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雷鳴龍馬チャンネル ライブ
2026-06-20 06:51

雷鳴龍馬チャンネル ライブ


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00:03
みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、一つ私が誤解していたことをお話ししたいと思います。
誤解していたこと、それは、息を引き取るという意味です。
何か本で読んだのか、もう忘れてしまいましたが、
人間は、最後、死期を迎える時に、息を引き取るというのがありますよね。
息を引き取る、なぜか、吸って終わるのではないか、と思ったわけです。
そして、赤ちゃんとして、おぎゃーという声を出すということで、
吐くことから始まって、息を引き取るで終わるというふうに解釈、理解していたんですが、
どうも逆だったようですね。
考えてみれば、お母さんのお腹の中にいるときは、息をしていないわけですから、
正直言って、吐くことから始まるわけはない。
肺が起動していないところから、息、下界の空気を吸うところから始まるわけですよね。
吸ってその瞬間、おぎゃーという声で出す。
そのおぎゃーが初めての下界での声を出すことなので、
みんなは吐くことから始まるという誤解をしているのかもしれませんね。
そして、どのケース、最後、吸ったようです。
息を引き取るというのは、生命の命を最後、自分のところに収めるという、
そういう意味も込められているようです。
生きるの息がなぜ同じ音、読み方なんでしょうかね。
03:04
やはり、生きることは息をすること、その行動そのものが生きることを示すので、
先日来、興味深く私がお話している音という共通性はつながっている気がします。
皆さん、息という言葉、自らの心と書きますよね。
でもこの自分の自という、自らという漢字は、
花から来ているというのをご存知でしょうか。
花という漢字を思い浮かべてください。
上の部分が自分の自、自らですよね。
実はこの息をするの息は、花から呼吸をするという、
そして心というのは、心臓、肺、そういうところに入れて呼吸をする。
花と心ということが語源のようです。
でもこれも息をすること自体が生きることであり、
そしてそれが自分の花から吸う呼吸、そして心、
で、自らの心も意味するというのは、決してバラバラな気はしません。
持つ一つのシンクロニシティというか偶然性であり、
実は必然な音のつながりなのかもしれません。
それを考えますと、
行島、行津島、九州にある行島ですね。
行島の息も、実は神の島と言われ、
月読み、月読みとも言いますが、
三大神の天照月読みすさのうという月読みが、
島全体で祀ってある島なんですが、この行島も、
実は神秘的なかつ生きるとのつながりというものを感じずにはおられません。
06:08
さあ皆さんいかがでしょうか。
今日は息を引き取るという言葉から生まれるということ、
そして息という漢字を見つめ、
そして生きる、行島という形でのつながりを皆さんと分かち合いました。
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。
06:51

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