ということで、今日もご相談にお答えさせていただきたいと思います。
今日はミオさんから来ています。
同世代の友人が次々と活躍しているのを見るたびに、私何をしているんだろうと心がざわつきます。
本当はマイペースで生きたいのに、気づくと誰かの基準で自分を測ってしまっている。
焦る気持ちを手放して、自分のリズムで進む方法を見つけたいです。
周りと比べて焦る気持ちをどう手放したらよいでしょうか、というご質問でした。
では今日もメッセージを渡しさせていただきたいと思います。
まず一つ目なんですけど、私たち人間っていうのは、
意識を向けたこととか、目が見ているもの、そういったことがですね、
どんどん今の自分の世界になっていきます。
自分が意識を向けているもの、見ているものが、たった今の自分の世界になっていきます。
だからこそ、何をね、どのように見るかっていうことをね、
意識的に毎瞬選んでいくことってとてもとても大切なんですね。
で、例えば街を歩いていっていると、
すごくきれいな景色や街並みを見たりして感動するっていうふうな時があると思うんですけど、
それはきれいな街並みを見たことでですね、
この美しさとか高揚感とか、美しくて気持ちがいいなという、
この感覚がすでに今の自分の世界になっていきます。
逆に、例えば、なんか喧嘩している人を見たとか、
そういうことを見ていくと、ちょっと心がざわついたりすると思うんですね。
別に自分が喧嘩しているわけじゃないのに、なんか心がざわざわしたりイライラしたりする。
そして、なんかあんまりいい気分じゃないなみたいな。
これが結局は、喧嘩をしている世界を自分の世界にしている。無意識にね。
というふうな感じで、自分の世界っていうのは、
ただ自分が思ったり考えたり暮らしたりしている以上に、
見たり意識を向けたりしているものが自分自身の世界になってしまっていることが
無意識に多いと思います。
一つのメッセージとしては、自分自身が目を向けるものとか、
意識を注いでいくこととか、ものっていうところを選んでいくこと。
なんとなくSNSを見るとか、なんとなくメールを見るとか、
なんとなくっていう感じで無意識に見ていくと、
それがたまたま見たものがいいものだったり、心地よいものだったら、
ラッキーっていう感じで心地よい世界が自分の世界になっていくけれども、
そうじゃないものも混在していますね。
そして、なんとなくなので無意識にそこを見ちゃったら、
そこをちょっとあまり心地よくない、不快な気持ちになるような世界が、
自分の世界に本当はないものなのに、自分の世界になってしまうということがあります。
なので、そこを自分自身の現実や感覚、普段暮らしていく精神状態が安定するまでは、
なるべく毎回見ていくものを意識的に選んでいく。
街を歩いていても、私は心地よいものにだけ目を向けますとか、
優しい気持ちになるものだけに意識を注ぎますというような感じで、
心の中で決めてやってみる。
それがうまくいかなくてもいいんですね。
ただ意識して自分が心地よい世界をどんどん見ていくと、
それが今の自分の世界になっていきますから、
そしてこの今の自分の世界が次の瞬間の世界を作っていきますので、
それをぜひやってみてください。
他の方の活躍する様子とかを見たり聞いたりすることで、
心がざわついてしまって焦ってしまうということがあると思うんですね。
そのざわついたら、それは自分の世界じゃないと自覚するといいんですね。
見たり聞いたり感じたりした時に、それがちょっと不快だなって思ったり、
焦るような気持ちになったり、もやもやするような気持ちになったら、
その世界は自分の世界ではないから切り替えようという感じで、
しっかりとそれを自覚することです。
このそれは自分の世界ではないというのは、
例えば相手の活躍している方の世界を否定することではないです。
これははっきり大事に意識しなければいけないことですけれども、
相手の世界を決して否定することではありません。
今の自分自身がその世界に触れたり、その感覚を持ったり、見たり聞いたりするというのは、
今の自分には必要のないことですよというのが、
今の自分の世界ではないという意味ですね。