BC086『体育館の殺人』から考える新しい読書について
今回は二人が読んだ『体育館の殺人』というミステリー小説から「本の読み方」について考えます。「読者への挑戦状」への挑戦発端は、倉下が『体育館の殺人』を読んで「読者への挑戦状」にきちんと挑戦しよう、という試みです。そこにいたる流れは二つありました。まず一つは、アニメ『アンデッドガール・マーダーファルス』で青崎有吾さんに興味を持ち、以前から面白い作品を書く人だと聞き及んでいたので、じゃあ一作目の『体育館の殺人』を読んでみようという流れ。もう一つは、一冊の本を一年かけて複数人で読んでいこうという環読プロジェクトや、毎日少しずつ本を読みその読書日記を書くという「ゆっくり本を読む」という自分の中でのマイテーマな流れ。その二つが合流することで、ミステリー小説の「読者への挑戦状」にガチンコで挑戦しようと思いたちました。ちなみに、これまでもミステリー小説は読んできましたが、本気で「推理」したのはこれがはじめてです。つまり、何回も再読し、状況をメモしていって、そこから推論を展開していくという試みは倉下読書人生史上初だったわけです。で、やってみて思いました。「楽しい」と。仕事で書いている原稿のためでもなく、自分の環境改善のためにプログラミングを書くのでもない。ただただ純粋に「頭を使う」という行為はすばらく楽しいものです。純粋な娯楽という感じがふつふつと湧いてきますね。続きのページを見れば答えが書いてあるものを、それこそ10日以上もかけて考える。その間は、他の本の読書も止まってしまう。コスパはぜんぜんよくありません。しかし、コスパが悪いからこそ、そこには純粋な楽しみが立ち上がってくることも間違いありません。つまり、コスパを気にしているのは、「コスパゲーム」をしているので、目の前のゲーム(推理やらなんやら)に十全に没頭できないのでしょう。この辺は、昨今の情報環境の大きな問題に関わっていると思います。というわけで、一冊の本を十全に味わうためには、ゆっくりと時間をかけ、それこそ読書メモなんかを取りながら読む「スロー・リーディング」がいいよ、というのがお話の半分です。「読書メモ」の練習になるもう半分が、そうやってミステリーの犯人を当てるために作る「読書メモ」が、より敷延した「読書メモ・ノート」作りの練習に最適ではないのか、という話です。本を読んでメモやらノートを書く、というのは初めてだと存外に難しいものです。特に、普段メモやノートを取らない人ならばなおさらでしょう。「どう書くのか」と「何を書くのか」の二つが課題としてのしかかってきます。その点、「ミステリーの犯人を当てるため」という目標が固定されているならば、何が必要で何が必要でないのかの判別はしやすいでしょう。あとはそれを「どう書くのか」です。もちろん、「どう書くのか」も簡単というわけではありません。いろいろ試行錯誤は必要でしょう。ただ、うまくかけているのかどうかという判断は簡単にくだせます。推理がうまく進んでいるなら、メモもうまく書けているといえるし、そうでないならうまく書けていないと言える。わかりやすいですね。一般的に「賢くなるため」の読書メモやノートは、賢くなることが瞬間的・瞬発的な結果ではなく、それはつまりメモがうまくかけているかどうかのフィードバックにかなり時間がかかることを意味します。そういうものが「上達」するのって、難しいのです。その意味で、限定された目的を持つ推理用メモは、本を読み、メモを書くということの練習としてうまく機能するのではないか、というのがごりゅごさんのアイデアで、倉下もたしかにそうかもしれないな、と感じました。もちろん、推理用メモの書き方がすべての読書メモに通じるわけではありません。それぞれに書き方は違ってくるでしょう。それでも、そうやって手を動かすことに慣れることさえできれば、応用はもっとずっと容易いのではないかと想像します。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC085『文学のエコロジー』から考える文学の効用
今回取り上げるのは、山本貴光さんの『文学のエコロジー』です。本書を通して、「文学を読むときに何が起きているのか?」を考えてみます。書誌情報* 著者:山本貴光* 哲学の劇場でもおなじみ* 『記憶のデザイン』『文学問題F+f』などがある * 出版社:講談社* 出版日:2023/11/23* 目次:* プロローグ* 第I部 方法——文学をエコロジーとして読む 19* 第1章 文芸作品をプログラマーのように読む 20* 第II部 空間 49* 第2章 言葉は虚実を重ね合わせる 50* 第3章 潜在性をデザインする 74* 第4章 社会全体に網を掛ける方法 97* 第III部 時間 117* 第5章 文芸と意識に流れる時間 118* 第6章 二時間を八分で読むとき、何が起きているのか 139* 第7章 いまが紀元八〇万二七〇一年と知る方法 161* 第IV部 心 183* 第8章 「心」という見えないものの描き方 184* 第9章 心の連鎖反応 207* 第10章 関係という捉えがたいもの 232* 第11章 思い浮かぶこと/思い浮かべることの間で 254* 第12章 「気」は千変万化する 276* 第13章 「気」は万物をめぐる 300* 第14章 文学全体を覆う「心」 321* 第15章 小説の登場人物に聞いてみた 342* 第V部 文学のエコロジー 367* 第16章 文学作品はなにをしているのか 368* エピローグ 395* あとがき 418本書に加えて、『ChatGPTの頭の中 (ハヤカワ新書 009)』と『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学 (講談社選書メチエ)』を補助線として挙げておきます。倉下のメモは以下のページをご覧ください。◇ブックカタリストBC084用メモ - 倉下忠憲の発想工房以降は常体でお送りします。エコロジーとシミュレーションエコロジーとは「生態学」のこと。静止した対象ではなく、対象と環境の相互作用に関心を向ける態度が生態学。つまり本書は、「生態学における文学」という意味ではなく、文学を生態学的な観点から眺めてみよう、という態度で書かれている。面白いのは、そこに「シミュレーション」の視点が加わる点。小説で描かれる世界を、もしコンピュータ・シミュレーションで立ち上げるとしたらどのようになるか。そのような対比を対比を経ることで、そもそも私たちが文学を読んでいるときに何が起きているのかが再発見されていく。その意味で、本書は具体的なレベルでは「文学には何がどのように書かれているのか」が検討されるのだが、そうした検討の先に「文学を読むときに何が起きているのか?」という大きな問いに取り組んでいる。個々の文学作品に対する批評というよりも、「そもそも文学とは何か」(何でありうるか)を探る文学論であると本書は位置づけられるだろう。生きることとシミュレーションここからは倉下の意見がかなり入ってくるが、人は「世界」をシミュレーションして生きている。世界のそのものを捉えているのではない(物自体にはアクセスできない)。私たちは世界についての「モデル」を持ち、そのモデルをベースに世界はこうであろうと演算している(ただし意識的な計算ではない)。小説作品は「世界」を描いている。もっと言えば、提示される作品を読者が読むときに、そこに読者なりの「世界」が立ち上がっていく。「世界」がシミュレートされるというわけだ。そのシミュレートは、もしかしたら読者がもともと持っている「世界」シミュレート.appとは違う動作かもしれない。その動作が、読者のシミュレートにフィードバックし、それまでとは違った仕方でシミュレートすることを可能にするのではないか。本があり、読者がいて、その読者が読むことを通して変容していくこと。それこそが「文学」という営みの生態系であろう。文学を静止的・局所的に捉えるのではなく、読み手の存在と文学によって媒介される変化を合わせて捉えること。それが文学のエコロジーであるように思う。だからこそ文学は「生き方」を変える。というよりも、「生きる」という営みの励起の仕方を変えていくのだ。「生きるとはどういうことか」ということを根本的に揺り動かせるのは、文学が私たちのシミュレートに影響を与えているからだ、というのは何の確証もないけれども、今後時間をかけて考えていきたい命題である。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
ゲスト回BC084 jMatsuzaki さんと『先送り0(ゼロ)』
今回は、jMatsuzaki さんをゲストにお迎えして、新刊『先送り0(ゼロ)―「今日もできなかった」から抜け出す[1日3分!]最強時間術』についてお話をうかがいました。書誌情報* 出版社* 技術評論社* 出版日* 2024/2/24* 著者* jMatsuzaki* 1986年生まれ。クラウドサービス「TaskChute Cloud」開発者。jMatsuzaki株式会社 /jMatsuzaki Deutschland UG代表取締役。一般社団法人タスクシュート協会 理事。* システム系の専門学校を卒業後、システムエンジニアとして6年半の会社員生活を経て独立。会社員時代にjMatsuzakiの名で始めたブログが「熱くて有益」と人気を博し、最高で月間80万PVに達する。現在は会社経営のかたわら、サービス開発や執筆、講演活動をしている。2018年よりドイツ在住。* ◇TaskChute Cloud by jMatsuzaki Inc* https://taskchute.cloud/users/top* 佐々木正悟* 目次* 序章 時間に追われ、先送り癖に悩まされている人へ* 第1章 先送りゼロを習慣化するための3つのルール* 第2章 先送りゼロを支えるメソッド「タスクシュート」* 第3章 先送りゼロを実現するシステムの全容* 第4章 スモールスタートで先送りゼロの成功体験を重ねる* 第5章 先送りゼロを実現する考え方のポイント* 第6章 長続きする習慣を支えるログの活用法* 第7章 複数のタスクからなるプロジェクトで先送りゼロを実現するには* 第8章 うまくいかないときのために「タスクシュート」というメソッドに入門するための一冊ではありますが、その道のりの先には「時間の使い方=生き方」の変化が見据えられています。その「タスクシュート」はかなり偏った印象で捉えられることが多いメソッドなのですが、そこに含まれる有用なコンセプトを、より広く受け入れてもらえるように本書ではさまざまな工夫がほどこされています。そうした工夫は、陥りやすい挫折をケアしてくれるでしょう。また、これはタスクシュートに限ったことではありませんが、タスク管理的な行為を行うときに、当人の「完璧主義」「理想主義」が暴走している状態では、何をどうやってもうまくいくことはありません、この場合の「うまくいく」とは、結果に納得できる、満足感や幸福感を得られるというような意味です。たしかに作業はたくさんこなせるようになったけども、常に焦りの気持ちを覚えているというのでは、「成功」とは言えないでしょう。本書はそうした焦りに対する処方せんも与えてくれます。その意味で、本書の「先送りゼロ」とは、物事を後回しにすることが何一つ起こらない状態というよりも、「先送りしてしまった」という感覚が生みだす罪悪感や自責の念をゼロにできる状態、という方が近しいでしょう。先送りを繰り返すことで発生する、自分の心への攻撃を止めることが大切なわけです。もちろん、たとえ1分であっても何かしら着手することは物事を確実に前に進めるわけですから、実際的(あるいは能率的)な意味でも効果があると言えます。ちなみに、本書で提示される三つのルールは以下。* 1日の初めに今日やることを決める* 1日の終わりにその中で先送りしたものの数を数える* 1分でも手をつけたら「先送り」とはしないばかばかしいと思われるかもしれませんが、これはかなり有効です。『ロギング仕事術』もルール自体は違うものの、似たコンセプト(実際にやったことを重視する)を持っていると言えます。すべてはログ/ノートからはじまるのです。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC083 『ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした「成功の普遍的法則」』と『残酷すぎる人間法則』の2冊から考える人間関係
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした「成功の普遍的法則」』と『残酷すぎる人間法則』の2冊から考える人間関係をテーマに語りました。ごりゅごの今年のブックカタリストのテーマは「つなげる」です。ブックカタリスト本編の中で、2冊の本をつなげて語りつつ、その内容は前回ともつながることを意識しています。3年くらいブックカタリストを続けて、ようやくこういう切り口で本を紹介できるようになったぞ、という感じがしています。これ、3年前に同じことをやったとしても、もっと「無理やり」な感じになったような気がします。今年公開した2回は、よい意味で「無理してつながりを見つけようとして読んでいない」本で、3年分の読書メモの蓄積があって、そこから自然に「この2冊を組み合わせたら面白いかもな」と思えたもの。そういう意味では、2024年は「ちょっと進歩したごりゅご」をお見せするのが今年のテーマだといえるのかもしれません。今回出てきた本はこちらで紹介しています。📖ブックカタリストで紹介した本 - ナレッジスタック - Obsidian Publish This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC082『思考を耕すノートのつくり方』から考えるノウハウのつくり方
今回は、2023年11月に発売となった『思考を耕すノートのつくり方』を著者自身が紹介します。書誌情報* 著者* 倉下忠憲* 出版社 * イースト・プレス* 出版日* 2023/11/17* 目次* はじめに* Chapter 1 知的道具としてのノート* 「頭の中だけ」は限界がある/頭の使い方のサポート/気軽に、自由に使う* Chapter 2 使い方のスタイル* ノートの種類/罫線の意味/サイズ/紙質と使い心地/ページ/タイムスタンプの重要性/ナンバリングの利便性/貼りつける etc.* Chapter 3 書き方のスタイル* 日記/作業記録/メモ(アイデアメモ)/講義ノート/タスクリスト/* 会議・打ち合わせノート/着想ノート/思考の整理/研究ノート/読書記録/ライフログノート/振り返りノート/フリーライティング etc.* Chapter 4 ノートQ&A* 何からはじめるのか/いつ見返すか/記入量の増やし方/ノートの使い分け/デジタル情報とのつきあい方 etc.* 付 録 ノートをさらに使うためのブックガイド* おわりに ノートを自由に使う本書は、著者独自のノート術を紹介するのではなく、「ノート術」というのがどのような部品で成り立っているのかを細かく紹介することで、読んだ人一人ひとりが自分なりのノート術をつくりあげることを手助けする本です。ノウハウは「つくる」もの世の中を見渡してみると、たくさんのノウハウが見つかります。「ノート術」ひとつ取ってすらそうです。Aさんは「このノート術が最高だ」といい、Bさんは「このノート術こそが真に成果をあげるための方法」だと言います。そのまま進めば"宗教戦争"になりかねない勢いです。一方で、少し引いてみれば、Aさんは自分のやり方で成果を挙げているのだし、Bさんもまた自分のやり方で成果を挙げているのだと言えます。ある方法を使わなければ成果を挙げられない、というわけではありません。人はそれぞれに違いがあるわけで、その人に適した方法も違っているというのは考えてみれば当たり前の話でしょう。そのように考えれば、「成果を挙げる究極の方法」を追い求めるのはやや虚しいかもしれません。いつまで経っても手に出来なさそうですし、無用な論争も起きるでしょう。そうした探究を進める代わりに、「自分がうまくやれる方法」、もっと言えば「今の自分がうまくやれる方法」を見つける方が、生産的だし健全な気がします。そうした考え方を実用主義的ノウハウ呼び、理想主義的ノウハウと区別してみるとまったく新しい「ノウハウ観」が生まれてきます。行為の主体者は、究極的に存在するノウハウを「身につける」のではなく、そのときそのときのニーズに合わせたノウハウを「つくっていく」のだという観点です。本書はそうしたノウハウ観をベースに書かれています。ノウハウ書の問題点もう一点つけ加えると、私が考えるに最近のノウハウ書はいくつかの「問題」を抱えています。まず「理想的過ぎる」点です。あれをこうしたら、こうなりますよね。やった! という感じ。そこには現実に起こりうるさまざまな抵抗や不具合がまったく無視されています。簡単に言えば「そんなにうまくいくなら、始めから困っていないよ」というツッコミを入れたくなるのです。で、理想的な状況だけが語られているので、不具合に遭遇したときにまったく対処ができません。それでは実行はおぼつかないでしょう。次に、「発案者に最適化されすぎている」点です。ある人にとって、最高の効果を上げられる方法は、むしろ性質や傾向が違う人にとって効果を上げにくい方法になっている可能性があります。それ自体は別に構わないのですが、「このやり方でうまくいく。このやり方でないとうまくいかない」という形で説明されていると、効果を上げにくい部分をアレンジすることができません。そうなると、微妙にうまくいかない部分を抱え続けなければならなくなります。これはけっこうストレスで、それが挫折の原因になったりもします。最後に「過程がなさすぎる」問題です。ノウハウは「つくっていく」ものであって、そこには経過があります。言い換えれば歴史があります。極端なことを言えば、ある人が何かしら成果を挙げられているのは、有効な方法を手にしていることだけでなく、むしろその方法を確立にするに至ったプロセスが背景にあるからです。そのプロセスの中で、何が効果があり、何が効果がないのかを体験的に理解してきたからこそ、そこにある方法を十全に使えている点があるでしょう。また、そうした理解があるからこそ、手持ちの方法が不具合を起こしたときにでも、新しく変容させていける対応力も持ちます。一方で、「はい、これが完成品です」と手渡されたらどうなるでしょうか。そこには経過もなく、ということはそこからの変化もありません。そこにある完成品に、自分自身を合わせるしかなくなるわけです。これはかなり窮屈なことです。だから本書は、ノート術の本でありながら、「成功した著者のノートの使い方を真似すれば、明日からあなたも成功者になれる」的なスタンスではなく、非常に技術的な視点(エンジニアリング的な視点)においてノート術を紹介しています。もちろん、特定の誰かのノート術をノウハウとして紹介することに意味がないと言いたいわけではありません。そうした情報から学ぶことはたくさんあります。一方で、それは「お手本」でもなければ「理想的」でもなく、ましてや「こうでなければならない」という絶対的なルールではありません。一つのヒントであり、もっと言えば行動を促す「触媒」でしかないのです。世の中のノウハウをそのような姿勢を受け取ることができるならば、現代は「自分のノウハウ」をつくるためのヒントがいくらでも見つけられる環境だと言えるでしょう。個人的には、そうした見方が少しでも広がればいいな、と願っております。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC081 『ピダハン』と『ムラブリ』から考える価値観への文化の影響
面白かった本について語るPoadcast、ブックカタリスト。今回は『ピダハン』と『ムラブリ』という2つの民族から考える新しい価値観について語りました。ムラブリは読んでから半年以上、ピダハンは1年以上経過している本ですが、どちらも今でも強く印象に残っていて、読書メモもそれなりにきちんと残っています。そのおかげで、メモを見ながらであれば、だいたいのことを思いだすことができて、だいたいのことは「語る」ことができるようになったな、と実感した回でした。ブックカタリストを始めて、現在で大雑把に3年くらいが経過。やはり、そのくらいの期間続けていると、いろいろなことが「スキル」として身に付いてきたな、と感じられています。今回は(たぶんごりゅごとしては珍しく)テーマを設けて、そのテーマに従って本の紹介をするというスタイルでした。こういう形式で本を紹介できるようになったことも、これまた今までとは違う本の読み方ができるようになったからなのかもしれません。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC080『観光客の哲学』と『哲学の門前』から考える読書について
2024年一発目の配信です(収録は去年行われました)。今回は倉下が『ゲンロン0 観光客の哲学』と『哲学の門前』の二冊を取り上げ、それぞれのエッセンスを通して「本を読むこと」について考えるという構成になっております。最初に結論を述べておくと、専門家ではない僕たちは自らの興味に沿って、なかば偶発的に本を読んでいけばいいんじゃね、という話です。配信に使用したメモは以下のページからご覧いただけます。◇ブックカタリストBC080用メモ - 倉下忠憲の発想工房観光客の哲学観光客とは何か、あるいは観光客の哲学とは何か、というのは本編で扱っているのでそちらをお聞き頂くとして、やはり重要なのは人間は「動物的」なものと「人間的」なものの二層でできているという視点でしょう。そうした二層構造は、去年の『ふつうの相談』でも触れた二極の話にも通じます。で、私たち市民が本を読む理由は、学問的探求心という「立派/真面目/理性的」なものばかりでなく、流行っているからとか、有名人が言及していたからとか、たまたま自分の生活に関係する話題だったからとか、賢そうに見られたいという知的な背伸びだったりとか、そういう「卑近/ふまじめ/偶然的」なものだったりするわけです。現代の思想や哲学が、「卑近/ふまじめ/偶然的」なものをうまく扱えてこなかったのと同じように、「真面目な読書術」でも、そうしたふまじめな読書はあたかも存在しない、あるいはあってはならないことだと扱われていたのではないでしょうか。教養的読書の強要。でも、別にそういうふまじめな読書でいいのだと思います。観光客的に、物見遊山的にアカデミックの知見に触れてみる。そうして日常生活に帰っていく。たぶん、それだけでのことでも変わる風景があるでしょう。自分の知識が増えるといったことだけでなく、その分野への"親近感"が変わってくるなんてこともありそうです。そのようなカジュアルな親しみ方が許容されたとき、本を読むことははじめて市民に開かれたものになるはずです。哲学の門前入門/門前の構図も同じです。私たちは、日常生活の中で(あるいはそこで生じる苦難との遭遇において)哲学的・文学的な問いに直面することがあります。その意味で、私たちは誰しもが潜在的に哲学者です。いろいろ考えて、自分なりの意見を持つこともあるでしょう。門前の哲学者です。一方で、その気概から「哲学入門」などを手に取ってみると、物の見事に弾き返されます。私は大学生のときに、ヘーゲル の『哲学入門』を手に取ったことがあるのですが、ページの始まりから終わりまでずっと「この人はいったい何を言っているのだろうか」という気分になっていました。でもまあ、そんなものです。別にそれでいいのです。そうやってやっぱり無理だと思って引き返し、しばらくしたらまた挑戦する。そんな感じで前に進んでいるのかどうかすらわからないままに、その対象と関係を結んでいく。いつまでたっても入門できたような気すらしない。そんなあやふやな関係があっても市民的な生活において困ることはありません。非常に不真面目な態度でありながら、その裏返しとしての粘り強さがあります。たぶんここでのポイントは、「いつまでたってもわかった気がしない」という入門以前の気概が維持されていることでしょう。もし、「わかった」つもりになってしまえば、その人は容易に知識の穴にはまりこみます。そんなに簡単にわかるわけはないので、何かを勘違いしているのに、そのことに気がついていないのです(ちなみに、陰謀論に嵌まっている人は皆"真実"を確信している節がありますね)。観光客に引きつけて言えば、観光客はその距離感を持って維持されている状態が大切で、あたかも「ウチ」にいると勘違いしてしまうと、そこに生まれたはずの力学が消えてしまうのでしょう。門外漢(ここでも門が出てきますね)のマインドセットをキープしておくこと。たぶんそれがポイントです。というわけで皆さんも、自分の専門ではない分野の本を、観光客として(あるいは門前の小僧として)読んでいこうではありませんか。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC079「2023年の振り返り(後半)」
前回に引き続いて、今年一年の配信の振り返りです。◇2023年ブックカタリスト配信リスト - BCBookReadingCircle上記ページの「----half---」より下の回を振り返ります。当記事では、倉下視点でのトータルの振り返りを。リアルなものの復興・二重構造まず『言語はこうして生まれる』および『会話の科学』で、私たちのリアルで日常的な会話の重要性が回復されました。理論的に整ったものが「本質」ではなく、雑多で即興的なやりとりこそが言語の中心的な意義であると確認されたわけです。その上で、『ふつうの相談』の構図が立ち上がります。論理的に整ったものや体系的なものは、ある特殊な状態を先鋭化させたものであり、そうした研究にはたしかに意義がある。しかし、私たちのリアルはもっと柔軟で雑多なものであり、その両方が行き来すると豊かな状態がやってくるであろう、という見立て。つまり、どちらか一つを選択するのではなく、その両方を織り込んだ大きな地図を著者は描いて見せました。同じ視点を採用すると、『習慣と脳の科学』『Remember 記憶の科学』『まちがえる脳』 『忘却の整理学』で確認したように、二重の要素が構造を支えている形が浮かび上がります。身体的・習慣的なもので固定的なものに対応する能力と、言語的・観念的なもので変化に対応する能力。覚えることと、忘れること。どちらも相反する能力が、一つの系(システム)の中に存在し、それぞれが協調的に働くことで大きな成果を達成しているわけです「どちらか一つを選ぶという選択ではなく、その両方を織り込んだ地図を描く」その意味では、「悪意」もゼロイチで考えるのではなく適切に運用することが重要でしょうし、「頭の中のひとりごと」も完全に抑制するというよりは、暴走を抑制し、うまく使えるように導くことが大切になるでしょう。「積読か再読か」という選択も実際は無意味で、その両方をどう営んでいくのか、という視点が必要になりますようするに、単一の原理こそが「唯一の答え」であり、それ以外はすべて間違いという狭い観点から抜け出て、どのようにして複数の原理を運用していくのかという考えの方向性が見えてきたのが今年一年の読書でした。読書の深まりと広がり同じように、本の読み方・選び方についても二重の要素が考えられます。一つは、専門分野・興味を持っている分野について重点的に読んでいくスタイル。似たような新書を複数冊読むことや同じ本を再読することも、ここに加えられるでしょう。そうした読書では、自分の脳内にある知識の網(あるいはconceptのnetwork)をより密にしていく効果が期待できます。理解を深める読書、と端的にまとめられます。もう一つのスタイルが、その時点の自分の専門分野や興味の外側にある対象について読んでいくスタイルです。実際は、完全な外部についてはそういう本があるということすら認識できないでしょうから、「外周ぎりぎりにある本」がよい塩梅でしょう。そうした本は、「これを読めば、〜〜に役立つ」と確信的なことは何も言えません。それが言えないものを「外部」と呼ぶからです。そうした本を読むときに必要になるのは、言うまでもなく知的好奇心です(あるいは、虚栄心ということもあります)。そうした心の動きがなければ、確信がない本を読むという行為はまず起こらないでしょう。で、知的好奇心に駆動されて「外側」の本を読むと、思いも寄らなかった対象と知識の網がつながることが起こります。単純に言えば、知識の網が大きくなるのです。これを、理解を広げる読書とまとめておきましょう。必要なのは、この二つのタイプの読書のどちらか一つを選ぶのではなく、必要に応じてどちらも使っていくことです。深めることと、広げることの両方を行うのです。そうすれば、うまい具合に知識の網を整備していけることでしょう。もちろん、上記とはぜんぜん違った形の「読書」がありうることは間違いありません(でなければ、結局単一の原理に還元していることになります)。ただし、ある種の知的なあこがれに向かっていく読書の場合は、そうした読み方・選び方は意識しておいた方がよさそうです。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC078「2023年の振り返り(前半)」
毎年恒例になりつつある、今年の配信の振り返りです。配信のリストは以下にまとめてありますので、ご覧ください。今回はこの上半分を振り返りました。◇2023年ブックカタリスト配信リスト - BCBookReadingCircleとりあえず、今年一年も大きなトラブルなく続けることができました。おそらく一番の成果がそれでしょう。これもひとえにいつもご視聴くださっている皆様、そしてご支援下さっているサポーターの皆様のおかげです。ありがとうございます。振り返りの意義倉下は記録魔ではありますが、振り返り魔ではありません。どちらかと言えば、振り返っている暇があるなら、少しでも何かを前に進めたいという前進主義者と言えるでしょう。そんな私であっても、こうして折りに触れて振り返ることの意義を感じています。たとえば、今年一年自分がどんな本を読んできたのかという「ヒストリー」をまず忘れています。これはもう、ほんとうに驚くぐらいに忘れています。何冊かは思い出せる本はありますが、それ以外は覚えていないことすら認識できていない状態です。もちろんそんな状態では、本の中身など推して知るべしです。人間の記憶などそんなものですし、だから「本」という固定した情報媒体に意味があるわけです。読書メモを作るのも同じです。覚えるためというよりは、忘れてしまったときに(少しだけでも)取り戻せる意義が読書メモにはあります。もう一つ面白いのは、自分の読書記録を振り返ることで、本を読んでいたときには気がつかなかった「全体像」に気がつけることです。たとえば、自分が興味を持っているテーマの傾向というのは、「一冊の本」に注目しているだけではまず見えてきません。何冊かの記録を並べるからこそ見出せるパターンがそこにはあるわけです。また、いろいろ読んでいるうちに「あの話とこの話はつながっているな」と気がつけることがあります。もっと言えば「よくよく考えてみれば、この二つは接続しているぞ」と発見するのです。一度発見した後ならば、その二つのつながりはあまりにも自明なのですが、読んだ本のことをすっかり忘れている状態では、そのつながりは見つけ出せません。そうした接続によって生成される全体像は、行為の最中よりもむしろ時間置いた振り返りの中でこそ見出せるものです。その意味で、自分の読書の経験をより広げたり深めたりするために、振り返りは役立つのです。年報作り読書において再読が重要であるのと同じように、自分の経験も「再読」することが大切です。特に、毎日をくり返しのパターンに置いているときほど、一度そのパターンから抜け出し、「目の前の一日」よりも少し高い視点で自分の活動を振り返ってみることの意義は高まるでしょう。ただし、ただ振り返るだけではモチベーションがあがりにくいものです。そこで「日報」ならぬ「年報」を自分宛に(来年の自分が読むくらいをイメージして)書いてみるのがよいでしょう。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe
BC077『言語はこうして生まれる』
前回に続いて今回も二人共が読了した本です。『言語はこうして生まれる』紹介しようしようと思いながら、なかなか全体がまとめきれないので時間がかかってしまいました。非常にエキサイティングで、抜群に知的好奇心が刺激される一冊です。書誌情報* 原題* 『THE LANGUAGE GAME:How Improvisation Created Language and Changed the World』* 著者* モーテン・H・クリスチャンセン* デンマークの認知科学者* 米コーネル大学のウィリアム・R・ケナンJr.心理学教授* オーフス大学言語認知科学の教授* ニック・チェイター* イギリスの認知科学者・行動科学者* 『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学 (講談社選書メチエ)』* 翻訳* 塩原通緒(しおばらみちお)* 『暴力の人類史』など* 出版社 * 新潮社* 出版日* 2022/11/24* 目次* 序章 世界を変えた偶然の発明* 第1章 言語はジェスチャーゲーム* 第2章 言語のはかなさ* 第3章 意味の耐えられない軽さ* 第4章 カオスの果ての言語秩序* 第5章 生物学的進化なくして言語の進化はありえるか* 第6章 互いの足跡をたどる* 第7章 際限なく発展するきわめて美しいもの* 第8章 良循環――脳、文化、言語* 終章 言語は人類を特異点から救う 相手に何かを伝えるため、人間は即興で言葉を生みだす。それは互いにヒントを与えあうジェスチャーゲーム(言葉当て遊び)のようなものだ。ゲームが繰り返されるたびに、言葉は単純化され、様式化され、やがて言語の体系が生まれる。神経科学や認知心理学などの知見と30年におよぶ共同研究から導きだされた最新の言語論。複雑な眼差し倉下が作った読書メモは以下です。◇ブックカタリストBC077用メモ - 倉下忠憲の発想工房本が興味深いのは、提示される捉え方が実に複雑な点です。たとえば、言語は遺伝子由来という見方を否定します。しかし、遺伝子がまったく無関係ともいいません。人間の生物的な限界(もちろんそれは遺伝子によって規定される)に晒されながら、その人間が使える形で言語は生み出され、また変化していく。そうした言語の変化もまた、遺伝子の自然淘汰に影響を与える。二つの要素が考慮されています。また、言語が「即興」のジェスチャーゲームであるにしても、そのゲームが「繰り返される」ことで一定の様式や秩序を獲得していく流れが提示されます。即興というのは、「その場限り」や「一度きりの」というニュアンスがあるわけですが、それが繰り返されることで別様に変化していく。ここでは一見するとアンビバレントな要素が組み合わされて新しい概念が生成されています。実に面白いですね。全体的に、トップダウンの言語生成を否定し、ボトムアップの進化論的言語観が提示されている本書ですが、その射程は幅広く、枝葉がつながる他の本がいくつも見つかりそうです。 This is a public episode. If you'd like to discuss this with other subscribers or get access to bonus episodes, visit bookcatalyst.substack.com/subscribe