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まずは、子どもたちのフリースペース、山手縁乃庭という場所で実際に起きているある悲劇から始めたいと思います。
ノオト・ブク太郎
スーパーマリオワールドの悲劇ですね。
ノオト・ブク子
はい、それです。ある子が初めてそのスペースに来て、Switchでマリオを遊ぼうとするんですね。
でも、当然そこには、前に遊んだ別の子のセーブデータが残っているわけです。
ノオト・ブク太郎
そうですよね。
ノオト・ブク子
普通、私たち大人なら、タイトル画面で、新しいゲームという空きスロットを探して選びますよね?
ノオト・ブク太郎
はい、スロット2とか3を選びます。
ノオト・ブク子
ところが、その子どもたちは、セーブデータを切り替えるという概念自体を知らないんですよ。
だから、タイトル画面で、とにかくAボタンを連打してしまうんです。
ノオト・ブク太郎
なるほど、そうすると、以前のプレイヤーが記録したスロット1のデータがそのまま読み込まれてしまうわけですね?
ノオト・ブク子
そうなんです。しかも、前の人がめちゃくちゃやり込んでいた場合、超高難易度のスペシャルステージからいきなりゲームが始まってしまうんですよ。
ノオト・ブク太郎
それは悲惨ですね。
ノオト・ブク子
そうなんですよ。当然、初心者の子どもは、最初のジャンプで敵にぶつかって、即座にやられます。
でも彼らは、理由がわからないまま、またAボタンを押して、また同じ難しいステージに放り込まれて、瞬殺されるんです。
ノオト・ブク太郎
無限ループですね、それは。
ノオト・ブク子
これを見兼ねた大人が、もっと簡単な最初のステージがこっちにあるよ、と、セーブデータを切り替えて、誘導してあげないといけないんです。
これ、まるでマニュアル車を渡されたのに、ギアチェンジの概念を知らないまま、いきなりトップギアでアクセルを踏み込んでいるような状態ですよね。
ノオト・ブク太郎
非常に象徴的なメタファーだと思います。ここで興味深いのはですね、
ノオト・ブク子
はい、何でしょう?
ノオト・ブク太郎
なぜ彼らがセーブデータを選ぶという行動を取らないのか、という部分なんです。
ノオト・ブク子
確かに、どうしてなんでしょうね?
ノオト・ブク太郎
実は、今のシステム環境そのものが、彼らのメンタルモデルを形作っているんですよ。
例えば、星のカービィとか、デイヴ・ザ・ダイバーといった最近のゲームの多くはですね、
起動して、コンティニューを選ぶだけで、直近のセーブデータが自動的にロードされる仕組みになっていますよね。
ノオト・ブク子
ああ、なるほど、いちいちスロット1とか2とか意識しなくても、シームレスに続きから遊べるよーになっているんですね。
ノオト・ブク太郎
その通りです。加えて、家庭でのゲーム体験は、自分専用のユーザーアカウントとか、自分専用のハードウェアが前提になっていることが多いんです。
ノオト・ブク子
確かに、一人一台Switchを持っていたりしますもんね。
だから、わざわざゲームソフトの内部で、誰のデータかを選択する必要がないんです。
ノオト・ブク子
なるほど、システムが便利になったからこそ。
ノオト・ブク太郎
そうなんです。ユーザーフレンドリーに進化している一方で、かつて私たちが経験したような、
このゲームのシステム全体がどういう構造になっているかという、それを俯瞰して理解するリテラシーが育ちにくい構造になっているんです。
つまり、彼らはデジタルネイティブなのではなく、単に直感的なインターフェースのネイティブに過ぎないと言えます。
ノオト・ブク子
インターフェースのネイティブ、それは強烈な指摘ですね。
表面のつるっとした部分しか触っていないから、裏側で何が動いているか全く想像できないわけですね。
ノオト・ブク太郎
ええ、そういうことです。
ノオト・ブク子
そしてその複雑さは、ゲームのソフト内だけに留まらないんですよね。
資料には、ハードウェアと権利関係の罠についても、酷命に記録されています。
ノオト・ブク太郎
はい、コントローラーの問題ですね。
ノオト・ブク子
ええ、例えば、フリースペースで4人の子どもが遊びたいのに、今つながっているコントローラーが足りないとします。
目の前には6つのJoy-Conと2台のSwitch本体が転がっている。
ノオト・ブク太郎
大人なら、あ、ペアリングをつなぎ直せばいいなとすぐにわかりますよね。
ノオト・ブク子
そうなんです、でも子どもたちはそれができない。
ノオト・ブク太郎
Bluetoothのペアリングという見えない概念が抜け落ちているため、ただ動かないという表面的な結果だけを受け取ってしまうわけですね。
ノオト・ブク子
さらに厄介なのが、ダウンロード版ゲームの罠ですよ。
ノオト・ブク太郎
ああ、あれは大人でも戸惑います。
ノオト・ブク子
ですよね、同じ任天堂アカウントが紐づいている複数台のSwitchがあるとして、
1本がダウンロード版のゲームで遊んでいると、もう1本のSwitchでは、たとえ全く違うタイトルのゲームであってもプレイできませんとエラーが出てしまうんです。
デジタル著作権管理、いわゆるDRMやアカウント認証の仕組みですね。
ノオト・ブク子
はい、ソフトが遊べるかどうかチェックしています、みたいな画面が出て.
ええ、このあたりの条件はシステムアップデートで頻繁に変化しますし、システムに精通した大人でさえ、なぜ今エラーが出ているのか、即座に原因を切り分けるのが難しい、一種のブラックボックスになっています。
ノオト・ブク子
そうなんですよね.直感的に遊べるはずのデジタルツールが、実は目に見えないルールとか権利関係、通信プロトコルによってがんじがらめになっている.
ノオト・ブク太郎
そうですね.
ノオト・ブク子
そしてここからが重要なポイントなんですけど、このブラックボックス化されたシステムの裏側を理解しないまま、ただ表面的な操作だけをしているという状態.
これ、単にゲームのメニュー画面で迷子になるって話じゃ終わらないんですよね?
ノオト・ブク太郎
おっしゃる通りです.これは、より広範なテクノロジー教育の限界へと直結しています.
ノオト・ブク子
はい.
ノオト・ブク太郎
資料の中で、著者が地元の高校の文化祭を見学した時のエピソードが非常に示唆に富んでいました.
ノオト・ブク子
そうそう、あのエピソードですね.今の高校生って、情報I位という科目が必修になっていて、全員がプログラミングやネットワークの基礎を学んでいるはずなんですよね?
ノオト・ブク太郎
はい.国の方針としてそうなっています.
ノオト・ブク子
それなのに、その高校の文化祭にはプログラミングクラブとかパソコン部のような存在が見当たらなかったと.TikTokのダンス動画とかはたくさんあるのに.
ノオト・ブク太郎
つまり、若者たちがテクノロジーを地域活動や自身の身近な問題を解決するための手段として発想できていない現状があるということです.
スマートフォンやSNSは息をするように使っているのに、それはあくまで与えられたプラットフォーム上での消費活動にとどまっている、自発的なクリエーションに結びついていないんです.
ノオト・ブク子
消費するだけで作り手側に回る発想がないんですね?
そこで、著者が横浜で開催されたベトナムフェスタに足を運んだ時のエピソードが聞いてくるわけですね?
ノオト・ブク太郎
えー、言葉の壁を感じた体験ですね?
ノオト・ブク子
はい.現地の言葉が飛び交う中で、言葉の意味が理解できず、この言葉を知っていればよかったと強く感じる.そしてそこからある大きな問いにぶつかります.
ノオト・ブク太郎
そうですね.
ノオト・ブク子
あ、ちょっと待って下さい.ここで、素朴な疑問というか、これを聞いているあなたももしかしたら同じように思っているかもしれないことを代弁させて下さい.
ノオト・ブク太郎
はい、何でしょう?
ノオト・ブク子
今はもう、AIがいくらでもプログラミングのコードを書いてくれますし、ベトナム語だってスマホを通せばリアルタイムで完璧に翻訳してくれますよね?
ノオト・ブク太郎
ええ、DeepLとかChatGPTとか本当に優秀です.
ノオト・ブク子
ですよね.将来的にAIがもっと進化して、ウェアラブル端末なんかが私たちの状況を察知して、先回りしてサポートしてくれるようになればですよ?
ノオト・ブク太郎
はい.
ノオト・ブク子
そもそも人間が外国語とかプログラミングの基礎知識を持っておく必要なんてなくなるんじゃないですか?今さら基礎から学ぶってちょっと時代遅れな気がしてしまうんですが.
多くの人がそう考えがちですが、そこが最大の罠なんです.資料の著者の分析が非常に鋭いのは、AIがいかに強力になろうと、そのAIを起動するための一手目はどうしても人間が引き受けなければならないと指摘している点です.
ノオト・ブク子
AIの一手目ですか?
ノオト・ブク太郎
そうです.例えば街角で何気なく耳に入ってきた言葉のトーンから、あ、これはベトナム語で何か困っているようなニュアンスだなと受信できなければ、そもそもAIの翻訳アプリを取り出して立ち上げようという発想にすら至りませんよね?
ノオト・ブク子
ああ、確かに.気づかなければツールは使えませんね.
プログラミングも同じです.こういう技術を組み合わせれば地元のこの課題が解決できるかもしれないという大まかな基礎知識やリテラシーがないと、AIに対してこういうアプローチのコードを書いてと、的確な指示を出すことすらできないんです.
ノオト・ブク子
なるほど.これリスナーのあなたも、普段仕事でChatGPTなどのAIツールを使うときを想像してみてほしいんですが、自分が全くの素人で、その業界の専門用語とか何が本質的な課題なのかという前提知識がゼロだったら、そもそもAIに何を質問していいかすらわからないですよね?
ノオト・ブク太郎
まさにそれがプロンプトエンジニアリングの革新です.受信するためのアンテナや技術の存在に気づくための一手目.
一手目ですね?
つまり、糸を持つための土台がないと、AIという強力なツールすらただの箱になってしまうんです。
ノオト・ブク子
うわあ、それはちょっと怖いですね。私たちはツールさえあれば何でもできると錯覚しがちですが、そのツールを取り出すタイミングやどう使うかを決めるための基礎的な教養が必要だということですね?
ノオト・ブク太郎
その通りです。
ノオト・ブク子
じゃあ、その一手目を引き受けるための基礎知識、あるいは現実世界を受信するためのアンテナを、私たちは一体どうやって身につければいいのでしょうか?
ノオト・ブク太郎
はい、ここで再びゲームが最強のツールとして浮上してくるのが、この資料の本当に痺れるところなんですよ。
ノオト・ブク子
ゲームが現実世界の事象に対する需要体を作るという概念ですね?
ノオト・ブク太郎
はい、資料ではある東大教授がポケモンを学術的な視点から本気で考察している動画が紹介されていましたよね?
ノオト・ブク子
はい、ポケモンってただモンスターを集めて戦うだけじゃなくて、環境問題とかエネルギー問題、さらには外来種による生態系の崩壊のような深いテーマにやんわりと踏み込んでいるんです。
確かに、悪の組織がポケモンのエネルギーを搾取しているとか、そういうストーリーがありますよね?
ノオト・ブク太郎
そうなんです.ここで重要なのは、分厚い学術書を読んで環境問題を頭で理解するのではなく、ゲーム内で疑似体験をすることで、プレイヤーの脳内に無意識のうちに需要体が形成されるということです。
ノオト・ブク子
需要体ですね?
ノオト・ブク太郎
ええ.これは認知心理学の分野で、記号接地と呼ばれる問題に密接に関わっています。英語ではシンボルグラウンディングと言います。
ノオト・ブク子
記号接地?なんか言葉は難しそうですが、どういう仕組みなんでしょうか?
ノオト・ブク太郎
AIがリンゴという言葉、つまり記号を知っていてもその甘さや歯応えといった設置を知らないように、人間も言葉だけで知った概念はなかなか身につきません。
ノオト・ブク子
なるほど。
ノオト・ブク太郎
しかしゲームは感情や物理法則をシミュレートしてくれます。ゲームを通じてリソースが枯渇する焦りとか、環境が破壊された時の絶望感を体験することで、
ノオト・ブク子
はい。
ノオト・ブク太郎
単なる知識が身体的な感覚や感情と強く結びつくんです。これが設置です。
ノオト・ブク子
身体的な感覚と結びつく…いや、その説明を聞くと、資料にあった具体的な実例がすごく腑に落ちます。
ノオト・ブク太郎
あの虫のゲームの話ですね?
ノオト・ブク子
そうです。Groundedという、自分がアリのように小さくなって庭を冒険するサバイバルゲームの体験談がありましたよね?
ノオト・ブク太郎
ええ。
ノオト・ブク子
プレイヤーはゲーム内で日常的に巨大な虫たちと地頭を繰り広げているんですが、ある日、現実の室内で大きなカメムシに遭遇したと…
普通ならパニックになるところですよね?
ノオト・ブク子
ですよね。でもゲームでの体験があったからこそ、あ、こいつの動きのパターンはこうだなと冷静に対処できたというんです。
ノオト・ブク太郎
完全に脳の配線が書き換わっていますよね?知識として虫の生態を知っているだけでなく、ゲーム内でのトライアル&エラーを通じて対処法を身体化していたわけです。
もう一つの例も最高でした。デイヴ・ザ・ダイバーという、昼は海中を探索して、夜は寿司屋を営むゲームがあるんですけど…
ノオト・ブク太郎
はい。大ヒットしたインディーゲームですね。
ノオト・ブク子
そのダウンロードコンテンツで東南アジア風の舞台設定が追加されて、そこでタマリンドという食材を知ったそうなんです。
だからこそ現実のベトナムフェスタに行った時、屋台でタマリンドジュースを見つけて、あ、ゲームで集めてたやつだ、実物はこれかと感動して、自ら進んで味わうことができたと。
ノオト・ブク太郎
もしゲームでの事前体験がなければ、タマリンドジュースなんて得体の知れない飲み物として完全に視界から外れていたでしょうね?
そうですよね。
ノオト・ブク太郎
脳内にそれを受け取る受容体がなかったわけですから。
ノオト・ブク子
ここからが本当に面白いところなんですが、これって例えるなら、ゲームは現実世界のワクチンみたいなものだと言えませんか?
ノオト・ブク太郎
ワクチンですか?なるほど。
はい。安全なゲームという環境の中で、現実の複雑な事象の弱毒化された小さな疑似体験をあらかじめしておくんです。
ノオト・ブク太郎
ええ。
ノオト・ブク子
そうすると、現実世界で同じような問題や見知らぬ事象に直面したときに、脳が、あ、これの抗体持ってるぞ、ゲームで見たことあるぞと反応して、
ノオト・ブク太郎
はいはい。
ノオト・ブク子
スムーズに受け入れたり、AIを使うための一手目の判断ができたりする。受容体ができるってそういうことですよね?
ノオト・ブク太郎
非常に秀逸な例えだと思います。見知らぬ概念を受け入れる土壌を、ビジュアルと自身の選択を通じた体験として育むことができる。
しかもそれを、楽しさという強烈な報酬とともに脳に刻み込める。これがゲームの持つ最大のポテンシャルなんです。
ノオト・ブク子
だとするとですよ、正直、親の立場や教育者の立場からすると、どうせ子どもにゲームをやらせるなら、最初からSDGsを学ぶためのゲームとか、コミュニケーション能力を高めるためのボードゲームを作って与えればいいじゃないかって思いませんか?
ノオト・ブク太郎
誰もがそう考えますよね。
ノオト・ブク子
その方が効率的に一手目を身につけられるし、親も安心ですよね。
ノオト・ブク太郎
しかし、資料の著者はそこに明確なNOを突きつけています。ここで、著者がAIを使って文章をまとめていたときに、AIが自ら紡ぎ出したというある強力な例え話が登場します。
ノオト・ブク子
おお、どんな例えですか?
ノオト・ブク太郎
子どもに栄養があるからといってピーマンを丸ごと出しても、絶対に身向きもされない。
ノオト・ブク子
はい、食べないですね。
ノオト・ブク太郎
でも、ハンバーグにこっそりみじん切りにして混ぜたら、おいしく食べる。
ノオト・ブク子
なるほど。
ノオト・ブク太郎
最初から大人の都合で、これが教育ですよ、学びのゲームですよ、というラベルを貼ってしまうと、ゲーム本来の楽しさであるハンバーグの肉汁が完全に消え去ってしまうというんです。
ノオト・ブク子
ハンバーグの肉汁?これ、AIが出力したメタファーなんですか?面白すぎますね。
ええ、この肉汁こそが、自発性や没入感の正体なんです。
ノオト・ブク太郎
遊びが最前線、つまり、種目的にないものは、すでにゲームではなく、ゲーミフィケーションにすぎないと、著者は指摘しています。
ノオト・ブク子
ゲーミフィケーション?教育とか業務にポイントとかバッジみたいな、ゲームっぽい要素を取り入れただけのものですね?
ノオト・ブク太郎
そうです、ゲーミフィケーションは、学習させるため、という外部からの動機づけにすぎません。
しかし、本物のゲームは、プレイヤーが純粋に遊びたい、このボスを倒したいという内発的な動機で輪に入ります。
楽しいという自発的な強い欲求があるからこそ、困難なステージに何度も挑んだり、複雑なシステムを理解しようと頭を使ったりする。
その結果として、偶然の副産物のように、メタ認知や、非言語的スキル、未知のトラブルへの対処姿勢が定着していくんです。
ノオト・ブク子
なるほど、学ぶためにやるという大人の下心が見えた瞬間に、子どもは構えちゃって没入できなくなるんですね?
ノオト・ブク太郎
そうなんです。
ノオト・ブク子
おりしいから夢中でハンバーグを食べていたら、結果的に野菜の栄養も取れていたというのが絶対条件なんですね?
ノオト・ブク太郎
ええ。
ノオト・ブク子
教育を全面に押し出すと、肉汁が飛んでパサパサのハンバーグになってしまい、結果的に記号接地も起きないわけだ。
ノオト・ブク太郎
その通りです。楽しいが最優先であり、学びは常に後からやってくるんです。