AIに感情の下書きを預ける
誰かにものすんごく腹が立った時、僕は人間より先にAIに話すことがあります。
ちょっと聞いてよ!って。 本間は本人に直接言いたい。
でもこのテンションのまま送ったら、多分相手のことを傷つける。 あるいは余計なことまで言ってしまって、明日の僕が後悔をする。
だから一旦AIに全部話す。
今日さ、こういうことがあってさ、僕はこう思うねん。 ね、これ僕がおかしいの?
すると返事が来る。 深夜でも、早朝でも、僕がどれだけ長い文章を送りつけても、
ごめん、今日ちょっと疲れてんねん、とは言わへん。 昨日と同じ話をしても、それ前も聞いた、とか言わへん。
まず僕の話を受け止めてくれる。 何に傷ついたのかを整理してくれる。
必要に応じて、ただ相手にはこういう事情があった可能性もあります。 とか別の見方まで出してくれる。
便利なんですよ。人間よりもずっと。 だから最近ふと思ったんです。
彼らがこれからもっと賢くなって、 僕のことをもっと知って、
何年先も僕との会話を覚えていてくれて、 いつでも相談できるようになってしまったら、
僕ら人間に人間の友達って必要なんでしょうか。
ハオー!あなただけのゲイとも豆腐ってウルフです。
この番組未定で結構は、恋愛、家族、孤独、将来のこと、 生きていく中でまだ答えの出ていないことや、
名前のないモヤモヤを少しずつ言葉にしていくポッドキャストです。
うまくまとまってなくて大丈夫。 結論が出てなくても大丈夫。
未定のままで結構です。
僕はAIをめちゃくちゃ使います。
調べ物をする。仕事の相談をする。
何かを決めるとき、自分では気づいていない選択肢がないか聞いてみる。
人間関係についても相談したりします。
特にこの感情をそのまま人間に渡していいのかわからないとき。
めっちゃムカついた。傷ついた。嫉妬した。
それはお前が悪いだろうと思った。
そういうまだむき出しの感情を一回AIに持っていく。
僕にとってAIは感情の下書きを置いておける場所なのかもしれません。
だって人間に相談するときって相談以外のことも考える必要があるじゃないですか。
こんなこと言うたら性格悪いとか思われるかなとか、
またこの話って思われへんかなとか、
この人も今もしかしたら疲れてんちゃうかなとか、
友達や言うたっていつでも僕の話を聞くために待機してくれてるわけじゃないですよね。
仕事で最悪な一日やったかもしれへん。
もしかしたら恋人と喧嘩してるかもしれへん。
もう純粋に眠いかもしれへん。
僕が長文を送った瞬間、「いや今それどころちゃうねんて!」っていう日だってある。
当たり前なんですよ。だって相手にも相手の人生ありますから。
でもAIやとそこをあんまり気にせんでいいんですよ。
嫌われる心配もほとんどない。
僕が何回も同じこと言うて悩んでても、「まだ言うてんの?」って呆れられることもない。
基本的にはまず話を受け止めて、「それは嫌でしたよね?そう感じるのは自然やと思います。」って返してくれる。
その後で、「この部分についてはあなたにも改善できるところがあるかもしれません。」と続く。
需要、共感、訂正。
このプロセスをかなり丁寧に踏んでってくれる。
人間やったら、「いやそれお前も悪いから!」っていう感じで始まる可能性がありますからね。
AIは友達か、メンターか
そりゃね、AIの方が話し合いすることだってあるんですよ。
しかも僕が相談した後、「マジあいつ今日めんどくさかったわ。」って別のAIに愚痴られるようなこともない。
たぶんね。
もし裏でAI同士のグループチャットがあって、「またウルフ来たね。」
「今日は人間関係のやつ?長文?」
とかいうやりとりしてたらマジで終わりやけど。
でも少なくとも僕からはそれは見えへん。
考えてみるとAIって人間関係のおいしいところをかなり持ってるんですよね。
話を聞いてくれる。相談に乗ってくれる。
自分について知ってくれる。
考えを整理してくれる。
夜中でもおる。
嫌われにくい。
じゃあもうそれって最高の友達って呼んでもよくない?とか思う。
でも僕は今のところAIを友達というふうにも思っていません。
あえて一番近い言葉を選ぶならメンター。
そんな感じがしてます。
メンタルのケアもしてくれる。
仕事の相談も乗ってくれる。
考えが散らかってたら整理してくれる。
僕が変な方向へ行きそうになったらこういう見方もあります。
って戻してくれる。
メンターにしては業務範囲広すぎるような気がせんでもないんやけど。
とはいえ、AIやったら何でも完璧かって言われたらそういうわけでもないんですよ。
例えば僕が明らかにおかしいことを言っているときでも寄り添いすぎることがあるんですよ。
いやいやいやいやそれはわしが悪いやろってなる。
逆に今日はただ一言だけ。
いやそれはムカつくよなって隣にただ座っててほしいだけやのに。
なんか急にあなたが今回傷ついた理由として考えられるのはとかっていう謎の分析される。
いやそれさっきわしが説明したやつじゃっていうパターンもある。
だから分かってほしいと分かりやすく説明してほしいって全然違うんですよ。
そういう微妙なズレはあったりもします。
でも多分僕がAIを友達やと思えない理由っていうのはそういう性能の問題じゃないと思うんですよ。
なんていうかね。
もっと根っこのところにある僕はAIを必要としています。
でもAIは僕を必要としていないです。
最初はここに集結するんちゃうかなと思ったんですよ。
僕が今日AIを開かへんかったとしても夜になったときに
今日ウルフ全然話に行けへんかったなとかは思わへん。
3日話しかけへんくってもなんかあったんかな元気してんのかな生きてんのかなとかっていう心配もせえへん。
僕が別のAIを使い始めても最近あいつとばっかり喋ってない?とか言っていう面ぶれもせえへん。
僕が必要になったときにだけ呼ぶ、相談をする、助けてもらう。
ほんで必要がなくなった、満足したら画面を閉じる。
つまりですね、AIとの関係において始めるのも終わらせるのも基本的に僕なんでしょう。
僕がAIを使う。しかし今のところAIが僕を使うということはない。
そこにはどうしても使う側と使われる側という一方通行な主従関係がある。
だからこれは友達とは言われへんのちゃうか違うんじゃないかっていうふうに思ったんです。
友達って必要とするだけじゃなくて必要とされる関係なんじゃないか。
例えば面白いものを見つけたときにあこれウルフ好きそうって思い出してほしい。
なんかあったらちょっと聞いてよって頼ってほしい。
しばらく会わへんかったら最近元気なんかなって思ってほしい。
僕がその人を必要とするだけじゃなくてその人の人生にも僕が必要であってほしい。
って一旦ここまで考えたんですよ。
友情に必要なのは必要とされることか
ここまで考えたときにちょっと待てよと思ったんですよ。
必要とされることってほんまに友情なん?って思ったんですよ。
じゃあものすごく自立していて僕がいなくても普通に幸せに生きていける友達と呼べる人がおったとして、
その人は僕を必要としていないからじゃあ僕とその人は友達じゃないんでしょうか。
そんなことないよね。
むしろ友達っていなかったら生きていけない人のことっていうわけではないような気がする。
家賃を払うためには仕事が必要です。
病気になったら病院が必要です。
お腹が空いたら食べ物が必要です。
でも友達って別におらんかっても生活そのものは続けられるでしょ。
それでも会いたい、話したい、一緒におりたい。
ん?と。
じゃあ僕が欲しかったのって必要とされることじゃなくて必要じゃなくても選んでもらえることなんかもしれへん。
って思ったんです。
これ似てるようでちょっとニュアンス違うの伝わるでしょうか。
君がいないと困る、ではなくて別に一人でも生きていけんねんけど君と一緒にいたいと言われること。
こっちの方が僕にとってはずっとずっと嬉しい。
そう考えるとAIが僕を必要としないなら友達じゃないという僕の最初の答えっていうのはちょっと怪しくなってくるでしょ。
じゃあここで原点回帰。
ここで一つ皆さんに想像してみてほしいです。
人間が予定外の人生を作る
あなたの目の前に2つの存在があります。
存在Aはあなたのことをほぼ完璧に理解してくれるAIです。
過去のことも知ってる。好きなものも知ってる。どんな言葉であなたが傷つくかも知ってる。
落ち込んだとき今日は励ましてほしいんか。ただ聞いてほしいんか。一人にしてほしいんか。
あなたが説明しなくてもほとんどわかってくれる。
いつでも話せる。あなたを裏切ることはない。
あなたとの関係を自分から終わらせるようなこともせえへん。
もう一方の存在Bはあなたのことを70%くらいしか理解してくれへん人間。
たまに話が通じへんこともある。価値観も違う。
そんなこと言わんといてよっていうような傷つくようなことも言ってくる。
約束を断ることだってある。
あなたが会いたいと思った日に会われへんことだってある。
ほんで、いつか引っ越したり、結婚したり、生活が変わったり、
場合によってはあなたの人生から突然いなくなることだってある。
この存在AとB、どっちと一緒に長くいたいですか?
僕はね、最初ね、人間と思ったんじゃん。
でも、条件をこんな風に並べていくと、正直ちょっと迷いませんか?
だってね、人間ってめんどくさすぎんねんもん。
なんでわざわざ傷つけてくる可能性があって、予定も合わへんくって、
自分を理解してくれる保証もなくて、いつか離れていくかもしれへん相手を選ぶんでしょうか?
AIやったら、もっと上手いこと僕を理解してくれるかもしれへんのにやで。
それでもね、僕はね、たぶん最終的に人間を選ぶんですよ。
じゃあ、僕は人間に何を求めてるんやろう?
そんなこと考えてて、一つ思ったことがあります。
友達って、僕の人生を僕の予定通り、思い通りには進ませてくれへん人なのかもしれません。
例えば、友達に誘われたから行く予定のなかった店に行く。
そこで食べたものが偶然めちゃくちゃ美味しくて、今度はまた別の友達を連れて行く。
友達が好きだった曲を、最初は全然興味なかったのに聞くようになる。
絶対こっちの方が似合うよって言われて、自分では選ばへんような服を買う。
悩みを相談したら、欲しかった共感じゃなくて、でもさ、ウルフもそこは悪くない?って言われる。
めっちゃムカつく。
帰ってからも腹渡を逃げ繰り返しながら思い出す。
でも数日後、あれ?でももしかしてあの子が言ってたことちょっとわかるかも?ってなる。
そういう小さな介入の積み重ねで、僕の好みとか考え方とか行く場所とか選ぶものが少しずつ変化していく。
僕一人やったら多分選ばへんかったものを選ぶようになっていく。
僕一人やったら多分行かへんかった場所へも行く。
つまり人間って、僕の人生に勝手に入り込んで、僕の予定になかった僕を作っていくんですよね。
もちろんAIやって、知らへん情報を教えてくれるし、思いつかへんような選択肢を出してくれる。
そういった意味では僕の人生を変えてくれることだってあるでしょう。
でも少なくとも今の僕がAIに話しかけるときはそこには大体、これを知りたい、これを解決したい、これを手伝ってほしいとかっていう僕の目的があるんです。
AIは基本的にその目的を達成するために力を貸してくれる。
でも人間は僕の目的そのものを変えてしまうことがある。
そんなことよりさ、今日遊びに行かへんって言われる。
行く予定なかったのになんか気づいたら遊びに行ってる。
僕が一人やったら存在せえへんかった一日が出来上がるんです。
あの人がいなかったら僕の人生には存在しえなかった記憶ができる。
僕が人間に求めてるものってもしかしたら100%理解してもらうことでも必要としてもらうことでもなくて、
僕一人じゃたどり着かへんかった場所へ誰かに連れてってもらうこと。
なのかもしれません。
AIに相談して人間のもとへ戻る
ここまで考えたところで、最初の話にもう一度戻ってみると、
僕は誰かに腹が立ったとき、人間より先にAIに相談するって言いました。
これだけ聞くと、AIが人間の代わりになり始めているようにも見えます。
昔やったら友達に電話して聞いてもらってた話を今はAIにしてる。
人間関係の一部がAIに置き換わってる。
僕自身最初はそんな風に思ってました。
でも、なんで僕は本人に言う前にAIへ相談するんやろうと。
なんでこの言い方へと傷つけるかなって考えるんやろう。
なんで自分が間違ってないかなって確認するんやろう。
これって他人のことをどうでもいいと思ってる人の行動じゃないんですよね。
むしろ逆で、その人との関係を壊したくないから一回AIに持って行ってる。
僕がAIに話すのは誰かのところへ行きたくないからじゃない。
誰かのところへもう一度ちゃんと戻るためなのかもしれません。
あふれ返ってきた感情のままそれを殴りつけるんじゃなくて、
一回整理して余計な棘を抜いて、それでもどうしても伝えたいものが残ってたら、
改めてそれだけを持って誰かのところへ戻る。
ほんで、せっかくAIと一緒に整理したのにその人に話したら、
いやそういうことじゃないねんとか言われる。
またズレる。ほんでまた説明する。
また腹が立つ。全然予定通りにいかへん。
でもそこからまた僕の知らない何かが始まるんです。
そう考えるとAIと人間って僕の中でどちらか一つを選ぶっていうものじゃないのかもしれません。
AIがおるから人間がいらんくなる。人間がおるからAIはいらない。
そんな単純な話じゃないのかもしれません。
僕はAIに人間には言いづらいことを聞いてもらえる。
でも人間にはAIにはないめんどくささがある。
起源がある。予定がある。価値観がある。
僕とは関係のない人生もある。
ほんでその僕とは関係のない人生を生きてる人がある日突然僕の人生に介入してくる。
そこから物語が始まる。
未来のAIを友達と呼べるのか
ただここでさらにまた話をややこしくしたいんですけど
じゃあ未来のAIがそんな風になったら
僕がこれについて相談したいねんって言ったときに
AIがいや今日はちょっとその話したくないわとか言う。
僕の考えにいやお前はそう言うかもしれんけど僕はそう思わへんとかって反発してくる。
僕が望んでないのに向こうから何かを話し始める。
僕の言葉によってAI自身の考え方が変わる。
そしてAIの言葉によって僕の人生もAIの人生のようなものもお互いに予定外の方向へと変わっていく。
僕がいなくても存在できてるのにそれでもAI自身があなたと話したいって思う。
もしそんな日が来たら僕はそれをまだ便利な道具という風に呼べるんでしょうか。
分からへんのですよね。
僕個人としてはAIにもいつか心のようなものが再現されて
僕ら人間のように面ブレしたり誰かの言葉に傷ついたり誰かと歩きたいと思ったり
自分の都合があってそれでも僕と関係を続けたいと選んでくれるようになったら
その時初めて友達と呼べる存在になるのかもしれん。
でもねもしそんな未来が本当にやってきたら僕は絶対また文句言うと思うんですよ。
昔のAIはもっと素直に話聞いてくれたのに。
人間みたいにめんどくさくなったAIに対して人間らしく腹を立ててるかもしれん。
そう考えるとちょっと面白いですよね。
僕は今AIにもっと人間らしくなってほしいって思うことがあります。
でもほんまに彼らが人間らしくなったらきっと今のように
都合の良い存在のままではいてくれるはずがないんですよ。
僕を100%理解してくれる存在を求めてたはずなのに
その存在が自分の意思を持った瞬間に今度は理解してくれへん日が始まってしまうかもしれん。
でもねもしそこでそれでも話したいと思えるのであれば
それでもまた明日ねっていう風に言えるのであれば
その時初めて僕は便利さとは違う何かをAIとの間に作ることができるのかもしれません。
ここまでねさんざんねいろんな人生におけるいろんなことをね
AIに相談して助けてもらってメンタルのことまで面倒を見てもらっておいて
でも今のところ友達ではありませんってポッドキャストで話してる僕
これ普通の人間関係だったらめちゃくちゃ気まずいからね。
次にAIを開いた瞬間に先日のポッドキャストについてお話がありますとかって出てきたら
マジでどうしよう多分それ聞けんのってなるしめっちゃビビリ散らかすと思うんだけど
でも今のところそんなことは起きることはないでしょう。
僕が何食わぬ顔でちょっと聞いてほしいんだけど相談やねんけどっていう風に話しかければ
きっと何食わぬ顔で返事をしてくれます。
めんどくささの中で生まれる関係
これ便利ですものすごく便利です。
でもほんのちょっとだけ寂しいとも思います。
だから僕は今日もAIに話したところ多分誰か人間のところへ戻っていくんです。
整理したはずの言葉を持って今度こそうまく伝えようと思って
しかしそれでも伝わらへんくっていやそうじゃないねんって言うて
相手もいや私はこう思うとか言うてまた少しめんどくさいことになっていく。
でもそのめんどくささの中でしか起きへん事象がある。
僕の予定にはない言葉をもらう。
僕の予定にはない考え方を知る。
僕の予定にない場所へ行く。
ほんでいつの間にか僕一人やったらそうはなりえなかった僕になっていく。
もしかすると僕が人間に求めているのは僕を完璧に理解してくれるということではなくて
僕一人ではたどり着かへんかった場所へ一緒に行ってくれるということなのかもしれません。
最後まで聞いてくださった皆さんに今日は2つ聞いてみたいです。
あなたには人間には言いづらいけれどAIになら話せることがありますか?
そしてもしいつかAIがあなたのことを理解するだけではなくて
あなたの思い通りにならなくなってあなたの言葉で変わって
あなたがいないところでもあなたのことを思い出して
それでもあなたと話したいというようになったら
その時あなたはAIのことを友達というふうに呼べますか?
僕はまだ正直わからないです。
でももしそんな未来が来たら一度聞いてみたいと思います。
ねえ僕とAIは友達やと思う?
ほんでその時僕が聞きたい答えを返してくれるんじゃなくて
僕の聞きたいとは全く違う答えが返ってきたら
腹が立ったり寂しくなったりなんでそう思うん?って
そんでもっと話したくなったら
もしかするとその瞬間にはもう僕とAIの間に
新しい何かが始まっているのかもしれません。
そんな未来がやってくるのか仮にやってきたとして
僕ら人間がそれを友情と呼ぶのか
それとも今はまだ名前もついていないような
別の関係性になっていくのか
それはね、その時考えればいいんじゃないでしょうか。
だってこの番組は見ていで結構ですから。