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#26 無意識の「権力争い」で疲弊してない? 泥沼の原因探しを終わらせるアドラー『目的論』【共同体感覚⑥】
2026-09-26 21:53

#26 無意識の「権力争い」で疲弊してない? 泥沼の原因探しを終わらせるアドラー『目的論』【共同体感覚⑥】

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📝 今回のあらすじ・ハイライト

界隈をざわつかせる「トラウマは存在しない」の真意 / 日常の泥沼プロレス「正しさの証明」というデスゲーム / 論破してドヤ顔した後に待つ、超特大の“復讐リボ払い” / 過去の犯人探しをやめて「どこへ向かうか」を問う / 止まったら死ぬ?実質マグロな私たちの「目的追求性」 / 人生のマップに刺さった「赤いピン」と、クセが強すぎる移動手段 / 心理的ぶぶ漬け?一見乖離した行動に潜む「真の目的」 / 相手を支配し奴隷化する、最弱にして最強の武器『水力(涙)』 / 胃腸は超優秀な敏腕秘書?感情や身体すら使いこなす人間のしたたかさ / 「決定論の檻」から抜け出し、人生を前に進める力強いフィクション


■ パーソナリティ:あつくてゆるい(あつゆる)

アドラーを実践して10年以上。教育現場に身を置きつつ、アカデミックな哲学研究とカウンセリングの修行を重ねてきました。

✔︎ X (旧Twitter):⁠⁠⁠あつくて ゆるい|読書|アドラー心理学ラジオ⁠⁠

✔︎ note: ⁠⁠あつくてゆるい|アドラー心理学ラジオ⁠⁠

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アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、
哲学、カウンセリング、そして科学の視点から深掘りし、本物の知性として語り直していきます。
お相手のあつくてゆるいです。 ここまで、共同体感覚についていろいろと深掘りしてきましたが、
どうやらアドラーは、この共同体感覚を単なる人間の感覚としてだけではなくて、私たちが遥か遠くに見据えるべき
理念とか目標として捉えているとわかってきました。 この時、アドラーの人間感がまた一つ浮かび上がってきます。
それが、人間とは目的を追求する存在であるということ。 アドラーの代名詞ともいえる目的論の哲学から、
改めて共同体感覚というどでかい山を登っていきましょう。 トラウマは存在しない。
この再三物議を醸してきたパンチラインとセットになって、界隈をざわつかせるのが、今日お話しする目的論です。
過去のトラウマ的な原因が、今の自分を決定していると考えるのが原因論。 そうではなく、今の目的を達成するために、過去の出来事をちゃっかり利用していると考えるのが目的論です。
この、原因から目的への転換って、アドラー心理学を学ぶことで得られる大きなパラダイムシフトの一つ。 ただ毎度のことですが、この目的論の政権さえあれば、世の中の事象すべてを無双モードでぶった切れるぜ、
みたいな中二病全開の話では全くありません。 目的論もあくまで、人間とか状況を理解するための便利な補助線の一つ。
例えば、最近塚本真也監督の最新作で、 ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?という映画が話題になっています。
これ、ベトナム戦争の熾烈な戦場を経験して、帰国後も重い戦争後遺症、PTSDに苦しみ続けたアレン・ネルソンさんという方の実話をベースにした作品なんですが、
戦場での地獄のような体験から心に深い傷を負って、何十年も苦しみ続ける。 そんな方に対して、いやいやネルソンさん、あなたが苦しんでいるのは過去のトラウマが原因じゃなくて、何か別の目的があるからですよ。
なんて目的論のテンプレみたいな言葉をドヤ顔でぶつけるって、どう考えてもサイコパスというか、
交通事故で両足を骨折した人に、さては会社を休む目的で自らトラックにダイブしましたね、と詰め寄るくらい完全にバグってます。
そういう強烈な出来事に対しては、当然こういう要因があったからこうなっていると、原因論でしっかり受け止めるべきです。
というわけで、トラウマは存在しない、なんてアドラはそもそも言っていませんし、 目的論だけで世の中すべてをぶった切ろうとする必要は全くない。
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のですが、一方で原因論だけだと、物事を見誤って盛大に自爆してしまうことがあるのもまた紛れもない事実なんです。
例えば、私自身もついやりがちな、正しさの証明というこの世で最も生産性の低いデスゲームがあります。
仕事でもプライベートでも何か問題が起きた時に、なぜこんなことが起きたのか、どっちが悪かったのかと、お互いの言い分をバチバチにぶつけ合うことってありますよね。
これ、表面上は原因とか責任の所在をさもスマートに話し合っているように見えます。
でもだんだん雲行きが怪しくなってきて、いやいやそれはさすがにおかしいでしょう。
あなたあの時こう言ったじゃないですかと、気づけば泥沼プロレスに発展していく。
この時私たちは本当にただの原因探しをしているんでしょうか。
ここで視点を原因から目的へ、ぐるんとアクロバティックに転換してみるんです。
すると実はこれ、原因なんてマジでどうでもよくって、ただ相手を屈服させたいだけなんじゃないかというしょうもなさすぎる裏の目的が見えてくることがあります。
いやもはや見えてくることがあるという奥ゆかしいレベルを通り越して、日常の揉め事においては99%それが真の目的だと言っても過言ではありません。
いつものごとく私の黒歴史を晒しますと、私自分で言うのもなんですが結構便が立つ方だったんですね。
親からはリアルに口から先に生まれた妖怪って言われてきたくらいで。
だからこういう正しさをぶつけ合う議論になった時、相手の逃げ道を全部塞いだ上で正論という名の丸太でタコ殴りにするみたいなコミュニケーションをやっていたんです。
これ少なくとも表面上はこちらが正しいんだから何もおかしくないでしょという感覚だったと思います。
相手は負けちゃったかもだけど相手が間違っているんだから当然でしょっていう感じ。
でもアドラの目的論を知った瞬間、お前それ原因究明じゃなくてただ相手をひれ伏せさせてマウント取りたいだけの権力争いだろと背後からバッサリ切り捨てられるわけです。
これを初めて知った時は雷に打たれたようなすごいインパクトがありました。
何も間違っていないと思っていた行動の裏側に、ただ相手に勝ちたいだけという小学生の休み時間レベルのどす黒いダークサイドが潜んでいた。
もっと言うと、ただ自分の腹黒さにショックを受けたというだけではありません。
目的論をきっかけに人生で幾度となく起きてきた、論破して勝った後、忘れた頃に背中から刺される最悪のループが見えてきたんです。
生実家相手をリズメでボコボコにして勝ってしまうと、当然相手は、はい、あなたの言う通りです。
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なんて清々しい気持ちにはなりません。
論破されて悔しい思いをした人の中には、デスノートに太字で私の名前を書き込み、腰たんたんと足をすくうチャンスをうかがっている人がいるわけです。
当然、ポンコツ人間である私が24時間365日、完璧な行動を取り続けられるわけがありません。
そんな人間がちょっと間違った瞬間に、「待ってました!」とばかりに過去の恨み全部乗せ、特大バズーカでスコスコにやられる。
一時的な口喧嘩で勝ってドヤ顔した代償として、後から法廷金利をガン無視した超特大の復讐リボ払いがやってくる。
その地獄のループに気づいてしまったんです。
なので、自分だけでなく相手も含め、これもう原因探しじゃなくて勝ち負けとか権力争いのフェーズに移行しているなと思ったら、絶対に勝負しない。
相手を打ちまかすようなことはしないと決めたんです。
これはマジで今の私の鉄の掟の一つになっています。
それだけで背後を気にせず歩けるようになりましたし、生きるのがかなり楽になりました。
そんなパワフルなパラダイムシフトをもたらす目的論について、アドラーは次のように語ります。
精神生活における最も重要な問いは、どこからではなく、どこへである。
その人を実際に突き動かしている目標を知ってはじめて、私たちはその人の動きを理解しようと試みることができる。
どこから来たのかという過去の犯人探しではなく、どこへ向かおうとしているのかという未来の目的地を見たときに、私たちは初めて人間の行動を理解するのだと明確に言っています。
ただアドラーは別のところでこんな風にも書いています。
私たちは原理論の妥当性そのものは確かに認めている。
しかしそれだけでは精神的な問題を解決するには不十分であり、
その人がどんな心構えを取るのか予測することすらできない。
ここでアドラーは原理論の妥当性そのものは認めていると言っています。
つまり彼は原理論を親の仇みたいに完全否定しているわけじゃないということ。
もちろん目の前の問題に対してそうなってしまった原因は必ずあります。
牛乳をこぼしたのは手が滑ったから。
こぼれた牛乳を前になぜ手が滑ったのか指の角度が何十度悪かったのかを3時間問い詰めても牛乳はグラスには戻りませんよね。
ただ牛乳が乾いて部屋が臭くなるだけです。
過去の原因をどれだけ掘り下げても起きてしまった事実は変えられないんです。
だからこそじゃあこれからどうやって床を拭いて次からどうやって飲もうかという未来に向けた目的にフォーカスを合わせる。
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そうやって視点を切り替えることで初めて解決に向けた具体的な糸口が見えてくるし物事が前進していく。
目的論は過去の泥沼から抜け出して私たちが前を向いて生きるための実践的かつ平和的なアプローチなんです。
さて目的論の話ってここまでだと物事を原因じゃなくて目的から捉え直してみようというちょっとしたリフレイミングのテクニックみたいに聞こえるかもしれません。
でもさらに深掘りしていくとこれが単なる小手先のテクニックじゃなくてアドラーの人間感そのものだとわかってきます。
アドラーはこんな言葉を残しています。
人間は何らかの目標に向かって方向づけられていなければ自分自身をどう扱ってよいかわからなくなるだろう。
私たちはある目標を認識することなしに考え、感じ、意思を持ち、そして行動することはできないのである。
つまり人間というのはそもそも何かしらの目的というゴールテープに向かって走り続けていないとフリーズしてしまう目的追求性を持った生き物なんだと。
目指すべきところがないと考えることも感じることもできない。止まったら死ぬマグロ。
そう、私たち実質全員マグロなんです。
このマグロ人間感、以前お話したライフスタイルの話とセットにして理解すると人間の行動がさらに立体的に見えてきます。
ライフスタイルって一人一人固有の物の見方の傾向であり、その人固有の運動法則でした。
ここでスマホの地図アプリを想像してみてほしいのですが、人間の行動を見た時にそもそもお前マップ上のどこに行こうとしているの?という目的地、赤いピンにズームインしたのが今日話している目的論です。
実はこの赤いピン、以前ライフスタイル診断をやった時に出てきた自己理想と大いに重なってきます。
自分はこうなりたい、こうあるべきだという自己理想は、まさにその人が人生のマップ上にガツンと力強く立てた目的地のピンだと言えますよね。
でもライフスタイルというレンズを通した時により光が当たるのは目的地そのものよりもそこへ向かうための癖が強すぎるルートとか移動手段の方、
つまりその目的地にどうやって向かうの?という生き方の話にフォーカスが当たっているとここでは考えてみてください。
例えば診断編で結論として出した私の自己理想は、理不尽に負けない実力を身につけ、自由に力を発揮しながら仲間と楽しく遊んでいきたい、というものでした。
これを分析し直すと、理不尽に負けない実力という言葉からもわかる通り、私の赤いピン、目的地はおそらく優越なんだと思います。
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でもライフスタイル診断の中で自己理想をただ優越の一言で渡されても正直嬉しくもないですし、人生の役に立たない。
大事なのってそこにどうやっていくの?って話じゃないですか。
だから私自身は自己理想というもの、目的地そのものというよりそこにどうやって向かっていくのかという生き方まで含めた行動目標として捉えるべきだと考えています。
同じ目的地を目指していてもそこへのたどり着き方は人それぞれ。ある人は片足けんけんで向かう。
なぜか後ろ向きでムーンウォークしながら進む人もいれば、やたらと寄り道しながら行く人もいる。
この人は最終的にマップ上のどこに向かっているんだろうという目的のレンズと、そこへたどり着くために一体どんなヘンテコな歩き方をしているんだろうというライフスタイルのレンズ。
これら両方を掛け合わせた瞬間、ああこの人はあの目的地に行きたくて、そのためにこういう不器用な歩き方をしているんだと、その人の人間像がより立体的に浮かび上がってきます。
今のマップの例えからもわかると思うんですが、目的地とそこに至るまでの歩き方ってもう多種多様というか、一見すると、えっその道本当にそこに繋がってるっていうくらいかけ離れているように見えることがあるのが面白いところなんです。
例えるなら京都の高度な心理戦、ブブー付けみたいな感じです。お客さんが長居していると矢主から、「ブブー付けでもどうどす?」ってニコニコで進められるっていうアレです。
あれ言葉通りに受け取って、「わー指名のお茶漬けいただきまーす!」ってずっと食べちゃうのは完全にギルティーで、矢主の本当のメッセージは、「もういい加減に帰れや!」なんですよね。
お茶漬けを振る舞うというめっちゃ親切な行動と早く帰らせるという本当の目的、一見すると真逆というかものすごく乖離している。
実は人間の心理でもこれと全く同じような心理的ブブー付けとも言えるすげー周りくどいトラップが日常茶飯事で起きています。
分かりやすいのが悲しみとか涙です。泣いている人を見ると一見めちゃくちゃ弱そうに見えますよね。傷ついていて無力で可哀想に見える。
でも目的論のレンズでこの涙の目的、マップ上の赤いピンはどこにあるんだとズームインしてみると全然違う景色が見えてくるんです。
アドラは涙の目的は相手を支配して優位に立つことだと辛辣に解釈しているんです。
面白いのがこの涙を使ったコントロール術を皮肉たっぷりにWater Power水力と呼んでいます。
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涙って水ですし水って一見すると形がなくて弱々しく見えますよね。
でもアドラに言わせればそんなエコな響きとは裏腹にこの水力こそ他者を暴君のように支配し奴隷状態に貶めるための極めて有用な武器になると言うんです。
これジャンプの漫画で山に籠って修行する主人公に謎の仙人が
最弱にして最強の武器それが水じゃ
って授ける禁断の奥義。
あるいは一見めちゃくちゃ弱そうな敵キャラが実は相手を洗脳して奴隷にするえげつないスタンド使いだったみたいな胸圧展開で
オラオラオラオラオラ
ワクワクしてきましたこれ以上ぼくちゃんを
と相手の攻撃を強制終了させる無敵の水圧バリアとして使ったり
こんなに傷ついている私ってかわいそうでしょ
と同情をガンガン引き出して周りの人間を自分の意のままに動かそうとする。
圧倒的な弱さや悲しみを前面に出しながら実はその場の主導権をゴリゴリに握ろうとしている
まさにブブ付け並みのすげー周り苦毒で恐ろしい手段
でもそう言われると確かにそうかもって納得感がありませんか
こういう涙とか悲しみみたいな感情って私たちが普段自分の中から自然発生的にブワーッと湧き上がってくると思い込んでいるじゃないですか
でもアドラはそういう感情すらも自分の目的を達成するために
4次元ポケットからさっと取り出す便利な秘密道具だと捉えます
さらに言えば感情だけじゃありません
なんか気乗りしない用事の前に急にお腹が痛くなったりすることってありますよね
あれ別にけびょうを使って嘘をついているわけじゃない
本人はリアルガチでお腹が痛くなっている
でもアドラの目的論にかかればこういう体の反応すらも容赦なく暴かれます
つまり行きたくない全力で布団に引きこもりたいというご主人の目的を果たすために
イヤチョウが超優秀な敏腕秘書として社長ここは私が痛くなっておきますのでぜひぜひお休みくださいとわざわざ痛くなってくれているんだと
私たちは感情や体調の波に振り回されていると思いがちです
でも本当はそうじゃない
人間は自分の目的を果たすために無意識のうちに感情とか体すらも便利な道具として使いこなしているめちゃくちゃしたたかな存在である
一見全く関係のない変化の裏にある本当の目的を絶対に見逃さない
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これがアドラの徹底した目的論の人間観なんです
なるほど原因じゃなくて目的を見ればいいのかってシンプルに思われたかもしれませんが
実はこれ突き詰めて考えると単なる言葉のアヤなのではと思う瞬間があるんです
例えば最初の論破してしまう権力争いの話で言うと
相手を屈服させたいという目的があると説明することもできますが
見方を変えれば相手のことをずっと恨んでいたという原因があったからだともいえでしまう
これって結局同じ現象をちょっと言い方を変えて説明しているだけなんじゃないの?
とそんな疑問を持つかもしれません
確かに同じ一つの行動を原因からも目的からも説明できて
多くのケースでこれらがきれいさっぱり切り分けられるわけではないと思います
でもこの原因か目的かの違い
一番大きいのって決定論的に考えるかどうかなんじゃないかって私は思うんです
過去にこれがあったから今こうなっているという原因論
これを突き詰めていくと過去のせいで今の自分はこうなるしかなかったし
もう仕方がないという決定論の檻に近づいていきがちです
一方で目的論は人間のことをあたかも過去になんて縛られていないかのようにみなしてみる考え方
人間は過去に決定されていないとみなした方が実際に人生が前に進みやすくなるからこそ
アドラーはあえてそういう力強いフィクションを採用しているんですよね
もちろん過去に耐えられないようなつらい出来事があったとして
その出来事自体やそこから受けた傷を軽視する意図は全くありません
ただ事実としてやっぱり言えるのは
過去に何があったにせよその起きてしまった過去はもう変えられないし
自分が傷つく原因となったであろう相手もそう簡単に変えられるもんじゃないということです
だからこそ辛かった過去をしっかりと癒してあげながらも
同時にじゃあこれからどこへ向かおうかという未来への問いを自分の前に掲げてみる
これくらいの温度感でこの目的論と付き合っていけばいいんじゃないかなと私自身は思っています
さてここまで行動の目的にフォーカスしてお話してきましたが
実はこの目的論をさらに強力に進化させる絶対に欠かせない視点があるんです
それが行動の相手役という考え方
その人は今一体誰をターゲットにして動いているのか
相手役のレンズを通すと他人の不可解な行動の謎がよりはっきり解けるだけでなく
私たちが日常でこれ欲しいと無邪気に抱く欲求の裏庭で見えない相手役がべったりと張り付いているという
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ちょっとゾッとする事実が浮かび上がってきます
次回もぜひお聞きください
この番組では皆さんからのお便りを募集しております
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アドラー心理学ラジオ第26回お聞きいただきありがとうございました
お相手は熱くてゆるいでした
21:53

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