1. 今日も明日も授業道~国語教育をゆるっと語る~
  2. 492_イベント「まなびのミライ..
492_イベント「まなびのミライ」報告~生成AIは「思考の杖」か「思考停止の罠」か~
2026-09-01 16:40

492_イベント「まなびのミライ」報告~生成AIは「思考の杖」か「思考停止の罠」か~

spotify youtube

KDDI主催「まなびのミライ in Hiroshima」にGEGの一員として参加し、グループファシリテーターと報告会登壇を務めました。手書きのグラレコをGemini Notebookでインフォグラフィック化したものの、本番で見ていたのは結局「紙」。この体験を入口に、交流会で出た生成AI活用の論点——ヒューマン・イン・ザ・ループ、「大問ひとつずつ」の検証術、思考格差、シャドーAIとデジタルシティズンシップ——を整理します。AIは思考の杖か、停止の罠か。

この番組ではリスナーさんからのメッセージをお待ちしております。 以下のメールフォームからお気軽に感想やメッセージをお寄せください。 https://naomi-sensei.com/deta/podcast-form/podcast-feedback-form.html

#生成AI教育 #デジタルシティズンシップ #GEG #国語教育 #ポッドキャスト

 

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、KDDI主催のイベント「まなびのミライ in 広島」に参加した体験を報告。生成AIを「思考の杖」と捉えるか、「思考停止の罠」と捉えるかというテーマについて、グラフィックレコーディングとAI活用を対比させながら考察する。交流会で出た生成AI活用の論点として、出力の検証責任、スモールステップでの活用法、思考格差、シャドーAI問題などが挙げられ、デジタルとアナログのバランスの重要性が強調されている。

イベント「まなびのミライ」参加報告
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。 この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は492回、イベント「まなびのミライ」報告。 生成AIは「思考の杖」か「思考停止の罠」かというタイトルでお届けしたいと思います。
私は先日、KDDIさん主催の「まなびのミライ in 広島」というデジタル系の教育イベントに参加してきました。
GEG広島シティ、これはGoogleの教育者が参加しているコミュニティなんですけれども、GEG広島シティの、私は端くれ参加なんですけれども、グループのファシリテーターと報告会等団の2役を務めてまいりました。
もう周囲は、Googleのイノベーターとかトレーナーとか早々たるメンバーの人たち、その中で私がちょっと混じっていろんな楽しいことをやってきたんですけれども、今回のテーマは、「生成AIは思考の杖か思考停止の罠か?」というタイトル。
対話型のイベントでグラレコ技が大活躍しました。また、交流会で出た生成AI活用に関わる鋭い指摘がたくさんありましたので、それをお話ししたいと思います。それでは今日も、国語教育をゆるっと語っていきましょう。
アナログとデジタルの融合:グラフィックレコーディングとAI活用
はい、それでは早速お届けしたいと思います。今回は、KDDIさん主催の対話型のイベントとなります。
講演会を行いまして、その講演会が行われた後、5、6人が一グループになって対話を行い、その対話の様子を後々の全体会で交流するという流れになります。
こういった対話型のイベントって私、とてもワクワクするんですよね。一方通行の普通の講演会では起きないような科学反応があちこちで大きい、そして私自身も対話を楽しみ、学びが深まっていくという感じがします。
今回はグループの交流会でのファシリテーターという役を応接借りました。このファシリテーターをする時に色々考えたんですけれども、やっぱり私が一番話をまとめやすいのは、話を聞きながら、そして自分も話しながら紙にカラフルにその話を文字で書いていき、
その後に可視化構造化していくというグラフィックレコーディング、グラレコっていう技があるんですが、このグラレコっていうのが私とても大好きで、これをやろうというふうに思い立ちました。
なので、とてもデジタルが真っ盛りのこういった会なんですけれども、その中であえてのアナログのグラレコ技を存分に楽しんできました。他のファシリテーターの皆さんは、iPadやノートパソコンで記録されていたと思うし、もしくは録音した後にAIにまとめてもらったりということをされていたと思います。
これは私が他のイベントでもこういったやり方を目にしますので、グラレコってちょっと時代錯誤なのかなと思ったんだけども、やっぱり私が一番話を聞き取りやすく、まとめやすく、進めやすく、構造化しやすく、後でアウトプットにも使えるっていうのは、やっぱりこのグラフィックレコーディングだったんですね。
私はやっぱり手書きの方がパソコンのキーボードを打ったりするよりも早くて楽だし、それからすぐさま話を可視化して、それを構造化していくっていう、平板でなく立体的に話を組み立てていける、組み立て直すことができるっていう、そういったグラフィックレコーディングの技っていうのが私にとってはとても魅力的です。
だからあの思考の速度、話しながらの思考の速度に追いついていくのは未だにペン先なんですよね。
はい、それじゃあグラレコが終わりました。
えーと今回はA4に4枚ぐらいになりましたかね。
2つ交流会があったんですけれども、だいたい1つの交流会でA4の紙3枚から4枚ぐらいをグラレコで埋め尽くしまして、その紙をスマートフォン、このスマートフォン出しましてGoogleドライブを開きます。
そしたらスキャンのマークが出るんで、Googleドライブからその紙をスキャンします。
そしたらドライブに自動的にPDFになって入ってくれるんですね。
そしたら次にジェミニノートブックを開きます。
そうするともうジェミニのノートブックとGoogleドライブはもうシームレスにつながっていて、ジェミニノートブックにソースとしてすぐに入れることができます。
そうやって4枚のグラレコをすぐに取り込んで、画像認識力も素晴らしく性能が良くなりましたので、すぐさまインフォグラフィックにしてもらったり、それからレポートにまとめてもらったりということをスマートフォン内ですることができました。
インフォグラフィック化は大成功。大変見栄えのするインフォグラフィックにはなりました。
けれども報告会で使うとなると私の思考の流れと全然違うんで、このグラフィックじゃちょっと発表できないなと思って、やっぱり本番、報告会の本番ではグラレコしたその生の紙を3、4枚見ながらキーワードを組み合わせてしゃべるということ、これをやりました。
やっぱりAIに整えてもらった成果物より自分の手が動いた痕跡を思い出したり、紙のどの位置にどういうことを書いたっていうのをちゃんと記憶して、それを順序よく話すにはどういうふうな組み立てがいいかっていうことを瞬時に判断して、それで話すっていうのが私にとってはとても面白い瞬間です。
つまり私にとってはデジタル化するということがより素晴らしい成果物ではないわけなんですね。
役割が完全に違っていて、記録の速度とか、それからすぐに構造化して可視化して、そしてすぐにまとめて頭を働かせてアウトプットするっていうのは完全に私の中ではアナログが優秀で、その後共有化して再利用していろんな角度で切り取って分析するっていうのはデジタルというふうに分けて考えたほうがやりやすいなと思いました。
デジタル化がどんどん進んでいけばいくほど、私にとってはアナログの価値っていうのが際立って再認識されるということで、デジタルバランスっていう言葉があるんですけれども、最近はこのデジタルバランスということを考えていきたいなっていうふうには思うようになりました。
生成AI活用の論点:検証責任とハルシネーション
それじゃあ具体的に交流会でどういうふうなことが論点になったかお話ししたいと思います。
まず1点目なんですけれども、AIが出力した、その出力したものに対しての検証は責任を負うべきだっていう話になりましたね。
例えばジェミニノートブックなんかで授業案を作ったりスライドを生成したりっていうのは劇的に負担が軽減するんだけれども、一方でハルシネーションのリスクがとてもありまして、
それからハルシネーションだけじゃなくてやっぱり現場の中では出力される文章表現が大げさで不自然だっていうそういう感想をもらわれる先生もいますし、
それからAI特有の誇張した表現っていうのをそのまま配布物に載せてしまうっていう危うい面もあって、
やっぱり丸パクリすると教育の質とか情報の信頼性っていうのがなくなってしまうんじゃないかとか損なうんじゃないかっていうそういうお話になりました。
なるほど私もよくAIの生成物を使うことあるんですけれども、もうちょっとここ直したいなあそこ直したいなって思い始めたら、
余計に負担軽減どころか負担増になるなっていうようなそういう思いを抱くことがあるんですけれども、
やっぱりAIが生成したものについては人間の目で監視して分析して判断するっていうことこれが大事だなっていうふうに思いました。
だからAIは魔法の杖ですべてをうまくやってくれるものではなく、ちょっと高度でちょっと壊れたところのある文房具っていうね、
そういう程度に思ってやっぱり文房具は使い手の腕が要求されるんで私たちはやっぱりより良き使い手にならなくてはいけないんじゃないかなって思いました。
生成AI活用のテクニック:スモールステップと検証
その次の論点としては面白いテクニックを教えてもらいました。
やっぱりAIの性質上複雑なタスクを一度に全部投げちゃうと精度が下がってしまって、
その後どこがいけなかったのかなっていうそういう検証も困難になるというお話をされる先生がいまして、
やっぱりお勧めされたのは出力は一つずつ。
試験問題で例えると大門一つ一つごとに出力を行う方がいいということでした。
そういったスモールステップを踏むことで各段階での生後のチェックが可能になって検証コストが下がるというそういうことでしたね。
この対話型にしてそれでその都度検証していくっていうのは大変思考力を要することでもあり、
こうやってAIというものを有効に活用する具体的なテクニック、つまりステップを踏んでいって対話型にするっていうのはね、
これはあの私の頭の中にしっかりイメージとして持っていきたいと思います。
AIとの役割分担と思考格差
はい次は論点その3ですね。
AIと役割を分担するということです。
事務作業とか決まったもののデータ処理っていう領域はAIはとても適しているということでした。
そうなると人間には嘘を見抜くっていう洞察力と、それからAIにとって変わられないような感性的な鋭さっていうものが必要になってきます。
でこれを生むものは何なのかって言ったらやっぱり思考力なんですよね。
だからAIで自分の思考力をどんどんどんどん深める方向に活用していって、
そして答えを丸投げする依存型の人がいてその格差は今後ますます拡大していくんじゃないかなということでした。
もうそもそもこの話が出たのは生徒が死亡理由書とか小論文でAIを使ってバレるかどうか恐れるっていう状況があるよっていう話になりましてですね。
もうこれバレるっていうことを恐れている時点で教育が目指す思考力とか表現力の育成になってないわけですよね。
だからやっぱりバレるかっていう風なことを恐れるんじゃなくて何を育てていくのかっていうAIをバレる依存するっていうねそういう風な代わりの装置として使うんじゃなくて
思考力を拡張していくものだとして位置づけるこういう風な私たち教える側が意識をしっかり持つというそれが大事だなっていう話になりました。
セキュリティとガバナンス:シャドーAI問題とデジタルシティズンシップ
それから論点のその4としてですねセキュリティとガバナンスの話になりました。
セキュリティはお分かりだと思うんですけどガバナンスっていうのは管理体制のことですね。
現場では鳴りすましメールとかそれからオプトアウト設定せずに個人が勝手にAIを使って個人情報を流してしまうっていうシャドーAI問題というのがよく語られたんですけれども
こうやってAIをちゃんと学習しないまま使うと多くの学校でセキュリティ対策っていうのは個人任せになってしまい対応がゴテゴテになっているという問題点が上がってきました。
もはや個人個人が意識向上させるっていうことでは済まないそういう状況になっています。
だからこそ組織として適切な使い方のガイドラインをきちっと作るとそして組織で管理体制を敷いていくということが必要になるという話になりました。
特に私たちは教育現場で働いているので判断力が未発達な成長段階の子どもたちに適切なグランドデザインとか適切なガイドラインを敷いてきちっと組織的に管理していくことが必要になってきます。
決して禁止ばっかりするんじゃなくて理解をリスクっていうものをちゃんと分かった上でどのように使うかっていうことを考えていくことが必要でこれっていうのはデジタルシティズンシップ教育これにも通じることなんじゃないかというお話になりました。
イベントの振り返りと今後の展望
ということでイベント報告なんですけれども私はイベント会場でデジタルの話をしながら自分はアナログで紙とペンで構造化するという非常に対照的なイベントとなりました。
私は紙とペンで書く方が思考最大化するわけですけれども何が思考最大化するかっていうのは人によって全然違うと思うんですよね。
デジタルもアナログも使えてその場で適切に使い分けるっていうそういうテクニックも必要になってくると感じました。
私は絶対アナログで記録した方が思考が深まるしそれをもとにすぐ話すっていうことにとにかく身体勢を伴って話すっていうことに切り替えてさっとアップとプットできるっていうねそういう風な強みがあるんだなっていうのは私はこの回でしっかり分かりました。
やっぱりねその後デジタルで記録して情報AIによってその話題に応じてじっくり包括的にまとめたりとかあるいはいろんな角度から切り取ってみたりっていうのはこれはデジタルが得意だなっていうふうに思いました。
SSAIの性質をちゃんと知って丸投げして思考停止状態に陥る使い方にするのかそれとも思考を拡張するためにいろいろな工夫をしながら使うのかそういったことを考えていくっていうことが非常に大事だなっていうことを考える有意義な時間となりました。
こんな貴重な時間を過ごしたわけですけれどもやっぱりいろんな人と対話することによっていろんなことが再認識できたり再確認できたり思考が深まったりという大変いい時間だったなと今更ながら振り返ってみて思います。
エンディング
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
16:40

コメント

スクロール