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#4 なぜいつも同じ過ちを繰り返すのか?私たちを駆動する隠れた人生の脚本 【ライフスタイル編①】
2026-04-18 18:56

#4 なぜいつも同じ過ちを繰り返すのか?私たちを駆動する隠れた人生の脚本 【ライフスタイル編①】

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アドラー心理学ラジオ、「アドラジ」へようこそ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、哲学、カウンセリング、そして科学の視点から深掘りし、「ホンモノの知性」として語り直していきます。


第4回のテーマは、アドラー心理学の心臓部「ライフスタイル」についてです。


職場を変え、付き合う人を変え、環境をガラッと変えたはずなのに、なぜかいつも同じようなトラブルに巻き込まれたり、お決まりの失敗を繰り返してしまう……。そんな「人生の自爆パターン」にお悩みではありませんか?


私たちはつい「自分の性格だから仕方ない」と諦めてしまいがちですが、アドラーは人間を「性格」という変えられない名詞ではなく、「ライフスタイル」という現在進行形の『動詞』として捉えます。

今回は、私自身の恥ずかしい黒歴史(自爆エピソード)を大公開しながら、私たちの人生を裏で操っている「自分専用のフィクション=ライフスタイル」のメカニズムを解剖していきます。


【今回のハイライト】

🍔 あつゆるの黒歴史: バイト先の理不尽店長にブチギレ&フィリピン留学途中帰国。なぜ「目上の人と盛大にぶつかる」パターンを繰り返してしまうのか?

🏄‍♀️ 「性格」という言葉の罠: マリーナ博士が語る「ライフスタイルは動詞である」。人生の荒波を乗りこなすためにあなたが身につけた「独自のサーフィンフォーム」とは。

👓 ライフスタイルを読み解く2つの切り口: 運命のように未来を見通せる「運動法則」と、ありのままの現実を勝手に色付けする「認知のクセ(内なる色眼鏡)」。

🚗 前の車が異常に遅いとき、どうする?: あなたの心の中で再生される「物語」が、あなたの行動(運動)を決定づけているという事実。


自分がどんな色のレンズ(色眼鏡)をかけ、どんな不器用なステップを踏んでいるのか。その「ライフスタイル」に気づくことができれば、人生の景色は劇的に変わります。「性格」という言葉を言い訳にせず、自分の人生の脚本を自覚するためのヒントを、ぜひ音声で体感してみてください。


■ パーソナリティ:あつくてゆるい(あつゆる)

アドラーを実践して10年以上。教育現場に身を置きつつ、アカデミックな哲学研究とカウンセリングの修行を重ねてきました。

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アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消失されがちなアドラー心理学を、
哲学、カウンセリング、そして、科学の視点から深掘りし、本物の知性として語り直していきます。
お相手のあつくてゆるいです。第4回、ここまで2回に渡って、アドラー心理学の大前提となるフィクショナリズムについてお話ししてきました。
人間は、データやエビデンスだけでカチカチ動く精密機械ではない、自分を動かすための都合のいい嘘や物語を生きている。
だからアドラーのメッセージも、100%正しい科学の真理として拝むのではなく、人生を力強く進めるための最高のフィクションとして使い倒そう。
そんなお話でした。
さて、ここまではアドラー心理学という教えそのものがフィクションであるという、大きな枠組みの話をしてきました。
今回はそのレンズを私たち自身の内側へと向けていきます。
アドラー心理学の心臓部、私たち一人一人が心の中に持っている自分専用のフィクション、ライフスタイルについてじっくりと解剖していきましょう。
皆さんは自分の過去を振り返ってみて、私またこのパターン繰り返しているな、と思うことはありませんか?
手を変え、品を変え、年齢も状況も違うのに、なぜかいつも同じようなトラブルに巻き込まれたり、同じような失敗を繰り返してしまう。
実は私にも鉄板の自爆パターンがあります。それは理不尽な要求をしてくる目上の人と盛大にぶつかるというパターンです。
思えば私この癖筋金入りなんですよね。
高校時代初めてのアルバイトがあのMから始まる某大手ファストフード店でした。
当時ってハンバーガーが1個59円とかいうとんでもないデフレの時代です。
そこの店長がちょっと小太りで、とにかくすぐイライラして周りに当たり散らすタイプのおじさんでした。
そもそもこの人普段からめちゃくちゃだったんです。
お正月に特別時給で割増しにするから頼む!って拝み倒されて出勤したのに、いざ蓋を開けたら全然お客さんが来なくて、
こんなに暇なら割増し分はなしだな!とか急に言い出して約束の割増し給料はなしにされたりとか、
今思うと完全に労働基準法アウトだなぁと思うんですけれども、
いろんなこんな理不尽なストレスが積み重なっていたある日、決定的におかしな事件が起きます。
お客さんからハンバーガー20個という大量注文が入ったんです。
で、ハンバーガー20個ってめちゃくちゃ作るの大変なんですよ。
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しかもそんな中、運悪くケチャップのディスペンサー、ケチャップをピューって出すやつの目のところが詰まってしまったんです。
それを見た店長、完全にキャパオーバーで大噴火しまして、私に向かってこう叫んだんです。
お前!こんな59円のハンバーガー20個作ってもたった1000円ちょっとしかならんのになんでこんなことせないかんねん!
いや知らんがな。値段設定したのは俺ちゃうし、文句があるなら日本Mドナルドの社長に行ってくれよって話じゃないですか。
で私もカチンと来て、やってられるかとそのままエプロン叩きつけてバイトを辞めました。
いやー若気のいたりですよね。でも私のこの理不尽な目上の人とぶつかるという自爆パターン、高校生では終わりません。
さらに痛いのは大学時代に行ったフィリピン語学留学でのエピソードです。
その語学学校表向きは現地のフィリピン人講師たちを大切にしています。
お給料も相場より高いですよっていう絵に描いたようなホワイト企業アピールをしていました。
ところが滞在しているうちにひょんなことから、あれ実は先生たちの給料めちゃくちゃ安く買い叩かれてるんじゃないのかという疑惑を抱いてしまったんです。
いや今となってはそれが事実だったのかどうか全く定かじゃありません。
でも当時の私は若かった。私の中で謎の正義感に完全に火がついてしまったんです。
不誠実なオーナーに失望したと一人で勝手にブチ切れて、せっかく高いお金と時間をかけて英語を学びに行ったのに予定を大幅に切り上げて日本に帰国してしまったんです。
いや今振り返るとお前一体何様なんだよって話で思い出すだけで穴に入りたくなる黒歴史の一つです。
でもこれ笑い事では全くなくて理不尽を押し付けてくる相手を見つけると自分の身を削ってでも反旗を翻すという同じ運動パターンをその後もそれこそ社会人になっても何度も何度も再放送し続けるんです。
さて私のこの恥ずかしいエピソード皆さんはどう思いましたか?
不器用だなぁと笑っていただいたかもしれませんが、これ実は皆さんの日常にもお決まりのやらかしパターンがきっと潜んでいるはずです。
いつもダメな人に引っかかってお世話をしちゃう。期待されるとわざと失敗して逃げ出しちゃう。
うまくいかないことがあるともういい大人なはずなのにみんなの前でもつい涙がこぼれちゃう。
なぜ私たちは人生という舞台で役者やセットが変わっても同じようなパターンを繰り返し演じてしまうのでしょうか?
それは私たち一人一人の心の中に世界はこういうものだ、私はこう生きるべきだという自分専用の人生のルールブックがあるからだとアドラー心理学では考えます。
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そしてその心の中のルールブックこそがライフスタイル。
そんなアドラー心理学の超重要概念ライフスタイルとは一体何なのかさらに詳しく見ていきましょう。
さてこのライフスタイルという言葉をこれから息を吐くように使っていきたいので皆さんにもしっかりと理解してほしいんですけれども
ライフスタイルと聞くと皆さんはきっと休日の朝は少し早起きしてバルコニーでアサイーボールを食べながらヨガをする
といった雑誌東京カレンダーに出てくる港区女子の休日みたいなおしゃれな生活の仕方を思い浮かべることでしょう。
でももちろんアドラー心理学におけるライフスタイルはこういう一般的な意味とは違います。
ライフスタイルを手っ取り早く説明するときにはよく性格のことですよなんて言われるんですが私としては安易に性格という言葉で片付けてほしくないんです。
なぜなら性格というとどうしても生まれつき決まっていて一生変えられないイメージがありませんか。
例えば他人のちょっと理解できない部分を見たときにまああの人はああいう性格だからねと勝手にレッテルを張ってそれ以上歩み寄るのを諦めてしまったり
あるいは自分自身に対しても私は昔からひっこみじやんな性格だからとその言葉を重しにして新しい一歩を踏み出すのをやめてしまったり
性格という言葉をミトコウモンの陰謀のようにバーンと出して
この生まれつきの性格が目に入らぬかと自分や他人の可能性をそこで強制終了させてしまう。
でもアドラは人間をそんな固定化されたものとは見ません。
国際個人心理学会の会長でありアドラーユニバーシティの教授でもあるマリーナ・ブルフシテイン博士の言葉を借りると
ライフスタイルは動詞である。
つまり人間を私はこういう性格だという固定された名詞として分類するのではなく
私は今こうやって生きている、こう動いているという現在進行形の動詞として捉えるんです。
だから私たちが性格と呼んで諦めているものも決して変えられないものではない。
例えるならあなたがこれまでの人生という荒波を何とか乗りこなすために
転びながら身につけた独自のサーフィンのフォームみたいなものです。
フォームなら後からいくらでも修正できますよね。
というわけでライフスタイルという抽象的な概念をあえて一般的な言葉に寄せるのならば
性格というより一人一人の個性の方が近いのかなと私は思っています。
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さてライフスタイルが名詞ではなく動詞である、そして一人一人固有の個性であるというイメージを持ってもらったところで
アドラー自身の言葉にも触れながらライフスタイルの解像度を高めていきましょう。
明朝生きる意味を求めての冒頭にこんな一節があります。
ちょっと硬い言葉ですがお付き合いください。
子供が自分の運動法則を見出すとその中にリズム、気質、活動性、取り分け、共同体感覚の程度が観察されなければならない。
本書では主としてその法則と結びついた等覚、すなわち人がどのように自分自身と外界を見るかということが考察される。
はい、学術書ってどうしてこうも人を煙に撒くような書き方をするんでしょうね。
でも安心してください。
今の一節の中にライフスタイルを読み解くための絶対に外せない2つのキーワードがしっかり隠されています。
それが運動法則という言葉と自分や世界をどう見ているかというキーフレーズです。
これら2つの切り口から見るとライフスタイルという得体の知れないものの輪郭が少しずつ浮かび上がってくるんです。
ライフスタイルを読み解く切り口、1つ目がライフスタイルとは運動法則であるという視点です。
アドラは人間が生きることそのものを運動、つまりムーブメントだと捉えていました。
実際現状の中でも繰り返しムーブメント、ムーブメント、ムーブメントという言葉が何度も何度も使われています。
人間というのはマイナスだと感じる困難や劣等感からプラスの目標に向かって絶えずダイナミックに運動している存在なんだと。
詳しくはまた別の回で深掘りしますが、アドラの人間観のベースには優越性の追求という考え方があります。
要するに私たちは生きている限り今のマイナスな状態から何とかプラスへと向かおうとする運動を死ぬまで続ける存在だと捉えるんですね。
そして面白いのは一人一人の人生という名の運動にはそれぞれ独自の法則があるということです。
先ほどライフスタイルは独自のサーフィンのフォームだと言いましたよね。
人生という大海原でどうやってサーフボードの上に立ち続けるのか、あるいはどのようにバランスを崩して海に落ちるのか。
そこには必ずその人特有のパターン、つまり法則があります。
ありとあらゆる理不尽にぶつかっては自爆してきた私自身がまさにそうであるように、相手が変わっても場所が変わっても似たような場面が来るたびいつも同じ法則で行動してしまう。
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私たちは日々の経験から物が動くときの物理法則を感覚的に知っていますよね。
例えばボールを投げるとき、重さ、角度、勢いがわかればそれがどんな軌道を描いてどこに落ちるのかだいたい予想がつきます。
人間の心もこれと全く同じです。
その人独自のライフスタイルという法則さえわかれば、過去から現在までの軌道はもちろん、この先の未来どこへ着地するのか。
極端な話、この先どう自爆していくかまでがまるで予言のように見通せてしまうんです。
これが運動法則の切り口から見たライフスタイルです。
そしてライフスタイルを読み解く二つ目の切り口が、自分や世界をどう見ているか、つまり認知の癖です。
ここで前回までお話してきたフィクショナリズムがバチッと繋がってきます。
私たちはよく客観的に見てって言いますよね。
でもアドラーに言わせれば客観的な事実なんてものはこの世に存在しません。
なぜなら私たちはありのままの現実を裸眼で見ているわけではないからです。
私たちは誰しも心の中に自分専用のフィクションという名の分厚い色眼鏡をかけています。
そしてその内なる色眼鏡を通して世界を見るからこそ、目の前に広がる現実もまた勝手に色付けされたフィクションになってしまうんです。
例えば気になる相手にLINEを送って丸一日既読スルーされたとします。
ここで起きたのは既読がついて返信がないというただの現象に過ぎません。
でも心の中の色眼鏡を通してみると頭の中で再生される物語は人によって全く違います。
ある人は仕事が忙しくて返す暇がないんだなという物語を再生するかもしれません。
またある人は私何か気にされることを送ったかなという悲劇の物語を。
そして別のある人は既読つけているのに返さないなんて私を舐めているのかと怒りの物語を作り上げる。
これ怖いのはこのフィクションの色眼鏡が眼球にへばりついたコンタクトレンズみたいになっていることです。
自分がそんな色のレンズを入れていることに自分自身が全く気づいていないんですね。
さてここまで運動法則と認知の癖2つの切り口からライフスタイルを見てきました。
でも実はこれ別々のものではなくてセットになって連動しているんです。
これ車の運転に例えるとすごく分かりやすいのですが、
例えば前の車が異常に遅いという事実があった時、
こいつ俺を舐めてるなという異界のフィクションを再生するからアクセルを踏み込んで煽り運転をするという運動が生まれます。
逆に全く同じ事実に対してきっと教習所を出たばかりで今助手席のお父さんにめちゃくちゃ怒られながら運転しているんだろうな。
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頑張れ若者!という謎に壮大なそして優しいフィクションを持てばアクセルを緩めて親心みたいな気持ちで見守ってあげるという運動が生まれますよね。
自分のフィクションが運動を生み出す。そして運動しながらまた自分のフィクションをさらに強固にしていく。
ある人は何度も人間関係で事故を起こす。ある人はどこへ行ってもスムーズに人と関われる。
これって単なる運や偶然でしょうか。いえ、そんなことないですよね。
人それぞれの中に働いている認知と運動の法則が違うからです。
あなたが世界をどんなフィクションで意味付けしそこからどう行動するのか。
このあなたを貫くあなただけの人生の脚本。これこそがアドラー心理学の心臓部ライフスタイルなんです。
ライフスタイル。あなたの人生を無意識に動かし続けている個人的なフィクションについてお話ししてきました。
世界は自分の写し鏡だなんてよく言いますが、アドラーのレンズを通すとこれが本当に腑に落ちます。
私自身の人生を振り返ってもどう考えても相手が悪い、自分にはどうしようもないという理不尽な現実は確かにありました。
でも、もしあの時自分のライフスタイルが違っていたら、もっと別の対応ができたんじゃないのか、もっと素敵な現実を作れたんじゃないか、そう思う場面が本当にたくさんあります。
でも、アドラー心理学を学んで自分のライフスタイルに自覚的になってから、私自身の自爆の回数は明らかに減りました。
自分がどんな色眼鏡をかけ、どんな不器用なステップを踏んでいるのかがようやくわかってきたからです。
あ、私またこのパターンに入っているなと気付ける。それだけで人生の景色は劇的に変わります。
だからこそ皆さんにもぜひ、ご自身のライフスタイルという奥深い世界をとことん探求していってほしいです。
そして、アドラー心理学ラジオがその助けになればいいなと願っています。
というわけで次回も、アドラー心理学の心臓部であるライフスタイルをさらに深掘りしていきます。
ライフスタイルという人生の脚本は、3つの構成要素から成り立っていると考えるとわかりやすいんです。
私はこういう人間だという自己概念、世の中はこういう場所だという世界像、だから私はこうあるべきだという自己理想。
この3つの要素がどうやってあなたという人間を動かしているのかを解剖します。
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さらにライフスタイルを理解するための補助線として、アドラー式のタイプ分類もご紹介します。
自分を追い込むドライバー、守ってもらいたいベイビー、あなたのライフスタイルには一体どんな名前がついているのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに。
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皆さんのリアクションが私の一番の勇気づけになります。
アドラー心理学ラジオ第4回、お聞きいただきありがとうございました。
お相手は熱くてゆるいでした。
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