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こんにちは、おあです。第154回目のきょうは、私達は皆、自分が受けてきた教育の奴隷、というテーマでお話ししていきます。
地域で、これからの学びの在り方を考える勉強会というのをやっているというのを、過去回でも何回かお話ししているんですけれども、
今回は、ドキュメンタリー映画、小学校、それは小さな社会についての対話会ということで行ってまいりました。
このチャンネルをよくお聞きの方はご存知だと思いますけれども、この映画については、私はこちらの放送でも、
ノートのほうでも、けちょんけちょんに批判しまくっているわけですね。
第120回と129回の放送で話しているので、よろしければお聞きいただきたいと思うんですけれども、
こちらの映画は、アカデミー基礎にノミネートされているということで、私たちのように、学校キャンセル界隈では相当評判が悪いわけですけど、
その中でも、私のノートとか放送は相当過激だったみたいでね。
ここまで激しく批判しちゃっている人がやる対話会ですからね。
なかなか逆に言いますと、賞賛派の方々は参加しにくいわけですよね。
なんでね、ちょっと実際どれくらい集まるのかなというのは、ちょっとヒヤヒヤしていたんですけれども、
ありがたいことに今回初めて参加してくださるという方が多くてですね。
今回は対話会ということですので、この映画を通してですね、学校というものを多面的に見る場にしたいなと思いまして、
私の方ではですね、スライドを用意して、最初に海外からの評価ということで、日本の普通への驚きと賞賛ということが言われているわけですね。
例えば責任感とか、自立性の育成がされているといろんな係り活動とかね、給食の配膳とか清掃とかの委員活動なんかを見てですね、
こんなちっちゃな頃から大人が導きつつも子どもたちに役割とか責任を与えているというのが素晴らしいというような声ですとか、
自分たちのことは自分でやるというような文化をきちんと作り上げていると、社会に出て役立つ責任感とか公共心というのを育むような教育をしているですとか、
規律と協調性ですね、整然と並べられた机、下駄箱にきれいに収められた靴、集団行動なんかはやっぱり海外から見たらもうすごいというわけなんですよね。
やはり電車が時間通りに来たり、宅急便が時間通りに来るという機能する社会の根源がこういう教育で作られているんだというような賞賛の声ですとか、
あとコミュニティづくりですね、小学校がまさに小さな社会として機能していると、子どもたちがその中で人間関係を築いて助け合って協力し合う姿というのにすごく感銘を受けたと言われているわけなんですね。
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日本の当たり前が世界から見ると驚くべき教育方法として、その有効性というのを再認識させられているというわけなんですね。
そういう海外からどのような評価を受けているかということをお伝えした上で、日本国内での評価というのもシェアしました。
例えば賞賛派、肯定的な見方としては、やはり日本の良さの再認識ということなんですよね。
日本の学校がいろいろ批判されているけれども、でも本来日本の学校教育が持つ良い面、責任感とか協調性とか公共心とか規律とか集団行動の重視というのを再認識させられたと。
日本の教育、私たちがやってきていた教育というのは、やっぱりすごかったんだという誇りや自信を持てたという声ですとか、先生への感謝と共感ですね。
子どもたちに向き合って愛情を持って指導する先生の姿にとても感謝を感じたりとか、先生たちの多忙な業務とか苦労というのを理解できますというような共感の声というのが聞かれていたりとか、
子どもたちの成長の姿ですね。子どもたちが悩んでぶつかりながらも成長していく、そういう姿に胸を打たれるというような感想ですとか、社会性を育む場として学校が機能しているということへの評価ですね。
あとは議論のきっかけとしての意義があるというような評価も下されています。この映画が日本の教育について深く考えるきっかけとなっていると、教育のあり方について議論する叩き台になっているという点で、その意義が評価されるんじゃないかという声が上がっているわけなんですね。
もう一方、批判派、否定派の見方というのも紹介しました。確率性、個性の抑圧への懸念ですね。国内では集団行動や協調性を重んじるあまり個性が生まれてしまったり、確率的な教育に陥っているのではないかという批判ですね。出る杭は打たれる文化、同調圧力の温情になっているという声。
先生の負担と指導への疑問ですね。教員の過重労働や精神論に偏った指導、子どもたちの多様なニーズへの対応不足などの日本の教育現場が抱える問題点を取り上げていたりとか、日本社会の負の側面ですね。日本の社会が抱える問題、長時間労働、同調圧力、多様性の欠如などのしくずだということで軽傷をならしていらっしゃる方もいます。
教育のアップデートの必要性ですね。グローバル化や技術革新が進む現代において、昔ながらのこういう教育スタイルが最適なのかどうか、もっと創造性とか批判的執行力を育むような教室への転換が必要なのではないかというような議論ですとか、一面的な捉え方ですね。
日本の教育が抱えている根本的な問題、不登校、いじめ、教員不足などに一切触れず切り取り方が一面的だという批判も上がっていました。
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まさにですね、この映画を通して日本の教育の光と影が浮き彫りになったと言えるわけなんですよね。
私はね、この対話会を通して、自分が一体何にこんなに怒りや悲しみを感じてしまったのかっていうのがね、やっとわかったんですよ、自分で。
この映画が賞賛される度にですね、何に私が傷ついていたのか、何がそんなに私は許せなかったのかっていうのがですね、やっとわかったんですけどね。
それはですね、この後に及んで、もう令和も7年ですよ。
なのに、まさにこの映画で描かれている、この学校に合わない子どもたちがいるっていう現実をですね、完全に無視されているということ、私たちがいないものとして扱われているという、
透明な存在にされてしまっているという、完全に学校に合わない不登校の34万人の子どもたちがスルーされているっていうことに私はね、もうどうしても許せなかったってことに気づいたんですよね。
第34回の不登校の歴史という放送もしていますけれども、ここでもね、お話ししている通り、これまで何十年といたんですよ。
あの学校がまさにあれが無理という子どもたちがいたんです。
でもその子たちはね、封じられてきたんですよ。見ないふりをされてきたんです。ずっとその子たちの声を聞こえないふりをされてきたんですよ。
ずっとこの社会にはいないことにされてきた歴史があるんですね。
まだ無視するつもりなのかと、いつまで見ないふりをするつもりなんですかと、この後に及んで学校に合わない子どもたちがこれだけ存在するってことを認めようとしないんですかって、私たちはここにいますよって、見えないんですかって本当にって。
これもね、ちょっと以前勉強会に来てくださった保護者さんから聞いたお話なんでね、私自身が別に見たわけではないですし、裏が取れている話ではないんですけれどもね。
その保護者さんの娘さんがね、看護実習でちょっとある現場を見てしまったということで、お話ししてくださった話があるんですけどね。
私と同い年ぐらいの40代50代の中年の方でね、いわゆる精神病院というところにもう何十年と入院している長期患者の方がいるわけなんですね。
その方々は薬漬けにされて、灰燼のようになって、ただ死を待つだけの存在なんだと。
その人たちがね、実は当時、学校恐怖症という診断で、ただ学校に行けないという理由で、精神病を扱いされ、強制入院させられて、その後社会復帰もすることができず、精神病等に今も閉じ込められ続けている人たちが存在しているっていうことなんです。
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その病院の名前も聞きました。私調べました。実在しています。確かにあるんです。今もこの日本に。信じられないと思いますけども、この事実は表には出てこないと思います。葬られた闇だと思いますよ。
私も本当はその現場、この目で確かめたいと思ってますけど、なかなか叶うことではないと思うんでね、どなたかね、こういう現実をご存知の方がいたら教えていただきたいんですけれどもね。
私たちのフリースクールに来ている子どもたち、まさにあの学校にどうしても合わないんですよ。でもね、見ていただければわかりますよ。本当に素晴らしい子どもたち。
とてもじゃないけど、あんな冷たい真っ白いコンクリートの箱の中に収まるわけがありません。
127回の放送で話している通りね、まさにみんなラフレシアなんですね。
こんな素晴らしいラフレシアの子どもたちをいないものにされているという前提で作られているあの映画が私はどうしても許せなかったんですよね。
ただ、この映画を批判するということはですね、やはりあの学校現場で頑張ってきた多くの先生方、今もあの学校現場で頑張っていらっしゃる先生方にとってはものすごく傷つく話なんですよ。
自分のやってきたこと、自分のやっていること、自分の人生を否定されているように感じてしまうんですよね。
だってあの学校文化を作って守ってきたのは紛れもない先生方なわけじゃないですか。もちろん保護者もそうですけどね。
それをね、キモいなんて言われたらたまらないと思いますよ。つらすぎると思いますよ。
わかりますよ、その気持ちは。もう先生たちが頑張ってきたからこそ、誰も自分を否定なんかされたくないし、されるじゃないわけですからね。
でもね、私はだからこそ言わなきゃいけないと思ったんですよね。
まさにあの学校に苦しみ、壊されてきた子どもたちが存在しているという事実をね、直視してほしいと思ってるんですよ。向き合っていただきたいんです。
もう逃げないでほしいと、先生だからできるわと思うんですよね、私は。先生だからこそ、そういう子どもたち、向き合ってほしい。
ものすごく残酷なことを要求しているというのは、自覚しているんですけれども。
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まさにあの学校で傷ついている子どもたちがいる。
で、あの学校を作り守ってきた先生方も、それを批判されて傷ついていらっしゃる。
傷ついているのは、子どもと先生だけじゃないです。保護者さんも傷ついていらっしゃいます。
今回の対話会にね、かつてお子さんが学校に行きたくないというお子さんをね、本当に力づくで、無理やりに引きずって連れて行かれたという保護者さんもいらっしゃったんですよね。
そういう方にとっても、結構つらい話なんじゃないかなと私は思うんですよ。
実はみんな傷ついているんですよね。
だから、同じ場を共有してですね、お互いの傷を語り合う。
私はこのことにこんなに傷つけられましたと、傷ついていますということをお互いに率直に出し合う。
お互いの傷に向き合って、相手の傷もしっかり直視して。
初めて次のステップに行けるんじゃないかと思うんですよね。
学校についての対話会とかって言うとね、よくあるのがですね、
もう喧嘩しないでくださいね、誰も悪い人いませんからみんな仲良くしましょうねみたいな、被害し合うのはやめましょうみたいなね。
いや、そりゃそうなんですけど、そういうね、お互いの傷をとことんまで見せ合って、理解し合わずしてですよ。
そこを抜きにしていきなり仲良くなんかできるわけないんですよ。そんなの欺瞞ですよ。
もうね、教育のことなんだから、私喧嘩になったってしょうがないと思いますよ。
ぶつかり合って、それを怖がって、本心をぶつけ合わずにですね、いい子ちゃんでその場を取り繕うっていうのは私は、それじゃあ次のステップには進めようがないと思いますよ。
私たちはみんな、自分が受けてきた教育の奴隷という言葉、私はこの言葉、野本京子さんがおっしゃってるのを聞いたんですけど、
でももとはもしかすると野本京子さん自身もどなたかの言葉を引用されて使われてた言葉なのかも知れなくてですね、もともとの出元の言葉っていうのがちょっとわからないんですけれどもね。
いや本当にそうですよね。私たちはみんな、自分が受けてきた教育の奴隷なんですよ。
だから教育を変えることは難しいし、変えることにはものすごく抵抗が起きますし、
変えようというだけで、まるで自分のこれまでやってきたことを全否定されるっていうような拒絶反応を強烈に示す人が現れてしまうわけなんですよね。
だから全部を変えろなんて言ってませんし、全部を変えることなんかできませんし、少なくとも多様な教育を認めてほしいということをずっと古山昭雄先生もおっしゃってるわけですよね。
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そのためにはあの学校にまさにあの学校に合わない子どもたちがいるんだということをまず見てもらわない限りですね、議論が進まないわけなんですよ。
でもそうしますとね、今度はね、じゃあ公教育とは何なのかという本質を考えなければいけないということになっていきますね。またこれはもうものすごいでかい話ですね。
まあ難しいでしょうね。やっぱり現実、この今の社会状況の中で、政治とかいろいろ絡む中で、多様な教育を認めてほしいって言っても難しいだろうと思いますとですね、
もうやはりですね、もう学校に合わないお子さんをお持ちの方はですね、もういいと思います。別に16歳になってね、8500円払えば誰でももう大学に行けるルートがちゃんとこの日本にはあるんですよ。
それさえ知っていれば別にもう小学校も中学校も高校も本当に行かなくて大丈夫なんですよ。そういう知識をちゃんと身につけて自分の身は自分で守るという意識でですね。
そのあたりはですね、3月か4月にですね、こちらのうさかんさんという配信者さんとコラボでライブをさせていただきまして対談をさせていただいたんですよね。
前半が学校はなぜ変わらないのか。後半がそんな変わらない現実の中で私たち一人一人にできることというテーマでお話ししてまして、その内容がですねちょっと音声がひどかったので全て文字起こしをしてノートに記事にしております。
こちらかなりわかりやすく編集しておりますので、こちらをぜひ読んでいただいてですね、どうやって自分の身を自分の子供の教育を守っていくかということをぜひ読んでいただきたいと思います。
今後のですね、これからの学びのある方を考える勉強会は、秋口以降にですね、今度は鈴木大優さんが公開する日本の公教育という書籍をですね、私の方でちょっと頑張ってまとめまして、中身を紹介しながら、公教育ということについてちょっと皆さんと議論するという場を作りたいと思っておりますので、また日中わかりましたらこちらでもお話ししますので。
それ以前にですね、そういう勉強会に興味があるという方は、何かネタか何かいただければ、決まった時点でですね、詳細のチラシなんかをお送りしますので、ご連絡ください。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、コメント、フォローお待ちしています。