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農業も組織運営!ネギ収穫から見た。
2026-10-12 11:46

農業も組織運営!ネギ収穫から見た。


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サマリー

実家での長ネギ収穫をきっかけに、農業も組織運営であるという気づきを語る。米や野菜を複数作る分散が農家のリスク管理になり、収穫時期には機械や人手の確保が集中するため、普段の人間関係や信頼が協力を得られるかを左右する。農作業の依頼を引き受ける判断は、対価だけでなく「この人のために働きたい」という感情に影響されるという。さらに、ランニングのような自分の行動も合理性より感情に動かされるため、人に動いてもらうには合理的な説明だけでなく感情に訴える下準備が有効だとまとめる。

実家の長ネギ収穫と農業の分散
はいみなさん、おはようございます。2026年10月11日、日曜日、高橋ツカサです。この放送は、ベアレンビール営業部長の高橋ツカサが、日々の仕事や生活の中での学びや気づき、そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
皆さんおはようございます。今日も元気よくやってまいります。
昨日は、留学生じゃなくて間違えた、海外からのお客様がお財布を落としましたという話をしまして、やれるべきことはやりましたという話の中でね、
なんとか警察届けずに本人にちゃんと連絡が取れて、お渡しできる環境を整えたという話をしたんですけども、無事に今朝、会社の方に一人来てくださって、お財布を渡せましたという報告でございます。
ありがとうございます。
そんなこんなでね、今日もやっていきますが、
今日はね、ずっと、この収録自体は日を跨いじゃってるんだけど、ずっとね、長ネギの収穫作業をやっておりまして、全然関係ない話なんだけど、
うちの実家が農家でして、今年はね、お米、もち米は出荷用に作ってて、うるち米、つまり食べるお米は自分家用に作ってて、それ以外にいくつか作ってるんですけれども、
その一つがネギ、長ネギで、これも出荷するくらい作ってるんですけども、それをずっと作業してました。
今年はね、千葉とか関東の方でね、特に千葉県で中心に非常に天候が悪かったんで、長めでね、おそらくかなりネギなんかも収穫できてないんじゃないかなと思うんですけど、
岩手ではね、その影響がないので、需要が高まっててね、価格が高くなり始めてるっていうことで、父親、母親的にはお米の値段がものすごく下がったから、その分なんとかね、ネギで稼ぎたいということで頑張ってるところなんですよね。
農業もね、普通の経済と同じで、いわゆるリスク管理のためのポートフォリオっていうかな、分散ですよね。
お米と野菜といくつかやっていく中で、やっぱり日本国内でどこかが災害にあった時、どこかでは何とかなってるとかね、逆のパターンもあるように、一つの農家であっても、いくつかの農産物を作ることによってリスク管理をしているということなんですよね。
収穫を支える機械と人間関係
今日の話っていうのは、何かというと、農業も組織運営だっていう話をしたいんですよね。
いわゆる田舎の農家って家族でやってることが多いんですけども、家族でやりきれないこともたくさんあるんですよね。
例えば今まさに私の実家で行われているネギの収穫とか、またはお米の収穫もそうですけども、自分一人ではできないと。
自分一人でできないから機械の導入とか、効率化するために機械の導入とか、または借りたりとか、または外注したりとかするんですけど、
外注するにしても、機械を借りるにしても、誰かに協力してもらうにしても、同じ時期にみんなやってるから詰まっちゃうんだよね。
詰まるっていう表現がいいかどうかわからないですけども、混み合うじゃないですか。
借りるにしても、持ち込んでお願いするにしても、または誰かにお願いするにしても、そんな暇なやついねって話ですよね。
じゃあどうなるのっていうと、この人だったらちょっとお願いされても引き受けようかなとかね。
この人にはちょっと協力したくないなとかね。そんな感情が出てくるんですよね。
うまく農業経営をやられている方は、その辺の人間関係がよくできていて、周りの人に協力してもらいながら進めていると。
だから、村社会的にはすごく大地主の人であっても、それを維持するだけの人間関係と人徳があるっていう人が多いのかなっていうふうには思います。
うちは小さいからね。そんな大切なことは言わないんだけど。でもそんな気がするというふうに思うんですよね。
感情が左右する仕事の意思決定
ここから学ぶことはたくさんあるなっていうふうに、今日一日働いてみて思ったんですよね。
やっぱりね、頼まれて引き受けるかどうかっていうことは相手次第になるわけですね。
どちらが偉いも偉くないもなくて、その労働対価を払うわけだから、どこでもやれちゃうわけ。
どこでもやれる仕事なんだよね。農業の。どこでもやれって言ったらちょっと大げさだけど、どの家で働いても同じ仕事をするわけね。
大体ね。収穫作業っていうのはね。そうすると、同じ仕事であるならばこの人のためにやりたいみたいな感情が最終的には意思決定につながってくると。
そういう意思決定って、ある意味、お金じゃなくて、お金も関わるけどお金じゃなく、意思決定にはやはり感情が最終的には左右してるなっていうのを改めて感じるなって思うんですよね。
それと、その感情が動く根本は何かっていうと、日々のお付き合いの中での声がけだったりとか、その人の人間性だったりとか、そういったところが見られていると。
365日見られてて、断ることはいくらでもできるわけですね。働く、お願いする側もお願いされる側もね。何でかっていうと、高齢者だし、なんだかんだ理由がつけられるんだよね。
だから断れるんだけども、それでも引き受けるだけの理由もやはり感情によって左右されてるなと。なんとなく合理性では選んでないなっていうのをすごく思いましたね。
合理性より感情に働きかける
これは農業で村社会だからそんな風に整理されているのかっていうと、全くそうではなくて、普段のお仕事も構造分解していくと似たようなものだなって思うんですよね。
それともっと抽象度を上げていくと、自分自身が意思決定するのもやっぱり感情とか相手とかにすごく影響されながら選んでいるなっていうふうに思ってて、その辺はなんか合理的に動けないような気がしてますね。
例えば朝起きる、そしてランニングをしようとするってだるいなと思うと、走った方が走り終わった後の爽快感とかその後の行動の効率性っていうのは確実に良いはずなんだけど、それも分かってるんだけど、
そこに行かないのはなぜかっていうと、やっぱり感情なんだよね。嫌だなーとかだるいなーとか眠いなーとかね、そういうことで動いちゃう。
でもそれをどうやって動かすのかっていう話ですよね。感情で動かせれば一番いいけど、一番スムーズ、分かりやすいし、簡単なんだなって思うんですよね。
だから合理的な説明よりも感情に訴えて行動してもらうような下準備とかそういうことをするのが人に動いてもらうためにはすごく合理的というかスムーズなんだなというふうに思います。
とかく僕らは人と人との人間関係の間で、やっぱりそういう感情に訴えかけるような言葉のやり取りをしているような気がするんですよね。客観的にというか、ちょっと抽象的に見ていくとね。
そういうフレームで見ると、人間関係の作り方っていうのはすごく情緒的で、その人に対してそれを得というのか恩というのか分かりませんけども、
そういったものの積み重ねとか与えられるみたいな関係性によって成立しているなぁなんていうふうに思っておりました。
はい、ということで今日の放送は以上です。この放送が皆さんのお役に立てたら嬉しいです。それではまた皆さん明日お会いしましょう。さよなら。バイバイ。
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