創作から長く距離を置いてきた国語教師が、生成AIを相棒に初めての作詞に挑戦し、オリジナル曲「星の言葉」をリリース。振り返ってわかったのは、創作を避けてきた理由が「自己開示」の難しさにあったということでした。安心・安全な場でなければ人は自己をさらけ出せない――それは授業での創作指導にも通じます。AIとの作詞の過程、正直な反省点、そして国語教育での作詞ワークショップの可能性を語ります。
初めての作詞に挑んだ作品「星の言葉」
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サマリー
黒瀬直美は、創作から距離を置いてきた理由が、内面をさらけ出す自己開示の難しさにあったと振り返ります。生成AIと対話しながら詩を作詞し、曲やジャケット画像も生成して、作品を公開するまでの過程と反省点を語ります。創作によってカタルシスを得た一方、表現の取捨選択や音楽面をAIに任せたこと、曲が長くなったことを課題として挙げます。経験を国語教育に生かす可能性として、安心・安全な教室を前提にしたAI活用の作詞ワークショップを考えています。
創作から距離を置いてきた理由
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。 この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育について、ゆるっと配信しています。
今日は509回、創作から逃げてきた国語教師が、AIのアシストで歌をリリースしてしまった話、というタイトルでお届けしたいと思います。
今日は、私が初めて作詞に挑戦し、AIと一緒に曲を作り、歌ってもらい、ジャケット絵まで描いてもらった、そしてリリースできるまでたどり着いた、というご報告をします。
実は私は、作詞や作曲を一度もやったことがなく、それどころか創作そのものから長く距離を置いてきた人間です。
今日は、なぜ私が創作から距離を置いてきたのか、その理由にも触れながら、今回の挑戦で何に気づいたのか、というのを正直にお話ししたいと思います。
それでは、今日も国語教育をゆるっと語っていきましょう。
子供の頃は、私は絵を描くことが大好きで、それが講じて、ノートにストーリー漫画を描くようになりました。
少女漫画をよく読んでいたので、自分が想像したことを具体的なストーリーにして描いていたりしていました。
中学校一、二年生の頃に友達に見せたところ、たちまち面白いと喜んでもらえて、ますます夢中になりました。
頭の中でストーリーをいつも思い描き、セリフをああでもない、こうでもないというふうに練る、いわゆるネームというものを考える時間は本当に幸福な時間でした。
ところが、高校に入ると、勉強、部活動、生徒会で忙しくなって、時間のかかる漫画はすっかり描かなくなりました。
大学ではさらに離れ、そのまま教員になったため、私の中で創作というものはどこか未精華のまま残っていたように思います。
一方で、ブログやノートの記事を書くこと、つまり、随筆とかレポートのような文章は、私にとってとてもしっくりくる活動でした。
随筆は形を自由にして思うまま綴れますし、レポートは決められた構成や自分で決めた枠の中で書くことができます。
それに対して、文学作品や印文などのように枠がなく自由度が高く、自分のオリジナリティそのものが問われる創作には、なぜか強い距離感がありました。
今回の経験を振り返る中で、なぜ自分が創作から距離を置いていたのか、その理由に思い当たりました。
創作活動というのは、自分の中で秘密にしておきたい部分とか、人に知られたくない恥ずかしい部分をどうしてもさらけ出さなければならないということがあると思います。
いわゆる自己開示が創作には避けられない形で含まれていると思うんですね。
私にとってこの自己開示がやはり難しかったんだなと思います。
随筆やレポートであれば、何をどこまで見せるかというのを自分である程度コントロールしながら、客観的な立場で書いたりすることもできます。
しかし創作活動では、自分の内側にある形のない思いそのものを差し出して書かなくてはなりませんね。
秘密にしておきたい部分というのをあえて自己開示する必要性というものを感じなかった私は、結果として創作活動というものからは距離を置くことになりました。
なので今回考えてみて初めて、長年なんで創作活動しないんだろうと思っていた理由にようやく言葉が与えられた形になります。
国語授業での創作と安心・安全な場
だから自分が創作から距離を置いていたタイプなんで、授業でも生徒に創作をさせるということはあまりたくさんありませんでした。
短歌とか俳句というものをワークシートや手引きを作りながら創作させるということはよくあります。
それから短歌の世界を拡大解釈してリフレットみたいなものを作るというような活動もしました。
一番大きな創作の取り組みは四季の経過というあの場面で、主人公以外の人物の視点に立ってストーリーをリライトさせたという実践をやったことがあります。
中でも国語表現を担当していた時期には、詩や短歌を書かせる活動以外にもいろいろエッセイを書いたり、小説を書いたり、ショートショートを書いたりという活動もしていました。
だけども、普段のスタンダードな授業では創作というのは年に1回やるかやらないかという程度でしたね。
意見文やレポート、プチパフォーマンス課題というのはよくよくやるんですけれども、それは教材を深く読み込んでその解釈あるいは考察を自分で立ち上げてアウトプットするという方法です。
だから教材をジャンプ台にした創作活動というのはできても、自分の中にふつふつと湧き上がる形のない思いに言葉を与えて、詩や短歌、それから小説にするという経験は生徒にさせてこなかったなと思いますね。
ここにも先ほど言った自己開示という問題が関わっていると思います。
人は安心安全な場でなければ自己開示しようという気持ちにはなりませんよね。
そして生徒にある程度自己開示というものが必要な創作という活動は、私にとっては扱うのが難しいものだったと思います。
自己開示を要求される課題に生徒はなかなか夢中にはなれないのではないかと、私は二の足を踏んでいたと思いますね。
それから創作をどういう観点で評価すればよいのか、自分自身の主観的な思いというのをどのように評価していくのかという難しさも創作活動に取り組むということを遠ざけてしまう理由になっていました。
AIとの作詞・曲作り・ジャケット制作
今回ちょっとしたことがきっかけである思いが湧き上がり、それを言葉にしたくなりました。
そのきっかけについては次回の配信にお話ししたいと思います。
何かある思いが湧き上がってきまして、自分の中でだんだんイメージができてきましてですね、
AIにこういう詩を作って歌にしたいと呼びかけて、思いつく言葉を全部伝えました。
モチーフとして伝えたのは、幸せな少女時代を送り、いつか幸福の女神が微笑んでくれると信じて努力していた苦労知らずのお嬢さんの姿です。
その少女が生きていく上での厳しい現実、とりわけ女性として生きづらい社会の中で様々な壁にぶつかり、挫折とか失望を重ねていきます。
子育てや家事労働も抱える中で、いつしか微笑みが失われてしまって、うつむく日々の中で、冷たい雨に打たれ、暗いトンネルを一人きりで歩いていくということになっていきます。
そんなある日、ふと星空を眺めると、涙を浮かべた自分の中で光がどんどん輝き始め、その光の正体というのは、書物の中で出会った言葉や、人々の語りの中で得た言葉、自分を元気づけてくれた言葉でした。
大きな星、小さな星がきらめくように、自分の中に散りばめられた言葉が実は輝いていたのだと気づいた時に、心に明かりが灯り始めたというイメージです。
また、陰をたくさん踏む歌詞にして、という風にお願いして、それもはっきりと形にしてもらいました。
こうやって、AIに叩き台を出してもらうと、驚くほど私の言葉を大事にしてくれて、陰もちゃんと踏んでいまして、びっくりしました。
作詞に不慣れな私でも、AIの足ばかりによって、作詞らしい雰囲気を持った言葉が並んでいました。
私はその叩き台をもとに、対比を考えたり、表現をすっきりさせたり、陰を保ちながらリズムを整えたりと、一期一期ブラッシュアップしていきました。
AIは、それはいいですねとか、ここはもう少しこうした方がいいですね、という風にアドバイスをくれるので、とても心強い相棒がいました。
叩き台からキャッチボールを数多く重ねて、およそ1時間ぐらいで歌詞が出来上がりました。
磨き切れてない部分は残っているんですけども、あれ以上やると1日では終わらなくて、もうとてもテンションが保てないと思って、ひとまずこれで完成形とすることにしました。
次に、こんな感じの曲にしたいとAIに伝えて、課金しているSNOWっていう、そういうAIアプリに入れるためのプロンプトを書いてもらいました。
プロンプトを歌詞と一緒にSNOWに渡すと、生成された曲を聴いて、ここはこうしたいという点をまたAIに伝えてプロンプトにして、またSNOWに投げかけるっていう、そういう修正作業を4,5回繰り返しました。
SNOWの曲の生成はガチャ的な要素があるから、全部で10回とか12回ぐらいまで生成して、ようやっとまあいいだろうという感じのものが出来上がりました。
曲が出来た後は、ふと以前画像プロンプトビルダーってあったよなっていうことを思い出して、ジャケット絵もAIに相談して書いてもらうことにしたんですね。
プロンプトビルダーを開いて、Chrome拡張機能でCloudを呼び出して、相談しながらプロンプトを完成させました。
1回目の生成は今一つだったので、2,3回試行錯誤して、自分のイメージ通りのジャケット絵が出来上がりました。
それをSNOWのジャケットに設定して公開しました。やっと皆さんにも聞いていただける形になったと思います。
作品公開後の反省と創作の気づき
だけどね、反省点もありまして、1つ目の反省点は、歌詞にまだまだ不満が残っているということですね。
表現しきれてないところも、それから余計なところも、ちょっとなんかチンプなところもあります。
初めてだったので、思い切って削るべきところと、絶対に残すべきところの見極め、つまり足し算と引き算がうまくいかなかったなと思います。
2つ目は、音楽についてあんまり知らないために、ほとんど音楽をAIに任せきりになってしまったということです。
指示したのは、言葉ができるだけ目立つようにしてということと、盛り上がるところと静かなところのメリハリをつけてということぐらいでしたね。
これがいい曲なのかどうか、私にはちょっとわからないですね。
それから3つ目は、曲の長さの検討がつかずに、5分ぐらいになってしまって、ちょっと長すぎたかなと思っています。
まあ、それでも自分の表現したかったことの7割8割は入っているというふうに思いますし、何度も聞き直してみて、まあ初めてにしてはいいじゃんというふうに思うようになりました。
それじゃあ、やってみて気づいたことをお話ししたいと思います。
1つ目の気づきは、これは完全に自己倒水の世界だということですね。
自分が思い悩んできたこととか、まとまらないモヤモヤした気持ちっていうのは、はっきり整理しきれたわけではないけれども、しっかり剥ぎ出すことはできました。
自分の内面に没入して表現することで、ある種のカタルシス、つまり心の浄化が得られたなというふうに感じています。
言い換えれば、これまで避け続けてきた自己開示というものに、今回初めて踏み込んだということでもありますね。
まあ、だからね、やっぱり自己倒水半端ないなと思いますね。
2つ目の気づきは、言葉の持つ奥深さと可能性です。
書き換えても書き換えても、書き換えきれない思いがあります。
果てしなく書き直しを尽くしたとしても、なお、書き換えきれない思いがあるということを身をもって経験しました。
それから3つ目の気づきは、言葉に音楽とか映像とかを与えると世界が変わるということです。
聴覚情報や視覚情報が加わることで、言葉の効果が広がる場面もあれば、逆にイメージが限定されて狭まる場面もあるなと思いました。
4つ目の気づきは、AIがなければ私はこれをやろうとは思わなかったということです。
AIは私の思いを様々な形で助けて拡張し、さらに違う世界へと導いてくれました。
ただし、その出発点は、私がこれを表現したいという強い思いが、自分の中に核としてあるということが不可欠でした。
自己開示のハードルを超えられたというのも、その強い思いがあったからだと思います。
自分を見つめ、自分は何者かを考え、何を表現したいのかについて、自分なりの世界をきちんとイメージすること、これが何よりも大切なんだなというふうに思いました。
今回の経験は、私自身が取り組んだ究極のパフォーマンス課題だったのかもしれません。
教材をジャンプ台にするのではなく、自分の内側から湧き上がる思いを起点にした創作です。
AIを活用した作詞ワークショップの可能性
これが国語教育にどう発展していくのかは正直まだわかりません。
ただ、AIを足場掛けにした作詞のワークショップぐらいなら、初心者の立場でできるのではないかと思いました。
その一方で、生徒に創作をさせるのであれば、まず教室が安心・安全な場になっていることが前提になります。
そして、どこまで自己開示を求めるのかという度合いについても慎重に考える必要があると思います。
生徒に自己開示を迫るというのは、やっぱりこちら側の都合だけで考えてはいけないと思いますね。
それから、評価の観点をどこに置くかという創作指導の難しさも、今、課題として私に残っています。
まあ、何はともあれ、表現したいという強い思いがなければ創作活動をここまでやれなかったという経験は、授業で創作を扱うときにも大きな問いになってくるなと思いました。
この年になってようやく、自分の中の形のない思いに言葉を与えて、音楽と絵をまとわせて世に出すという経験をしました。
概要欄にその歌のリンクを貼っておきますので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。
創作から遠ざかっていた理由が、自己開示の難しさにあったというふうに気づけたことも今回の大きな収穫でした。
AIは、創作から遠ざかっていた人間の背中を押してくれる存在にもなり得るというのが、今日一番お伝えしたかったことです。
皆さんは、自分の中のもやもやした思いを最後に作品にしたのはいつでしょうか。
感想やメッセージは、概要欄のメールフォームからお気軽にお寄せください。
次回は、そもそもなぜ私が作詞をしようと思ったのか、そのきっかけについてお話ししたいと思います。
それでは、今日の配信はここまでです。聴いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
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