アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、
哲学、カウンセリング、そして、科学の視点から深掘りし、本物の知性として語り直していきます。
お相手のあつくてゆるいです。突然ですがちょっと想像してみてください。
あなたが子供の頃のことを誰かに語ったとします。
どんな子供だった?と聞かれて、何気なく思い出したエピソード。
実はその記憶には、今のあなた自身の本性が丸ごと刻まれているとしたら、ドキッとしませんか?
何を覚えていて、何を忘れたか。どんなエピソードを語り、どんな言葉を選ぶか。
そのすべてに、今のあなたが世界をどう見て、どう生きているかが、だだ漏れに反映されている。
アドラー派のカウンセリングには、クライアントの子供時代の記憶を語ってもらい、
そこから本人の現在の生き方を読み解く、ライフスタイル分析という手法があります。
今回は私自身が子供時代を思い出して語った生のテキストを題材として、その手法をラジオで実演してみます。
ぜひ皆さんもご自身の幼少期を思い浮かべながら、一緒に分析を楽しんでみてください。
皆さんの日常に存在する生産性のない不毛な時間には何があるでしょうか。
例えば、結論が最初から決まっている会社の定例会議。
あるいは、布団カバーの四隅の紐を完璧に結んで、「よし!」とひっくり返したら、
なぜか中で布団がこんがらがっていて、絶望するあの時間。
いやいや、パスワードを何度も入力した結果ことごとく跳ねられ、諦めて再設定しようとしたら、
現在と同じパスワードは設定できません。
って、システムに怒られて、
いや、じゃあさっき俺が入力したあれ何やったんや。
と、虚無になる時間。
どうでしょうか。思い出すだけですっと真顔になって天を仰ぎたくなる、堂々たる不毛タイムのレギュラー陣ですよね。
ただ、これら全員が束になってもかなわない、別格のラスボスがいるんです。
そう、それが夫婦やカップルで必ず勃発する、言った言わない論争です。
こないだ言ったよね。
いや、絶対に言われてない。
は?言ったし。
聞いてない。
お互いに絶対言った、絶対聞いてない、というUNOのリバースカードを永遠出しあっているみたいに一生あがれない。
振り返ると、私も昔はよくこの言った言わないの口論をしていました。
これ一番ヤバいのが、喧嘩の最中です。
さっき○○って言ってたけどさ、
は?そんな言い方した覚えないけど。
ここから数回、私自身の幼少期の記憶を綴ったライフスタイル調査票の語りを見ていく中で、
うわ、本当にただの記憶が自己紹介になっちゃってる、という面白さを体感していただけたらと思います。
それでは今回は私熱くてゆるいが、10歳までの自分自身を思い出して語った内容を分析していきます。
原文のままお聞きください。
完璧主義だったような気がしている。
なぜそう思うかというと、割とうまくいかないと、ちょっとでもうまくいかないとすぐに投げ出すみたいな、
すべて台無しにしてしまうようなところがあったと思っている。
明るいほうだしよく喋るというふうには言われていた。
好きなものとかは父の影響もあって、科学系、星とか博物館に行ったりとか、
そういった理系のことが結構好きだったような気がしている。
恐竜も好きだった。
奈良に住んでいたから田んぼが近くにあって、近くでバッタをとったりとか、
あとはカブトエビって言って、なんか田んぼにめっちゃ小さいオタマジャクシみたいなというか、
カブトガニにちょっと似ているんだけど、それのめっちゃちっちゃいバージョンみたいなやつを大量にとったりとか、
それを家で育てたり、あとカブトムシ育てたりとか、なんかそういうことをしていたような気がする。
活発な子だったと思う。
はい、いかがでしょうか。
後半ひたすらカブトエビについてくどくど力説するめんどくさい奴だなぁと思われたかもしれませんが、
皆さんは何に気づかれたでしょうか。
ちなみにどれだけ周りくどくてもその話し方も含めて、その人のライフスタイルが出ます。
なので可能な限り話した言葉をそのまま記録しておくのがポイントなんですね。
概要欄に今回の語りを文字で載せておきますので、もう一度じっくり見たい方はそちらからご覧ください。
それではこの語りについての読み解きを共有していきます。
まず目が行くのは冒頭にある完璧主義の自白です。
前回のテーマだったこのパワーワードをもう自分の口ではっきり言っちゃっています。
しかもちょっとでもすぐにすべてという極端な言葉、いわゆる誇張表現が得盛りです。
これ誇張表現というのはその人のマイルールや強い思い込み、コンプレックスが滲み出ているサイン。
なので冒頭にしかも誇張表現もりもりで完璧主義であることを自白しているのは相当なコンプレックスというか恐れみたいなものを持っていそうです。
ただ裏を返すと自分は完璧主義だという弱点をしっかり自覚できているとも言えます。
将棋を番号とひっくり返す化け物が家にいるとわかっているからこそ、その暴走を警戒している。
これ私地獄先生ヌーベーの鬼の手みたいだと思ったんです。
暴走すればすべてをぶっ壊す恐ろしい力ですが、アドラー派のカウンセリングではこれを切り落とそうとはしません。
アドラー心理学は使用の心理学。
ヌーベーが強大なエネルギーを生徒を守るために使ったように、この完璧主義という鬼の手をどう建設的に使っていくかを探ってみたくなります。
次に明るい、よく喋る、活発といった言葉。
10歳までの自分を振り返ってもらうと、結構な確率でこんな風に当時の自分を形容する言葉が出てきます。
私はこういう言葉が出てきたとき、その人の生まれ持った気質が現れているかも、と推測します。
アドラー心理学って全ては自分が決めたという熱血スポコンだと思われがちですが、
アドラー先生はお医者さんなので、生まれ持った気質や体質の影響はでかいとあっさり認めているんです。
ゲームで例えるなら、ライフスタイルがプレイスタイルだとしたら、気質は初期ステータス。
私の場合、明るい、よく喋る、活発というやたらとHPと攻撃力が高い初期ステータスを持って生まれた。
ここから父親という理不尽なボスとの戦いが始まるわけですが、隠れてやり過ごすんじゃなくて、
よっしゃ真正面から口応えしてやる!という真っ向勝負の戦略を作り上げたわけです。
続いて動詞を分析していきましょう。
語りの中で私が使っている動詞を見てみると、
喋る、取る、育てるみたいな能動的な言葉ばかりなんです。
投げ出す、台無しにするというネガティブな動詞も主語は自分。
受け身の言葉がこの時点では一切出てこないのが特徴的です。
私は語りの中で使われている動詞を、能動か受動か、そしてポジティブかネガティブかという軸で分類して傾向をつかみます。
こうやって動詞を分類すると、その人が世界とどう関わっているのか、
何を喜びとし、何を恐れているかが見えてきますが、
私のこの語りからは、自分から世界にガンガン働きかけていく主体的なタイプだが、
思い通りにいかなくなると自分からチャブ台返しをして終わらせるという非常にめんどくさい傾向が読み取れます。
そしてそれは悲しいかなとっても当たっています。
最後は名詞です。
無意識に選び取った名詞はその人のステージに置かれている小道具みたいなものです。
例えば口を開けばプロテイン、筋肉、ダンベルって名詞しか出てこない人がいたら、
その人の生きているステージは完全にゴールドジムです。
こんな風にあなたが使う名詞にはあなたのライフスタイルの世界像が反映されると言われています。
というわけで私の語りに出てくる名詞を見てみましょう。
前半の科学、星、博物館、恐竜、自分で父の影響って言っていますよね。
理系の父のノリに全力で乗っかった長男の生存戦略です。
ここから読み取れる世界像は、世界は学問的に分類して分析的に捉えていくもの、つまり理系チックな世界の見方です。
ただ面白いのが、今の私は全く理系人間ではないんです。
高校までは理系で育ったものの、大学は芸術工学という文系と理系がミックスされた学部に、
そして今では哲学とか心理学みたいな父とは真逆の道に進んでいます。
ただそれでも、物事をカチッと分析的に整理して捉える、学問的に深掘りしていく、
こういう科学的な思考の癖は確実に自分の中に残っているのかなぁということに気づきました。
そしてもう一つ謎なのが後半です。
バッタ、カブトエビ、カブトムシといった生き物の名前が異常な密度で出てきます。
これ素朴に読むと、生き物が好きなのかなぁと思いがちですが、今の私は生き物にそこまで興味はなくて、
家族で水族館に行ってもベンチでうたた寝しているぐらいなんです。
じゃあなんでこんなに生き物の名前が出てくるのか。
ここから先は妄想上等の世界です。
ライフスタイル分析では名詞をそのまま意味通りに読むだけじゃなくて、
メタファー、比喩として読むことがあります。
この名詞には本人にとってどんな意味が込められているのだろうかと、想像して考えていくわけです。
例えば私の語りに出てくる生き物、これをメタファーとして読んでみると、
生き物って生きているわけじゃないですか。
ただの物体じゃなくて、生命を宿したエネルギーのあるもの。
そう考えると、命のあるもの、エネルギーのあるものに関わっていたいという強い欲求が根っこにある気がしてきます。
私が人と関わる仕事を選んでいること、こうしてラジオで生きた声を届けていることも、
もしかしたらこの生命を感じられるものに惹かれるという延長線上にあるのかもしれません。
それにつなげて、奈良に住んでいたから田んぼが近くにあって、という一文。
奈良ってすぐそこに豊かな自然と歴史的な文化がある場所なんですよね。
さっきの生き物の話もそうですが、奈良の原風景が私の中に深く刻まれていて、
それこそ今でも程よく緑があってカルチャーが感じられる場所に惹かれがちです。
今はどちらかというと都会で悪せく毎日を送っていますが、
もう少し自然の近くでゆったりした場所に身を置く方が本来の力を発揮できるんじゃないか。
どうでしょうか?ここまで聞いて、結局言ったもん勝ちの占いみたいだなって思いましたか?
確かに客観的な正解がない以上そう見えてしまうかもしれません。
でも思い出してほしいんです。
そもそも私たちの記憶もライフスタイルも全ては現在の自分が都合よく編集したフィクションでしたよね。
だとしたらこれからの人生が豊かになる前向きな解釈を自分で選べばいい。
不可悪払う地して未来へのエネルギーに変えられるなら、それがその人にとっての大正解なんです。
記憶とはライフスタイルが都合よく切り取った景色。
何を覚えていて何を忘れたか。
どんなエピソードを選び、それをどんな言葉で語るのか。
そのすべての選択に今の自分が隠しようもなく漏れ出している。
それらをたどることであなたの人生のヒントとなるあなただけの物語が見えてきます。
あなたが10歳までの自分自身を振り返るとき、どんな記憶が真っ先に蘇ってくるでしょうか?
それを語ろうとした時、どんな言葉を選んでいますか?
そこにはあなた自身のライフスタイル、あなたが世界をどう見て、どう生きているかがしっかりと刻まれているはずです。
さて、実は今回の調査票には私が弟について語った記録も残っています。
これ、他人のことを語っているのになぜか自分自身のライフスタイルがダダ漏れになってしまうというめちゃくちゃ面白い現象が起きているのですが、
これ以上本編に詰め込むとあまりにもカロリーが高すぎて鼻血が出てしまいそうです。
というわけで、弟の語りについてはおまけ回として別でサクッと配信したいと思います。
もっとマニアックな分析を聞きたいという方はそちらも聞いていただけると嬉しいです。
そして第9回のテーマはあなたの良心、父や母の影響についてです。
すでに匂わせてきましたが、私のライフスタイル形成において父の存在はものすごく大きなテーマです。
家族の雰囲気や家族の価値観が人のライフスタイル形成にどう影響を与えるのか、
アドラの理論にも触れながら私自身が良心について語った内容を分析していこうと思います。
今日まな板に載せた私自身の語りは概要欄に全文載せておきます。
自分ならこう読むな、ここが気になったぞという皆さんの迷推理や気づきを、
ぜひ概要欄のリンクからガンガン送っていただけると嬉しいです。
この番組が面白いと思っていただけたら、ぜひ番組のフォローをお願いします。
アドラ心理学ラジオ第8回、お聞きいただきありがとうございました。