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おはようございます、フユコです。さあ、ゴールの錯覚。 それは本当に現実なのか?
それとも今のあなたにはそう見えているのか? 今日も一つ自分の認知を紐解いていきましょう。
さあ、前回は同じ出来事なのに人によって意味が違うのってなぜ? っていうお話をしました。
同じ言葉を聞いても不安になる人もいれば楽しみになる人もいる。 つまり、私たちは出来事、事実そのものだけではなく、自分がつけた意味を通して世界を見ているということでした。
今日は第一章の最終話です。 テーマはあなたの当たり前は誰にとっても当たり前❓、これです。
例えばこんなことはありませんか? 家族に何かをお願いしたとき、「えっ、そんな言わなくても分かるでしょ?」って思ったこと。
あるいは職場でさ、「仕事なんだよ。最後まで責任を持つの普通じゃない?」 そう思ったこと。
時間を守らない人を見て、「時間守るって当たり前じゃないの?」 そんなふうに思ったこと。
きっと誰にでもあると思います。 はい、今日はこの、「普通でしょ?」っていう言葉をちょっと見てみたいなと思います。
例えばね、夫婦で夕食の後片付けなんかをしているとします。 妻は食べ終わったら自分のお皿は自分で下げるもの、そう思ってる。
ところが夫は食べ終わったらそのまま席を立つ。 そこで妻はイラッとします。
なんで自分のお皿ぐらい下げないの? そんなこといちいち言わせないでよ。
一方で夫は、 言ってくれたらやるけど、そう思ってるかもしれない。
さてここで何が起きているのでしょう? お皿を下げなかった。
これは実際に起きたことです、事実ね。 だけど、お皿は自分で下げるのが当たり前。
これは誰にとっても共通の事実でしょうか? もちろん家庭の中でそういう約束をしているなら話は別だよ。
でも約束も確認もしていなかったとしたら、 妻にとっては当たり前でも夫にとってはそうではないかもしれない。
つまり、自分の中にあるルールを相手も当然持っているものとして扱っていたということになります。
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ここで今日の言葉を一つ定義します。
当たり前とは自分の中でいちいち疑ったり確認したりしなくなった前提のこと。
前提というのは、何かを考えたり判断したりする時に最初からそういうものだと置いている考えです。
例えば、人に迷惑かけてはいけない。 頼まれたことは断らない。
一度始めたことは最後までやり抜く。 母親なんだから子供を優先する。
こうした考え持っている人いますよね。
もちろんどれも状況によって大切な考え方になり得ます。 だけどちょっと考えてみて。
それって誰が決めたの?
自分で考えて選んだのかな? それとも幼い頃から繰り返し言われてきたことですか?
学校で教わったことですか?
自分の家庭の中ではみんながそうしていたことですか?
これまでの経験の中でこうするのが正しい、そう思うようになったことではないですか?
私たちは生まれた時から、普通はこうするっていうルールをすべて知っていたわけではありませんね。
生きていく中で少しずつ学んできたんですよね。
そして何度も繰り返すうちに、私はこう考えるだったものが、いつの間にか人はこうするもんだ、これに変わっていく。
ここが今日の大切なポイントです。
例えば、人に頼るのは迷惑だっていう当たり前を持っている人がいたとします。
そういう人は自分が困っていても人に頼れない。
誰かに助けをもらうのが申し訳ない。
自分でやらなくちゃ、こんなこともできないなんて感じているかもしれません。
だけど別の人は困った時はお互いに助け合うもの、そう思っているかもしれない。
そうするとね、同じ状況でも、これ手伝ってもらえるって自然に言えるの。
これね、どっちが良い人でどっちが悪い人なのかっていう、そういう話じゃないからね。
人は何を当たり前としているかによって、選ぶ行動まで変わっているということが言いたい。
で、ここがゴールにもつながってくるの。
例えば、安定した仕事を手放すべきではない。
そういう当たり前を持っていたら、新しい仕事に挑戦したい。
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そう思っても、いやいや、そんなの現実的じゃないよねって感じるかもしれないよね。
今さら新しいことを始めるのは遅いっていう当たり前を持っていたら、
やってみたいなっていうことが浮かんでも、もうこの歳だからって考えること自体をやめてしまうかもしれない。
でもそれは本当に誰にとっても変わらない世界のルールなのでしょうか。
それとも今の自分がそういう前提で世界を見ているのでしょうか。
だからといってね、さあ今日からあなたの当たり前を全部捨てましょうっていう話じゃないよ。
自分の考えを否定する必要もないよ。
今日ね、やってみて欲しいのは一つだけ。
日常の中で、普通はこうでしょ。そんなの当たり前でしょ。
いや、こうするべきでしょ。そう思った時、一度だけ、
それって誰にとっての当たり前?って聞いてみてください。
そして、あ、私ってそういう前提を持ってるんだなーって見てみる。
今すぐ変えなくていいんだよ。正しいかどうかを決めなくてもいい。
まず自分の前提を見つける。それだけです。
これね、人の反省を聞いていてもわかるから。
言葉を聞いていると、あ、この方はそういう前提で物事を判断しているんだなっていうのがよくわかります。
第1章では、ここまで8話を通して、私たちは出来事、事実をそのまま見ているわけではないということ。
事実と解釈、これは違うということ。
感情が起き上がったことと、外側の世界についての結論、これは別であるということ。
そして、同じ出来事でも人によって意味が違うということを見てきました。
今日最後に持って帰ってほしいものは、私にとっての当たり前、これは必ずしも世界の当たり前ではないよということです。
自分の当たり前が見えてくると、これまで疑いもしなかった判断の基準、これが少しずつ見えてくるから。
ではここで一つ問いが生まれます。
私たちはどうして自分の当たり前を正しいものとして扱うのでしょうか。
そして、どうして、自分がどうしたいかを考える時にまで、その正しさを探してしまうのでしょうか。
はい、次回から第2章に入ります。
第2章は、なぜ私は自分で決められないのか。
第9話は、どうしたい?に答えられないのはなぜ?です。
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自分のことなのにどうして自分で決められないのか。
ここからは正解を探している自分、これを一緒に読み解いていきましょう。
それでは。