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#219 「嫌われる勇気」がなくて、自分の人生を失っていませんか?
2026-09-26 09:59

#219 「嫌われる勇気」がなくて、自分の人生を失っていませんか?

今回のテーマは、「嫌われる勇気」と、自分らしく生きることです。

人に嫌われたくない。
迷惑をかけたくない。
できれば「いい人」でいたい。

でも、周りの期待や評価に合わせ続けているうちに、自分の人生を置き去りにしてしまうことがあります。

「嫌われる勇気」とは、人を大切にしなくていいという意味ではありません。

人への思いやりは持つ。
でも、自分を犠牲にすることを「思いやり」にしない。

この放送を聴くことで、他人を大切にしながら、自分自身も“大切にする人”の中に入れて生きるという視点を持ち帰ってもらえたらと思います。

人に嫌われないために、
自分を嫌いになる必要はありません。

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サマリー

人から「いい人」と思われたくて頼みを断れず、本当は嫌でも引き受け続けると、自分の人生を生きられなくなる。アドラー心理学の「課題の分離」を軸に、自分の生き方と相手の評価を分け、嫌われる可能性まで自分の責任にしない考え方が語られる。一方で、嫌われる勇気は好き勝手に振る舞うことではなく、相手を尊重し助ける「共同体感覚」と両立する。藤田勇は「おかげさま」「お互いさま」の寛容さに触れ、自分を犠牲にせず、周囲と自分の両方を大切にして生きるよう促す。

「いい人」を続けて自分の人生を失わないために
できれば、みんなからいい人だと思われたい。 だから、頼まれたら断れない。
いい顔してしまう。本当は嫌なのに。 いいですよと言ってしまう。
でも、そんなことをずっと続けてたら、 一体誰の人生を生きていることになるんでしょうか。
今日は、アドラー心理学で有名になった 「嫌われる勇気」という言葉から、
ゆるどうの自分らしく生きるということについて お話をしたいと思います。
こんばんは、藤田勇です。
ゆるどうラジオ、耳から整える 言葉の針の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、 遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
ゆるどうですね。 このゆるどうラジオでもお伝えしてますけれども。
ゆるどうの考え方というのは、 ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きる道がゆるどうです。
ゆるくとか、いろんなどういうことっていうお話を このポッドキャストでもね、
エピソードを交えながらですね。 交えながらお話をしたりしていますけれども、
今日はですね、自分らしくっていうところですね。 この3番目の。
ここについてね、ちょっと踏み込んでいきたいなというふうに思っています。
自分らしくっていうのは、 好き勝手に生きろっていう意味ではないわけですね。
そうではなくて、親の期待とかね、 外からの期待とか、どう見られているかとか、
いい人でいなくちゃとか、 迷惑かけちゃったらとか、
そういう外側に対しての考えにとらわれて、 自分というものを生きていない。
そこに対して、自分らしく、 そのカウンター的な意味合いで言っているわけですね。
で、これ最近ですね、ふと思ったんですけど、 嫌われる行きっていうアドラー心理学のね、
アドラー心理学の課題の分離と嫌われる勇気
有名な本ありますけれども、 あの中にですね、課題の分離っていう概念があります。
例えばですね、自分が何かをこう選ぶわけですね。
その時に相手がそれを喜ぶだろうか、 がっかりするだろうか、怒るか、嫌うか、
そこまでね、自分ではコントロールできないわけです。
自分でどう生きるかは自分の課題である。
そしてそれに対して相手がどう評価するかは、 相手の課題であるっていう、
その分離をするっていうところですね。
相手のね、そのどう評価するかっていうところの課題、 相手の課題を自分の課題にしてしまって、
で、自分の人生を生きられないっていうところを、
そんなのをね、相手の課題とこちらの課題は別なんだから分離して、
で、それで嫌われてもいいよねっていうのが、 嫌われる行きの一つの考え方なわけですよね。
とはいえですね、全てもうね、自分の好き勝手にやって、
で、人から嫌われてもいいよって言ってるわけじゃないわけですね。
これね、その嫌われる勇気を読んで、
そうしてしまって人から嫌われてしまいましたっていう人もいるらしいんですね。
その、なんですかね、自分の道を行くその中で同意する人もいれば、 同意しない人、嫌う人もいる。
それはそれでいいっていうところなわけですね。
でも、万人に嫌われるような人に迷惑をかけるような生き方をしましょうっていう話ではないわけですね。
他人を尊重しながら自分を押し殺さない
自分らしく生きることと他人を大切にしないっていうことは全く別なわけですね。
逆に言うと、自分らしく生きることと他人を大切にすることは両立できる。
これをね、アドラシン理学では共同体感覚っていう言い方をしたりするわけですね。
自分だけ良ければいいとかね、ではないわけです。
他者と一緒に生きているから相手を尊重する。困っていたら助ける。
相手の立場も考える。自分にできることはする。
ですね。その上で、そういうことは忘れないわけです。
そこは大事なわけですね。人として、社会として生きている中では。
でも、じゃあ相手の目を見て考えて、自分を押し殺してしまう。
そういう生き方ではないよっていう話になるわけですね。
人に迷惑をかけちゃいけないみたいなね、強すぎる人が。
そういう方がダメージを受けて心身傷を抱えて、うちには来るっていう方が多いわけです。
だからこそ、より強調して自分らしく。
もっと言うと、嫌われる勇気を持ってもいいわけですよね。
「おかげさま」と「お互いさま」の寛容さ
私が好きな日本語にですね、2つあるんですけども、1つはおかげさまですね。
なんかうまくいったとか、なんかあってもね、おかげさまでっていう、
自分一人で全てやったようなね、傲慢さとかがない謙虚さがある。
そして感謝がある。そんな意味合いの言葉としておかげさまっていうのがある。
もう1つですね、お互いさまですね。これも好きな言葉ですね。
なんかやってね、うまくいかなかった。そしてなんか迷惑かけてしまったって言ってもね、
そりゃ私もかけちゃうかもしれないからお互いさまでよねっていうその寛容性っていうんですかね。
今の世なんかそれがないんですね。お互いさまっていうのがね。
なんかね、ネットでもね、なんか変な出現があったらそこを思いっきり叩くと。
いやいや、あなたもそういう風になってしまう可能性もあるわけじゃないですか。
そしたらお互いさまだからね、その寛容さ、寛容性とかっていう言葉もなんかね、
今その寛容性がないような気がするわけですね。
多様性とかね、寛容性とか。
その言葉がなんか尖っているような気もするわけですね。
もっとね、なんか柔らかくお互いさまでよねっていう風に生きていったら
社会っていうのももっと生きやすくなるんじゃないかっていう風に思う。
自分と他人をともに大切にする生き方
それは社会ですけどね。
そんな中でこう病んでしまう方、真面目すぎる方。
そこらへんはもうね、嫌われないことをね、人生の目標にしてしまうと
より窮屈になっていっちゃうわけです。
だからこそ自分らしく。
でも、じゃあわざわざ嫌われるようなことをする必要もないわけですね。
もう人に、他人に迷惑をかけて自分の道を貫く。
そうじゃないわけですね。
先ほども言った共同体感覚。
おかげさまです。お互いさま。
そういう精神の上で自分の人生を生きていく。
他人の目を気にしすぎないっていうことですね。
バランスが非常に大事じゃないかという風に思うわけですね。
自分らしく生きるっていうことは、自分がね、何を大切にしたいのか、どう生きたいのか、何をしたいのか。
そこをね、まずはっきりさせることが大事だと思います。
そしてその上で人への思いやりを持つ。
それは自分を犠牲にするっていうことではないっていうことですね。
私の大好きな7つの習慣っていうのがありますけれども、
この7つの習慣でもまず第1から第3の習慣っていうのは、自分を高めていくとか、
自分が本当にやりたいこととか、主体的になるとか、
そういうところから第4から第6の習慣っていうのが、
こんな他人との関係性で、他人を理解して自分を理解してもらうとか、
その関係性の中でより1対1は2じゃなくて、3にも4にも5にもなっていくみたいな、
そんなことをやっていくっていうのが第4から第6の習慣なんですけれども、
ここにも通じるなというふうに思います。
私もね、この第4から第6の習慣って苦手な分野だったんですけれども、
最近はね、そこら辺が多少なりとも磨かれているのかなというふうに思います。
ちなみに私大好きなのは第7の習慣です。
これは歯を研ぐと言うんですけれども、自分を高めていく。
精度を上げて道を極めていくみたいなのが第7の習慣。
これ大好きですけれども。
でもね、第4から第6の習慣、一番自分の中で足んないから、
ここをプラスしていくっていうところが大事だし、
自分らしく生きるっていうところにも、
そのね、第1から第3の自分の部分だけじゃない、
相手も考えての自分らしくっていうところですのでね。
自分を嫌いにならないための言葉
ちょっとね、皆さんにも聞いておきたいことがあります。
人からの見え方や評価、どう思われるかを気にするあまり、
自分の本当の気持ちを置き去りにした経験はないでしょうか。
もし一つだけでも、今の自分の中にある本当はこうしたいっていうことを大切にするなら、
それは何でしょうか。
自分らしく生きるっていうことは、相手や周囲を大切にしないというわけではない。
そしてですね、その大切にするっていう人の中に自分を入れるっていうことにもなるわけですね。
周りも相手も大切にするし、その中にいる自分も大切にする。
そうすることが、本当の意味での自分らしくっていうところになっていく。
とはいえね、その輪の中にそれを壊そうとする、悪意を持って壊そうとするとかね、
あとはね、そこを無意識にでもね、そういうのをドリームキラーとかって言いますけども、
そういう人はね、無視してもいいと思うんですよね。
そんな人に嫌われてもいいわけですよ。
それこそ、嫌われる勇気をそういうところに持ってもいいんじゃないかっていうふうに思います。
最後に今日の言葉の針です。
人に嫌われないために、自分を嫌いになる必要はありません。
はい。
今日は以上になります。ありがとうございました。
09:59

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