BC076 『音律と音階の科学 新装版 ドレミ…はどのように生まれたか (ブルーバックス)』
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『音律と音階の科学 新装版 ドレミ…はどのように生まれたか (ブルーバックス)』について語りました。今回は、ごりゅごが5月にギターを始めてから、約半年で学んだ「音楽の面白さ」の集大成みたいな話をしました。「音楽の上達」を目指してギターを独学する体験を通じて、ブックカタリストのように「本を読んで何かを語る」というものとはまた違う、新しい「学び方」を知ることができています。一般的に読書という行為には、肉体的な技能の重要性はほとんどありません。このジャンルの「学び方」は、これまでにけっこういろいろな本を読んで学んできましたが、ギターを弾くみたいな、肉体的な技能を身に付ける方法はきちんと考えたことがありませんでした。ただ、ギターの練習を通じてわかったのは、こうした技能の上達においても、今まで学んできたような「学び方」は十分に応用できる、ということだったのです。そもそも、たとえばギターを練習するという場合に、なにを「練習」すればいいのか。楽譜を手に入れて、音楽を聴いて、でてくるフレーズがスムーズに演奏できるようにすることは「練習」なんだろうか?結局どんな練習も「きちんと考える」ことが超重要で、それこそが今自分が考える「大人の趣味理論」のコアになる部分なんだろうということもわかりました。かつての自分は「うまく体を動かす」ことばかり注目していたんですが、そもそも「理想の動かし方」をわかる重要性を理解していなかった。特に音楽(アドリブ演奏)の場合は、音楽を聴いてリアルタイムに「こういう音を出したいと考えることができること」それと同時に「この音を出したい時にどうやって体を動かせばいいのか」がわかること。これができるようになって、自分のやりたい「演奏」ができるようになるんじゃないか。そういうことが、すこしわかってきたような感じがしています。そして、この話は今回本編で話した内容とはほとんどなにも関係がありません。今回の話は、是非五度圏の図を見ながら聞いていただけるともう一段階楽しめると思います。→五度圏 - Google 検索(画像検索)今回出てきた本はこちらで紹介しています。📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC075『悪意の科学: 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』
今回は、倉下とごりゅごさんが両方とも読んでいる本だったので、二人で語り合う形になりました。とりあげたのは、『悪意の科学』です。書誌情報* 著者* サイモン・マッカーシー=ジョーンズ* ダブリン大学トリニティ・カレッジの臨床心理学と神経心理学の准教授。* 翻訳* プレシ南日子* アレックス・バーザ『狂気の科学者たち』* サンドラ・アーモット&サム・ワン『最新脳科学で読み解く0歳からの子育て』など* 出版社* インターシフト* 出版日* 2023/1/24* 目次* はじめに・・人間は4つの顔をもつ* 第1章・・たとえ損しても意地悪をしたくなる* 第2章・・支配に抗する悪意* 第3章・・他者を支配するための悪意* 第4章・・悪意と罰が進化したわけ* 第5章・・理性に逆らっても自由でありたい* 第6章・・悪意は政治を動かす* 第7章・・神聖な価値と悪意* おわりに・・悪意をコントロールする倉下は2023年2月に一旦読了し、この配信のために読書メモをつけながらもう一度読みました。簡単な読書メモは以下のページをどうぞ。◇ブックカタリストBC075用メモ - 倉下忠憲の発想工房以下では、本書のさわりをざっと確認します。悪意について狭義の「悪意」は、「悪意のある行動とは、他者を傷付け害を与え、かつその過程で自分にも害が及ぶ行動」(心理学者デヴィッド・マーカ)で、もう少し広く意味を取ると「自分の利益につながらないにもかかわらず、他者に害を与えるためにする行動」も含まれる。これらの定義により、敵対的行動やサディスティックな行動とは区別される。また、人間の行動をコストと利益から考えると以下の四つの区分が可能。* 協力行動* 共に利益をもたらす* 利己的行動* 自分だけが利益を得るように* 利他的行動* 自分がコストを負担して他者に利益を与える* 悪意のある行動* 自己と他者の沿うほうに害を及ぼす行動この4つめの行動に注目しようというのが本書のテーマ。悪意の合理性ではなぜ悪意に注目するのか。それは、人類は協力によって文明を前に進めてきたから。にもかかわらず悪意ある行動は、その協力関係を弱めてしまうように思われる。進化論的な観点で言えば、そのような生存に貢献しない性質は淘汰されていてもおかしくない。これをどう考えるのか。もちろん、進化論的に考えれば、「そこには何かしらの合理性があったからだ」というのが仮説になる。その仮説的観点を、さまざまな角度から検討していくのが本書の大きな内容。悪意が生じる理由と共に、その「機能」についても注目していく。各章で面白い話が多いが、全体を通して感じるのは、私たち人間は生物的に「悪意」の元となる感情の働きを持ってしまっている、ということ。そして、その働きは現代まで悪意が生き残っていたことが示すように、一定の(そして有用な)機能を持つ、ということ。その意味で、悪意を完全に捨て去ることが最上である、という考え方はそのまま素直に信じないほうが良い。むしろ「いかに悪意とつき合うべきか」という問いの方が現実的かつ実際的であろう。どのような状態や環境なら悪意が発露されやすく、またどんな悪影響が起こりうるのか。それを踏まえた上で、どう悪意を「使っていく」のか。そうした判断ができるようになれば、悪意に振り回されないようになるだろう。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC074『ロギング仕事術』
今回は、倉下の直近の新著『ロギング仕事術』を著者自身が紹介しました。本の内容の直接的な紹介というよりは、この本の背後にあった想いを多めに語っております。本の主題「記録をしながら、仕事をしよう」という新しいワークスタイルを提案しています。そのワークスタイルによって、* 行為実行中の注意の舵が取れるようになる(短期の効能)* 情報が保存され、再利用可能になる(中期の効能)* 「考える」が起こりやすくなる(長期の効能)といった「うれしいこと」が起こりやすくなります。倉下が考えるに、この「うれしいこと」は現代において切実にその必要性が高まっている要素です。なので、仕事のやり方を変えたい、仕事をもっとうまく進められるようになりたいという方は、ぜひ「記録をしながら、仕事をする」をやってみてください。三つの想い:その1で、本書では実用性を主軸において、倉下特有の理屈めいた話はまるっと抜いておりますが、三つの考えたことが背景にあります。一つは「原初のライフハック」としての記録です。さまざまなライフハックを見てきましたが、「記録すること」を使わないものなどほとんどありません。特に何かしらの効果を上げているものは皆一様に「記録をどう使うか」という点を持っています。最終的にできあがるノウハウの形が違うのは、どのような記録を、どんな風に残すかという点が違っているからです。それが違うのは当然でしょう。それぞれの人が違った傾向を持っているからです。むしろ、そうした形の違うメソッドが出てくること自体が、「ライフハック的」だと言えます。ライフハックは、原理主義というよりはブリコラージュのマインドセットがあるものなのです。そこで本書では、あらゆる記録の起点となるようなベーシックなスタイルを提案しました。この記録から始めて、あとは個人の趣味嗜好に合わせてアレンジしてけば、最終的に「その人の方法」になるような、そんなテンプレート/フレームワーク感のあるノウハウをセットアップした次第です。この思想を支えているのは、「たいそうな方法でなくてもよい。当たり前の方法で構わない(むしろその方がよい)という観点です。おどろきを感じるような、斬新な「方法」があれば、自分が抱えている問題をまるっと解決してくれるような気がしますが、それは幻想です。むしろ、他の人がごく当たり前に利用している方法を、自分の中にも(自分なりの形で)定着化させることが、一番まっとうなルートです。というか、それ以外にはない、とすら言えるかもしれません。当たり前の、ライフハックを。それが2020年代のライフハック観です。三つの想い:その2二つ目は、「考えるを取り戻す」です。非常に大雑把な話になりますが、他人を「管理」したければ相手に考えさせないのが一番です。そうして「言う通りに」行動させれば、管理の手間は最小化します。逆に言えば、そうした状態のとき、自分は「考える」という行為を剥奪されているわけです。それって、ほんとうに好ましいのでしょうか。また、適切に「仕事」をするためには、どうしてもいろいろ考えなければなりません。毎日がまったく同じ動作だけで成立する仕事ならばそれでもいいでしょうが、手順ややり方を改良していくことは仕事の質を向上させる上でも必要ですし、「なんのための仕事か」といったことを考えることは、成果の方向性を定めるのにも有効です。そうやって考えることをしていると──管理の方向性に逆らうことになるので──面倒なことも起きてくるわけですが、それでも5年、10年のスパンで捉えたときに、そうした思考の有無は大きな違いを生むだろうと思います。さらに言えば、組織的な管理とは別の意味で、私たちは「考える」を奪われつつあります。速度反応を求める昨今情報環境のせいです。「考える」ためには、少なくとも時間と注意が必要です。刹那的に反応を繰り返しているだけでは「考える」ことはできません。情報機器、ITツールなどを無防備に使っていれば、どんどんその「考える」機会が喪失されていくでしょう。自分の手で記録を書く、という行為はほとんど無理やりにその時間と注意を取り戻させてくれます。むしろ、そこまでしないと確保すら難しいというのが現代なのかもしれません。三つの想い:その3最後の三つ目が、「自分を知る」です。倉下がセルフ・スタディーズ(自分の研究)と呼んでいるものです。最新の情報や世界の動向にどれだけ詳しくても「自分がどんな人間であるのか」が分かっていなければ、人生の決定は難しく、また下した決定に納得感を得るのは難しいでしょう。そこまで大げさな話でなくても、「どんな情報整理ツールを使ったら嬉しいか」ということも、自分についての理解が浅いとまったく決められません。そういうときほど、他人の欲望に影響を受けやすくもなってきます。で、混乱が深まっていくわけです。選択肢が多い時代であればあるほど、自分のことをわかっておくことの有用性は高まります。自分はどんな人間であって、どんな人間ではないのか。そんな当たり前のように思えることですら、私たちはよく知っていないのです。だからこそ、自分の記録を残すのです。「自分の研究」ためのフィールドワークのようなものです。よく観察し、ときには質問し、その結果から分析を行うのです。その価値は、ほんとうにもっとずっと後になって、じわじわと実感されることでしょう。おそらく最強の「コスパ」はここにあります。さいごにというようなことを背後に考えながら、それでも「実用性」を一番念頭において『ロギング仕事術』を書きました。よろしければ読んでみてください。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC073『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション (光文社新書)』
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション (光文社新書)』について語ります。今回は、前回の『会話の哲学』つながりというか、科学で考えた「会話」を、哲学の方面でも考えてみよう、みたいなのがメインテーマです。最近のブックカタリストは、本編での「対話」によって、事前準備とはまったく違う新しい思いつきがたくさん出てくるようになり、これまで以上に収録が非常に面白いものになってきています。たとえば「規範的である」ことが人間関係に動影響するのか。この辺の話は事前に準備していたものでなく、話してる流れで自然に出てきたものです。「あえて規範的でない行動をすること」ってたしかに人が仲よくなるためには大きな作用なのかもしれないよね。いい子ちゃん同士では確かに人間関係って上っ面だけになりがちで「腹を割る」って規範を破ることなのかもしれないよね。さらに、我々が心地よく生きていけるようになるためには、そういう規範的でない行動、発言が許されるような場所って重要なんじゃないかな?読んだ本について語ってたら、思ってもみなかったようなことを思いついたりする。そういうのもまた「会話」だから生まれるもので、一人だけだったらこんなことにはなってないよな、と思います。今回出てきた本はこちらで紹介しています。📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC072『ふつうの相談』
今回は東畑開人さんの 『ふつうの相談』を紹介しました。倉下の考え方に大きな影響を与えてくれた一冊です。書誌情報* 著者* 東畑開人* 1983年東京生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学* 博士(教育学)・臨床心理士* 『心はどこへ消えた』『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』『聞く技術 聞いてもらう技術』など著作多数* 出版社* 金剛出版* 出版日* 2023/8/16基本的に、ケアの現場で働く人向けの内容であり、それも少し硬めの構成になっています。著者の一般向けの著作(『心はどこへ消えた』や『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』)に比べると、少しだけ対象読者は絞られています。それでも、難解な理論展開などはなく、理路も明晰なので、じっくり読んでいけば著者の主張は十分理解できるでしょう。また本書では、「専門的な知」と「一般的な私たちの生活」をどう接続するのかという大きな枠組みが提示されており、「知」の在りようについて興味を持っている人にも面白く読める一冊になっています。読書メモ収録前に私が作った読書メモが以下です。ポッドキャスト本編中の私(倉下)の話があまりうまくまとまっていなかったので、ここで少しだけ整理しておきます。まず、心のケアに関する学問というのがある。それは大きく学派的心理療法論と、現場的心理療法論の二つに分かれる。前者が理念的で体系的なもので、後者が実践的でやや雑多さを含むものである。この二つは、二つの極に配置されて整理されることが多い。学派的心理療法論を一番の右端とし、現場的心理療法論を左端として、左に行くほど「純粋さが薄れていく」という考え方がそれに当たる。これは冶金スキームと呼ばれる。純粋な金属が、合金に変わっていくプロセスがイメージされている形だ。この見方が、心理療法論の分野では一般的だったらしいが著者はそれに疑問を投げ掛ける。はたしてこれで十分だろうか、と。臨床の現場で働く著者は、現場にさまざまに存在している「ふつうの相談」を目撃し、その有用性を実感している。著者自身も、専門である精神分析ではない〈ふつうの相談〉を行う割合の方が多いらしい。そして、世の中に目を向ければ、そうした「ふつうの相談」は山ほどあふれ返っているし、そこで何らかの効果を上げている。冶金スキームは、そうした状況をうまく汲み取れていないのではないか。冶金スキームでは、専門性が高く純化された知の体系が至上とされ、それに劣る形で現場的な実践が位置づけられる。「ふつうの相談」はその最極端に置かれるか、むしろその外側に配置されて見えなくなってしまう。それは、臨床の現場から見ればあまりに不自然な構図であろう。よって、著者はその見方をひっくり返す新しい枠組みを提出する。それが精練スキームだ(本編中で倉下は”れんせい”と言っているが、”せいれん”の間違い)。冶金スキームでは、精神分析などの学派的心理療法論が起点となり、その純粋性が落とされる形で現場的な適用は位置づけられる。しかし、精練スキームにおいて起点になるのはふつうの相談だ。私たちが日常的に行っているふつうの相談。それが原初のケアとして位置づけられる(これがふつうの相談0と呼ばれる)。このふつうの相談0という雑多な(あるいは総合的な)ものの一部をどんどん精練していき、純化させたものが学派的心理療法論だと位置づけるのが精練スキームの主要な特徴である。ここでのポイントは、私たちは特定の学派的心理療法論ができる前からお互いにケアし合っていた、という点である。私たちは日常的に相談し、多くの問題を解決してきた。民藝ならぬ、民ケアがごく一般的に存在してきたし、それは今でも存在している。日本中、世界中にあるふつうの相談が、人間の心のケアを行っているのである。もちろん、そうしたふつうの相談では十分に対処できない問題というのはある。そうしたときに活躍するのが学派的心理療法論などの専門セクターであり、あるいは民芸セクターである。よって、これらの分野は別段対立するものではなく、担っている役割が違っているだけだ。本書の土俵の大きさはここにあるだろう。本編中では私が十分に言及できなかったが、本書は「ふつうの相談こそが一番偉いのだ」ということを言いたいわけではない。学派的心理療法論の頂点をひっくり返す、というような革命的な視点ではなく、「ふつうの相談」というより広く大きいものを巻き込むことで、さまざまな分野の「知」の在りようを統合しようという試みなのだ。「ふつうの相談」というものがさまざまな学派的心理療法論の起点になっているとすれば、各種の学派的心理療法論が断絶していたとしても(理論が持つ理念性を考えると断絶は必然的に生じる)、「ふつうの相談」を巻き込むことで、それらの根っこが見出されることになり、より包括的な"地図"が描かれることになる。それは、その分野の探索をより現実的なものにしていくだろう。ある意味で、そうした在りようはごく「ふつう」のことかのかもしれない。実践の現場にいれば、そういう統合は自然と行われるだろう。一方で、「専門家」というのは、知のタコツボに嵌まりがちであるし、それに引きずられるように師事するたちも視野が狭まっていく。その点は、私が興味を持つノウハウの分野でもまったく同じだ。何かしらの方法論を提示する人は、それ以外のやり方をまったく認めないところがある。それは理論家としては必要な姿勢だろうが、実践のレベルではさすがに視野が狭すぎる。だからこそ、「理論ではこうなっているけども、実際はこういう形で」という運用が、卑下を伴わない形で行われることが望ましいと言える。それは何かを合金しているのではない。むしろ、理論が純化を押し進めているに過ぎないのだ、と。もちろん、「ふつうの相談」だって、普通さがすれ違うところではうまくいかないことが多い。だから、「ふつうの相談」を特権的に扱ってしまえば、やっぱり不都合は起きる。その意味で、さまざま知の在りようを統合的に見るということは、何かを特権的に見るのではなく、それぞれの知の役割を見据えることで、その「処方」を適切に行えるようにする、ということだろう。本書は最後に「臨床学」という大きな枠組みを提示しているが、それと同じように私が興味関心を持っている分野もノウハウというのではなく「実践学」という大きな枠組みで整理できるのではないか、などと考えるに至った次第だ。……というような話を本編で展開しようと思っていたのですが、たぶんそんなにスムーズにはできていません。ちょっと読書会をやってみてもいいかもしれませんね。編集後記(ごりゅご)今回から編集ツールをLogic Proに変えてみています。(実験中)なんとなく、前より聞きやすくなるようにできたかな、と思うんですがどうでしょうかね? This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC071 『会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか』
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『会話の科学』について語ります。今回は、なんだか久しぶりにごりゅごが普通に本を紹介する回だった印象です。(自分の本の紹介とか、ゲスト回などが多かった)最近は、ブックカタリストで紹介する本がどんどん「今でも印象に残っている本」という方向に変化してきています。読み終えた直後におお!すごい!と感じた本ではなく、読み終えて数ヶ月経って、この本は面白かったなあ、と思えるような本を紹介しているようなイメージです。あくまでも自己評価なんですが、そういう本を紹介する方が自分の頭がきちんと整理されて、結果いい感じに紹介が出来るようになってきたような感じがします。さらに言うと、そういう本は「普通にちゃんと読書メモを残す」ことさえしていれば、ブックカタリストのためだけの準備もさほど必要なく、少ない負荷で本の紹介が出来てます。(もちろん、一冊一冊の本を読んでから、よいと思った本にはけっこうな時間と手間をかけて読書メモを残しているとは思います)読書メモさえきちんと残っていれば、読んでから数ヶ月が経過してもちゃんと「語れる」という、『アトミック・リーディング』で触れたようなことが、本当に自然に実践できるようになってきているのだなあ、ということが実感できた回でもありました。📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC070『HELP! 「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案』
今回は、オリバー・バークマンの『HELP! 「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案』を取り上げました。バークマンの本は、『限りある時間の使い方』に続いて二回目です。長く続けていると徐々にこういうかぶりも出てきますね。それもまたよしです。書誌情報* 著:オリバー・バークマン* 1975年リヴァプール出身* 『限りある時間の使い方』かんき出版 (2022/6/22)* 『ネガティブ思考こそ最高のスキル』河出書房新社 (2023/3/25)* 原題* Help !How to become slightly happier and get a bit more done* 翻訳:下隆全* 出版社:河出書房新社* 出版日:2023/4/26* 2014年8月東邦出版『HELP!最強知的"お助け"本』の改題・復刊 自己啓発は、self-enlightenmentでもあるわけですが、self-helpでもあります。その「help」から本書の原題は来ているのでしょう。 ちなみに、自己啓発でいうと『自己啓発の罠:AIに心を支配されないために』という本を以前取り上げていますが、本書の趣は少し違います。 世の中にある「自己啓発的言説」を、著者の実際の経験も交えながら批評的な切り口でばっさりやるというのが本書のテーマで、そこでは「悪しき自己啓発」がやり玉に上がっています。 一方『自己啓発の罠』は、健全な自己啓発が持つ危険性を指摘するもので(フーコー的なまなざしです)、「悪しき自己啓発」ではないものがやり玉にあがっています。批判の観点が異なるわけです。 とは言え、この二つのまなざしは重ねることができるのかもしれません。 本書のメッセージは原題の副題(slightly happier and get a bit more done)にもあるように、今よりも少しだけ幸福に近づけたり、できることが増えたすることを目指す、というものです。完全な幸福や無限の生産性に近づくものではありません。そういう幻想を追い続けると、結果的に幸福ではなくなってしまう、という観点がさまざま形で語られています。 でもってそれは、「健全な自己啓発」であっても、それを突き詰めてしまえば上記のような「反-幸福」につながってしまうとは言えるでしょう。つまり、あからさまな「悪しき自己啓発」ではないものだったとしても、何もかもを完全にコントロールし、理想的な自我の形に近づいてかなければならない、というような思いに囚わているのだとしたら、それは完全にオーバーコントロールになり、人間が持つ自由さや矛盾性を抑圧する結果になりかねないというわけです。 結果的に、「健全な自己啓発」であってもほどほどに留めておく必要があり、逆に言えばそれがほどほどに留まっている間ならば、人間にとって好ましい効用をもたらしてくれるのではないか、という風に考えられます。 つまり、「悪しき自己啓発」を退ける上でも、「健全な自己啓発」がもたらす危うさと距離を置くためにも、「ほどほどマインドセット」が大切だ、という風に二つのまなざしが重ねられるわけです。 ちなみに本編では上記のような話はせずに、本書から特に面白かった項目を紹介していますので、興味があればぜひ本編をお聴きください。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC069 『アトミック・リーディング』
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『アトミック・リーディング』について語ります。『アトミック・リーディング』(内容紹介)今回紹介する本は、去年ごりゅごが書いた本『アトミック・シンキング』の続編的な内容のものです。(去年書いた本の紹介はこちら→BC044 『アトミック・シンキング: 書いて考える、ノートと思考の整理術』)去年書いた本の中で一番反応が多かった「読書と書くこと」についてをより深めた、という感じの内容です。と同時に、この本を書いた理由と言うのは世の中でよく見かける「速読」「多読」「コスパ」「タイパ」みたいな用語に対するアンチテーゼ的な思いもたくさん込めています。そして、こうやって自分が思ってたことを本にぶつけると、自分の感情が書くことによって整理されるからなのか「不満」「怒り」みたいなものは見事に消え去って、同時に本の中身も「丸く」なっていきます。Kill 'Em All コスパ・タイパ、とか思ってても、そのSt.AngerがBatteryになって執筆が進み、書き終えればPurifyされるのです。メタリカを思いだして適当なことを書いてしまいましたが「書くことで気持ちが整理される」という効果が、ノートを書くという小さな単位だけで起こるのではなく、本を書くというわりと規模の大きなことでも自分に起こったということ。自分自身の体験としてこの感情の変化を実感できたのは、とても興味深いものでした。そう考えると、やはり今の自分が安定した気持ちで生きていくことができているのは「書いている」からなんだろうなあ。そういえばもっと若い頃は世の中のいろんなことに対して意味もなく不満をぶちまけていたなあ、ということを思いだしたりもしました。この本を通じて、より多くの人に「書く」ことの効果を実感していただけたら嬉しいです。(読書の本なのに今回もテーマは「書く」ことです)『アトミック・リーディング』(はじめに、などをこちらからご覧いただきます) This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC068「忘却と知的生産」
今回のテーマは「忘却と知的生産」。以下の二冊の本を題材に、知的生産において「忘れる」ことがいかに大切なのかを考えてみます。* 『まちがえる脳 (岩波新書 新赤版 1972)』* 『忘却の整理学 (ちくま文庫 と-1-10)』Scrapboxのページは以下。◇ブックカタリストBC068用メモ - 倉下忠憲の発想工房書誌情報* 『まちがえる脳 (岩波新書 新赤版 1972)』* 著者* 櫻井芳雄* 出版社* 岩波書店* 出版日* 2023/4/24* 内容紹介* 人はまちがえる。それは、どんなにがんばっても、脳がまちがいを生み出すような情報処理を行っているから。しかし脳がまちがえるからこそ、わたしたちは新たなアイデアを創造し、高次機能を実現し、損傷から回復する。そのような脳の実態と特性を、最新の研究成果をふまえて解説。心とは何か、人間とは何かに迫る。* 目次* はじめに* 序章 人は必ずまちがえる* 第1章 サイコロを振って伝えている?──いい加減な信号伝達* 第2章 まちがえるから役に立つ──創造、高次機能、機能回復* 第3章 単なる精密機械ではない──変革をもたらす新事実* 第4章 迷信を超えて──脳の実態に迫るために* おわりに* 『忘却の整理学 (ちくま文庫 と-1-10)』* 著者* 外山滋比古* 出版社* 筑摩書房* 出版日* 2023/3/13* 内容紹介* 驚愕の270万部突破、時代を超える〈知のバイブル〉『思考の整理学』の続編、待望の文庫化!* 「忘れる」ことはイケないこと、それはとんでもない勘違いだった……〈忘却〉はあなたにとって最大の武器だ!* 目次* Ⅰ* 忘却とは* 選択的記憶と選択的忘却* 忘却は内助の功* 記憶の変化・変貌* 入れたら出す* 知的メタボリック症候群* 思考力のリハビリ* 記憶と忘却で編集される過去* ハイブリッド思考* Ⅱ* 空腹時の頭はフル回転* 思考に最適 三上・三中* 感情のガス抜き* 風を入れる* カタルシスは忘却* スクリーニングが個性を作る* 継続の危険性* 解釈の味方* Ⅲ* よく遊びよく学べ* 一夜漬けの功罪* メモはしないほうが良い* 思い出はみな美しい* ひとつでは多すぎる* 〝絶対語感〞と三つ子の魂* 無敵は大敵* 頭の働きを良くする脳とコンピュータ全体を通して言いたいことはたった一つです。脳とコンピュータは違った器官/機械である。ただこれだけ。違った器官なのですから、比較しても仕方がないでしょう。ラグビーと日本舞踊のどちらが優れているかを比較しても意味がありません。にもかかわらず、あたかも脳とコンピュータが同じようなものであると捉えられ、その上コンピュータの能力を起点として、脳の性能が劣っているかのように語られるのは物事の価値基準が大きく歪んでいると言わざるを得ません(これは最近環読プロジェクトで読み進めている『人を賢くする道具』と問題意識が共通しています)。たしかに脳は、コンピュータに比べれば「忘れっぽい」と言えるでしょう。それは脳が無意識で情報処理を行ってくれているから起きることであり、そうした情報処理があるからこそ私たちは高次の処理に向かえるのです。知的生産においては「忘れるためにメモする」という観点があって、これも間違いなく重要なのですが、ここで考えているのはもっと積極的な忘却の肯定です。情報を事細かく正確に覚えることを是とするような価値観からの反転とも言えるかもしれません。たとえば正確な記憶が重要であれば、このブックカタリストは読み終えた直後の本を紹介するのがベストでしょう。しかし、私はそういうやり方にはなっていません(たぶんごりゅごさんも同じでしょう)。結構時間が経ってから、それこそ細かい部分を結構忘れてしまってから本を紹介する準備を始めるようなところがあります。その方がうまくいく感じがあるのです。このことが感覚的に肯定できるならば、それは「正確な記憶が一番重要なものである」という価値観ではないものを持っていると言えるでしょう。「正確な記憶が一番重要なものである」という価値観だと、ともかく情報を集めることに注力してしまうはずです。しかし、それは精神的な健康面でもよくないことでしょうし、その人なりの考えを持った表現(エクスプレッション)をする上でも弊害があると考えます。当たり前ですが、正確な記録が重要ではない、という話をしたいわけではありません。そういうものはすべてコンピュータに任せればいいのです。そうなったとき、じゃあこの私の脳はいったい何をするのか。それを考える上で、「忘却」というのは一つの鍵を握っているのだと思います。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC067『逆境に負けない 学校DX物語』
今回はゲスト回です。『逆境に負けない 学校DX物語』の著者である魚住惇さんをお招きして、本に関するお話をお聞きしました。書誌情報* 著者* 魚住 惇(うおずみ・じゅん)* Twitter:@jun3010me* Blog:さおとめらいふ – 魚住惇のブログ* Substack:こだわりらいふ Newsletter* プロフィール:* 1986年愛知県春日井市生まれ。* 日本福祉大学を卒業後、期限付任用講師、非常勤講師、塾講師を経て2015年より愛知県立高等学校の情報科教諭となる。iPadとHHKBが大好き。iPadはProモデルを毎年買い替える。趣味は珈琲と読書とサーバーいじり。WordPressの勉強として大学時代から書き続けているブログ「さおとめらいふ」は15年目を迎え、2021年からは Newsletter「こだわりらいふ」を毎週水曜日に配信している。* 出版社* 学事出版 * 出版日* 2023/6/2* 目次* 序章-魚住はこうして嫌われた* 第1章 なぜ、学校DXが必要なのか* 第2章 できそうなところから導入を試みる* 第3章 まずはここからDX* 第4章 やっとここまでDX* 第5章 なぜDXが進まないのかGIGAスクール構想GIGAスクール構想については「名前だけ知っている」くらいの状態だったので、この機会にちょっと調べてみました。◇GIGAスクール構想の実現について:文部科学省文部科学大臣メッセージの「子供たち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育 ICT 環境の実現に向けて」というPDFが上のサイトからダウンロードできます。1人1台端末環境は、もはや令和の時代における学校の「スタンダード」であり、特別なことではありません。これまでの我が国の 150 年に及ぶ教育実践の蓄積の上に、最先端の ICT 教育を取り入れ、これまでの実践と ICT とのベストミックスを図っていくことにより、これからの学校教育は劇的に変わります。この新たな教育の技術革新は、多様な子供たちを誰一人取り残すことのない公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものであり、特別な支援が必要な子供たちの可能性も大きく広げるものです。また、1人1台端末の整備と併せて、統合型校務支援システムをはじめとした ICT の導入・運用を加速していくことで、授業準備や成績処理等の負担軽減にも資するものであり、学校における働き方改革にもつなげていきます。全体として素晴らしいメッセージが込められていると思います。まず教育においては、画一的な教育の提供ではなくそれぞれの子どもに合った方法を提供できるようになること。それこそ教室に行けない子どもであっても自宅で学習ができるようになる環境を提供できることは、デジタルツールを通して授業を行うからこそ実現できることでしょう。また社会に出れば、デジタル端末を使い、情報を操作する場面が避け難く出てきます。それは仕事の場面だけでなく生活の隅々にまで顔をのぞかせるはずです。デジタル端末を扱うことは特別なものではなく、日常的なものである。そうした視点で教育環境も再構築していくことには利点も多いでしょう。そして、「創造性を育む」学びです。デジタル端末を使うことでどうやってその学びが育まれるのかはこのメッセージからでは見えてきませんが、そうした素養が重要だと認識されていることは大切でしょう。さらに教育以外でも教員の負担軽減にも言及されています。忙しすぎる先生の問題はよく見聞きしますし、ICTの導入によってそれが解決するならば万万歳です。というわけで、基本的に前向きで評価できるメッセージなわけですが、一点だけ気にかかることがあります。「これまでの我が国の 150 年に及ぶ教育実践の蓄積の上に、最先端の ICT 教育を取り入れ、これまでの実践と ICT とのベストミックスを図っていくこと」もちろん、これまでの蓄積を無視するのはもったいないものです。またこの文言によってそれまでの教育方針に自負を持つ先生方を置き去りにしないよ、という心意気も添えられているのだとは思います。しかし、上記のような「ベストミックス」は、一歩間違えれば二階建ての建物に無理やり三階を増改築するみたいなことになりかねません。たいへんいびつで不安定な建物になってしまうのです。そうなると、だったらゼロから作ったほうが早いとなるわけですがそうなると疎外される人たちが出てきて侃々諤々の争いが勃発します。既存の知見をベースに新しい技術を導入するというのは、一つの創造的な営みです。それは間違いなくクリエイティブな仕事なのです。「ベストミックス」という表現では、ちょっと混ぜたらうまくいくんじゃないみたいな感覚が生まれてしまいますが、そんなに簡単なものではないでしょう。でもって、学校という現場においてそういうクリエイティブな営みがどれだけ可能なのか、というのが私が一番引っかかったところです。クリエイティブな営みはそれにてきした土壌が必要で、その土壌を育んでいなければなかなか花咲かせることは難しいでしょう。ファーストペンギンの悲劇 というわけで、著者の魚住先生は侃々諤々ストリームに巻き込まれてしまったわけですが、これはもう避け難いことだったのでしょう。ゆっくり進めば波風が立たなかった物事でも、その変化の角度が急激になれば、一気に慌ただしくなります。人間の心には慣れが必要で、慣れには時間が必要だからです。もちろん、その他もろもろの環境的な要因もあったと思います。管理する人がどういう人なのか、改革を担った人がどういう立ち回りをしたのかも影響を与えます。しかし、そうしたものもやっぱり時間というパラメータが強く影響しています。だからまあ──当人には申し訳ないのですが──これはもうしょーがないのだなと思いました。あるいは「しょーがないと思うしかない」くらいが正確なのかもしれません。なんであれ、魚住先生がファーストペンギンになったことで、たしかに変化が起きたことが重要です。一つの土壌が、あるいはそのための種が蒔かれたのだと言えます。あとはそこからどんな芽がはえてくるのか。それは時間をかけて見守るしかありません。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe