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2026-10-13 12:48

510_「定時制の生徒って怖くないですか」—その問いかけに教員人生をかけて見つけた答え

AIと共に制作したオリジナル曲「星の言葉」。その歌詞の原点には、新任期に勤めた定時制高校で、全日制の先生から投げかけられた「定時制の生徒って怖くないですか」という一言がありました。教育困難校で15年、劣等感と無力感の中で授業に挑み続けた遅咲きの国語教師が、数十年かけてたどり着いた答えとは。学び続けること、言葉の力、そして星の光の話です。

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#ポッドキャスト #国語教育 #教育困難校 #星の言葉 #AI作曲

 

 

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サマリー

黒瀬直美が、AIのアシストで作詞し、作曲とジャケットをAIで制作した曲「星の言葉」の背景を語る。新任期に勤めた厳しい定時制高校では、授業が成立しない日々や生徒指導に苦しみ、併設された前日制の若い教員から「定時制の生徒って怖くないですか?」と問われたことが、長年整理できない記憶として残った。その後も教育困難校に計15年勤め、学会発表や連載、附属校勤務を通じて学びを重ねた末、問いへの答えを「怖くないです」と言えるようになったという。生徒も苦しみながら学びたいと思っており、苦しみを乗り越えるには学び続けることと言葉が必要だと語る。夜空の星から力を得た経験を歌詞に込め、答えの出ない現場にいる教員にも、いつか答えにたどり着く瞬間があると伝えている。

AIで作った「星の言葉」と教員生活の原点
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。 この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は、私が「星の言葉」という曲を作るに至った奇策をお話しします。 作詞は、私自身がAIのアシストを受けて実際に自分でやりまして、作曲とジャケットはAIで制作しました。
この曲の歌詞には、教員生活の原点にある何十年も整理できなかった一つの出来事が込められています。
今日のタイトルは、510回。定時制の生徒って怖くないですか? その問いかけに教員人生をかけて見つけた答え。というタイトルでお届けしたいと思います。
それでは今日も、国語教育をゆるっと語っていきましょう。
それでは始めていきたいと思います。
授業が成立しない定時制高校の日々
私が最初に赴任した学校は、県内でも有数の教育混乱校で、生徒指導に明け暮れる学校でした。
その後、結婚が決まりまして、たったの2年で転勤したんですけれども、次の赴任先はさらに厳しい定時制の学校でした。
当時はちょうど生徒急増期で、どこの高校を受けても不合格だった生徒たちが大量に入学してくる、いわば受け皿の学校でした。
生徒の半数近くが暴走族で、1年生は言及留置、つまり留年を含めて50人ぐらいはいたと思います。
ところが2年生に上がる頃には半分以下に減っていました。
放課後になると校内をバイクがブンブン走り回って、タバコがあちこちに捨てられていました。
毎晩毎晩、タバコの吸い殻を拾っては歩いていました。
これは当時本当に情けない思いをしましたね。
まあ、今だったら埃を持って拾えるようにはなっているんですけれども。
授業中も死後が続いていて、トランプをしている生徒もいたりとかして、私には想像を絶する、そういった授業が成立しない日々でした。
全任校で慣れているつもりでいたんですけれども、それを遥かに超える厳しさでした。
当時は毎日のように辞めてあると思っていました。
それでも続けられたのは、自分なりに信念を持って学んできた授業、この授業の理想の授業をまだ実現できていなかったからです。
道半ばで辞めるという言葉は、自分の中ではどうしても許せませんでした。
不毛に思える日々の中でも、まあまあ少しずつ少しずつ、生徒と信頼関係を結んでいきました。
何のために教員をやっているのか、という究極の問いを毎日毎日突きつけられ続け、教育者としてのコアがここで鍛えられたと、今振り返っても思います。
「定時制の生徒って怖くないですか」という問い
その定時制は前日制との併設校でした。
前日制は、上位の国公立大学に多数合格する県内有数の新学校で、定時制の生徒は毎日毎日、前日制の生徒を横目に見ながら、片身の狭い思いをして登校していました。
定時制の女性教員は、私と養護教諭の二人だけ。
たくさんの生徒たちがいる中でセクハラを受けたこともありましたが、若かった私は男性の先生に打ち明けることができず黙っていました。
自分がはしたないことをされた人間と見られることが怖かったんだと思います。
まあ今なら徹底的に対処するんですけれども。
一方で、前日制の先生方とは交流がありまして、同世代の女性の先生とも親しくなるなど、教員同士の仲は良好でした。
ある日、親しくなった前日制の若い女性の数学の先生から、無邪気に、「定時制の生徒って怖くないですか?」と聞かれました。
その瞬間、悲しみとか悔しさ、やるせなさ、持って行き場のない思いが押し寄せて、まともに返事をすることができませんでした。
怖い子もいればそうでない子もいるよっていうようなことを言ってごまかしたと思うんですけれども、ショックが大きすぎてあまり覚えていません。
その先生に責任があるわけではなく、まあ授業が成立するかどうかで悩んだことのない環境にいたからこその率直な思い、率直な問いだったんだと思います。
しかし私にとっては、大学で学んだことが全く通用せず、人生をかけても生徒に何もできない無力感と戦っていたわけですが、その私にとっては何かが崩れ落ちるような言葉でした。
恵まれた現場の先生からその言葉をかけられたことが、私をひどく孤独な気持ちに追いやってしまいました。
その後も何かあるたびにこの言葉を思い出し、整理できないまま年月だけが過ぎていきました。
整理できないからこそ、あの問いにきちんと答えられる事務になりたいという思いが芽生え、その思いを抱えて教員生活を送ることになりました。
学び直しと国語教育で力をつけるまで
その後も教育困難校への勤務は続きまして、テレビや新聞に取り上げられるような学校に10年も勤めました。
合わせて15年間、生徒指導中心の学校にいて、大学受験とは無縁の現場でした。
教科指導でも進路指導でも立ち遅れているという強い冒頭感を抱き続けていました。
そんな中、学会発表の内容に目を止めてくださった国語教育学の大科でいらっしゃる川本慎寛先生が、古典指導で漫画を書いている教員がいると東京法令出版に紹介してくださいました。
たった一本の特集記事を書いたところ、編集者の方が気に入ってくださり、月刊国語教育での連載が決まりました。
今読み返すと知説で恥ずかしい連載ばかりですが、これをきっかけに多くの方に見ていただけるようになりました。
やがて国公立大附属校との交流人事の話が決まり、国立大附属に勤務するようになって、国語教育の大きな渦の中に入っていったような、そういった流れになってきます。
ちょうど子育ての真っ最中で、時間をやりくりしながら、学べなかった時間を取り戻すように勉強を重ねました。
セラヒロアキ先生にもご指導いただき、仲間に足りないところを指摘され、支えられながら少しずつ少しずつ力をつけていきました。
ようやく地に足をつけて歩けていると感じられたのは、超ベテランと呼ばれる10年から15年ほど前のことで、本当に遅咲きでした。
それでもまだ、定時制の生徒って怖くないですか?という言葉には答えきれないままでした。
今年の夏、学会で発表して非常に高い評価をいただきました。会場の中堅どころや若手の先生方から、すごいという声が漏れていたと聞きまして、ようやく若い人のお手本になれるところまで来たのかなと思いました。
「怖くないです」へたどり着いた答え
さらに、先月発行の実践工具研究で、生成AIをテーマにした関東座談会のメンバーに加えていただき、表紙にも名前が載りました。
大変光栄なことで、この生成AIの分野では、全国でも超名前が有名な鈴木秀樹先生や前田正明先生という著名な先生方と並んで、3人の座談会に参加できたことで、大きな山を一つ登ったなという実感がありました。
ここまで来られたのは、周囲の人たちの温かい支えとか支援もあってのことだと思いますが、悔しさとか抱えきれないしんどさを長い間持ち続け、自分は全然足りてないんだと思い続けてきた。そして、一生懸命努力を積み重ねてきたからなんじゃないかと、今思うようになりました。
うまくいかない授業をどうにかしたいと挑み続け、工夫し続け、時には後退しながらももがき続けてきました。うまくいかないからこそ、ベストを出さざるを得ない場所に居続けたことが、私を育ててくれたんじゃないかなと思います。
そう思えた時、ようやくあの問いに答えられる状態になったと感じました。
あの問いの答えは、「怖くないです。」ということです。
彼らも人間で苦しんでいて、そして学びたいと心の奥底では思っていたと思います。家庭状況や生育歴が彼らを苦しめていたんですね。
彼らが怖いのではありません。私自身も苦しんできたからこそ、その苦しみを乗り越えるには学び続けることしかなかったんだと思います。
学び続けるには言葉が必要で、言葉の力がなければ学びの入り口に立つことすらできません。
星の光に託した教員へのメッセージ
私を救ってくれたのも学び続けたからこそであり、その入り口に連れて行ってくれたのは、他者の言葉に耳を傾け、本を読み、言葉と向き合い、情報を集めることでした。
暗闇の中で涙しながら見上げた夜空に満天の星が瞬いていました。その星の光がいつしか力になり、たくさんの言葉を受け入れられる私にしてくれました。
星が言葉をくれたという流れでこの歌詞を書きました。
まあ深い思いを全部込め切れたとは思っておらず、まあ7割から8割ぐらいしか言葉にはできてないなっていう思いで、しかも直したい箇所も1,2割ぐらいあります。
それでも初めての作品として一つの形にすることができました。
この歌詞を作ったことで心の中が整理されて、もう一つ大きな山を登り切ったなという感覚になりました。
どんな生徒の実態であっても工夫し続け、積み重ね続けることでしか育たない力があると思います。
私と同じように、いやもっと厳しい現場で答えの出ない問いを抱えている同業の先生方こそ、この話が届いてほしいなと思っています。
今すぐに答えは出ない、何十年かかっても答えにたどり着けず、その先にはもっともっと厳しい道、先の見えないことがあるような人もいらっしゃると思います。
でもいつかそれは身を結んで、ふと何かしらの答えが出る瞬間があるに違いありません。
ぜひ、星の言葉を聞いてみてください。
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それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
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