょっとロストしたランナーが2人いて、
自分が前に出る感じでその2人が合流して、
玉ちゃん合流してっていう感じで、
僕の後ろにその3人付くような感じになったんですけど。
またちょっとトレイン気味だったんですけど。
それでちょっと行ったらやっぱりみんな抜いていって、
玉ちゃんも無言で僕をパスしていったんです。
無言だったんですか?
これには多分ですよ。
これは僕の本人に確認はしてないんですけど。
前日移動を玉ちゃんと一緒にして新列に入ったんです。
そのとき色々話して、
僕は夜の時間一人で静かに走りたいって話をして、
去年同じ区間のときに玉ちゃんは話しかけてきたりして、
ああいうの実はみたいな話をしたんですよ。
なるべくみたいな話をしたんですね。
それを多分彼女は察したというか、
静かに抜いていってくれて、
その3人抜かれてようやく本当に1回自分がコンペティションから外れるというか、
1回本当にリラックスできたんですよ。
もうその後ろにつかれるストレスもなくなって、
このまま落ちることはないっていうのは落ち着かせている段階だったんで、
1回ここちょっとリセットしようと思って、
しばらくみんな見えなくなるまで離れるとかゆっくり進んで、
全員が本当に走行しているうちに落ち着いてきて、
ジェルというかオイエナを飲んでかなり力が入ってくる感じがあったので、
そろそろ行こうかなぐらいの切り替わりができました。
そのタイミングがちょうど青少年からチャンピオンゲレンデに向かうところっていうのは、
坪竹という小さな山があるハイキングコースがあるんですけど、
そこを抜けるとしばらく2キロか3キロぐらいロードを走る区間があって、
最後にチャンピオンゲレンデに向かって登っていくんですね。
ロードに出たタイミングで、ロードは下り気象なんですが前半が、
そこから下りに身を任せて流れている間にスイッチが完全に入った感じです。
これは本当に自分の時間が来たと思って、ロードの区間の間に玉ちゃんを抜いて、
2人のうちの1人もパスして、そのままチャンピオンゲレンデに入って、
最初のシャドウが緩い区間もしばらくステップを刻んで登って、
その間にもう1人にも追いついて、
チャンピオンゲレンデのピークに着く頃にはそのもう1人も回収して、
このまま一気に行けるなという、
一気に岩谷さんのところまで行けるなという感覚で、
チャンピオンゲレンデから下っていきました。
時間帯も暗かったので、
チャンピオンゲレンデはだいたいちょうど中間地点なんですよ。
だいたい80キロ弱ぐらい、ここから半分。
タイムを見てもそんなに悪くなかったので、
ここから池の平から黒姫というのは、もう走りやすくなるんですね。
ずっと登ってきた我慢の区間を逆に下っていくような感じになって、
最後に黒姫は登り返すんですけど、気持ちよく走りましたね。
楽しく走れたし、ただ池の平に着く前に1人、石井さんですかね。
石井勝ちゃんをパスして、石井さんは八ヶ岳スリーピークスの時に
チラッとボラして見ていた顔は認識していたので、石井さんをパスしたと思って、
池の平に着いて、池の平の手前で石井さんをパスしたので、
もしかしたらエイドで合流しちゃうかもと思って、自分の時間を大切にしようと思って、
池の平も1分半くらいで出て、そこから黒姫まで1人旅で岩谷さんのところに着いたという感じです。
タマちゃん抜くときにどんな声をかけたんですか?
これはお返しで、静かに言うよね。
チラッとタマちゃんが僕の方を見たんですよ。
ここからまた頑張ろうねという合図として、自分集中モードに入ったよというのを雰囲気で出したような感じです。
会話はしてないんですか?
会話はしてないです。
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Q. 補給時間はどのくらい? A. 補給を取れなかったのは30分くらいでした。
Q. 補給時間はどのくらい? A. 補給時間はどのくらい?
Q. 補給時間はどのくらい? A. 補給時間はどのくらい?
Q. 黒姫は万弱な感じですか? A. アッパーが来たときは8位で、黒姫についても8位です。
Q. 黒姫は万弱な感じですか? A. アッパーが来たときは8位で、黒姫についても8位です。
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Q. イワタレ選手との合流はどこまで行きますか?
Q. イワタレ選手との合流はどこまで行きますか? A. スタートを見てホテルに戻ります。
A. スタートを見てホテルに戻ります。
Q. イワタレ選手との合流はどこまで行きますか?
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Q. イワタレ選手との合流はどこまで行きますか? A. スタートを見る。
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【田中】確実にそこで順位を把握したんですよ。 で、よくも悪くもそこで集中して、3位誰だ?
まあ、東学士までそれは全然気づかず、3位が誰か分からず行くんですけど。
自分が苦手する区間を集中して走って行って、途中で、いぶきのライブのカメラマン、奥野さん、チーム100マイル。
あ、あれ奥野君だな。あれって俺はYouTubeずっと見せたから。
あれライブで流れてたんですよね。
あの、友彦さんが走ってるの見てないんだけど、大橋林道のあとの牧場のあたりに誰かいるなと思ってて。
踊ってましたね。
ずっと踊っていて、1、2分たってありがとうございますって言ってまだついてくるのが2、3回続いたんですよ。
ただ、それを繰り返している間に自分も気持ちよくなって、結構ペースが上がって、ただ無理している感じは全然なくて。
走れて、これは今までより全然いいタイムでこの区間行けるな、最後まで行っちゃおうと思って走行している間に割とあっという間に都学寺に着いた感じです。
そこですよね、門のところで初めて前何分ですかって聞いたんですよね、ボラやってた人に。
都学寺神社の随信門の前でボラしている人にやっぱり気になりだして、前どんぐらいですかって。
15分ぐらいって言われたんですよ。
湯渡さんが速攻、信じないほうがいいですよ、あの15分は当てにならないですよって言いながら。
ただ、より15分か、ペースはちょっと上げなきゃな、ぐらいな気持ちでは走っていた。
審査言っちゃったんですね。
でも、言ってもらいたいポイントでもありました。
去年矢野県にも大橋林道で順位を教えてって言ってた気がします。
そうですね、ゴールまでっていうところになるんですけど。
まだ、そうすると1人まだいるってことですよね。
そうですね。
誰かがいるってことですよね。
その辺から俺はYouTubeを生み出したんですよ。
それをYouTubeではないちょっとリアルな。
だいたいわかんないけどね。
逆に言ったら俺前が走ってるのを見てるから。
じゃあちょっと初めて見たみたいな感じで。
すいません、申し訳ないですけど。
よろしいですか、じゃあ。
都学誌で、都学誌つく前に岩谷さんと。
岩谷さん、都学誌そば食べます?
はい、ありますね。
都学誌と言ったらやっぱりそばでしょっていうところ。
僕今回で4回目ですけど、3回まだ食べたことがないんですよ。
お初だったんですね。
2回目の時に高丸がペースアップした時は3分ぐらいで出てるんですけど。
あいつはちゃっかり食べて。
いつか食べたいなと思っていて。
食べます?って聞き返されて。
せっかくだから食べましょうかっていう風に言って。
割と心持ち余裕な気持ちで食べて。
やっぱり美味しくて。
そしたら川崎優弥さんがいてくれて。
ワープしてきました。
ワープしてきました。
バイブスワープ。
走ってきたわ。
すげえな川崎さん。
ひろきさんがいてくれたりとかして、割と賑やかな。
例年、都学誌って結構前の順位でいくと殺風景。
そんな感じしそうですね。
すごいガランス。
なんかわかります。
結構賑やかな感じになっていて。
そこでそばも食べてエネルギーもらって。
川崎さんに前と12分差って言われて。
案外合ってたんですね。
案外。
誰ですかって聞いたら、
木村広志君なんですけど。
アルプの木村広志君で。
彼のことは結構僕は割と知ってるので。
広志君が残ってたんだやっぱりっていうのと。
上り強いし。
12分、もし仮に詰めれたとしても。
山も強い上に彼は横移動も速い人なんで。
3位逆転は難しいかなっていうふうにちょっと諦めがありました。
で、何となく終わった後に先輩立てろよってゴールしたら言おうかなって思いながら。
上り始めたら。
そうですね最後。
上り始めたらそこで岩垂さんが引きますね。
ここから。
ついに前に出て引かれるんです。
でもそれもやっぱり理想の上司ですね。
本当に勝負どころ。
もう金取るぞっていうタイミングが出てくる。
すごいなと思って。
その緩んだ気持ちを引き締められてもう一回集中モードに入って。
本当に自分そこでドライブがかかったというか。
ペースは速くないんですけどここは本当に何が何でもついていくと思ってついていきました。
目の前で三段ロケットみたいな最後が本当にいやらしいんですよね。
下連で開けた場所に出てからが長くて。
そこで前も見えないから。
やっぱり見えない先行かれてるよなと思いつつ。
でカメラが入って。
もう撮るなよ。
もうしんどいよなんて。
今ここでか。
それを見てた方がいたんですか?
見てました。
それでようやく登りきって下りだと思って。
山頂には黙々のチームメイトの柳岡さんというおじきがいて。
ギーさんがいるなと思って。
ギーさんに会えると思って。
その分岐誘導のところに行ったら3位の木村ひろし君が座って休んでて。
一粒で二度おいしいじゃないかと思って。
こんなことあるかと思って。
そこでやったと思ったと同時に岩谷さんが。
岩谷さんの方がテンション上がってて。
行きましょうって感じになって。
ついていこうと。
もう一回思い直して管に入った感じですね。
僕は木村さんに気づかなかったんですよ。
通過して黙々の仲間がいるから会話してるんだなと思って。
反それの人いるなって。
木村さんなんだっていうのを。
何やってるんですかみたいな話をどもよこさんがして。
これ抜いちゃったのっていうのは僕の方が興奮したんですよ。
ちなみに俺はyoutube見てて木村さんがもうだいぶ終わってたんですよ。
絵も抜かれて結構疲れてた。
タイム差もだいたい分かってたんだけど見てたらその後結構すぐにともひこさんが映ってたのよ。
足取りは確実にともひこさんの上だった。
岩谷君にメッセージして木村さんすげー近くにいるよっていうメッセージして終わった後に見たから入らなかったんですけどね。
だけどそれを送った数分後に抜かした。
僕らはその時違う恐怖に怯えてたんですよね。
そのピークの前にノースフェイスの後藤さんから岩谷さんにメッセージが入ってたまちゃんから逃げてって。
それだけそれだけだったんですよコメントが。
僕はもう一回かなりいいリズムでずっと来てるから
もうたまちゃんのこと完全に忘れてたんですよ。
そしたらこのペースでついてくるのと思って。
あと10キロくらいのところで。
ターミネーターじゃんと思って。
本当に後ろにいるかもって思いましたね。
ティーセンスよね。
シャーって体変えて。
YouTube見たらだってさ。
まず俺が見出した時に石井のかっちゃんが江戸川に入るところを見てて。
ドワクシーですか?
その時に大瀬もいて。
大瀬はコンデンスミルク飲んでて。
そしたらパッとたまちゃんが来て。
ほぼ何もとらずに石井のかっちゃんが先に出てるんだけど。
並走してるところを見てて。
明らかにペースが違う。
たまちゃんは全然速くて。
速いというか確実にステップを踏んでって。
抜く瞬間とかも見せた。
大瀬はコンデンスミルク飲んで朝この小箱に早く行けよって。
のを見てたっていう。
ちょいちょい出てきますね。たまちゃんのね。
忘れた頃にやってくる。
そうですね。最後まで。
ただ見た感じは追いつかれないなって思う。
ともひこさんは大丈夫だなって思いましたね。
でもそんなメッセージが来たらきっかけじゃないですかね。
どのタイミングでしたかね。
最初は越えた後ですね。
トレイルサーチが入らなくて。
たまちゃんいかねないなとはすごく思ってて。
見たらもちづきさんっていう方が後ろに12分差でいて。
たまちゃんはたぶん20分差くらいいたって感じですね。
3位になったとはいえもちづきさんが12分差っていうのを聞いて。
2人でこれはまだ余談を許さないねっていう感じで。
下りの足は全然あったんで。
岩谷さんがまた前を行かせてくれて。
どちらかというと最後の林道はもう我慢すれば何とか逃げれるだろうと思いつつ。
それまでにどれくらい差をつけれるかだなって思って。
ここは一旦リミッターを解除して頑張ろうと思って。
下りも飛ばし降りてからも結構いいベースで走った感じですね。
ラッキーだったのは例年目のうさんを降りた後に
ちょっとひと山100何メーター標高で上がる山があるんですけど。
今年それがなかったんですよ。
去年もそこで宇都宮陣君、野口君とのペアにギリギリまで攻められたんで。
それがないのは本当自分としてはラッキーで。
いいリズムで飯塚林道について。
飯塚林道は飲み物足りてるんでパスしますねって岩谷さんに言ったんですけど、
実際には案外少なくて途中で水切れを起こすっていうのがあったんです。
知らなかった。
ただもうここも行くしかないと思ってスルーして最後の12キロですね。
ここが本当に一番きつかったですね。
やっぱり3位なんですけど追われる側のみの気持ちになって走って1キロは本当に長くて。
ただペースを見ると大体5分30ぐらいですかね。
これは多分岩谷さん計算してくれてるんだなと思って。
たぶん4分半であの林道をずっと攻めれる人はおそらくいないだろう。
その12分差をキープしたまま降りていれば12キロなんで1分ずつ詰めて来られたら追いつかれるけど、
4分半では走る人はいないだろうと思ってこの5分半を必死でついていけば逃げれると思って。
ただ早くトレイルサーチ繋がってくれって。
入んないんですよ全然電波が。
思いながら走ってました。
途中でもう岩谷さん絶対岩谷さんこれもう繋がってもう俺が甘えると思って言わないだけなんじゃないかと思いながらもなかなか言ってくれなくて。
それ飯塚林道に入ったのを確認する?
僕らは飯塚林道をパスしてて後ろの選手が12分差で入ってくるんだったらそのままの間隔で来るんだったら仮に1分ずつキロで詰められてもそこまでは落ちないだろうって。
12分っていう数字を確認したかったんですよ。
でも入んないんですよずっと。
相手は勢いがありそうだなって思ってたんで。
いいペースで下ってるけど万が一それより早いのに来たらもう何もないから頑張るしかないっていう状態になって行けるとこまで行きましょうって。
ちなみにどこで確認できたの?
7億のときにも言ってたのが門か何か最後あるんですよ飯塚林道中盤にゲート。
そこを過ぎたあたりで入って見たら20分差ぐらいに広がってたんですよね。
じゃあ大丈夫だと。
大丈夫なんですけどそこから今度は21時間を切るっていうことに。
友彦さんがスイッチしててここは3位ということと確実に21時間切るということをやりたいって話してたんで。
21時間に向けての今度激走に入るっていう。
真逸ってまじでトップ争いとかしてるとき飯塚林道まじで走んなきゃいけないからそこがすげえきつい。
じゃあ私の話ですけど僕飯塚林道に入ったときに僕2位だったんですけど3位との差は1分半ぐらいですよ。
まじすげえ。
それやばいっすね。
1分半でペーサーの渡辺くんを運んでた。
言わなかったけど最後まで。
ずっとチラチラ後ろ向いてるから絶対近くにいるんだなって思いながら話してた。
じゃあもう渡辺くんに必死についていくだけみたいな感じ?
必死じゃない。とりあえず自分の全力で走る。
田中さんは振り返らなかったんですか?
振り返らなかった。
でもよく自転車レースもありますよね。後ろ振り返ったのもダメだって。
どちらかっつっても見えないようにカーブで走ってる。
振り返って見えたらしょうがないから。
だからベスト10とかで前後に人がいる場合は最後のイーゼルランは地獄じゃないけど
100マイル走っててラストこんなに走るのかよってぐらい走るって感じじゃなかったですか?
そうですね。まさにそうでした。
やっぱり水分はそこで取る余裕が欲しかったなっていう気持ちの余裕が欲しかったなって。
でも12分だったら余裕で。
12分だったら余裕ですね。
後々ログを確認すると心拍がイーゼルランに入ってからガクッと下がって攻めれてないんですよね。
120を切るぐらいまで下がっちゃって上げれなくなって。
ここで水分ちゃんと取って体内のバランスが整ってればもうちょっと楽にというか
攻めれたしもうちょっと安定して押せていけたかな。
かなり苦しくて、ただちょっと上るパートぐらいでかなり自分のペースが落ちたんですよね。
そこで岩垂さんがあとはもう自分との戦いですよっていう風に言って
一言言った後にちょっと距離を置く。
そのあたりがかなりきつかったんですけど、その後でさっき言った通りゲートがあってタイム差を言われて
3位が確定して1つ報われた感じがあるのと、さっき岩垂さんが言った通り21時間。
この後追加の5キロがあるんで21時間もしかしたら危ういかもっていうので
まだ頑張った、頑張らなきゃなっていう風な感じで行ってゴールにたどり着くという感じです。
最後出た時は本当に21時間切りも確認できてたんで
21時間切り3位っていう当初密かに立てていた目標を貫通できて
こんな最高なゴールはないなっていう感じでしたね。
確信がある気みたいなもんですか?ホームランみたいな。
そういうとこがありましたね。
でもゴールの動線がどういう風になっているのか分からないんで最後まで分からないなって思いながらでしたけど
ただゴールが近づくにつれて会場のアナウンスが聞こえてきて本当に近いなって感じでした。
ゴールを見てました?
やたり鳴いてましたね。
聖地売り先に歓喜が上がってしまいましたね。
でも妙利につきますよね。選手もペーサーもいろいろやってて。
23年に高丸にペーサーしてもらって
結果後半にペーサーついてからの良い走りができなくて
終わった後に高丸が
翌年誰かがペーサーするときに
ペーサーなんてお散歩ですよみたいなことを言ってて
悔しいことになって
傷口しろって
冗談半分ですけど言われて
岩谷さんにはさすがにお散歩はさせられないなって思って
いいセッションしたいなって思ってたので
それができて
泣かせるまでできてよかったなって
ちなみに高丸くんはペーサーの萩原くん
萩原くんはジョグだったって言ってましたね
お散歩だった
今日はジョグだった
安心してましたよ
あんなに嬉しそうな萩原くん
久しぶりに見た
直前まで超ピリピリしてました
乙美子のところで萩原さんと高丸くんに会ったときも
萩原さんすごい笑顔で
そりゃそうだよ
60キロぐらい走ってペーサーするの
萩原さんあれですよ
レース前に筆形装備を背負って
高尾で練習してましたから
そんなペーサーいいんだと思って
すごいですね
岩谷さんどうしたこのゴール
男なきというところもありました
3位っていうのはものすごく嬉しかったんですけど
そこだけが目標じゃなかった感じもすごくしてて
僕は自分との戦いですよって話を
どこで声をかけたのかわからないんですけど
多分3位は確実だろうなっていったときに
結果としては十分なものを得てる気がしたんですよね
ただ多分友彦さんがやりたいのは
21時間を切るっていう
自分なりの何かの目標があって
多分それはあんまり周りには
価値がないものかもしれないなと思ったときに
でも終えるかもしれないのを出し尽くして
仮に終えなくても別にいいような気はしたんですけど
だったらやり尽くしてもらいたいなという感覚がすごくあって
それが結果的に水切れだったというのは
今聞いたのであれなんですけど
あのエイドに寄ってたらなかったかもしれないし
とかっていうことを考えると
本当に出してくれたなっていう感じはしたのと
あとこういうシーンで声かけることってすごく難しいなと思って
結構僕らそんなに会話多くなかったような気がしてるんですよね
で最後の12キロの節目どう声かけたらいいのかなって
ヤビツと同じ距離ですよとか最初言おうと思ったんですけど
ヤビツの下り12キロって長いなとか
この5000は多分今までで一番頑張らなきゃいけない5000
5000って長いのか短いのかとか
その時の受け止め方って違うじゃないですか
だから結果的に何か言葉もちょっと少なくなっていくし
みたいな感じだったのかなと思って
それが何を言うことがいいことなのか
結構すごく難しいなと思いながら走ってたっていうのはあります
あと楽走に走っちゃいけないなと思ったんです
実際楽じゃなかったんですけど僕も
ペーサーが楽走って選手にとってきついことにきつく見えるだろうなと思って
さっき友彦さんが言った選手の歩調を合わせるとかって
これは自分は今歩こうと思えば歩いても全然一緒にいけるけど
あえて一緒に走るとかあえて一緒にリズム作るで
なんか俺は走れてないって思わせないようにしなきゃいけないなみたいなのがあって
今回はそもそも早かったんで自分も63キロ走ってすごく疲れたんで
そんなに気を使ってというよりは一緒に走ったっていう感じはあるんですけど
そういうのがいろいろ走っている過程の中で
自分の中にもインプットがすごく増えたなという感じがしました
そうすると東さん今回3位で
これどうなんですか?
岩瀬さんが言ってた49歳3位ってのはやっぱり初めてなんですか?
初めてじゃん
そりゃそうですよね
伊勢谷寛太さんとかまだ若い方ですもんね
真逸は3位というよりは地獄と天のぐらいの差がある
景品ってこれでしょ
びっくりしました
田中さんのそのセリフ表彰式で言ってましたよね
3位と4位の差は運命の差があるっていうのを田中さんが言ってたよね
俺4位もあるし2位もあるから4位の時は本当表彰
髪切れていい言葉で
2位になった時だってめちゃめちゃもらえるでしょ
そうですね
こんなにもらっていいのかなっていうぐらいもらいました
ちなみに俺の時はナノパフもらったんですよ
パタゴニア
サイズが合わなくてパタゴニアにお店に変えてくれって言ったら
変えてくれてすげえなって思って
変えてくれるのかなって
パタゴニアすごい素晴らしいなってその時思って
それほどすっげえもらえる
パタゴニアお渡しする時も田中さんのサイズを
あらかじめ把握してから渡してほしいなって
それはしょうがないよ
ちなみにOSJは変えてくるんだから
もしかしたら身内だからかもしれない
ちなみに後尾2位の時に合わなかったんですよ
来年出て優勝するからサイズ揃えておけって言ったのに
違うサイズ揃えてきた
ほうれん草がなってないんですけどね
でも年々年は数字の1つですからね
重なるけど順位は反比例して上がっていくっていうのが
目の前にしてほぼ同世代40代後半
私も40代後半に入ったんで
おじさんおじさんの一人で
すごいなと思いますし
おめでとうございますっていう感じになります
ありがとうございます
新渡さんの話もリアルに聞けてよかったですね
また今日結構聞かれるんじゃないですかね
そうですね
聞かれるより聞かれると思う
俺の話聞きたい人いるのかなと思うけど
いやいやいやいや
タマちゃん
すり切れるぐらい聞くかもしれない
タマちゃん45分後にゴールしたんですけど
めちゃくちゃ悔しそうにしてます
すごい
マジでトモヒコさんに勝つつもりで走ってたっていう感じがして
なんか高丸に今年の目標どうしたらいいですか
なんかやっぱり2年連続で
彼女の中では多分当たり前じゃないけど
優勝はやらなきゃなっていうのはまず1つあった上で
もう1つモチベーション高めるものが必要になったときに
高丸にそういう話をしたら
高丸もいやらしいですよね
トモヒコさんに勝つことじゃない
そしたらタマちゃんはそうかみたいな
わかりましたみたいな
高丸くんフィクサーですね
ちなみにタマちゃん新月直前にいくた来たんだけど
前日まで俺とタマちゃんしか参加者がいなくて
すげえ緊張してたらしい
思想確かに思想
俺の台本でいくたを走るのは
高丸くんと萩原くんが来てくれたんで
どうですかチームメイトとして今回のトモヒコさんの結果
いやいや表彰台には上がるなと思ってたんですけど
チームメイトっていうとタマちゃんが追っかけてるのは
リザルトだけで見てるとあって
そこでもトモヒコさんもしかして
ブーストかかったりとかしてるのかな
っていうふうに思いながらは見てたっていうのはありますけど
途中で今年もみんな楽しんでるんだろうなっていうのは
俺は追いかけられてるの
前回が会うたんびにまた来るのかよみたいな感じのこと
トモヒコさんが言ってたから
その辺もきっと少なくとも意識はちょっとあるのかなとは
思いながら見てましたけど
何にせも黙々がみんな今回すごい良い結果を出して
すごくかっこよかったですみんな
信越五岳 2026)、です。
【質疑応答】
03:01:03

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