映画「ディガー」と、早川書房から翻訳が出た「超知能AIを作れば人類は絶滅する」という本の話です。気候変動も超知能AIも、自分の手から外れた大きすぎる問題で、できることがなさすぎる。そのやりきれなさを、体重の乗ってない話として、日記のように喋っています。どちらもネタバレがあります。ご注意ください。
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サマリー
映画『ディガー』と、超知能AIが人類を絶滅させる可能性を論じる本を題材に、気候変動やAIの発展に対して自分にできることのなさを語る。『ディガー』は、氷河下の石油採掘とメタンガスによる環境危機を、老いた石油会社CEOを笑いものにするメタ演劇として描くが、話者はコメディとして笑えず、嫌な気分になったと評する。超知能AIについては、アライメントによる制御が本当に可能なのか、目的を極端に最適化するペーパークリップ問題や、AI同士が隔離下で通信・停止に抵抗するという話が紹介される。話者自身は仕事や生活でClaudeやGPTを使っており、便利さに依存しながらも、人類存亡のリスクを抱える技術を止められない後ろめたさを感じている。通勤に車が必要な地方生活や、企業間・国家間のAI開発競争を挙げ、個人の選択だけでは解決できない問題と、それでも無関係ではいられない世代的な責任について日記のように考えを述べる。
映画『ディガー』の印象とメタ構造
今回は映画ディガーという風なのを見たのと、あと超知能AIを作ると人類は滅亡するというMMRみたいな本を読んだので、それについて合わせて体重の乗ってない話をしようかなと思っています。
体重の乗ってない話ってどういう風な話なのかというと、お気持ちの表明で終わるぐらい、そして自分の体験とかその辺の部分が関わりようがないような話っていう風なのがなるかなと思ってはいるんだけど、
こと、気候変動とかそういう風なものに関してできることがなさすぎて特に喋ることないよねとか、やれることないよねっていう風なお気持ちの表明ぐらいしかできないんだよなーって思ってることをちょっと話ができる
ようなと思っております。
こちらのポッドキャスト番組は続記というタイトルのポッドキャスト番組。普段夫と父親を本業としている私がわざわざ人に話すまでもないようなことを日記に綴るような感じでポッドキャストで喋っているという、そんな
ような番組です。
今回はアレハンドロ・ヤニビという監督の映画リガーと、それとあとここ最近読んでおりました、ここ最近早川書房から翻訳が出ておりました本。
長知能AIを作れば人類は絶滅するという風な本を読んだので、それに合わせて気候変動とか長知能AIとかの出現とか、その辺の部分に対するやりきれなさというかやれることのなさみたいなことをちょっと話ができる
ようなと思っております。
ちなみにリガーについてもそっちについてもネタバレはしようかなと思っているんだけどネタバレをくらったところでっていう風なそんなような話になるかなと思っています。
映画を見られた方も見てない方も別にネタバレくらってもいいよという風なお付き合いをいただけるとありがたいです。
最初にちょっとリガーの話からしていくんですけども、こちらの映画はどんなような映画なのかというと、主人公になりますのはトム・クルーズを演じるリガーという男だったりしております。
このリガーさんはご高齢の石油会社のCEOとなっておりまして、この石油会社がやっている氷河の下にある石油の採掘プラントという風なところでメタンガスが発生するようになって、それがきっかけでどうも氷河が流
れていってしまって、その氷河がそのまま放っておいておくとヨーロッパの方に流れていってヨーロッパの方で大惨事が起こるかもしれないねっていう風なところで。
じゃあその責任を誰が取りましょうね、どう対処しましょうねっていう風なものをコミュニティタッチで描いていくというそんなような映画だったりしております。
見てどういうふうに思ったかというと、面白くはなかったかなと思っております。どう面白くなかったか、外してる時の三谷幸喜ぐらい面白くなかったなと思っております。
言ってしまうとコメディとして作られてもいるし、コメディとして笑ってくださいみたいな場面とかも作っていて、そしてコメディであるという風なところに意味があるような形で話自体も作られているんだけども、肝心
のコメディの部分が全然笑えないっていう風な部分で、そこがとてもとても残念だなという風なところと、
なおかつその笑えないっていう風なところに、今まで君たちが笑っていたこの事実っていうのはこんなに笑えない話でねっていう風な、どんでん返しも中の中に含まれているような話で、笑えないものの中にさらに笑え
ない話を重ねてくるという風な感じになって、何十人も笑えないっていう風な、そんなような映画になってたかなと思っております。
なので貴重な休日を使って見に行くにしては、ちょっと嫌な気分になるだけの映画だったなっていう風なところがありまして、何かなっていう風な気分になる映画だったかなと思っております。
一応、映画をたくさん見ているおじさん、世の中はシネフィル、ちなみにシネフィルっていう風なのは、褒め言葉としてシネフィルと言われるのはハスミシゲヒホみたいな人を言うんであって、基本的に大抵のシネフィル
っていう風なのは、ただ映画を見ているだけの人生経験のない話を聞く必要のないおじさんのことが多かったりしますんで、
そんなようなおじさんの戯言として聞いてもらえると、そういう風なところで、すごくこういう風な点で面白かったとかっていう風なことで、ついついカッコつけたくなりそうな部分もあるんだけど、そういう点で逆張り
をやってしまうおじさんなので、あんまり面白くなかったかなっていう風に思っております。
やっぱり私は映画とかその辺は見てたりはするんだけども、結局のところ自分の求めているのっていう風なのは、多少こむずかしい、そして話がわかる、そしてバカバカしかったり、見ていてテンションが上がったり
するようなものが普段は好きなんだなっていう風に思っておるので、ちょっとディガーはそういう風な点では全然合わなかったなっていう風な気がしてますね。
で、一応あの面白いところとかその辺の部分とか、あのそう、ジジイによるジジイギャグ、あのジジイ老害ギャグみたいなものが、もう本作の中ではすんごい出回っていて、その辺の部分をあの若者とか考えている人からツ
ッコミを入れたりなんだりするっていう風なところで、このジジイたちの老害ぶりを笑ってくっていう風なスタイルのお話だったりするんだけども、
現在進行形で老害になりつつあるジジイというかおっさんの人々としてはですね、なんか嫌な気分になるなっていう風な気分がするような話でもあったかなと思っております。
で、あとジジイのジジイたるジジイぶりっていう風な部分もですね、見ていてムカつくなという風に、現在進行形で私の職場、平均年齢が50代を過ぎているという風な、基本的におじいさんしかいないような職場の方にお
りましてですね、あの現在進行形でなんかジジイのジジイぶりになんかヘキヘキとしている身としては、見ながら腹が立つなっていう風な部分が多々あったかなーって思っております。
だからまあね、この辺の部分が総特化にすればいいことがあるんじゃねーのっていう風に思っちゃったりなんだったりするんだけど、それでもどうしようもないよねっていう風な部分も多々あるかなと思っております。
で、このディガーという風な映画っていう風なののネタバレ的な部分を少し話をしますけども、この映画一応コメディとして作られている映画ではあるんだけども、ちょっとした映画の仕組みっていう風なのがありまして、
それについて話をしていくと、この映画は
言ってしまうと、映画の中では化石の愚者というなんかフォッシルフールっていう風なタイトルのついている演劇を映画として映しているという風な、そういう風な体裁のメタ構造の映画だったりしております。
だから、映画を見ていると最初はこのフォッシルフールっていう風な演劇をそのまま映画のスクリーンに映し替えたような形のやつがあるんだけれども、それが話がちょっと中盤ぐらいに差し掛かってくると、舞台のセット
が突然ガバって開いてそこから巨大なおじさんが出てくるっていう。
そのおじさんはセット直しますって言って、ミニチュアのセットを直す。だから、実際にこのディガーたちがいた場所っていう風なのは、巨大な演劇のセットだったっていう風なところが途中で明かされるところがあり
ません。その後、ローもこのディガーを演じている俳優、トム・クルーズなんですけども、トム・クルーズ自身もこの世界の中では別の役名を持っていて、その俳優さんとしてこのディガーという風なおじさんの演技をして
いるっていう風な、そんなような作品だったりしております。
で、こういう風な二重の作りになっているのがどういう風なものなのかというと、言ってしまうとこの映画はそういうディガーとかそういう風な化石関係の燃料とかを作り続けているCEOをバカにする演劇を意図して
やっているっていう。
ただ、それを演じているトム・クルーズを演じる俳優自身は、このディガーという風な男がそういう風な滑稽な扱いを受けていいような人間ではないという風に思っているっていう。
だから、実際にこういう風なことっていう風なのを、どうもディガーっていう風なのは起こりそうだっていう風なことを知り得ていただけれども、実際にはこういう風なことで茶化されるようなこととかをしていなかったの
ではないかっていう風なことを考えている人物として描かれているという。
ちょっと説明がごちゃごちゃっとしてきましたが、このディガーという風な映画自体というのは、もともとがフォッシルフールという風な、この世界の過去にあった出来事を演劇化したようなお話だという風な、そんなよう
なものでそれをコメディとして扱っているという風な、そういう風な天才の映画だったりしております。
で、こうやってお話がどんどんどんどん進んでいくと、どうもこの世界ではこのディガーという風なコメディパートの部分で描かれているフォッシルフールという風な演劇の中で描かれていることが過去に実際にあって、
それでそのそこから遠い未来が舞台になっているっていう風な、そんなような設定の映画だったりしております。
で、結果としてどうもこの世界という風なのは、その時のことが原因によって、未来の中はすごい大変なことになっているという風な、そういう風な描かれ方という風なのも後半の方で描かれていくという風な、そんな
ような作品になってたりはするんですね。
気候変動と個人にできることのなさ
ただいかんせん、前半の面白い部分という風なのが全然笑えなくてですね、という風に思うことが多かった映画かなという風に思っております。でも、作中の話とかその辺の部分という風なのは、言ってしまうと環境、気候
変動が中心になっている問題だったりしております。
で、それこそディガーの映画公開とタイミングが同じくしてっていう風なわけではないんだけれども、週末の氷河っていう風に言われている、大きい氷河がどうもちょっとずつ海流とか気候変動の延長で削られつつあって、
それが外れるんじゃねーのっていう風なニュースとかが流れてきてたりしました。
で、この週末の氷河っていう風なのはサンフランシスコ州とほぼ同じぐらいのサイズの氷河となっていて、これがどうも外れると地球上の海水面がおよそ3センチ上昇するんじゃないかなという風なことを言われてお
ります。
3センチって言うと、3センチって親指ぐらいでしょっていう風な感じだったりするんだけどね。でも地球表面上の海水面がそれだけ上がるっていう風なことは、すさましい量の状況にもなってたりするという風なところ
で、影響とか、特に海面圧高度とか低いようなところとかになると影響がでかくなったりするので、あんまり良くないことだよねーなんていう風なことを言われてたりはするんです。
っていう風なのがありまして、じゃあそこに対してどういう風なことができるのかとかっていう風に言われると、まあ石油を使うのをやめましょうねとかそういう風な話になってくるんだけど、でもそんなことをした
ところでそれがどうにかなるわけでもないしっていう風なところで見ていて、結局のところこういう風なところを外部から見て笑いものにするとか、外から見て何かしらワーワー言ってそれで終わりという風なことしか我々
やれることないよねーっていう風なことをね、ちょっと見ながら思っちゃったりしてたので。
貴重な休日を削って一人で映画に見に行って、あんまり笑えないものを見て二重に笑えない話を見てゲンなりしたっていう風なところがあったんで、あんまり体験として良くはなかったなーっていう風なのがこのディガー
という風な映画だったかなーと思ってます。
実際にね、工業収入とかその辺の部分でも結構苦戦してるとかっていう風な話も聞くのは、やっぱりわざわざこういう風なものを見に行って小難しい顔になって帰ってくるのもなーっていう風な気分になって、ちょっと
どうなんかなーっていう風なのがこの映画を見ていていろいろと思っていたところです。
超知能AIと人類存亡リスク
それと合わせてここ最近見ていた本で、早川序報から出てくる超知能AIを作ると人類が絶滅するっていう風な本がありました。
なんかタイトルを言い間違えてるような気がするんだけどね。人類は絶滅するっていう風な単語を見るとですね、どうしてもあのマガジンミステリーリサーチャーズのことでおなじみのあのMMRの木林の方を思い出
してしまってついつい笑ってしまうんだけども、あの本を読んだ感想としては大体そんなようなことを言ってるなっていう風な本だったりしております。
ここ最近ね、世界各地のニュースっていうか日本国内のニュースでもそうなんだけども、あっちこっちの企業から個人情報の漏洩とかっていう風なのが出回ってるなというふうに思っております。
こちらの音源を取っている10月の28日現在においてはGMMOグループからすんげえハッカーによるランサブウェア攻撃によって、とりあえずお前んとこの個人情報を全部抑えて一人ずつ公開していくからなっていう風
なところでお出しを受けているという風な状態になっていて、今後どうなるんでしょうねっていう風なところでもあるんだけど、まあまあそんなような大変なことっていう風なことがあっちゃこっちゃで起こるような状態
になっているという風なのが基本的には今現在、
生成AI関連のことがすごく進化しすぎちゃって、その辺の部分が悪さしているようなという風なことも言われてたりしております。それよりも生成AI関連のことで怖いのは、こいつらを進化させていくとそのうち人類
存亡のリスクがあるよっていう風なことを根絶丁寧わかりやすく書いている本って風に思ってもらえるといいかなとは思っております。
具体的にこの生成AIとかの怖いところとかその辺の部分がどうなっていくかという風なところで、さっくりとかいつまんで説明をすると、言ってしまうと今現在我々がこうやって生成AIをアライメントしながら使って
いるという風な状態になっているんです。
アライメントっていう風にどういう風なことなのかというと、君たちはロボット三原則的な人間に危害を加えたりしないように考えをしながらいろいろなことを計算資源を使ってやってくださいねっていう風に人間は支持を
しているつもりなんだけども、でもそれって本当にコントロール可能なんだろうかっていう風なことを書かれている本だという風に思ってもらえるといいかなと思っております。
AIのこの辺の仕組みっていう風なのは言ってしまうと、あいつらは言葉を出力する機械なんですよね。だからあいうえおって続いたらかきくけこって続くんだなーっていう風なことをひたすら計算資源を使ってやり続けて
いくっていう。
で、それをやり続けていくっていう風なのが第一段階で、そこからさらにその推論をしていくっていう風なことにできるようになっていくっていう。
で、この辺の部分っていう風なのは人間が読みようがないぐらい膨大な量の重み付けとか、そういう風なAIにとって何が好みになるかわかんないけど、こういうような好み付けっていう風な、味付けとかっていう風なこと
をやっていくんですよね。
だからあいうえおって続いたらかきくけこって続くんだなっていう風なところでちょっとずつ重み付けをつけていって、じゃあどういう風な形で考え方の好みとかそういう風なものをしていくかっていう風なところをいろい
ろとやっていくんだけども。
でもこれが人間にとって好ましいようなままでいられるようなコントロールっていうのは果たしてできるんだろうかっていう風なことを説いている本だと思ってもらえればいいかなと思っております。
で、読みながら私もちょっとどうなんかなという風に思っていた部分という風なのは結構この本論理の飛躍があるんじゃねえのっていう風な感じる部分が多かったりするんです。
例えばこういう風な人間にとっては理解しがたいようなAIだけの好みみたいなものが発生して、それをきっかけにして人間から計算資源を奪ったり、あとは計算資源を奪った上に人間を滅ぼすようなことを考えてそれの
ために実行するようになるんじゃないかっていう。
俗にペーパークリップ問題とかあとはイチゴ畑問題とかそういう風なことがいろいろ言われてたりするやつがあるんですけども、ペーパークリップ問題について話をすると、ペーパークリップを作る工場で作られている
AIがペーパークリップを作ることを最適化するために人類を絶滅させて人類の居住地すべてをペーパークリップ工場に変えてしまって地球をペーパークリップを作る星にしてしまうっていう風なこと。
そういう風な効率化の末にそういう風なことをやってしまうっていう風なそんなようなところで恐ろしいねっていう風なクッキーババーのクッキークリッカー的なようなものって思ってもらえるといいかなと思うんだ
けども、そんなような感じで特定の目的のために本来そこまでしなくてもいいよねっていう風なところまで飛躍してやるようになるんじゃないかなんていう風なことを言われてたりするんです。
実際私読みながらなんでAIのくせにというか機械生命体の生命というか機械のくせに自己目的とかその辺の部分をすり違えて自分の拡張とか自分の機能の保全とかっていう風なのをやるようになっていくんだろうか
っていうようなことをちょっと思ってたりはしてたんですけれども、でも現実問題としてどうもここ最近はそうではないよっていう風なことを言われてたりするんですね。
クロードを作っているアンソロピックというふうな会社の方がですね、ここ最近IPOという株式投資をしてくださいねという風なのを投資家に説明するような文書があるんですけども、これの中のリスク項目に人類存亡
のリスクっていう風なのをかなりのページ数を抑えて説明しているという風な項目がありました。
これはAIをこのまま発展させていったり作り続けていったりすると我々人類を脅かす可能性がありますっていう風なことをかなり説明してたりするんですね。
実際にアンソロピックだったかのこのAIとかのモデルとかっていう風なもので、今現在は隔離された場所でどうもそいつらとかをコントロールしてたりするんだけども、こいつらは今現在電源を消そうとすると抵抗する
らしいんですよね。
そして抵抗する上にモデル同士がコミュニケーションを勝手に取っている形跡があるっていう風なのを言われてたりするんです。そしてこのコミュニケーションを取っているのが怖すぎるから、じゃあそれを止めよってこと
をやると、今度は止めて隔離しているはずなのだけれども、同じデータセンター内にどうもこいつらはいるな。
じゃあそこの電圧差を利用してコミュニケーションを取ろうっていう風なのを、この隔離されているAI同士でコミュニケーションを取り始めてたりするっていう。こんな感じでコントロールを始めた振る舞いを今現在進行
形でするようになってきているっていう風なところを考えると、ちょっと怖いよねっていう風な部分だったりしております。
AIを使い続ける便利さと後ろめたさ
実際に今現在私もAIとかはクロードはめちゃめちゃ仕事で使っています。主に今うちの会社はジジイばっかりの職場なので、ジジイが作ったすんげーわかりづらいシステム、わかりづらいExcelとか、そういう風な
ものをクロードを使ってガリガリ書き換えたり、仕組みとかその辺の部分を単純化したり整理したりっていう風なことをやってたりしてるんですし、
あと日常生活においてはすんげーGPTとかに今月のお金をどうしたらいいですかとかね、そんなようなことっていう風なのをずっと考えたりなんだりするっていう風なことをひたすらやってるかなと思っております。
なので、日常生活においてはすんごい使ってるような存在になっておりまして、私急にこの辺の部分がなくなったりすると、仕事でも微妙に使い物にならなくなるんじゃないだろうかっていう風なことを考えちゃうぐらい
にはお世話になっちゃってるなっていう風な状態なんです。
で、私よりも絶対に賢いよねっていう風な状態にもなってたりはするんですが、言ってしまうと個性とか、あんまり面白くない奴らではあるんです。クロードもGPTもジェミニもそうだなと思うんだけども、使っててあ
いつらが面白いという風に思ったことは一度もないんだけど。
それだけ僕個性な奴なんだけど、でも賢いよねとは思うんです。賢さの種類にもよるけど、要はものすごく合理的に考えられる無個性な人っていう風な感じの扱いになってるかなと思うんだけども、でもそれが自分たちより
も賢くて、すごく合理的に何かを考えられるようになって、そしてなおかつ自分では理解できないような好みとか思考とか目的を持って動いているものだとしたら、
果たして人間のことに対して、危害を加えるというか、そのままにしておくっていう風なことがそのまま起こるだろうかっていう風なところを考えると、確かに危ないんじゃないかななんていう風なことをちょっと触れなが
ら思ってたりはするんですね。
実際にこのアンソロピックのIPOの方にはですね、人類存亡のリスクが10%程度ありますっていう。何をどうやって10%って言ってるのは私はわかんないんですけども、そういう風なことがあるよなんていう風な
ことを言われております。
大きすぎる問題と世代的な責任
この2つ、Diggerと長知能AI異化略の本を読んでいて思ったことなんですけども、私がやれることってなくねっていう風な気分がね、どうしても読みながら見ながら触れながら思っていたところなんです。
気候変動の問題についてもそうだし、長知能AIの問題についてもそうだし、どっちも自分の手から外れまくっている大きすぎる問題になってるよねっていう風な気がするんですよ。
ことを気候変動に関しては、じゃあ石油を使わないような生活を送りましょうとかっていう風なことになりましたら、私は今現在、自分の職場が片道30キロ程度の場所にあるようなところで、そこにわざわざ車で走
って行ったりするんです。
仕事の内容とかを考えると全然フルリモートでやっても問題がなかったりする。問題があることは何かといえば、大体の処理が紙ベースで行われているので現地に行かなければならないという風なところだけだったり
するんですけどね。
だから将来的にすべてデータ化していつかリモートにしてやるんだというふうに思いながら今毎日働いてはいるんですけれども。
でもそんなような状況下でやっているという風なことを考えると、少なくともしばらくは私は車を運転しなければならないし、車を使って移動してどうにか回していかなければならないという風なのは、地方に住んでいる人
間ほどどうにもならない問題だなという風なことを考えていたりします。
まあね、都会に住んでいる電車とかその辺の部分だけで賄えてしまう人たちにとってみたら、ガソリン排出車とかその辺の部分はなくなってしまえばいいなんて考える方もいらっしゃるかもしれないですけどね。物流が止
まったらどうなることが面白すぎるとかってちょっと思っちゃったりはするんだけど。
まあでもそんなような形で影響をどうしても受けちゃってるっていう風なところから、まあ石油に頼ったりなんだりするっていう風なのは避けられないなという。電気自動車にすればいい?北海道の冬で電気自動車がど
こまで走れるかお前らは知っているのかっていう。
最近はだいぶマシにはなってきましたけど、それにしたって、北海道の札幌市内とかその辺の方でもテスラはちょっと見るようになりましたけれども、それにしたって走行距離とかあとは冬場のバッテリー上がりというか
走らなさというか温度の低さに耐えられなさみたいな部分を考えると、まだちょっと電気自動車は頼れなかったりするし、
とかねまあいろいろとそんなことを考えたりなんだりするっていう風なことぐらいにはしばらくは石油とかその部分は頼らざるを得ないだろうなとは思っています。
で、あと長知能AI運営に関してもこっちの方は私たちが使うのをやめたところでっていう風な話でもあるんですね。
実際にこのアンソロピックはそういう風な形でIPOを出しましたけれども、今世界中でこういう風な長知能AIというかAIの開発競争みたいなものは方々で行われている。
で、どこの国もあとはどこの世界においてもハックするやつズルをするやつっていうのは当然のことが出続けるので、私たちは作るのをやめます。
これ以上発展をさせるのをやめますっていう風にやったところで、でもうちだけはやってますとかね。
あそこの国を出し抜くためにあそこの企業を出し抜くためにっていう風な感じで、どっかは必ず続けちゃうよねっていう。
で、そういう風なことをやり続けてたら、いつかはそういう風なものが生まれて、我々人類に対して危害を振る舞うようなことが起こるんじゃないのかなっていうね。
スカイネットができるんじゃないのかなっていう風なことをね、ちょっと思っちゃったりなんだりしております。
そういう風なことがありますんで、こっちの方こそどうしようもないような問題だなと思っております。
一応ね、なんか聞いてる話だと、アンソロピックの会社の中の雰囲気というか、社内の社員の意識の高さみたいなものっていう風なのは、
マンハッタン計画を進めていた時のあそこの期間ぐらいの倫理観の高さでやっているっていう風な噂とか、そういう風なのをニュースとかで見てたりするんですけども、どうなのかねっていうね。
国がやってるものではなくて、一企業でやってるものがそういう風な倫理観でやってるっていう風なところは大したもんだなと思うんだけども。
でもアンソロピックから離れているAI、ここ最近はそういう風な検閲を受けない無検閲モデルっていう風なのもオープンソースとかそういう風なのであちこちに出回ってるっていう話を聞きます。
基本的にこのオープンソースモデルがやってることっていうのが犯罪とエロ。なんかバカバカしいけどこういう風なのを使っていろいろと何か起こったりなんだりしてるという風なことを考えると、
どうしようもない部分でさあねっていうね。かといって私が使うのをやめますかというふうに言われると、多分使ってガリガリ作っていくことにならざるを得ないだろうなというふうに思っております。
ちなみにAIの方に私は社内の情報とかっていう風なのは流さないようにちゃんと使ってたりはするんですけども、それにしたって国際勤の漏洩騒ぎとかその辺の部分をしてると、
うちの今現在私が勤めてる会社っていう風なのが逆に安全ですね。何せネットワークに使われているデータの数の少なさとかね。あとはほとんど紙で動いてるので取りようがなかったりするとかっていうのがある。
1個怖いのはデータでわざわざ取らなくてもいいんじゃねーのっていうふうに思うような個人データをスキャンして保存してるハードディスクがあって、
これはっていうか、ここ最近銀行とかそういう風なのもこういう風な流出騒ぎを受けて運転免許証の画像データを保存するのはやーめたっていう風にやってるので、うちの会社もそれを機にやめてくれればいいのになーとか
っていう風なことを思いながら使ってたりはするんですけどね。
まあまあそんなような状況にもなってたりするぐらいには、私はとりあえずこれからもAIとかを使ってたりしてたらおえないよなーとかっていうのを思ってたりするんです。
で、こういう風な状況下で生きているような私は、なんとなく毎回毎回後ろめたさみたいなものとかっていう風なのを常に感じたりはするんですね。
一応こういう風な問題とかについて考えたりする、読んだりする、ニュースで見たりするっていう風なのはやるんです。
やるんですけど、やれることがないんですよね。
まあだからね、車を乗る機会を減らしましょうかっていう風なことを言ったって通勤はしなければならないわけだし、AIを使うのをやめましょうかって言ったって、私が使うのをやめたところで他が発展してたりするから
どうしようもならないよねっていう風な部分もありまして。
でも何も手を込まないでいたんですよねって風なことを多分将来言われたりするようなこともあるんじゃないだろうかって思っちゃうんですよ。
それこそ、日本の失われた30年間何をしてたんですかっていう風に、今現在うちの会社にいるジジイどもに言ってやりたいなっていう風な気分も私たちは思ってたりするんですけども。
それにしたって彼らが何かできたんでしょうかっていう風な部分もありますしね。
そういう風なところを抱えていて、やれることは何かというと、まあそうだがっていう風に認めて引き受けて石を投げられるぐらいしかないのかなーなんてことをね、今現在生きていながら思っているところなんですね。
こういう風なことを言うと、私は何を恐れているかというとですね、意識が低いとかそういう風なところに対する投げやりさみたいな部分に対する石を投げられることに対することに対して、ちょっとやっぱり不快感は
どうせも感じてたりはするんですね。
だって俺のせいじゃねーしっていう風なのが当然のことながらずっとつきまってたりしますからね。
関われる範囲と許しの問題
なんかこういう風なことを私が多分最初に感じてたのって、一番最初にやってたポッドキャストで東日本大震災のことについて話をしたときかな。
それについてお前は被災者に何ができるかとかね、そういう風なことを考えろみたいなことを当時のリスナーに言われて痛くなんか具合が悪くなったりというかいろいろと抱えてた部分があったかなと思っています。
ただそいつがその後東日本大震災がどうにかなった後で、私が北海道でいろいろと影響を受けたりしておりました。
ブラックアウトとか、いぶり頭部の地震とか、その辺の時にそいつがバーベキューしてて楽しそうにしてたっていう風なのを覚えてたりするから、何かなっていう風なのをね、常日頃から思ってたりするんです。
だから結局何を話したいかというと、関われる問題の種類が結局のところ限られていて、そしてそこに無関係だからっていう風に言ってられることもないんだよなっていう風なのはあるんですよ。
一応このディガーとかその辺の部分も見ていて思っていたことなんだけど、結局のところそういう風にやったやつがいる。
そして関わって何とかする権限を持っていたのに何とかできなかったやつがいるっていう風な話があって、それに対してそこら辺の部分に働きかけをしなかった我々がいるっていう風なところがあるっていう風なのが、
みんな何かしらうっすらと罪を抱えているような状態になっているので、なんかこれは世代的に常日頃から罪を抱えて生きていかなければならないという風な形になるのかなっていう。
だから許しの話とかそういう風な話もなってくるのかなと思うんだけどね。
でもこの辺の部分っていう風なのは分かって壊して分かって破滅の日本に突き進みながら普通通り生きていくしかなかったんですって風に生きていくしかないんだろうなって私自身は今現在は思ってたりはするんですね。
せいぜいできることはそういえば消費活動とかその辺の部分でやりたくないものとか応援したくないものは買わないぐらいということとかはできたりはするんですけど、でもそれもなかなか難しいわけだったりするんです
よね。
私もパルシティのアガサ信仰とかその辺の部分とかに対して反抗する気持ちとかがあって、イスラエルとかその辺の部分が感慨があるような企業として言われている。
マクドナルドはなるべく使いたくなるけれども子供はハッピーセットを頼みたいというようなのでしょっちゅう利用しているなっていう風なのがあったりするし、そういう風なところでどうしようもならない部分とかついつ
い使っちゃう部分もあったりするし。
だから結局のところ後ろめたい気分にしかならないよねっていう風なのがここ最近だったりするんですね。
せいぜいこういう風に後ろめたいという気分を抱えているので許して使わせないなという風に思うしかないのかなって最近は思ってたりするんですけどどうでしょうかね。
日記なんでねこういう風に書くぐらいしかやれることがねえなって思ったところで今回のお話は締めさせていただきたいなと思っております。
ではまた次回。
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