089 その人の社会観、教育観が浮き彫りになる映画「小学校〜それは小さな社会〜」〜協調性と同調圧力、その狭間で揺れる子どもたちの姿​
2025-03-03 17:06

089 その人の社会観、教育観が浮き彫りになる映画「小学校〜それは小さな社会〜」〜協調性と同調圧力、その狭間で揺れる子どもたちの姿​

今回のエピソードでは、ドキュメンタリー映画『小学校~それは小さな社会~』を取り上げ、その内容や感じたことを深く掘り下げます。
この映画は、日本の公立小学校での1年生と6年生の日常を1年間にわたり記録した作品です。子どもたちが掃除や給食の配膳などを通じて協調性を育む姿が描かれています。
しかし、協調性の育成と同調圧力の問題が浮き彫りになり、視聴者の社会観や学校観によって評価が分かれる作品でもあります。このエピソードを通じて、リスナーの皆さんも自身の社会観や教育観を見つめ直すきっかけになるかもしれません。ぜひ最後までお聴きください。

■関連エピソード
039 劣化する社会から子ども達を奪還せよ 〜教育の中身の前に、社会をどう捉えるか?
https://spoti.fi/3QFtFOD

映画「小学校〜それは小さな社会〜」
https://shogakko-film.com/

「小学校〜それは小さな社会〜」の短編版
https://bit.ly/4i48PVw

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三陸駒舎 https://kamakoma.org
お便りフォーム https://bit.ly/4hhsQr1

最後に流れる曲は、本編で話した内容を文字起こしして、生成AIで作詞作曲しました。

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心の叫び、自由の音

[Verse]
静かな教室の隅で
小さな声が響いてる
みんなと同じ形に
収まることを求められる

[Chorus]
でも心は叫んでる
「僕は僕でいたいんだ」
協調の影に隠れた
自由を探し続けてる

[Verse]
跳べない縄跳びの影
誰もが気づかぬままに
努力の果てにあるのは
拍手か涙か

[Bridge]
決められたルールの中で
僕らは何を見てるの?
自分の声はどこにある
誰のための未来なんだろう

[Chorus]
でも心は叫んでる
「僕は僕でいたいんだ」
協調の影に隠れた
自由を探し続けてる

[Outro]
静かな夜に問いかける
この世界は優しいの?
それでも歩き続ける
僕なりの答え探して

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## キーワード

`協調性` `同調圧力` `日本の教育`

## 主な学び

1. 映画『小学校、それは小さな社会』の評価: 映画『小学校、それは小さな社会』は、日本の小学校における協調性や集団活動を描いた作品であり、賛否が分かれている。

2. 日本の教育における協調性と同調圧力: 日本の教育では協調性が重視されるが、同時に同調圧力も存在し、それが教育現場における課題となっている。

## 知識の説明

### 1. 映画『小学校、それは小さな社会』の評価

- **キーポイント**

  - 映画は日本の小学校の6年間を描いており、協調性や集団活動が中心に描かれている。

  - 映画にはナレーションがなく、登場人物の言葉や出来事だけで表現されている。

  - 協調性の反対側にある同調圧力がにじみ出ていると感じる人もいる。

- **説明**

  映画は日本の小学校の行事や委員会活動を通じて、協調性や集団活動を描いている。しかし、協調性が強調される一方で、同調圧力も存在し、それに対する批判的な意見もある。映画の評価は、観る人の社会観や学校観に大きく影響される。

- **縄跳びの場面**

  > 映画の中で、縄跳びが苦手な子供が練習を重ねて本番で成功する様子が描かれている。しかし、他の子供は本番でもうまく飛べず、どのような気持ちで発表しているのかが描かれている。

  1. 縄跳びが苦手な子供が家でも練習を重ね、本番で成功する様子が美談として描かれている。

  2. 一方で、他の子供は本番でもうまく飛べず、集団の中での苦労やプレッシャーが描かれている。

### 2. 日本の教育における協調性と同調圧力

- **キーポイント**

  - 協調性を育むことは重要だが、同調圧力が強くなると個々の自主性や主体性が失われる可能性がある。

  - 教育現場では、掃除や給食配膳などを通じて協調性を育むが、それが同調圧力として働くこともある。

- **説明**

  日本の教育では、協調性を育むために集団活動が重視される。しかし、協調性が強調されるあまり、同調圧力が強くなり、個々の自主性や主体性が失われることがある。教育現場では、協調性と同調圧力のバランスを取ることが重要である。

- **靴箱の整頓**

  > 映画の中で、靴箱に靴を寸分たがわず揃えて入れることが求められ、子供たちがそれをチェックする場面が描かれている。

  1. 子供たちは靴箱の整頓を係としてチェックし、花丸や三角で評価する。

  2. このような活動が協調性を育む一方で、同調圧力として働く可能性がある。

感想

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00:00
三駒ラジオ 築百年を超える古民家で馬さんとともに暮らしながら ホースセラピーの取り組みをしている きびはらがお送りしています。
今回は、小学校〜それは小さな社会〜という映画を見て、というテーマでお送りしていきます。
この映画は、僕の知り合いがフェイスブックとかに見てきたよという投稿をしていて、
ちょっと見てみると、他にも調べてみると、賛否がすごい分かれているんですよね。
僕自身は短編というか、この映画の聞き出したショートバージョンを見て、
いやーちょっと僕はなんか、賛否犯の方がすごく強かったんですけども、
なんでこんなに賞賛している人がいるのかなっていうのが気になって。
ショートバージョンしか見ていないから、本編というか映画バージョンを見たら、
ちょっと違うのかしらと思って見てきたんですけども、やっぱり変わらなかったなというのが結論です。
ただ、前編を見たときに思ったのは、その人の社会観というか、
社会観ですね、社会をどう見ているかということだったりとか、
その社会の中における学校ってどういうふうに捉えているかというのが反映されているんだろうなというふうに思いました。
そういう社会がすごく良くて、その社会のために役に立てる人材を育成している学校という捉え方をしている人にとっては、
やっぱり学校は素晴らしいよねっていうふうになるし、
僕なんかはこの文脈というかで、この社会ってかなりひどいことになっていて、
そこに無知かかるままに、その社会、悪くなっている社会に適合するような人を育てる小学校ってどうなのよって思っている人は、
やっぱりこの映画に対してすごく批判的に感じるというか、
僕はすごく気持ち悪く感じたりとか、ゲロゲロって感じにちょっと思ったりしたんですけども。
これは意図しているのか意図しないのかよくわからないところがあって、監督さんが。
インタビューを見ると、いわゆる小学校はどんな感じの映画かというと、
小学校の6年間の中で、日本人らしいという協調性とか、
集団で何かするっていうような人間性みたいなものが育まれるみたいなことを、
03:03
小学校の行事とか、学習盤面は出てこないんですよ。
いわゆる教科の学習みたいな、行事とか委員会活動とか、
そういうところで、そういう盤面は中心に描かれているというような感じです。
でもすごい長い時間撮っていて、ナレーションがないんですよね、全く。
出てくる人たちの言葉とか出来事だけで表現しているというところでは、
すごく映像とか丁寧に作り込まれているんだけども、
でも普段の様子を撮っているから、
いわゆる協調性の反対側にある動地圧力というか、
やっぱり滲み出てしまっていて、そこに過剰に反応してしまうというか、
しているんだなと思いました。
この中でもちょっとだけ大学の先生が講演に来られていて、
特別活動、特化とかって言ったらするんですけど、
学科とかって言ったかな、学校の中で。
学級特別活動みたいな。
いろんな学級で取り組みするみたいな感じなんですけども、
日本の教育の中で自分たち掃除するとか、
給食配膳するとか、生活をみんなで作っていくみたいなところがあるんだけど、
そういったことに関しては協調性を育むと同時に、
動地圧力もすごくあるよっていうので、
モロハの剣という国学院大学の教授の杉田先生はおっしゃっていて、
それなんかちゃんと肝に銘じておくというか、
必要があるんじゃないかなって、
その賛否、どっちの意見に分かれてもというふうに思いました。
一年以上前に、社会をどう捉えるかみたいなエピソードを発信したときも、
まさにそうだよねってすごく、
僕が社会に対する味方に対して語ったときに、
本当に賛同してくれる人と、
君から大丈夫か?みたいな心配して、
普段全然連絡してないような方から別でメッセージをいただいたりとか、
そこって全然見ている眼鏡というか、
社会を見る眼鏡が違うと、
言葉って本当に伝わらないんだなっていうふうに思ったので、
今回の映画もそれが同じように反映されているというふうに強く感じたところです。
06:07
映画の端っこに、
いわゆる運動会の場面とか出てくるんですけど、
縄跳びは本当に飛べなくてめっちゃ苦労している子とか、
クローズアップされている映画に登場してくる子は、
最初は全然縄跳びはできないんだけど、
家でもすごい練習して頑張って、
その本番ではやり遂げましたみたいな、
美談として描かれているんだけども、
その子の斜め後ろくらいのところにいる男の子なんかは、
本当にできなくて、最後の本番でもほとんど飛べてないんですよ。
どんな思いしたら、みんなの目の前で発表しているのかなというふうに思ったりとか、
特にうちなんかは、
さまざまな子が来ていて、
そういう集団で何かするっていうのは外でも苦手だったりとか、
体も不器用で、
そういう体育とダンスとか、
みんなで体を合わせて動かすみたいなところが苦手な子たちもいるので、
そういう子たちのことが気になってしまうというか、
いわゆる協調しようと思ってもできなくて苦労している子たちと出会っているので、
みんな合わせなくちゃいけないみたいなことに対しての、
しんどさというか、すごく感じてしまうんですよ。
しかも、
良いとされている協調をするというのは、
子どもたちから出てきているものでもないというか、
先生がそこの社会と言っている、
いい社会と言っているのが先生で、
それにただ合わせているというだけなので、
いわゆるよくある子どもの現場で出てくる、
自主性と主体性みたいなことをちゃんと認識しておく必要があって、
自主性というのは何かそういうふうに与えられた形とかに、
自分で合わせていくみたいなこと。
主体性は自分から考えて、
これがいいよねというところから考えて何か取り組むということなんだけど、
その学校の絵が描かれている部分だけで見ていくと、
いろいろいろなものが決められていて、
例えば靴箱に靴を並べるとかっていうのも、
すんぶん違わず数センチ単位まで揃えていれるみたいなことを求めていて、
09:02
子どもが係なのかな、なんかチェックしてるんですよ。
この子は花丸だねとか、この子は三角かなとかっていう。
そういう相互監視というか、えーっと思いながら見てたんですけど、
係としての役割を持ってほしいみたいな感じでやってるんだけど、
もうちょっと厳しくした方がいいんじゃないのかってやり取りもあったりとかして、
いやいや、そこまでしなくてもいいんじゃないかと思っちゃうんだけど、
そういうところに、さっき言った自習性みたいな匂いと、
そこにでも主体性ってあるのかなみたいな。
そこに自分で考えて、子どもたちの中から湧き起こるようなことっていうのは、
いわゆる全て決められているところには余白がないので、
子どもから何かが出てきて、それをやってみて試行錯誤して形ができていくみたいな、
余白みたいなものがそこにはないんじゃないかなっていう気がしてならないというか。
そこにすごくいわゆる同調圧力、協調性が強いあまりの
記憶実戦みたいなものが漂っているのではないかっていう風に、
僕はその映像とか、全体の映画の中から感じたところです。
はい。是非これを見ていただいて、
協調的な部分ってどういうところがあるのかな。
ぱと、第1位はどっちかっていうのはあると思うんですけど、
そういった自分の社会の見方が現れてるっていうことを自覚するというか、認識してるだけで、ちょっといろんな世界の見方が変わるし、
全然見えてる世界が違う人との会話もできるのかなってちょっと思った、
この映画自体は今ちょうど岩手でやってたんですけど、
ショートバージョンはインターネット上で見れるので概要欄につけておきますので、
ショートバージョンだけでも雰囲気はわかります。
ショートバージョンのページのコメントにはすごい感動しましたって書いてて、
全然だったんですけどっていう感じなんですけど、
映画そのもの全編見ても違う場面でそれが描かれてるというか、
そんなに描いてるテーマとしては大きく違いはないなという感じでしたので、
12:01
映画自体は全然違います。
日本の教育ってどうなのかなとか、
語る題材としてはすごくいいんじゃないかなって思いました。
海外ではすごく、海外で賞賛されてるのもあって、
海外には全然ない生活を自分たちで作るとかね、
掃除するとか給食の再現するとか、してなかったりするので、
そういったところで参考にしていただける部分はあると思うんだけど、
日本において、最近子供自殺もずっと増えてたりとか、
不登校とかも増えてるこの社会状況の中で、
それを生み出している一つの場面、生み出している現場の小学校に対して、
何も無批判で見るっていうのは、僕はいかがなのかなと思っておりました。
これすごくいいなって思ったってことは、
私が見てない、目を覆い隠してるところがあるかもしれないなって思っていただけるといいんじゃないかなって思いました。
ちょっとあまりまとまりがないんですけども、
語りたくなる映画としては成功なのかしら、どうなんだろう、よくわかんないけど。
僕はなんか、モヤモヤする映画だなって感じでしたね。
最近、エピソードの最後に曲を流してるんですけども、
これは喋った内容を生成愛で掛け起こしして、
それで作詞作曲も生成愛でしてもらった最後につけてます。
喋った内容は感覚、感じ取るのにすごくいいと思いますので、
もしよかったらそのままお聴きいただければと思います。
数分の曲になってます。
ということで、ぜひ何かコメントとか質問とかあれば、
赤い裏にも質問お便りフォームがありますし、
Spotifyだとコメント欄があります。
これYouTubeにも実は流してて、
YouTubeとPodcastにも流してて、そこにもコメントに入れていただいても構いませんので、
ぜひよかったらコメントお寄せください。
質問とかあれば、それに対して応答するようなエピソードというか、
そういうのもできたらいいなと思ってますので、
こういう馬の現場でこういうことをどうしてですかっていう話をいただけると嬉しいなと思います。
ということで、今日も良い一日をお過ごしください。
15:07
みんなと同じ形に
収まることを求められる
でも心は叫んで
僕は僕でいたいんだ
蝶々の影に隠れた
自由を探し続けてる
今は鳥の影
誰もが気づかぬままに
能力の果てにあるのは
拍手か涙か
決められたルールの中で
僕らは何を見てるの
自分の身にある
誰のための未来なんだろう
でも心は叫んで
僕は僕でいたいんだ
蝶々の影に隠れた
自由を探し続けてる
静かな夜に問いかける
この世界は優しいの
それでも歩き続ける
僕なりの答え
17:06

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