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アドラー心理学ラジオ、「アドラジ」へようこそ。
このポッドキャストは、お手軽な「自己啓発」として消費されがちなアドラー心理学を、哲学、カウンセリング、そして科学の視点から深掘りし、「ホンモノの知性」として語り直していく番組です。
記念すべき第1回の本編となる今回は、アドラーを再構築するための核となる「3つの視点」についてお話しします。
【今回のハイライト】
・💸 社会保険料で口座残高が「朝の霧」のように消える絶望
・🤧 近鉄電車での「鼻水」から見つめる、生々しい人間の姿
・💡 アドラーを語り直す3つの視点(哲学・カウンセリング・科学)
・🧠 科学の視点:最新の脳科学が明かす「脳の予測モデル」との繋がり
・⛰️ 安易な答えにも、難解な学問にも逃げない『狭き尾根道』とは?
ただ綺麗事を並べるのではなく、泥臭く情けない日常を生きる、大人のための「生々しい」教養ドキュメンタリー。私たちが歩むべき「狭き尾根道」への第一歩を、一緒に踏み出しましょう。
■ パーソナリティ:あつくてゆるい(あつゆる)アドラーを実践して10年以上。教育現場に身を置きつつ、アカデミックな哲学研究とカウンセリングの修行を重ねてきました。
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感想
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アドラー心理学という翼を手に入れ、勢いよく履歴したはずなのに、気づけば、元の日常へと、なめらかにソフトランディングしている。
所詮アドラーも、賞味期限の短い、ただの自己啓発だよね。そんな思いを持ってはいませんか?
アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、
哲学、カウンセリング、そして科学の視点から深掘りし、本物の知性として語り直していきます。
番組のお相手を務めます。熱くてゆるいです。 これまで6年以上、ブログを中心に文字でアドラー心理学について発信してきました。
AIが生成した文字コンテンツがあふれる中、もっと熱量とか息遣いといった、人間ならではの生きた感覚をお届けしたいと思い、
ポッドキャストを始めることにしました。
記念すべき第1回目。まずは私の自己紹介も兼ねて、アドラー心理学を学ぶメリットをお話しし、
後半ではこの番組でアドラーを深掘りする3つの切り口、哲学、カウンセリング、科学の視点について見ていきます。
それではぜひ最後までお聞きください。 熱くてゆるいって一体誰だ?
まずはそんな疑問からお答えします。 私は普段教育現場で働くしがない教員です。
今そこそこ平和ですが、以前は校長先生から、 君はどこへ行っても人とぶつかるから苦労するよ、と不吉な宣告を受けるほど人間関係がボロボロでした。
そんな絶望的な状況を打破すべく、私はアドラー心理学という100年前の劇薬のような哲学に出会いました。
全く知らない方に向けてご説明しますと、 アドラー心理学は今から約100年前、
オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが始めた心理学です。
フロイトやユングと並んで心理学の三大巨頭と称されます。
日本では岸道郎先生の嫌われる勇気という本で一躍有名になりました。
アドラー心理学を一言で表現するのは難しいのですが、
対人関係の悩みや教育、そして自分自身の在り方という根源的な課題に対して驚くほど具体的で、
それでいて一生かけて探求しがいのある哲学的な心理学なんです。
アドラー心理学の勉強にのめり込んだ結果、私はある決断をします。
無給、つまり給料ゼロで2年間給食し大学院へ行く。
今思えばアドラーという高尚な哲学に手を出す前に、
まずは自分の生活の足腰を整えておくのが先だったかもしれません。
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名古屋から大阪の大学院へ通う日々、私は特急料金を惜しみ、
梅田の迷路のような地下街をさまよい、金券ショップで株主誘退券を買い漁りました。
数時間かけてドンコを乗り継ぐのですが、近鉄電車の冷房を私は一生忘れません。
あれは乗客を運ぶためではなく、私を鮮魚か何かとして冷凍保存するための温度でした。
夏場なのに冷房で永遠に鼻水をずるずる言わせ、
ゼミの発表中もアドラーの思想より自分の鼻水の処理に全神経を注ぐ。
そんな夏のことを昨日のように覚えています。
社会保険料、年金、退職金の積み立て、口座残高が朝の霧のように消えていく中、
私は韓国の学会へと赴くことになりました。
そこで私のライフスタイル、アドラー用語で言う、つい繰り返してしまう行動パターンが牙を剥きます。
パスポートの更新を前日まで放置し、チケットの日付を一日間違える。
当日泣きながら買い直した航空券は7万円。
現地に着いた私はその出費を取り戻そうと、重いスーツケースを引きずって高速バスを何本も乗りつき、ホテルへたどり着きました。
ボロボロの私を見た教授の一言は今も胸に刻まれています。
君、そういう時こそタクシーを使いなさい。
そんな情けない経験をしながらも、私はアドラーのテキストと格闘し、ついに論文を書き上げました。
アドラー思想の根幹にある人間観や世界観、それらが自分の中にしっかりとインストールされたことで、前よりずっとブレにくくなったんです。
カウンセリングの世界には哲学的治療という言葉があります。
これは思想や哲学を学び、物の見方や世界の捉え方そのものを変えることで、心の問題を解決していくというアプローチです。
人は事実そのものではなく、自分が色付けした解釈によって悩みを深めています。
だからこそ、アドラーに限らず偉大な思想家たちの知恵に触れるだけでも、生きるのが随分と楽になる。
私はその効果を身をもって体験しました。
アドラー心理学が面白いのは、こうした深い哲学と、現実の問題を解決する臨床とががっつりと一体になっている点です。
私はこれだけ哲学を学んだんだし、現場での臨床も極めたいと思い、さらなるディープな世界へと足を踏み入れました。
専門機関でカウンセリングの修行を積み、アドラー派の心理分析であるライフスタイル診断の修行にどっぷりとのめり込んでいったんです。
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これまで40人以上の心理分析をさせていただき、1年半以上勉強会も主催して修行を続けています。
さて、自己紹介が長くなりましたが、今お話してきた大学院の話や、心理分析の修行といったバックグラウンドが、そのまま番組のコンセプトにつながります。
アドラー心理学ラジオでは、これまで探求してきた哲学とカウンセリングという2つの視点、そこに今まさに熱を入れて学んでいる科学の視点をプラスして、合計3つの切り口でアドラー心理学を深掘りしていきます。
というわけで、ここからはその3つの切り口を順番に見ていきましょう。
1つ目は哲学の視点です。
突然ですが皆さん、アドラーといったらどんなイメージを持ちでしょうか。
中には、課題の分離という言葉を真っ先に連想する方も多いはずです。
それは誰の課題かを明確にし、他人の課題に土足で踏み込まない、あるいは自分の課題に泥だらけの長靴で踏み込ませない。
こうやって自分と他人の間に明確な線を引くことで、人間関係のしがらみが減って生きるのが随分楽になったと感じる、現代人にとってはまさに魔法の杖のような考え方です。
でも、この言葉が独り歩きしすぎて、
自分は自分、他人は他人。嫌われてもいいから自由に生きるわ。
それ、あなたの課題、オツーです。みたいな、どこか冷徹な個人主義の免罪符のように使われている場面にも遭遇します。
もちろん自分らしく生きることは大切です。
でも、アドラ心理学の真髄は実はそんなドライな断絶にはありません。
ベースにあるのは英語でソーシャルインタレスト、日本語では共同体感覚とも訳される価値観です。
個人の個性や多様性を大切にしながらも、最後に向かう方向は他者への関心や協力であってほしい。
これがアドラが鼻息やらく語りたかった本当の願いなんです。
ただ、世の中を見回してみるとソーシャルインタレストの逆、つまりセルフインタレスト、自分への関心ばかりが肥大化しているニュースが絶えません。
私、環境問題にも関心があるのですが、最近ショッキングだったのが南米アマゾンでの金の違法採掘の話です。
今、金の価格がとんでもなく高騰しています。
これ、私の口頭山だかとは正反対の動きです。
それに合わせて、至る所で金が違法に掘り起こされているそうなんです。
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NHKのニュース番組国際報道によると、南米ペルーのマドレデディオス州では、なんと東京ドーム3万戸分に相当する森林が違法に伐採されているそうです。
東京東部3万戸と言われても全然イメージつかなかったので私調べてみましたが、沖縄本島よりなんと一回り大きいそうなんです。
しかも、金の分離に使う水銀が川に流出して、下流の人々の生活が脅かされたり、生き物が水銀まみれになっていたりと悲惨な状況です。
これこそが目先の自分の利益ばかりを追い求めて、その向こう側にいる誰かとか環境への関心が窒息してしまった姿だと感じました。
アドラの得、共同体感覚は人間同士に留まりません。
他の生き物、無生物、果ては宇宙全体にまで発展していくスケールの大きな、ちょっとスピリチュアルな価値観なのですが、他者や自然環境までを含めた共同体感覚を持てる人が一人でも増えていってほしい。
みじんこの瞬きほどの魅力ですが、このラジオには平和へのささやかな貢献みたいな願いも込め、アドラが本当に言いたかった哲学を正確にわかりやすくお伝えしていきます。
次に二つ目の視点がカウンセリングです。
これまで哲学の有効性について語ってきましたが、ここで一つ冷や水を浴びせるような話をしなければなりません。
それはどれだけ崇高な哲学をインストールしたところで、それだけで明日からの世界がバラ色に変わるわけではない、ということです。
なぜかいつも同じようなポイントで人間関係を自爆させてしまう。
特定のシチュエーションになると決まって思考がフリーズして驚くほど不器用な振る舞いをしてしまう。
避けているはずなのになぜか毎回苦手なタイプの人を引き当てて衝突してしまう。
そんな理性ではコントロールできない負のルーティーンに心当たりはないでしょうか。
アドラ心理学ではこうした繰り返される反応の癖や世界を捉える独自のフィルターのことをライフスタイルと呼びます。
これは大体10歳くらいまでに当時の環境で生き抜くために必死で書き上げた不器用な世界の攻略本です。
ただこれちょっとしたホラーで、アドラが言うには幼少期にほぼ無意識で作り上げたライフスタイルを私たちは生涯に渡って使い続けてしまう。
つまり私たちはまだ語彙力も経験も乏しかった10歳の子供が書いた拙い地図を頼りに、このあまりに複雑な大人の社会を今も必死に冒険しているわけです。
だからいくら理性でわかっていても反射的にイラッとしたり古傷に触れられたように傷ついてしまう。
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そしてこの大人になっても抜けない幼少期の自分を解き明かしていくのが、先ほど紹介したライフスタイル診断という心理分析です。
あなた自身の幼い頃の記憶という深海へと潜り、あなたが自分や世界をどう定義しているのか、その認知の癖を読み解いていく、非常にディープな分析ですが、これが震えるほど面白いんです。
こうした心理分析の話は実はアドラーの入門書ではあまり触れられません。
でもこのポッドキャストでは、きれいに整えられた理論のショールームを飛び出して、その向こう側にある底なし沼のような深淵にまで潜っていきたいと思っています。
とはいえ、当然ながら実際のクライアントのケースをそう簡単に公開するわけにはいきません。
そこでまずは私自身を実験台として取り上げ、精神的な古傷や恥ずかしい認知の癖を、まな板の上の鯉のごとく白日の下にさらします。
どんな幼少期がこの熱くてゆるいという面倒なライフスタイルを作り上げたのか、その分析プロセスから直視したくない診断結果まで、私自身の痛い部分をケーススタディーとして公開します。
予定では7回目以降で扱っていくので、一人の中年男の自己解剖ショーとしてぜひ楽しみにしておいてください。
こうした具体的なケースを共に辿ることで、リスナーの皆さん一人一人が、あ、自分もこんな歪んだレンズで世界を見ていたんだと、静かに、でも確実にはっと気づくような、現実の痛みに深く、そして優しく切り込んでいくカウンセリング的な体験をお届けしたいと思います。
そして最後、3つ目の切り口が科学です。これまで哲学やカウンセリングの話をしてきましたが、これ少し意地悪な、でも冷静な見方をすれば、結局のところ個人の内面や主観の物語に過ぎないよね、と思いませんか。
納得はできるけど客観的なエビデンスがあるわけではない、あやふやな領域。実際、アドラー心理学はその歴史の中で、科学者たちから厳しい批判を浴びてきました。
有名な科学哲学者カール・ポパーは、アドラー心理学をこう切り捨てています。
どんな観察結果もそれっぽく説明できてしまう以上、それは科学ではない。
例えば、ある人が部屋に引っこもっていたとします。
すると、アドラー派のカウンセラーは、「それは劣等感のせいだ。」と説明します。
では逆に、外に出てバリバリ活動している人がいたらどう説明するか。
それもまったく同じように、「劣等感を保証しようとしているからだ。」と言い切れてしまう。
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お気づきでしょうか。
これ、ジャンケンのグーチョキパーを全部一度に出す、あの最強の手みたいなものです。
この無敵すぎる万能感、反証不可能なところが、科学者たちを、「いやそれずるくない?」とイライラさせてきた正体でした。
他にも、心理分析で扱う記憶や夢、そもそもが主観の創作物を、さらに主観という名の曇ったレンズで読み解こうとする。
これは、あやふやなものにあやふやさを掛け合わせるという二段構え。
鈴木園子もびっくりの厚化粧です。
これでは小生意気な小学生に、「それっておじさんの感想だよね?」と論破されても返す言葉がありません。
アドラはもっと多くの人に納得感と共に伝えていきたい。
そのためには、このあなたの感想という主観の世界を少しでも抜け出す必要があると考えています。
そこで私が今熱を込めて勉強しているのが、最新の脳科学や認知科学なんです。
これが震えるほど面白い。
一つ挙げると、先ほど紹介した無意識の認知パターンであるライフスタイル。
実は今、最新の認知科学で注目されている脳の予測モデルが、このライフスタイルと驚くほどぴったり一致するんです。
脳の予測モデル。
それは、人間はありのままの世界を見ていないという、私たちがうすうす気づいていたあの直感に、科学という決定的な裏付けを与えます。
気の持ちようとか、ポジティブ思考といった、どこかフワフワした言葉で片付けられてきた話が、実は脳の物理的な仕組みの問題だった。
私たちの脳は、情報を素直に受け取る柔道的なカメラではないんです。
常に過去の経験に基づいた、世界はきっとこうなっているはずだという予測を先にデッチ上げ、そこに入ってきた情報をミックスして、自分にとっての現実を作り上げているんです。
さらに厄介なのは、脳は自分の予測に合う情報ばかりを拾い上げ、予測に合わないノイズを無視してまで、現実を自分のモデルにねじ伏せようとする習性があること。
ある科学者はこの状態を指して、私たちの見ている現実は脳による制御された幻覚であるとまで言っています。
この脳が自分勝手に作り出す予測パターンこそが、アドラが100年も前に直感していたライフスタイルの正体ではないか。
そう考えるとゾクゾクしませんか。
今年に入ってから、私の机の上はこの辺りの難解な本で山積みになっています。
正直に言うと今の私はまだこの広大な科学の海を浮き輪をつけて必死にアップアップしながら泳いでいます。
でもだからこそ、このアドラと科学の交差点をリスナーの皆さんと一緒に手探りで面白がっていきたいです。
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さてここまで自己紹介から始まり、この番組の3つの切り口、哲学、カウンセリング、そして科学についてお話ししてきました。
最後にこの番組のスタンスを一言で表すメタファーをお伝えして、第1回を締めくくりたいと思います。
思想家マルティンブーバーの狭き尾根道という言葉。
狭き尾根道というのは山の頂上にある両側がスパッと切り立った崖になっている極細の道のこと。
一歩でも踏み外せばどちらかの深淵に真っ逆さまに落ちてしまう。
そんな絶妙なバランスが要求される道です。
この番組が歩もうとしているのもまさにこの狭き尾根道です。
ポップなわかりやすさと専門的な学問の間。
綺麗な理論と生々しすぎる実存の間。
主観的な物語と客観的な科学の間。
どちらか一方に逃げ込むのは簡単ですが、そこには真理はありません。
あえて間に立ってそろりそろりと歩き続けること。
時に回りくどく、時に矛盾するような話をするかもしれませんが、
その揺らぎの中にこそアドラー心理学の真髄がある、私はそう信じています。
この狭き尾根道の道のりをあなたと一緒に歩んでいけたら嬉しいです。
さて次回の予告です。
第2回のテーマはアドラー心理学のノリ。
アドラー心理学って独特のノリがあるんですよね。
例えばトラウマは存在しないという有名な一説。
この強烈な言葉を私たちはどう受け止め、どう乗りこなせばよいのか。
アドラーと同時代生きた哲学者ハンスファイヒンガーが提唱した虚構主義。
フィクショナリズムという少しマニアックな思想からアドラー心理学のノリについて学んでいきましょう。
アドラー心理学ラジオいかがだったでしょうか。
この番組は毎週土曜日に更新予定ですので、週末の一時にゆったりとした気持ちで聴いていただけると嬉しいです。
この番組が面白そうだと感じたら是非番組のフォローもお願いします。
それではまた次回もお聴きください。
お相手は熱くてゆるいでした。
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