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おはようございます。ヘイコです。 さあ、ライブ前に早朝5時半ですね。
撮っていきます。 シリーズ人生の主語を取り戻す第8章。自分で人生を選ぶ。今日は第2話ですね。
前回は、GOAL側の私はどんな人? っていうお話をしました。
GOALを設定するとき、何を達成している? どこで働いている? どのぐらい稼いでいる? という未来の景色だけではなく、その未来で自分はどんな自分として生きているんだろう? これを見てみます。
わからないことが起きた時、どうしている? 誰かに反対された時、どうしている? 失敗した時、自分に何と言っている?
何がその人にとって普通、当たり前になっている? そんなところまで見てみようというお話でした。
ところが、GOAL側の自分を思い描いた瞬間、こんな声が出てくることがあります。
いやいや、私にそんなことできる? いや、だってやったことないしね、実績ないし、今までそんなことできたことないし。
出てきませんか? 今日はこの声を読み解いてみたいと思います。
今日のテーマは、できる証拠を過去に探さないです。
例えばね、今まで会社員として働いてきた人が、現状の外側にこれまでとは全く違うキャリア、仕事のゴールを設定したとします。
やってみたい。その未来を想像するとワクワクする。
でもしばらくすると頭の中で、過去の自分を検索し始めちゃう。
だけど私、営業なんてしたことないし、経営も知らないし、人前で話すのも得意じゃないし、SNSだってそこまで伸びてない。
そもそも何かをゼロから作った経験もない。
そして最後に、やっぱり自分には無理なんじゃないかな、そんな風になっちゃう。
ここで一度立ち止まってほしいんです。
あなたが設定したのは、現状の外側のゴールでしたよね。
今の営業という経験とか、今のやったことがあるその能力とか、
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今のこれまでやってきたね、SNSのフォロワーだったり、お知り合いだったり、そんな実績とか、
今の人間関係、その延長だけでは、まだ生き方が全部見えてない未来、これが現状の外側のゴールよね。
これまでの経験とか、すでに持っている能力とか、積み上げてきた実績とか、
関わってきた人間関係で立てるゴールっていうのはゴールじゃないから、理想の現状でしかないからね。
だけど今話しているのは、現状の外側のゴールの話です。
まだ生き方が見えてない未来。
だとしたら、その未来に行ける証拠を過去の自分の中だけから探そうとしたら、見つからないことがあるのは当然なやり方なんて。
だってまだやってないんだが。
ここで私が大切にしている大切な概念があります。
それがエフィカシー、自己効力感ですね。
エフィカシーとは、自分はそのゴールを達成できる存在であるという自己能力の自己評価についてです。
これね、私はできるとか、私はすごいとか、アファメーションとか、その思い込むことじゃないのね。
絶対できるを何度も唱えることでもないの。
誰かからね、ふゆ子ならできるよ、あなたならできる、そんな風に言ってもらうことでもないの。
周りから高く評価されたからエフィカシーがあるっていう話ではないのね。
集客して300人行ったから、私なら大丈夫とかそういうことじゃないの。
自己能力の自己評価、ここが大事です。
ところが私たちは、自分の能力を評価しようとするとつい過去を見ちゃうよね。
今まで何ができた?どんな実績がある?成功したことある?
もちろん過去の経験、これを見るということ自体が悪いって話じゃないからね。
言い悪いの話じゃないです。
過去から分かることとか、たくさんあります。
なんだけど、現状の外側のゴールについて、未来の可能性まで過去の実績で決めてしまうと何が起きるでしょう。
やったことがあるからできる。
だからスモールステップで成功経験を積み上げようとかね。
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経験があるからできる。実績があるからできる。
じゃあ逆に言えば、やったことがないからできない?経験がないからできない?実績がないからできない?なんでじゃん。
そうすると選べる未来っていうのは、過去に証拠がある未来だけになっていきます。
たぶん今走ってるとか無双とか言ってる人たちってみんなそうだと思うの。
それって理想の現状なんだ。
これ第7章ともつながってて、第7章ではゴールが先、プロセスは後っていう話をしました。
行き先が決まるから必要な情報を見えてくるっていう話をしたよね。
何を学ぶ?誰に聞く?どんな経験が必要かな?っていう問いが生まれるっていう話です。
今日も同じ。
例えばゴールを実現するために、今の自分にはこれは人前で話す力が必要だっていうのがわかった。
ここで私そんな長袖の前で話すのなんて苦手だから無理。
これで終わるのか?それともじゃあその力をどうやって獲得しようかって考える。
今の自分にない能力があることはゴールを諦める理由だけではありません。
これから獲得するものが見つかった。そう捉えられます。
人脈がない?じゃあどんな人とつながる必要があるの?
知識がない。じゃあ何を学んだらいいの?経験がないから。
じゃあどこで経験作ろうか?お金がないもん。
じゃあ実際にいくら必要なんだよ?どうやったら調達できる?
つまり今の私にはないっていう事実と、だから私はそこに行けないっていう結論。
これは同じじゃないよね。ここを分けようねっていう話。
例えば1年生の女の子がね、私掛け算ができない。一生掛け算ができないと思う。
って言ったら多分私たちは、いやいやこれから習うじゃん。そう思うよね。
これから1の段から九九習うじゃん。練習もするじゃん。
もうその九九をすらっと言ってる彼女の未来見えてるよね。
だけど大人になると自分に対して結構これをやっちゃうの。
経営したことないから無理。発信なんてしたことないから無理。
人なんて育てたことないから無理。こんな大きな仕事したことないから無理。
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いやこれからやる未来を設定してるんですよね。
だから今できないことがあっても不思議じゃない。
ここで大切なのはできないことをできると偽ることでもありません。
今できないなら今はできない。知らないなら知らない。
経験がないなら経験がない。そこはそのままでいいの。
でもそこから、だから私は現状の外側のゴールを達成できない人間だまで決めなくていい。
私はめちゃめちゃここが大事だと思ってて。事実として今はできない。
そして未来についての自己評価として私はそのゴールを達成できる存在である。
この2つは同時に存在することができるの。今できないだけなの。現在地。
だから学ぶの。今知らない。だから調べるの。
今一人ではできない。だからできる人に頼るの。今のやり方じゃ到底届かない。
だからやり方を変えてみるの。これができるとできるできないの話が少し変わってきます。
私にできるかなだけではなくできるようになるために何が必要になる。
この問いは未来を閉じにくいのね。
そしてもう一つこのシリーズでずっと扱ってきた人生の守護ともここはつながっています。
自分にできるかどうかを誰かに判定してもらおうとしてないでしょうか。
あなたならできるよって言われたら進める。
それはちょっと難しいんじゃないですかって言われたら止まる。
人に評価されたら私できるかも。
評価されなかったらやっぱ無理かも。
それだとゴールは自分で設定したとしても自分の未来の可能性を決める権利をまだ外側に預けてるってことになるよね。
もちろん他人の意見は聞いていいですよ。
専門家からこの知識が足りてないねって教えてもらえたらそれは重要な情報かもしれないよ。
今のその計画では資金が足りないっていう知的これも検討した方がいいよね。
でも今これが足りないっていう情報とあなたにはその未来を実現できないっていうのは別だよね。
情報は受け取るし計画は修正するけど必要ならゴールそのものを見直すことだってあるよ。
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でも自分の未来の可能性まで誰かに決めてもらわない。
ここにこのシリーズでずっと扱ってきた主体性がまた戻ってきます。
今日ゴールを持っている皆さんに一つ見てほしいことがある。
ゴールを考えた時に私には無理かもって思ったらそのまま終わらずに一度自分に問い直してみて。
何がないから自分には無理だと思った?
実績ですか?経験ですか?知識ですか?資格ですか?純脈ですか?お金ですか?どっかの誰かからの承認ですか?
そしてそれがわかったらもう一つ。
それは本当にできない証拠なのか?それともこれから獲得するものなのか?
ここを分けてみてください。
過去はあなたがこれまで何をしてきたかを教えてはくれます。
でもこれから何ができるようになるかまで過去だけで決める必要はないよね。
現状の外側にゴールを置くということはまだ証拠のない未来。
これを自分の未来として選ぶことでもあります。
なので、できる証拠が揃ってからゴールを信じるのではなくて、ゴールを制定したからこそそこへ行くために何を獲得する必要があるのかを見るということ。
今日の問いです。
あなたは今、自分の未来の可能性を過去の何によって決めていますか?
そしてそのゴールを達成する自分になるためにこれから何を獲得すればいい?
今日はそこを一つだけ見つけてください。
次回はゴール側の自分を考え始めた時に起こるもう一つの落とし穴についてお話しします。
ゴール側の私ならこうするはず。
これが新しい正解になった瞬間、私たちはまた自分の人生を何かの基準に合わせ始めることがあります。
第8章第3話。ゴール側の私ならどう選ぶ?
ゴール側から考えることとゴール側の自分という正解に従うこと、これの何が違うのか。
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自分で人生を選ぶというところまでもう一段進めていきます。
さあ今日もあなたの人生のハンドルはあなたの手の中にあります。
いってらっしゃい。