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2026-10-13 09:52

「うちのクラスにはいない」は何を根拠にしているのか?

みんなの教育技術の連載から、性の多様性を学級全員で学ぶ理由を紹介します。職員室で出がちな、うちのクラスにはそういう子はいないのでは、という声に対して、性のあり方は見た目では分からず、相談がないことは、いない証明にならないと筆者は言います。誰かが打ち明けるのを待って始める学びにせず、子どもに自己開示を求めないまま、決めつけない、笑わない教室の文化を育てる方法を、学年ごとの入口や15分の授業例とともに考えます。

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こんにちは、教育カフェテラス進行役の水野太一です。 国内外の教育の話題を一つずつ取り上げて、学校のこれからを考える番組です。
アシスタントの高橋紗友香です。 今日は性の多様性のお話と聞いて、少し背筋が伸びています。
背筋が伸びるというのは、緊張しているということでしょうか。
はい。大事なことだと分かっているのに、教室でどう扱えばいいのか、実はまだ自信がありません。
その正直さから始めましょう。 今日の記事はまさにその迷いから書かれています。
みんなの教育技術の10月1日の記事で、提供平成大学の教授で、小学校と中学校の校長も務めた先生の連載です。
記事は職員室の場面から始まります。
ある先生が、今度の学級活動で性の多様性を取り上げてみませんか、と提案します。
すると隣の先生が、少し声を落として、でもうちのクラスにはそういう子はいないんじゃないですか、というのです。
その先生の気持ちも少し分かる気がします。
相談されたこともないのに、わざわざ取り上げなくてもいいのでは、ということでしょうか。
被者も、責めるような言葉ではないと書いています。
相談を受けたこともなく、授業時間も限られていて、保護者から、なぜ小学生に教えるのですか、と聞かれるかもしれません。
先生が立ち止まるのは自然なことだと認めた上で、被者は一つ問いを立てます。
いないという判断は、何を根拠にしているのでしょうか。
根拠と聞かれると困ってしまいます。
見ていてそういう様子の子がいないから、くらいしか思いつきません。
そこが今日の確信です。
好きになる相手や、自分の性別をどう感じているかは、見た目や服装、声、遊びの好みからは分かりません。
相談やカミングアウトがないことも、いないことも証明にはなりません。
まだ自分のことを言葉にできない子もいれば、分かっていても誰にも伝えたくない子もいます。
では、きっといるはずだと考えて、気をつけて見ていくのはいいのでしょうか。
半分は当たっていますが、半分は違います。
被者はきっとこの学級にもいると考えて、誰かを探したり、子供の言動から推測したりする必要もないと書いています。
いるかいないかを確かめること自体が、授業の目的ではないからです。
探すのも違うのですね。
確かに先生に推測されていると感じたら、子供はかえって言えなくなりそうです。
さらに被者は、当事者が確認できたら扱うという考え方の危うさを指摘しています。
一見すると慎重ですが、その学級で学ぶ必要があることを証明する役割を子供自身に負わせてしまいます。
打ち明ければ学びが始まり、言わなければ何も変わらないという形です。
それでは、言えない子ほど学びから遠ざかってしまいます。
言えない子ほど取り残されるというのは、聞いていて胸が痛くなりました。
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ここで、記事が使っている言葉を一つ紹介します。
ソジです。好きになる相手がどんな相手に向くか、または向かないかという性的思考と、
自分の性別をどう認識しているかというジェンダーアイデンティティ、この二つの英語の頭文字を組み合わせた言葉です。
LGBTQプラスという言葉は大学の授業で習いましたが、ソジは初めて聞きました。
LGBTQプラスは、性の在り方について、数が少ないとされる人たちをまとめて表す言葉の一つです。
それに対してソジは、少数か多数かに関係なく、全ての人に関わる性の在り方を見る視点です。
つまり、ソジを学ぶというのは、クラスに当事者がいるかを確かめることではなく、
相手の性の在り方を知らないまま決めつけていないかを、自分たちで見直すことなのです。
全ての人に関わるなら、私にも私の友達にも関係があることになります。
それなら全員で学ぶ意味が分かってきました。
でも、全員で学ぶとなると、一人一人が自分のことを話す時間もあるのでしょうか?
そこは筆者がはっきり否定しています。
全員で学ぶとは、全員に自分のソジを語らせることではありません。
学ぶのは、子供一人一人の個人的な情報ではなく、教室で共有されている言葉や見方です。
ここを曖昧にすると、学びのために誰かに打ち明けることを求めてしまいます。
教室で共有されている言葉というと、例えば男子なんだから無用な言い方でしょうか?
小学生の頃よく聞いた気がします。
まさにそういうものです。記事は、学校生活に残る小さな決めつけを挙げています。
男女が仲良くしているだけで恋愛に結びつけること、
色や服装、遊びの好みを男らしさや女らしさで評価すること、
将来の家族の姿を一つの形だけで語ることです。
こうした見方に息苦しさを感じるのは、性的マイノリティの子供だけとは限らない、と筆者は言います。
それなら私も当てはまります。
男女で仲がいいだけでクラスでからかわれたことがあって、それから男子と話すのを避けていました。
その経験が、記事の言いたいことをよく表しています。
性の多様性を学ぶ目的は、用語をいくつ覚えたかでも、当事者を見つけることでもありません。
説明したくない子に説明を求めない、誰かの性を周りが決めない、違いをからかいの理由にしない、という共通の土台を作ることです。
実際に教えるとなると、保護者から、うちの子にはまだ早いと言われそうで不安です。
筆者も、保護者が不安を感じるのは当然だとしています。
その時は、何のために何を学ぶのかを具体的に伝えるそうです。
性的な行為を詳しく教えるのではなく、男の子だから女の子だからと決めつけたり、違いをからかったりしないことを、発達段階に合わせて考える学習だと説明します。
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そして、子供自身に自分の性について話すよう求めることはない、と伝えると、保護者にも授業の姿が見えやすくなると言います。
発達段階に合わせる、というのは学年によって中身を変えるということでしょうか。低学年にはまだ難しい話に聞こえそうです。
筆者は、入り口を変える、という言い方をしています。
低学年なら、好きなものや得意なことは人によって違っていい、というところから始めます。
男の子だから青が好きと決まっているのか、と問いかけます。
中学年なら、男なんだから泣くな、と言われたらどんな気持ちになるかを考えます。
高学年では、見た目だけで、その人が誰を好きになるかや、自分の性別をどう感じているかがわかるのか、家族の形はどこも同じなのか、と一歩進めます。
泣くな、は言われたことのある男子が多そうです。学年が上がるにつれて、自分の周りから少しずつ広げていくのだとわかりました。
ただし、どの学年でも変わらない原則があります。あなたはどうなの?このクラスにそういう人はいるの?とは決して尋ねないことです。
準備も大変そうで、1時間の特別な授業を用意できるか、信任の私には自信がありません。
筆者は、15分でも十分な第一歩になると書いています。黒板に、リンクが好き、サッカーが好き、料理が好き、悲しい時に泣く、小さい子の世話をする、可愛い服が好き、と書いて、これって男の子か女の子かで決まることかな、と尋ねます。
先生はすぐに正解を言わず、どうしてそう思ったのか、別の考えの人はいないか、と子供たちの考えを繋いでいきます。
もしそこで、誰かが友達をからかうようなことを言ったら、どうすればいいのでしょう。実習先でも、冗談のつもりの一言で空気が変わる場面を見ました。
そのままにしない、と筆者は書いています。誰かをからかったり、本人が話していないことを決めつけたりはしません、と伝えて、黒板の例に話を戻します。
最後は、男だから女だからではなく、その人が何を好きで、どうしたいかを大切にできるといい、とまとめます。
大事なのは知識をたくさん教えることではなく、決めつけない、笑わない、話したくないことを無理に聞かない、という教室の文化を日々の小さな学びから作ることです。
以前この番組で、制服を選べるようになった学校の話をしたとき、生徒が一番求めていたのは、多様性について正しく学ぶ授業でした。今日の話はその答えの一つのような気がします。
つながりました。制服を選べても、教室の空気が変わらなければ、選んだ子は一人になってしまいます。
最後に、被者は職員室の場面に戻ります。いるかどうかを確かめるために扱うのではなく、誰がいても決めつけられたり笑われたりしない学級にするために、みんなで学ぶ、という答えです。
誰がいても、という言い方なら、職員室の隣の先生にも、責められている感じがせずに届きそうです。
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いるかどうかではなく、誰がいても安心できるか、という問いに置き換えることが、全員で学ぶ理由だと被者は書いています。さやかさんは、今日の話で何が一番印象に残りましたか?
子供に打ち明けさせなくても学べる、というところです。私は、気づいてあげることが先生の役目だと思っていましたが、気づかなくても安心できる教室を作る方が先なのだと分かりました。
気づくことより先に、誰も説明しなくていい教室を作っておくことです。その土台があってこそ、相談したい子が相談できるようになるのでしょう。
最後までお聞きいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。
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