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おはようございます。フユコです。 さあ、今日は新しいシリーズ始まります。
そうですね、シリーズタイトル、これは自分を生きるのその先。 これまでは配信の中で何度もあなたはどうしたいっていう話をしてきました。
お相手がどう思うか、普通はどうするのか、世間的にはどうなのか、正解はどれなのか。 そこから一度離れて、で私はどうしたいんだろう、そう自分に問い直してみる。
私はこれを人生の主語を自分に戻すという言い方をしてきました。 例えば本当は断りたいのに嫌われたくなくて引き受けるとか、本当は休みたいのにちゃんとした母親ならこれぐらいやるべきだと思って頑張る。
他にも何かやってみたいことがあるのにそんなことして何なるのって言われたらやめてしまう。 この時行動しているのは自分なんだけどその選択を決めているのは相手がどう思うか、普通はどうか、正解は何かだったりするんですよね。
だから私はどうしたいと問い直す。
私は行きたいの、行きたくないの、やりたいの、やりたくないの、続けたいの、もうやめたいの、これってすごく大事なことだと思っています。
実際長く人の変化を見ていると最初はどうしたらいいと思いますか?そう聞いていた人が少しずつ私はこうしたいと思っています。そう言えるようになってくる。
誰かに決めてもらうんじゃなくて自分で調べる。自分で考える。家族と話す。そして私はこれをやってみる。
そう自分で決めて動き始める。私はずっとその変化を見てきました。ところがですね、最近いくつかのケースを見ていて私の中に新しい問いが出てきました。
あれ?私はどうしたいがわかるようになり、自分で決めて、自分で動けるようになったよ。でも、もしかしてここで終わりじゃないんじゃない?
例えば、自分がすごく行きたい場所があったとするよね。私はそこに行きたい。これはわかったよ。じゃあどうしたらいける?
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予定を調整して、家族にも相談して、必要なものを準備して、よし行ける。一見何の問題もないですよね。
自分の気持ちを確認し、自分で考え、自分で行動している。でも自分が行きたいという目的に向かって一生懸命になればなるほど時々その世界から抜け落ちるものがあります。
お気づきですか?それは自分以外の人にも自分とは別の世界があるということです。私はこれがしたい。だからこうすればいい。私はこれで大丈夫。だから相手も大丈夫だろう。
私はこの人を知っている。だからあの人にとっても同じ人だろう。もちろんそんなことを意識して考えているわけではないですよね。むしろ本人は自分で考えている、ちゃんと動いている、誰かに依存しているわけじゃない。だからこそ気づきにくいですね。
ここで今日一つだけ区別しておきたいことがあります。それは自分を主語にすることと自分の視点しかなくなることは同じではないということです。これはですね、似ているようで全然違うことなんですね。
他人軸から抜けようとする時、まず必要なのは相手はどう思うから私はどうしたいへ戻ってくることです。
でも私はどうしたいがわかるようになった後、今度は私はこうしたい。じゃあ相手はどうなんだろうっていう世界がある。
ここで誤解してほしくないのは、もっと相手の気持ちを考えましょうっていう話をしたわけではないですね。それやり始めちゃうと私はやりたいけど相手が嫌ならやめておこう。
迷惑をかけるぐらいなら私が我慢しようってまた自分を消してしまうことがあります。
それでは元に戻ってしまう。そうじゃない。私もいる。あなたもいる。私はこうしたい。あなたにはあなたの感じ方がある。
私には私の事情があって、あなたにはあなたの事情がある。
どちらかを消すのではなく、違う2つの主語が同じ世界に存在している。ここが私はどうしたいのその先なのではないかと最近考えています。
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そしてさらに観察していくともう一つ面白いことが見えてきました。
私はどうしたいって言えているのに、実はその私が本当に自分で選んでいるとは限らないということです。
私は成長したい。私はもっとすごくなりたい。私は一流になりたい。私はプロになりたい。文法上は全部私が主語です。
でもその一流って何?成長って誰が決める?それができて誰にどう思われたいの?
そうやって見ていくと自分の人生なのに採点しているのは別の誰かだった。そんなこともあります。多発しています。
なのでこのシリーズでは私はどうしたいからもう少し先へ、奥へ行ってみたいと思っています。
自分を消さない。でも相手も消さない。自分で決める。でも決めたから主体的で終わらない。
自分が今やろうとしていることは何のためなのか?その向こう側には誰がいるのか?
そしてそもそも私は誰の基準でこれをいいと思っているのか?そこまで一緒に見ていきます。
もし今以前より自分の気持ちはわかるようになった。自分で決められるようにもなった。
ちゃんと動いてもいる。なのになぜか人との間で噛み合わない。
ちゃんとやっているのになぜか大事なことが抜ける。自分で選んでいるはずなのになぜだろう自由になった気がしない。
そんな感覚があるとしたらもしかすると私はどうしたいができていないのではなくてその次の場所に来ているのかもしれません。
さあ今日から始まる新シリーズ自分を生きるのその先へ。
次回は自分のこうしたいがはっきりした時ほど意外と見えなくなるものがあります。
それについて具体的に見ていきますね。
あなたのいいよねに相手はいる?そんなところから一緒に考えてみたいと思います。
それでは