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はい、皆さんこんにちは、フユコです。 シリーズ、自分を生きるのその先へ。
このシリーズは、自分で考え、自分で選べるようになってきたのに、 なぜか人間関係や物事がうまくいかない。
そんなあなたに向けて、自分を生きるのその先にある 認知の仕組みを紐解いていくシリーズです。
シリーズ、自分を生きるのその先へ、第7話は、 その私はどうしたい?は、本当に私なの?というお話をしていきます。
さあ前回は、やることが目的になった瞬間見えなくなるもの、 というテーマでお話ししました。
自分で考えて行動している。 やるべきこともちゃんとやっている。
でも目の前の作業に集中するあまり、 そもそも何のためにやっているのかが見えなくなってしまうことがある。
そんなお話でした。 そこで問い直したのが、そもそも何のためにこれをやっているんだっけ?っていう問いです。
今日はそこからもう一歩進んでみたいと思います。 何のためにやっているのか。
それがわかったとしても、 そもそもその目的は本当に自分が望んでいるものなのでしょうか?
今日はそんなお話です。 例えば、こんな場面を想像してみてください。
あなたが新しい仕事に挑戦しようとしています。 今よりも責任のある仕事。
周りからも評価されるような仕事。 収入も増えるかもしれない。
あなたは、私はもっと成長したい。 もっと責任のある仕事を任されるようになりたい。そう思っています。
だから自分で調べて、勉強をして、資格も取ろう、そう決めました。
誰かに命令されたわけではありません。 自分で考えて、自分で決めたんです。
ところが、ある日ふとこんなことを感じます。 私は本当にこの仕事がしたいんだっけ?
どうしてこんなに頑張ってたんだっけ? そんな疑問が浮かんできた。
そこで自分に聞いてみます。 私はどうしたい?
そうすると、もっと認められるようになりたい。 そういう答えが出てきました。
ここで少し考えてみたいんです。 もっと認められたい。
これは自分の気持ちですよね。 誰かに言わされた言葉ではありません。
自分の中から出てきた思いです。 でも、認められたいという気持ちが自分のものだからといって
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何を価値あるものとするかという基準まで 自分で選んでいるとは限らない。
ここなんですね。 例えば、子供の頃からちゃんとした仕事に就きなさい。
人に認められる人になりなさい。 努力して結果を出すことが大切なんだよ。
そんな言葉を繰り返し聞いて育ったとします。
もちろん、それらの言葉が悪いという話ではないですからね。
実際に努力して結果を出すことに喜びを感じる人もいます。
ただ、長い時間をかけて聞いてきたそれらの言葉が 自分の中で当たり前になっていることがあります。
責任ある仕事を任されることは良いこと。
人から評価されることは良いこと。
成果を出せる自分には価値がある。
そういう基準がいつの間にか自分の中にできている。
そうすると、私はもっと成長したい。
そう思った時に自然と、もっと評価される仕事をしよう。
もっと成果を出そう。
そういう選択肢が浮かんでくることがあります。
さあ、ここで考えてみてください。
自分で選択肢を選んでいるということと、 その選択肢を価値あるものだと判断する基準。
この基準を自分で持っていることってイコールなのかなってこと。
ここで少し認知の仕組みの話を入れますね。
私たちは何かを選ぶとき、全く何の基準もなく選んでいるわけじゃありません。
何が良いことなのか、何が望ましいことなのか、何を避けるべきなのか。
そうした判断の基準、これをこれまでの経緯や周囲との関わりの中で身につけていく。
例えばね、子供の頃に人に迷惑をかけてはいけない。
そう言われて育った人がいたとします。
その人が大人になって、私は人に迷惑をかけない生き方がしたい。
そう思っている。
これはその人自身の考えです。
でもその考えが生まれた背景には、これまでに教わってきた価値観があるかもしれません。
心理学では、周囲の価値観や規範、これを自分の中に取り込んでいくことを内在化と呼びます。
簡単に言うとね、もともとは自分の外側にあった考え。
これがいつの間にか自分の当たり前になっていってしまっているということです。
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これは全然特別なことではありません。
私たちって誰でも家族とか学校とか職場とか社会、この関わりの中で様々な価値観を身につけています。
そして内在化された価値観が必ずしも悪いということではありません。
大切なのは自分の中にあるこの判断基準、これを一度も問い直さないまま使っていませんかということ。
例えばこんなことはないですか。
私はちゃんとした母親でいたい。
私は周りから信頼される人でいたい。
私は仕事で結果を出せる人になりたい。
どれも自分の意思として語ることはできますね。
でもここで少しだけ問い直してみたい。
そのちゃんとした母親ってどんな母親ですか。
その信頼される人って誰からどんなふうに信頼される人のことでしょうか。
その仕事で結果を出すって何をもって結果とするの。
例えばちゃんとした母親でいたい、そう思っている人がいたとします。
じゃあその人にとってちゃんとした母親とは毎日手作りの食事を用意する人なのか。
子どもの学校行事に必ず参加する人なのか。
いつも穏やかで怒らない人なのか。
そんな答えが出てくるかもしれないですよね。
だけどそれは誰が決めたちゃんとなのでしょうか。
自分が大切にしたいことなのか。
周りからそうあるべきだって言われてきたことなのか。
あるいは誰かに評価されるために必要だと思っていることなのか。
ここを見ていく。ここを見ていくと
自分の言葉だと思って語っていたはずの私はこうしたいの中に
自分以外の誰かの基準が含まれていることに気づく場合がある。
ここでね、誤解してほしくないことがあって
それは誰かから教わった価値観だからといって
自分のものじゃないっていうわけじゃないからね。
私たちは何もないところから価値観を作っているわけじゃないの。
誰かの考え方に触れて、あ、それ素敵だなって思うことあるよね。
誰かの生き方を見て、あ、私もそうがありたい。そう思うこともあるよね。
それ自体はめちゃくちゃナチュラルなこと、自然なことです。
問題なのは誰かから影響を受けることが問題なんではないの。
その価値観を今の自分がどう捉えているのか
そこを確かめることもなく、これが正しいはず、こうするべき
って判断の基準にしてませんかっていうことなの。
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最初の仕事の話に戻ってみるね。
私はもっと認められるようになりたい、そう思ってた人がいたとします。
ここでね、人から認められたいだなんて
他人塾だからやめましょうっていう話にはしません。
認められたいっていう気持ちがあるんだったら、まずはそのまま認めていいの。
ただ、ちょっとだけ問い直しをしてみる。
私は誰に認められたいんだ。
何を認めてもらいたいんだ。
認められることで何を手に入れたいんだっけ。
そうやってみていくと、自分が本当に求めていたものは
少しずつ見えてくるかもしれない。
例えば、能力のある人だと思われたい、そういう答えが出てきたとします。
じゃあ、能力のある人だと思われることが
なぜ自分にとって大切なんだろう。そこまで見てみる。
もしかしたら、そう思われないと自分には価値がない気がする。
そんな前提が見つかるかもしれない。
もちろんね、誰もがそうだっていう話ではないですよ。
ただ、もしそうだったとしたら、その人はもっと成長したい。
そう思って行動してたけれど、
実際には価値のない自分だと思われないため、
そういう基準で選んでいた可能性もあるわけです。
ここに気づいたとき、初めて、
じゃあ私って本当は何を大切にして生きていきたいんだろう。
そういう問いが生まれるかもしれないです。
はい、ここで今日のお話を整理してみますね。
私たちは、私はどうしたい?
そう自分に問いかけることで、自分の気持ちや希望に気づくことができます。
そして自分で考え、自分で選べるようになる。
これはめちゃくちゃ大事なことだよ。
なんだけど、私はこうしたいっていう答えが出てきたからといって、
その答えを生み出している判断基準まで
自分で確かめられてますかっていう話です。
例えば、私はもっと頑張りたい、そう思ってる。
なぜ頑張りたいんでしょう。
もっといい人になりたい、そう思ってる。
じゃあ何をもっていい人だと判断してるんですか。
もっと成功したい、そう思ってる。
ではその成功とは誰が決めた成功ですか。
ここで大切なのは、自分の答えを否定することじゃないよ。
自分が何を基準にその答えを選んでいるのかを知ることなんですね。
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今日は最後に皆さんにも一つ観察してみてほしいことがあります。
最近、私はこうなりたい、私はこれをやりたい、私はこうするべきだと思う。
そんなふうに考えたことを一つ思い浮かべてみてください。
その答えに対して、私はなぜそれがいいと思ってるんだろう、そう問いかけてみて。
例えば、私はもっとこれができる人になりたい、そう思ってるんだったら、
仕事ができる人ってどんな人?なぜその人になりたいの?
そう考えてみる。すぐに答えは出なくてもいいの。
そして、これは親から言われたことだから違う。
これは社会の価値観だから捨てなきゃ。
急いで結論を出す必要もないです。
ただ、自分が当たり前だと思っていた判断基準、これを一度見えるところに出してみる。
まずはそこからです。
このシリーズでは、私はどうしたい?と、自分に人生の主語を戻すことから始めました。
そして、自分とは違う世界を見ている相手がいること。
相手の希望を尊重することと、自分が我慢するということは違うということ。
目の前の行動とその先にある目的、これを見失わないこと、そんなお話をしてきました。
そして今日はさらにもう一つ、言葉の主語が私になっているということと、
判断の基準を自分で引き受けていること、これは必ずしも同じではないよ、というお話でした。
私はどうしたい?その問いはもちろん大切です。
でもそこからさらに、自分は何を基準にそうしたいと思っているんだろう?
そう問い直してみる。そうすると、今まで当たり前だと思っていた自分の選択が、少し違って見えてくるかもしれません。
はい、さて次回第8話は、あなたの人生の観客席には誰が座っている?というお話です。
自分で選んでいるつもりなのに、心のどこかで誰かの反応を気にしていませんか?
誰かに褒められると安心する。誰かに否定されると、自分の選択が間違っていたような気になる。
そんなとき私たちは、一体誰の評価を基準に自分の人生を判断しているのでしょうか?
次回はそこを紐解いていきます。
はい、それでは今日も自分の人生を自分の主語で。
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えいこでした。