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#106 世間の高校国語から外れていく自覚
2026-08-03 20:44

#106 世間の高校国語から外れていく自覚

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第106回配信!
8月の頭にイベントが6つ続く週を前に、発表資料を作りながら考えていたことを話しました。自分のやりたい授業が、世間一般の高校国語のスタンダードからだいぶ外れてきているんじゃないかという話です。
「自分のことは自分で決める」授業をやりたいという原点、責任の移行モデルの4段目に届かないという正直なところ、再現性のなさ、一斉授業や成績向上への興味の薄さ。
そして生成AIの実践発表依頼が多い中で、AIを主役にした授業設計はあまり得意じゃないという話。
最後は、もうたのしければよくない?というところに着地しています。


▼第3回 #教育系ポッドキャストの日
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サマリー

本放送では、発表資料作成に追われる中で、自身の高校国語教育が一般的なスタンダードから外れているのではないかという葛藤が語られます。「自分のことは自分で決める」授業を目指すものの、責任の移行モデルの第4段階に到達できない現実や、再現性のなさ、一斉授業や成績向上への興味の薄さが明かされます。また、生成AIの活用については、AIを主役にした授業設計は得意ではないとしつつも、生徒が主体的に学びを進める上での道具としてのAIの重要性を説き、最終的には「楽しければ良い」という境地に達します。

はじめに:イベントと発表資料作成
この番組では、Google for Education認定イノベーター、コーチ、トレーナーのKasaharaが、教育にまつわる様々な話を配信していきます。
さて、今週のこの配信で8月ですね、学校での勤務が一息ついて、少し夏休みに入る先生も増えてくる時期なんじゃないかなと思っています。
逆に部活動がメインでされている先生は、ここから部活動の学習などもあって、非常に大変な時期になりますよね。
いずれにしても熱中症などの事故には気をつけつつ、なんだか今週末には台風も来るみたいなので、お気をつけてお過ごしください。
で、自分はというと、以前からお話ししている通り、今週がイベントぎっしりの1週間なんですね。
4日に渋谷、5日6日は大阪、7日は鳥取、8日9日は東京で、10日も東京の六本木でイベントですね。
研修を受けたり、登壇して発表したりという感じです。
多分今年度の最大の山場がここに来てる気がします。
このポッドキャストを収録している時点では、発表資料がまだ完成、全然してないです。
白紙ですね。まずいなーって感じです。
ただ資料を作りながら、国語教育について考えていることがあるので、
今日の配信では、自分のその資料作りのアイデア出しも兼ねて話してみようかなと思います。
まあ現実逃避とも言うんですけどね、これ。
まああらかじめ話しておくと、多分かなり後ろ向きな話になりそうですね。
自分がやっていることが、世間の高校国語からだいぶずれたところにいるんじゃないかなみたいな、そういう話をしていこうと思います。
それでは今週のデジタル時代の国語教育を語ろうを始めていきましょう。
教育観のずれ:自分のやりたい授業とは
今回の発表に向けて、なんでこんなに苦しんでるんだろうなというのを考えると、
自分のやりたいことが、世間一般の高校の国語のスタンダードを期待されていることから、
だいぶずれてきてるんじゃないかなという気がするからなんですよね。
講演で何か話してくれということは、それを聞きに来ているお客様に対して何か期待に応えるみたいなところはあるとは思うので、
自分の好き勝手ばっかり話してもダメだよなと思うと、なかなか手が動かないんですよ。
じゃあ自分のやりたいことが何かというと、小難しい理屈だとかを全部さっぴいて話をするならば、
自分のことは自分で決めるということができる授業なんですよ。
この考え方の根本は第99回でしたかね。
そこでも話した通り、大学時代に出会ったエドビジョン型のPBL、アメリカのチャータースクールで行われているPBLですね。
ミネソタニューカントリースクールだとか、まあエドビジョンではないですけど、ハイテックハイだとかで行われているプロジェクトベースの型の学びというものに対して自分の目標があるからなんですよ。
自分たちで決めて、自分たちで学びを評価してもらうというような、そういうような学び方が自分の実現したいことの一つであるので、
そういうやり方というのをいろいろ考えているわけです。
ただまあ、これも第99回で話しましたけど、プロジェクトベース学習に関しては、学校そのものが動かないと本質的には実現できないだろうなと自分は思っています。
だから学校全体に急に入れられるわけはないと諦めているところはあるので、
教科教育の中でどれだけ最良を子どもたちに渡せるかというところが今のところの自分の挑戦になっているわけです。
で、この話を実践報告として、登壇の資料としてまとめるのが結構厄介で困ったなって感じです。
実践報告の難しさ:責任の移行モデル
実践発表って、聞いた人が自分の学校に持ち帰れる形で渡すのが礼儀だと思ってるんです。
明日から使える何かアイデアだとか、単元の流れの詳細な資料だとか、
でも自分がやっているのは最良を渡すということが本当の一番根幹にある話なので、
渡す先の子どもが違えば出てくるものが全部違っちゃうわけです。
だからスライドだとかにするとものすごく抽象的な話か、
自分のクラスの自慢話みたいなものにしかならないのが頭痛いんですよ。
一応抽象化した理屈としては、責任の意向モデルみたいなことは考えながら授業作りはやってたりはします。
責任の意向モデルというのは、学びの責任を先生の側から子どもの側へ段階的に渡していくという考え方ですね。
確かピアーソンとギャラガーでしたっけ、それによって提唱され、それって言っちゃダメですね。
フィッシャーとフレイによって整理したものが2本だと有名ですね。4段階あるとされてますね。
まず先生がやってみせる段階で、次に先生と子どもが一緒にやるような段階。
で、第3段階が子どもたちが仲間と共同してやる段階。そして4つ目が子ども1人が独立してやる段階という形で、
だんだんと先生が手を引いていって、学びの責任が子どもの側に移っていくっていうのはそういうモデルになってます。
で、自分の授業の場合は、おそらく3つ目の共同的な学習までは届いている感じはあるんですよ。
仲間と一緒に読んで書いて、お互いに読み合って直していくみたいなことだとかはかなりできるようになってきたなと。
でも第4段階にはやっぱりなかなか届かないんです。独立した学習というのは、もしかすると3年生の最後の頃にちょっとできるかなという程度です。
まあなんで届かないのかなというのを考えてみると、一つは単純に時間の壁は大きいですね。
3年間かけてやっと3段階目が安定してくるくらいの時間間隔ですね。気を長くしてないとやれないんです。
もう一つは、3年生の後半になると受験の日程だとかが全部持ってくので、一番いろんなことを独立してやれる力がついた時期には、もう学校の授業どころの騒ぎでなくなっているわけですね。
高校の教育課程、カリケラムの構造として難しいところはありますね。
まあそれでも届かないのは届かないで言い訳にはできないんですけどね。
再現性のなさ、成績向上への興味
で、そういう授業をするために、1年生から3年生までのどの時期に何ができればいいのかというのをイメージしながら、いろいろ設計考えて計画をしているわけです。
ただぶっちゃけてしまうと、年間の指導計画などはあるものの、その場その場の子供のパフォーマンスや興味関心を見て、思いっきり自分は方向転換とかしちゃうんですよ。
だから再現性がないと言われたら本当その通りなんです。
方向転換って具体的にどういうことかというと、例えば教科書の評論を読ませていて、生徒の書いてきたものを見たら、こっちが想定していた読みとは全然違うところに全員が引っかかっているみたいなことがあったら、
もうそうしたら単元の予定は捨てて、そこを深掘りしていくような方向に変えちゃったりしますよね。
逆に思ったよりも手応えがあって、じゃあ各単元を前倒しにしてみようみたいなことなんかもよくありますね。
第89回でしたっけ、教材研究の流れを話した時にも近いことを話しましたけど、目の前の子供の反応が設計より上の方に来ちゃうんですよね。
自分の場合はもうこの仕事について10年以上横で同じコースで担当を持ったことがない。
つまり同じ授業の先生と連携して授業を持ったことがないっていうような状況なので、自分でコース丸がかえして教えてるんですよ。
なかなかそういうことって他の学校だとありえないですよね。私立ならではの事情です。
まあ横等組んでいたところで多分やり方変えないですけどね、自分の場合。
というのもこれまで経験的にそれによって定期テストの点数や模試の点数は全然変わらないんですよ。
偏差値やテストの点数はどちらかというと授業規律で縛って追っかけ回して無理やりやらせた方が成果は出やすいんですよ。
でも自分はそういうことに興味持てないんですね。
あとペーパーテストのパフォーマンスって基本的には反復の努力の量と個別の悩みに対する処方箋を出して勉強の仕方を改善していくしかないわけです。
一斉授業で知識を面白く伝えれば、それで知識が定着してパフォーマンスが向上するというのは気のせいだと思ってます。
授業者が自分が授業をやったら成績上がったって思いたいだけだっていうふうに自戒を込めてそうやって思っています。
一斉授業でできるのはおそらくモチベーションアップと勉強の仕方の伝達だけ。
これも以前72回だったかな?
一斉授業でしか伝えられない熱量があるという話をしましたけど、あれは点数の話ではないですよ。熱量の話です。
それに自分は大学入試だとか知識や教養を教えることへの興味関心がやっぱりあんまり持てなくて、授業でそれに時間を割きたいと思えないんですね。
先生がたくさん話すことに対して興味が持てない感じです。
それよりは生徒自身が自分のやりたいことを決めて、それに向けて自分の知識や技術を鍛えていって、やりたいことを成果として仕上げられるようになってくれたらいいなと思ってます。
とはいえ、現実はそんなに甘くないので、教科書の題材をやっぱり上から与えたり、こういう面白いことがあると思うんだけれど、あなたはどう思うの?というふうに強引に引っ張って付き合わせたりだとか、力技の連続というのが実情ではあります。
生成AI活用への向き合い方
で、こういう話をするとやっぱりなかなか話し合い進まないんですよ。
一斉授業に興味がないだとか、狭い意味での成績向上に興味がないって言ってしまうと、もう他の先生と話すことがなくなってしまう感じがするんです。
研修の話し合いでこういう話をするともうおしまいですね。シャットダウンです。会話が終わってしまって二度と話を振られないんですね。
だからなぁ、何を話したらその場でちゃんと盛り上がるか悩ましいんですよ。
自分のやっていることを、ほらすごいでしょって見せることには何の価値もないですからね。いやぁ、何を話したものか迷いますね。
あと、最近自分にやってくる依頼の多くというのはやっぱり生性愛関係なんですよ。
それはこんなポッドキャンスをやっているのもそうですし、2023年には生徒と授業でもバリバリ使っていたので、なんとなく最先端を走っているようなイメージを持たれがちなんですけど、全然そんなことないですからね。
もちろん授業や公務生の活用については、先に始めた分だけのノウハウの蓄積はありますし、一応Googlefor Education認定トレーナーということなので、
研修ができるくらいには日々知識は準備はしています。
でも最先端のとか専門家とか言われるとやっぱりちょっと困ってしまうわけで、前にも言いましたけど、自分にできることとできないことははっきりとお断りしておきたいんですね。
例えば組織コンサル的なことを期待されたら、もうそれは全然自分の専門ではないとはっきり言いますし、最先端のバリバリのプログラミングだとかデータサイエンスみたいなことを言われたら、もう自分じゃないですよそれはっていう話はもうはっきり伝えています。
幸いにして、自分に依頼してくださる場合は、国語化教育を前提にとか、デジタルスズンシップ教育との接続を考えてという趣旨を理解して依頼してくださるので、そこはまあ助かってますね。
それとは別に、国語の授業の中のAI活用についても、実は自分の中で全然しっくり聞けない場合が多いんですよ。
もちろん自分は使ってますよ。確かに自分の教室だと日常的に生成AIを生徒が使うことは当たり前になっています。
でもAIを使った単元を発表してくださいと言われると、うーん結構困ったぞってなるんです。
導入機にはかなり慎重に色々な手立てで生徒とAIの使い方の擦り合わせをしてますけど、本当の意味で自分の授業で一番AIが威力を発揮しているのは、日常の生徒の何気ない授業の中の活用なんですよね。
何気ない活用というのはどういうものかというと、例えば話し合いの中で気になったことをちゃんと自分でそこでAIで確認しつつ、
色んな資料で裏取りをしてみたりだとか、あとは自分の書いた文章を読ませてツッコミを受けて修正していくだとか、
要するに生徒が自分の考えを進めたい時に手に届くところに道具としてAIがもう既に機能しているっていう状態になっているってことなんです。
だからこれはまあなかなか単元にはならないですよね。だから実はAIを主役にする授業設計はあんまり得意じゃないですね。
依頼があればそれに合わせて研究授業や提案授業は作れます。ただ自分の教室で1回限りで終わりでない授業でずっと日常的に続いていく中の授業のやり方ってどうしても泥臭くなるんですよ。
派手な授業にはならないわけです。例えば見学に来ていただいても多分、え、それだけなんですかって言われると思います。
生成AIを活用したことで生徒たちの学力や学びがどう変わるかを研究するとしたら多分本腰を入れて授業設計考えてデータを取るということはやるとは思います。
それをやる人は絶対そういうことをやらなきゃいけないと思いますね。
ただ今の自分の気分だとかやりたいことの優先度だとAIのためにAIの授業をやるのは自分でなくてもいいかなーなんてことは思ってたりもします。
まあやんなきゃいけないなと思ってるのでどこかでちゃんとやるとは思いますけどね。でも今じゃないみたいな感じがあります。
目指す授業:楽しさと表現すること
じゃあお前は何がしたいんだよって話ですね。今思っていることとしてはもう楽しければ良くないっていうことなんですよ。
もちろん発動あって学びなしでは困ります。いくら楽しいことをやろうと思っても学校の授業だとか学校のイベントでポケモンやってもしょうがないわけですから。楽しいと言ってもなんでもありじゃないですよ。
第77回で子供が楽しいと感じることとその子供の成長の間には必ずしも一致しないことがあるよという話はしました。
今もそう思ってますし、だからこそここで言ってる楽しいというのは、僕語にしっかり向き合った先に出てくるようなそういう考えですね。
読んで書いて話して聞いてひたすら表現してみたらもう夢中になって面白くなっちゃったみたいな、そういうことを実現したいなって思ってるんです。
表現をすることって子供の頃は楽しかったはずなのに年齢重ねるほどに嫌になっていくものなんですよね。
これは小学校に国語が好きな児童いっぱいいたのに、高校まで来ると生徒たちは国語嫌いだって答える割合が増えまくるというのと本当同じ問題かなって思ってます。
これって不幸なことだなって思うんですよ。小さい子は聞かれないことであっても延々と喋り続けるし絵も書くし放っておいても何か作って楽しんでますよね。
それがもう高校生になると別に言うことないです。間違ったら嫌なんでみたいになっちゃうんですね。どこかで表現は評価されるものだと学習してしまってるんですよ、嫌な形で。
それを教えてるのはまあうん、学校ですよね。事業者ですよね。自分も含めて。
それに社会の中で自分の言葉を届けられるっていう自信は必ずその子の人生を支えてくれることになるだろうと思ってるんです。
以前に言葉の当て先の話をしましたけれども、届く先があって自分の言葉がちゃんと届いたという経験は転生とは別のところにちゃんと自信として残りますよね。
だからシンプルに夢中になって楽しくなるようなことを本当は授業では実現したいんです。そのための工夫についていろんな人に話してみたいんです。
まず究極的にはこれをやりたい、これはやらないと自分で生徒自身が決められるようになってほしいんですが、
まあ実際には学習指導要領があるのでなかなか生徒に全部任せることは難しかったりはしますし、
そういう理念的な話をしているとどうしても空中戦になっちゃうので発表の機会だと伝えづらくて、さあどうしたものかなぁなんてことを思ってたりもします。
告知:第3回教育系ポッドキャストの日
さてエンディングでは少し告知をさせてください。
第3回教育系ポッドキャストの日のお知らせです。
8月の最後の1週間、8月24日の月曜日から30日の日曜日までです。今回のテーマは宿題です。
8月下旬といえばやっぱり宿題ですよね。子供の頃に泣きそうになりながら終わらせた思い出話はもちろんですけど、
今回はもう一歩広げたいと思っていて、大人になった今、自分が勝手に自分へ貸して楽しんでる探求やこだわりなんかについてもぜひお話しいただければというようなそういうようなお誘いですね。
例えばこの夏に本気で向き合った仕事やスキルの話だとかは完全に大人の宿題の話ですよね。
ずっと後回しにしていたことにようやく手をつけたというようなそういう話、子供と一緒に頭を抱えた子供たちの自由研究のリアルだとか、あるいは何年もかけてじっくり追いかけている自分だけの問いだとか、
ぜひ誰かに提出するためだけじゃないあなた自身の宿題をポッドキャストやボイスなどでお聞かせください。
5分のミニトークから雑談対談の長尺までどんなスタイルでも大歓迎です。
参加方法はハッシュタグ教育系ポッドキャストの日をつけて、Xで番組と一緒に参加表明のポストをしてください。
詳細はこの後Xの方で自分もつぶやいておこうと思うので、自分のXのつぶやきの方を確認してみてください。
今回自分がお話したような、なかなか国語科教育のところで何話したらいいかわからないみたいなことも、考えてみれば自分が教員ついて以来のずっと宿題として残っていることかもしれないですね。
まあ締め切りはやってくるので自分で決めるしかないんですけどね。
エンディングと感想募集
ここまでお聞きくださりありがとうございました。
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この番組は毎週月曜日に1回配信されます。
またボイスでは毎日配信もしているのでぜひそちらもお聞きください。
それでは次回の配信でお会いしましょう。ではまた。
20:44

コメント

「先駆者は孤独なんだよ」と恩師はおっしゃっております。 要するに生徒が集中していればいいのではないかとおもいますけどねー

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