BC080『観光客の哲学』と『哲学の門前』から考える読書について
2024年一発目の配信です(収録は去年行われました)。今回は倉下が『ゲンロン0 観光客の哲学』と『哲学の門前』の二冊を取り上げ、それぞれのエッセンスを通して「本を読むこと」について考えるという構成になっております。最初に結論を述べておくと、専門家ではない僕たちは自らの興味に沿って、なかば偶発的に本を読んでいけばいいんじゃね、という話です。配信に使用したメモは以下のページからご覧いただけます。◇ブックカタリストBC080用メモ - 倉下忠憲の発想工房観光客の哲学観光客とは何か、あるいは観光客の哲学とは何か、というのは本編で扱っているのでそちらをお聞き頂くとして、やはり重要なのは人間は「動物的」なものと「人間的」なものの二層でできているという視点でしょう。そうした二層構造は、去年の『ふつうの相談』でも触れた二極の話にも通じます。で、私たち市民が本を読む理由は、学問的探求心という「立派/真面目/理性的」なものばかりでなく、流行っているからとか、有名人が言及していたからとか、たまたま自分の生活に関係する話題だったからとか、賢そうに見られたいという知的な背伸びだったりとか、そういう「卑近/ふまじめ/偶然的」なものだったりするわけです。現代の思想や哲学が、「卑近/ふまじめ/偶然的」なものをうまく扱えてこなかったのと同じように、「真面目な読書術」でも、そうしたふまじめな読書はあたかも存在しない、あるいはあってはならないことだと扱われていたのではないでしょうか。教養的読書の強要。でも、別にそういうふまじめな読書でいいのだと思います。観光客的に、物見遊山的にアカデミックの知見に触れてみる。そうして日常生活に帰っていく。たぶん、それだけでのことでも変わる風景があるでしょう。自分の知識が増えるといったことだけでなく、その分野への"親近感"が変わってくるなんてこともありそうです。そのようなカジュアルな親しみ方が許容されたとき、本を読むことははじめて市民に開かれたものになるはずです。哲学の門前入門/門前の構図も同じです。私たちは、日常生活の中で(あるいはそこで生じる苦難との遭遇において)哲学的・文学的な問いに直面することがあります。その意味で、私たちは誰しもが潜在的に哲学者です。いろいろ考えて、自分なりの意見を持つこともあるでしょう。門前の哲学者です。一方で、その気概から「哲学入門」などを手に取ってみると、物の見事に弾き返されます。私は大学生のときに、ヘーゲル の『哲学入門』を手に取ったことがあるのですが、ページの始まりから終わりまでずっと「この人はいったい何を言っているのだろうか」という気分になっていました。でもまあ、そんなものです。別にそれでいいのです。そうやってやっぱり無理だと思って引き返し、しばらくしたらまた挑戦する。そんな感じで前に進んでいるのかどうかすらわからないままに、その対象と関係を結んでいく。いつまでたっても入門できたような気すらしない。そんなあやふやな関係があっても市民的な生活において困ることはありません。非常に不真面目な態度でありながら、その裏返しとしての粘り強さがあります。たぶんここでのポイントは、「いつまでたってもわかった気がしない」という入門以前の気概が維持されていることでしょう。もし、「わかった」つもりになってしまえば、その人は容易に知識の穴にはまりこみます。そんなに簡単にわかるわけはないので、何かを勘違いしているのに、そのことに気がついていないのです(ちなみに、陰謀論に嵌まっている人は皆"真実"を確信している節がありますね)。観光客に引きつけて言えば、観光客はその距離感を持って維持されている状態が大切で、あたかも「ウチ」にいると勘違いしてしまうと、そこに生まれたはずの力学が消えてしまうのでしょう。門外漢(ここでも門が出てきますね)のマインドセットをキープしておくこと。たぶんそれがポイントです。というわけで皆さんも、自分の専門ではない分野の本を、観光客として(あるいは門前の小僧として)読んでいこうではありませんか。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC079「2023年の振り返り(後半)」
前回に引き続いて、今年一年の配信の振り返りです。◇2023年ブックカタリスト配信リスト - BCBookReadingCircle上記ページの「----half---」より下の回を振り返ります。当記事では、倉下視点でのトータルの振り返りを。リアルなものの復興・二重構造まず『言語はこうして生まれる』および『会話の科学』で、私たちのリアルで日常的な会話の重要性が回復されました。理論的に整ったものが「本質」ではなく、雑多で即興的なやりとりこそが言語の中心的な意義であると確認されたわけです。その上で、『ふつうの相談』の構図が立ち上がります。論理的に整ったものや体系的なものは、ある特殊な状態を先鋭化させたものであり、そうした研究にはたしかに意義がある。しかし、私たちのリアルはもっと柔軟で雑多なものであり、その両方が行き来すると豊かな状態がやってくるであろう、という見立て。つまり、どちらか一つを選択するのではなく、その両方を織り込んだ大きな地図を著者は描いて見せました。同じ視点を採用すると、『習慣と脳の科学』『Remember 記憶の科学』『まちがえる脳』 『忘却の整理学』で確認したように、二重の要素が構造を支えている形が浮かび上がります。身体的・習慣的なもので固定的なものに対応する能力と、言語的・観念的なもので変化に対応する能力。覚えることと、忘れること。どちらも相反する能力が、一つの系(システム)の中に存在し、それぞれが協調的に働くことで大きな成果を達成しているわけです「どちらか一つを選ぶという選択ではなく、その両方を織り込んだ地図を描く」その意味では、「悪意」もゼロイチで考えるのではなく適切に運用することが重要でしょうし、「頭の中のひとりごと」も完全に抑制するというよりは、暴走を抑制し、うまく使えるように導くことが大切になるでしょう。「積読か再読か」という選択も実際は無意味で、その両方をどう営んでいくのか、という視点が必要になりますようするに、単一の原理こそが「唯一の答え」であり、それ以外はすべて間違いという狭い観点から抜け出て、どのようにして複数の原理を運用していくのかという考えの方向性が見えてきたのが今年一年の読書でした。読書の深まりと広がり同じように、本の読み方・選び方についても二重の要素が考えられます。一つは、専門分野・興味を持っている分野について重点的に読んでいくスタイル。似たような新書を複数冊読むことや同じ本を再読することも、ここに加えられるでしょう。そうした読書では、自分の脳内にある知識の網(あるいはconceptのnetwork)をより密にしていく効果が期待できます。理解を深める読書、と端的にまとめられます。もう一つのスタイルが、その時点の自分の専門分野や興味の外側にある対象について読んでいくスタイルです。実際は、完全な外部についてはそういう本があるということすら認識できないでしょうから、「外周ぎりぎりにある本」がよい塩梅でしょう。そうした本は、「これを読めば、〜〜に役立つ」と確信的なことは何も言えません。それが言えないものを「外部」と呼ぶからです。そうした本を読むときに必要になるのは、言うまでもなく知的好奇心です(あるいは、虚栄心ということもあります)。そうした心の動きがなければ、確信がない本を読むという行為はまず起こらないでしょう。で、知的好奇心に駆動されて「外側」の本を読むと、思いも寄らなかった対象と知識の網がつながることが起こります。単純に言えば、知識の網が大きくなるのです。これを、理解を広げる読書とまとめておきましょう。必要なのは、この二つのタイプの読書のどちらか一つを選ぶのではなく、必要に応じてどちらも使っていくことです。深めることと、広げることの両方を行うのです。そうすれば、うまい具合に知識の網を整備していけることでしょう。もちろん、上記とはぜんぜん違った形の「読書」がありうることは間違いありません(でなければ、結局単一の原理に還元していることになります)。ただし、ある種の知的なあこがれに向かっていく読書の場合は、そうした読み方・選び方は意識しておいた方がよさそうです。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC078「2023年の振り返り(前半)」
毎年恒例になりつつある、今年の配信の振り返りです。配信のリストは以下にまとめてありますので、ご覧ください。今回はこの上半分を振り返りました。◇2023年ブックカタリスト配信リスト - BCBookReadingCircleとりあえず、今年一年も大きなトラブルなく続けることができました。おそらく一番の成果がそれでしょう。これもひとえにいつもご視聴くださっている皆様、そしてご支援下さっているサポーターの皆様のおかげです。ありがとうございます。振り返りの意義倉下は記録魔ではありますが、振り返り魔ではありません。どちらかと言えば、振り返っている暇があるなら、少しでも何かを前に進めたいという前進主義者と言えるでしょう。そんな私であっても、こうして折りに触れて振り返ることの意義を感じています。たとえば、今年一年自分がどんな本を読んできたのかという「ヒストリー」をまず忘れています。これはもう、ほんとうに驚くぐらいに忘れています。何冊かは思い出せる本はありますが、それ以外は覚えていないことすら認識できていない状態です。もちろんそんな状態では、本の中身など推して知るべしです。人間の記憶などそんなものですし、だから「本」という固定した情報媒体に意味があるわけです。読書メモを作るのも同じです。覚えるためというよりは、忘れてしまったときに(少しだけでも)取り戻せる意義が読書メモにはあります。もう一つ面白いのは、自分の読書記録を振り返ることで、本を読んでいたときには気がつかなかった「全体像」に気がつけることです。たとえば、自分が興味を持っているテーマの傾向というのは、「一冊の本」に注目しているだけではまず見えてきません。何冊かの記録を並べるからこそ見出せるパターンがそこにはあるわけです。また、いろいろ読んでいるうちに「あの話とこの話はつながっているな」と気がつけることがあります。もっと言えば「よくよく考えてみれば、この二つは接続しているぞ」と発見するのです。一度発見した後ならば、その二つのつながりはあまりにも自明なのですが、読んだ本のことをすっかり忘れている状態では、そのつながりは見つけ出せません。そうした接続によって生成される全体像は、行為の最中よりもむしろ時間置いた振り返りの中でこそ見出せるものです。その意味で、自分の読書の経験をより広げたり深めたりするために、振り返りは役立つのです。年報作り読書において再読が重要であるのと同じように、自分の経験も「再読」することが大切です。特に、毎日をくり返しのパターンに置いているときほど、一度そのパターンから抜け出し、「目の前の一日」よりも少し高い視点で自分の活動を振り返ってみることの意義は高まるでしょう。ただし、ただ振り返るだけではモチベーションがあがりにくいものです。そこで「日報」ならぬ「年報」を自分宛に(来年の自分が読むくらいをイメージして)書いてみるのがよいでしょう。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC077『言語はこうして生まれる』
前回に続いて今回も二人共が読了した本です。『言語はこうして生まれる』紹介しようしようと思いながら、なかなか全体がまとめきれないので時間がかかってしまいました。非常にエキサイティングで、抜群に知的好奇心が刺激される一冊です。書誌情報* 原題* 『THE LANGUAGE GAME:How Improvisation Created Language and Changed the World』* 著者* モーテン・H・クリスチャンセン* デンマークの認知科学者* 米コーネル大学のウィリアム・R・ケナンJr.心理学教授* オーフス大学言語認知科学の教授* ニック・チェイター* イギリスの認知科学者・行動科学者* 『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学 (講談社選書メチエ)』* 翻訳* 塩原通緒(しおばらみちお)* 『暴力の人類史』など* 出版社 * 新潮社* 出版日* 2022/11/24* 目次* 序章 世界を変えた偶然の発明* 第1章 言語はジェスチャーゲーム* 第2章 言語のはかなさ* 第3章 意味の耐えられない軽さ* 第4章 カオスの果ての言語秩序* 第5章 生物学的進化なくして言語の進化はありえるか* 第6章 互いの足跡をたどる* 第7章 際限なく発展するきわめて美しいもの* 第8章 良循環――脳、文化、言語* 終章 言語は人類を特異点から救う 相手に何かを伝えるため、人間は即興で言葉を生みだす。それは互いにヒントを与えあうジェスチャーゲーム(言葉当て遊び)のようなものだ。ゲームが繰り返されるたびに、言葉は単純化され、様式化され、やがて言語の体系が生まれる。神経科学や認知心理学などの知見と30年におよぶ共同研究から導きだされた最新の言語論。複雑な眼差し倉下が作った読書メモは以下です。◇ブックカタリストBC077用メモ - 倉下忠憲の発想工房本が興味深いのは、提示される捉え方が実に複雑な点です。たとえば、言語は遺伝子由来という見方を否定します。しかし、遺伝子がまったく無関係ともいいません。人間の生物的な限界(もちろんそれは遺伝子によって規定される)に晒されながら、その人間が使える形で言語は生み出され、また変化していく。そうした言語の変化もまた、遺伝子の自然淘汰に影響を与える。二つの要素が考慮されています。また、言語が「即興」のジェスチャーゲームであるにしても、そのゲームが「繰り返される」ことで一定の様式や秩序を獲得していく流れが提示されます。即興というのは、「その場限り」や「一度きりの」というニュアンスがあるわけですが、それが繰り返されることで別様に変化していく。ここでは一見するとアンビバレントな要素が組み合わされて新しい概念が生成されています。実に面白いですね。全体的に、トップダウンの言語生成を否定し、ボトムアップの進化論的言語観が提示されている本書ですが、その射程は幅広く、枝葉がつながる他の本がいくつも見つかりそうです。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC076 『音律と音階の科学 新装版 ドレミ…はどのように生まれたか (ブルーバックス)』
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『音律と音階の科学 新装版 ドレミ…はどのように生まれたか (ブルーバックス)』について語りました。今回は、ごりゅごが5月にギターを始めてから、約半年で学んだ「音楽の面白さ」の集大成みたいな話をしました。「音楽の上達」を目指してギターを独学する体験を通じて、ブックカタリストのように「本を読んで何かを語る」というものとはまた違う、新しい「学び方」を知ることができています。一般的に読書という行為には、肉体的な技能の重要性はほとんどありません。このジャンルの「学び方」は、これまでにけっこういろいろな本を読んで学んできましたが、ギターを弾くみたいな、肉体的な技能を身に付ける方法はきちんと考えたことがありませんでした。ただ、ギターの練習を通じてわかったのは、こうした技能の上達においても、今まで学んできたような「学び方」は十分に応用できる、ということだったのです。そもそも、たとえばギターを練習するという場合に、なにを「練習」すればいいのか。楽譜を手に入れて、音楽を聴いて、でてくるフレーズがスムーズに演奏できるようにすることは「練習」なんだろうか?結局どんな練習も「きちんと考える」ことが超重要で、それこそが今自分が考える「大人の趣味理論」のコアになる部分なんだろうということもわかりました。かつての自分は「うまく体を動かす」ことばかり注目していたんですが、そもそも「理想の動かし方」をわかる重要性を理解していなかった。特に音楽(アドリブ演奏)の場合は、音楽を聴いてリアルタイムに「こういう音を出したいと考えることができること」それと同時に「この音を出したい時にどうやって体を動かせばいいのか」がわかること。これができるようになって、自分のやりたい「演奏」ができるようになるんじゃないか。そういうことが、すこしわかってきたような感じがしています。そして、この話は今回本編で話した内容とはほとんどなにも関係がありません。今回の話は、是非五度圏の図を見ながら聞いていただけるともう一段階楽しめると思います。→五度圏 - Google 検索(画像検索)今回出てきた本はこちらで紹介しています。📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC075『悪意の科学: 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』
今回は、倉下とごりゅごさんが両方とも読んでいる本だったので、二人で語り合う形になりました。とりあげたのは、『悪意の科学』です。書誌情報* 著者* サイモン・マッカーシー=ジョーンズ* ダブリン大学トリニティ・カレッジの臨床心理学と神経心理学の准教授。* 翻訳* プレシ南日子* アレックス・バーザ『狂気の科学者たち』* サンドラ・アーモット&サム・ワン『最新脳科学で読み解く0歳からの子育て』など* 出版社* インターシフト* 出版日* 2023/1/24* 目次* はじめに・・人間は4つの顔をもつ* 第1章・・たとえ損しても意地悪をしたくなる* 第2章・・支配に抗する悪意* 第3章・・他者を支配するための悪意* 第4章・・悪意と罰が進化したわけ* 第5章・・理性に逆らっても自由でありたい* 第6章・・悪意は政治を動かす* 第7章・・神聖な価値と悪意* おわりに・・悪意をコントロールする倉下は2023年2月に一旦読了し、この配信のために読書メモをつけながらもう一度読みました。簡単な読書メモは以下のページをどうぞ。◇ブックカタリストBC075用メモ - 倉下忠憲の発想工房以下では、本書のさわりをざっと確認します。悪意について狭義の「悪意」は、「悪意のある行動とは、他者を傷付け害を与え、かつその過程で自分にも害が及ぶ行動」(心理学者デヴィッド・マーカ)で、もう少し広く意味を取ると「自分の利益につながらないにもかかわらず、他者に害を与えるためにする行動」も含まれる。これらの定義により、敵対的行動やサディスティックな行動とは区別される。また、人間の行動をコストと利益から考えると以下の四つの区分が可能。* 協力行動* 共に利益をもたらす* 利己的行動* 自分だけが利益を得るように* 利他的行動* 自分がコストを負担して他者に利益を与える* 悪意のある行動* 自己と他者の沿うほうに害を及ぼす行動この4つめの行動に注目しようというのが本書のテーマ。悪意の合理性ではなぜ悪意に注目するのか。それは、人類は協力によって文明を前に進めてきたから。にもかかわらず悪意ある行動は、その協力関係を弱めてしまうように思われる。進化論的な観点で言えば、そのような生存に貢献しない性質は淘汰されていてもおかしくない。これをどう考えるのか。もちろん、進化論的に考えれば、「そこには何かしらの合理性があったからだ」というのが仮説になる。その仮説的観点を、さまざまな角度から検討していくのが本書の大きな内容。悪意が生じる理由と共に、その「機能」についても注目していく。各章で面白い話が多いが、全体を通して感じるのは、私たち人間は生物的に「悪意」の元となる感情の働きを持ってしまっている、ということ。そして、その働きは現代まで悪意が生き残っていたことが示すように、一定の(そして有用な)機能を持つ、ということ。その意味で、悪意を完全に捨て去ることが最上である、という考え方はそのまま素直に信じないほうが良い。むしろ「いかに悪意とつき合うべきか」という問いの方が現実的かつ実際的であろう。どのような状態や環境なら悪意が発露されやすく、またどんな悪影響が起こりうるのか。それを踏まえた上で、どう悪意を「使っていく」のか。そうした判断ができるようになれば、悪意に振り回されないようになるだろう。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC074『ロギング仕事術』
今回は、倉下の直近の新著『ロギング仕事術』を著者自身が紹介しました。本の内容の直接的な紹介というよりは、この本の背後にあった想いを多めに語っております。本の主題「記録をしながら、仕事をしよう」という新しいワークスタイルを提案しています。そのワークスタイルによって、* 行為実行中の注意の舵が取れるようになる(短期の効能)* 情報が保存され、再利用可能になる(中期の効能)* 「考える」が起こりやすくなる(長期の効能)といった「うれしいこと」が起こりやすくなります。倉下が考えるに、この「うれしいこと」は現代において切実にその必要性が高まっている要素です。なので、仕事のやり方を変えたい、仕事をもっとうまく進められるようになりたいという方は、ぜひ「記録をしながら、仕事をする」をやってみてください。三つの想い:その1で、本書では実用性を主軸において、倉下特有の理屈めいた話はまるっと抜いておりますが、三つの考えたことが背景にあります。一つは「原初のライフハック」としての記録です。さまざまなライフハックを見てきましたが、「記録すること」を使わないものなどほとんどありません。特に何かしらの効果を上げているものは皆一様に「記録をどう使うか」という点を持っています。最終的にできあがるノウハウの形が違うのは、どのような記録を、どんな風に残すかという点が違っているからです。それが違うのは当然でしょう。それぞれの人が違った傾向を持っているからです。むしろ、そうした形の違うメソッドが出てくること自体が、「ライフハック的」だと言えます。ライフハックは、原理主義というよりはブリコラージュのマインドセットがあるものなのです。そこで本書では、あらゆる記録の起点となるようなベーシックなスタイルを提案しました。この記録から始めて、あとは個人の趣味嗜好に合わせてアレンジしてけば、最終的に「その人の方法」になるような、そんなテンプレート/フレームワーク感のあるノウハウをセットアップした次第です。この思想を支えているのは、「たいそうな方法でなくてもよい。当たり前の方法で構わない(むしろその方がよい)という観点です。おどろきを感じるような、斬新な「方法」があれば、自分が抱えている問題をまるっと解決してくれるような気がしますが、それは幻想です。むしろ、他の人がごく当たり前に利用している方法を、自分の中にも(自分なりの形で)定着化させることが、一番まっとうなルートです。というか、それ以外にはない、とすら言えるかもしれません。当たり前の、ライフハックを。それが2020年代のライフハック観です。三つの想い:その2二つ目は、「考えるを取り戻す」です。非常に大雑把な話になりますが、他人を「管理」したければ相手に考えさせないのが一番です。そうして「言う通りに」行動させれば、管理の手間は最小化します。逆に言えば、そうした状態のとき、自分は「考える」という行為を剥奪されているわけです。それって、ほんとうに好ましいのでしょうか。また、適切に「仕事」をするためには、どうしてもいろいろ考えなければなりません。毎日がまったく同じ動作だけで成立する仕事ならばそれでもいいでしょうが、手順ややり方を改良していくことは仕事の質を向上させる上でも必要ですし、「なんのための仕事か」といったことを考えることは、成果の方向性を定めるのにも有効です。そうやって考えることをしていると──管理の方向性に逆らうことになるので──面倒なことも起きてくるわけですが、それでも5年、10年のスパンで捉えたときに、そうした思考の有無は大きな違いを生むだろうと思います。さらに言えば、組織的な管理とは別の意味で、私たちは「考える」を奪われつつあります。速度反応を求める昨今情報環境のせいです。「考える」ためには、少なくとも時間と注意が必要です。刹那的に反応を繰り返しているだけでは「考える」ことはできません。情報機器、ITツールなどを無防備に使っていれば、どんどんその「考える」機会が喪失されていくでしょう。自分の手で記録を書く、という行為はほとんど無理やりにその時間と注意を取り戻させてくれます。むしろ、そこまでしないと確保すら難しいというのが現代なのかもしれません。三つの想い:その3最後の三つ目が、「自分を知る」です。倉下がセルフ・スタディーズ(自分の研究)と呼んでいるものです。最新の情報や世界の動向にどれだけ詳しくても「自分がどんな人間であるのか」が分かっていなければ、人生の決定は難しく、また下した決定に納得感を得るのは難しいでしょう。そこまで大げさな話でなくても、「どんな情報整理ツールを使ったら嬉しいか」ということも、自分についての理解が浅いとまったく決められません。そういうときほど、他人の欲望に影響を受けやすくもなってきます。で、混乱が深まっていくわけです。選択肢が多い時代であればあるほど、自分のことをわかっておくことの有用性は高まります。自分はどんな人間であって、どんな人間ではないのか。そんな当たり前のように思えることですら、私たちはよく知っていないのです。だからこそ、自分の記録を残すのです。「自分の研究」ためのフィールドワークのようなものです。よく観察し、ときには質問し、その結果から分析を行うのです。その価値は、ほんとうにもっとずっと後になって、じわじわと実感されることでしょう。おそらく最強の「コスパ」はここにあります。さいごにというようなことを背後に考えながら、それでも「実用性」を一番念頭において『ロギング仕事術』を書きました。よろしければ読んでみてください。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC073『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション (光文社新書)』
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション (光文社新書)』について語ります。今回は、前回の『会話の哲学』つながりというか、科学で考えた「会話」を、哲学の方面でも考えてみよう、みたいなのがメインテーマです。最近のブックカタリストは、本編での「対話」によって、事前準備とはまったく違う新しい思いつきがたくさん出てくるようになり、これまで以上に収録が非常に面白いものになってきています。たとえば「規範的である」ことが人間関係に動影響するのか。この辺の話は事前に準備していたものでなく、話してる流れで自然に出てきたものです。「あえて規範的でない行動をすること」ってたしかに人が仲よくなるためには大きな作用なのかもしれないよね。いい子ちゃん同士では確かに人間関係って上っ面だけになりがちで「腹を割る」って規範を破ることなのかもしれないよね。さらに、我々が心地よく生きていけるようになるためには、そういう規範的でない行動、発言が許されるような場所って重要なんじゃないかな?読んだ本について語ってたら、思ってもみなかったようなことを思いついたりする。そういうのもまた「会話」だから生まれるもので、一人だけだったらこんなことにはなってないよな、と思います。今回出てきた本はこちらで紹介しています。📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC072『ふつうの相談』
今回は東畑開人さんの 『ふつうの相談』を紹介しました。倉下の考え方に大きな影響を与えてくれた一冊です。書誌情報* 著者* 東畑開人* 1983年東京生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学* 博士(教育学)・臨床心理士* 『心はどこへ消えた』『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』『聞く技術 聞いてもらう技術』など著作多数* 出版社* 金剛出版* 出版日* 2023/8/16基本的に、ケアの現場で働く人向けの内容であり、それも少し硬めの構成になっています。著者の一般向けの著作(『心はどこへ消えた』や『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』)に比べると、少しだけ対象読者は絞られています。それでも、難解な理論展開などはなく、理路も明晰なので、じっくり読んでいけば著者の主張は十分理解できるでしょう。また本書では、「専門的な知」と「一般的な私たちの生活」をどう接続するのかという大きな枠組みが提示されており、「知」の在りようについて興味を持っている人にも面白く読める一冊になっています。読書メモ収録前に私が作った読書メモが以下です。ポッドキャスト本編中の私(倉下)の話があまりうまくまとまっていなかったので、ここで少しだけ整理しておきます。まず、心のケアに関する学問というのがある。それは大きく学派的心理療法論と、現場的心理療法論の二つに分かれる。前者が理念的で体系的なもので、後者が実践的でやや雑多さを含むものである。この二つは、二つの極に配置されて整理されることが多い。学派的心理療法論を一番の右端とし、現場的心理療法論を左端として、左に行くほど「純粋さが薄れていく」という考え方がそれに当たる。これは冶金スキームと呼ばれる。純粋な金属が、合金に変わっていくプロセスがイメージされている形だ。この見方が、心理療法論の分野では一般的だったらしいが著者はそれに疑問を投げ掛ける。はたしてこれで十分だろうか、と。臨床の現場で働く著者は、現場にさまざまに存在している「ふつうの相談」を目撃し、その有用性を実感している。著者自身も、専門である精神分析ではない〈ふつうの相談〉を行う割合の方が多いらしい。そして、世の中に目を向ければ、そうした「ふつうの相談」は山ほどあふれ返っているし、そこで何らかの効果を上げている。冶金スキームは、そうした状況をうまく汲み取れていないのではないか。冶金スキームでは、専門性が高く純化された知の体系が至上とされ、それに劣る形で現場的な実践が位置づけられる。「ふつうの相談」はその最極端に置かれるか、むしろその外側に配置されて見えなくなってしまう。それは、臨床の現場から見ればあまりに不自然な構図であろう。よって、著者はその見方をひっくり返す新しい枠組みを提出する。それが精練スキームだ(本編中で倉下は”れんせい”と言っているが、”せいれん”の間違い)。冶金スキームでは、精神分析などの学派的心理療法論が起点となり、その純粋性が落とされる形で現場的な適用は位置づけられる。しかし、精練スキームにおいて起点になるのはふつうの相談だ。私たちが日常的に行っているふつうの相談。それが原初のケアとして位置づけられる(これがふつうの相談0と呼ばれる)。このふつうの相談0という雑多な(あるいは総合的な)ものの一部をどんどん精練していき、純化させたものが学派的心理療法論だと位置づけるのが精練スキームの主要な特徴である。ここでのポイントは、私たちは特定の学派的心理療法論ができる前からお互いにケアし合っていた、という点である。私たちは日常的に相談し、多くの問題を解決してきた。民藝ならぬ、民ケアがごく一般的に存在してきたし、それは今でも存在している。日本中、世界中にあるふつうの相談が、人間の心のケアを行っているのである。もちろん、そうしたふつうの相談では十分に対処できない問題というのはある。そうしたときに活躍するのが学派的心理療法論などの専門セクターであり、あるいは民芸セクターである。よって、これらの分野は別段対立するものではなく、担っている役割が違っているだけだ。本書の土俵の大きさはここにあるだろう。本編中では私が十分に言及できなかったが、本書は「ふつうの相談こそが一番偉いのだ」ということを言いたいわけではない。学派的心理療法論の頂点をひっくり返す、というような革命的な視点ではなく、「ふつうの相談」というより広く大きいものを巻き込むことで、さまざまな分野の「知」の在りようを統合しようという試みなのだ。「ふつうの相談」というものがさまざまな学派的心理療法論の起点になっているとすれば、各種の学派的心理療法論が断絶していたとしても(理論が持つ理念性を考えると断絶は必然的に生じる)、「ふつうの相談」を巻き込むことで、それらの根っこが見出されることになり、より包括的な"地図"が描かれることになる。それは、その分野の探索をより現実的なものにしていくだろう。ある意味で、そうした在りようはごく「ふつう」のことかのかもしれない。実践の現場にいれば、そういう統合は自然と行われるだろう。一方で、「専門家」というのは、知のタコツボに嵌まりがちであるし、それに引きずられるように師事するたちも視野が狭まっていく。その点は、私が興味を持つノウハウの分野でもまったく同じだ。何かしらの方法論を提示する人は、それ以外のやり方をまったく認めないところがある。それは理論家としては必要な姿勢だろうが、実践のレベルではさすがに視野が狭すぎる。だからこそ、「理論ではこうなっているけども、実際はこういう形で」という運用が、卑下を伴わない形で行われることが望ましいと言える。それは何かを合金しているのではない。むしろ、理論が純化を押し進めているに過ぎないのだ、と。もちろん、「ふつうの相談」だって、普通さがすれ違うところではうまくいかないことが多い。だから、「ふつうの相談」を特権的に扱ってしまえば、やっぱり不都合は起きる。その意味で、さまざま知の在りようを統合的に見るということは、何かを特権的に見るのではなく、それぞれの知の役割を見据えることで、その「処方」を適切に行えるようにする、ということだろう。本書は最後に「臨床学」という大きな枠組みを提示しているが、それと同じように私が興味関心を持っている分野もノウハウというのではなく「実践学」という大きな枠組みで整理できるのではないか、などと考えるに至った次第だ。……というような話を本編で展開しようと思っていたのですが、たぶんそんなにスムーズにはできていません。ちょっと読書会をやってみてもいいかもしれませんね。編集後記(ごりゅご)今回から編集ツールをLogic Proに変えてみています。(実験中)なんとなく、前より聞きやすくなるようにできたかな、と思うんですがどうでしょうかね? This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC071 『会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか』
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『会話の科学』について語ります。今回は、なんだか久しぶりにごりゅごが普通に本を紹介する回だった印象です。(自分の本の紹介とか、ゲスト回などが多かった)最近は、ブックカタリストで紹介する本がどんどん「今でも印象に残っている本」という方向に変化してきています。読み終えた直後におお!すごい!と感じた本ではなく、読み終えて数ヶ月経って、この本は面白かったなあ、と思えるような本を紹介しているようなイメージです。あくまでも自己評価なんですが、そういう本を紹介する方が自分の頭がきちんと整理されて、結果いい感じに紹介が出来るようになってきたような感じがします。さらに言うと、そういう本は「普通にちゃんと読書メモを残す」ことさえしていれば、ブックカタリストのためだけの準備もさほど必要なく、少ない負荷で本の紹介が出来てます。(もちろん、一冊一冊の本を読んでから、よいと思った本にはけっこうな時間と手間をかけて読書メモを残しているとは思います)読書メモさえきちんと残っていれば、読んでから数ヶ月が経過してもちゃんと「語れる」という、『アトミック・リーディング』で触れたようなことが、本当に自然に実践できるようになってきているのだなあ、ということが実感できた回でもありました。📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe