注意されたことと自己評価を分ける
はい、ちょっと続いて収録を撮っていきます。 こんにちは、フユコです。
さあ、ゴールの錯覚ですね。
ゴールの錯覚第一章。 私たちは世界をそのまま見ているのか?
第四話は、注意されたと私は間違っている。 これは同じ事?というお話をします。
さあ、前回ね、なぜ私たちは解釈を事実だと思ってしまうのか?
というお話をしました。 私たちは何かが起きるたびに、毎回ゼロから意味を考えているわけじゃないよっていう話をしましたね。
これまでの経験とか学習とか、そういったものを使ってね、脳みそはものすごい速さで、これってこういうことだよね、これを意味づけしています。
めちゃくちゃ速い人もいます。
なので、上司が挨拶を返さなかったっていう出来事と、上司が怒っているっていう解釈の間に、自分の認知が入っていることに気づきにくいんですね。
今日はここをさらに細かく見ます。
テーマは、注意されたと私は間違っている。 これは同じことなのか?という話です。
例えばね、お仕事であなたが作った資料を上司に提出したとします。
そうすると上司から、ここの数字ちょっともう一回確認しといて、そう言われました。
その瞬間、胸がザワッとする。
あ、間違えた。ちゃんとできてなかった。やべ、また注意された。
ちゃんとしなくちゃ。
そんな言葉が頭の中に出てきます。
そして最後には、自分は仕事ができない。
ここまで行ってしまうことがあります。
出来事から自己評価までの階段
これ経験ある人いるんじゃないかなと思うんですが、なんだけど今日はね、この一瞬の中で何が起きているのか、それをスローモーションにしてみようかなと思っています。
はい、まずね、実際に起きたことです。
上司がここの数字もう一度確認しておいて、そう言いました。
ここまでに次に、あ、私間違えたんだ、という意味がつきましたね。
そして、注意された、っていう認識になりました。
さらに、あ、ちゃんとできてない。仕事できない。
で、いつの間にか資料の一部分の話から自分自身への評価に移動している。
これ分けてみるとかなり違うよね。
資料の数字を確認する必要があるのと、私は仕事ができないは同じことじゃないよね。
なんだけど、私たちの中ではこの間がめちゃくちゃ早い。
本当に早い人がいる。
出来事に対して、出来事が起こります。そして解釈に走ります。
そして、良い悪いの評価を始まります。
そして、自分自身への評価。
ここまで一瞬で繋がると、本人には間違えたから私はダメなんだ、ぐらい一つの出来事にくっつけちゃうんですね。
なんだけど、ちょっと考えてみてください。
同じ上司からね、同じ言葉を言われたとしても、他の人は、あ、数字違ったかな、確認してみよう。
それで終わる人もいるんだよ。
また別の人にとっては、また私?ってイライラするかもしれない。
他の人は、ちゃんとできてないと思われた。
そのことに落ち込むかもしれない。
起きたことは同じなのに、その後に起きることが全然違うの。
ということは、苦しさを作っているものの中には、起こった出来事そのものだけじゃなくてね、
その出来事を自分自身とどう結びつけたか、これも含まれているということ。
子育て・家庭・SNSで起きる自己評価
これ仕事だけじゃないんだよ。
例えば子育てで、子供が朝なかなか着替えてくれない。
そこから、私の言うこと聞いてくれない。
私の育て方が悪いのかな。
パートナーから、今日部屋散らかってるねって言われたとする。
そこから、責められた。
ちゃんと家事してないと思われた。
私はダメな妻だな。
そこまでいっちゃう。
SNSで、いつも反応してくれる人から反応がなかった。
そこから、何か悪いこと言ったかな。
嫌われたのかな。
もう私の発信重要ないのかな。
ここまでいっちゃう。
これ全部、最初に起きた出来事と最後の自己評価の間には、いくつもの階段があるわけ。
なんだけど、それが見えてない人って、自分の価値が毎日起きる出来事によって上下しちゃう。
褒められた。
私は大丈夫。
注意された。
私はダメ。
反応があった。
私には価値がある。
反応がなかった。
私はもう重要がない。
評価を基準にゴールを選ばないために
こうなると、自分がどうしたいかより先に、どうしたらいい評価になるかを探し始めるんだよね。
間違えないようにしよう。
嫌われないようにしよう。
正しいやり方を探そう。
評価されそうなものを選ぼう。
ここ。
この先のゴールの話にもかなり重要につながっていきます。
なぜなら、未来を考える時にね、この認知の仕組みを持ったままになっちゃうから。
私は何をしたい?そう聞かれているのに、頭の中では何を選んだら正しいんだろう?
どれなら失敗しないんだろう?
何なら評価されるんだろう?
これを考えているかもしれない。
そしてそういう人って、その答えを私がやりたいことだと思っている人が非常に多いです。
なのでこのシリーズでは、まだゴールを決めません。決められません。
まず、自分の中で何が起きているのか、これを正しく見えるようにならないと。
今日も何か注意されたり、誰かの反応が気になったり、自分ダメだなぁ。
そんな風に思うことがあったら、それを直そうとしなくて大丈夫です。
一度だけでいいので、今何の話から私自身の評価に変わった?
そこを捕まえてください。そこを見てみてください。
修了の話しているのに、いつから仕事ができない私の話になったの?
子供が着替えないっていう話だったのに、いつからダメな母親の話になったの?
返信がないっていう話だったのに、いつから嫌われてる私の話になったの?
出来事の評価と自分の価値は別
ここが見えたら今日は十分です。
今日持って帰ってほしいのは、出来事についての評価。
これと自分自身の価値、ここはイコールじゃないよってこと。
同じものではありません。
そして私たちは時々ね、出来事があってから、出来事があると解釈をし、
良い悪いに分けて、そして自己評価をするまで、ここまでを一つの現実として見ている人がいる。
まずはその途中があることに気づいてみてください。
次回は、感情は事実なのか?
この感情そのものは確かに自分の中で起きています。
では、不安だから本当に危険なのでしょうか?
感情と現実の関係をもう一段細かく読み解いていきます。
それでは。